雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧161話~162話のリメイクです。


~神狼たちの午睡~
魔獣被害の調査(アルモリカ村)


 不良同士の抗争を止めてから数週間が経った。特務支援課として動き始めたアルシェム達は瞬く間に有名になった――遊撃士の猿真似として。やっていることは今のところ遊撃士とほぼ同じなのでそう言われても仕方がないのだが、それでも警察の名誉回復に一役買っているのは言うまでもない。聞き込みのロイド。荒事のランディ。電子のティオに、調停のエリィ。そんな二つ名が囁かれるのもそう遅くはないだろう。因みにアルシェムは前と変わらず――遊撃士協会から流布されたため――《氷刹》である。

 ロイドは他人から話を聞くのがうまい。確かにエリィもうまいのだが、どちらかと言われるとエリィは子供から聞く方が得意である。そして、ロイドは信頼されやすいのか重要な情報を零して行く人々が多いのだ。故に、ロイドは聞き込みを得意とするという認識が成されていた。戦闘力があるのは前提条件であるためそのあたりは考慮されていない。

 ランディは戦闘力がただあるだけではなく、抵抗しつつ逃亡する犯人をほぼ無傷で取り押さえるのに長けていた。アルシェムも苦手ではないのだが、どうしても周囲への被害を先に考えがちであるためにランディの思い切りの良さに負けるのである。元々が警備隊員だったということもあって犯人の制圧戦には必ずと言っていいほどランディが駆り出されていた。

 そして、ティオは主にネットワーク等を駆使しながら必要な情報を抜き出して行くのに長けている。といっても、主に彼女が行うとすればシステムのメンテナンス等なのだが。警察業務に関係ないと思われがちだが、外部からのクラッキングでデータが破壊されないように細工するという点では優秀であった。主に官公庁やIBC等のビジネス関連の困りごとに駆り出されることが多い。

 エリィに関しては、ロイドとセットで喧嘩の仲裁等に駆り出されることが多かった。政治的な考え方をよく知るエリィにとって、お互いの落としどころを探るのはお手の物なのである。ロイドが両者を宥めつつエリィが解決に向けての手法を模索するという形で働くことが多かったのだが、警察内部でも政治的なアドバイザー的立場を確保しているのは言うまでもないだろう。

 そんな中で色々と異端なのがアルシェムである。街道の治安維持を主に行っている、というと意義が広すぎて何をしているのか全く分からないが、要は魔獣を狩っているのである。バスの護衛や車両の通行の際の安全確保等に動いているため、クロスベル市内であまり見かけることはない。だが、近隣の村や施設に向かう際には重宝されていた。稀に遊撃士の依頼を肩代わりしていることもあるのだが、それを知る者はほぼいない。

 さまざまな方向で活躍する特務支援課のメンバー。むしろ特務支援課として活動する意味があるのかと問われることもあるのだが、日々の事件の中から大きな事件を引きずり出すこともあるために警察本部でも特務支援課を積極的に潰すことは出来なくなってきていた。

 そんなある日のことだった。警備隊の副司令ソーニャ・ベルツから依頼が来たのである。断るという選択肢は主にランディのせいでなかった。ただ、その情報については疑問な点がとても多かったのである。

 まず、被害の発生場所。被害を受けたのはアルモリカ村と聖ウルスラ医科大学、そしてマインツ鉱山町である。アルモリカ村とマインツだけならばまだ分からなくもない。マインツはクロスベル市から北北西にあり、アルモリカ村は北北東だ。魔獣の生息範囲として有り得ない立地ではない。しかし、聖ウルスラ医科大学は別だ。聖ウルスラ大学はクロスベル市から南南西にあるのだ。単一の魔獣の生息範囲という意味においては広すぎて有り得ないと言っていい。

 だからといって別の魔獣がそれぞれ襲撃したにしては証言がおかしいのだ。この三つの地点が受けた被害も不自然だが、それらが単一の狼型魔獣によって引き起こされたというのがおかしい。アルモリカ村では農作物の被害だけにとどまっているのに対し、それ以外の二者は人的被害まで出ているのだ。どういった差異があるのかを改めて調査しなければならない。

 ロイドはこの調査を全員で行うものにすると決めた。ついでに支援要請も確認してそれらをこなし終えたら向かうことにし、お互いに役割分担をする。本日の支援要請は図書館より延滞本の回収、ベーカリー《モルジュ》より食材集め、そしてIBCよりセピスを利用した新サービスの運用協力だった。

