この素晴らしい世界にフォースの導きを!   作:つむじヶ丘

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お化け屋敷です。




第四話 怖がり少女にお屋敷を!

 

 ダンジョン探索から数日後。私が宿を出てギルドに向かっていると、前方にカズマさんとアクア様の姿を見つけた。二人は何やら一軒のお店らしき建物の前で、立ち話をしているようだった。

 

「カズマさーん! アクア様!」

 

 声を掛けるが、二人はそのままお店の中に入って行ってしまった。

 私は二人の後を追ってそのお店の前に立つと、掲げられた小さな看板を見つめる。

 

「……ウィズ魔道具店。ウィズ……?」

 

 ウィズという名前には聞き覚えがあるのだが、何処で聞いたのだろうか。

 私が看板を見つめながら記憶を掘り起こそうとしている時だった。

 

『出たわねアンデッド!! この私の目の前に現れるなんていい度胸してるじゃない! その度胸に免じて綺麗さっぱり浄化していたたたたっ!?』

 

『店の前で言った事をもう忘れたのかよ。お前は三歩歩けば忘れる鶏か?』

 

『鶏って何よ! せめて鳳凰とかにしなさいよ! っていうか頭掴まないでよー!!』

 

『よおウィズ。久しぶりだな』

 

『カズマさん! お久しぶりですね』

 

 店内から声が聴こえ、私はピンと来る。

 ウィズさんとは、以前に共同墓地で出会ったリッチーの名前だった筈だ。

 思い起こせば、街にマジックアイテムのお店を開いてるとも言っていたような気がする。もしかして、ここがそのお店なのだろうか。

 

「……おじゃましまーす」

 

 私はそっとお店の扉を開いた。

 

 

 

 

「美味しいです」

 

「へえ、美味いなこれ」

 

「美味いじゃないの……。アンデッドの癖に生意気なのよ」

 

「すいません! アンデッドなのにお茶なんて淹れてすいません!」

 

 カズマさんとアクア様に合流した私は、ウィズさんが淹れてくれた美味しいお茶を飲みながら店内を見渡した。

 

 決して広くはない店内だが、色とりどりの瓶が置かれた商品棚が並び、壁にはマントが掛けられ、輝くアクセサリーが飾られた棚の下には薬草の鉢が置かれたりと、至る所に魔法の道具らしき物が並べられている。店の奥にはカウンターがあり、そこではウィズさんがいそいそとお茶を淹れていた。

 

 そんなウィズさんは出会った時と変わらず、豊かな茶色の髪に色白の美人だった。

 墓地では暗かったのでよくわからなかったが、相当グラマラスな体型をしているようだ。……前から気になっているのだけど、異世界の女性はスタイルが良い人が多いような気がする。食べ物のせいだろうか。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「な、何でもないです。すいません……」

 

 見つめていることをウィズさんに気付かれた私は目を逸らし、誤魔化すように立ち上がると、すぐ傍の棚に手を伸ばした。その棚には綺麗な色の瓶が並べられている。

 

「これ凄く綺麗ですね」

 

「ポーションみたいだが、何のポーションだ?」

 

「あっ! そのポーションは強い衝撃を与えると爆発しますので気をつけてくださいね」

 

「よーし、そっと慎重に丁寧に戻せ。落とすなよ? 絶対に落とすなよ? 振りじゃないからな?」

 

「は、はい……」

 

 あ、危ない……。こんな綺麗なものが爆発するなんて……。流石はマジックアイテムと言った所だろうか。

 私は冷や汗を掻きながらポーションを棚に戻すと、静かに息を吐く。

 

「あっ! そこの棚にも爆発するアイテムが置かれているので、くれぐれも気をつけてください」

 

「なあ、ここマジックアイテムの店だよな? 何でこんなに爆発物が多いんだよ。実は爆発アイテム専門店だったりするのか?」

 

「そ、その棚には爆発物をまとめて置いているだけで、普通の商品も取り扱っていますから……」

 

 そういえば、カズマさんはどうしてこのお店に来たんだろう。

 アクア様を連れてきたという事は、一人で持ちきれない量を買うのか、何か大きな物でも買うのだろうけど……今更だけど確認しておこう。

 

「あの、カズマさんはなぜこのお店に来たんですか? やっぱりアイテムを買いに来たんですか?」

 

「いや、この前ウィズに出会った時にリッチーのスキルを教えてくれるって言ってただろ? スキルポイントに余裕が出来たから、何か教えてもらおうと思ってな。スキルは覚えておいて損はないし」

 

 そう言われれば、共同墓地の帰り道にそんな事を言っていたような気がする。

 ……と、私が頷いてるとアクア様がティーカップをひっくり返すような勢いで立ち上がり。

 

