上条当麻に転生したんだけど、ヒーローになるのは難しい 作:ゆぅ駄狼
※注意
この作品の上条当麻は鈍上条さんではありません。
転生上条さんである以上、原作とは内容が変わってくる事も多いです。
それでも大丈夫という方は宜しくお願いします。
今日の学園都市の夜空は雲一つ無く、満月の光が街中を照らしている。
美しいと賞賛出来る程の、満月が照らす学園都市の中には沢山の学生達が能力開発の為に日々精進している。
いとも簡単にスプーンを曲げてしまう、若しくはそれ以上の能力を持つ人間がいる。そんな人間をレベル1から5で表すとしよう。逆に、何の能力も持っていない、スプーン曲げすら出来ない人間を
今日はこれだけ雰囲気作りにはベストな夜だから、今晩は様々な能力者や無能力者達が二人一組のカップルで夜道を歩いているのだろう。
超ド本気の全力疾走で走り回ってる奴なんていない筈だ。いない筈なんだ…………
「これが不幸かぁぁぁぁぁぁああああああっっっっ!!!!!」
「待てゴラァ!」
「ぶっ殺してやるから止まれや!!!」
少年──上条当麻は変態じみた声で叫びながら全力疾走で走っている。背後には八人の不良達が殺意を交えた荒い声を上条に向かって吐きながら追いかけていた。
………突然のカミングアウトなのですが私、上条当麻は本物の上条当麻じゃございません。何を言ってるんだって?さぁ?私めにもさっぱり分かりません。
理解不能な事なのだが、上条当麻は全くの別人である上条当麻なのだ。どういう事なのか、と思ってしまうかもしれないがそうとしか言いようがない。
気付いたら、表紙からして明らかに地雷と分かる漫画を読んでいて、此処が何処なのかと辺りを彷徨いていたら店の窓ガラスに自分の顔が映り出してビックリ仰天、上条当麻さんが目の前にいるじゃないですか。
当然の如く、二度見してしまった。
何故、自分の姿が鈍感主人公、カミジョー属性で有名な上条当麻になっているのか、考えてみてもすぐには分かる事はない。
ただ、どうだ。記憶がハッキリとしないのだ。自分が本物の上条当麻で無い事は確かで、証拠もある。でも、記憶が無い。自分が上条当麻になってしまう前の記憶が無い。
でもだ、でも………自分が上条当麻では無い証拠、それはこの先の未来が分かる事だ。十万三千冊の魔道書とは言わないが、ほぼ覚えちゃいない原作たったの七巻が俺の頭の中には叩き込まれている。
この後に出て来るインデックスさんに背筋が凍る量の魔道書を頭の中にぶっ込まれていようが関係無い。俺には七冊の予言の書と最強の右拳がある。
………話を戻そう。──あくまで俺の予想だが、何らかの理由があって上条当麻に憑依転生した。
はい、終わり。……取り敢えず、今は現状を何とかしなくてはいけない。
「待てっつってんだろうが!」
「この足を止めたらどうなるんでしょうかーーー!?」
「んなもんてめぇをぶっ殺すだけだコラァ!!!」
足を止める訳にはいかず、尚も走り続ける。走っている途中に薄汚いポリバケツを蹴り飛ばして、ポリバケツの近くにいた黒猫は驚いて逃げ去ってしまう。
ある程度距離を取った時に、一度は立ち向かってみようかなんて思ってもみたが振り返った瞬間にその気は失せた。格ゲーじゃあるまいし、どう足掻いても不良道場八人抜きだなんて自分には出来る気がしない。
「あぁ、クッソ!甘い物を食べたいと思って店でイチゴとチョコのらぶらぶパフェを頼んだってのに、結局食えないまま出る事になるし、店の人には食い逃げ扱いされるわで相当な不幸体質過ぎるだろ上条さん!」
走りに走って、完全に不良達を振り切った上条はそう言って溜息を吐く。
