雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧223話~224話冒頭のリメイクです。


~西ゼムリア通商会議~
通商会議へ向けての事件への対応


 七耀暦1204年8月。歴史的にも重要とされるイベントがクロスベルで行われることになっている。それこそが西ゼムリア通商会議だ。参加国は開催地であるクロスベル自治州、エレボニア帝国、カルバード共和国、リベール王国、レミフェリア公国、そして土壇場で参加を表明したアルテリア法国である。アルテリアが参加を表明した意図は不明だが、かといって何かが変わるとも誰も思ってはいない。

 そんな、微妙に緊張した日々を過ごしている彼らの元に暇があるわけがない。今日も今日とて支援要請である。しかも本日は特に多い方だ。《星見の塔》の古文書の調査とアルモリカ古道の手配魔獣の討伐、それに加えて緊急要請として聖ウルスラ医科大学の新教授からの依頼と警備隊の演習の参加要請である。盛りだくさんと言っても過言ではない状況だった。

 それらをそれぞれに振り分け、いつものように全てをこなした一同が支援課ビルに戻って来た時にその異変は起きた。支援課ビルに戻ってきた際、気付いたのだ。いつもと何かが違うことに。それは長年の経験からくるものであり、前線で戦い続けた者特有のカンでしか見つけられないものだ。あるいはティオのように感応力に優れた者ならば関知できたかもしれない。

 故にアルシェムはそれを遠回しにロイドに告げた。

「悪いけど、わたしは裏口から入るよ、ロイド」

「どうかしたのか?」

「……死ぬような罠はしかけられてないけど、旧鉱山の時と相手は一緒だから」

 それを一拍置いて把握したロイドは瞠目した。確かに旧鉱山での出来事は意図的なモノだとランディが言っていた。ということは、今ここにそれを仕掛けただろう人間が侵入していることではないだろうか。ロイドはそう解釈した。そして実際それは正しいのである。セルゲイのいない支援課ビルの中に侵入し、ランディを待ち構えているという意味では。

 エリィとノエルを下がらせ、レンとアルシェムが裏口から侵入したのを確認したロイドはランディと共に支援課ビルへと突入した。

「あれっ、意外。まさかそのヒトと突っ込んでくるなんてね」

「何してやがる、シャーリィ」

「質問に答えてくれたら答えてあげるよ、ランディ兄」

 口の端を吊り上げ、猫のような雰囲気を醸し出しながらシャーリィはそう告げた。本当にロイドと共にランディが突っ込んでくるのは想定外だったのである。シャーリィの知るランディならばどんな罠が仕掛けられていたのだとしても一人で侵入し、そのままその罠ごと突破するのだ。それがランディの、否、『オルランド』のやり方のはずだったのだ。

 そのシャーリィの疑問に、ランディは答えた。

「死ぬような罠はしかけられてないって保証できるトラップのエキスパートがいたからな。……それで、何の用だシャーリィ」

「ふぅん。……パパが呼んでるって言いに来ただけなんだけど、そっちのお姉さんたちにも興味が出て来ちゃったなぁ」

 獲物を狙う豹のような表情でアルシェムとレンを見たシャーリィは、おもむろに彼女らとの距離を測り始めた。隙あらば飛びつこうとしているのである。だが、そんな隙をアルシェムとレンが見せるはずがない。確かにシャーリィは生まれついての狩人なのだろうが、アルシェムやレンはそれとは違う形に強制的に鍛え上げられた狩人だ。こういう時に隙を晒してはいけないことくらい百も承知だった。

 それを数秒続け、力を抜いたシャーリィは好戦的な笑みを浮かべてレンに問いかける。

「ねえ、君は何でここにいるの?」

「アルがいるからよ」

 素っ気なく答えながらも、レンに油断はない。ともすれば執行者にも比肩しうる才能をもつだろうシャーリィを前に、油断することなど出来ようはずもなかった。レンが執行者としてやっていけたのは、無理矢理に開花させられた才能があったからでもあるが、それ以上に《パテル=マテル》に感応できたからであるからだ。今ここに『彼』を呼べない以上無理をするわけにはいかない。

 レンに油断がないことを見て取ったのか、シャーリィが今度はアルシェムに問うた。

「ふぅん。じゃあお姉さんは?」

「あんたはそこにいるために理由がいるヒトなんだね。そんなの、他人にどうこう言われるようなことじゃないし、余計なお世話っていうんだよそーゆーのってさ」

「パパと対等に渡り合えそうなのに? お姉さんみたいな人がこーんなちんけな場末で燻ってるのには理由があるんだと思ってたんだけど、理由がないなら勧誘して良いよね? ウチ来ない?」

