雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧222話のリメイクです。


《赤い星座》とマインツ旧鉱山

 マインツに辿り着くと、丁度ロイド達が町の入口へと向かってくるところだった。どうやら町長から説明を受け終えたらしい。もっとも、『旧鉱山の異変』以上の情報は得られなかったようだが。むしろ得られていても怖い。もしも内部が異界化していたり極彩色になったりしているのならば入るだけで危険だからだ。中にどんな怪しい人物が潜んでいるかすらも分からない以上、入るのは特務支援課か遊撃士でしか有り得なかった。

 そして、その場に存在する戦力に遊撃士がいない以上、ここで入るべきなのは自分達特務支援課だろう。一般人に勝手に入られて怪我でもされれば自分達の失態となる。中がどうなっているかがわからない以上は、危険に踏み込むのは荒事に慣れてきてしまった自分達でしかありえない。もっと言えば、この場にランディがいればそれだけで安心だ。

 そうアルシェムは判断していたのだが。

「……ごめんロイド、ちょっとだけ下がって誰も入れないで?」

 微かに漂う火薬の匂いに眉を顰め、アルシェムはそう言ってロイド達を下がらせた。こういう時にパワーファイターではないロイドは不要。射撃手であるエリィも不要。ノエルがスタンハルバードを持ち歩いていればあるいは連れて行けたかもしれないが、今は持っていないために不要。必要なのはパワーファイターになれるアルシェムと万が一の時のためのもう一人だ。それに選ぶのは勿論レンである。何せ経験上一番生存の確率が高い。アルシェムはレンの手を握った。

それに悪戯っぽい笑みを浮かべてレンは名を呼ぶ。

「アル」

「レン、サポートよろしく」

 そして入口に近づき、内部に侵入し――気付いた。

 

「伏せろッ!」

 

 着いて来ようとしていた背後のロイド達に向けて叫んだアルシェムは、レンと共に旧鉱山内部へ向けて滑り込んだ。直後の轟音。爆発によって崩落した天井は、完全に入口を塞いでいた。いっそ清々しいほどに埋まった入口に視線を凝らそうが光などというものは目視できそうにない。こちら側が発光していることも相まって、外の光を見ることはどうやら不可能らしかった。

 轟音と共に閉じ込められたと思っているロイド達が外で騒いでいるが、彼らにもどうにかできそうな気配はない。このまま放置されれば最悪の場合は餓死するしかないだろう。空気の流れはあるが、微かだ。どこかに抜け道はある可能性はないわけではないが、あるとも断言できないレベルである。この流れすらも偽装されたものである可能性すらあるのだ。

 だが、その程度でアルシェムとレンが終わるわけがない。この程度の修羅場など慣れているし、何度も打ち破ってきた。この岩石程度ならば吹き飛ばせる。アルシェム達にとってこの程度の障害は障害にもならないのだ。アルシェムが本気でこういう工作をするならば、生き埋めになどしない。崩落する石によって押しつぶせるように念入りに爆破し、圧殺する。

 そんな益体もないことを考え、首を振ってその思考を否定する。そんなことをしなくてはならない状況にはもう陥ることはない。何せこの先に自分に待つのは『死』のみだ。その時殺される方法は分からないが、どうあがいても抵抗できない状況で、皆の前でしっかりと死んだと理解出来るように殺されるだろう。それだけは確約できる。

 そこまで思考が及んだところで、レンが鼻を鳴らして呟いた。

「甘すぎるわね。殺す気はないのかしら?」

「多分ね。罠って分かっててこっちもかかったわけだし。ま、この程度なら――って、えっ」

 そのまま入口を粉砕しようとしていたアルシェムだったが、外から聞こえた特務支援課のメンバーではない声に微妙な顔をして扉の前から避けた。レンもそれを見て慌ててその場から移動する。その声は、その場から退かないと命の保証はしねえぞゴルァ! と言っているようだ。アルシェム達がその場から跳びのいた、その瞬間――

 

「オラァ!」

 

 破壊音が響いた。外の光が漏れ出てくるよりも前にアルシェムがすることは、その人物が何故ここにいるのかという観察だ。ティータと共にクロスベルに来たのは知っている。だが、四六時中ずっとティータに張り付いている仕事ではなかったのだろうか。そう考えて見てみれば一応遊撃士の紋章を胸元に飾っている。遊撃士を辞めたわけでもなく、ティータの護衛から外されたわけでもない。ならば何をしているのか。

