この素晴らしい世界にフォースの導きを!   作:つむじヶ丘

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キャベツとの戦いです。


第八話 忘却少女にキャベツの味を!

 

「キャベツ狩りだあああああああ!!!!」

 

「ヒャッハーァァァァ!!!」

 

 冒険者達が雄叫びを挙げながら剣や槍、杖や弓を手に、宙を舞うキャベツを追い掛け回している。アクセルの街の空を覆い尽くす、羽の生えたキャベツの群れ。何とも非現実的な光景だが、ここは異世界。常識など通用しない。

 

『遠慮せずどんどん捕まえてくださいねー!』

 

 ギルド職員のお姉さんが拡声器のようなものを使い、冒険者に呼びかけている。

 そんな中、私はキャベツの群れから逃げ回っていた。

 

「フーコ、逃げているだけではキャベツは捕まえられませんよ」

 

 めぐみんが私のすぐ後ろでキャベツを叩き落として網に入れながら言う。杖を器用に使ってキャベツを叩く動きは熟練者そのものだ。

 

「そんな事言われても! こんなに数が多いなんて……!」

 

 キャベツは羽を羽ばたかせながら、突進を繰り返している。

 想像以上にスピードが速く、おまけに数が多いので、感知スキルを使っても避けるだけで精一杯だ。

 

「というかなんで私ばっかり……!」

 

 そして不思議な事に、何故か私ばかりがキャベツに突進されているような気がする。いや、絶対されてる。

 

「弱そうな相手だと思われているのですよ。フーコは小柄な少女ですから、キャベツ達も舐めてかかっているのですよ。おっと危ない」

 

「そんな理由で!?」

 

 確かにそうかもしれないけど、キャベツにまでそう思われるのはショックだ。

 なんとかしたいけど、セーバーを使うことは出来れば避けたい。なぜなら……。

 

『皆さーん! これもう何回言ったかわかりませんけど、無傷が高値の条件でもありますからねー!』

 

「フーコ! 無傷よ無傷! 一万よ! 一玉で一万エリスなんだからね!? 剣を使っちゃ駄目よ!」

 

 ギルド職員さんの言葉と、アクア様の言葉によってライトセーバーを使う事が躊躇われるからだ。他の武器とは違って、セーバーは峰も刃こぼれもないプラズマの刃。加減することができない武器だ。熟練者なら出来るかもしれないが、技術もない私には無理だ。

 

 なので捕まえるにせよ、素手で何とかしなければならない。ちなみに、アクア様は建物の陰からこちらの様子を伺っている。

 

「あの! さっきからアクア様はそこで何をしてるんですか? うわっ」

 

 キャベツが顔を掠める。ヒヤリとした。

 

「何って私はアークプリーストよ。前に出て戦うなんて出来るわけないじゃない」

 

 振り向くと得意げな顔をするアクア様。確かステータスはパーティーメンバーの誰よりも高いはずでは……。ああ、でもどちらかと言うと後衛向きだって言ってたような気もするし……。

 

「見てないで働け駄女神」

 

「痛っ!!?」

 

 カズマさんがアクア様の背後からショートソードの柄で頭を小突いた。

 アクア様は蹲って涙目になる。ってカズマさん、いつの間にあんな所に。しかも、その手に持った網の中にはキャベツが何玉も詰められていた。

 

「フーコ、ふざけたキャベツは叩き斬っていいぞ。と言いたいとこだが、フォースで何とか出来ないか? 正直、一玉一万エリスはかなりでかい」

 

 そうだ!私にはさっき習得したフォースがあるじゃないか。

 空飛ぶキャベツの逸脱したインパクトで、すっかり忘れていた。

 

「おいフーコ。もしかして忘れてたんじゃ」

 

「や、やってみます!」

 

 さらに考えてみると、これは新しいスキルを試す良い機会だ。

 フォース・プッシュとフォース・プル。特にプルを使って上手く手元に引き寄せれば、キャベツを無傷のまま捕獲出来るかもしれない。

 

 私は右手を伸ばして、比較的動きが遅いキャベツに狙いを定め、フォース・プルを……。

 

「……あれ?」

 

