雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧148話~151話までのリメイクです。

 では、どうぞ。


零編・序章~特務支援課、発足~
蠢く《雪弾》


 閃光の後、アルシェム達は《メルカバ》肆号機の中に戻ってきていた。といっても、既にエレボニア帝国に潜入しているメルはそこにはいなかったのだが。問題があるとすれば、あの《影の国》での出来事のせいで大幅に計画を修正しなければならないことくらいか。アルシェムが生き残ってしまっていることが露見してしまっている以上、それは致し方ないことである。しかも身バレまでしている。アルシェムは《影の王》を恨まずにはいられなかった。

 計画の修正が必要になっているアルシェムは待っていた。メルからの連絡を。メルに与えていた任務は、《守護騎士》第二位《匣使い》の補助。だが、それ以外にも任務を任せなければならない状況になりつつある。本当に個人的なことになってしまうが、それを任務だと偽っても問題ないだろう。《匣使い》の目さえ欺ければ、メルはどんな鬼札にもなり得るのだから。

そして、待ち望んでいた連絡が来た。特殊オーブメント《LAYLA》を通じてくる連絡は、メル以外に有り得ない。

『もしもし、メルです。今大丈夫ですか?』

「うん。問題ないよ……と言いたいとこだけど、一回戻ってきて。《匣使い》への言い訳は《LAYLA》のメンテだってことにして」

『分かりました』

 十分理由としては通るだろうその言い訳をメルに伝えると、通話は切れた。一応まだ普及していないとはいえ《守護騎士》に新たに配布されることになった《LAYLA》のメンテナンスはアルシェム以外には出来ない。アルシェムが作り、セーフティを掛けているからだ。それを解析しようものなら自爆するようになっている。それをトマスも知っているからこそメルを戻さないわけにはいかないのだ。

 通話が切れると、タイミングを見計らったようにモニターに映像が出た。《紅耀石》――アインからの連絡だ。《影の国》についての報告が求められるだろうことは容易に推測できる。

故に、アルシェムはアインに問うた。

「《影の国》についての報告は必要?」

『いや、大方はケビンから聞いてある。そっちの巻き込まれた人員は全て無事か?』

 アインはそう応え、問いを発した。どうやらケビンが気を回して全員の無事を確認して貰っていたらしい。本当に珍しいことであるが、ケビンも《影の国》にいたことによって変わったのだろう。

 アルシェムはアインの問いにこう答える。

「メルからも連絡があったけど、わたしとリオ、それにメルは確実に無事だよ。カリン姉たちはリベール経由で教えて貰って」

『ああ、そちらは既に確認してある。それともう一つ言っておくことがあってな』

「何?」

 カリン達の無事にひとまず安堵したアルシェムであったが、アインから何か言われることがあるということに微かに動揺した。今このタイミングで、となると見透かされている可能性もあるのだ。これから本気で私情で動こうとしているだけに、怖いものがあった。

 だが、アルシェムの心配は杞憂に終わる。アインはこう告げたのだ。

『《身喰らう蛇》関連で従騎士を補充するのは良いが、程々にな』

「えー……ルシオラは別に従騎士にしてないんだけど……」

『そうか? それなら良いが……枢機卿ドノ達に余計な隙を晒すなよ? ではな』

 そして通信が切れた。間違いなく言い逃げである。アルシェムは遠い目をしながら溜息をついた。これからまたクロスベルの下調べで入手したブツの解読に当たらなければならないのである。本来ならば既に解読が終わっている分だけで十分なのだが、目を通さないわけにはいかない。たとえそれで精神的にダメージを受けるのだとしても。

 アルシェムはリオに向けて指示を出した。

「さーて、メルが戻ってくるまでにブツの解読を終わらせて潜入用の服装でも見繕わないとね」

「それハードすぎる気がするんだけど……ま、いつものことか」

 嘆息しながら了承の意を示したリオは、アルシェムと共にブツ――中世の書物の解読を始めた。

 

 ❖

 

 入学試験を終えたメルは、アルシェムに連絡を取った後に列車に飛び乗っていた。無論恰好はシスター服でもなく、ラベンダー色のセーターに白いロングスカートをはいたラフな格好である。乗る前に買っていたココアで暖を取りながら、メルは帝国に思いをはせていた。

