雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧160話のリメイクです。

 前回とは三日しか空いていませんが、この先は5の倍数の日に投稿するのは変わりません。今回が特殊なだけです。

 では、どうぞ。


不良抗争、決着

 ロイド達と一旦別れ、気配を消した状態で《ルバーチェ》と《黒月》に探りを入れていたアルシェムはロイドからの連絡を受けて支援課ビルへと戻っていた。盗み聞きは聞いた場所が場所だけに偶然聞いたのだとは言えず、証拠にはならないのだが裏付けにはなる。案の定《ルバーチェ》のルートを《黒月》が潰して回っていることを聞けたアルシェムはそれを裏付けとしてロイド達に説明することにしたのである――それを説明する前にロイド達は別の場所に赴くことになったのだが。

 というのも、ロイドがセルゲイに今回の件について指示を仰いだことに端を発する。セルゲイの判断を仰ぐべきだと判断したロイドは、帰るなり彼に判断を仰いだのだ。彼は報告を終えたロイドに『好きにすると良い』と告げ、困ったら西通りのグリムウッド法律事務所を訪ねるよう助言したのである。当然、ロイド達はセルゲイの助言に従ってグリムウッド法律事務所に向かうことになった。

 グリムウッド法律事務所。それは、西通りにあるクロスベルでも有数の法律事務所である。所長はイアン・グリムウッド。近所の住民からは熊ひげ先生という名で親しまれている彼が、清廉潔白な人間ではないことをアルシェムは知っていた。少なくとも、全く後ろ暗いところがないというのは有り得ない。脱税等の罪を犯しているというわけではないのだが、一つの理由では説明できないほどの回数とある場所に出入りしているのだ。白に近いグレーとでも言ったところだろうか。

 法律事務所に入ったロイドは一応を代表してイアンに声をかける。

「済みません」

「やあ、いらっしゃい。相談かな? それとも依頼かな? もしくは……おや」

 イアンはロイドを見て一目でガイの弟だと看破した。ガイの葬式に来ていたらしい。そこで初めてロイドに兄がいたということ、既に死んでいることを察したエリィとランディは若干気まずそうな顔をしていた。アルシェムにしてみれば知っていた情報だったので、別段気にすることもなく別のことを考えていたのだが。葬式に顔を出すということは、それなりにガイとも親しかったということだろう。怪しむ理由が一つ増えたと思いつつ、アルシェムはイアンの話に耳を傾けているふりをして彼を観察した。

 見た目からすると、ただの一般人に見える。ただ、体格の良さと掌がそれを否定しにかかっていた。何か運動をやっていたのではないかとも思えるほどの体格の良さについてはあまり心配していない。アルシェムの心配は別の場所にあった。それは――彼の、掌である。エリィと同じ手。そして、オリヴァルトとも同じ手だ。そう――この掌は、銃を扱う者特有の手なのである。

 イアンはロイド達に《ルバーチェ》と《黒月》の抗争について教えてくれた。《黒月》がクロスベルでの勢力を拡大するために《ルバーチェ》の活動の妨害を行っていることを。そして、そのせいで《ルバーチェ》には少なくない犠牲が出ているということも。そこでようやくロイドは今回の件を構成するピースを集め終えたのである。

 そして、支援課ビルに戻った一行は、一階で今回の件に関するまとめを行っていた。さまざまな情報を再構成しつつ、どうすれば不良同士の抗争を止められるかという手段を導き出すのが最終的な目的である。ロイド達は《サーベルバイパー》《テスタメンツ》両者から聞いたこととグレイスからの情報、そしてイアンからの情報をもとに状況を再構成していた。

 ロイドがその時の状況を、問題点を明らかにしてまとめる。

「《サーベルバイパー》のメンバーの襲撃と《テスタメンツ》のメンバーの襲撃に共通するのは、犯人の顔を見てないってことだ。その犯人が互いのメンバーだとは断言できない」

「ふむ、つまりは誰か――たとえば《ルバーチェ》とかでも良いですね。誰かが故意に彼らを抗争させたがっている、ということですか」

「ああ、そうだと思う」

 ロイドの言葉に答えたティオには何となくこの件の全容が浮かんできていた。《ルバーチェ》に少なくない犠牲者がいるということは、人員が足りないということ。人員補充のために不良達は確かに有用だろう。しかし、彼らは一度ではあっても《ルバーチェ》からの誘いを蹴っているはずだ。一体どうやって取り込むつもりなのか、とティオは思案する。

