雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
では、どうぞ。
リンデ号発見の知らせを、アルシェムはラヴェンヌ村村長に告げなかった。もしも何かしらの陰謀が動いているのならば、今は動けないと判断してのことである。先ほどキールが告げた『話が違う』という発言。この発言がアルシェムに真実を告げることをためらわせた。
アルシェムは遊撃士協会まで戻り、ルグランに魔獣の退治を終えたことを報告した。
「……ふむ、それで廃坑の奥を確認してきたと」
「はい。それが問題なんですが……シェラさん達は?」
ルグランには魔獣が起きるのが不自然であるために廃坑の奥を念のために調べたことを告げた。その内容を告げるのは、シェラザード達も一緒の方が良いと思ってアルシェムはルグランにそう問うた。その答えは、市長に面会している最中かもう終わったところだろうということ。そうこうしているうちにシェラザード達が遊撃士協会へと戻ってきた。
「あら、アル戻ってたのね」
「シェラさん……そっちの進捗状況は?」
シェラザードはアルシェムの問いに顔をしかめて応えた。
「一応これから市長さんの手紙を持ってモルガン将軍に会いに行くつもりよ」
「こんな夕方、とゆーか、夜に?」
そう。とうの昔に日は暮れていたのである。火急の用であるといえば恐らくは通してくれるのだろうが、この時間に訪問するのは非常識である。シェラザードは口を引き結んでこう答えた。
「それも、そうなのよね……アルは掲示板の依頼は順調かしら?」
「あー、それについてなんですけど……ちょっと時間貰えます?」
「え?」
アルシェムの答えにシェラザードは困惑した。掲示板の依頼に手古摺ってアルシェムが疲れているのだと勘違いしたからである。しかし、事実は違う。アルシェムは思わずうなずいたシェラザードを見てルグランに2階を貸してくれるよう要請した。そして、丁度戻ってきた別の正遊撃士――実は新米らしいアネラス・エルフィード――に受付を頼んで階上へと向かった。当然エステルやヨシュアも一緒に、である。
席に着いたアルシェムはおもむろに一枚の写真を取り出した。そこに映っていたのは――
「ちょっと、アル! これって……!」
「リンデ号、だね」
思わず立ち上がったエステルには見向きもせず、ヨシュアは険しい顔でその写真を見た。そしてシェラザードはと言えば呆けていた。まさかこれほどまでに迅速にリンデ号が発見されるとは思っても見なかったからである。しかも、掲示板の依頼をしていただけのはずの新米準遊撃士如きに。アルシェムはルグランにした報告を繰り返してシェラザードに伝えた。
「ラヴェンヌ村で、最近は出てなかった魔獣が出てたんです。それで、それが掲示板の依頼になってたんですけど……まー、生息地を脅かされない限りは出て来ないと思ったので元々の生息地――廃坑らしいです――を魔獣の掃除がてら探索してみたんですよ」
「それで、奥にリンデ号があったってわけね……それで、乗客は?」
シェラザードはアルシェムの目を真っ直ぐに見てそう問うた。アルシェムは写真を増やしつつこう返す。
「乗客、乗員全て消えてました。貨物もオーバルエンジンも根こそぎです」
「そっか……」
その答えにエステルが落胆したかのように椅子に座りなおす。ヨシュアはさり気なくエステルの肩に手を回して慰めようとしていた。だが、エステルはそれをはねのけた。
「じゃ、じゃあ、他に手掛かりとかは!?」
余程心配なのだろう。決して泣きはしないが、その瞳には不安が揺れていた。無理もない。この乗客の中にカシウスがいたとエステルは思っているのだから。その心配は的外れであり、全くの杞憂なのだが。
アルシェムはエステルの問いにこう答えた。
「手掛かりってーか、犯人ってーか……とにかく、犯行グループは分かったよ」
「ええっ!?」
これにはヨシュアも驚愕したようだ。そこまで容易に分かることではないとヨシュアは経験上分かっていたからである。もっとも、その経験はまっとうなものではないが。アルシェムは淡々とその犯行グループの名を告げた。
「《カプア一家》」
「って……ジョゼット達のこと!?」
「そーだよ。キールが貨物の残りを略奪しに来てたみたいで飛空艇に飛ばれて逃がしちゃったけど」
今のところそれだけが心残りである。まあ、たとえあの時に捕縛していたとしても人質の場所や仲間の場所を吐いたとも思えないが。しかし、シェラザードはアルシェムに励ましの言葉を掛けた。
「いや、あんたはよくやったわ。というか、まさかそんなところから手掛かりを持って来るだなんて思いもしなかったわよ……」
「うむ、儂も驚いたが……今日はもう遅い。もう休んだらどうかね?」
ルグランの言葉ももっともであるが、実はアルシェムのみ夕食を食べていないのである。エステル達はメイベル市長のご相伴にあずかって食事を済ませていたのだが、アルシェムにはその暇がなかった。