 メル・コルティアという人物にとって、エレボニア帝国は憎むべき敵である。かつて帝国の片隅にある離島に囚われたことのあるメルにとって、そこから少しでも早く解放されるのを阻害した帝国貴族たちは敵なのだ。とある場所――《楽園》が崩壊した後も、彼らは脅迫され続けて資金を供出し続け、口をつぐんだままだったのだから。脅迫されていたからといって彼らを赦す気にはなれない。

 そして、積極的に《楽園》と《D∴G教団》を支援していたあの男は、明白にメルにとっては敵だったのだ。故にメルは帝国に行けることになった時に内心では歓喜していた。やっとあの男を殺せるのだと。たとえ上司の手伝いでだっていい。間違ったふりをしてあの男を殺したところで、誰が咎めようか。

 本来ならば、恨むべきはアルテリアなのだろう。本来ならば存在しなかったはずの『メル・コルティア』という存在を生み出し、地獄に叩き込んだのは彼らなのだから。だが、彼らを狩るのはたやすいのだ。帝国にいる人物たちとは違って、彼らにはいくらでも汚職の証拠を突きつけられる。それほどまでに、アルテリアの枢機卿や聖職者たちは腐敗しきっていた。

 彼らを殺せば、あるいは救われるのだろうか。

「……ないですね」

 冷静にメルはそう零した。有り得ないのだ。人を殺して救われることなどあるはずがない。復讐をして、誰かが喜ぶわけでもない。だが、やらずにはいられないのだ。自分が手に掛けた子供達のためにも。利害関係が一致するから一緒にいる哀れな主のためにも。仇の娘たる友人のためにも。メルは、復讐を遂げなくてはならない。それだけがメルの存在意義である。

 メルという復讐鬼を乗せた列車はクロスベルに滑り込んでいく。だが、改札を出たメルの姿を見た者は、誰一人として存在しなかった。

 

 ❖

 

 《メルカバ》内で資料を読み解いていたアルシェム達は、何者かが近づいてくるのを感じた。この《メルカバ》が停泊しているのはノックス大森林の奥。警備隊も訓練で使わないような場所である。警戒レベルを上げて外部モニターでその人物を確認して――アルシェム達は警戒を解いた。そこにいたのはメルだったからである。

 《メルカバ》に入り込んだメルは、アルシェムを見るなりこう告げた。

「ただいま帰着しました」

「はいよーお帰り。言い訳のために《LAYLA》点検しとくから、ちょっとだけ待ってね」

 アルシェムはそう返してメルから《LAYLA》を預かると、一度分解してから組みなおした。それだけで恐らく問題ないだろうと思ってのことである。それから、アルシェムは紅茶を準備してメルとリオに振る舞った。長い話になるだろうと思われたからだ。

 そして、彼女はメル達にこれからの指針を告げた。

「――というわけなんだけど、協力して?」

 その指針を聞いたリオは難しい顔をして考え込んだ。アルシェムのやりたいことは分かる。それに、いずれ言われるだろう任務にも重なるはずなのだ。最近のエレボニアは力を付けすぎているのだから。それに、《身喰らう蛇》に関しても同じことが言える。だが、それはアルシェムの意志であって上からの指示ではないのだ。たとえそれがあの男の抹殺であったとしても。

 それとは対照的に、メルは妖艶に嗤って頷いた。

「勿論です、アルシェム」

「ありがと。受けてくれるんだったらイイこと教えとくね」

 そしてメルに耳打ちされる内容。それに、メルはとろけるような笑みを浮かべた。アルシェムが告げた言葉はまさにメルの求めるモノだったからだ。メルは条件すら付けずにその指針に協力することにした。

 一方、リオはというと――

「それは、将来必要になると思ってやるんだよね?」

「勿論。あの男をどうにかするには、イロイロ揺り動かさないといけないし、それに――」

 アルシェムはリオの耳に魔法の呪文を呟いた。それは、リオの心に沁みいって毒のように体中を巡った。アルシェムはリオの闘志に火をつけることに成功したのだ。といっても、間違いなく乗ってくるだろうと分かっていて言っているのだが。

「――分かった。存分に使って?」

 その言葉を受けたアルシェムは、極悪な笑みを浮かべて宣言する。

 