 そこにエリィが口を挟む。

「抗争をさせたがっているって言っても、その理由がよく分からないんだけど……」

「イアンさんの話からすると、《黒月》とやらのせいで《ルバーチェ》には人が足りていないんだ。そこに彼らが入ったら即戦力になるとは思わないか?」

 ロイドの回答にエリィは瞠目した。確かに人員補充にはなるのだろうが、かなり無茶苦茶な話であるとロイドは分かっていないのだろうか。一瞬だけそんな考えがエリィの頭をよぎった。しかし、エリィは頭を振ってそれを否定する。現実に起きていることなのだ。シミュレーションではない。有り得ないか有り得るかと問われれば、有り得るのだ。

 険しい顔をして黙り込んだエリィを横目で見つつ、今度はランディが口を挟む。

「でも、子分たちはともかくリーダー共はどっちも首を縦には振らないんじゃねえか?」

「それは……」

 ここで初めてロイドは言いよどんだ。確かに彼らは傘下に入れと言われても断るだろう。だから全面抗争させてお互いを潰させれば良いと思ったのだが、そうなってしまえばそうなってしまったで余計リーダーに愛着がわいてしまう可能性だってあるだろう。それで余計に引き抜きにくくなっては本末転倒だ。だが、ロイドには今回の件がそんなばくち的な計画ではないと何となく感じられていた。何か、理由がある。

 アルシェムはロイドの考えに一つの外道な手段を以て答えた。

「あ、それは多分頑張ってあの二人を同士討ちさせて大けがを負わせておけば何とかなるよ。治療費代わりに傘下に入れって脅せばいー話だし」

「おいおい、物騒だな……」

「でも、有り得ない話じゃないわ。クロスベルの闇は《ルバーチェ》が仕切っているし、何をしでかしても揉み消せるから……」

 アルシェムの言葉にエリィはそう返した。そうだ。エリィは何を忘れていたのか。彼女は知っていたはずなのだ。《ルバーチェ》がどれだけ悪辣な手段を使えるのかを。揉み消せる範囲にあれば、何でもやらかす連中だとエリィには分かっていたはずなのだ。クロスベルはエリィの出身地であり、彼女の祖父を悩ませてきたのもまた《ルバーチェ》とハルトマン議長であったと知っているのだから。

 これはもはや仮説ではない。ほぼ真実に近いだろう。ロイドは確信した。多少は違う個所もあるだろうが、これは全て真実となり得るのだ。最悪を想定しつつ最善に向かって事件を解決できるように動かなければ。ロイドはそう判断して各々に出来ることをするために皆に相談を持ちかけた。どうやれば、一番穏便に解決できるのかを。

 そして、それぞれがやることが決まった。ロイドはヴァルドとワジに話をつけ、おとり捜査を行って犯人を見つけ出すことで落とし前をつけてくれと頼みに行くことになった。不良達を襲撃したのがお互いだったという誤解がなくなれば全面抗争をする意味がないという理由でそれを呑んでもらおうと思ったのである。無論、犯人の検挙には両者が手伝うことが条件である。ヴァルドは少し渋ったが、ワジの説得によってそれを呑んだ。

 エリィはIBC(International Bank of Crossbell)あてに手紙を書くことになった。一体何をするつもりなのかというと、《ルバーチェ》の資金源を分かっているものだけでも止めて貰うためだ。そこに友人がいるらしいのだが、それが誰なのかをエリィが告げることはなかった。その日のうちに帰って来た手紙では、不正取引の疑いでいくつか口座を凍結したという返事。そして早目に顔を出しなさいという連絡であった。

 ランディに関しては、元警備隊員であるということから警備隊に連絡を取ってもらった。しかし、警備隊は今回の件如きでは動けないと副司令に告げられた。《ルバーチェ》絡みでも動きが鈍くなる警備隊に舌打ちしつつ、ランディは邪魔だけはさせないよう副司令に依頼していた。副司令はそういうところには気が回る人物であるため、快諾してくれたらしい。

 ティオは何もすることがない、と思いきやそうではない。彼女には彼女の役目があった。それは、アルシェムが製作した使い捨て端末による《ルバーチェ》へのクラッキングである。といっても情報を抜くことが目的なのではなく、本部に混乱をもたらすことが目的だ。何者かが妨害工作をしていると思って貰えればいいのである。ばれれば威力業務妨害に問われるだろうが、今回は誰にもばれないようにやるので問題はない。ロイド達にすら何も言っていないのだ。