「それもそうね。雑魚寝になるけど遊撃士協会に泊まっても大丈夫かしら?」
「うむ」
そこで、アルシェムのお腹が限界を迎えた。盛大に鳴ってしまったのである。シェラザード達は顔を見合わせて何故かエステルを見た。一同の内心を代表してヨシュアがエステルに告げる。因みにジト目である。
「エステル……君って娘は」
「ち、違うわよ! あれだけ頂いたんだし、お腹はいっぱいだもん」
「え、じゃあルグラン爺さんかしら?」
「何でそうなるんじゃい! 儂もきちんと喰ったわ!」
そして、一同の視線がアルシェムに向いた。アルシェムはその視線からスッと目を逸らした。大量の冷や汗がアルシェムの額を流れ落ちる。
「……アルね」
「うん、そうよね」
「間違いなくアルだね」
そして、シェラザードとヨシュアはアルシェムの隣に回り込んだ。自分が悪いと分かっているのでアルシェムはそれを避けない。避ければ説教が長引くだけだと良く知っているからである。
「アルっ!」
「ひゃい!」
この日、受付代理を頼まれたアネラス・エルフィードは涙目になりながらボース市民の対応に追われることになる。というのも、エステルの怒鳴り声があたりに響き渡ったからだ。ボースの男性陣はあの怖い声を止めてくれと嘆願し、女性陣はあの怒り方を是非伝授してほしいと嘆願しに来ていた。
「ふえ~ん、どうしてこうなるの~!?」
アネラスの嘆きがボースに響き渡ったのは言うまでもない。
❖
次の日。エステルに散々怒られたアルシェムは久しぶりの悪夢にたたき起こされた。エステル、ヨシュア、シェラザードがリンデ号の前で王国軍に射殺されている悪夢である。あまりにもリアルな夢だったので、一瞬本当にあったことかと錯覚しかけたくらいだ。何故射殺されているのかは分からなかったが、それでも下手人が誰かは分かっていた。夢の最後に出て来たのはモルガン将軍だったからである。
この日、エステル達はハーケン門に行くことになっているが、アルシェムもまたそれに同行させて貰えることになっていた。というのも、証拠を見つけた人物として証言を語る必要があるからである。もっとも、遊撃士嫌いで通っているモルガン将軍の前に出るので支える籠手の紋章は外しておくが。
ルグランに挨拶を終え、東ボース街道からアイゼンロードに入る。途中で検問に引っかかりかけたが、エステルがボースのメイベル市長の使いであることを示すとしぶしぶ通してくれた。途中には魔獣がかなり湧いているようだ。恐らくは軍の手が回っていないのだろうと推測出来た。そこまでの大事件なのである。
アルシェムはハーケン門に近づくにつれて気が重くなっていくのを自覚していた。ハーケン門と言えば、エレボニア帝国との国境に立つ砦なのである。10年前の《百日戦役》で破壊されてからは更に堅牢な砦として立て直された。《百日戦役》が起こるきっかけになったのは、ハーケン門よりさらに北に上った国境のとある村で起きた『不幸な事故』。アルシェムは残念なことにその『不幸な事故』についてよく知っていた。誰もが知り得ない真実までも。
「これがハーケン門……メチャメチャ大きいわね~!」
「帝国との国境だからね」
「うーん、そっか……この先は帝国なんだもんね……」
あの『不幸な事故』を構成するパーツがこの場所だった。『不幸な事故』で使われた『あるもの』はここから盗み出されたものだったからである。それを使って、あの『不幸な事故』は起こされてしまったのだ。あるいは事件とでもいうべきなのかもしれない。
エステル達はシェラザードの指示により支える籠手の紋章を外して鞄にしまった。そして、ヨシュアが兵士に取り次ぎを頼んだところ、現在モルガン将軍は不在とのこと。捜索活動の陣頭指揮を執っているらしく、今日中には戻るだろうとのことだった。
しばらく戻らなさそうなモルガン将軍を待つエステル達を見かねた兵士達の勧めによって、休憩所にいさせて貰えることになった。モルガン将軍が戻ってくれば呼びに来てくれるらしい。
そして、そこにアルシェムが足を踏み入れた瞬間だった。アルシェムの知る金髪が目に入ったのは。
「フッ、驚いたな……本場のリベール料理を食べるのは初めてだが、なかなかの美味だ」
「ほう、嬉しいことを言ってくれるじゃねえか。街に行きゃ、美味いリベール料理を食わせてくれる店は色々とあるぜ。楽しみにしてるこったな」
休憩室で居酒屋を営む主人と話すいかにもちゃらんぽらんな男。金髪で、どこかナルシストの臭いを発している気障な男。その男をアルシェムは知っていた。その男の正体さえも。
「勿論、そのつもりだよ。場末の酒場でこれだ、今から期待出来るというものさ」
「ヘッ、場末で悪かったな。ついでにワインでもどうだ?安物だが、結構イケるぜ」
「フム、いただこうか……」
なぜこんなところに彼がいるのか、アルシェムは分からなかった。どう考えてもあり得ない。今このときこの場所にこの男がいる意味が分からない。何の意図があって彼がここにいるのか、分からない。分からないことだらけである。
