雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧176話~177話のリメイクです。


創立記念祭二日目・支援要請

 創立記念祭二日目。寝覚めの悪かったアルシェムは不機嫌になりながらもそれを悟らせないように表情を作って早目に階下に降りていた。本日の朝食の当番だからだ。適当にお食事用マフィンとベーコンとスクランブルエッグとあとはサラダで良いだろうと思いつつそれらを準備し、ついでに飲み物も準備する。自分だけ紅茶を淹れるのもどうかと思ったので朝はコーヒー派の課長以外の分の紅茶の準備だ。

 それらの準備が整ったところで皆が揃い、手早く食事をとる。足りないという輩に関してはサラダを投げつけておけばいいだろう。いつもはゆっくりと食事をとるのだが、本日に限ってはそれはなかった。何故なら、先日休んだ分のしわ寄せが本日にもつれ込んでいるからである。実際、アルシェムが朝からこっそり端末を覗いたところによると五、六件は入っているようだ。

 朝食をとり終わったロイドは、入っている支援要請を確認した。

「今日の支援要請は《クロスベルタイムズ》のグレイスさんからクロスベル百景についてのお願い、交通課から違法駐車の取り締まり、ベルガード門のミレイユさんから重要物の捜索、ジオフロントB区画の手配魔獣、最後に聖ウルスラ医科大学から医師の捜索願い、だ」

 かなり多彩なジャンルにわたっているが、それは今日が祭りだからだ。平常時であれば一日休んだ程度でこれほど大きい支援要請が来ることもない。特に祭り特有の支援要請――グレイスの支援要請などそれが顕著である――については、急いでやった方が良いだろう。

 ロイドはそう考えて一同に振り分けを告げた。

「……えっと、グレイスさんの支援要請はエリィとティオに頼む。終わり次第俺とランディと合流してくれ。俺とランディは交通課からの支援要請が終わり次第聖ウルスラ医科大学からの支援要請に向かう。後の手配魔獣はアル、君に頼むよ。医師の捜索が終わり次第ベルガード門に向かうから、それまでに目星をつけておいてくれると助かる」

 それに一同は返事をし、そして解散した。ロイドがクロスベル百景の依頼にエリィとティオを当てたのは、十中八九オーバルカメラを使うだろう依頼だからだ。こういう感性を求められる依頼には、アルシェムはあまり向いていないので除外したのだろう。違法駐車の取り締まりについても、逃走車が出た場合に弁償を求められかねないほど破壊してしまう可能性がある。そして医師の捜索をロイド達が四人で行うのは、ベルガード門とは違って人の命がかかっている可能性があるからだ。

 ある意味自分の負担が大きい気がする、と思いつつアルシェムはジオフロントB区画へと向かった。道中の魔獣退治は最早作業であり、アルシェムの気に止まることはない。ついでにうっかり作業で手配魔獣を狩ってしまうが、退治すれば良いだけなのでそれについては全く問題はないと言っていいだろう。人目さえなければ一撃必殺で終わらせられる。脳天に銃弾を撃ち込んでも頭蓋骨をスライスしてもどうせセピスと化して死ぬので問題はない。

 軽く溜息をついたアルシェムは、手配魔獣を退治した旨を端末で報告してベルガード門へと向かった。道中は走りつつ魔獣を退治する――というわけではない。流石に観光客の前でスプラッターはまずいだろうと判断し、軽くジョギングする程度の速度で魔獣を行動不能にするだけで済ませていた。バスは無論使わない。一応バスよりは早く着く予定でクロスベル市を出発しているからだ。

 ベルガード門にアルシェムが着いたのは、昼になろうかとしているところだった。門の中に入ると、あからさまに怪しいブルーシートが恐らくは戦車を包み込んでいる。まさかとは思うが、この中身を紛失したわけでもあるまいと思いつつアルシェムは司令室へと向かった。

「失礼します、特務支援課のアルシェムです。ゲ……いえ、司令殿はいらっしゃいますでしょうか」

 思わず下種と言いかけたものの、司令と取り繕ったアルシェムはその返事に驚いた。というのも、あからさまにあの下種司令の声ではなかったからだ。お入りくださいと告げたその声は、若い女性の声だったのだ。どこかで聞き覚えのある気がする声だ、と思ったアルシェムは、その正体を考えつつ扉を開けて司令室へと入った。すると、そこには金髪の女性士官が待ち受けていた。

 彼女はアルシェムを見てこう告げる。

「わざわざご足労頂き、ありがとうございます。クロスベル警備隊のミレイユと申します」

「特務支援課所属のアルシェムです。重要物を紛失されたと伺いましたが、他の人員は別の支援要請で出払っていますのでまずはわたしが捜索に当たります。あちらの支援要請が終わり次第合流するとのことです」

