雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧152話~153話のリメイクです。

 では、どうぞ。


特務支援課設立

 七耀暦1204年2月――クロスベル警察内に、新しい部署が設立されることになった。特務支援課という名の部署だ。課長はセルゲイ・ロゥ。そして、構成員は異例尽くしの面々五名だった。その中に悲しくも含まれてしまうアルシェムは、一番に警察署内で待っていた。というのも、他にすることがなかったからである。リオに関してはもう既に警備隊員として働き始めているのでなかなか会えないというのもあるのだが。

 最初に現れたのは、意外にも女性だった。普通こういう時には遅れて来る方が可愛げがあるような気もするのだが、彼女には通用しなさそうである。堅物そうな雰囲気を醸し出すその女性はすまし顔で入室してくる。クロスベルに関する資料を集めた際に見た顔がそこにあった。

 現れた女性を見たセルゲイはこう告げる。

「よく来たな。特務支援課、課長のセルゲイだ。よろしく頼む」

「エリィ・マクダエルです。こちらこそよろしくお願いします」

 そう、彼女こそクロスベル自治州の中心都市クロスベル氏の市長ヘンリー・マクダエルが孫娘である。真珠色の髪を腰のあたりまで伸ばし、その瞳には強い意志が浮かんでいる。いかにも気の強そうな女性だな、とアルシェムは思った。

 と、そこでエリィと目があった。どうやら自己紹介を求められているらしいと悟ったアルシェムはエリィに向けて姓名だけを告げる。

「アルシェム・シエル。よろしくね?」

「ええ、よろしく。気軽にエリィって呼んで頂戴」

「おーけー。こっちもさんとかまだるっこしいのはつけなくて良いから」

 あははうふふと笑いあいながらアルシェムはエリィと親睦を深めることにした。仲良くなる必要はあまりないが、これから先何が起こるか分からない。味方は多ければ多い方が良いのだ。それが有能な駒であるほど。そして、エリィはそこそこ有能な駒だと言えた。少なくとも立場だけは美味しい。市長の孫娘という立場は色々利用できるだろう。

 そう思って少しばかり談笑していると、不意にアルシェムは扉の方を向いた。今とんでもなく懐かしい気配が扉の前に立ったのを感じたからである。こんな場所で再会しなくともいいのだが。というよりも、ここで再会すると色々と説明が面倒になるのだが、もうどうしようもないだろう。既にその人物は扉を叩いている。

 ノック音に対しセルゲイは入るように促した。

「どうぞ」

「失礼します……?」

 ひょこっと顔を覗かせたその少女は、遠い目をして顔をひきつらせた。そこにいるはずのない人間がいるのを視認してしまったからである。何度か眼をこすり、頬を叩いて夢ではないかといろいろ試していた。

「どうした?」

「いえ、何だかイロイロ間違ったような気がして……」

 彼女が物凄く何かを言いたそうな顔をしていたので、後で事情を説明すると口パクで伝えるアルシェム。そこにいた少女は、水色の髪に黄金の瞳を持っていた。そう、言わずと知れたティオ・プラトーである。

 ティオはこほんと咳払いをしてエリィに向けて告げた。

「えっと、初めまして。エプスタイン財団から出向してきたティオ・プラトーです」

「エリィ・マクダエルよ」

「アルシェム・シエル」

 思わず知ってます、と口走ってしまったティオは少しばかり焦った。アルシェムがどこまで明かしてこの場にいるのかが全く分からなかったからである。下手に言えば守秘義務で記憶消去もあり得ると分かっているだけに挙動不審になってしまっていた。

 そんなティオを見たエリィは彼女を気遣うように声をかける。

「ええと、大丈夫かしら……?」

「はい、多分きっとメイビー大丈夫に決まってます多分」

「それ大丈夫に聞こえない……というわけで久し振り、ティオ。口に出しちゃいけない場所以来だね」

 いつまでも汗ダラダラのままで放置するわけにもいかないのでアルシェムはティオにそう声を掛けた。ティオはそれを聞いて顔を引きつらせる。『口に出しちゃいけない』って絶対追及されるパターンです、と思いつつも『口に出したくない』ではないので《影の国》のことだと理解した。

