雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧163話~164話半ばまでのリメイクです。


期待の新星

 アルモリカ村での調査を終えたのち、ロイドと合流したアルシェムはしかし一緒にクロスベル市へと戻ることはなかった。というのも、再び巡り合わせが悪くバスがすぐには来ないタイミングで調査を終えてしまって、なおかつその場でハロルドから声を掛けられてしまったからだ。先ほどの会話でお互いに顔を合わせたくなかった二人は、アルシェムが街道を爆走するという方法で事なきを得ることになる。――もっとも、それを見ていたロイド達は唖然としていたのだが。

 その次の日に赴くことになった場所は、聖ウルスラ医科大学だった。何となく嫌な予感を覚えつつ目を醒ましたアルシェムは余裕のなさを見せないようにいかにも普通に振る舞っている。嫌な予感、もとい気配は遊撃士協会の方から発されているため、アルシェムは恐らくエステル達が到着したのだと判断している。隠れ潜んでいたい、という願望は無論叶えられるわけもなく新たに出されていた支援要請を確認した。

 本日の支援要請は臨検官補佐の募集だけであった。それに五人もぞろぞろついて行っては邪魔だろうという判断と子供がいた場合普通に泣かれる自信があったアルシェムは、市街を回って何か起きていないかどうかを調べて回ることになった。警邏という名のさぼりのように感じるかもしれないが、普段と変わったことがあればすぐに知ることができるという点では間違ってはいない。

 支援課ビルでロイド達を見送ったアルシェムは、すぐさま東通りに近づかない方向で巡回を始めた。こんな街中でエステル達に鉢合わせすれば大変なことになる。最悪切りかかってくる可能性がある以上は接触は控えた方が良いだろうという判断だ。正直に言って、アルシェムはまだエステル達の堪忍袋の緒の切れやすさを過信していなかったのである。

 そして、一番最初に出会った事件は――

「どったの? 子猫なんか抱えて」

「あ……お姉さん」

 リュウとアンリが抱えていた子猫の飼い主を捜すという何とも微笑ましい事件だった。事情を聴くと、この子猫は住宅街から歩いてきたらしい。ついでに大人にはあまり近づこうとしないと。住宅街でリュウ達と同い年くらいの子供のいる家と言われるとあの家かもう一つの家に限られる。そうアルシェムは判断した。このままおいておいても良いことにはならないため、取り敢えず子猫を元の場所に戻すべきだろう。

 アルシェムは潰さないように子猫を抱えようとして、力加減を間違えて引っかかれた。

「ふにゃあああっ!」

「わー! ご、ゴメンって力加減難しいんだってだから暴れたら潰れるってばー!」

 わたわたと格闘し、イロイロと引っかかれながら最終的に出した結論は野宿用の鍋の中に入れて運ぶという方法だった。これならば引っかかれる心配も潰す心配もない。もっとも、その鍋が使えなくなるということだけが難点なのだが。鍋如きが使えなくなったとしてもいずれすぐ買えるという判断でもあるが、最悪の場合は綺麗に洗浄して再利用するつもりであった。

 鍋入り子猫を抱えつつ、アルシェムはあの家ことヘイワース家に突撃して棒読みで猫を飼っていないことを聞きだして早々にもう一つの家へと向かった。

「すみませーん」

「はい……あらあら、可愛らしい子猫ね」

「ええ、小さなお子さんと触れ合っていたと思しき子猫なんですが……どこの子猫か心当たりがないかとお嬢さんに伺いたいのですがよろしいでしょうか」

 そのタイミングでにゃーん、と鳴いた子猫の声に二階からこちらを窺っていた少女が反応した。ぴょん、と跳び上がり、次いで顔を真っ青にしてアルシェムに飛び掛かってくる少女。どうやら子猫の入った鍋ごと奪取しようとしているようである。物凄く必死に飛び掛かってこようとする少女だったが、アルシェムにしてみればそれこそ子猫がじゃれて来ているようなもの。簡単にあしらうことができる。

 一通り暴れ終わって息の切れた少女――サニータという名らしい――は、アルシェムに向かって告げた。

「ね、猫ちゃん食べちゃダメーっ! サニータの猫ちゃんなの! 食べたらダメ!」

「え……」

「いや、普通に抱えたら潰しそうだからこう鍋に入れただけなんだけど……」

 ダメったらダメー、とアルシェムにぴょんぴょん飛び掛かるサニータに母親はこの子猫を可愛がっていたのは自らの娘だと理解したようである。そう言えば夫が書類がダメになっていたと騒いでいたことを覚えていた母親はアルシェムから子猫を預かると、家族会議を開くと宣言して笑顔で二階へと上がって行った。この先は関わるべきではないだろう。そう判断したアルシェムはその家から脱出する。

