雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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今話は、旧18話~21話半ばまでのリメイクとなります。

では、どうぞ。


~消えたカシウス・ブライト~
ボースへ


 夜が明けて。エステル達は長期旅行の準備を終え、それぞれが荷物を持って遊撃士協会を訪れた。無論、アイナに出立の報告をするためである。アイナはシェラザードから事情を聴くと苦笑しながらこう告げた。

「……ええ、昨日アルシェムから聞いたわ。王都支部から心強い援軍も呼べたし、心置きなく行って来て頂戴」

「恩に着るわ、アイナ。この件が終わったらすぐ帰ってくるつもりだけど、いざとなったらリッジに押し付けといて」

 シェラザードは厳しい顔でそう告げる。リッジ、というのはロレントに所属している(はずの)遊撃士である。ロレント支部では高難易度の依頼をカシウスが、中難易度の依頼をシェラザードが、そして低難易度の依頼をリッジと準遊撃士たちでこなしていた。仕事の割り振りが多少おかしなことになっている気もするが、そもそも高難易度の依頼は滅多に来ず、中難易度の依頼はそこそこ来るが、低難易度の依頼は山ほど舞い込むのである。突発的事態に強いカシウスに余裕を持たせるのは勿論のこと、シェラザードにも余裕を持たせるべくリッジを成長させる必要が出て来ているのである。まさにカシウスがいないこの時期には特に。

 と、そこでアイナはシェラザードに言うべきことがあることを思い出した。

「そうそう、シェラザード。少しだけ時間を貰えないかしら? 貴女が受けるはずだった依頼について引継ぎだけお願いしたいのよ」

「分かったわ。あんた達、悪いんだけど外で待っててくれる?」

「あ、じゃああたし時計台の前で待ってるよ。……ちょっと、挨拶したい人もいるしね」

 エステルのその言葉にシェラザードは妙に感傷的になりながら許可を出した。シェラザードは知っていたのである。エステルが挨拶しておきたい人物を。その人物が、すでにこの世にいないことまでも。

そのままエステル、ヨシュアと次いで出て行くが、アルシェムはその場にとどまった。アルシェムの視線の先には掲示板。そして、そこには地方間を超える依頼が張り出されていたのである。

「アル?」

「あー、アイナさん。この親書の配達って依頼、受けときます。どーもロレントからボースに行く必要があるみたいですし、交通網の問題から一番早く着くのはわたし達でしょーから」

「ああ、その依頼まだ果たしてなかったのねリッジ……分かったわ、報告はボース支部でして頂戴」

 アルシェムはそれに了解、と返して遊撃士協会から出た。時計台の上でラブコメを繰り広げているエステルとヨシュアなど眼中にはないのである。そもそもこの時計台はアルシェムにとってある種の証のようなもの。気軽に上ることも、最早見ることすら赦されていないとアルシェムは思っていた。この時計台の逸話くらいアルシェムは調べて知っていたのだから。即ち、ロレントの時計台は、10年前――七耀暦1192年に起きた《百日戦役》と呼ばれるリベール王国とエレボニア帝国間の戦争で破壊された、という事実を。

 アルシェムはそのまま時計台を通過して七耀教会へと入り、デバイン教区長に依頼の件について話をしていた。

「……そーいうわけですので、親書を配達させていただきます」

「そうですか……あて先はボースのホルス教区長です。お願いしますね」

 そう言ってデバインはアルシェムに手紙を渡した。アルシェムはそれを破らないように鞄の中に入れる。すると、デバインがアルシェムにこう告げた。

「……貴女が、あの娘を救ってくれたのですね」

「さて、何のことやら分かりかねますが。……中身的にはこれ、新しい薬についてですよね?」

 デバインが何を言っているのか、アルシェムにははっきりと分かっていた。デバインは多少なりともアルシェムの正体を知る人物なのだから。というよりも、アルシェムの正体を知っている必要のある人物だった。そうでなければアルシェムはロレントに潜んでいることは出来なかったのだから。

 だからこそ、敢えてアルシェムは話を逸らした。デバインの言う『娘』はアルシェムが救ったわけではなく、自分の足で立ちあがったのだから感謝されるいわれも何もない。そうアルシェムは思っていたからである。

 デバインはわずかに苦笑しながら首肯し、もしも材料が手に入るようならばもって行って欲しいと重ねて依頼した。アルシェムは首肯し、七耀教会を後にする。その場に残されたデバインは、静かに祈った。