 何も起きない。おかしいな……。

 私はもう一度右手を伸ばすが、キャベツは悠々と飛んだままだ。

 

「どうした?」

 

「ち、ちょっと待ってください! 今やりますから!」

 

 やり方が悪いのかも。そうだ、まず深呼吸して―――咄嗟に跳んでキャベツを避ける。

 

 あらためて右手を伸ば――転がって避ける。

 

「おいフーコ?」

 

 起き上がって右手を伸ば……対象が他の冒険者に捕獲されてしまった。

 

「おい」

 

「すいません! これじゃ集中できません! 落ち着かないと無理です!!」

 

「ええー……」

 

 私が涙目で叫ぶと、カズマさんが呆れたような声を漏らす。

 だって、だって、集中しようとしたらキャベツが降ってくるし、スキル習得したのもついさっきだもの!

 

「いやでもな、そこは何とか……っと『スティール』!」

 

 カズマさんの右手が光ると、私の頭上のキャベツがカズマさんの手に現れる。

 どうやら、私を狙っていたキャベツをスティールしたようだ。

 

「よしわかったフーコ。お前は……」

 

 カズマさんが何か言いかけた時だった。

 

「そういうことならば、ここは私に任せては貰えないだろうか!」

 

「だ、ダクネスさん!」

 

 何処からか颯爽と現れたダクネスさんが、私の目の前で名乗りを上げた。

 

「あー……ダクネス?」

 

 何故か嫌そうな顔をするカズマさん。なんでだろう。

 

「みなまで言うな。わかっている。これが私の役目だと……! さぁフーコ、私が盾になるから、思う存分集中してくれ!」

 

「何言ってるんですか!」

 

 ダクネスさんの言葉に、私は耳を疑う。自分を盾にしろだなんて、どういうことなのか。

 

「私は防御特化なのでな。ちょっとやそっとではビクともしない。クルセイダーの防御力、とくとご覧あれだ」

 

 ダクネスさん……。私は剣を構えてこちらを振り替えるダクネスさんの姿を見て、泣きそうになる。日に照らされた金色の髪から覗く優しげな瞳は、安心感を与えてくれた。そんなダクネスさんからのせっかくの申し出、ここは受けない訳にはいかない。

 

「おーい……ダクネス?フーコ?」

 

「いきます!」

 

 キャベツに向かって右手を伸ばす。集中、集中。

 

「ふたりとも! 来ますよ!」

 

 めぐみんの声が聞こえる。でも集中。

 

「ぐあっ!」

 

 キャベツがダクネスさんに衝突し、跳ね返って何処かに飛んでいく。

 

「ダクネスさん!」

 

「くっ……! この程度……! さぁ私の事は気にせず続けてくれ。来いキャベツ!」

 

 私は頷くと、再び集中する。

 どういうわけか、待ってましたとばかりに次々と飛びかかるキャベツ。

 

「ぐぅ! あうっ!」

 

 集中。集中……!

 

「ううっ! んんっ! ぐぁぁ!」

 

 集中……。

 

「ぐふっ! はうっ! ひうっ!」

 

 しゅ……。

 

「ふああっ!!」

 

「すいません無理ですっ!!」

 

 集中するなんて無理だ。こんな苦しそうな声を聞きながらスキルを発動させるなんてできない。良心の呵責が凄まじい。ダクネスさんの想いを踏みにじるようで、申し訳ないけど……。

 

「ぐっは! せっかく良いとこ……じゃなくて耐えた所なのに……! 少女の心が折れてしまうとは……あっでもこれはこれで……」

 

 おまけに頭でも打ってしまったのか、何かよくわからない事を呟いている。

 私は涙目になりながらカズマさんとアクア様を振り返る。

 

「アクア様の回復魔法を!」

 

「あー。フーコ、安心しろ。ダクネスは大丈夫だから」

 

「ああ、私なら平気だから心配するな。はぁはぁ」

 

「で、でも……はぁはぁ言って……」

 

「よし、わかったフーコ。黙って俺に付いてきて来てくれ。めぐみん! ここのキャベツと、ついでにダクネスは任せた!」

 