 そして、一通り他の場所も回りつつロイド達の支援要請が終わるのを待つ。大して異変は起こってはいなかったものの、嫌がらせ程度にセピスの返金をしておいても損はないだろうと判断したアルシェムはIBCで換金を終えてクロスベル駅へと向かった。駅について程なくしてロイド達が現れ、他に支援要請が出ていないことを確認してウルスラ間道へと出る。すると――

「何でこんなに混んでるのかしら……」

 バス停が異常に混んでいた。ロイド達が話を聞いて回ると、どうやら遅れているらしい。ロイドが市庁舎に連絡を入れると、もう既に聖ウルスラ医科大学からは発車しているようで、どこかで止まっている可能性があるとのことだ。聖ウルスラ医科大学から見てもバスが止まっている様子は見えないため、少々は進んでいるらしいことが分かった。

 また歩くの、とげんなりした様子のエリィを励ましつつ、ロイド達は先を急いだ。エンジントラブルで止まっているのか魔獣に襲われているのかわからないからだ。エンジントラブルであっても、魔獣からの襲撃に遭っていたとしても、どちらにせよ救援は必要である。一応魔獣に襲われているという最悪の想定をしつつ避難のために途中の魔獣を一掃してロイド達は進む。

 そして、ウルスラ間道の中ほどまで来た時だった。

「――ティオ、先導よろしく!」

「分かりました、すぐに追いつきます!」

 唐突にアルシェムがそう叫んで駆け出した。多数の魔獣の気配を感じ取ったのだ。それと同時に、多数の人間の気配も。既にアルシェムは片方の導力銃をしまっていた。道を切り開いて魔獣を潰すのならば、導力銃では間に合わない可能性があるからだ。現に見えているバスは大型魔獣に取り囲まれていた。優先順位を一つでも間違った瞬間に乗客は死ぬ。

故に、アルシェムは――

「カーテン閉めて!」

 叫びながら跳躍。魔獣とバスの間に入り込んだ。右手にはそのまま握られた導力銃。そして、左手には持ち替えた剣が握られていた。カーテンを閉めるよう促したのは恐怖でパニックになるのを避けるためだ。アルシェムが今からすることは――殺戮なのだから。カーテン、と叫んだのはカーテンが窓から見えたからだ。そうでなければ顔を伏せろと怒鳴っていただろう。

 導力銃で牽制を加えつつ大型魔獣の首を狩り始めたアルシェムを見て、乗客たちは恐怖で息をつめながらカーテンを閉めた。少々聞いてはいけない音――胃から物体が逆流している音である――も交じっているようだがアルシェムにそこまで気にしている余裕はない。何故なら、本格的に大型魔獣が襲い掛かってきているからだ。それも、波状攻撃とも呼べる形で。

 そこで駆け付けて来たロイド達に向かってアルシェムが叫ぶ。

「ランディ、ロイド、ティオ! バスの裏面! エリィはバスの中、急いで!」

 それを聞いたロイド達は迅速に動いた。エリィはバスの中に駆け込んで――といっても力尽き掛けだったが――ドアの前に立ち、導力銃を構えた。ランディ、ロイド、ティオがバスの街道に面していない側に移動して森からの奇襲に備える。油断は出来ない。先ほどから見えている大型魔獣は、気の抜けるような貧弱な魔獣などではないのだから。

 そして、瞬く間に乱戦状態となった。最初、エリィはアルシェムの補助をしていたのだが、ロイド達の戦線の方が崩壊しそうだと思ったアルシェムによってバスの中からの援護に切り替えさせられた。大型魔獣を食い止めつつティオのアーツで仕留めていくロイド達も手一杯で、それぞれが最善を尽くすべく動くしかない。ロイドがティオを守り、ランディが遊撃で魔獣を撹乱し、ロイドに対応しきれない魔獣をエリィが撃ち、そしてティオがしとめる。じりじりと押され、ほとんど余裕はなくなっていく。