少し調子に乗っていたのかもしれない。偶然入ったファミレスに、偶然見た事のある女の子が居て、かっこよく助けようだなんて思ったからこんな悲劇を招いてしまったのだろう。
思い出せば分かる事だった。これが"彼女"と知り合うきっかけになるのだから。
「はぁ………もういませんように、と───げっ………」
上条が隠れている路地裏から顔をひょこっと出して見ると、不良達が八人から増え、十数人の不良達が上条を見てニヤッと気色悪い笑みを浮かべた。
これも、上条さんの体質──『不幸』なのだろうか。最早、自分が何かを考えるだけで不幸へと導かれてしまうのかと上条は思う。
再び、地面を蹴る。
「不幸だぁぁぁああああああ!!!!」
本日二度目の大声、『不幸』が街中に響き渡る。声を聞いた不良達は、それがまるでリレー開始の合図かのように走り出す。
ハッキリ言って、走りに関しては上条は負ける気がしなかった。
転生前がどうあれ、今の身体能力は上条当麻だからだ。原作知識がうろ覚えと言っても、主人公の身体能力や右手の能力は完全に把握しているつもりだった。
実際にこうやって逃げ回っているのだが、未だに疲れの限界が来ない。多少は疲れているけども、息切れする程の疲れでは無い。流石は上条当麻と言うべきか、不幸のおかげと言うべきか。普段、面倒な事に巻き込まれるのが多く、走り回るのも多かったからこそのスタミナだ。
変な話だが、今回ばかりは不幸に対して感謝をしていた。
「ははは……どうだこの野郎!とっとと捕まえてみやがれってんだ!」
「いつまでも逃げてんじゃねぇぞクソガキが!玉無しかオイ!?」
上条は余裕の表情を浮かべながら不良達を煽った。
追い掛けっこは続いているが、終わるのも時間の問題だろう。どれだけ追い回そうが不良達にも体力があり、いつかは疲れてしまう。そうなると当然、不良達は追ってこなくなる。
思った通り更に二キロ程、普段流す筈では無い異常な量の汗と、辛くなってきたという涙で走り続けた結果──勝利した。
振り返ってみるが、誰も上条を追い掛けようとする者はいない。ただ只管、暗い一本道の途中に灯りと電柱が見えるだけだった。
既に学園都市の都市部分を離れて大きな川に出ていて、川には大きな鉄橋が架けられている。そして、鉄橋を渡っている途中で上条は足を止めていた。
辺りを見渡して上条は確信する。
「迷子になった」
顔を伝って零れ落ちていく汗を拭いながら上条は呟いた。
不気味な雰囲気を漂わせる暗闇の中、上条は深呼吸をしてから来た道を戻ろうと足を動かす。───若干早歩きになっているのは気のせいだろう。
上条が鉄橋を走り戻っていた時だった。
「ったく、何やってんのよアンタ。不良を守って善人気取りか、熱血教師ですかぁ?」
常盤台のお嬢様、学園都市第三位、灰色のスカートに半袖のブラウス、実はスカートの中に短パンを穿いているというパンチラ童貞初見殺しの魅力を持ち合わせた美少女中学生。
言わずとも、ファミレスで上条が助けようとした女の子である。
「不良を守る………俺がか?どう考えても、俺が助けようとしたのはお前だろ」
上条の言葉に、少女はピクッと眉を動かす。
少女は不快に思ったのだ。学園都市第三位である自分が、無能力者である上条に助けられたという事が。それも、不良相手にだ。
第三位である少女が不良と対峙して負ける筈が無い。寧ろ、負けてはならない。何十人何千人と不良達が襲い掛かっても彼女を倒す事は不可能だ。そんな相手だと言うのに、気に食わない男に自分は助けられ、心配された。
少女にとって、その事実がどうしても頭に来る。
「アンタねぇ………私を馬鹿にしてんの!?」
「のわぁっ!?」
