雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

131 / 192
 旧188話半ば~終わりまでのリメイクです。


創立記念祭最終日・脱出

 その後、殲滅嬢ことレンと、レンに依頼されたセルゲイがボートをチャーターして迎えに来てくれたおかげで脱出できたロイド達は、エステル達も含めて一度支援課ビルへと足を踏み入れていた。何にせよアルシェムのその姿に対する説明が必要だったからである――この期に及んで気づいていないロイドも含め。ロイドが鈍感なわけではない。ただ、着飾ることのないアルシェムがめかしこむとどうなるか知らなかったが故である。

 故に最初に発される問いはロイドからのものだった。

「で、結局君は……?」

 その問いにアルシェムは天井を仰ぎ、ティオとランディはやれやれと首をすくめ、エリィは複雑な顔をした。エステルとヨシュアに至っては苦笑している。その様子にロイドは困惑したが、分からないものは分からないのである。若干の既視感はあったものの、それが一体誰なのかは分からない。否――たとえ正体が分かったのだとしても、それが果たしてロイドの知っているアルシェムなのかどうかを判断することが出来ないのだ。

 その皆の様子を見ても察せていないロイドにアルシェムは言葉を吐き捨てる。

「えぇ……嘘でしょこの鈍感男。ガチで分かんないの? レン、化粧落とし頂戴」

「……屈みなさいこの馬鹿。折角のドレスをこんなにしちゃって……ほら、ヨシュアもこれで化粧を落としておかないとランディお兄さんに狙われても知らないわよ?」

 狙わねぇよ、と思わずランディは突っ込んだ。流石にそこまで命知らずではない。そんなイチャラブバカップルの間に入って馬に蹴られるような真似は流石にしたくなかったのである。エステル達が相当な手練れであることは分かっていたので。それに、今のヨシュアを狙えば男が好きかも知れないという誤解を与えかねないので。一応ランディはノーマルである。

 そんなランディを後目に、レンはアルシェムを屈ませて顔を優しく拭っていく。その間にアルシェムは髪を引っ張り、ヘアピースを外していた。その光景にロイドがぎょっとしていたのだが、二人は気にすることすらしない。こんなもの、日常茶飯事であったからだ。いきなり禿げるというわけでもないので別に驚きの光景でもない。いっそバニーヨシュアの変装を解く方が驚きの光景だろう――イロイロな意味で。

 目じりに引かれた蠱惑的なアイラインが剥がれ。瞼の上を彩る薄紫色のアイシャドウも拭い去られる。頬の上に乗っていたオレンジ色のチークも、淡いピンクのルージュも、全てがその布一枚で拭い去られて。徐々に表れるその顔は、やはり見覚えのあるはずの顔。ただ、それが本当にアルシェムであるとは信じられないだけで、そこにいるのはよく見知った顔だ。

 仕方なく世話を焼くレンの対応で『誰』なのか何となく掴めたセルゲイは、アルシェムに問う。

「そこまでして潜入する必要があったのか? アルシェム」

 そこまで、というのは正体がばれない程度の変装をして、という意味だ。女子は髪の長ささえ変わればほとんど別人に見える。別の自分になりたい、という願望で髪を切ることも、女の象徴ともいえる髪を伸ばすことで背伸びをしようともする。柔らかい印象を生み出すために髪をカールさせることもあれば、いっそ真面目な雰囲気を出したくて巻き毛を矯正することすらあるのだ。

 ある意味背伸びをしたアルシェムの姿は、いつもの数倍は蠱惑的に見えていた。そのメイクを剥ぎ、いつも通りに戻った彼女はいつものように言葉を吐く。

「ぶっちゃけ言って恨みしかないしねー。ま、結果的にこーいう人身売買的な証拠もつかめたし、もう《黒の競売会》は開催できないだろうから結果オーライってことで」

 首をすくめながらそう返したアルシェムにロイドは驚愕の顔を向けた。アルシェムの化粧後の顔は化粧前の顔と全く違っているように見えたからだ。もっとも、基礎部分は変装するか整形しない限り変えられないのでじっくり見れば一応気付けるかもしれないレベルではあったのだが。なおヨシュアは性別まで偽っていたので普通に誰も気づいてはいなかった。流石ヨシュアである。

 と、そこでヨシュアが口を挟んだ。

「それで、アル。君の持ってた招待状は《銀の吹雪》の分だったのかい? それとも――」

 その後の言葉が容易に予想出来たアルシェムは言葉を被せるように口を開く。というよりも、被せざるを得なかったともいう。ここにいる人物で、アルシェムが《星杯騎士》だと知っているのはティオとヨシュア達だけだからだ。今すぐに正体を明かすなどということになれば、今後の行動に差し障ってしまう。主に同じ《星杯騎士》に邪魔をされる可能性が上がるという意味で。