「はぁー!? リッチーのスキル? リッチーのスキルですって!? ちょっとカズマッ!よく聞きなさい! リッチーは神の理から外れた愚か者よ! 何でこの世に存在してるのか分からないような奴からスキルを教えて貰おうなんて、あんたとうとう頭がおかしくなったの!?」

 

「ぐすっ……存在全否定……」

 

「おい、とうとうって何だ。どういう意味だ。フーコの後ろに隠れてんじゃねーよ駄女神」

 

 涙ぐむウィズさんと苛立つカズマさん。

 アクア様もしまったと思ったのか、私の背中に移動すると肩を掴んでぐいぐい押してくる。私としても盾になりたい所だけど、簡単に引き剥がされる構図しか見えないのが哀しい。

 

「あ、あの、今『女神』って……もしかしてアクアさんは本物の女神様なのですか?そういえば、以前に私を簡単に浄化しかけた事がありましたよね……?」

 

 カズマさんとアクア様が私を挟んでジリジリしていると、ウィズさんがおずおずと尋ねてきた。

 

「え、今ので気付いたのか。というか信じたのか? 俺なんて未だにアクアが本物の女神だなんて思えない時があるのに」

 

「カズマ、今のは私が神々しい余りに信じられないとか、そういう意味よね? そうよね?」

 

 普段はお茶目なお姉さんにしか見えないアクア様の正体を看破するなんて……。

 カズマさんの何気ない一言でそれを見抜くのは身をもってアクア様の力を受けたからか、それともリッチーだからなのか。

 私が不思議な感動を覚えていると、私の後ろに居るアクア様が前に出た。

 

「……まあいいわ! よく聞きなさい!! この私が水を司る女神にしてアクシズ教団の崇めるご神体、女神アクアよ!」

 

「ひっ!?」

 

 アクア様の名乗りに引き痙ったような声を上げるウィズさん。

 身体をカタカタと震わせて、見ているこっちが気の毒になるくらい怯えてしまっている。

 

「ウィズ、そんなに怯えなくてもいいぞ。女神はアンデッドにとっては天敵みたいなもんだろうけど、このアクアに関しては俺がきっちり抑えておくから……」

 

「い、いえ、その……。アクシズ教団の人は頭がおかしい人が多く、関わり合いにならない方が身のためだというのが世間一般の常識なので、そのご神体と……あっ!ごめんなさいごめんなさい!!」

 

「アクア様! 落ち着いてください!」

 

 ウィズさんに掴みかかろうとするアクア様を抑えていると、カズマさんが無言でアクア様の頭に拳骨を振り下ろした。

 

「……だから暴れるなって。おいフーコ、アクアを頼む。俺がウィズと話をする間に一緒に店内でも見回っててくれ」

 

「わ、分かりました。行きましょうアクア様」

 

「ぐすっ……違うもん。世間の常識じゃないもん。頭おかしくないもん……」

 

 私は蹲っているアクア様を立たせると、少し離れた棚の方に移動した。

 

 

 

 

 気を取り直したアクア様が店内の商品を物色する中、私はカズマさんとウィズさんの方を眺めた。

 立ち聞きするのは良くないが、カズマさんが覚えようとしているリッチーのスキルというのも気になってしまう。

 カズマさんとウィズさんに心の中で謝りつつも、私は二人の話を聞くことにした。

 

「そういえば、最近になって知ったのですが、カズマさん達があのベルディアさんを倒されたそうですね」

 

「ベルディア?ベルディアっていえば……」

 

「えっと、魔王幹部のデュラハンのベルディアさんの事ですよ。あの方は幹部の中でも剣の腕に関しては相当なものだったのはずなのに、それを倒されるなんて凄いです」

 

 魔王幹部のベルディア……。アクセルの存亡を賭けた戦いの末に、倒された首無し騎士。

 やっぱり魔王幹部だけあって有名なのかな。ウィズさんもベルディアさんって――……あれ?

 

「なあ、今の『ベルディアさん』ってのはどういう事だ? まるで知り合いみたいな口ぶりじゃないか」

 

 カズマさんも疑問を抱いたのかウィズさんにそう尋ねると、ウィズさんはふんわりとした微笑みを浮かべた。

 

「ああ、言ってませんでしたか。私、魔王軍の八人の幹部の一人なんですよ」

 

「えっ?」

 

「討ち取ったぁああああ!!」

 

 さらりと衝撃的な事を言ってのけたウィズさんに、アクア様が飛びかかった。

 その勢いで商品棚からポーションが転がり落ちるが、私が咄嗟にフォースでキャッチする。

 

 ホッとするのも束の間。

 

「ま、待って! 待ってください! どうか話を聞いてください!!」

 

