雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧212話半ば~215話までのリメイクです。


未来への布石・宣誓

その後、アルシェムと《サーベルバイパー》、《テスタメンツ》達とで何度か模擬戦――もっとも、模擬戦と言ってもアルシェムはほとんど一人で十数名を撃退していたわけだが――を繰り返していると、不意に扉が開かれた。アルシェムは何となく嫌な予感がしてそちらを見ると、導力砲が見える。あの特徴的な形の導力砲はティータのものだ。砲口が光り、今にも発射されると思った瞬間。

 

「あ、アルシェムさんから離れて下さいっ! じゃないと、こうなんだからあっ!」

 

 ティータの絶叫と共に導力砲が唸った。その狙いは嫌に正確で、今まさにアルシェムに攻撃をしようとしていたヴァルドの腕に向けられている。それは洒落にならないことが分かっていたアルシェムは、顔をひきつらせながら導力銃でその砲撃を無力化した。具体的に言えば、導力を纏って撃ち出されている小さな金属片を撃ち抜いたのだ。爆散して煙を上げるその光景にヴァルドは顔を引きつらせる。

 しかし、攻撃はそれでは終わらない。終わるわけがないのだ。ただの一射で終わらせれば反撃を喰らってしまうことをティータは知っていたのだから。隙を造らないようまだまだ、と言わんばかりに第二射を行ったティータは、そこでようやくアルシェムが砲撃を無力化していることに気付く。有り得ない技量ではあるが、それをできてしまうのがアルシェムしかいないと知っていた。

 だからこそティータは声を上げる。

「アルシェムさん!?」

 そんな抗議の声を上げたティータに向けて、アルシェムは苦笑しながら言葉を返した。

「模擬戦だから、ティータ。襲撃されてるわけじゃないからね?」

「……え?」

 沈黙三秒。そして。

「ごっ、ごめんなさい! 私、私……早とちりしちゃって……あうあう」

 真っ赤になりながら頭を下げているティータ。そそっかしいのは姉と慕うエステルに似て来てしまったのか、それとも治せなかった生来からの癖なのか。ぜひとも治して貰わなければ周囲が危険に陥りかねない。味方のはずのティータに砲撃されて全滅エンド、などという残念な結果をアルシェムとしても□□□としても認めるわけにはいかないのである。

そう心に誓ったアルシェムは溜息を吐きながらティータに苦言を呈する。

「次からは気を付けてね……本当に。ティータの相手できる奴ってそうそう転がってないし」

 ぺこぺこと頭を下げ続けるティータにアルシェムは疲れたような顔をした。まだ本題にも入れていないのだ。依頼を受けた旨をまず伝える必要があるが、またしてもそれどころではない人物が吶喊してきそうだ。それも、《剣聖》と《剣帝》を同時に相手取れるようになってしまった《重剣》が。正直に言ってアルシェムでも相手をしたくない。

 故にアルシェムは穏便にその人物を迎えた。

「単純に支援要請を受けただけだからさ、そんな警戒して隙狙わないでよアガット」

 扉の影から出てきたアガットは、まるで潜んでいたことを悟らせないかのように普通に歩いてきた。実はティータを一歩手前で逃してしまっていたのだが、それすらも悟らせない。安全が確保できればアガット的には全く問題がなかったからだ。ティータが口だけの小娘ではなくなってきていることを、誰よりも近くで見てきたアガットだからこそ知っている。

 それでもアルシェムの言葉の内容に疑問を持ったアガットは声を漏らした。

「……支援、要請……? ああ、元特務支援課とやらが受けてたっていう、か。ま、《レイヴン》共よりかは使い道がありそうな連中だぜ」

 そう笑って告げたアガットに興味を引かれたのか、ワジが問うてくる。

「ねえ、アルシェム。アレ誰?」

「B級遊撃士、アガット・クロスナー。二つ名は《重剣》だよ」

 アルシェムの端的な答えを聞いてへえ、と目を丸くしたワジ。それを見てヴァルドはアガットに突っかかった。会話の内容は自分達の相似性に対する文句である。トサカだのトサカでないだの真似するなだの生まれつきだの、聞いていて愉快なことこの上ない。ただし、その口論を繰り返す理由が何なのかはアルシェムにもワジにも分かっていなかった。要するに同族嫌悪である。