 無邪気に言うさまは、ちょっと彼女お茶しない? と軽く誘っているようでもあり。それでいて言っていることは実にはた迷惑なことだった。要するに、猟兵にならないかという誘いだ。アルシェムは既に立場を持つ身である。確かに猟兵になるのは不可能ではないが、なりたい職業でもないので当然断ることになる。執行者と猟兵ならば、時と場合によっては執行者の方がましである。主にやり口が、という意味でだが。

 シャーリィの誘いにアルシェムは呆れたように返答した。

「は? わたしには全くメリットがないのに何で勧誘するの?」

 アルシェムには猟兵になるだけのメリットが何もないのだ。ミラならばいくらでも調達できる。何かを蹂躙したいとも思わない。常に戦場にいたいとも思わない。彼女の最早叶わない願いは、普通の人間として平凡に生きることだった。そんな人間が猟兵にならないかと誘われて乗ると思うだろうか。乗る訳もなく、乗れるわけもなかった。

 しかし、シャーリィはアルシェムの望みの一端を口にした。

 

「メリットならあるよ。こんな窮屈なところじゃなくて、もっと好きに出来るんだから」

 

 それは確かにアルシェムの本質を突いた言葉だった。シャーリィは昔からそう言うことを動物的なカンで見抜くのが得意だ。だが、今のアルシェムにとってそれは禁句である。好きに出来る? そんなことがあり得るのであれば、アルシェムはこんなところになどいなかっただろう。どこか長閑な田舎にでも引っ込んで悠々自適な生活を送っていたに違いない。

 それで自制のタガが一瞬だけゆるんだアルシェムは、シャーリィに向けて殺気を放った。

 

「……成程、地雷を踏み抜くのは得意と。何? 小娘。一回死にたくなりそうな目にでも遭ってみる?」

 

 その殺気にシャーリィは身震いした。それは怯えを含むものではなく、多分に高揚感を含むものだ。正直に言うのならば、アルシェムはシャーリィにその殺気を向けるべきではなかったのである。これで完全にアルシェムは目をつけられた。シャーリィはこれからアルシェムと戦うために何かしらの策を練ろうとするだろう。もっとも、アルシェムとシャーリィが普通にぶつかり合えばシャーリィの方が勝てないのは目に見えているのだが。

 口の端を吊り上げ、シャーリィは恍惚としたように言葉をあふれさせた。

「イイ……イイよお姉さん! アルシェムだっけ、うん、覚えたよ! いつか絶対に殺しあおうね!」

「は? 何このクレイジーサイコガール。頭イってない?」

 アルシェムがさらに喧嘩を売ろうと言葉を吐くと、それを止めようとしてランディが動いた。

「……否定しきれねぇが、アルシェム。ちょっと引っ込んでてくれ」

 流石のランディも今の状況は頭が痛いのである。同僚と従妹が戦うなどどんな悪夢になるか想像したくもない。主に周囲への被害の方が、だが。砂漠や荒野でやらない限り、周囲はしばらく立ち入れないような危険地帯と化すだろう。ランディの知るシャーリィよりもさらに強くなっているのは明白であるし、アルシェムの力の底がつかみ切れていない以上、どれほどの激戦になるのか考えたくもないのである。

 それよりも、話しがずれすぎている。それを感じたランディはシャーリィに問うた。

「で、シャーリィ。叔父貴が俺を呼んでるってのは……」

「ああ、そうそう。そうだったそうだった。このまま《ノイエ・ブラン》に行くよ。シャーリィはお使い。ランディ兄が逃げないようにね」

「ここまで来て逃げられるかよ」

 ロイドはそれを聞いて一人で行かせられない、と感じた。行かせたら何か取り返しのつかないことになる気がして仕方がないのである。その警鐘に従わなければ、二度とランディが帰ってこないような、そんな気がしたのだ。だからこそロイドはそう吐き捨てたランディを引き留め、シャーリィに許可を取った。ランディは渋ったが、シャーリィはランディについてくるただの飾りだとみなして軽い気持ちで了承する。

