雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧154話~155話半ばまでのリメイクです。


既知との遭遇

 ロイドたちが侵入していたジオフロントは、正確にはA、B、C、Dの四区画に分かれている。そして、ロイドたちととある少年が今いるのはA区画だった。その最奥まで辿り着いていたとある少年――リュウは、じりじりと魔獣に間を詰められている。

「こ、こっち来るなぁ~……」

 思ったよりも情けない声が出て、自分が恐怖を感じていることを明白に聞き取ってしまったリュウは更に震えた。大人たちの知らないたのしい冒険だったはずが、どうしてこうなってしまったのだろうか。こんな場所に魔獣がいるなんてケーサツのタイマンだ、と思いつつ後退する。

 ここで死んでしまうのだろうか。何も出来ないままに。実際、リュウにはなんの力もない。遊撃士のように強いわけでもないただの少年だ。迫りくる魔獣を退治できるような凄い力などあるはずがなかった。

「あ――」

 一人の少年の命の灯火が消えんとする、まさにその時だった。

 

「エリィ、魔獣の気を引くだけで良い! リュウの方は任された!」

 

 一人の女の声が響いた。次いで、導力銃と思しき発砲音も。そしてこのまま死ぬのかと思っていて目を閉じていたリュウは、思わず目を見開いていた。こんな都合のいい幻などあるはずがないと思ったのだ。宙を舞ってリュウの前に着地する銀髪の女。そして、その女は――

「取り敢えずそっちに吹っ飛ばす!」

 そう叫ぶと同時に持っていた剣を思い切り薙いだ。すると、目の前にいた魔獣たちは剣先に触れてもいないのに弾かれていく。どういう原理なのか全くわからないとそれを口を開けてみていると、銀髪の女がリュウの目を見て告げた。

「ちょっとだけ下がってくれる?」

「え、あ……うん」

女の言うとおりに少し下がると、何とその女は剣を背中に直してしまった。何をしているのか、と思いつつ見ていると、女は穴の開いたポケットの中から導力銃を取り出した。むしろどう入ってたんだろうと突っ込みかけたリュウは魔獣がこちらを向いたことに気付いた。

思わず喉から悲鳴が漏れてしまうリュウ。

「ひっ……」

「あ、ちょっと見ない方がいーかも。あんまりお上品な戦い方出来ないからねーわたし」

 恐怖に固まったリュウに向けて女がそう言うが、むしろ見ていない方が怖い。結局リュウは、女とその仲間たちが魔獣を一掃するその瞬間まで見届けていた。その手並みは遊撃士を髣髴とさせるほどに鮮やかだ。

 トンファーを持った青年が突っ込み、足止めをする。スタンハルバードをもった男性がそこに突撃して魔獣を粉砕する。それで足りなければ杖のようなものを持った少女がアーツを飛ばして殲滅するかリュウの目の前にいる銀髪の女とはまた違った色の銀髪の女性が導力銃で仕留める。

 これだけの人数でジオフロントに現れているというのもそれなりにおかしなことだが、それでもリュウの脳裏に現れた言葉はこれだった。

「やるじゃん、兄ちゃんたち! もしかして新人さん?」

 しかし、リュウの言葉に男達はいぶかしげな顔をした。どうやら違うようである。かといってこんな手練れが警察にいるわけもない。なら彼らは何者なのだろうと龍が思った時だった。

 先に保護されていたらしいアンリが男達に問いかける。

「あの、遊撃士の方ですよね……?」

「いや、俺達はクロスベル警察の者だけど」

 その瞬間、リュウとアンリは盛大に驚愕の声をあげた。それだけは有り得ないと思っていたからである。昨今のクロスベル警察はマフィアにおびえ、共和国人におびえ、帝国人におびえるただの腰抜けたちだからだ。それでいて遊撃士たちが現行犯逮捕した犯人たちをバカスカ逃がし、汚職と賄賂が横行しているのが常である。そんな警察に、魔獣狩りが出来るとも思ってはいなかったのだ。