「よく聞き出したわねカズマ! きっとこいつは魔王のスパイよ! これで賞金ガッポリよ! 借金チャラにして家まで買えるわよきっと!!」

 

「いや聞き出したつもりはないんだが。それよりアクア、一応事情は聞こうぜ」

 

「じゃあ私が逃げられないように抑えとくから、カズマが聞いてちょうだい」

 

 馬乗りにのしかかられて慌てるウィズさんを、アクア様が勝ち誇ったような表情で見下ろす。そんなウィズさんの目の前にカズマさんが屈む込むが、何を聞こうか迷っているようだ。

 

 カズマさんが迷うのも無理はないと言うか何というか。リッチーだという事は知っていても、まさか魔王の幹部だなんて誰が思うだろうか。でも、暴露した割には敵意は欠片も感じないし……どうしよう、ここは余計な口を挟まないで様子をみるべきだろうか。

 

「ええっと、魔王軍の幹部って言ってたけど、どういう事だ?流石に俺も冒険者の手前、魔王のスパイとか言うなら見逃すって訳にもいかなくなるんだが……冗談でしたって事はないよな?」

 

「ち、違います! 冗談でもなく本当に魔王軍の幹部なんです! とは言っても魔王城の結界の維持を頼まれただけで、もちろん今まで人に危害を加えた事は一度もありませんし、スパイでもないです! それに私には賞金も掛かっていません! なんちゃって幹部ですから!!」

 

 ジタバタとウィズさんが身を捩るが、テコでも動かないアクア様が手を振り上げると、手のひらが白い光に包まれる。

 

「ふーん……よく分かんないけどカズマ、とりあえず退治していいわよね」

 

「いや待てアクア。えーと、ウィズは結界の維持をしてるんだよな? つまり幹部を全部倒すと魔王城への道が開けるとか、そんな感じか?」

 

「そうです! その通りです! 魔王さんに頼まれたんです。人里でお店を経営しながらのんびりと暮らすのは止めないから、せめて幹部として結界の維持だけ頼めないかって……」

 

「つまり、あんたが居る限りは魔王城へ攻め込めないって訳ね。まあ私の力なら結界なんてすぐに破れるでしょうけど」

 

 アクア様がそう言うと、ウィズさんはコクコクと頷く。

 

「は、はい。アクア様の力なら、幹部の二~三人で維持する結界なら破れるはずです。なので結界を破れる人数にまで減った時に……」

 

「じゃあ、そうなるように今すぐ退治するわね」

 

「待ってください! せめてもう少しだけ生かしておいてください! 退治される時は大人しく退治されますので、今は待ってください! 私には、私にはまだやるべき事があるんです……!」

 

 そう言って涙ぐむウィズさんを見ていると、どうにも居たたまれなくなってきた。

 ウィズさんは魔王の幹部と言う割りには悪人には見えない。

 アクア様の目の前で自分から正体を明かした意図は分からないけど、何かを企むにしてもリスクが高すぎるというか。そもそもウィズさんからは悪意や敵意といったものは一切感じないし、こんなに必死に懇願している人を浄化するのは……。

 

「あの、お願いしますアクア様。ウィズさんを浄化しないでください。どうかお慈悲を……」

 

「うっ慈悲って……で、でも」

 

 じっと見つめていると、アクア様は目を泳がせてカズマさんに視線を寄越す。

 すると、カズマさんは呆れたようにアクア様を見返した。

 

「お前、ここで俺に振るのかよ。えっと……今ウィズを浄化しても結界がどうにかなるって訳でもないんだろ? だったら他の誰か、たとえば特典連中のミツ、ミツラギ?とか誰かが魔王軍の幹部を減らしてくれるまで待ってもいいんじゃないか?」

 

「わ、分かったわよ。カズマとフーコがそこまで言うなら、今回だけは退いてあげるわ……。良い? 今回だけだからね?」

 

 カズマさんの言葉を聞いたアクア様はゆっくりとウィズさんの上から退くと、そう言って頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 ウィズさんはホッとしたように立ち上がると、アクア様に頭を下げる。

 

「ありがとうございます……!」

 

「でも、いいのか? 他の幹部の奴らは一応はウィズの知り合いなんだろ? ベルディアを倒した俺達に恨みとかって……」

 

「あ、その、ベルディアさんとは特に仲が良かったとか、そんな事もなかったですからね。私が歩いていると、よく足下に自分の首を転がしてきて、スカートの中を覗こうとする人でしたし……」

 

「えぇ……」

 

「何やってんだあのデュラハン」

 

 元は騎士でも魔に落ちるとそっちにも行っちゃうんだろうか……。うん、何にせよ死闘を演じたダクネスさんには言えない話だ。流石にショックを受けるだろうから。

 