ダンッと少女は地面を思い切り踏み付けると青白い電撃が地面から放出され、閃光が流れるように電撃は鉄橋を渡って行った。
微量ではあるが、上条の右手以外に電流が流れ、チクっと棘が刺さる感じに似た痛みが襲う。
「な、ちょ、ちょっと痛いんですけど!?」
「ふん、いい気味じゃない。なんならもっと痛い目に合わせてあげてもいいんだけど?」
「冗談じゃねぇよ!これより強い電気なんか欲しいわけあるか!」
「あ、今のならいいんだ」
「欲しくねぇ!」
何故そこまでして、目の前の少女が自分に対して電撃を浴びさせたがるのか理解不能だった。
今の所は原作通りに進んでいると上条は思っているのだが、違う。
「俺はただ単にお前を助けようと思っただけなんだけど!?」
「………ほんっと、アンタ。私の事を馬鹿にしてんの?」
「はぁ?意味が分かんねーよ」
はぁ、と少女は溜息を吐く。
「あの程度の相手を私が対処出来ないとでも思ってるわけ?」
「思っちゃいないけど、不良に囲まれてる女の子助けるのは当然だろ」
「それは良い心がけだこと。でも生憎、私にはそんな気遣い必要ないから」
「は、はぁ……そうですか………」
思ってみたら、目の前でパチパチと火花を散らしている少女とは戦わないといけない。そう思うと何を言っても無駄な気がしてならない。
結局、電気出すのを止めてくださいと言っても止めてはもらえないのだろう。逃れられない原作の運命なのだ。
「まぁ、何て言うか……悪かったよ。もう暗いし、俺は帰る。じゃあな。気を付けて帰るんだぞ」
「………………………………………………………何を」
突然、少女に纏わりついていた火花が大きく音を立て始める。
一か八か、安全策をとってみたものの、これは駄目みたいだ。──正直言って、戦いたくない。あんな、十万ボルトを容易く出せそうな女の子と戦って勝てる気がしない。原作上条さんならばお茶の子さいさいなのだろうが、今は喧嘩すら微妙な転生ポンコツ上条さんだって言うのに無謀過ぎる。
「逃げようとしてんのよ!!!」
で、ですよねー!
少女が手を上条に向かって振ると電撃の槍、『電槍』が上条へと向かっていった。
等の上条本人はテンパって、ヘッドスライディングで一発目を避けるが、続いて二発、三発と襲い掛かり、更には複数同時に電槍が上条に襲い掛かる。
右手を使えば勝ちも同然だと言うのに、上条は一切使わずに見ている方が恥ずかしいと言える位に間抜けな避け方で全弾を回避した。
「アンタねぇ………どういうつもり?」
「どういうつもりとは俺の台詞だ………殺す気かよ………」
「はぁ?アンタは私の電撃を食らっても死にはしないでしょ」
「死ぬわ!」
「どうでもいいわよ……それより、何で能力を使わないのよ」
「能力って言ったってよ………これって半端じゃない程、メンタル削がれるからな………」
主に、攻撃を受け止めるという勇気を出す為に。
「…………なら無理矢理にでも能力を使わせてやるわよ」
少女はポケットの中に手を突っ込み、ゲームセンターでよく見かけるコインを一枚握って再び出てくる。
上条は嫌な予感がしてならない。まるで、嬉しいような嬉しくないような出来事が起きる予感がしてだ。何故だか、これから名場面を生で目に焼き付ける気がする。
「ねぇ、
あぁ、そう来ましたかと、上条はゴクリと唾を飲む。
「理屈はリニアモーターと一緒でね────」
少女は他にも何か言っていたが、上条に届く事は無かった。頭の中では、如何に安全に、確実に受け止めるかをイメージしているからである。何回もイメージしてみるが導き出される答えはただ一つ。
───上条当麻死す───
重要キャラ死亡のお話にピッタリのタイトルが頭の中に浮かんで来てしまった。