 故に、それは必然だった。アルシェムもまた――もう二度とやらない、と心に誓った行為に出る羽目になるのは。勝手に右手が導力銃を棄て、背中から剣を抜いている。そう、それはまさに――《首狩り》。特に、今急速に近づいてくる人たちの前ではやらないと誓っていた禁忌の技。殺すために使う、効率のあまりよろしくないはずの文字通り必殺技。

 思うように動かない自らの身体に殺意を覚え、アルシェムはそれをそのまま放射する。歯を食いしばり、唇を噛みちぎって――

「――ッ!」

 声にならない声を迸らせて、大型魔獣の首を一瞬のうちに全て落とした。一度で切れないはずの分厚い脂肪もいとも簡単に斬り裂いたその剣は、反射的に飛び込んできていた影にも向いてしまう。その数瞬早く飛び込んできていた人物は狙いが全てセピスと化したことに気付いて愕然とし、次いで宙に浮いたままの身体をひねってそのままアルシェムに襲い掛かってしまった。

「な……」

「このタイミングでエステルはないわー」

 大きく溜息をついたアルシェムは、驚愕に目を見開きながら飛び込んできた女性に間違っても剣が触れないように手放してその棒術具を素手で受け止めた。そしてその勢いを利用して彼女の陰から突入してきていた青年に向けて投げ飛ばす。しかし、牽制のために利用した女性は青年を止めるに至らない。青年は女性を受け止めると、彼女を自立させてそのままアルシェムに双剣を突き付けた。

 青年――ヨシュアは、厳しい顔で告げる。

「動かないで貰えるかな」

「……動いたら斬るって? だからどーしたってーのさ。今はそれどころじゃないしまた後でね」

 アルシェムは何ら顔色を変えることなく背後に向けて跳んだ。それにヨシュアは追随しようとしたが、その跳躍で彼女は何とバスの中まで踏み入れてしまっていたのである。これでは聞きたいことも聞き出せない。ヨシュアがアルシェムに聞くべきことは、一般人には聞かせられないことばかりなのだから。無理やり引きずり出しても良いが、その場合後々の説明が面倒なことになりかねなかった。

 バスの中に踏み入れたアルシェムは運転手に向けて声を掛けた。

「ね、運転手さん。ちょっとオーバルエンジン見て良いですか?」

「あ、えっと……」

「ツァイスに一年留学してたことあるから調子くらいは見れますし」

 アルシェムの声に慌てた様子でバスから飛び出した――既に魔獣は一掃されているため安全である――運転手は、バスのボンネットを開けるとオーバルエンジンの様子を見始める。それを横から覗きこんだアルシェムはこれなら直せると判断して手を出した。瞬く間に不具合が直されていく配線を見つつ運転手は安堵の声を上げている。

 その様子を見て険しい顔をしているのがヨシュア達である。何故アルシェムがここにいて普通に過ごしているのか。それが全く分からなかったからだ。もしかすると女性――エステルの目的と同じなのかもしれないと思ったのだが、それだけでここにいられるような立場の人間ではないはずなのだ。何故なら彼女は星杯騎士。表に出ることのない闇の仕事人であるのだから。

 だが、彼女は現に今ここにいる。その理由を何としても探り出さなければならないというのにそれをすることはままならないのだ。ここにはほかの人間がいる。それに――アルシェムの胸に光っていたのは、星杯の紋章でも遊撃士の紋章でもない別のバッジだったからだ。つまり、どこかの機関に重複して所属しているということ。それがどこなのかを探る方が先決かも知れない。

 そう判断したヨシュアは、バスの裏にいる人物たちに声を掛けた。

「あの、そっちは大丈夫でしたか?」

「え、あ、ああ……遊撃士、ですよね?」

 茶髪の青年――ロイドがそう返してきて。その場にいるメンツにヨシュアが固まった。ヨシュア達も色々と調べてからクロスベルに足を踏み入れているのだ。特に市長の孫娘と赤毛の男が一緒にいる理由が全く以て理解出来ない。何故市長の孫娘とあの《闘神の息子》が共に存在するのか、ヨシュアには全く以て理解出来なかった。遊撃士協会の受付ミシェルからは驚くわよ、としか言われていなかったのだ。流石にこの事態は想定していなかった。