 アルシェムがそう返すと、ミレイユは苦虫をかみつぶしたかのような顔になった。どうやら相当な重要物が紛失したらしい。事情を聴くと、どうやら先ほどのブルーシートの中身を動かすための起動キーを紛失したそうだ。しかも、それを適切に管理すべき司令が酔っぱらってどこかで落としたという体たらく。アルシェムは遠い目をして司令の行動を聞き終えた。

 そして、一言。

「ほんっとろくなことしねーなあのくそ司令」

「え、ええっと……」

「何でもありません、ミレイユさん。そんな、あの下種司令がクズだなんて分かり切ったこと、一言も言ってませんって」

 いや言ってるだろ、とミレイユの目が雄弁に語っていたが、アルシェムは努めてそれを無視していた。こういう場合は普通、ミレイユが司令の名誉のために言い返すのが普通なのであるが、残念なことにこの司令にはそこまでの人望はなかった。何せ《ルバーチェ》と繋がっているどころか幼女や少年にまで手を出す司令である。イロイロともう、立場のある人間として終わっていた。

 司令が《ルバーチェ》と癒着していることのみ知っているミレイユは渋面を作って黙り込むしかなかった。何故目の前の警察官がそれを知っているのかという疑問はあったが、先日の狼型の魔獣の件でそう言っているのだろうと何となく自分を納得させている。どういう意味でアルシェムが司令を下種でクズだとけなしているのか、ミレイユは一生知ることはないだろう。

 しばらく沈黙が続いてしまったので、少々気まずくなってしまったのを払拭すべくアルシェムが告げる。

「えーと、もう一度確認しますが、食堂で呑んだ後門内をふらふら歩きまわりやがったんですね? あの司令」

「ええ、恐らく。流石に門を越えたりはしていないことだけは確認してあります」

「んじゃ、まずは普通に探しても見つからないような死角から探していくことにしますね。上から下に見ていくので、屋上に上がる許可を下さい」

 ミレイユはアルシェムのその言葉に許可の意を返し、通常業務へと戻っていった。非番の時間になった人員のみが起動キーの捜索に当たっているらしい。それでも一向に見つからないあたり、司令の失態にしてしまいたいという意思が透けて見えるようだ。もっとも、この場合に責任を取らされるのは司令ではなく次に地位の高いミレイユだろうが。

ベルガード門の士気の低さに内心不安を覚えつつ、アルシェムは屋上へと上がった。そして屋上の床を一瞥し、ふとクロスベル市内の方に目を向けたところでちかりと何かが光った。どうやら光るような何かがそこにあるらしい、と思ったアルシェムはその場所を見た瞬間表情を歪ませた。というのも、光っていたのはそんな加工をしてあるはずのない街灯の天井部だったからだ。それも、屋上からでは届くはずのない場所の。確かに位置的には屋上よりも下なので有り得ない話ではないが、割と天文学的な確率でしかその場所にそんなものは存在しないはずだ。

アルシェムは手を組み合わせてぐるぐるまわし、ついでに足首も回して軽く準備運動を終えた。そして――

「え、あ、ちょっと!?」

 近くにいた警備隊員の制止も聞かず、屋上のフェンスに足を掛けて跳んだ。着地する先は街灯の上。一リジュでもずれてしまえばその光るモノを落下させてしまうかもしれないという緊張感の中で――アルシェムは、それを無事に成功させてみせた。爪先立ちで街灯の上に立ったのだ。そして爪先立ちのまましゃがみこみ、光っていたものの正体を暴く。

 拾い上げたそれは――紛うことなく、鍵だった。

 

「あンの変態がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 その場で思わず絶叫してしまったアルシェムは、後で反省文を書く羽目になったそうな。

 

 ❖

 

 ベルガード門での支援要請も無事――死屍累々で反省文を書く状態が無事だと表現するならば――終わったアルシェムは、クロスベル市内へと戻ってきていた。無論支援要請を終えたことはロイド達には伝えてあるのですれ違いになるということもない。この後の予定は市内の巡回となっているため、アルシェムはロイド達との合流を待たずに巡回を始めていた。何となく、このお祭り騒ぎに便乗する輩がいるような気がして仕方がなかったのである。