「……どうか、あの娘の行先に空の女神の恩寵があらんことを」

「なくても生き延びますよ、アルシェムなら。そろそろあたしも準備してから出ますね?」

 デバインの背後に立った金髪の娘は彼にそう告げた。デバインは滅多に見せない柔らかな笑顔を見せて彼女を見送った。

 アルシェムは時計台の前でエステル達と落ち合った。既にラブコメは終わっていたようで、少しばかり待たせてしまったようだが。

「お待たせ」

「そんなに待ってないから大丈夫よ。さ、行きましょ?」

 そして、エステル達はボースへ向けて歩き出した。エステルもヨシュアも小さな鞄と着替え等が詰まった大き目の鞄を持っていたため、魔獣との戦闘に支障が出るだろうことは容易に想像できる。実際、幾度かの戦闘で鞄は邪魔であるという結論に至ったのか、交代で全員分の鞄を持ちあうことになった。

 数度の魔獣との戦闘を終え、エステル達はボースへと向かう関所に辿り着いていた。先日アルシェムが兵士に訓練を施した場所――ヴェルデ橋である。詰所に入って手続きを行うエステル達だったが、案外すんなりと許可が出たことに驚いていた。アストン曰く、身元がしっかりしているから、とか。

 実際、ここにいる人間で厳密に身元がしっかりしているのはカシウスの娘エステルのみである。シェラザードはそもそもスラム街の出身であるし、ヨシュアはカシウスに引き取られるまでの経歴があやふやである。無論、アルシェムなど言うまでもない。ある意味激動の人生を送ってきたアルシェムには、明確に身元を証明することなどできなかった。

 それでもアストンが許可したのは、ひとえにカシウスが身元引受人だからである。シェラザードについてはカシウスの弟子であるということが功を奏していた。軍部の人間にとって、カシウスは紛うこと無き英雄なのだ。その英雄が信頼した人物を疑うことなど、彼らには出来なかった。

そうしてエステル達は無事にボース方面へと足を踏み入れることが出来た。少しばかり不穏な内容の助言付きで。

「……それにしても、何でハーケン門だと遊撃士の身分を伏せなくちゃいけないのかな?」

「何となく先生から聞いたことあるような気がするんだけど……何だったかしら」

 シェラザードは首をひねっているが、アルシェムには分かっていた。ハーケン門所属の軍人で、遊撃士と遺恨のある人物と言えば1人しかいない。そして、その人物はある意味物凄く手ごわい御仁なのである。もっとも、アルシェムはそのことをシェラザードに教えるつもりはないが。

 と、そこで巨大な魔獣が現れた。どう見てもこの周辺では見なかった種類。つまりは手配魔獣指定されているかまだ発見されていないかのどちらかであろう。

「シェラさんや、あれ」

「うわ、キングスコルプにクインスコルプじゃない……これってクローネ山道に大体生息してるはずなんだけど……」

「迷い出たにしては遠いですよねー……とりあえず狩ってから報告しましょーか」

 そう言ってアルシェムはそのサソリ型魔獣を狙撃した。今回の荷物持ちはヨシュアだったので荷物に邪魔をされることはなかった。アルシェムが気を引いて、エステルが前に出て、シェラザードがアーツで補助をする。恐らく経験を積ませるためなのだろうが、基本的にシェラザードが前に出ることはない。

 程なくして魔獣はセピスを残して消滅し、散らばったセピスは財布ならぬセピス袋に収納された。そして荷物持ちをヨシュアからアルシェムに変更して一行は先へと急ぐ。

 しばらく進むと、アルシェムは前方から何者かが近づいてくる気配を感じた。手練れではないが、そこそこ普通の遊撃士レベルの気配と何かを動かすエンジン、それに乗っているであろう一般人の気配。アルシェムは荷物運搬と護衛の遊撃士であると結論付けた。そして、それは当たっていた。

「よう、シェラザードじゃないか!」

 護衛の遊撃士はシェラザードにそう声を掛けた。胸元には支える籠手の紋章が輝いており、手入れを怠っていないのだろうと推測される。正遊撃士のランクとしてはCくらいが妥当なところだろうか。

 そんな男にシェラザードが言葉を返す。

「久しぶりね、ブラック……いや、バロックだっけ?」

「グラッツです。皆覚えてね」

 赤毛の冴えない男――グラッツは複雑な顔をしながらそう言った。皆、というからには何度も名を間違われていたのだろう。ある意味存在感も無ければ覚えやすい名でもないのでこういう事態も起こってしまうのだろうが、少しばかり可哀想である。グラッツは今後ことごとくその名を間違われることになるのだが、本人は知る由もない。