「私と仲の良かった幹部の人は一人しか居ませんし、その人は簡単に死ぬような人ではありませんからね。……それに私は今でも、心だけは人間のつもりですから」

 

 ウィズさんはそう言って少しだけ寂しそうに笑った。

 

 

 

 

「それでは、私のスキルをお教えしますね。以前、私を見逃してくれた事へのせめてもの恩返しを……」

 

 ウィズさんはそこまで言うと、アクア様と私を見て困ったような表情を浮かべた。

 

「どうしたんだ?」

 

「えっと、その、私のスキルは相手がいないと使えない物ばかりで……なので、誰かにスキルを試さないといけなくてですね……」

 

 そう言って申し訳なさそうに俯くウィズさんに、カズマさんが私とアクア様を振り返った。

 

「アクアは……何か嫌な予感がするからフーコ、悪いがウィズのスキルを受けてくれないか?」

 

「わかりました」

 

「嫌な予感って何よ。私何もしないわよ?」

 

「じゃあウィズ。フーコが相手をするからスキルを見せてくれよ」

 

「それでは……『ドレインタッチ』なんてどうでしょう。相手の体力や魔力を吸い取ったり、逆に相手に分け与えたりできるスキルです」

 

 ドレインタッチ……便利そうなスキルだ。

 そういえば、前にめぐみんがリッチーの説明をしてくれた時にリッチーは生命力や魔力を吸い取る事が出来るって言ってたけど、もしかしてこのスキルが由来になってたりするんだろうか。

 

「なるほど。使い方によってはパーティーの戦術の幅が広がるかもな」

 

「では、フーコさん。手をこちらに差し出してください」

 

 ウィズさんが目の前に立ってそう言うと、私は少し緊張しながらも片手を差し出した。ウィズさんはそんな私の緊張を見抜いたのか、ふんわりと微笑んだ。

 

「吸うのはほんの少しだけなので、心配しないでください」

 

「はい……」

 

 私の手がウィズさんの両手に優しく包み込まれた。ひんやりとして柔らかい手だ。

 

「では始めますよ」

 

 ウィズさんがそう言った次の瞬間、ウィズさんの手が仄かに光り、私の手からすっと力が抜けていくような感覚がして……。

 

「……あうっ」

 

「あ、あれ?」

 

 突然視界が揺れ、全身から力が抜ける感覚に襲われた私は、気が付くと床に手を突いていた。……いや、ちょっと待って欲しい。今何が起きたのだろうか。

 

「ちょっと! あんた今この子の体力と魔力を殆ど吸ったでしょ!? やっぱりアンデッドはアンデッドね! カズマ、やっぱり今すぐ退治するべきよ!!」

 

「ち、違います! 私は少ししか吸ってません! それも体力を少しだけです! 誓って本当です!」

 

「落ち着けってアクア。あー……いや、まさかな」

 

 アクア様がウィズさんに詰め寄る中、私は固まって呆然としていた。

 駄目だ……立ち上がろうとしても力が入らない。一体どういう事だろう。

 訳も分からずウィズさんとカズマさんを見上げると、カズマさんは何か勘付いたのか、訝しげな表情を浮かべていた。

 

「フーコ、ちょっと冒険者カードを見せてみろ」

 

「はい……」

 

 嫌な予感がしながらも冒険者カードを取り出すと、カズマさんに差し出す。

 カズマさんはカードを見つめて呟く。

 

「……なんだこの体力値」

 

「「え?」」

 

 ウィズさんとアクア様が同時にカードを覗き込むと、表情が微妙なものに変わる。

 

「こ、これはまた極端に低いですね……」

 

「ちょっとどういう事よカズマ。この子体力は可哀想なくらい低いけど、クエストの時は頑張ってレベルも上がってるし。……え?つまりどういう事よ?」

 

「……元々体力値は馬鹿みたいに低かったんだが、最近のこいつは何をするにしてもスキルに頼り切ってたからな。メンタルの訓練も始めたし、クエストには支障はなかったから何も言わないでいたんだが……。フーコ、最後にまともな体力トレーニングしたのはいつだ?」

 

 カズマさんの目が細められ、私は目を泳がせながら思い出す。

 確か、雪精クエストの少し前にダクネスさんと街なかを走った時以来、走り込みをした覚えがない。筋力トレーニングに関してはいつ以来だろう。でも一時期毎日のようにクエストをこなしていたから、それがトレーニングの代わりだと思ってたけど……。

 

「えっと、雪精討伐の少し前くらいだから一ヶ月くらい前ですかね……」

 

「おいお前あれか、寒いからサボったのか?」

 

「ち、違います! クエストを毎日こなして少しずつレベルが上がってたので、それでトレーニングを兼ねてるんだと思ったんです」

 

