雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

152 / 192
 旧221話のリメイクです。


不審な記者とぽむっと!

 ロイド達が導力車を受領した次の日。キーアが妙にご機嫌でアルシェムはイライラしており、それを取り繕うこともしなかったために空気が悪くなってしまっていた。それを見かねていつもよりも早く端末を確認したロイドは、取り敢えず時間のかかる支援要請をアルシェムに投げて頭を冷やさせようとした。本日の支援要請の概要は不審住戸の確認と雨傘の捜索、そしてβテストへの協力要請である。そのうちのβテストをアルシェムに振り分けたのだ。

 暗に自身の頭を冷やせと言われていると分かったアルシェムはロイドにこう返答した。

「……終わったら巡回でもしてる。もし何かしら問題が起きて対処しきれなくなったら呼んでくれればいーし」

 身もふたもないアルシェムの答えにロイドは困惑したように声を漏らす。

「その……何とかならないのか?」

「は? 一生分かり合う気のないやつと仲良くする必要、ある?」

 そのアルシェムの表情があまりにも酷かったのだが、ロイドはこれだけは言っておかなければならないということがあった。どう見ても大人に近いアルシェムと幼女のキーアがやり合う様子ははた目から見てもアルシェムが完全に悪いように見えてしまうのである。実際のところ、アルシェムがキーアを嫌っているというのはある意味勘違いであるのでほぼアルシェムの方が悪いのだが。

 ロイドはアルシェムに困ったように伝えた。

「一応アルの方が大人なんだから……その、せめて当たりを弱くするとかさ、な?」

 なお、ロイドが思っている歳の差とははるかに違うわけだが、確かにアルシェムの方が年上である。ざっと五百年ほどだが。むしろここまで来ると誤差の範囲内ともいえる気もするが、それはそれ、これはこれである。幼女の外見のロリババァと女性の外見の若作りなら、若作りの方が譲ってしかるべきだろう。見た目的にも、対外的にもだ。

 だが、アルシェムはそれを譲る気すらない。

「……それが出来るんなら、わたしは多分東方のボサツにでもなれるんじゃないかな」

「そこまで言うか……」

「だから、極力関わりたくない。むしろ視界にも入れたくない。それが不可能だからイライラもするし、当たりたくもなるんだよ」

 確かにロイドはアルシェムの顔から不快を感じ取った。だが、彼女がキーアを嫌う理由が分からない以上はどうすることも出来ないのだ。当事者同士で話し合えばいいのだろうが、アルシェムの方がそれを避けている。キーアがまとわりついて、アルシェムがそれから逃げて、またキーアが追いかける。その繰り返しなのだ。躍起になってキーアがアルシェムを追い回そうとすることすらあるのである。

 故に、ロイドはようやくアルシェムにその理由を聞く気になった。

「で、何でそこまでして関わりたくないんだ?」

 しかし、アルシェムの方にその場で返答したくない理由があった。口角をひきつらせ、物凄い形相になりそうなのを必死で我慢している様子はいっそ滑稽ですらある。だが、それについてはロイドは触れなかった。触れてしまえばまた話がそらされてしまうと思ったからだ。いつもそうやってキーアの話から別の話へとそらすのがアルシェムのやり口である。

 そこでロイドが口を挟まなかったのでアルシェムは仕方なく返答する旨を条件付きで伝える。

「……場所、変えようか」

「あ、ああ……エリィ、レン、先に出ていてくれるか?」

 話が長くなる、と直感したロイドは雨傘の捜索に振り分けていたエリィとレンに声をかけた。

「構わないわよ」

「程々にね、ロイドお兄さん」

 二人は事情を察したように支援課ビルから出て行く。その場にはノエルとキーア、そしてロイドとアルシェムが残された。ノエルはロイドと共に支援要請に出ることになっているので出るに出られなかったのである。そういうわけだが、敢えてノエルはここで気を効かせることにしたようだ。ここは席を外した方が良いだろう、という空気を読んだのである。