「任されました!」

 

 めぐみんがキャベツを叩き落としながら、私を見て頷いた。

 私はそんなめぐみんと、地面に蹲って息を荒くするダクネスさんに心の中で謝りつつ、涙目のアクア様を引き摺るカズマさんを追った。

 

 

 

 

「よし、ここなら誰にも邪魔される事なく集中出来るだろ」

 

 私はカズマさんに連れられて高い建物の屋上に来ていた。

 貯水槽のようなものを背に、私は街を眺める。

なるほど、ここなら街をある程度は見渡せて、キャベツの群れの位置もわかりやすい。

 

「凄い……。こんな場所、どうやって見つけたんですか?」

 

「潜伏スキルを使って気配消しながら動いてる時に、偶然な」

 

 潜伏スキル。スティールの他にも習得してたんだ……。

 いつの間にかアクア様の背後に回ってたのがそれなのかな?

 

「とりあえず、こんな感じかなっと。スティール!!」

 

 カズマさんが右手を突き出すと、少し下の方を飛んでいたキャベツがカズマさんにキャッチされる。そのまま網の中に放り込みながら、カズマさんは言う。

 

「俺の場合は気配遮断で背後に回って敵感知で補足して、スティールで捕まえるって感じだ。まぁここは背後に回る必要がない穴場みたいなもんだけどな」

 

「ねぇちょっとカズマ、何で私まで連れて来たのよ。必要ないでしょ?」

 

 すると、今まで後ろで膝を抱えて座っていたアクア様が憮然とした様子で立ち上がると、カズマさんに尋ねる。

 

「そりゃお前、万が一って事もあるからな」

 

「はぁ? どういう意味よそれ」

 

「いいから黙って見てろって。フーコ、いつでもいいぞ」

 

「はいっ」

 

 感知スキルを発動して、右手を伸ばし、一点に狙いを定める。

 

「……っ!」

 

 だがキャベツは引き寄せられる様子もなく、ゆっくりと飛んでいる。……駄目だ。

 

「なんで……」

 

「一回は出来たんだから自信持ってだな……いや、あの時はマジで悪かった、うん」

 

 うぅ……思い出さないようにしてたのに。でも、あの時、確かに私は引き寄せた。

 発動させた自覚はなかったが、一回は出来たのだ。スキルは発動していたはずだ。なのに、なんで出来ないんだろう……。

 

「一度はできたという事実があるんだ。それを思い出して、まぁこの際ぱん……アレの部分は置いといてだ。あの時なにを感じたのか、なにを思ったのかを思い出せばいいんじゃないか?」

 

 思い出すのは、羞恥心……の他に、返して欲しいという気持ち。

 届かないのは分かっていたけど、咄嗟に掴もうと動いた手。

 

「掴んで引き寄せる様子をイメージしてみたりな」

 

 イメージ……。頭で思い描く。掴む。

 

「こほんっ……いいか? 出来たという事実を信じろ。自分を信じてフォースを信じろ。フォースに身を委ねるんだ」

 

「自分とフォースを信じる……」

 

 手を伸ばす。目を閉じる。感知のスキルを発動する。

 

 ――――感覚が、いつもと違う。

 

 感覚がどこか、鋭敏になったような……。それに、寒さではなく、温かさを感じる。この仄かな温かさは……、後ろにいる二人から伝わってくる。

 ああ、そうか……ギルドでめぐみんと話している時に、カズマさんだと分かった理由はこれだ。この温かさを感じたからだ。

 

 スキルを発動していないのにそれを感知したのは、スキルのレベルが上がったからだろうか。詳細は冒険者カードを見ない事には分からないけど、感覚的には上がっているような気がする。

 

 カズマさんの隣には、水のような静かな流れ……これがアクア様だろうか。

 まるで、包み込まれるような感覚……気持ちが落ち着く。

 

「ねぇカズマ、あの子固まったわよ」

 

「おい静かにしろ」

 

 前方に何かが飛んでいる。丸い何かが。その丸い物を包んでいるもの、その流れ……。それを掴んで引き寄せる。ただ引き寄せる事に集中する。

 

 できる……、できる……、掴める。

 

「あっ!」

 

 ぐっと引っ張るような感覚に目を開けると、一玉のキャベツが横滑りしながらこちらに飛んで来ていた。やった!できた……!