それをアルシェムは実に微妙な顔で見てからワジと会話を続ける。

「で、支援要請の内容は?」

「自警団結成のための手続き関連を手伝ってほしいのと、戦力の強化を手伝ってほしいかな」

「ふうん。分かった。ま、でも、一般常識からかな……」

 そう返したアルシェムの目線の先で、ティータが自己紹介をしていた。しかし『ラッセル』というある意味有名すぎる姓にすぐに気付かないようでは、これからが思いやられるのである。クロスベルはエレボニアやカルバードからの要人が隠れ暮らしているなどということもあるのだから。名前でその人物の状況を察せないとやっていられないことすらある。そういう特殊な案件は捜査一課や特務支援課で受け持つことの方が多いだろうが、万が一ということもある。

 もっとも、それをアルシェムが教える必要はどこにもない。何故なら――

「……はい、そうですっ! 導力革命がなかったら、私達の生活は全然違ったものだったんですよ?」

 ティータが解説を始めたからだ。ただ一人だけティータの素性を察することが出来た人物がいたからこそ始まったことだ。その人物とは聖ウルスラ医科大学に勤務する親を持つ《テスタメンツ》のキーンツだった。彼の言葉から少しずつメンバーたちにもその実感――有名人の孫の前にいること――が湧いてきたのである。もっとも、ティータはアルバート・ラッセルよりも有名になってしまいそうだが。

「ど、導力がない、生活、か……そ、想像、できない、な」

 生来の吃音交じりにそうひとりごちたキーンツの言葉に、ティータは感慨深げに反応した。

「今は普通にありますし、導力がなくなっちゃうなんて状況はそう起きるものじゃないですから、想像はしなくても大丈夫だと思います。でも、導力について考えることは止めちゃダメです」

 そのことを語る時だけ、ティータは年相応の少女には見えなかった。それだけ濃厚な時間を過ごしてきたともいえるだろう。《輝く環》の《福音》によってもたらされた導力停止現象は、それだけティータにショックを与えていたのだ。苦労し、翻弄され、今また自身から巻き込まれにいっているその末端。世間を揺るがす事件に身を投じるだけの覚悟を以て、ティータはそこにいた。

 胸の前で手を握りしめ、ティータは続ける。

「導力は確かに便利なものです。生活の助けにもなるし、魔獣を追い払うのにも使えちゃいます。……でも、それだけじゃないんです。使い方によっては簡単に他人を傷つけられちゃうものなんです」

 こんなふうに、と言いながらティータはアルシェムに向けて水属性攻撃アーツを放った。アルシェムは顔をひきつらせながら背後の気配を確認し、誰もいないことを確認してそれを避ける。冗談で放ったわけではないのは口調でもわかっていたし、最低位の水属性アーツだったからこそアルシェムは避けられたわけだが、一般人にとってはいたずら以上の衝撃があるはずだ。

 愕然としながらアルシェムはティータに抗議する。

「いやティータ!?」

「こうやって避けられる人なんて本当に珍しいんです。もし仮にそこにいれば良いですけど、もし避けられなかったら? 怪我位はさせちゃいますよね」

「例にわたしを使わないでよ……いや、うん。避けられるんだけどね?」

 アルシェムのつぶやきはティータには聞こえていない。代わりに《サーベルバイパー》《テスタメンツ》両名からドン引きした視線を送られているが、ティータはそれにもひるまなかった。何故なら、ティータはいま大事なことを語っているのだから。誰かに怯まれようが、引かれようが、大事なことは大事なことだ。どんな荒唐無稽な妄想であっても語ることに意味がある。

 だからこそティータは真剣な顔で言葉をつづけた。

「人以外に向けたって一緒です。何かを壊しちゃうかもしれない力を、どう使うのかっていうのはずっと考えてます。考えて決めたんです。それが結果的にどう使われるのか、そこまで責任を持つって」

 その少女の宣誓を、誰もが息を呑んで聞いた。言葉は挟めない。否、言葉を挟む権利は誰にもない。意味が分からなくとも、聞いている言葉が信じられなくとも、それを邪魔することは出来なかった。現実を見据えてはいても、現実の重さを理解しきれていないだろう尊い願い。いつか誰かに踏みにじられるだろう儚い望み。それでもティータはそれを貫くだろう。