 故にアルシェムはおどけた口調でこういうのだ。

「それがなんと《怪盗紳士》の分だったりして……」

「はあ!? 何でよ!?」

 驚愕するエステルにそれはこうこうこういう理由で、と説明していたアルシェムは気づかなかった。今更隠すことでもないと思っていたこと――まだ、セルゲイには明かしていなかったコードネームをしれっと知られてしまったことに。確かにアルシェムは《身喰らう蛇》の《執行者》だった、とは明かした。だが未だ《銀の吹雪》であったことは明かしていなかったのである。それよりも隠さなければならないものを隠せたという時点で安堵してしまっていたのだ。

 《銀の吹雪》と呼ばれたことに対してを否定も肯定もしなかったアルシェムに対し、セルゲイは妙な納得と共にそれを真実だと確信させられた。

「そうか、やっぱりお前が――《銀の吹雪》だったんだな?」

「えっ……あ」

 確信を持って発されたセルゲイの言葉に面倒なことになりそうな予感がして、アルシェムは遠い目をした。この後何日それで潰されるだろうと思いつつ、溜息を吐く。どうせこの後にはダドリーあたりから《身喰らう蛇》の情報を提供すべく尋問があるはずなのだ。そこで明かされるよりは面倒ではないと言えば面倒ではないのだが、面倒なことに変わりはない。

 そのいかにも面倒だという雰囲気を醸し出すアルシェムの様子を見たセルゲイは、咥えていた煙草の煙を吸い込みつつ苦笑するしかなかった。その裏で、かつて共に少女を救い出した戦友が生きていてくれたことへの安堵を隠しながら。

 

 かつての部下ガイ・バニングスより託された遺言を、彼女に伝えなければならないという決意と共に。

 

 ❖

 

 殺されたロイド達。無残な死体。残酷なまでの赤と、白。千切れた四肢と、その身を染め上げる鮮血。首を落とされる。腕をもがれる。獣にかじられ、原形をとどめない状態にされる。殴殺、撲殺、刺殺、射殺、圧殺――ありとあらゆる殺害方法にて、殺される。尊厳を奪われながらの死。拷問の末の死。未来に起きうるすべての彼らの死。

 それらすべてを否定する。否定。否定否定否定否定――! そんなの赦さない。赦してやるわけがない。それが、彼女の役目。それが、彼女の成すべきこと。それが、彼女の存在理由。死なせない。殺させない。尊厳など、奪わせるはずがない。酷い過去を、現在を、未来をすべて否定する。有り得てはならない。そんなもの、可能性ごと砕いてやる。

 

 ――本当に?

 

 それだけの力があるのなら、何故救わなかった。何故彼の故郷は滅びた。《ハーメル》が滅びなければ悲劇など起きなかった。あの場所が襲われたというそのことだけで、何人の死者が生まれたと思っている。何故彼女は尊厳を奪われた。彼女の尊厳が奪われなければ、もしかしなくとも何人が助かったというのか。それらすべてに問いかける。何故、と。その理由はもう既に分かっていた。

 

 その道筋を選ばなければロイド・バニングスたち――□□□の大切な人達が幸せになれないから。

 

 故に彼らは煉獄の焔に焙られ、幸せという名の果実を実らせるための供物となる。幸せというモノは、不幸があってこそ感じられるものなのだ。故に、彼らの不幸は一部を除いて取り除かれている。そう――四人すべてが揃っている時以外の不幸は、そのままに。特務支援課としての不幸は軽減して。特務支援課であれば幸せだという事実をより強調するように。それは、□□□の望んだ世界。全てが叶う、幸せな場所。

 だから□□□はロイドに救われたいがために自らを救ってくれたであろうガイ・バニングスの死に介入しなかった。□□□をいとおしんでくれる母親のようなエリィにとって、過去の象徴である憧れのアーネスト・ライズは犯罪者となった。□□□を慈しんでくれるランディとティオをクロスベルに釘付けにするために『彼女』を使った。

 

 全ては『特務支援課』による救いを求めるが故に。

 