 

「おおマジかよ! 試しにそれっぽいこと言ったら本当に……っヤバイ伏せろ!!」

 

 カズマさんの声で咄嗟に身を屈める。あれ?今それっぽいって……。

 

 ――ズガンッ!

 

 キャベツが頭の上を通過し、立ち上がっていたアクア様を掠めて貯水槽に激突した。

 

「あわわわ……」

 

 アクア様がぺたんと座り込んで、震え出す。ああ、しまった……。

 

「すいませんアクア様!大丈夫ですか?」

 

 アクア様は涙目になりながら首を振った後にコクコクと頷く。どっちだろう。

 カズマさんは立ち上がると、砕け散ったキャベツを見下ろして、溜め息を吐いた。

 

「まぁ、こうなる予感はしてたというか、何かしらのオチがあるとは思ってたからな……その為にアクアを連れてきた」

 

「私を盾にするために!?」

 

「違えよ! もし怪我してもお前なら一瞬で治せるだろ?」

 

 お、オチ……でも否定出来ないのが悲しい……。万が一のアクア様は治療の為だったんだ。

 

「そ、それはそうだけど……でもでも!」

 

「え? 出来ないのか? 女神にしてアークプリーストでもあるアクア様が?」

 

「は、はぁ!? やってやるわよ! このアクア様が付いてるんだから、思う存分やればいいじゃない!」

 

「………ちょろい」

 

 カズマさんが呟くのが聞こえたが、何も聞かなかったことにしてもう一度キャベツに手を伸ばす。

 

 さっきの感覚通り。落ち着いて……。

 

 ――ズガンッ!

 

「……コントロールについては使っていけばどうにかなるだろ。たぶん」

 

「また掠った! かすったんだけど! ねぇ!?」

 

 うん、がんばろう……出来たんだから。

 私はキャベツが舞う空を、喜びと不安で複雑な気持ちになりながら、仰いだ。

 

 

 

 

 キャベツ襲来から三時間程が経った。

 時刻を告げる鐘の音を聞きながら、カズマさんと私とアクア様はキャベツを詰め込んで膨らんだ網を抱えながらギルドを目指していた。冒険者の活躍により街の上空のキャベツもかなり少なくなり、今は数玉のキャベツが飛んでいるだけになった。

 

「結構捕まえたんじゃない?私達だけで50は行ってるかもね。50万エリス……くふふふ」

 

「どうだろうな。まぁでも、それくらいは行ってくれないと割りに合わん」

 

 アクア様が一番多く詰め込んだ網を難なく抱えながらクスクス笑うと、カズマさんが中くらいの網を持ち上げながら続いた。

 私は何玉か入った網をぶら下げながら二人の後ろを歩く。

 

「疲れました……」

 

「だろうな」

 

「でしょうね」

 

 私がぼやくと、ほぼ同時に応えが返ってきた。

 あの後、私達は街中を移動しながらキャベツを捕まえ続けていた。私がキャベツをフォースで引き寄せて、飛んできたキャベツにアクア様が網を被せ、こちらに気付いた他のキャベツが注目すると、気配を消したカズマさんがその背後からスティールを発動する……といった方法でキャベツを捕獲した。

 

 カズマさんはスキルを連発出来るのだが、私はそうもいかず、毎回集中しなければならないので精神的にかなり消耗していた。おかげでさっきからフラフラしている。

 

 だが、成果もあった。捕獲を続けるうちに、私のコントロールも徐々に良くなってきており、少なくとも 引き寄せたものが頭上を通りすぎることはなくなった。

 途中でアクア様に直撃させてしまい、泣かせてしまった事を除けばだが。

 

「でも、少しだけ楽しかったです」

 

 駆け回って何かを追いかけたのは、小さい頃以来の事なので、疲れたと同時に、新鮮で楽しくもあった。私がその事を思い出しながら言葉にすると、カズマさんとアクア様が振り向いた。

 

 その時。

 

 