 そして、アルシェムはというと――大急ぎでオーバルカメラを製作していた。写真はいい証拠になるからである。まだ一般的ではないものの、合成という手段があるので決定的な証拠とは言えない。しかしはっきりしていることが一つだけある。ないものは撮れないのだ。故にアルシェムは買うより安い自家製オーバルカメラを組み立てていた。

 全ての工程が終了し、準備が整ったところで――不良の抗争阻止作戦は決行された。

 

 ❖

 

 ある日の深夜のことだ。旧市街にいるとある人物は焦っていた。そろそろ結果を出さなくてはならない。構成員を増やし、《黒月》に主導権を握られないようにしなくては。そう思って《ルバーチェ》の構成員が焦っていた。このところずっと《黒月》からの妨害が続いている。一時に関しては電気が全く通らなくなったことすらあった。《黒月》の方はとぼけているが、絶対に彼らの妨害工作に決まっている、と彼は思っている。

 故に、今日こそ決行しなければならない。緊迫した旧市街の空気をぶち破り、不良どもを争わせるのだ。そして、残った方が強者になる。その強者を《ルバーチェ》は喜んで迎え入れるつもりでいた。雇い賃には多少色を付けるとでも言い張れば飛びつくだろう。それに、不良のリーダーたちが争い合って重傷を負ってくれるとなお喜ばしい。彼らも彼らで邪魔なのだから。

 そんな彼の視界に入ってきたのは、《テスタメンツ》の装束をまとった人物だった。たった一人で夜道を歩いている。不用心なことだ、と彼は思った。そして、連鎖的に判断を下す。《テスタメンツ》が一人で出歩いているということは、使うのは釘バットだ。釘バットでその人物を叩きのめし、危うい均衡を崩してみせる。そうすれば幹部への道だって夢ではない。彼はそう思っていた。

 そして、その人物に向けて集団で釘バットを叩きつけようとして――

 

 失敗した。

 

 手ごたえがおかしいのだ。人体を殴ったにしては妙に硬いその感触。それに――ちらりと見えた顔は、《テスタメンツ》のメンバーとは違っていた。どこか見覚えのあるような気がする茶髪の青年だったのである。彼の頭の中で警鐘が鳴った。こいつをこのままにしておいてはならない。ここで殺すか、重体にしなければならない。姿を――見られてはならない。

彼はこのまま無抵抗でいるうちに重傷を負わせるべきだと判断した。これが一体誰であっても、重傷者の――特に頭を打った人物の話を真面目に聞く警察官など存在しないからだ。頭部に強い衝撃を加えると稀に記憶の混濁が起きることを、長年の経験から彼は知っていた。早く頭部に衝撃を加えなければ。殺すまでは行かなくとも、せめて脳に異常があると病院が判断するほどに殴らなければと彼は焦った。

故に、彼がその人物の頭を打ち据えてやろうと釘バットを振り上げたところで――その人物の服の袖が翻る。

「せいっ!」

 これまたどこかで聞いたことのある声が彼の持っていた釘バットを弾き飛ばす。手に持っていたのはトンファー。嫌というほどに見てきたその得物は、かつてあの人物が使っていたものとほぼ同じ型のものだ。それで完全に分かった。その人物は――数年前に《ルバーチェ》に付きまとっていたガイ・バニングスの縁者――恐らくは弟のロイド・バニングスと思われる――であることが。つまり、警察官であるということだ。

 彼はロイドを視認した瞬間に叫んでいた。

 

「失敗した――撤退だッ!」

 

 失敗した。失敗した。失敗した。彼の頭の中に巡っているのはその言葉だけだった。今失敗するわけにはいかなかったのに、失敗した。警察にバレたということは動向が多少なりとも漏れていたということだ。しかもロイドは《テスタメンツ》の服を着ている。つまり、《テスタメンツ》には話が通されていると見て良い。そうでなければ見間違うほど精巧な服を作れるわけがないのだ。

 叫んだ彼に、屋根の上から導力銃が突き付けられる。

「動かないでッ!」

 それはクロスベルでは知らない人間のいない人物。クロスベル氏市長の孫娘、エリィ・マクダエルだ。警察に入ったという情報は聞いたことがあったが、まさかこのタイミングでこんな危険な場所に出現するとは思ってもみなかった。彼女を撃てば事態を硬直させられると思って彼はエリィを指さすが、何故か反応は全くなかった。つまり味方の数人はやられているということになる。