 と、そこで茶髪の青年の背後からひょっこりと見知った顔を出してきた少女がいた。

「――何だ、エステルさん達じゃないですか。あの娘を追いかけて来たんですか?」

「て、ティオちゃん……? 何でここに」

「特務支援課の職務の一環です。エステルさん達はどうしてここに?」

 冷静にそう応えたティオに、エステルは市庁舎からの依頼を受けたことを説明した。どうやらまだ完全に信頼されてはいないらしいとティオは感じた。むしろそんな感情が視えたという方が正しいのだが、今は触れないでおく。ああ、なるほど、とつぶやいたティオはただ淡々とその場にいる人物たちを紹介した。この状況を説明する必要性を感じたからだ。

「えっと、こちら特務支援課のリーダー、ロイド・バニングス捜査官です。あちらの男性はランディ・オルランド。それとエリィ・マクダエルと――まあ、あとは知ってますよね。今は同僚として働いています」

「えっと、アルも?」

「はい、アルもです」

 ティオの答えを聞いたエステル達は物凄く微妙な顔をした。つまり、アルシェムは遊撃士ではなく警察官であるということだ。ある意味物凄く似合わない職である。いくら星杯騎士の任務である可能性が高いとはいえ、警備隊員や遊撃士になるという選択肢は本当になかったのだろうかと思えるくらいだ。アルシェムが正義を語るところなど、エステル達は見たことがなかった。

 と、そこに全く話の分かっていないロイドがティオに問う。

「ええっと……ティオ、そちらは?」

「ああ、そう言えばそうですよね。こちら、B級遊撃士のエステル・ブライトさんと同じくB級遊撃士のヨシュア・ブライトさんです。ちょっとしたことでお知り合いになりまして……」

「は、はあ……」

 因みにロイドさんよりも年下です、とティオが宣言した瞬間ロイドとランディはあからさまに驚愕していた。まさかこんなに若いのにB級遊撃士にまで上り詰めているとは思わなかったのだ。エステル達自身が普通に出会った人物に言っても信じて貰えないのだから仕方のないことだろう。遊撃士資格を持てるのは満十六歳から。そして、彼らの年齢は少なくとも十七歳。異例のスピードでランクが上がったと言っても限度があるだろう。

 と、そんな会話をしているところでバスのエンジンがかかった。どうやら直ったらしい。エリィだけは物欲しそうな目でそのバスを見送っていった。逆方向に向かう――忘れてはいけないが、本日のロイド達の目的地は聖ウルスラ医科大学である――バスに乗ったところでここまでの行程が無意味になるだけである。その様子を苦笑しながらアルシェムが見ていた。

 そんなアルシェムを見てエステルが詰め寄った。

「ちょっとアル! なんっっで、こんなところにいるのよぅ!」

「別にどこにいたってわたしの勝手でしょーが。あんたにわたしの行動を縛る権利はないね」

「むぐっ……そうだけど!」

 きゃんきゃんと騒ぎ立てるエステルに、アルシェムはあくまでも冷淡に返答する。エステルが熱くなればなるほどにアルシェムの感情は冷えて行った。こんな場所でエステル達に再会したくはなかったのだ。もっと落ち着いた場所で、落ち着いて会話ができる状況であればもう少し柔らかい対応をしただろう。もっとも、クロスベルにいる目的を語ることだけはしなかっただろうが。

 ほぼ一方的な言い争いをするエステル達を唖然とした表情で見ていたロイドは、ふと我に返ってヨシュアに問うた。

「えっとあの……ヨシュア君。アルとエステルさんって……」

「呼び捨てで構いませんよ。僕達の方が年下なので」

「あ、ああ……」

 ニコリと一部の隙もない営業スマイルで応えられたロイドは狼狽していた。そういうケがあるわけではないのだが、ある意味怖気が走ったと言えば良いのだろうか。ロイドのその感覚が当たっていることは、全力でヨシュアから目を逸らしているティオが証明していた。ティオには視えていたのだ。笑顔の裏で怒り狂っているヨシュアの感情が。

 ヨシュアは表情を崩さないままロイドの問いに答えた。

「家族ですよ。もっとも、アルに言わせれば『元家族』だそうですが」

 コイツコワい。ロイド達はヨシュアに本能的に恐怖を覚えた。そして、何があってもヨシュアを怒らせないようにしようと誓った。先ほどのアルシェムへの所業を見ていないとはいえ、怒らせると何をされるか分からないからだ。

 アルシェムとエステルがきゃんきゃん喧嘩しながらじりじりと進み始めたことによって、一行は聖ウルスラ医科大学へと移動を始めた。途中の魔獣はエステルやヨシュア、アルシェムの八つ当たりによって一掃されていくのだが、ロイド達はそれに介入する暇もなかったそうな。


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