 そして、アルシェムのその予感は当たる。やけに旧市街が静かだと気付いたアルシェムは急いで東通りを抜けて港湾区へと向かった。そこでなければ歓楽街に彼らがいる可能性が高いと思ったからだ。このお祭り騒ぎに便乗するとすれば、騒がしい場所を選ぶのが当然のことである。そして、港湾区へと向かったアルシェムの判断は誤ってはいなかった。何故なら、《サーベルバイパー》のメンバーの一人が《テスタメンツ》のメンバーに向けて今にもその釘バットを振り下ろそうとしていたのだから。

 アルシェムは顔をひきつらせてその場から跳び、それが振り下ろされる直前に両者の間に滑り込んだ。

「はいストップー」

 両者の間に咄嗟に滑り込んだものの、被害が全くないとは言えない。《テスタメンツ》の方もスリングショットで投石しようとしていたためだ。やむなく双方に被害がでないように両腕を犠牲にするしかなかった。といっても、後で見れば痣になっているかも知れない程度だが。僅かな痛みを覚えつつスリングショットの弦を掴み、釘バットのバット部分を掴んだままアルシェムは交互に双方を睨みつける。

 それにたじろいだのか、《テスタメンツ》のメンバーの方が声をあげた。

「ま、祭りを盛り上げようとけん……交流試合をしようとしててだな」

「祭りで喧嘩を見て楽しいのは変な嗜好の奴だけだから! せめて場所を考えて、警察に許可取ってからにしなさいって」

 やんのは良いのか、と言わんばかりの表情になった彼は、それでもなお食い下がる。

「いや、許可が出る気がしないんだが」

「ならやるなってーの! あんたらが喧嘩するのは勝手だけど、特にこんな人通りの多い場所でやって他の人に怪我させて賠償しろって言われたらあんたらにそんなミラあるわけ?」

 特にマフィアとか帝国人観光客とか共和国人観光客とか! と続けると、不良達は一斉にばつの悪い顔になった。どうやらそこまで考えが回っていなかったらしい。ワジは何を考えているのか、と一瞬思ったが、絡んでくるならその強さでも図ろうとしていたのだろうと思い直した。それで周囲への被害が拡大することを考えてはいなかったようだが。考えていれば《黒月》前で喧嘩などやろうとも思わないだろう。

 アルシェムは青筋を立てながら不良どもに一喝した。

「おら、とっとと旧市街へごーほーむ!」

「え、お、おれ、旧市街に住んでるわけじゃ……」

「はりーはりーはりー! 強面お兄さんにお説教されたかないでしょ?」

 アルシェムの言葉を聞いてとある警察官の顔を思い浮かべてしまった一同は、一様に青い顔になりながら旧市街へと走り去っていった。もっとも、ヴァルドとワジは顔色を悪くしていることはなかったのだが。この場所で騒ぐリスクを考えた結果、彼らも撤退することに決めたようである。すれ違いでエステル達遊撃士と特務支援課のメンバーが駆け付けてきたようだが、アルシェムは彼女らもあわせて旧市街へと放逐した。

 それに対してヨシュアがぼそりとアルシェムに漏らす。

「珍しく手際が良いね。対人関係なのに」

「失礼だなー。ま、事実だけど」

 ははっと乾いた笑みを浮かべたアルシェムは殿を務め、旧市街へと不良達を無事に追い込んだ。そこで彼女を待ち受けていたのは、彼らの有り余った熱気。ついでに言うならば、祭り気分への便乗を期待されていた。無茶ぶりである。

「で、喧嘩以外で何か盛り上がれる様なのはないのかよ?」

 そう話を振ってきたのは、《サーベルバイパー》の一員である。完全な下っ端ではないようだが、かといってヴァルドに近い位置にいるわけでもない。故に彼の言葉を聞く必要はどこにもないわけだが、残念なことにヴァルドもワジも期待するような眼でアルシェムを見ていた。つまり何か考えろと言うことである。しばし考え、他人に迷惑のかからない方法を思いついたアルシェムは、ヴァルドに声を掛けた。

「ね、何か台になるようなもんない? このくらいの高さの」

 このくらい、というところでアルシェムは胸の下あたりを掌で示した。すると、ヴァルドはドラム缶が丁度そのくらいの大きさだと言って手下たちに言ってすぐに取って来させた。ノリノリである。

 微妙にボルテージが上がっていることに気付いたのか、ティオがアルシェムに問うた。

「何をするつもりなんです?」

「ん? 腕相撲大会とか?」

「……それ、アルが有利過ぎません……?」

 ティオが呆れたように返すが、そもそもアルシェムは参加する気はない。本気を出せば恐らく保たないからだ――ドラム缶が。凹む程度では恐らく済まされない。相手の腕ごとドラム缶の蓋をぶち抜くことになる。流石にそこまでする気もないのだが、手加減をすれば様子だけで看破しそうなやつらがいるので参加は見送ろうと思っている。