『緊急事態発生! 緊急自体発生! とても活きの良いキャベツの襲来を確認! とても活きの良いキャベツの襲来を確認! 冒険者は至急、街の門に集まってください! 繰り返します――』

 

 

 再び大音量の音声が街中に響き渡った。

 

「ま、またキャベツですか……?」

 

「おいちょっと待て。とても活きの良いキャベツってなんだよ」

 

「とても活きの良いキャベツ……ですって……!?」

 

 私とカズマさんが困惑する中、アクア様だけが愕然とした表情で立ち止まり、放送を聞いていた。

 

「知ってるのかアクア?」

 

「……ええ、とても活きの良いキャベツはね、十年に一度現れる幻のキャベツなの。色が良く、味も格別なんだけど……その名の通り、とても活きが良くてとても凶暴なのよ」

 

「「えー……」」

 

 凶暴って……それはもうキャベツなの?いやそもそもキャベツは飛ばないし、襲っても来ないけど。でも網の中には動くキャベツが。あれ?キャベツってなんだっけ?

 

 私がキャベツの定義に混乱していると、カズマさんがギルドとは逆方向に歩き出す。

 

「とりあえず門の外に出てみるか。めぐみん達も向かってるだろ」

 

 

 しばらく歩き、門の外へ出ると、既にたくさんの冒険者達が集まっていた。

 それぞれ戦果を自慢し合ったり、キャベツについて語り合ったりしている。

 その中に、めぐみんとダクネスさんの姿もあった。

 

「めぐみん! ダクネスさん!」

 

「フーコ! カズマ達も無事だったんですね」

 

「ちょうど無事かどうか話していたところだったぞ。ところでカズマ、放送は聞いたな?」

 

 ダクネスさんがカズマさんに訊く。

 

「ああ、とても活きの良いキャベツ? だったかが襲ってくるらしいな」

 

「そのようだ。だが私もまだ見たことがなくてな。どのような攻撃をしてくるのか今から楽しみだ!」

 

「お、おう……」

 

 何処か楽しそうなダクネスさんと目を逸らしているカズマさんを見ていると、めぐみんが話しかけてきた。

 

「フーコ、ちゃんとキャベツが採れたみたいですね」

 

 めぐみんが私の持つ網を指差す。

 

「うん。でも殆どはカズマさんとアクア様のお陰だけどね」

 

「では、スキルを使いこなせるようになった訳ではないのですか?」

 

「スキルはまだ……」

 

「あなた達、準備して。そろそろ来るわよ」

 

 アクア様が目の前に広がる平原を眺めながら言う。

 いつも賑やかなアクア様が真剣な表情をしているので、私も思わず平原の向こうを見つめた。

 

「剣を抜きなさい。流石に武器なしじゃどうしようもない相手よ」

 

 アクア様の言葉に従い、網を置いてセーバーを腰から抜くと、隣のめぐみんも杖を構えた。他の冒険者達も話すのをやめて各々の武器を構えている。

 いったい何が来るんだろう……。私は感知スキルを発動して、前方に意識を集中し、相手を探る。

 

「―――ッ!」

 

 なにこれ……。遠くにすごい量のキャベツの群れ?……いや、違う、これは……。

 

「おいアクア」

 

「カズマ。とても活きの良いキャベツが凶暴なのは、さっき言ったわよね?」

 

「あ、ああ」

 

「凶暴さはもちろんだけど、何より厄介なのは――」

 

これは……群れじゃない!相手は一体だ。

 

「――その大きさよ」

 

 冒険者達からどよめきが起こる。

 平原の向こうから現れたのはとてつもない大きさの岩。

 

 ……のようなキャベツだった。

 

 

 

 

「だからキャベツってなんなんだよ……」

 

 カズマさんの呟きが聞こえる。

 私もそう言いたい。ここからでも分かるその大きさ。その巨大な塊が地面を転がり、ジャイアント・トードを跳ね飛ばしながら真っ直ぐにこちらへ向かって来ている。

 