 そして、現状を鑑みるに最早『彼女』は必要ない。故にここからは全て『彼女』への悪感情を溜めさせ、追い出さなくてはならない。何故なら『彼女』は『特務支援課』の一員ではないのだから。『彼女』はただの駒。誰からも必要とされずに死んでゆけばいい。それを見ながら愉悦に浸るのだ。『彼女』は『私』ではないと。だから、幸せなのだと。そのために生み出した駒だ。

 タイムリミットは『私』が《□□》になる直前まで。そこまでに排除できなくとも問題はない。殺せばいいのだから。自分で置いた駒をどうしようが自分の勝手である。そして、幸せになるのだ。ただのおんなのことして。

 

 それこそが、彼女の願い。普通の女の子になりたいと願った、□□□の――

 

 ❖

 

 《黒の競売会》解散に貢献した元犯罪者に対する仮司法取引について

  (部外秘、コピー厳禁、デジタル化厳禁、厳重に保管のこと)

  製作者:アレックス・ダドリー

 

 先日、クロスベル自治州内では違法行為を働いていない秘密結社の構成員二人の協力により《黒の競売会》の違法性を証明することに成功。司法取引――なおエレボニア帝国とカルバード共和国に知らせることはしない――とともにクロスベル自治州民となる契約を交わす。司法取引には、下記の秘密結社の情報が使われた。

 二人の証言をもとに、ここに秘密結社《身喰らう蛇》について分かったことを記す。

 まず、《身喰らう蛇》の頂点に立つ人物――盟主と呼ばれる人物について。本名は不明、性別は声から判断して女である。時に未来を推測しているかのような発言をすることがある。《外の理》――何のことであるのかは二人も理解していない――で作られた武器を部下に授けることがあり、元構成員《殲滅天使》(後述)にも大鎌を渡している。まず目的すら不明のため、何に注意すべきかも不明。

 その下に八人の《使徒》がおり、さらにその下には二人の知る限りでは十四人以上の《執行者》がいるらしい。詳細の分かる《使徒》及び《執行者》について下に記す。

 

 第二柱《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダ。妖艶な美女であり、歌手として活動していることもあるらしい。鳥のような生物など、にわかには信じがたいものを使役する。

 第三柱《白面》ゲオルグ・ワイスマン。ノーザンブリア出身、元封聖省所属。かつて《最悪の破戒僧》と呼ばれた人物でもあり、既に死んでいる人物。外道で狡猾。彼によって《身喰らう蛇》に入らざるを得なかった構成員(後述)も多数いるらしい。

 第六柱《(通り名は不明)》F・ノバルティス。《殲滅天使》の使役する巨大人形兵器やその他人形兵器の量産に関わる男。二人の証言によるとただの変態ド腐れ野郎。機械系統にはめっぽう強いため、注意が必要。

 第七柱《鋼の聖女》アリアンロード。《鉄機隊》と呼ばれる部下を持つ。何故《結社》にいるのかわからないほど清廉潔白な女性。年齢不詳。槍の達人であり、普通の方法ではその槍を防ぐことは出来ない。《鉄機隊》にはハルバードを得意とする《剛毅》のアイネス、超絶的な弓の使い手《魔弓》のエンネア、そしてかのアリオス・マクレインと互角かそれ以上と言わしめる《神速》のデュバリィの三人が所属している。

 第一柱、第四柱、第五柱について分かっていることはほとんどなく、面識もないとのこと。《使徒》について分かることは以上である。

 

 次に、《執行者》についての情報を記す。

 《執行者》No.0《道化師》カンパネルラ。彼について分かることは性別くらいであるが、しいて言うならば攻性幻術の達人であることが挙げられるらしい。幻術というモノが存在するのかどうかはさておき、厄介な人物であることに変わりはない。もっとも、味方からも『信用はナンバーと同じくらいある(要するにない)』『UMA』『ある意味変態(幻術のせいなのか不死身に見える)』と評されている。緑色の髪の少年の姿を好んで使用している模様。

 《執行者》No,Ⅰ《劫炎》マクバーン。物理的にどうやってと問いたくはあるが、炎を操る魔人であるらしい。性別は男。『混ざっている』らしいが、一体何がどのように『混ざっている』のかは不明。

 《執行者》No.Ⅱ《剣帝》レオンハルト。既に結社からは脱している男。剣を操る。マクバーンよりは弱いそうだが、それでもかの《剣聖》カシウス・ブライトでも勝てるかどうか疑問視されるほどの腕前。なお現在では妻帯者である。《リベールの異変》における敵対者であり、同時に解決の功労者でもある。《白面》による被害者の一人。アッシュブロンドに象牙のコートという姿で以前は行動していた。