 それを見たロイドは皆にこう告げる。

「じゃあ、延滞本の回収には俺とティオで。食材はランディが聞いて一人で行けそうだったら調達を始めておいてくれ。IBCはエリィとアルに頼む」

 それに皆が良い返事を返してこの日も始まった。延滞本の回収に関してはロイドとティオが分担してクロスベル市内を駆け巡る。ランディはロイドの幼馴染オスカーから必要な食材を聞いて魔獣狩りに出かけていた。そして、アルシェムはエリィと共にIBCに向かう。どういう内容かは分からないが、それぞれのセピスを千くらい持って行っておけばいいだろうとアルシェムは判断して所持していた。

 IBCに辿り着いたアルシェム達は受付にいたランフィという女性に話しかけ――その際エリィと知り合いであるそぶりを、そしてマリアベルなる人物がエリィとも知り合いであることを漏らした――、支援要請をこなすことにした。

 もっとも――

「じゃ、お願いします」

「え、こ、こんなに……?」

 アルシェムとランフィの温度の違いは酷かったが。あくまで実験的にやる予定だったランフィはいきなりそれぞれの属性のセピスを千ずつ扱うことになるとは思っていなかったのである。そのことで多少は混乱したものの、それ以外はほぼスムーズに換金が完了した。これで依頼は完了である。ただ、アルシェムとしては疑問も残る。何故銀行がセピスを扱うのか、という点だ。後で換金はするのだろうが、そうでないなら何に使っているのかわかったものではない。

 不信感を覚えつつもアルシェムはエリィを連れてIBCを後にした。合流場所はロイドと連絡を取ったことで図書館前に決まり、アルシェム達が一番乗りでランディが遅れて合流、そしてあとは返却するだけだったロイドとティオが合流して全員が集合した。

 全員が揃ったところでアルモリカ村へ向かうべく東通りから街道に出たは良いのだが、目の前でバスに行かれてしまった。アルシェムにとっては何ら問題はないのだが、体力のなさそうなエリィだけが心配である。ティオはあれから多少なりとも鍛えているようなのであまり心配はしていないが、エリィは美容以上に鍛えているということはなさそうなのだ。

 しかし、アルシェムの憂慮はティオによって現実のものとされてしまう。

「仕方ありませんね。歩いて行きましょう。計算上は二時間待つよりも歩いたほうが早く着きます」

「ちょっと待ってティオ、そこそこ体力に自信がある程度じゃー魔獣退治分の疲弊もあるから普通に疲れると思うんだけど」

 アルシェムは慌ててそう返すが、ティオはその言葉に対して魔獣はアルシェムが倒すことが前提であると返した。アルシェムからしてみればただの嫌がらせである。効率は確かに良いのだが、主にエリィが戦闘経験を積めないというのはそれはそれで問題だった。この先、アルシェムがいることによってどんな苦難に巻き込まれるか分かったものではないのだから。

 結局、ロイドの判断を仰いだ結果徒歩でアルモリカ村を目指すことになった。アルシェムが導力銃に持ち替えて魔獣を蹂躙しながら進み始めたのは言うまでもない。たまに出現するすばしっこい魔獣も普通に仕留めているあたり集中力は失っていないようだが、アルシェムは荒れていた。ロイド達もそれを追いながら魔獣を狩っているのだが、到底アルシェムの魔獣狩りのスピードにはついて行けていない。

 セピスの回収に関しては最早堂々とアルシェムが発明品を出したためにする必要はなくなっていた。空属性の広範囲かつ弱体化ダークマターである。イロイロ違うものも集まっては来ていたのだが、それを言うとその場で改良し始める可能性があったのでロイドは何も言わないでおいた。落ちた食材やミラ系はロイド達が拾い集めて進むことになった。

 そんなことをしていたからか、分岐を北に折れた時点でエリィが力尽きた。流石に若干ではあっても戦いつつ進むのはきつかったようである。分岐の先にあった休憩所で一休みしつつ、それでも歩けそうにないエリィはロイドに背負われてアルモリカ村へと向かうことになったのであった。エリィはなかなか恥じらっていたのだが、鈍感なロイドがそれに気付くことはない。

 そして、アルモリカ村に辿り着いた一行は止めてあった導力車を横目で見つつまずは村長から話を聞かせて貰いに行った。そこで得られた情報は、白い毛並みの狼型魔獣が農作物を荒らしたという情報。そして、村長曰くその正体は神狼である可能性があるのではないかという情報だった。ロイドはその情報を得たのち、村民たちからも話を聞く許可を村長から貰っている。