 腰抜けの警察にそんなことができるのかと散々わめいたリュウとアンリだったが、女――アルシェムと名乗った――がそれに水を差した。

「はいはい腰抜けでも何でもいーからとっとと脱出した方がいーと思うよ。こういう一番奥の場所って大体強力な魔獣が潜んでたりするし」

「よ、よし出よう今すぐ出よう! あーお日様が恋しいなあっと!」

 リュウが慌てて回れ右をして新米警察官たちを急かすと、ロイドと呼ばれた青年は苦笑しながら歩き始めた。それにエリィと呼ばれた女性が続き、リュウとアンリが彼女について歩いて――そして、その後からは誰もついて来なかった。

「どうしたんだ、ランディ?」

「取り敢えず撤退してな、ロイドにお嬢。ティオすけも」

「いえ、ランディさんこそ撤退してください。アルの攻撃に巻き込まれると大変なことになりますから」

 ランディとティオの言葉の意味が全く分かっていなかったロイドだったが、次の瞬間嫌というほどその言葉の意味を思い知らされることになる。というのも――階段を上った先の踊り場の天井から、巨大な魔獣――ビッグドローメという種である――が落下して来たからである。

 それを溜息をついてみていたアルシェムは、剣を抜いて魔獣と対峙したまま言葉を漏らした。

「後ろに構いながら狩れるほど容易な相手じゃないんだよねーこーいうの。だって間違いなくアーツ使ってくるし」

「狩れないとは言わねえんだな……」

「はっは、単独撃破で周囲に何の気遣いもいらないなら楽勝だけど」

 そう言いながらアルシェムが飛び出し、魔獣に剣の柄で強烈な一撃を喰らわせてその場から後退させた。その隙にティオが魔獣の情報を解析し、どのアーツを使えば効率的に狩れるかを割り出す。

 その結果が出たティオはアルシェムに向けて叫んだ。

「火属性アーツです、アル!」

「ごめんわたしのオーブメント火属性クオーツ嵌んないから無理! というわけでゴリ押し!」

 そう言いながらアルシェムは徹底的に魔獣を切り刻み始めた。アーツを使わせる隙を作らないためだ。アーツを使わせてしまえば恐らくは全滅してしまうと半ば直感していたからである。

 その攻撃に、火属性アーツが加わった。

「取り敢えず軽い援護だけだ、無茶すんなよ!」

「分かってる!」

 そのアーツのヌシ――ランディにそう返したアルシェムは、恐らく彼がその場にとどまって守護役を果たしてくれていると判断した。これを機に少しだけ隙の多い攻撃に切り替えようと思ったのである。

 強烈な一撃を加えた反動で下がったアルシェムは、先ほど魔獣を吹き飛ばすのに使ったクラフトを使ってさらに間を開けた。そして――貫通力を高めた導力銃の弾丸で魔獣に穴をあけていく。

「機関銃とかあったら絶対早いんだけど、なー!」

「いやあるわけないだろうが!」

 ランディは思わず突っ込んでしまった。まさか近接を棄てて導力銃で蹂躙を始めるなど思ってもみなかったからだ。何となく感じたもう一人の存在を考えてもそれはそれで危険である。

 導力銃をひとしきり撃ち終わったアルシェムは、そこから再び一気に間を詰めて今度は棒術具を取り出した。それを槍の如く魔獣にたたきつけていって――そして、遂に。

「はい終わりー」

 最後に地響きがするほどの叩きつけを行ったアルシェムは、セピスを残して破砕した魔獣を顧みることなくそう告げた。余裕とは言わないが、危なげなく魔獣を退治することは出来たと感じたロイドは遠い目をする。確かに手練れなのかもしれないとは思っていたが、子供達をロイドとエリィに護らせたうえで――そもそもそんな打ち合わせはしていない――魔獣を粉砕する力量は本物だと思えたのだ。

 それを踏まえたうえでロイドは思う。彼女はいったい何者なのかと。そして、ロイドと同じ思いを抱いたものがこの場にいる。ただし、ロイドたちにはいまだ視認できていない人物であった。その人物は――

 

「……まさか対処できるとはな」

 

 思わず声を漏らし、ジオフロントの整備用デッキから飛び降りた。危なげなく着地した男性を見たリュウ達は目を輝かせてその男に纏わりつく。彼らの言葉から察するに、男の名はアリオスというらしい。