「いくらレベルが上がっても、これじゃ兼ねられてないだろ。レベルが上がったらステータスは伸びるとはいえ個人差があるんだから、お前の弱点である体力値を補うようにトレーニングしないと、いつまでもこのままだぞ。この先、ドレインやら何やら使って弱点を突いてくるような敵が出てこないとも限らないだろ?」

 

「た、確かにそうですけど……」

 

「とりあえず、今日からクエストとフォース訓練の時以外はスキルは使うな。便利っていうのも考えもんだぞ。あと、この事はダクネスにも話しておくからな」

 

「分かりました……」

 

 完全に自業自得とはいえ、落ち込んでしまう。

 情けなくてカズマさんの目が見れないし、アクア様とウィズさんの顔も見れない。

 

「やだカズマってばスパルタ……」

 

「何ならお前もやってみるか? トレーニング」

 

「私は遠慮するわ! だってアークプリーストだし女神だし、補う部分がないもの!」

 

「え? お前それ本気で言ってるのか?」

 

「え? ちょっと、何よその顔。私本気で言ってるんですけど。……ちょっとやめなさいよその顔」

 

 アクア様の涙声が聞こえる中、目の前に白い手が差し出された。

 顔を上げるとウィズさんが私に手を差し伸べている。

 私がその手を掴むと、すっと抜けていた力が戻ってくるのを感じた。

 

「吸い取った体力を戻しました。本当にごめんなさい」

 

「いえ、ウィズさんは悪くありません。ありがとうございます……」

 

 私が立ち上がってお礼を言うと、ウィズさんはほんわかと微笑んだ。

 

「それにしても、カズマさんはよく見てくれているんですねえ。ああやって助言を与えるのは、フーコさんの事を考えてくれているからなんですね」

 

「ウィズさん……。本当にありがとうございます」

 

 そうだ、落ち込んでないでカズマさんの言葉を素直に受け止めよう。

 厳しくされるのは期待の表れ……と自分で言うのは自惚れかもしれないけど、ここに来てカズマさんや皆をがっかりさせる訳にはいかない。トレーニングの方法についてはダクネスさんに相談してみようかな。

 

「ところでウィズ、話を戻すが『ドレインタッチ』は今のでいいんだよな?」

 

「あ、はい、今のスキルが『ドレインタッチ』ですけど、どうでしょうか。習得しますか?」

 

「ああ、さっそく習得してみるぜ」

 

 カズマさんは冒険者カードを取り出すと、新しいスキル『ドレインタッチ』を習得する。そして、カズマさんが何かの感触を確めるようにして手のひらを開いたり閉じたりを繰り返している時だった。

 

「ごめんください、ウィズさんはいらっしゃいますか?」

 

 お店の扉が開いて、中年の男性が入ってきた。

 

 

 

 

 ウィズさんのお店に行った翌日、私達は街の郊外に佇む一軒の屋敷の門の前に居た。なぜ、こんな所に居るのかと言うと、昨日ウィズさんからドレインタッチを教えて貰った後に中年の男性が訪ねて来たことが大きく関わっている。

 

 その男性は街で不動産を営んでいるらしいのだが、ここ最近、売り家である屋敷に悪霊が住み着き始めてしまったそうで、しかも何度除霊してもまた新しい悪霊が住み着いてしまうという。困り果てた男性はウィズさんの所へ相談しに来たのだが、ウィズさんは元は高名な魔法使いだったらしく、この手の案件がよく舞い込んで来るらしい。

 

 すると、そこで話を聞いたアクア様がこれこそ自分の分野だと言ってウィズさんの代わりに仕事を引き受けてしまい、結果的にパーティーの全員でこの屋敷を訪れたのだが……。

 

「いいわねこれ! この私が住むには申し分ないわ!! これよこれ! こういうのを待ってたのよ!!」

 

 アクア様が小さなバッグを提げたまま両手を広げて叫んだ。

 この屋敷に住むというのはアクア様の冗談でも何でもなく、今ではこの屋敷には幽霊屋敷という悪評が広まっており、住み着いた悪霊を全て追い払った後、その悪評が無くなるまでは私達が好きに使っても良いという話で依頼を引き受けていた。

 

「なかなか雰囲気あるし、悪霊さえ追い払えば好きにしろってのは太っ腹だよな」

 

「それはそうだが、本当に全て除霊できるのか? 聞く所によると、祓っても祓ってもまたすぐに住み着いてしまうそうだが……」

 

 ダクネスさんがカズマさんに心配そうな表情でそう尋ねると、カズマさんはアクア様の方を見て頷く。

 

「まあ何とかなるだろ。こっちにはアンデッド退治のエキスパートがついてるんだからな」

 