 ここでも村民に一人一人聞いて回るのは骨であるため、分担をして話を聞いて回ることにした。力尽きているエリィは食事処になっている宿屋の一階での聞き込み。村人たちにはロイドとランディ、そしてティオから聞き込みをする。一番魔獣を狩っていて負担が大きかったアルシェムは宿屋の宿泊客から話を聞くことになったのであった。

 アルシェムは何となく嫌な予感を覚えつつ了承し、宿屋の二階に来ていた。宿泊客は二組しかおらず、その内の一人は貿易商だという。まずは嫌な予感のしない方から話を聞いたアルシェムは、もう一つの部屋の前で逡巡していた。

 この嫌な予感は、貿易商が宿泊していると言った時点以前からしていたのだ。厳密に言えばアルモリカ村に入った時点からである。そこに止めてあった導力車が一体誰のものであるのか、アルシェムは嫌というほど知っていた。クロスベルを調査するうえでいやがおうにも調べざるを得ない人物だったのだから。それ以外にも理由は勿論あるのだが、気が重いことに変わりはない。

 だが、話を聞かないわけにはいかない。アルシェムは扉を叩いて中の人物が返事をするのを待った。

「はい、どちら様ですか」

「済みません。少々お話を伺ってもよろしいでしょうか」

 アルシェムの返答は硬い。それでも中にいた男性はアルシェムの言葉を快諾した。そうなれば部屋の中に入らざるを得ない。アルシェムは意を決して部屋の中へと入った。そこで待ち受けている人物が誰であるのかを知っていても。

 そこにいたすみれ色の髪の男性は立ち上がってアルシェムに自己紹介をした。

「初めまして、クロスベルで貿易商を営んでいるハロルド・ヘイワースと申します」

「……初めまして。クロスベル警察特務支援課のアルシェムです。本日はこちらの魔獣被害についてのお話を伺いに来ました」

 厳密に言えば確かに初めましてなのだが、アルシェムはハロルドを見たことがないわけではない。遠目からではあるが、アルシェムは彼らを見たことがあったのだ。ヘイワース夫妻と、その子どもを。レンの居場所を奪った言葉を聞いていた。あれは家族を求めていたレンにとっては残酷な言葉だった。レンの生存を信じていない言葉。いくらでも誤解を生めるような言葉だ。

 ハロルドはアルシェムの問いについて貿易商だからこそ知りうる情報を教えてくれた。聖ウルスラ医科大学では人的被害が出ているという情報だ。だが、アルシェムはそれを真面目に聞くことができていなかった。滅多に取らないメモを取っていたのはそのせいだ。そうしなければ、全てを記憶から消してしまいたくなるかもしれなかったから。

 粗方魔獣被害について話し終えたハロルドはアルシェムの顔色の悪さに気付いた。真っ青というほどではないが血の気が失せている。この件に関して調べているにしてはおかしな反応にハロルドは内心で首をかしげた。

そして――彼の生来からのお人好しの気質がその問いを口にさせた。

「あの、顔色があまりよろしくないようですが……」

「あー……済みません。四年ほど前に奥様と赤ん坊を連れた貴男に似た人が物凄い発言をしたのを思い出してしまって」

 アルシェムの言葉は、ハロルドの顔色をも変えさせた。四年前と言われると、自分が自暴自棄になっていたところから這い上がり始めた時期だ。自暴自棄になって、それでも息子コリンが生まれて再び幸せになろうと妻と誓った時期でもある。それが本当に自分のことで、目の前の彼女を知らぬ間に傷つけていたのかと思うと胸を締め付けられる。

 そう思ったハロルドはアルシェムに問うた。

「四年前、ですか……よろしければ、話してみてください。話すだけで楽になるということもありますから」

 それが、ハロルドにとっての運命の分岐点だったのかもしれない。彼がそこでその事実を知らなければ、運命は変わらなかったのかもしれない。だが、ハロルドは選択した。自らの罪と――自らの後悔と向き合う選択を。文字通り人生を変えてしまった娘のために。それが彼にとっていいことなのか悪いことなのかは空の女神のみが知っていることだろう。

 アルシェムは逡巡する様子を見せたが、やがて話し始めた。

「……四年前のことです。わたしはとある事情でアルテリアにいました」

 アルテリアという文言を聞いたハロルドは眉を動かした。確かに四年前ハロルドは妻と息子を連れてアルテリアに観光に行っていたのである。借金を返し終えて、娘を迎えに行った帰りに赦されたくて立ち寄った国。娘は既に火事で焼け死んでいたらしいと聞かされた時に、どれほど後悔したか分からない。アルテリアの大聖堂で何度赦しを乞うたか分からない。