 なぜこんなところにいるのかと問おうとしたロイドは、厳しい顔をしたアルシェムに止められた。といっても制止されたわけではない。機先を制されたのである。

「あのさー、アリオス・マクレイン。新人を試すような真似をするのは良いけど、勿論こっちが力及ばなかった場合に対処できるようにしてたわけだよね?」

「無論だ」

「趣味悪っ。ハイエナかあんたは」

 アルシェムの評価を聞いたアリオスはやや険しい顔になってアルシェムを睨み返す。今までそんな評価を貰ったことがないというのもあるのだが、ここ半年以内に見た悪夢で見た顔と重なったからというのもある。無論悪夢だと思っているのはアリオスだけで、その悪夢は《影の国》での出来事であるわけだが。

 さまざまな推測をまとめた結果、アリオスはアルシェムに問うた。

「まだお前には名乗った覚えはないのだが?」

「少しは自覚してよ有名人。大陸有数のA級遊撃士。《風の剣聖》だなんて呼ばれてるあんたが分からないとか有り得ないと思うけど?」

 視線と視線が絡み合う。むしろ殺気にならないだけマシだとも思えるが、必要とあらばアリオスもアルシェムもこの場で一戦交える気でいた。あまりにもアリオスから見たアルシェムは怪しすぎたし、アルシェムから見たアリオスも胡散臭かったのだ。

 その雰囲気をぶち壊したのは、ロイドだった。

「え、そうなのか?」

 その瞬間――アリオスとアルシェムの間にあった緊張が霧散した。むしろ何故知らないとアルシェムは言いたいのだが、アリオスの心境はとても複雑だった。誰が考えるだろう。昔同僚に連れられてきて一緒に呑んだことまである少年が自分のことを覚えていないなど。アリオス・マクレインにとってロイド・バニングスとは、同僚だったガイの弟なのである。無論それだけではないが、覚えていて貰えていないというのもそれはそれで複雑だった。

 アルシェムは盛大に溜息をつくと、ティオにこう告げた。

「ティオー、あの扉の先って何かわかる?」

「昇降機ですね。既にロックは解除してあるのであれで帰り道はショートカットできるはずです」

 しれっと返したティオの言葉に疑問を覚えたのはロイドだけではなかったのだが、この場所に長居する愚を誰もが犯したがらなかったためにその疑問は放置された。流石に先ほどの魔獣で懲りたのである。

 急いで地上に戻った一同は、オーバルカメラのフラッシュに出迎えられることになった。それの持ち主は女性で、どこかの記者らしいことは容易に想像できる。そして、クロスベルでこういう写真を欲しがる雑誌と言えばクロスベルタイムズしかないことを知っているアルシェムは遠い目をした。こんな場所で写真を撮られても真実など伝わるはずがない。

 その想いも知らず、その記者はにこにこと笑いながらこう告げた。

「いやー、良い画が撮れたわ♪ 特務支援課、初仕事からA級遊撃士に惨敗、ってね!」

「あーはいはいクロスベルタイムズの人ね。一応子供達は無事だけど、こういうことがないように注意喚起の文章くらいは勿論乗せてくれるって考えていいのかな?」

 アルシェムがその記者にそう返すと、可愛くないわね、と言いつつ名刺を渡して記者は去って行った。名刺によると確かに彼女の所属はクロスベルタイムズで、グレイス・リンという名の記者だそうだ。

 何だか良いところを取られたと感じた一同は警察署に戻って報告を行い――その際副署長から愚痴を言われた――、旧クロスベルタイムズ本社ビルへと向かった。そこがこれから特務支援課の本拠地になるらしい。むしろどうやってこの建物を用意したのかという問いから始めたいような気がしたアルシェムだが、クロスベルだから汚職関係を突いて何とかしたと答えられそうだったので止めておいた。

 とにかくここで暮らすことになるということだったので、警察署に一時仮置きさせて貰っていた荷物はこの場所に運び込まれていたのだが――ここで難癖をつけた人物がいた。それは――