「ふふん、万事この私に任せなさい! ……むむむ、見える! 見えるわ!! この屋敷には貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間にできた隠し子の霊と――」

 

「ところでフーコ。そろそろ離れてくれると助かるのですが。そんなにしがみつかれても困るのですよ」

 

「ごごごめんね……」

 

「やっぱりいいです。生まれたての子鹿のように震えてるのを見ると、罪悪感が湧いてきましたよ」

 

 隣に立つめぐみんがそう言うが、私はそれどころじゃない。

 なぜ幽霊屋敷に来なくちゃ行けなかったんだろう。トレーニングを怠っていた後ろめたさから何も言わずについて来たのだが、いざ目の前に立ってみるともう……心が折れそう。

 

「よし。何かアクアがブツブツ言ってるけど、さっさと入るぞ。部屋割りして掃除しなきゃいけないからな」

 

「掃除か。ここは一つ気合いを入れて取り組むとしよう」

 

「ほら行きますよ」

 

「う、うん……」

 

「――というわけでお供え物はお酒が良いわよ !……ってあれ? ちょっと! 待ちなさいよ!!」

 

 

 

 

 

 

 屋敷に入った私達は早速、適当に部屋割りを済ませると屋敷中を掃除する事にした。

 

 屋敷の中はとても広く、この人数でも時間が掛かると思ったのだが、悪評が付くまでは手入れをしていたらしく、備えてあった家具を拭いたり壁や天井の蜘蛛の巣や埃を払うだけで済むようだった。

 

 恐怖に震えていた私も屋敷に入った後は内装とアンティークの数々に気を取られて恐怖感は薄まっていた。

 

「カズマ、廊下の掃除は終わりましたか?」

 

「いやまだ途中……ってかお前らちゃんとやってるのか? そんな固まってやっても効率悪いだろ」

 

「私達は部屋の掃除が終わったので他の場所を回っている所です。ってそんな事より、フーコの掃除は凄いのですよ! 私の部屋もあっという間に綺麗にしてくれたのです!」

 

 しゃがみ込んで雑巾を絞るカズマさんに、めぐみんがハタキを振りながらそう言った。私はそれを見つつ、箒で床を掃き、同時に雑巾で拭き上げる。

 床を箒で掃きながら、その後に雑巾をフォースで操って拭き上げれば手間要らずだ。急いでいる今のような時にちょうど良い。

 

「へえ便利だな。……じゃねえよ。昨日スキルに頼るなって言ったばっかだろ?忘れたのか?」

 

「カズマ。今だけは許してやってくれ」

 

 声がした方を見ると、椅子を担いだダクネスさんと金槌を持ったアクア様が廊下の先に立っていた。

 ダクネスさんはこちらに向かって歩いて来ると、ポンと私の頭に手を乗せた。

 

「私の部屋も瞬く間に綺麗にしてくれてな。今や塵ひとつない。おまけに荷物の整理までやってくれたので大助かりだったぞ」

 

「私の部屋もやってくれたわよ。窓なんか鏡みたいになってたから感心しちゃったわよ。この子、家政婦にでもなれるんじゃないかしら」

 

「アクアもかよ……。なんか色々とツッコミたいのは山々なんだが、フーコには掃除の趣味とか特技でもあるのか?」

 

「いえ、特別な事は何も。あの……手早く終わらせるので、今だけスキルを使ってもいいでしょうか。出来れば幽霊退治の前に終わらせたいんです」

 

 私がそう言うと、カズマさんは少し考えるような表情をしながら立ち上がった。

 

「……しょうがねえな。俺も夜までに終わらせたいってのはあるし、今だけなら使ってもいいぞ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 今だけは、という部分を強調するカズマさんに私は頷くと、止めていた手を動かして掃除を再開した。すると、何やらカズマさんが軽く咳払いをして。

 

「で、フーコ。俺の部屋も頼んでいいか?」

 

 

 

 

 掃除が終わった私達は食事と入浴を済ませて夜までくつろいだ後、除霊をアクア様とダクネスさんに任せ、部屋のベッドで眠りにつく事になった。

 実体のない霊を祓えるのはアクア様しかいないため除霊に協力しようにも出来ないのだが、ダクネスさんは聖騎士としての誇りがあるからとアクア様に同行していった。

 

 ちなみに私にはフォースがあるが、霊に効くのかはよく分からず、カズマさんもとりあえず今夜はアクアに任せるのが確実だと言っていたので、私は部屋で眠ることにしたのだが……。

 

「………眠れない」

 

 眠れる訳がなかった。

 ベッドに入ったまでは良かったのだが、ここは幽霊屋敷。いつ幽霊が出るかも分からない所で眠れる訳がない。もう、本当に……眠れない。

 