 

「例え誰が止めたって、私は止まりません。誰に罵られたって、私に全ての責任がある訳じゃないって分かってたって、その発端は全部私なんだって受け入れるって、決めました」

 

 それは努力したいという宣誓ではない。既に決めたことに対する宣告だ。小さな少女に背負わせるには重すぎる決断だが、彼女はすでに覚悟を決めている。周囲がどう言おうが何をしようが、それは変わらないのである。この幼い少女にそれを課したのは大人たちの責任であり、運命であり、これまでの彼女の人生であり、また□□□の望みでもあった。

 ティータはだから、と続けた。

「私は今のクロスベルに対して、喧嘩を売るって決めました。だからこそ貴方達に。クロスベルを守りたいと願う貴方達のために、私に出来ることをしたいって思うんです」

 そう締めくくったティータが何をするつもりなのか、アルシェムには読めていた。ティータに出来ることなど限られている。彼女は技師だ。たとえ魔獣との戦闘経験が豊富であったのだとしても、本質は技師だ。無論出来ることはと言えばオーブメント仕掛けのモノを提供すること。そして、その覚悟が生半な覚悟ではないからこそ止められないことも。

 だからこそ、アルシェムはティータに声を掛けた。

「ティータ」

「何ですか、アルシェムさん」

「一から作るつもりっぽいから言っとくけど、そんな時間は多分ないから。これ、使えるでしょ?」

 そう言ってアルシェムが投げ渡したのは一つのオーブメント。ある特殊なアーツしか使えない、戦術オーブメントとも呼べないナニカだ。無論《星杯騎士団》で使っている《LAYLA》ではない。また別の、欠陥品ともいえるようなものだ。絶対に誰かを傷つけないとは保証できないもの。それでも、アルシェムの思考の中では出来得る限り他人を害する可能性を下げたものだ。

 ティータは、それが誰が作成したのか理解していたからアルシェムに向けてそのオーブメントを発動させた。

「だからわたしを実験台にするんじゃなーい!」

 そう叫んだアルシェムは、水で拘束されていた。水属性補助アーツ・アクアバインド。オーブメント自体は登録された人以外には使えないようにしてあるものの、効果的には少々凶悪である。そのほかにもいきなりティア系治癒アーツが発動したり、ただ水が一定量だけあふれ出たりするだけで他の属性のアーツが発動する様子はない。

 ティータはそれを見て興味深そうに呟いた。

「治癒のアーツと、特殊な水属性アーツばっかり……ううん、それ以外は使えないようにしてあるってことですか、これ?」

「実戦の経験を積むかつ人間を傷つけないようなコンセプトで作ってある。他に必要だと思うのがあれば教えて? ここにいる人数分ぐらい量産するのは訳ないから」

「……ちょっと、ここで考えます」

 えっ、と一同が思う間もなくティータはノートを取り出してがりがりと何かを書き始めた。アルシェムも含めて呆然としていたが、それを見てアガットだけは平然と動き始めた。断りを入れて大きさの違うドラム缶を借り、ティータに即席の机と椅子を提供したのだ。どうやらアルシェムがいない間に、それはいつものことになってしまっていたらしい。

 その作業を終えたアガットはワジを振り返って問うた。

「で、自警団を作るんだったな?」

「え、うん……そうだけど」

「無論アーツだけ使えるようになったところで何の意味もねぇのは分かってるだろうが……お前らはいい具合に前衛、後衛が揃ってるじゃねえか。ティータがこうなった以上は止められないからな……模擬戦、やるぞ」

 そう言ってアガットは大剣の柄に手を掛け、一番近くにいた《サーベルバイパー》のコウキに向けて突進した。顔をひきつらせてコウキは避けようとするが、残念なことにアガットと彼とではスペックが違い過ぎた。そのまま柄で殴られたコウキは紙屑のように吹き飛んでいく。次に餌食となるのはコウキの近くでへたり込んでしまった《テスタメンツ》のアゼルかと思いきや、そこに割り込む影がいる。