 その声に出さない疑問に、本人が答えた。

「って、テメェかよ。依頼帰りに爆発音がしたと思って寄ってみれば……何してんだ?」

「罠の程度を見てから今後の対応を考えようかと」

「だからってわざわざ罠にかかったってか……相変わらずやることが過激すぎるぜ」

 崩落した入口を吹き飛ばすような男には言われたくないセリフである。もっとも、アルシェムも同じことをしようとしていたのである意味同類ではあるのだろうが。ロイド達の微妙そうな顔でアガットとの関係を疑われている――主に交友関係的な意味で――ことを察したアルシェムは、取り敢えずレンと共に旧鉱山から出た。とにかく彼を紹介しておく必要を感じたのだ。

 アルシェムは微妙そうな表情でロイドに告げる。

「あー、こちらB級遊撃士《重剣》のアガットことアガット・クロスナー氏。《リベールの異変》の解決の立役者の一人でもあるよ」

 その言葉に真っ先に反応したのは苦笑したアガット本人だった。

「おいおい、珍しいな? 二週間前に昇級したぜ。どっかの親父共のせいでな……」

「マジで? ……お疲れ、アガット」

 最近の情報収集を怠っていたからか、アガットの昇給についての情報を聞かされてアルシェムは彼の苦労に手を合わせるしかなかった。どっかの親父共と言っている時点でカシウスの関与は必至だ。アガットがどれほどの訓練を受けさせられたのかは想像を絶する。というよりもアルシェムは想像すらしたくなかった。ある意味で壮絶すぎて。

 ロイドはアガットがアルシェムの知り合いであることに最早疑問を覚えることはなかった。

「えっと……それで、何でそんな凄い遊撃士がクロスベルに?」

「……依頼内容の漏えいは、って言いたいところだが、どうせもう接触はしてるだろうから言っておく。チビの護衛だ」

 その単語だけではロイド達には誰の護衛なのかは分からない。ただ、既に接触しているチビという単語だけで類推していくのならば、一人だけ該当する人物がいた。敬語をつけられていてもおかしくない少女が、つい最近クロスベルにやって来やしなかっただろうか。その少女から出なかったか、リベールという単語が。正確にはZOFという単語が出ていたはずだ。

 それを思い出してエリィがアガットに告げた。

「ティータ・ラッセルちゃん、ですか?」

「ああ。ったく、何でこのクソガキの近くにいたいからって俺が……」

「えっと……でも、離れていて大丈夫なんですか? 護衛っていうからには四六時中一緒にいるものじゃ……」

 頭を抱えてぶつぶつ言い出すアガットにロイドがそう問う。護衛というからにはティータを守るべくともにいなければならないものではないか。少なくともロイドはそう思っているが、アルシェムが知る限り今のクロスベルにおいてティータを害せる人間はと問われると猟兵の不意打ちかマフィアの直接襲撃くらいだ。たとえばネットワーク上からの混乱を起こしたうえで襲撃する形ならばまず負けない。相手がセキュリティすら抜けないからだ。

 その問いにアガットは遠い目で応えた。

「いや……今のクロスベルでアイツに危害を加えられる奴がいるか? 普通に無理だろ……」

「たとえばアリオス・マクレインでも?」

「無理だな。……本当に珍しいな。忙しいのか? アルシェム」

 そこを何故つかめていない、というアガットの言外の問いにアルシェムは今夜ティータのパソコンに侵入することを決意した。どうやら最近異様に硬くなったセキュリティの向こう側でティータはとんでもないことをしているようだ。なお、それを後に知ったアルシェムは盛大に顔を引きつらせることになるのだが、それは今の話ではない。

 アルシェムは適当に話を流してこの場の探索を優先することにする。

「ま、それなりにね。それよりこの中、見て回った方がいいと思うけど? わざわざ罠にかけてまで入り口をふさぎにかかるだけのナニカがここに在るみたいだし」

「……もちろん俺は見て帰るつもりだが、そっちはどうする?」

「え、あ、ああ……」

 ロイドは思案した結果、罠を掛けた人物が周囲にいないとも限らないのでアルシェムだけ置いて探索に出ることにした。マインツの町長は町に帰し、アルシェムはひたすらその場で警戒を続ける。中で爆発音がしないというのはそれなりに疑問点はあるものの、ロイド達の気配が消えるなどということは一切なかったので大丈夫なのだろう。

 あくびすらする余裕のあったアルシェムは、遠くからツァイトと駆けてくるランディを目視した。どんどんと近づき、入り口で立ち止まろうとする。それを見てアルシェムはランディに声をかけた。