「あのキャベツはね、その大きさのあまり、飛べなくなってしまったのよ。それで転がりながら移動するんだけど、外側の葉の堅さに物をいわせて、人だろうが家だろうが、モンスターだろうが道行くもの全てを薙ぎ倒しながら進むの。それはもう、食えるもんなら食ってみろって感じにね」

 

 アクア様がどこからか杖を取り出し、薄い羽衣を纏いながら説明する。

 

「なんという大きさ……! なんという荒々しさ……! もし、あんなものに跳ねられたら私は……」

 

 ダクネスさんの声が震えている。クルセイダーのダクネスさんでも震えるほど……。でも、あれに跳ねられるのを想像すると、私も足が竦んでしまう。

 

「噂には聞いていましたが、まさかあんなに大きいとは……」

 

 めぐみんが呟くと、杖を高く掲げる。

 

「皆さん! この私が爆裂魔法でアレを吹き飛ばします! 詠唱の間、援護をお願いします!!」

 

 めぐみんが宣言すると、僅かな間の後、他の冒険者達が次々に武器を掲げる。

 

「よーし! アークウィザードのお嬢ちゃんを援護するぞ!」

 

「この数で押せば足止めくらいは出来る! いくぞ!」

 

「絶対に街へ入れるな! 門を守れー!」

 

「おおおおおおおお!!!!」

 

「フッ……! 一度こんなシチュエーションで爆裂魔法を撃ってみたかったのですよ!!」

 

 勇ましく雄叫びを上げ、冒険者達が一斉に走りだすとめぐみんが赤い瞳を輝かせる。

 

「さて、詠唱の間にでかいのをどうするかだな……。アクア、あれに何か弱点とかないのか?」

 

 残された私達、カズマさんがアクア様に問いかける。

 

「……あれ? 今の私すごく女神っぽいんじゃない? もちろん今も女神だけど、でもカズマの扱いが雑すぎて時々考えちゃうのよね……でも、真剣に説明する私って絶対麗しい女神にしか見えなかったわよね?そうよね?」

 

「聞けよ駄女神」

 

 カズマさんがショートソードの柄でアクア様の後頭部を小突く。

 

「いった!!? だからそれやめなさいってば! すっごく痛いんだからね!?」

 

「お前がアホな事言ってるからだろ駄女神。はやくアイツの弱点教えろよ駄女神」

 

「だからその駄女神って……!」

 

「アクア様、お願いします。何か弱点はないんですか?」

 

 カズマさんに何かを言いかけるアクア様を遮ると、アクア様は少ししょんぼりとした表情になる。あとで必ず謝ろう。でも今は時間が惜しい。

 平原の冒険者達の攻撃は尽く跳ね返され、キャベツは止まる気配もなく転がり続けている。

 

「えーと、堅いし転がってるから弱点らしい弱点は……野菜だから火に弱いってことくらいかしら」

 

「火……」

 

「火といっても外側の葉は分厚くて熱を通しにくいから、あくまで内側が、だけどね」

 

 私はめぐみんを見る。

 めぐみんは目を閉じて、呪文のようなものを呟きながら集中している。

 

 それを見ながら嫌な想像が頭をよぎる。

 もし、万が一だが。めぐみんの爆裂魔法の炎でも止まらなかったら?

 めぐみんは一日に一発しか魔法を放てない。止まらなかったその時は。

 確実に止めるためには、どうすれば……。

 

 万が一を考えながら、私は門を見上げる。

 大きな門と外壁だが、平原の木とカエルと冒険者達を跳ね飛ばしながら突き進むキャベツを見ていると、少し心許なく感じてしまう。

 

 外壁の内側には、幾人もの街の人達が暮らしている。当然ながら、老人や子供もいる。

 そんな人々を、そして、私を助けてくれた親方達や街の人達を守らないといけない。怖いけど……ここで何もしないわけにはいかない。

 

 セーバーを握りしめ、私も他の冒険者に続こうとした時。

 

「こいつはあんまり時間も手段もなさそうだな」

 

 そう言ってカズマさんが私の頭に手を乗せる。

 

「フーコ、あとダクネス。ちょっと思いついた事があるんだが、聞いてくれ」

 

 

 

 

 

 

「とりあえずカズマの言った通りにやってはみるが、本当に大丈夫なのか!?」

 