 そして、ロイド達は《ノイエ・ブラン》へと向かった。シグムント・オルランドの待ち構える魔窟に。後に残されるのは重苦しい沈黙であり、ロイドの身を案じるノエルやエリィ達だ。そこにアルシェムは含まれない。夕食の予定としてキーアが鍋を作るらしいのだが、それを食べる気も無ければ物理的に食べられる状況ではなくなってしまったからだ。

それは、重苦しい沈黙を切り裂くように鳴り響いた。アルシェムの《ENIGMAⅡ》が鳴ったのだ。

「はい、アルシェム・シエル……耳元で叫ばないで。うん、分かったから。大丈夫、今ここにいても仕方ないから出る。覚悟は決めたから、もう一人連れていくよ。……分かってる。わたしに出来ることを、やるだけの話だから」

 アルシェムが複雑な顔でその通話を切ると、エリィ達が怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。どうやら誰と通話していたのかを知りたいらしい。ロイド達のいないこの状況でアルシェムに用事のある人物が一体誰なのか、それを知っておくべきだと思ったのかもしれない。ただ、アルシェムがそれを明かす必要があるかと問われればまた別の話だ。

 エリィ達に向け、アルシェムは外出の旨を伝えた。

「今から出て来るよ、レンとね」

「相手は誰なんですか?」

「元『家族』、かな。ちょっと複雑な話だから連れてはいけない。ただ、『家族』の話だからレンは連れていく。それだけのことだよ」

 重苦しそうな雰囲気を醸し出しながら言えば、疑問を呈したノエルも何も言うことは出来なかった。レンを連れ、アルシェムは支援課ビルから出る。向かう先は西クロスベル街道の先だ。それも、尾行をつけられては困るので気配を消してからの全速移動である。それを伝えただけでレンはどこに連れて行かれるのかを察したが、それが果たして良いことなのかどうか判断がつかなかった。

 だからこそ、レンはアルシェムに問う。

「良いの? アル。レンが一緒に行って……」

「正直に言って人手が足りない。エレボニアの方で一人取られてるし……何よりレンは、結局ついて来ちゃうんでしょ? なら、こっちから巻き込ませて貰う。今更嫌だなんて聞かないからね」

「嫌だなんて言うわけないわ。……嬉しいのよ。アルが、ようやくレンを巻き込んでくれる気になって」

 その返答に苦笑いしながら、アルシェム達はノックス大森林の中へと侵入していく。誰も足を踏み入れないその位置に、ステルス迷彩をかけて停まっているものこそアルシェム専用の《メルカバ肆号機》である。そこには既に先客がいて、アルシェム達を待ち受けていた。一人は黒髪に琥珀色の瞳をした女性。もう一人はアッシュブロンドの男性だった。言うまでもなくカリンとレオンハルトである。

 それを確認したアルシェムは、レンとその二人を連れて《メルカバ》の中へと入った。

「……えっ、連れて来たの? アルシェム」

「連れて来たよ。ここまで来たら巻き込ませて貰うしかない。正直に言って信頼できる部下がこれだけっていうのも辛い話だ」

「違いない」

 軽く笑いあい、そこにいたリオと通信先のメルを交えて通商会議当日の作戦会議の始まりである。メルに関してはガレリア要塞で実習を行っている最中らしい。まさかの位置にアルシェムはガッツポーズをとりそうになった。そこに在るのは《列車砲》。クロスベル全土を射程圏内に入れた、恐るべき破壊兵器である。それを発射するのを止めるための立ち位置としてはこれ以上ない位置だ。

 故に、メルに言い渡されるのはいざという時の《列車砲》の破壊である。他の誰に出来なかろうが、彼女になら出来る。周囲に誰かがいる状況ではまずいが、メルにだって隠密行動は出来るのだ。いざとなればともに実習に来ている《Ⅶ組》の連中を放置して姿を消し、《列車砲》を破壊する。その後の行動は臨機応変である。そのまま《Ⅶ組》に居続けられるのならばそれで良し。そうでないのならばまた別の方法を考えれば良いだろう。

 そして、クロスベル警備隊にいるリオが仕向けるべきなのは、クロスベル警備隊による《オルキスタワー》の警備である。そこにテロリストの捕縛は含まれない。ただそこを守り切れればそれでいいのだ。あちらにとって、クロスベル警備隊がでしゃばるよりは、宗教的にも中立であるべきアルテリアがでしゃばる方が厄介な事態を引き起こせるのだから。もっともリオ本人は別のところへと派遣するのだが。