「え、こんな広い部屋使えない」

 アルシェムであった。彼女に与えられた部屋はエリィ達と同じような広さのワンルームだったのだが、そもそもまともな部屋で暮らしたことのない――大体はメルカバか屋根裏部屋だった――アルシェムにとっては広すぎる一室だったのだ。結局、協議の結果しぶしぶアルシェムが広すぎる部屋をそのまま使うことにはなったのだが、アルシェムは全く以て満足していなかったことをここに記しておく。

 それはさておき、運び込まれていた荷物を開いたアルシェムは一時間もかからないうちに収納を終えていた。私服もほぼなければ仕事着も決まっているため服を出し入れする必要がほぼないことに加え、今はまだ広げる必要のないモノばかりだったからだ。

 することがなくなったアルシェムは取り敢えず暇つぶしにオーブメント細工でも作ろうと机の上に工具類を広げる。そして、革袋に入ったセピスを七袋置いてどれを使おうか思索し始めた。この環境をどうにか狭めるためにも大きめの細工を作りたいところである。

 結局、アルシェムが思いついたのは蒼耀石を利用したウォーターサーバーだった。水は一滴たりとも必要ない代わりに蒼耀石のセビスをぶち込んでアーツの要領で水を出すシロモノである。何となく思いついたものであるが、災害時などには役立つだろう。もっとも、災害時に魔獣を狩りにいける人物はと言えばアルシェムくらいしかいないことが問題だが。

 そのセピス式ウォーターサーバーを組み立てている最中だった。誰かが扉を叩いてきたのは。アルシェムは何となく誰が来たのかを理解したのだが、スイカの声がなければ寝ていると勘違いされかねないので答えた。

「起きてるけど誰?」

「あ、ロイドだけど……ちょっと良いかな?」

「今ちょっと取り込み中だから作業しながらで良ければどーぞ」

 アルシェムの返答を聞いたロイドは扉を開けて入ってきた。遠慮という言葉を知らないのだろうかと思いつつアルシェムは金具を締め、仕上げにかかった。ロイドはその様子を唖然とした表情で見ている。

 中々口を開こうとしないロイドにアルシェムは問うた。

「で、ロイド。夜這いしに来たわけじゃないとは思うけど何の用?」

「ええっと……アルはこのままここにいるつもりなのかなって思って」

 アルシェムは、と言ったということはロイド自身が悩んでいるということなのだろうとアルシェムは判断した。ここにいても良いのか、この場所にいれば出世は恐らく望めなくなると副署長から言われたことが気になるのだろう。

 故に、アルシェムはロイドにこう答えた。

「ぶっちゃけ言って、仕事がないと生きていけないんだよねわたし」

「え……」

「両親は知らないし養子にして貰ってたところとは縁切って来たから収入がないと生きていけないわけ。あーゆーあんだすたん?」

 ロイドはその返答を聞くと顔を曇らせて謝罪してきた。不用意に聞いて悪かったと思っているのだろうが、アルシェムからしてみればこれが普通なので謝罪される意味が分からない。

 何だかそのまま気まずい空気になりそうな雰囲気だったのでアルシェムは話題を変えた。

「で、ここにいても出世が見込めないどころかすぐ潰されそうだからどうしようか悩んでるって感じかな?」

「あ、ああ……」

「じゃ、結論から言ってあげるよロイド。あんたが一課や二課に配属されたとしても――その真面目さや正義感が出世の邪魔をすることになる」

 だから、どうせ長続きはしないのだと。そう告げてやった。間違いなくロイドは不正を見逃せないような性格をしている。あの数時間だけしか一緒にいなかったとしても、分かるのだ。ロイド・バニングスは――あのガイ・バニングスとほぼ同じ性質をしているのだと。

 それを聞いたロイドは一層悩みを抱えたような顔になって部屋を辞した。別にどうでも良いのだ。この場所が存続されようがされまいが、アルシェムにとってはどちらでも良い。存続されれば面倒が減るな、というくらいだ。

 そして、アルシェムはロイドが去った後はセピス式ウォーターサーバーを完成させて一息ついたのだった。




 なにやってんだ、とつっこんではいけない。イイネ?

 では、また。

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