「久し振り。最奥部にロイド達が護衛付きでいるけど、何が起きてるか分かんないからとっとと行って」

「了解!」

 そのやり取りだけでランディは中へと踏み込んでいった。入り口をくぐる時には微妙に顔をしかめて、だ。どうやら彼の敏感すぎる嗅覚はそこに仕掛けられていた火薬の臭いをも嗅ぎ取ってしまったらしい。あるいは、以前から使っていて親しみ深い臭いだったからかもしれない。その真実を知るのはランディのみであり、他のニンゲンには誰にも知られることはないだろう。

 あまりにも暇すぎて趣味のオーブメント細工まで作成する時間があったため、アルシェムはまたおかしな物体を製作しているが、それはそれ。ロイド達はそんなアルシェムとは裏腹に大変な事態に直面してしまっていたのである。いうなれば《影の国》化した旧鉱山内を、その影響によって発生したり狂暴化したりする魔獣の相手をこなすのはなかなかに辛かったらしい。

 アルシェムがギャグで空気椅子(ただの板を浮遊させるだけの物体)を作成している間に、ロイド達は一段と連携を深めることができるようになっていた。主に魔獣が強すぎるせいで。ロイドが魔獣の動きを止め、その間にエリィとノエルが銃弾を浴びせる非情なスタイルを確立させつつある三人組を横目に、アガットは悠々と一振りで七体ほど殲滅しているのだから笑えない。なおレンはロイド達が仕留め損なった魔獣を狩っている。

 無論のことながら、どちらの方が異常かと問われればアガットの方だ。普通の魔獣を一振りで殲滅できるほどの力を身に着けてしまったアガットは、最早B級遊撃士ではいられなくなって昇格したのである。どこぞのバカップル共がB級のままなのは若くて経験が足りないからだ。恐らく遊撃士協会に登録した年数が一定の基準を超えない限りは昇格できないだろう。

 それはさておき、アルシェムの方には一切襲撃がなかったことを死屍累々で――無論アガットとランディは息を切らしてすらいない――戻ってきたロイド達は不公平だ、と思ったとか思わなかったとか。とにもかくにもランディの様子から何が起きたのかを察知したアルシェムは、珍しく導力車に一緒に乗ってクロスベル市へと戻ることにした。アガットも一緒にだ。これから話す情報は、アガットにも共有しておくべきものなのだから当然だろう。

 だが、共有する必要はあるとはいえいきなりアルシェムから言うことは出来ない。流石にプライバシーというものがあるからだ。たとえどんな理由であれ、ランディが『ランドルフ・オルランド』であることを棄て、『ランディ』としてここにいるからには。それを尊重しなくなれば、アルシェムは□□□と同じになってしまう。そんな予感があった。

故にアルシェムは一応ランディを気遣って一度その場を離れ、小声で問うた。

「で、ランディ。あんたの従妹と叔父がクロスベル入りしてるんだけどどうしたらいいと思う?」

 その言葉に、ランディは一瞬の躊躇を見せてから答えた。

「……正気で言ってるのか、アルシェム。あいつらがクロスベルに?」

 そこにいたのは最早『ランディ』ではなかった。泣く子も黙る《闘神》の嫡子。かつて《闘神の息子》と呼ばれた『ランドルフ・オルランド』がそこにいる。その雰囲気の変わりように、アルシェムは内心で戦慄した。どこか底の知れない、強者の気配。どこかお調子者の皆の兄貴はそこにいなかった。そこにいるのは、まさしく『猟兵』だったのだ。その腐臭漂う本性をここまでみせなかったのはある意味凄いとしか言いようがない。

 戦慄したことを知られないよう、アルシェムは軽く返答する。

「いるよ。だってシグムントにもシャーリィにも目をつけられたし」

「……よく無事でいられたな?」

 ランディの声音にアルシェムを気遣うような色が見えて、アルシェムは歪に笑うことしか出来なかった。こうやって気遣ってくれているというのも恐らくはうわべだけになって行くのだろう。これからアルシェムは――『アルシェム・シエル=デミウルゴス』は、『死ぬ』のだから。□□□のやり口はもう分かっている。どこまでも悪辣で、どこまでもアルシェムにとっては優しくない現実。