 その様子を見てどうやら知り合いらしいと判断したエリィはアルシェムに問う。

「えっと、知り合いなのよね?」

「うん。色々あってね」

「そ、そう……」

 色々、という部分を強調して言われたので何となく聞いてはいけないことなのだと判断したエリィはそこで追及を止めた。下手に追及してしまって関係が壊れてしまえばこの先が大変だからである。

 微妙な沈黙が流れた。その沈黙を断ち切ったのは、やはりノックの音だった。

「入れ」

「うぃーっす」

 聞こえてきた声は男の声だった。そして、足を踏み入れて来たのは――赤毛の男性。リオから報告のあったランドルフ・オルランドである。まさかこっちに回されてくるとは思ってもみなかったのだが、戦力としては申し分ない。

「ランディ・オルランドだ。よろしくな」

 ランディと愛称で名乗った彼にアルシェム達も姓名だけの自己紹介を返した。それ以上のことはこれから知れば良いだけの話である。今ここでやる必要はどこにもない。どこに耳があってもおかしくないのだ。

 ランディは女性陣の自己紹介を聞き終わると、くわっとセルゲイに向けて目を見開きながら問うた。

「まさかのハーレム状態っすか?」

「そんなわけあるか。もう一人来る……んだがな。流石に遅いから見て来る」

「うぇーい」

 がくっと肩を落としながらランディは返事をした。セルゲイの言葉通りならばもう一人は間違いなく男なのだ。彼はランディだけのハーレム状態にはならないと暗に告げていたのだから。

 アルシェムはそんなランディを見て口角を上げながら告げた。

「一応言っとくけど……本人の合意なしにしようとしたら、もぐよ?」

「え、な、何をっすかね?」

「ナニを」

 ランディはその言葉だけで意味を理解してしまった。場をほぐすための発言が何だか物騒なことになってしまったことにも気づいた。これはマズイ。主に年上(恐らく)としての威厳が。

 ランディは冗談で声を震わせながら答える。

「も、ももも勿論しないっすよ……」

「ま、冗談はここまでにして。職務内容を何となく鑑みるに、もう一人君がパワーファイターのド近接じゃないときつそうだよねー」

「へえ? お前はパワーファイターじゃないんだな、そうすると」

 ランディは少々意外に思っていた。エリィという女性は恐らく導力銃をたしなむ程度の腕だろうし、ティオという少女は棒術かそれとも別の特殊な武器を扱うのだろうと思われる。だがアルシェムからは何も読み取れなかったのだ。近接なのか、遠隔なのか。ただのアーツ使いだというのだけは有り得ないということだけは分かる。アーツを使うだけにしては筋肉がつきすぎているように見えるからだ。

 ランディの言葉に対してアルシェムが返す。

「ま、もう一人君の得物次第かな。でもド近接は疲れるから嫌なんだよねー……」

 アルシェムからしてみれば疲れる程度である。ド近接で戦うということは得物はあまり使い慣れていない――と言っても一般的な遊撃士よりもできる――剣になるからだ。もしくは拳でも可だが、一応アルシェムも恐らく女子であるので魔獣に素手で触るのは避けたいのである。

 彼女の返答を聞いたランディは遠い目をした。疲れて嫌なだけで出来るかと問われれば出来ると答えるのだろうと推測出来たからだ。確かにランディの得物はスタンハルバードで、どちらかと言われると中距離の武器である。布で覆ったまま持ってきてはいるのだが、それが何なのかアルシェムは理解しているようだ。女性陣が後衛ということは、もう一人の男が前衛でない限り少し厳しいのには変わりない。そこにアルシェムが申し出たもう一人の得物次第という言葉はある意味有り難い言葉であった――主に、ランディの精神衛生上の問題で。