「じゃあ――始めよう。ここから、わたしたちの復讐を」

 

 ❖

 

 数日後、クロスベル市街にて。いつもの街並みに、異物が二つほど紛れ込んでいた。一人目は黒髪の女性。長い髪をひるがえし、肩口の大きく開いたセーターと太ももの中ほどよりも上部にまでしか届いていない短パンを穿いた女性が数多の男達の視線を釘付けにしながら颯爽と歩いて行く。無論、リオである。何人か彼女にナンパを仕掛けようとしていたが、リオはそれをあっさりと避けていた。

 そして、もう一人は言わずもがな、アルシェムである。彼女はクルーネックの黒いセーターとこれまた黒いジーパンをはいて東通りの露店を冷やかしていた。色々と物色はするものの買いはしない。アルシェムの場合、買わずとも作れるからだ。作れるのならば余計なミラを使う必要がない。

 彼女らの目的は、クロスベルという町にうまく溶け込む形で潜入することだ。アルシェムならばオーブメント工房で働いても問題ないし、リオならば遊撃士のような職業に就ければ御の字だ。無論、それ以外の選択肢があるのならばその方が良いに越したことはない。リオを遊撃士にするのは色々とリスクが高すぎるからだ。今回の任務は、遊撃士協会にも悟られるわけにはいかないのだから。逐一行動を監視できる遊撃士は全く以て好ましくない。

 もっとも、旧市街の不良達のようになるつもりは毛頭ない。というよりも、そこに紛れ込めば同類が存在してしまうのだ。同じ場所に星杯騎士を固めておくことほど愚かなことはない。身バレという意味でも、七耀教会にも悟られたくないという意味でも。これから彼女らが遂行する任務は、本当に個人的なことを多分に含んでいるのだから。

 そして――まずは、リオの方に動きがあった。

「なあなあ、ちょっとお茶しに行かない?」

「え、普通に嫌だけど……って、触んなヘンタイ!」

 言葉の途中でリオの腰に手を回してきた赤毛の男性は、思い切りリオに投げ飛ばされた。情けなく投げ飛ばされると思いきや、その男性はきちんと受け身を取ってすかさず起き上がる。そこそこ出来る人間のようだ、とリオは判断した。次いでその男の顔を見て――得心する。何故こんな場所にいるのかはおいおい調べるとしても、彼ならばこのタフさは理解出来る。

 男性は殊更痛がる振りをしてリオにちょっかいを掛ける。

「いてて、積極的だな……ちょっとふざけただけだろ?」

「ふーん? それ、警備隊の制服だと思うんだけど。今って絶賛勤務時間内じゃないかなーっておねーさん思うんだよね」

 リオは男性にそう返すと、ちらりと男性の背後を見た。そこに同じような制服を着た女性が立っていたからだ。心なしかじっと見つめられている気もしないではない。きっと気のせいだ。目をつけられていいことはあまりない。

 そう思うリオの感情とは裏腹に、女性は黙ってつかつかと男性の元へと歩み寄って――そして、その耳をつまみ上げた。アレは痛い。下手をすればもげる。だが、そのあたりの力加減は出来ているようで実際にそうなることはなかった。

「痛い痛い!」

「痛くしてるんだから当たり前でしょ! 全くもう……」

 そしてその女性――ミレイユという名らしい――は、男性に向かってくどくどと説教を始めた。漏れ聞こえる限りではランディという名らしいその男性は、ひたすらぺこぺこと謝っている。どうやらライフルの訓練から逃げ出したらしい。リオからしてみれば、とてもおかしな話だ。何せその男性は――《闘神の息子》ランドルフ・オルランドその人であるはずなのだから。

 ランドルフ・オルランド。彼は《赤い星座》の元頭領バルデル・オルランドの息子である。使う得物はブレードライフル。故に、ランディと名乗るその男性がライフルから逃げ出すことなど有り得ない。何らかのトラウマを負った可能性もあるが、そのあたりは調査するしかないだろう。まさかこんな場所にこんな大物がいるとは思いもしなかったので、リオは若干焦っていた。