ノエルはキーアと目線を合わせるためにしゃがみ、そして問いかけた。

「ねえ、キーアちゃん。今日の晩御飯の当番、キーアちゃんだったよね?」

「ほえ? そうだけど……」

「私が手伝ってあげるから、今買い物に行っちゃおっか」

 力こぶを作るように腕を持ち上げたノエルに、キーアは目を輝かせた。どうやら釣れたらしい。この場にいる誰もが幼女が食事当番であるという異常事態に対しツッコミを入れることはない。既にキーアの料理の腕は認められているのである。もっとも、キーアが当番の会の食事に関してはアルシェムとレンが外食してくるという露骨な避け方をするわけだが。

「行くー!」

 そう叫んでノエルの手を掴み、キーアは玄関から出ていこうとする。ノエルはキーアに引っ張られながら左手でサムズアップしてみせ、同時にウィンクまで投げてよこした。そして慌ててキーアについて行く。ロイドはそんな気遣いの出来るノエルに手を振って応えた。これでアルシェムと話が出来る。そう思ってアルシェムの顔を見れば、そこに先ほどまで浮かんでいた感情がごっそりと削げ落ちていてぎょっとした。

 思わず出た声は震えている。

「アル……?」

「……はぁ。で、あのクソガキにかかわりたくない理由だっけ?」

「あ、ああ……」

 ロイドは狼狽することしか出来なかった。そこに感情がないように見えるからではない。感情が削げ落ちているように見せているのに、その声に内包されている無限の負の感情を感じ取ってしまったからだ。無論のことながらロイドにはティオやレンのような感応力はない。しかし、それでも感じ取れてしまうほどの憎悪がそこには込められている気がしてならない。

 ロイドの内心をよそに、アルシェムはその問いに答えた。

「いつか、あいつがわたしを殺す日が来るからだよ」

「……え」

 そのあまりの答えにロイドの思考は停止した。まさかいきなりそんなぶっ飛んだ答えを返されるとは思ってもみなかったのである。せいぜい気に喰わないだとか、幸せに生きてきたように見えるキーアを妬んでいるだとか、その程度のことだと思っていた。それが、『いつかキーアがアルシェムを殺す』、とアルシェムは言う。それも逆ではなく、アルシェムは殺される側の人間だというのだ。

 ロイドは思わず声を漏らしていた。

「それは……どういう、ことなんだ?」

「さあね。ただ、あいつがこの先目的を果たすために一番邪魔なのはわたしで、わたしの目的を果たすために一番邪魔なのはあいつだから」

「キーアの目的……? それって、どういう……」

 アルシェムの言葉は、ともすればキーアの素性を知っているということで。あまりにもアルシェムに聞きたい情報量が多くなりすぎてロイドは混乱した。アルシェムは一体何を知っているのだと。キーアは一体『何』なのかと。キーアの目的は、アルシェムの目的は何なのか。お互いに殺しあわなければならなくなる可能性があるのかどうかと。

 混乱するロイドに、口角を吊り上げたアルシェムは言葉を吐いた。

「ああ、安心すると良いよ。あいつはわたしを赤子の手をひねるように殺せるけど、わたしは絶対にあいつを殺せないから」

 それを聞いたロイドは思わずアルシェムに掴みかかっていた。その激情が何を意味するのかは、その瞬間には分からない。胸ぐらをつかみ、半ば吊り上げるような形で自身に向き直らせた。そこで自身がキーアを罪人にしたがるアルシェムに対して怒りを覚えているのだと自覚した。止める気もなかった。キーアが、あの優しい子がそんなことをするはずがないではないか。

そしてロイドはアルシェムの顔の前で叫ぶ。

「――ッ、キーアがそんなことをするはずないだろう!」

「さて、どうだかね」

 アルシェムはロイドの手を振り払い、その場から立ち去ろうとする。しかし、ロイドがそうさせるわけがなかった。いつの間にか心の大事なところを占めているキーアが、アルシェムを殺すなどという戯言を聞き流せない。それが、アルシェムがキーアを嫌う為の嘘にしか聞こえないからだ。よもやそれが将来必ず起こることだとはつゆほども思っていないのである。

 この場で一番効果のある言葉は何か。単純に『キーアはアルシェムを殺すことなど絶対にしない』と言ってもアルシェムには何の意味もないだろう。どういうわけかアルシェムはキーアに殺されるとかたくなに信じ込んでいるのだから。キーアを全否定するような発言をするアルシェムのことは赦せない。だが、ロイドにはどうしてもアルシェムを全否定することも出来なかった。