いかに《闘神の息子》といえども、流石に四人もの人間を守りながら戦うのはきついのである。ランディはそもそも誰かを守りながら戦うという戦い方をしてこなかったのだから。

妙な沈黙が流れ、それを断ち切るべくランディが口を開こうとした時だった。扉が開かれてセルゲイともう一人の男が現れたのは。

「待たせたな。コイツで最後だ」

 そう言ってセルゲイが押し出した男に、アルシェムはどこか既視感があった。見たことがある気がするのだ。それも、セルゲイの隣で。もしくは彼女が存在しない様々な景色で。

 その男は真面目な顔をして直立し、名と所属を告げた。

「本日付で特務支援課に配属になりましたロイド・バニングスです」

 色々と至らないところもあるでしょうが、と続けようとしたロイドをセルゲイが制止し、堅苦しくならないように言う。どうやら先に親睦を深めておいたのは間違いではなかったらしい。ここから仲良しこよしで頑張っていこうとでも言うのだろう。

 アルシェム達はそれぞれ名を名乗る。それぞれに複雑な思いを抱えながら。エリィは正式な捜査官がロイドだけであることに気付いていた。ティオは彼がガイの弟であることに気付いていた。ランディはロイドがひ弱そうに見えることに若干落胆していた。そして、アルシェムは――何故だかロイドに敵意を感じていた。理由は分からない。だが、何故か印象は最悪だったのである。

 その後、ロイドたちはセルゲイの指示に従ってジオフロントの入口までやってきていた。ここで初めて、支給された戦術オーブメント《ENIGMA》を通じて業務内容を説明されたのである。セルゲイの言から察するに、このジオフロントに潜って何かしら異変がないか探ることが推測出来たアルシェムは思わず心の中で遊撃士かよ、と突っ込んでいた。

 ロイドが通話を終えると、アルシェムは一同に向けて、というよりもロイドに向けて問うた。

「えーと、ロイドって呼んでいい? ロイドの得物は?」

 ロイドは前者の問いに肯定の意を返すと、腰に吊っていたトンファーを外してアルシェムに見せた。アルシェムはそれを見て遠い目をした。つまり前衛になるのは必須だということだろう。導力銃を使って後衛をやるには後衛が多すぎる。そして、棒術具等で中衛になればロイドだけが前衛になって戦線を支えるのがおぼつかなくなる可能性がある。ランディを前衛に据えればいいかとも思うが、彼を中衛に据えるのは確定だからだ。スタンハルバードで近接をやるには取り回しにやや難があるからである。

 アルシェムは息を吐きながら告げる。

「おっけー……前衛かー」

「えっと……アルシェム、だったよな。何でそんなに落ち込んでるんだ……?」

 ロイドは困惑したようにアルシェムに問うた。アルシェムはその問いに全員の武器を見せることで答える。どう見ても前衛が足りないことを示したのだ。ロイドもアルシェムが前衛になることについては納得した。落ち込んでいる理由はあまり納得していないが。

 結局、アルシェムはジオフロント内部に入ってから得物を決めることにした。広さを見てからなら拳という選択肢も避けられると考えてのことである。そして、ジオフロント内に侵入したアルシェムが出した結論は――

「うん、剣でいーかな」

 だった。その結論に意外そうな顔をしたティオがアルシェムにこそこそと小声で導力銃か長物系でないのかと問う。アルシェムもティオに合わせて小声でどれでもそれなりにいけることを告げておいた。

 その様子を見ていたランディがティオに問うた。

「なあ、さっきから気になってたんだが……ティオすけとアルシェムちゃんは知り合いなのか?」

「えっと、はい。友達です」

 後恩人でもあります、と続けようとしたティオだったが、恩人のおの字を言う前にアルシェムに口をふさがれた。流石に今これ以上の情報を出さなくても良いとの判断を下したからだ。