「ごめんごめん。それで……積み荷は王都までかしら?」

「ああ。ついでにロレント―グランセル間で何か依頼があればこなしとくさ。……あの先輩が震えながらロレントに行ったらしいからな……」

 グラッツは遠い目をしながらそう言った。グラッツの言う先輩とは言わずもがなA級遊撃士《方術使い》のクルツ・ナルダンのことである。クルツが誰かに脅されてロレント支部まで出向くことになったのは名誉のために伏せられていたのだが、怯えていたのは周知されてしまったようだ。ご愁傷様である。

「ごめん、お願いね」

「ああ、そっちも多分例の事件を追うんだろ? 詳しくは先にルグラン爺さんから聞いてくれ。くれぐれもそのあたりは守ってくれよ?」

「……何かあるのね。分かったわ。そっちも頑張ってね」

「ああ」

 そのままグラッツはその場から去っていった。何となく哀愁が漂っているのは気のせいだろう。恐らく。多分。

 シェラザードが先を促し、一行はボースへと急いだ。途中の魔獣は……まあ、アレである。ほぼアルシェムによって殲滅されてしまった。

 ボースに辿り着くと、アルシェムはエステル達と別れて依頼を果たすべくボースの七耀教会へと急いだ。幸い、今の時間は日曜学校も説法の時間も被ってはいなかったようである。ゆったりとした雰囲気の中で、アルシェムは祭壇の前に立つ男に声を掛けた。

「済みません、ホルス教区長でお間違いないでしょうか?」

「ほっほっほっ、いかにも私はホルスですが……何のご用でしょうか?」

 アルシェムは自身に向き直ったホルスにデバインから預かった手紙を手渡した。ついでにあらかじめ手に入れてあったベアズクローと魔獣の羽も、である。

「ロレントのデバイン教区長からの親書です。それと、それに関する材料も」

「ほっほっほっ、これはこれはご苦労様。確かに受け取り申しましたぞ」

 ホルスはほっほっほっと言いながらそれを受け取った。どこから突っ込めばいいのか分からないが、彼は会話にいちいちほっほっほっという声を入れなければならない呪いにかかってしまっているのである。この呪いをかけたのはとある人物であり、教会が全力で追っている組織の一員なのだとか。威厳が持たないので残念ながらボースに左遷されたホルスであるが、本来の実力ならば枢機卿補佐くらいにはなれるのである。このほっほっほっさえなければ彼はとても優秀な人物なのであった。

 アルシェムは内心で顔をひきつらせながらホルスの前を辞し、七耀教会からでた。通りすがりに喧嘩をしている女性とメイドがいたが気のせいだろう。まさか公共の面前で言い争うメイドと主人などいるはずがないからである。メイドは主人を立てるもので、恥をかかせるものではないのだから。

 遊撃士協会へとたどり着いたアルシェムは早速転属願いにサインし、正式にボース支部の準遊撃士となった。受付の老人――彼がグラッツの言うルグランである――はシェラザードにこう告げた。

「これで市長の依頼は任せられるんじゃがのう……」

「も、もしかして……」

「うむ、グランツもしばらく帰って来んし、人手が足りんのだ」

 しれっと名を間違われているが、グラッツのことである。名は間違っていても人手という認識はあったようでルグランはそう言った。そこでアルシェムは内心で溜息を吐きながらルグランに提案する。

「じゃー、ロレントでもやってましたけどわたしが掲示板に回りましょーか?」

「何?」

 ルグランがいぶかしげな顔をする。ここで判断するのはシェラザードだと思っていたので、まさか準遊撃士がその判断を下すとは思っていなかったのである。こういう場合の判断は普通正遊撃士がするものである。決してヒヨッコの準遊撃士がするものではない。

 しかし、シェラザードはそれを部分肯定した。

「掲示板を任せるのはまあ、異議はないんだけど……良いの? こっちじゃなくて」

 シェラザードの懸念は、アルシェムにとって的外れも良いところである。カシウスがリンデ号に乗っていないことは確定しているし、アルシェムがわざわざエステル達と行動を共にしても人材の無駄。故に、一番合理的で効率的な方法を提案したのである。

「だってそんなにいらないでしょーに。気にはなりますけど、ボース支部の依頼が滞っちゃ意味がないでしょー?」

「……そうね、ごめん」

「謝罪は必要ないです。それよりとっととリンデ号を見つけて何が起きてるのか教えてください」

 そうして、割り振りは決まった。シェラザード達はボースの市長――メイベルという美人市長らしい――に会いに行くことになり、アルシェムはまず掲示板を見た。すると、そこには東ボース街道の手配魔獣の依頼とレストランの食材の収集、そしてラヴェンヌ村に出るという魔獣の捜索の依頼が出ていた。アルシェムはそれを見てそう言えば手配魔獣らしきものを狩ったな、と思い出したためにルグランに報告した。