「そうだ、アクア様の部屋に……」

 

 アクア様の頼もしい姿が思い浮かんだが、すぐに頭から消し去る。

 駄目だ、今行っても邪魔になってるかもしれないし、もう除霊を始めて部屋に居ないかもしれない。

 

「あ、めぐみん……」

 

 そういえば、隣の部屋はめぐみんの部屋だったはずだ。

 そうだ、めぐみんの所に行ってみるのはどうだろう。ノックして反応がない時は大人しく戻ればいい。よし行こう。

 

 心に決めた私はそっとベッドから降りて部屋の出入口に移動すると、ドアをゆっくりと開けて廊下を覗く。

 薄暗い廊下は物音一つなく、心なしかひんやりとしている。

 私は唾を飲み込んでドアから出ると、裸足のままでヒタヒタと廊下を歩く。

 

 めぐみんが居る隣の部屋までは思ったよりも離れている。それでも息を潜めて、音を立てずに、めぐみんの部屋の前に……着いた。

 

 周囲をキョロキョロと見回し何もない事を確認すると、ドアをノックして様子を伺う。

 

『だ、誰ですか!? 名を名乗りなさい!』

 

「私、フーコだよ」

 

『……フーコ? ちょっと待ってください』

 

 カチャリと鍵が外れる音が聴こえ、ゆっくりとドアが開くと、ドアの隙間からめぐみんの赤い瞳がチラリと見えた。

 

「……確かにフーコのようですね。入ってください」

 

「お邪魔します……」

 

 部屋の中に入ると、薄暗い中にパジャマ姿のめぐみんが杖を持って立っていた。

 めぐみんは壁に杖を立てかけると、ドアの前に立ったままの私を見つめた。

 そうだ、ここに来た理由を話さなくては。

 

「あ、あのねめぐみん」

 

「何故ここに来たのかは言わなくても分かります。臆病なあなたのために、仕方なく一緒に居てあげますから、こっちに来てください」

 

 理由を言う前にめぐみんが私の手を握ると、自分のベッドまで引っ張っていく。

 私は少し戸惑いながらもめぐみんに従ってベッドに上がると、めぐみんが隣に座った。

 

「まったく、起きていて正解でしたよ」

 

「ごめんね。どうしても怖くて眠れなくて……。もう少ししたら帰るから」

 

 私はそう言ったものの、安心した途端に部屋に帰るのが億劫になってしまった。またあの暗い廊下に出なくてはいけないのは……かなり辛い。

 どうしよう、スキルを使って一気に走り抜けようか。いや駄目だ、カズマさんに怒られる。

 

 窓から仄かな月明かりが差し込んで部屋の中を照らす中、私は小さく息を吐く。

 すると隣からシーツが擦れる音が聴こえたのでチラリと伺うと、めぐみんは何やらそわそわと落ち着かない様子で口をモゴモゴと動かしていた。

 

「どうしたの?」

 

「すぐに帰らなくても……何ならこのまま一緒に居てあげてもいいですよ」

 

「え? それって……」

 

「そんなに怖いのなら、朝まで一緒に居てあげると言ったのですよ! ほら、悪霊が彷徨いてるかもしれませんから。アクアの除霊が完了するまでは極力部屋から出ない方がいいと思います。アクアの邪魔になりますからね」

 

 めぐみんからの思わぬ申し出に押し黙ってしまう。

 これは、このまま甘えてしまってもいいのだろうか……いや、ここは甘えてしまおう。

 

「ありがとうめぐみん。そうさせて貰うね」

 

「仕方なくですからね。仕方なくですよ? 帰らせた所で、怖がりのフーコがまた来ないとも限りませんからね。夜中に起こされるのは御免です」

 

 そう言いながらもどこか安心した様なめぐみんの顔を見ていると、ついつい頬が緩んでしまう。もしかしたら、怖いのは私だけじゃなかったのかもしれない。

 

「な、なんですかその顔は。違いますよ? 紅魔族は幽霊なんて恐れませんからね?」

 

「分かってるよ。怖がりの私のためにめぐみんは言ってくれてるんだよね?」

 

「その通りです。分かっているではありませんか」

 

 駄目だ、どうしても頬が緩んでしまう。めぐみんはこういう事には物動じしないと思ってたから、意外な一面が見れたみたいで少しだけ嬉しくなってしまう。

 

 私が和みながらめぐみんを見ていると、めぐみんも私を見つめてきた。

 

「しかし、フーコもこうして見ると、昼間と比べて随分と印象が変わりますね」

 

「印象? えっと、パジャマ着てるからかな?」

 

私がパジャマの裾を掴んで広げると、めぐみんはコクリと頷いた。

 