 彼女は続ける。

「親に棄てられた妹のような子と一緒に買い物をしてたんですけど……その時に、偶然聞いてしまったんです」

 前の子はあんなことになってしまったけれど。昔のことは忘れよう。それが、その子のため。その言葉を羅列したアルシェムは、はっきりとハロルドの顔色が変わるのを見た。やはり後ろめたいことがあったのかと疑いを持ってしまうのも無理はない。アルシェムは人間というモノを根本的に信頼していないのだから、彼らが『前の子』を見捨てるような発言をしていてもおかしくないと思っているのである。

 だが、言葉を続けようとしたアルシェムの声を遮ってハロルドは告げた。

「いいえ……いいえ、私達は、あの子を見捨てたいとは思っていませんでした」

「……どういう意味ですか?」

 アルシェムは冷たい目でハロルドを見ながら先を促した。どんな話が出て来ようとも、アルシェムはそれを利用しようと思っていた。レンを巻き込まないためにクロスベルから追い出す口実にするか、ただの一般人として親元に帰すか。その手段としてこの会話の最初から録音していたのである。捜査ならば違法であるが、これは捜査ではない。個人的な感傷だ。

 ハロルドは続ける。

「娘を信頼できる人のところに預けて……借金を返すために、働いて。借金を返し終わったら迎えに行くつもりだったんです」

「娘さんを置いて行く必要が何処にあったんですか?」

「……余裕がなかったんです。精神的にも……邪魔だった、というわけではありません。今では何があっても一緒にいれば良かったと後悔しています」

 そう。あの時のハロルドには精神的余裕がなかった。娘を連れて逃げることに煩わしさすら感じていた。手のかからない子ではあったものの、自分のことでいっぱいいっぱいだったハロルドには娘の気持ちを考えるだけの余裕がなかった。冷静になって考えれば分かることなのだ。あの時のハロルドの行動は――たとえ守るためであっても――娘を棄てる最低な行為だったのだと。

 アルシェムは追い詰められていくハロルドに追い打ちをかけた。

「じゃー、どうして娘さんがどっかで生きてるって信じてやれなかったの?」

「そんなこと! ……そんなこと、思う権利なんてありません。私は……私達は、私達の都合であの子の手を離してしまったんです。今更生きていてくれだなんて虫のいいことは言えませんよ……」

 ハロルドは娘を見殺しにした。誰が何といおうとそれは事実だ。あの時、ハロルドは自分達が楽になるために娘を預けた。それを否定することは出来ない。言い訳なんて許されるわけがない。そうしてしまったがために娘は死んでしまったのだから。娘を死に至らしめたのは――確かに、ハロルド達なのだ。悔やんでも悔やんでも悔やみきれないが、それが事実。

 アルシェムは涙をにじませ始めたハロルドに更に声をかける。ただし、今回は追い詰めるのではなく一筋の希望を見せるために。

「もし。もし――娘さんが生きていると言ったらどうします?」

「そうですね……もし、そんな虫のいい話が、夢のような話があるのなら……一生をかけて、レンに償おうと思います。赦されなくたっていい。レンが望むなら殺されたって構いません。私達は、それだけのことをレンにしたんです……」

 それを聞いたアルシェムは、ハロルドが本気で後悔しているのだと知った。殺されたっていいだなんて普通の人間は言わない。それだけ悔いているのだと思いたかった。あの時あの場所で、レンを傷つけた報いを今受けているのだと思いたかった。そうでなければどちらも救われない。レンも、ハロルド達も。これほど悔いていてなお、リアルタイムで通じることのない彼らの思いも。

 だからこそ、アルシェムは予定になかったことを聞いた。

「あなたから見た娘さんは――レンは、どんな子ですか?」

 その質問にハロルドは目を見開いた。そして、精いっぱいの笑顔を作って誇らしげに告げる。

 

「優しくて賢い、最高の娘です」

 

 これが親という存在なのか。アルシェムは呆然とそう考えた。レンにしたことを後悔していてなおそう言えるというその性根が信じられなかった。そう思うのならば何故諦めてしまったのか。諦めなければ――見つけられた可能性だって、あったはずなのに。少なくともリベールの異変の時点で見つけられていたはずなのだ。遊撃士協会には『《身喰らう蛇》の《執行者》No.ⅩⅤ《殲滅天使》レン』の存在が記された文書があるのだから。

 アルシェムは声を震わせて話を聞かせてくれたことへの感謝を告げ、部屋を辞した。ハロルドは胸の痛みを押さえながらアルシェムを見送ったのだった。


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