ピンと少女の指から真上へと放り出されたコインは回転を続けながら降下していく。やがて、少女の胸元辺りに降下した時、少女は親指でコインを弾いた。
「こういうのを言うらしいのよね」
突如、コインが加速したと思えば、音も無く上条の真横を電撃の槍が通り過ぎて行った。最初に撃ってきた電撃の槍とは桁違いの速さで通り過ぎて行った電撃の方を見ると────
………何ということでしょう。アスファルトが抉られたように一本道を描いているじゃないですかー……
少し遅れて轟音が響き渡り、鼓膜が破れそうな振動に上条は一瞬よろめいた。
範囲が約三0メートルにも及ぶ
出来事の終始を見て、上条は絶句していた。
「コインでも、音速の三倍で飛ばせばそれなりに威力が出るみたいなのよね。もっとも、空気摩擦の所為で50メートルも飛んだら溶けるんだけど」
少女は笑顔を上条に向けるが、上条には悪魔の微笑みにしか見えない。
「ははは……凄いなお前………」
上条は腹を括ることにした。此処までされて、尻尾巻いて逃げるのは男ではないと、原作の上条当麻が叫んでる気がするのだ。
逃げるな。
逃げるな。
戦え。
戦え。
本物の上条当麻が言っている気がするのだ。
「なら、俺も本気で行かせてもらうからな」
上条はそう言い、休日も着ることがやぶさかではない制服のズボンのポケットに手を突っ込み、パフェの為に用意していた小銭を手に握り締める。
「偶然だな……俺も同じ事言おうとしてたんだ」
そして、小銭を握り締めている手をさっきの少女の真似をするように手前に出す。
「れ、
「な………アンタも同じ系統の能力者……!?」
少女は上条が自分の技である
上条が自分の電撃を全て吸収できるのは、学園都市の
少女が言った通り、上条が同じ系統の電撃使いだとするなら、少女の電撃を吸収するのは不可能では無い。……だが、高レベルな電撃使いでなければレベル5の電撃を吸収するのはかなりキツイ。
覚えといて貰いたい。上条当麻は上条当麻では無く、転生特典で
一切、ありえません。
「おぅらくらぇぇぇぇえええ!!!」
握り締めていた小銭を少女に向かって投げる。……全く、なけなしの金が勿体無い。
プロ野球のピッチャーを出来るだけ再現し、綺麗なフォームから放たれた小銭は少女に直撃する瞬間、バチバチと少女に渦巻く火花が小銭を弾き飛ばした。
「………お前も
「……………………」
「あー、いやー……そのー……きっとあれだ。ゲーセンのコインじゃないから撃てなかったんだ。そうに違いない。」
上条は焦りの所為で冷や汗がダラダラと流れ出した。
元々、小銭を少女に向かって投げる行為には意味があった。転生上条は意味の無い事は
850円といった百円玉八枚と十円玉五枚を勢い良く投げ付ける事によって、威力は全く無いが、擬似的なショットガンを放つ。そして、相手が怯えてる間に逃げ出す目眩し作戦。
我ながら完璧な作戦だと思っていた。
しかし、どうだ。
相手は怯えるどころか、真顔で投げ付けた小銭の全てを弾いてしまったというイレギュラーな事態が発生。電撃で弾けるなんて聞いてなかったです、はい。
きゃっ、とか、やるわね……とか言って欲しかった。
「へぇ……今のがアンタの能力ねぇ……まぁ、少しでも信じちゃった私も悪いけどさ……」
「………本当にごめんなさい」
「ごめんで済んだら────警察は要らないのよ!!!」
雲一つ無い、晴れだと言うのに頭上が一瞬光り、轟音と共に雷が上条へと落ちた。
……反射神経に助けられたと心から思う。
反射的に右手を自分の前に翳していなければ、確実に人の丸焼き状態と成り果てた上条がそこに居ただろう。
右手に宿る
そして、上条は思う。
怖かった、と。