「あ、ルグランさん、ロレントで受けた親書の配達の依頼、先に終えてきました。あと通りがかったので東ボース街道の手配魔獣も」

「うむ、シェラザードから聞いておるがお前さんからも報告を頼む」

 そしてアルシェムはルグランに仔細を話し、ルグランもそれを依頼書に記していった。そして報告を終え、アルシェムは食材の収集と魔獣の捜索の依頼を受けることを告げて遊撃士協会を後にした。

 まず、向かう先は高級レストラン《アンテローゼ》。ここで働いている女性から食材の入手の依頼だった。手っ取り早く用件を告げて入用の食材をリストアップして貰うと、アルシェムがその食材を大量に持っていることが露見。そのまま食材を手渡して依頼を終わらせた。

 一端遊撃士協会に寄ったアルシェムは報告を終え、そのままラヴェンヌ村へと向かうことにした。

アルシェムは遊撃士協会を出たところでエステル達に出会った。何故か先ほど言い争いをしていた片割れ――メイドの方である――を連れていたエステル達に声を掛ける。

「エステル、市長さんは?」

「今探してるとこよ。アルは?」

「ん、今からラヴェンヌ村方面に行ってくるよ」

 エステルとアルシェムはお互いに行ってらっしゃい、と言い合って別れた。ボースの街を出るまでは速足で歩いていたアルシェムだったが、街道に出た瞬間駆け出した。恐らく、この時点でリンデ号が見つかっているということはないだろう。アルシェムの脳内の地図で、リンデ号を意図的に隠せる場所の候補は意外に少ない。そして、そのうちの一か所はアルシェムの向かうラヴェンヌ村の奥である。昼ならばともかく、夜ならば目立たずに隠せたはずだ。

 途中の魔獣はほぼ無視して、道も完全に無視したアルシェムはラヴェンヌ村まで一直線に駆け上がった。村の前に立つ歩哨には少しばかりいぶかしげな顔をされたがご愛嬌である。

 アルシェムがラヴェンヌ村に入ると、村の中で言い争いをしている子供達を見つけた。どうやら夜に大きな影の何かが飛んでいただのいるわけがないだの、そういう言い争いのようである。アルシェムはその会話を聞いて恐らく当たりであると目星をつけ、村長宅へと向かった。

 アルシェムがここで子供達に声を掛けないのは間違いなく怖がられるからである。例外は数人ほど確認できたものの、アルシェムが年下に好まれることはない。ほぼ十割の確率で泣かれるか逃げられる。流石にアルシェムはロレントで学んでいたので二の轍を踏むようなことはしなかった。

 村長宅に入り、魔獣を退治しに来た旨と廃坑の奥を見たいので許可が欲しい旨を伝えると、村長は快く廃坑の鍵を貸してくれた。魔獣はもともとラヴェンヌ鉱山に住みついていたらしいが、廃坑となってからは眠りについていたはずだという。アルシェムはもしかしたら、と前置きをして廃坑の奥に誰かいるのかもしれません、と伝えたことで鍵を借りる正当な理由を作ったのだ。

 魔獣を狩ると言った時は少しばかり身の心配をしてくれたが、お世辞かなにかだろう。そう判断したアルシェムは村長に礼を言い、そのままラヴェンヌ廃坑へと続く山道を登り始めた。

「……あっち、かな」

 魔獣の気配を探り、付近の魔獣を殲滅しながらアルシェムは廃坑へと向かう。途中で上空から奇襲してきた魔獣もいたため、これが件の魔獣であろうと判断して念入りに退治しておいた。

 そして、アルシェムは廃坑に足を踏み入れたのである。魔獣の巣は徹底的に潰し、誰かが出入りした痕跡を消さないように慎重に進む。アルシェムは既に確信していた。この先に、何かしらの手掛かりがあるのだと。そして――

 アルシェムが露天掘りで見つけたのは、紛うことなくリンデ号だった。それと、見たことのある空賊共。

「何やってんの、あんたら」

「ゲッ……アンタ、ロレントの遊撃士!? おい、話が違うぞ! 早すぎる!」

「……はい?」

 アルシェムは空賊――キールを引き留めるべく動き出そうとしたが、後一歩で手が届かず飛び去られてしまった。仕方がないのでアルシェムはリンデ号を調査する。リンデ号からは全ての物資とオーバルエンジンが抜き取られており、動かすことは困難に思えた。無論、乗客はいない。アルシェムはお手製のインスタントオーバルカメラで撮影しつつ現場検証を終え、痕跡を消さないように慎重にラヴェンヌ村へと戻った。




話動きすぎィ!

では、また。

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