だからこそロイドは一番効果的な言葉を、半ば無意識に放っていた。

「たとえキーアがアルを殺そうとしたとしても、俺達が止める。キーアが間違ったことをしようとしているなら、止めてやる。それで良いんじゃないのか?」

「……いや、多分その時が来てもロイド達は止められないよ」

 その声は氷のように冷たくて。

 

「だって、その時に間違っていることをしているのはわたし。そういう風になってるからね」

 

 その、ある意味では犯行予告にも取れなくはない言葉に。ロイドは目を見開いて隙を晒した。アルシェムがその隙を逃すわけがなく、その場から気配を殺して立ち去る。ロイドがそれを追うことは出来ないと分かっていての所業である。そのままアルシェムは本日の支援要請をこなすために自室に戻り、携帯型の端末を取り出した。そして、エプスタイン財団の分室があるIBCビルへと向かう。

 その途中でアルシェムは呼び止められる。

「あの、特務支援課のアルシェム・シエルさん、ですよね?」

 その人物は目を閉じていた。耳だけで通りがかったアルシェムが誰なのかを理解したらしい。それが出来る人物で、この特長に当てはまる人物はと言われれば一人しかいない。過去に《百日戦役》の記事を書いてフューリッツァ賞を取った伝説の記者、ニールセンである。もっとも、アルシェムとしては彼が本当に表社会だけで生きている人間なのかどうかを疑っているが。

 わずかに警戒を滲ませ、アルシェムは返答する。

「……足音だけで判断しているというのはなかなかに凄いと思いますよ、記者のニールセンさん」

「良くご存知ですね。お伺いしたいことがあるのですが……」

 ニールセンはそう言ってアルシェムに向けていくつか問いを発してきた。そこから読み取れるのは、過日のヨアヒムに関する情報を調べたうえで、最も真実に近いと思われるモノを見つけ出したいということだ。残念ながら記事にされると困るので、本人の興味を満たすだけならという条件を付けてアルシェムはそれに返答してやった。

 すると、ニールセンはその情報をいたく喜んで聞いていたので必要ない情報まで喋ってしまっていたらしい。詳しく知りたいのなら図書館へ行けと言ったのは間違いだっただろうか。いそいそと図書館へと向かっていくニールセンに、アルシェムはやはり彼は目が見えているのではないかと勘繰ってしまう。クロスベルに来て長いというのならば分かるのだが、その歩みには迷いがなさすぎた。

 そんな彼を見送り、IBCに辿り着いたアルシェムが受付嬢に用件を告げると、あからさまにホッとした顔をされた。どうやらいつものように換金に来たと思われていたらしい。実はIBCのブラックリストに載っていることを知っているアルシェムは、わざとミラを奪い取るために定期的にセピスを換金しに来ていたためだ。一度前総裁ディーターに月にセピス持込みは千ずつまでという縛りをつけられていなければ、アルシェムはIBCの総資産の半分ほどをぶんどれただろう。

 アルシェムはエレベーターを使い、エプスタイン財団に入り込んだ。

「あ、待ってましたよー、アルシェムさん」

「って、ティータが出迎え? お客様に何させてんの、エプスタイン財団」

「ええっと……すぐに主任を呼んできますね」

 辛辣なアルシェムの言葉に苦笑したティータはロバーツを呼びに行った。どうやら奥でまだ作業をしているらしい。最後の追い込みなのか別の作業なのかは、アルシェムのあずかり知らぬことだ。その間に携帯型の端末を立ち上げておく。エプスタイン財団からの支援要請でβテストと来れば端末が必要なのは間違いないからだ。それの起動が終わった頃、ティータはロバーツを引き連れて戻ってくる。

 その手になぜか端末を持ってきたティータは、ロバーツの後ろに控えてアルシェムに声をかけた。

「お待たせしました、アルシェムさん」

「そんなに待ってないから大丈夫だよ。で、何をテストすれば?」

 そうロバーツに問いかけると、彼はよくぞ聞いてくれました! とでも言わんばかりに笑みを浮かべる。そして懐に手を入れて取り出したのは小さな棒状の機械のようなものだった。要するにUSBメモリである。それを取り出し、アルシェムの端末に挿すように要求する。どうやらその中にβテストをする必要があるモノが入っているらしい。