 いぶかしげな顔をするランディにアルシェムは強引に話を変えるべくこう返す。

「ま、イロイロあったんだって。それとまどろっこしいからアルでいーよ。ちゃん付け慣れないから気持ち悪いってのもあるし」

「お、おう……」

 そこから俺も俺もと呼び捨てにして貰おうと便乗してきたロイドに年を問うたことでアルシェムとティオの関係については誤魔化せたようである。因みにこの中で一番年長なのは言わずもがなアルシェムであり、次が二十一のランディ、十八のロイドとエリィ、そして十四のティオと続く。一番年長であることはアルシェムは言わなかったが、多分十七歳くらいだろうと告げておいた。意識が覚醒してからその年月過ごしたという意味である。肉体の年齢を教えると色々と面倒なことになるため伏せておいた。

 そこからロイドたちはジオフロントの奥へと向けて進んでいく。ロイドとアルシェムが魔獣を食い止め、ランディがそれをすり抜けた魔獣を屠りつつエリィとティオがそれを支援する形である。一度だけティオもランディの手伝いで中衛まで出てくることもあったが、それは数に押されかけたからである。そうでなければランディが一掃していたはずだ。

 そうやって進んでいくうちに、アルシェムの耳はジオフロントの異常を捉えた。

「……ロイド、ここって侵入できるのは入り口だけだよね?」

「え、あ、えっと……構造を知ってるわけじゃないから断言はできないけど、マンホールから入ろうと思えば入れないことはないかな」

 ロイドがどういう意味かとそこから問おうとする前に、アルシェムはティオと目を合わせていた。ティオはその目配せの意味をくみ取ったのか聴覚に神経を傾けて音を聞く。そして――

「反響を計算するに、この先のようです。恐らくダクトのようなものの中かと」

「どういう意味かしら……?」

 ティオの答えを聞いたアルシェムは、エリィの疑問を聞き流して先行するとだけ宣言して走り去ってしまった。残されたロイドたちは口を大きく開けてそれを見送る。そんな中、ティオは真っ先に我に返ってロイドたちを急かして先へと進んだ。彼女の聴覚が正しければ、この先に少年がいるのである。それも、すすり泣いている子供だ。それを放置するわけにもいかず、ティオは口早に説明しつつロイドたちを先導したのである。

 そして、辿りついた先では――

「ふえええええええええん!」

「あー……やっぱ泣かせたかー……」

 大泣きする少年と、その少年をしっかりと捕まえつつうなだれているアルシェムがいた。どうやら侵入者はこの少年だったようである。ロイドたちが見えた少年はアルシェムを振りほどいて――実際には服が破けるのでアルシェムから手を放した――見た目的に一番包容力のあると思われるエリィに抱き着いて泣きじゃくった。

 それを見たティオは冷たい目でアルシェムを見ながら責める。

「何泣かせてるんですか、アル」

「昔から子供が全然懐かないんだってば……例外もいたけど」

 なら何で先行したんだという問いも発しかけたのだが、ティオはそこで自重しておいた。というのも、ロイドとエリィがその少年――アンリという名らしい――から聞きだしたことによると、もう一人リュウという名の少年がここに侵入しているらしいのだ。聞いてみてからティオがサーチしてみれば、この先に魔獣とは違う人間の熱分布を持つイキモノが存在するため、この奥に進んでしまっているのだろうことは容易に理解出来る。

 ロイドはアンリ少年を連れたままリュウ少年を探しに行くことに決めた。そして、アルシェムには出来るだけ前衛で頑張ってほしいと。どう見てもアルシェムがアンリに怖がられているからだ。近づけて逃げられでもすればアンリが危険になる。

 そして――ロイドたちは、アンリという同行者を加えてジオフロントの奥へと足を進めた。


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