 《執行者》No.Ⅵ《幻惑の鈴》ルシオラ・ハーヴェイ。彼女もまた結社からは脱しているらしい。現在の居場所は不明。幻術の使い手らしい。彼女についての詳細は遊撃士シェラザード・ハーヴェイに聞けば分かるとのこと。青色の髪で、露出した格好を好むとのこと。

 《執行者》No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルター。《泰斗流》をもとにした暗殺拳の使い手だった。既に死亡。《リベールの異変》に関わった人物らしい。『ただの筋肉ダルマ』と言われているが、それなりの強さを誇る男であったのは間違いない。彼についての詳細は遊撃士ジン・ヴァセックもしくは《泰斗流》免許皆伝《飛燕紅児》キリカ・ロウランに聞けば分かるとのこと。サングラスに煙草を吸ったガタイの良い変態らしい。

 《執行者》No.Ⅸ《死線》クルーガー。今現在では活動しているといううわさは聞かないらしい。女性。ワイヤーを使うらしい。暗殺集団の一員だった可能性があるとのこと。

 《執行者》No.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブラン。元帝国貴族であり、奇術を使って他人を惑わすことが多い。希望に満ち溢れる者を絶望に叩き落した瞬間が一番美しいとのたまう男。最近クロスベルに出没したらしいので、注意が必要。本来の姿は青色の髪に仮面をしているらしいが、それが素顔なのかどうかは不明。、

 《執行者》No.ⅩⅢ《漆黒の牙》ヨシュア・アストレイ。既に結社から脱し、現在は《剣聖》カシウス・ブライトの養子ヨシュア・ブライトとして遊撃士となっている。双剣を扱い、合理的な思考能力を持つ。《白面》による被害者の一人。

 《執行者》No.ⅩⅤ《殲滅天使》レン。既に結社から脱し、現在戸籍上では後述の《銀の吹雪》の妹ということになっている。大鎌を扱い、特務支援課に協力する意向を示している。

 《執行者》No.ⅩⅥ《銀の吹雪》シエル。本名はアルシェム・シエルであり、特務支援課の一員。結社から脱したのは《リベールの異変》後であり、《執行者》→準遊撃士→《執行者》→特務支援課という特異な経歴を辿っている。主な武器は導力銃だと本人は言っているが、カシウス・ブライトに指示していた影響か棒術を扱える。また、剣もそれなりのレベルである。正直にいって意味不明な人物。

 その他の《執行者》No.Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅶ、ⅩⅠ、ⅩⅡ、ⅩⅣあるいはそれ以降のNo.を持つものについては詳細が分かっていない。

 

 また、《執行者》ではないがその下の訓練生で素性の知れている人物について記す。ギルバート・スタイン元リベール王国ルーアン市市長秘書。彼はいかなる理由か、《身喰らう蛇》と接触し、訓練生として動いている模様である。

 

 以上の内容により、元執行者《殲滅天使》レンと元執行者《銀の吹雪》シエルことアルシェム・シエルの罪を減じ(もっとも、彼女らがクロスベル自治州内に置いて罪を犯したことはない)、今後も特務支援課の監視の下に自由行動を許可せしむるものである。

 

 ❖

 

「……こんなところか」

 ダドリーは盛大な溜息を吐きつつ報告書を書き終えた。そこに記されている情報は確かに有益ではあるが、ダドリー個人で扱うには荷の重すぎる案件である。もっとも、これを提出する先というモノもないのだが。特に警察の上層部に知られれば何が起きるか分かったものではない。ダドリーとしてはアルシェムがどうなろうが知ったこっちゃないが、レンに関しては別だった。

 既に彼は聞いているのだ。レン・シエルと名乗るようになった彼女が、もともと誰であったのか。その彼女が、いつか家族の元へと戻れるように――何に巻き込まれたのかも知っての上で――尽力したいと思っている。何故なら彼女が元々クロスベル自治州民で、守るべき民であるから。そう――何があっても、守らなければならないのだ。ここクロスベルで、レンという存在を。この報告書はレンの身分を保証すると同時に、彼女の自由を奪う可能性のある書類だ。

 故にダドリーはこの書類を信頼のおける仲間にしか見せなかった。信頼できない仲間に見せれば何が起きてしまうのかは自明の理だ。商売人の中にはハロルド・ヘイワースが邪魔な人間だっている。そんな人間に利用されないように厳重に保管しておく必要があるのだ。ただでさえ今は《黒の競売会》の後始末に追われている。いつもよりも厳重に保存しなければならない。

 

 ――彼は気づかない。自らの思考の矛盾に。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。