 そんなこととはいざ知らず、ミレイユはリオに告げる。

「済みません、うちのランディが失礼しました」

「ああいや、別に気にしてないけど……投げちゃったし」

 取り敢えずとリオが答えた言葉は、ミレイユに衝撃を与えた。ハルバードの訓練では比類なき実力を見せつけるランディを、この女性は投げたと言ったのだろうか。ミレイユには無論できない芸当であるし、間違いなくどの警備隊員にも出来ない所業だ。

 これは有望な人材だ、とミレイユが判断したかどうかは定かではない。何故なら、ミレイユの隣にもう一人の女性が立ったからだ。見た目からして偉い人物だと分かる。リオは彼女がどういう人物なのかを知っていたために内心で頬をひきつらせた。クロスベル警備隊副司令のソーニャ・ベルツだ。何故こんな場所にいるのだろうか。

 ソーニャはリオに向けて告げた。

「確認しても良いかしら」

「え、あ、はい」

「この男を――ランディ・オルランドを投げたのね? 体術だけで」

 リオは何を当然のことを言っているのだろうと思いながら首肯した。リオにとっては普通のことであっても一般人には出来ない所業であることは既に彼女の頭からは抜け落ちているのである。迂闊というよりも、このあたりはアルシェムの指導不足であった。

 その後――しつこく警備隊への勧誘をされたリオは、後日返事をすると言ってその場を離れた。流石に警備隊ともなれば独断では決められないからだ。リオは屋台でジュースを買って呑みながらアルシェムと自然に合流できる時を待ったのであった。

 一方、アルシェムはというと――遊撃士時代の癖が抜けきっていないのか、ひったくりをとっ捕まえたり強盗を叩きのめしたりしていた。正直に言ってアルシェムの方も一般人に溶け込むというミッションは完全に失敗していると言えた。

 数件の事件解決に関わったことで、行く先々で出会った刑事レイモンドに連れられてアルシェムはクロスベル警察に足を踏み入れることになった。数件まとめての事情聴取である。ただし、本部内はかなり忙しいらしく手すきと思しき刑事がアルシェムの聴取を担当することになるらしい。

 聴取室で待っていたアルシェムは、担当だという刑事が現れたのを見て思わず遠い目になってしまった。流石にこんな場所での再会は予想外だったのである。目の前に現れた彼の名は――

「取り調べを担当するセルゲイ・ロゥだ。よろしく頼む」

「え、あ、はい、アルシェム・シエルです」

 あの時、《D∴G教団》に突入したオジサン刑事の名と同じだったのだから。一通り事情聴取を終えた後には既に夕方になっており、軽く食事でもしてから別れることになった。どうやら若く見られているらしく、連れて行かれた先のバーではまさかのお嬢ちゃん呼ばわりされてしまうアルシェム。

 流石に許容できなかったアルシェムは、セルゲイにこう告げた。

「お嬢ちゃんはないって……十七は多分越えてるんだし」

「多分って……いや、何でもない」

 多分という理由を聞きかけたセルゲイは、複雑な事情があるのだろうと思いながら質問をそこでとどめた。流石に会って数時間しか経っていない女に向けてその質問はどうかと思ったからだ。しかし、アルシェムは色々と偽装しつつ説明だけはしておいた。哀れんでもらって職でも斡旋して貰えれば御の字だと思ったからだ。

 アルシェムがした説明は、こうだ。物心ついた時には両親は既に亡く――そもそもいないので間違いではない――、各地を転々としながら育っていた。各国を回って住む場所でも探そうと思っていたが、イロイロと水が合わない。故にクロスベルに来て落ち着ける場所があるかどうか見に来たのだと。ついでに職もないので職探しをして数年はいるつもりをしている、と。嘘しか言っていない気もするが、イロイロ明かせないことを省けばそうなるだけにたちが悪い。

 そして、思惑通りアルシェムはセルゲイから職を斡旋され――もっとも、斡旋された職は想定外だったが――、ようやく潜入の目途が立ったのであった。まさかの職業に苦笑いするしかないアルシェムだったが、リオから持ってこられた職業を聞いて思わず吹き出し、GOサインを出した。

 こうして――星杯騎士を含んだ二つのクロスベルの公的機関が、徐々にその動きを変えていくのであった。




 ちょうど空編が100話で終わったのでこっちも100話以内で終われればいいと思う今日この頃。

 では、また。

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