「私も不安でいっぱいですけど、でも街を守るためにはやるしかありません……!」

 

 ダクネスさんが私を抱えながら平原を疾走している。鎧と私の重さを感じさせる事なく、駆け抜けていく。

 私は風と金色の髪を頬に受けながら、キャベツを凝視する。

 

「このままキャベツの側面に回ってください!」

 

「わかった!」

 

 私の指示にダクネスさんは頷くと、さらに速度を上げる。その途中で冒険者達がキャベツに跳ね飛ばされていくのが見えて身体が震えるが、ぐっと堪らえる。

 

 私は腕にしがみつきながら、カズマさんの言葉を思い出していた。

 めぐみんの爆裂魔法の威力を最大限に引き出すための、一か八かの方法を。

 

『キャベツの形を見てて気付いたんだが、あのキャベツ、ちょっとだけ片側の端が出っ張ってないか?』

 

ゴロゴロと転がるキャベツの端を見ると、確かに出っ張っているのが確認できた。

 

『あれはたぶん、キャベツの芯の頭だ』

 

『そこで考えたんだが、回転してるキャベツの芯を切り取ったら、キャベツはどうなると思う?』

 

 巨大キャベツの外側の葉は熱に強く、堅く、分厚いとアクア様が言っていた。

 だが、この鋼鉄をも貫くライトセーバーの刃をもってすれば。

 私はセーバーの起動スイッチを固定しながら構える。

 

「……今です!」

 

 ちょうどキャベツとすれ違う形になると、ダクネスさんは私を頭の上まで抱え上げ……。

 

「いくぞ! はぁあああああああああっ!!!」

 

 キャベツ目掛けて全力で放り投げた。

 

 空中に飛び出すと同時にセーバーを起動。

 その勢いのまま、芯の真横、葉の根本を狙い―――突き立てる!

 

「うあっ!?」

 

 セーバーの刃が深々と突き刺さった瞬間、私はキャベツの回転に弾き飛ばされ、刺さったセーバーを残したまま、空中に投げ出され――景色が回転する。

 

「フーコ!!」

 

「あぅ!」

 

 危うく地面に激突する瞬間、ダクネスさんが滑り込んで受け止めてくれた。

 

「無事か!?」

 

「は、はい! でもまだです! 追ってください!」

 

「了解した! 掴まれ!」

 

 再びダクネスさんは私を抱えて駆ける。キャベツを追うその腕の中で、私は巨大キャベツに手を伸ばす。

 まだ浅い……!刺さっただけじゃ、まだ駄目だ。狙うはただ一点。刺さったままのライトセーバー。

 

「自分を……フォースを……信じて……っ!」

 

 セーバーを包むフォースの流れ。それを掴む。

 だが引き寄せるのではなく、押し出し、固定し、僅かに動かす。回転に逆らうように、少しずつセーバーのグリップを動かしていく。

 

 

『 光に覆われし漆黒よ、夜を纏いし爆炎よ、紅魔の名の下に原初の崩壊を顕現せよ。』

 

 

 めぐみんの詠唱が平原に響く。

 セーバーが回転に弾かれそうになるのを抑え、伸ばした手に、力を込める。

 だが、一日で何度もフォースを使っているせいで、嫌でも疲労を感じて集中力が乱れる。おまけに視界も霞んできた。

 

 でも倒れちゃ駄目だ。爆裂魔法のダメージを確実にする為に耐えないと……!

 

 

『 終焉の王国の地に、力の根源を隠匿せし者、我が前に統べよ!』

 

「……っうぅ」

 

 ぐらりと視界が傾いた瞬間。

 セーバーが弾き飛ばされると同時に、めぐみんの魔法が完成した。

 

 

『 エクスプロージョン!! 』

 

 

 

 炸裂する閃光と爆風の中、意識が薄れゆく私が見たものは、葉がバラけて炎に包まれる、巨大なキャベツの姿だった。

 




・ダクネスさんがパーティーに参加しました。
・キャベツを収穫しました。
・巨大キャベツを討伐しました。
・フーコが気絶しました。

次回は買い物です。

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