 故にアルシェムはこう答えた。

「いや、わたしは審判。不良軍団V.S.正遊撃士二人V.S.特務支援課なら相当いい勝負になると思うよ」

 無論、声を大きくして、だ。周囲にいた不良達とエステル達、そしてロイド達に聞かせるためである。ヴァルドは渋っていたが、何故かワジがノリノリだったのでそのまま『~第一回・チキチキ腕相撲大会in旧市街~』が開催されることになったのであった。因みに第二回の開催予定はない。どうせならば、見ていてハラハラしても誰も怪我をしないようにしようという意図があるのだ。

 そういうわけで始まった腕相撲大会は、初戦からいきなり本命馬が負けるという事態が起きる。最初の対戦相手は遊撃士チームよりヨシュア、そして特務支援課チームからエリィだった。アルシェムとしては普通にヨシュアが勝つだろうな、と思っていたのだが、ある意味エリィの読み勝ちとでもいうのだろう。ヨシュアがエリィの手を握り、アルシェムが開始の合図を告げた瞬間、エリィは小さく悲鳴を上げたのだ。

 具体的には――

「痛っ!?」

 小さく、しかしヨシュアの耳に届くよう計算された声。それとともに大袈裟にしかめられる顔。それに気付いたヨシュアは、慌てて手から力を抜いてしまって――そして、その隙を突かれてエリィに負けた。抵抗しようとした時には既にヨシュアの負けは決まっていたのである。次にヨシュアと《サーベルバイパー》のメンバーを戦わせようと思っていたアルシェムは唖然としてしまった。まさかそう勝つとは思わなかったのである。

 ならばこのままエリィに少々勝ち進んでもらおうと《テスタメンツ》のメンバー・アゼルを指名すると、あっさりアゼルは敗北。エリィはそのまま勝ち進んだ。流石に三連勝はさせられない、と判断したアルシェムは、何か腹案があるらしい《サーベルバイパー》のメンバー・コウキを指名する。指名された瞬間にニヤァと嫌な感じに嗤ったコウキに、エリィは一瞬怯んでいた。

 そして、目一杯の力を込めながら――叫んだ。

 

「CHI☆CHI☆WO☆MOGE!」

 

 そのあまりにもアレな叫びにエリィは轟沈した。これで次に挑戦されるのはコウキということになる。女性陣からの絶対零度の視線を受けつつ、コウキはそのまま笑う。次に女子があてがわれれば、そのまま似たような戦法で行くつもりでいた。もっとも、後で制裁されるような内容だが。次の彼の相手は特務支援課のリベンジのためにロイドを出すため、永久にその内容が女性陣に明かされることはない――そう、『ナイチチ』という侮蔑は。

 女性陣からの威圧を受けたロイドは、背中に冷や汗をかきながらコウキに危なげなく勝ち、次の対戦相手となったエステルに負けた。腕力で負けた、というよりは技で負けたという方が正しいだろう。何せ、エステルはロイドの力を利用して自分の勢いに変え、ドラム缶の蓋が凹む威力で腕を倒したのだから。勝者はエステルだったが、ドラム缶を上下逆転する時間だけインターバルを取ることになってしまった。

「ふふ~ん、楽勝楽勝♪」

 調子に乗ったエステルはにやにやしながらも《サーベルバイパー》、《テスタメンツ》両者を降した。完全に調子に乗っている。ということで、アルシェムは特務支援課の対抗馬ティオを出すことにした。ランディは出すと全勝してしまうのでよろしくない。両者が手を組んで、開始の合図を告げると――エステルにとっては思いがけなく、二人の力は拮抗した。

 そしてエステルを負かしたのは――ティオの、『このバカップル』発言であった。一瞬で赤面し、轟沈したエステルはぷるぷる震えながらヨシュアの元へと戻っていく。そして、次に誰を選ぼうかと思った瞬間――ヴァルドが名乗りを上げた。この時点でアルシェムは他のメンバーを出さないことを条件にして彼との試合を認め、試合を開始する。

 開始二秒で沈んだヴァルド――主にティオの口撃のせい――のリベンジにと出てきたワジと戦ったティオだったが、お互いに腕相撲よりも口撃を重視したため、あからさまにヤバい言葉がイロイロと飛び出していた。決定打はワジの声真似『みししっ』であったが、それはティオが本気を出すきっかけになった言葉であってワジの勝利の決め手になったわけではない。

 

 最終的に勝利したのは、ティオだったことをここに明記しておく。


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