 アルシェムはそれを受け取って何も怪しいデータが含まれていないことを確認すると、その中に入っていたテストに使うと思しきデータをインストールした。ついでに遠隔操作で特務支援課の端末にもだ。どうせ支援課ビルに戻ってやってくれなどということも言われるに違いないため、アルシェムは先んじてインストールさせておくことにしたのである。

 それを見てロバーツは顔をひきつらせた。

「え、あの、えっと。アルシェム君……?」

「あんまり今精神的に余裕はないので手短にどうぞ?」

 冷気を感じるほどの笑みにロバーツは怯んだが、技術者として口出ししないわけにはいかなかったので単語だけでアルシェムの行為を咎める。

「それってハッキング……」

「クラックしてないから良いでしょ別に。大体のことはまたわたしかで何とかなるし」

「そ、それはあんまり大丈夫じゃないと思いますアルシェムさん……」

 ティータまでもが苦笑するが、アルシェムがそれを取り繕おうとする気配はない。その様子を見てティータは人知れず『また何かが始まったんだな』と思った。また昔と同じような闇の世界に足を踏み入れるのだろうか。そう考えると気分も落ち込んできそうなものだが、今回は女王からアルシェムの目的だけは聞かされている。『クロスベルを国にするのだ』というアルシェムが、ある意味余裕がないのも無理はないのかもしれなかった。

 ただでさえ、ティータが見る限りでもクロスベルは危うい。ティータの感覚でも『強そう』だと感じる人間はうようよいる上に、それが普通に会社を名乗っているあたりが怪しい。こっそり情報だけ抜き取ってみてもそうだ。黒すぎる。それはIBCも例外ではなかった。いつまでここに身を寄せていられるか、というのをアガットと見極める必要があると相談したのもつい昨日のことである。

 神妙な顔で黙り込んだティータは、故に気付かなかった。

「……ティータ?」

「ふえ!?」

「聞いてなかったか……動作テスト、付き合ってくれるんでしょ?」

 動作テスト、と口の中で繰り返してティータは思い出した。そう言えばロバーツが開発したゲーム『ポムっと!』の動作テストへの協力を特務支援課に要請したんだったと。慌てて端末を立ち上げ、準備を終えてその意を告げると、アルシェムは微妙な表情をしていた。それでも何も聞かずに動作テストに協力してくれるあたり優しいのか無頓着なのか分からない。

 動作テストを終え、アルシェムにコテンパンにやられたロバーツは灰になりかけていたものの支援要請の完了を告げた。それを受けてアルシェムは支援課ビルへと戻り、ノエルたちとは鉢合わせしないように端末で報告を終え、もう一度外に出る。何も用が無かろうがここは魔都クロスベルである。外を歩けば大なり小なり事件にはぶつかれる。

 それをこなしているうちに、アルシェムの《ENIGMAⅡ》が鳴った。

「はいアルシェム・シエル……は? マインツ? ……了解。すぐに向かうから鉱山町で待ってて。先に入ったら……うん、死ぬかもね」

 物騒なことを最後に呟いて通信を終えると、アルシェムは即座にその場から駆け出した。相手はロイドで、内容は『マインツの旧鉱山の異変』。そんな場所で異変が起きるなどという兆候はついぞ見られなかった。要するに誰かが何かを起こしたということであり、『中が不気味な色をしている』という現象に心当たりがないわけでもなかったのだ。その現象を起こした野郎は既に鬼籍に入っているが。下手に入れてはマズい。

 マインツ山道を駆け上る道中、マッドサイエンティストと害虫駆除を行って氷漬けにし、リオを呼びつけてメルカバに放り込みに行かせるなどというハプニングもあったものの原因は確保できている。後はその異変の元を断ちに行くだけの話だ。マッドサイエンティストことF・ノバルティスを塩と化して凍結できた時点で本日の任務は終了したいところだがぐっとこらえてアルシェムは駆けた。

 そして――アルシェムはマインツ鉱山町へとたどり着いたのである。ただし街道ではない道を使って。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。