 アガットはその人物に向けて意外そうな顔を向けながら声を掛けた。

「へえ、案外素早いんだな、お前」

「手下を吹っ飛ばしてくれた礼だ。受け取りやがれ!」

 渾身の力で振り切られた釘バットは、しかしアガットの大剣に難なく止められた。しかも彼はその位置から一リジュたりとも動いていない。動きすらしなかったアガットに、釘バットの主は顔をひきつらせた。キャラが似ていると思ったのは間違いだったのだ。アガットの方が何枚も上。それをこの一振りで察してしまったヴァルドは最早自分から《鬼砕き》を名乗ることはないだろう。

 顔をひきつらせてわずかな間硬直したヴァルドにアガットの強烈な一撃が繰り出される――

「させないよ」

「……! テメェ、不良の技量じゃねえぞそれ」

 アガットがその攻撃を繰り出したワジにしか聞こえない声でそうつぶやくと、ワジは束の間硬直した。確かにワジはヴァルドをあの強烈な攻撃から守るためにアガットの意識の隙間を突いた攻撃を繰り出した。その技量は確かに一般的な不良――そもそも不良の基準とは何なのかワジには分かっていない――を超えていたのかもしれない。だが、それをたかが数撃だけで見破られるとは思ってもみなかったのだ。

 足を止めたアガットに向けてスリングショットで投石が繰り返される。しかしアガットはそれをことごとく叩き落とす。《剣聖》と《剣帝》両名の怒涛の攻撃を受けさせられた身としては、その程度の攻撃など寝ながらでも捌けてしまうのである。模擬戦はアガットの圧勝に終わるかに思われたが、アガットは彼らに経験を積ませるために敢えて模擬戦を長引かせることを選んでいた。

 そんな中でもティータはノートへの書き込みを止めなかった。それを見てアルシェムは呟く。

「いや、麻痺までは良いけど石化は駄目だよ」

「……そうですね。他に狙ってる人がいたら一発で致命傷ですし……これは消して、後遺症が残らないように……」

 ぶつぶつと呟くその様がふっとエリカ・ラッセルに似ていて、アルシェムは思わず目をこすった。勿論そこにいるのはティータで、エリカではない。ただ、この間見た時よりも大人びてきているのだということは感じられた。成長している。それも、良い方向かどうかは別にして、だが。いずれ彼女は名をはせる博士となるだろう。それが高名な、となるか悪名高き、となるかはこれからの発明品次第だ。

 そして、その日から。改良に次ぐ改良を重ね、遂に完成したオーブメントは《EST》と名付けられた。それを配備された自警団《VCST(Vigilante of Crossbell from Sabel-Viper and Testaments)》も、特務支援課再始動の直前に立ち上げられ、皆の賛同は得られなかったものの『特務支援課の二番煎じ』として動き始めることとなったのであった。

 

 ❖

 

「何、これ……こんなの、知らない」

 今までになかった事態に、□□□の目は奪われた。確かにこの二つの組織が対立しあっていたからこそロイド達の障害となってしまう人物が出現したわけだが、こうなるとこうなるで歴史が変わってしまう。□□□の知る道筋から外れてしまうのだ。ただ、それでも。それでも男――ヴァルド・ヴァレスが闇に呑まれないこの状況は□□□にとっても好都合だった。

 ならばもっと後押ししてやるべきなのかもしれない。ひいてはこの後起きるだろう混乱から周囲を守れる可能性が上がるのならばそれで良いのかもしれない。そう思い直して□□□は彼らの後押しを始めた。具体的には住民たちからの理解を改変し、良い方向へと変えたのである。

「これで、少しはロイド達も楽になるかな?」

 楽天的に見ているが、□□□は知らない。これがアルシェムによって打たれた一手であり、いずれ□□□の状況を悪化させることなど。それを知らせないために、アルシェムは消滅させられるかもしれない危険を冒してでも□□□の目をかいくぐったのだ。これが、アルシェムの打てる最善の一手。そして、□□□と対等に戦えるようになるための最悪の一手。

 知らず、□□□は一つ目の賭けに負けていた。彼女が全てを思い通りに動かそうとするのならば、未来に至る道筋を変えてはならなかったのだ。それは致命的なミス。彼女の敗北につながる一手だった。




 自警団の名前が変わりましたご了承くださごめんなさい。

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