 ならばと彼は手振りで《イグニス》を指した。もしも《テスタメンツ》にのみ話が通されているのならば《サーベルバイパー》を襲撃するまでだ。ここにこれだけの人物が集まっているということはあちらの警戒は薄い可能性が高い。それにあちらは比較的単細胞であるため、《テスタメンツ》にやられたと何の疑いも持たないだろう。そうだ、倉庫の隙間からスリングショットで大量に石を投げ込んでやれば良い。それで誰かが傷つけばやはり全面抗争にまでは持って行けるだろう。

 近くに潜んでいた構成員達は、それを見て一斉に動き始めた。屋根の上に潜伏していた人物は水色の髪の少女を人質にとろうとして――失敗する。何処かから出現した短い銀髪の人物がその構成員を冗談のように吹き飛ばしたからだ。しかも水色の髪の少女に至ってはそれに追撃を掛けている。仲間を人質にとって目をそらさせることは出来ないようだ。

 比較的低い家の屋根によじ登った彼は、相方と一緒に《イグニス》へと向かおうとして――出来なかった。

「おいおい、本気かよ?」

 赤毛の男がそこに立ちはだかっていたからだ。言うまでもなくランディなのだが、彼らがそれを知ることはない。大胆に間を詰めたランディはスタンハルバードを振るうと、一撃で彼とその相方を吹き飛ばした。辛うじて屋根にしがみ付いて彼と相方は体勢を整えなおす。その間ランディは待っていたのだが、彼らがその理由を知ることはないのだ。

「クッ……ならば!」

 彼は歯を食いしばり、相方を立ち上がらせて屋根から蹴り落とした。流石にこの行動は想定外であると判断してほしい。そんな彼の希望的な願望は――無論、叶いやしなかった。逃げなければと彼も飛び降りたところで、旧市街の奥へと向かえる方角にはヴァルド・ヴァレスが。東通りへと抜ける方向にはワジ・ヘミスフィアが待ち受けていたからだ。

「逃げンじゃねえぞ」

「そうそう。僕らを虚仮にしてくれたんだ。少しは大人しくしていて貰おうかな?」

 この言葉で、彼は完全に諦めた。出世も、自らの小指も。このまま落ちぶれていずれ殺される道を歩むしかなくなったのだ、彼は。

 

 そうして――彼ら《ルバーチェ》の構成員は東通りの入口にある広場に集められ、アルシェムと何故か出現していたグレイスに写真を撮られて警察署へと連行されていった。

 

 だが、彼らは一昼夜もかからぬうちに釈放される。クロスベル警備隊の司令。クロスベル警察の上層部。そして、議員たちからの圧力が掛けられたからだ。彼らは証拠不十分として釈放され、しかし市民たちは《クロスベルタイムズ》で真相を知っているという混沌とした状況が生まれることになったのであった。

 

 ❖

 

「……お願い。皆を――守って」

 そんな声が響いた。少女の声だ。それを聞いたことがある彼女は、顔をしかめる。その少女が全ての原因だと何となく知っているからなのか、彼女が少女を睨む目は冷たい。それでも少女は怯まない。少女から彼女は見えていないのだ。故に、哀しみを瞳にたたえながらも彼女に□□する。

 

 途端、彼女は暗闇へと引きずり込まれた。

 

 そこに広がる光景は、全てが悪夢。全てが起こり得た可能性であり、これから起こり得る可能性の全てだ。無数の世界で様々な人物たちが死んでいく。それを破砕し、なかったことにするのが彼女の役目。

 襲い掛かる黒服の連中。撃ち殺される一組の男女。怒り狂い、暴走を始める闘争の化身。がくがくと震えながらも抵抗する水色の少女。残された二人を黒服の男達はじわじわと追い詰め、傷を負わせ、死へと導いて行く。水色の少女の援護は次第に追いつかなくなっていき、闘争の化身は斃れ、水色の少女も手折られる。無残な屍を朝日に晒し、魔都は混迷の様相を呈していく――

 何度も何度も繰り返される可能性。それを、少女はどうにかしろと彼女に告げる。

「お願い。皆を――」

 それに、彼女は反論することは出来ない。何故ならまだ彼女は少女と同じステージに立つことを赦されていないから。少女のために生き、少女の願いを叶え、少女の望みを体現するのが彼女の役目。

 

「お願い――皆が、幸せでいられる可能性を、見つけて」

 

 純粋無垢なる声。だが、それは他人を穢す声だった。自らの手を汚さず、他人を穢して叶う願望。それに穢された人物は、逆らうことはない。――少なくとも、今はまだ。




 分かる人には『彼女』が誰なのか分かるでしょうけど、ネタバレ禁止でお願いします。

 では、また。

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