 ならばテロリスト共はどうするのか。そういう意味では、テロリストの捕縛を任せるために動かさなければならない人物たちがいる。いかなレオンハルトとはいえ、テロリストを捕縛しようとしているマフィアどもから全てを守りきるのは不可能なのである。それが複数であればなおさらだ。故に動かすべきは《自警団》と《銀》である。《銀》についてはもう二度と《黒月》に利用されないようにする必要があるのだ。ここで使わない手はない。

 《銀》とヴァルド達元《サーベルバイパー》、そしてレオンハルトにはカルバードの連中を。リオ、アルシェム、そしてワジ達元《テスタメンツ》はエレボニアの連中を。それぞれ無力化することになる。それこそ、テロリストであろうがマフィアであろうが関係なく。クロスベルの治安を乱す者は誰であっても取り締まらなければならないのだから。

 ならばカリンは一体何のためにいるのかと問われると、アルテリア代表としてレオンハルトを連れてくるための口実になるためにいる。最悪の場合、そこでけが人が出た場合に真っ先に治療するためだともいう。彼女をそこに置き、代表の周りの人間を牽制することでクロスベル側の人間を動きやすくするためでもある。一番安全そうに見えて、最悪の場合は《列車砲》で吹き飛ばされるというある意味一番危険な位置だ。

 そして、レンは一体何をするのかというと。

「むしろ、それだけで良いのかしら?」

「良いんだよ。どうせテロリストを追うのなら遊撃士と協力することになる。ということは、あっちには導き手がいるってことだからね。こっちにもいないと話にならないし、ある意味テロリストから《特務支援課》を守るためでもある」

「……そう、何か腑に落ちないけど分かったわ」

 微妙に機嫌が悪そうな表情になったが、レンがやることは簡単だ。《特務支援課》がテロリスト共に追いつけるよう誘導する。たったそれだけのことなのである。テロリストを追い、最悪の場合にはレンが全員を守り切って撤退する羽目になるという意味ではこの役目も安全なものではない。それでも、ティオがいない現状ではここを任せられるのはレンしかいなかった。

 そのために必要な手続きを、今ここで終わらせて。総長――アイン・セルナートからは良い顔をされなかったが、レンを受け入れなくてはならない状況は先に作っておいた。だからこそ、レンは新たにアルシェムの――『エル・ストレイ』の従騎士となったのである。そのことに対してレンがアルシェムに飛びつくほどに喜んだのはまた別の話だ。

 

 ❖

 

 次の日。アルシェムは、仮面の神父に変装してリーシャ・マオの部屋を訪れていた。その目的は無論のことながら《銀》をこれ以上《黒月》と関わらせないことだ。そして、あわよくば《銀》を傘下に入れることでもある。そうすれば、彼女の望まない殺しを止めることができる。それこそが昔『家族』だったリーシャへの恩返しまたは嫌がらせでもあった。

 そのために差し出す条件は――

「本当に、エルの今いる場所を教えてくれるんですか」

「無論だとも。何なら彼女に危害を加えないことも誓ってやるが?」

 その言葉にリーシャは葛藤した。確かにこの怪しい神父が『エル』に手を出さないと誓い、彼女の居場所を教えてくれるのならば破格の条件である。今すぐに飛びつきたくなるような条件であることは確かだ。しかし、その代償は重い。二度と『東方人街の魔人』《銀》はカルバードの連中から信頼されなくなるだろう。それが良いことなのか、リーシャには判断がつかない。

 それでも、結局彼女が欲するのは『エル』の情報だった。

「……ッ、分かり、ました……」

「素直で結構。では明日、ジオフロントC区画で協力者と落ち合い、そこに来るテロリスト共を捕縛しろ。ただの一人でも殺せば――どうなるだろうな?」

 仮面の端から覗くそのつり上がった口角に、リーシャの理性は沸騰しそうになる。それでも盛大にそれを抑えて返答するしかなかった。『エル』の命はこの卑怯な神父に握られてしまっているのだから。

「ッ、卑怯な……ッ! 分かりましたよ、誰も殺さずに捕縛すれば良いんでしょう!?」

「その通り。では、当日頼むよ」

 ひらり、と手を振って去って行くその神父に、一瞬《爆雷符》を投げつけてやろうかと思った。それほどにリーシャはその神父に対して苛立っていた。それが全くの無意味であることを知る時は近い。


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