混乱するアルシェムをよそに、エステル達はどこか座れる場所を探していた。幸い、隅の方が開いていたのでそこに座る。すると、その金髪の男がワイングラスを片手にエステルに近づいてきた。
因みに、この間にシェラザードが手際よく人数分のジュースを買っていたことをアルシェムは知らない。
「やあ、ご機嫌よう。リベール人のようだが、帝国に旅行かな?」
「ううん、あたし達は野暮用でここに来ただけなの。帝国には行かないわよ」
その男の言葉に、エステルは律儀に返す。飄々としていて意図がなかなか読めないが、何かしら目的を持ってこの場に来ていることだけは分かった。そうでなければ今ここでリベール王国へと向けてこの男が来る理由が分からないからだ。
その男にヨシュアが問いかける。多少は警戒心を働かせているようである。
「そういうあなたはエレボニアの人みたいですね。旅行ですか?」
「フッ、仕事半分、道楽半分さ。しかし、野暮用か……君達の正体が見えてきたよ」
「え、正体?」
きょとんとするエステル。若干警戒のレベルを上げたヨシュア。シェラザードは品定めをするような眼で彼を見た。そして、アルシェムは。一度しか会ったことがないにも関わらず、最大限に警戒のレベルを上げていた。彼の知るアルシェムの正体を明かされると非常に困るのである。
そんな警戒を意にも介さず、その男はこう告げた。
「ずばり、遊撃士だろう?」
「ど、どうして……」
それでアルシェムは警戒を少しだけゆるめた。この場合、アルシェムに出来ることは彼を脅して本当のことを話させないことしかない。脅す材料はいくらでも転がっているのだが、地雷を踏んでしまわないように気を付ける必要があった。だから、アルシェムは機先を制して言葉を吐いた。
「はったり半分でしょー?」
「フッ、よく分かったね子猫ちゃん」
「ハゲろ」
彼がその言葉を吐いた瞬間、アルシェムは咄嗟にそう言いかえしていた。流石に子猫はない。そもそもアルシェムにとって苦手なものを取り揃えているこの男とはお近づきにもなりたくないのである。
男は体をくねらせてこう返した。
「そ、そんなに睨まないでくれたまえ。夜闇に輝く銀色の髪に、冷たく煌めく蒼穹の瞳……まるで澄みきった空のようだ。思わず抱き締めて」
「もげろ」
アルシェムはまたしても男の言葉を一刀両断した。アルシェムの腕には既にじんましんが浮かんでいた。鳥肌を通り越してしまっているあたり、この男のことがいかに苦手なのかが見て取れるだろう。
若干怯えた男はアルシェムにこう問うた。
「何が!?」
「ナニが」
「ヒエッ……」
今度は明確に半歩ずれた。それで近くなったのはヨシュアである。ここで標的は変更された。
男はヨシュアに近づき、泣くふりをしながらこうこぼす。
「ぐすっ……ガラスのように繊細なボクのピュアハートはブロークンだよ。どうかボクを慰めてくれないかい? 琥珀色の君……」
「謹んでお断りします。というか寄らないでくれませんか?」
「ぐはっ……」
男は完全に崩れ落ちた。それと同時に兵士が休憩所に現れ、モルガン将軍が帰ってきたことを知らせてくれる。エステル達は急いでジュースを飲み切ると休憩所を後にした。何故か男も一緒に。もっとも、外に出た瞬間にアルシェムはその男に近づいてぶっこぬくぞ、と脅したために離れて行ったが。
兵士達の案内に従って兵舎に入り、右奥の執務室の扉をノックする。すると、低くしわがれた声が入室を促したためにエステル達は執務室に入室した。
「良く来たな。わしの名はモルガン。アリシア女王陛下からこのハーケン門を任されておる者だ」
厳しい顔でそう告げた老人――モルガン将軍は、少しばかりいぶかしげにエステル一行を眺めた。モルガンがエステルを見ると、彼は眼を眇めた。どこかで見覚えがあるような気がする少女だ、と思ったのである。
そんなことともいざ知らず、ヨシュアが代表してモルガンに告げた。
「初めまして、メイベル市長の代理の者です。ご多忙のところ、失礼します」
こういう交渉ごとはヨシュアが得意であるためにシェラザードが押し付けたのである。経験を積ませるためでもあるのだが、少しばかり迂闊である。これがヨシュアでなければ即刻追い出されていたことだろう。
エステルがメイベル市長からの手紙を差し出すと、モルガンは厳しい顔を崩さないままに読み終えた。そして、部外秘のことについて説明してくれる。リンデ号はボース国際空港を離陸した後、ロレントへ向かう最中に失踪したらしい。さまざまな可能性が考えられたが、今朝がたに犯行声明が届いたことで墜落や魔獣の襲撃といった可能性が消えた。飛行船公社に《カプア一家》から犯行声明と共に身代金を要求してきたのである。
と、そこでエステルが思わず言葉を零してしまった。彼らとはロレントでやりあったばかりだ、と。それを聞いたモルガンはエステル達が遊撃士であると気付いてしまった。アルシェムはそこから交渉をしようと試みたもののあえなく失敗。そのまま追い出されてしまったのだった。
ダイジェスト感半端ない。
では、また。