 首をすくめ、アルシェムはランディに返した。

「あっちだって警察官と事を構えるほど馬鹿じゃなかったってこと。何をしに来たかは別にして、しばらく居座りそうな雰囲気は醸し出してた。どこに本拠地を置くと思う?」

「ルバーチェ跡地だな。それ以外考えられねえ」

「成程ね。《黒月》に程よい距離ってことか……それとも、《オルキスタワー》を眼中に入れてるか、か」

 その呟きに、ランディからギシリ、という音が聞こえた。どうやら歯を食いしばっているらしい。それでもやらなければならないことを決断できる辺りはまだ彼も『猟兵』から抜け出せていないらしい。勿論この場でやるべきことはロイド達にその存在を明かすことだ。そして、警戒を呼び掛けること。恐らく『ランドルフ・オルランド』が《特務支援課》に居続ける限りは厄介事が降りかかるだろうことは容易に想像できる。

 本来ならば、ここでランディは姿を消すという選択肢も視野に入れていた。姿を消し、闇討ちしながら《赤い星座》とやり合えば相打ちになったとしても滅ぼせただろう。だが、ランディにはその選択肢が取れない。何故なら、そんな思考は端から彼の中には存在しなかったからだ。『ランディ・オルランドは《特務支援課》の一員でなければならない』のだから。

 故に、彼は導力車に乗り込んだ後こう明かすのだ。

「……アルシェムから聞いたが、今クロスベルには猟兵が出入りしているらしいな?」

 その言葉に続くはずの言葉をくじいたのはロイド達の反応だ。

「ええっ!?」

「聞いてないぞ、アル!」

「責められても困るんだけど。この件に関してはわたしが勝手に話して良いことじゃないと思ったから黙ってたし、まだ実害は出てないから大丈夫だよ」

 それはどういうことだ、とロイドが問いを発する前に、ランディは説明を始めた。元々自身がどういう存在だったのか。どんな場所で生き、どうやって生きて来たのか。それを、簡潔に。『ランディ・オルランドは元猟兵で、《赤い星座》に所属していた』。たったそれだけのことだ。それを裏付けるようにダドリーからも『《クリムゾン商会》が《ルバーチェ》跡地を買った』と連絡が来る。

 ランディが告げた事実。たったそれだけのことで納得するというのも異常ではあるが、ロイド達はそれで納得した。仲間のことを信じていると言えば聞こえはいいが、相手のことを知らずとも信じられるというのはある意味おめでたいことだ。どんな腐臭を放つ人間であっても、最初から裏切るつもりでそこにいたのだとしても、事情さえ聞けば赦すと言っているのとほぼ同義だ。

 勿論、この場合のヘイトが向かう先は『猟兵が来ていること』を伝えなかったアルシェムに向く。この世界はそういう風に出来ている。全ての憎しみを背負わせて、必要なくなったらゴミ箱へ。そうやって必要なものだけを守り、必要のないものを削ぎ落として。そうやって世界は回っている。そうしなければとてもではないがこの破綻した世界は回らない。

 彼らに必要なすべての情報を伝え終えるころには導力車はクロスベル市に入っていて、その目で確認しなければという焦燥に駆られたランディはそこから飛び出していく。走っていた導力車を強引に止めての暴挙を、ロイド達は止めた。止めたのだが彼は止まらなかった。当然だろう。ただの警察官や政治家志望、警備隊員で元猟兵を止められるはずがない。

 勿論暗い過去を持つレンも、無理矢理止めても無駄だと分かっているアガットも彼を止めなかった。アルシェムも言わずもがなだ。止めたところで何の意味もない。折り合いをつけなくてはならないのはランディ自身であり、そこに自分達が首を突っ込むべきではないのだ。誰かにつけて貰った折り合いを背負って生きていくのは、気持ち悪いから。

 ただ、追わなかったわけではない。ロイド達に先導され――アルシェム、レン、アガットは行くつもりはなかったが連行された――、《ルバーチェ》跡地へと向かうと、そこには想像通りの光景が広がっていた。赤毛の大男。赤毛の少女。赤毛の青年が二人。うち一人に関しては毛色が若干違うが、やっていることは似たようなものだろう。赤毛の大男は《紅の戦鬼》シグムント・オルランド。赤毛の少女は《血染め》のシャーリィことシャーリィ・オルランド。赤毛の青年のうち一人はランディ。そして残った毛色の違う男は――《鉄血の子供達》の一人。《かかし男》レクター・アランドール、だ。シグムント、シャーリィ、レクターに対してにらみ合うのはランディだけだというある意味では劣勢な状況に、猟兵の何たるかも知らない警察官が飛び込むさまはなかなかに愉快だ。

 飛び込んだからといって、現実が変わることは一切ない。確認するだけしたランディは、舌打ちだけして支援課ビルへと戻って行った。


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