「それもあるのですが、髪を下ろしているせいですかね。いつも結い上げているので、今のフーコは新鮮に見えるのですよ」

 

「髪……」

 

 そういえばあまり意識してなかったけど、難なくテールが結べるくらいには髪が伸びたような気がする。

 この世界に来てからアクア様やダクネスさんとまでは行かないけど、それなりの長さにはなった。でも……。

 

「伸びすぎても邪魔だから、冬が過ぎたら切るよ」

 

「それは駄目です。せっかく綺麗な髪をしているのですから、そのまま伸ばすべきです」

 

「え、うん……分かった。でも私よりめぐみんの髪の方が綺麗だよ」

 

「そうですか?……あまり意識はしていないのですが」

 

「うん、とても――」

 

 

『 わあああああああああっ!? 』

 

 

 突然の事にビクッと身体が跳ねる。

 

「い、今の声は……」

 

「アクア様……?」

 

 今の悲鳴は間違いなくアクア様のものだ。日常的に聞き慣れているので分かる。

 でもアクア様は除霊中では……。いや、その除霊中に何かあったのか。

 

「い、行ってみるべきかな……」

 

「いえ、もう少しだけ様子を見ましょう。アクアの事ですから階段から転がり落ちただけかもしれません」

 

「それ尚更行かないと駄目なんじゃないかな……」

 

「アクアは頑丈なので大丈夫ですよ。それにダクネスが付いてますから何とかなるはずです」

 

 めぐみんがそう言いながら私のパジャマの裾をぎゅっと握りしめる。

 そうだった……こう言いながらも怖いのはめぐみんも同じだ。

 

 

『しばき倒してやるんだからあああああっ!!』

 

 

 アクア様の怒鳴り声と共にバタバタと走り回る音が聴こえる。

 これは……一応は大丈夫そうなのかな?

 

「……アクアは大丈夫そうですね。おそらく、霊が悪さをしてアクアを怒らせたのでしょう。アークプリーストを怒らせるとは、愚かな真似をしましたね」

 

「そ、そうだね」

 

 物を引っくり返すような音とアクア様の声が響く中、私とめぐみんはホッと息を吐く。

 するとどうした事か、安心した途端に眠気が襲ってきた。

 それはめぐみんも同じのようで、小さな欠伸をして目を擦っている。

 

「……眠くなってきました。もうこのまま寝ましょうか」

 

「いいの? 一緒に寝ても……」

 

 私はめぐみんに尋ねるが、めぐみんはそのままゴロンと寝転ぶと、ベッドの片側を空けてこちらを振り返る。私はそのままシーツと毛布の中に包まうと、めぐみんに向き直る。

 

「ありがとうめぐみん」

 

「ええ、おやすみなさいフーコ」

 

「おやすみなさい」

 

 私とめぐみんはそのまま、隣り合って眠りについた。

 

 

 

 

「――……コ! フーコ! 起きてくださいフーコ!」

 

「……んっ」

 

 揺さぶられる感覚と声で目が覚めてしまい、ゆっくりと目を開けるとめぐみんの顔が飛び込んできた。私は思わずぎょっとしながら身体を起こすと、めぐみんの姿が月明かりに浮かんだ。

 

「めぐみん? なんで私の部屋に……」

 

「ここは私の部屋です! 寝ぼけてないであれを見てください!」

 

 ああ、そうだった。ここめぐみんの部屋だった……じゃなくて、えっと。

 

「あれって……」

 

 めぐみんの指差した方を見ると、棚の上に人形が置いてあった。

 古びて不気味な西洋人形だけど、それがどうしたんだろう。

 

「あの人形がどうかしたの?」

 

「ど、どうしたも何も! 私はあんな人形知りません!! 置いた覚えがないんですよ!」

 

「はい?」

 

 置いた覚えがない?いや、それはおかしい。置いた覚えがないならどうしてここにあるんだろう。……いや、そんなまさか。まさかそんな。

 

「ねえ、めぐみん、そんな怖いこと言うのはやめよう。私が怖がりだって知ってるでしょ? あんまり怖がらせると気絶しちゃうかもしれないよ?」

 

「知ってますよそんな事!! でも本当なんです! 私はこんな人形……うっ!?」

 

 めぐみんが詰まったような声を上げて赤い瞳を潤ませる。その視線は私の背後に向けられていた。

 

 このめぐみんの怯えよう……おそらくは私の背後に何かあるんだろうけど……。駄目だ振り向けない。絶対に振り向いちゃいけない。どうしよう、どうしたら……。そうだ、今こそアクア様に助けを求める時では?

 

「…………ッ」

 

 落ち着いて、落ち着いて。震えて歯がカチカチ鳴ってるけど、まずは落ち着いて。

 めぐみんの目を見て、思い付いたことを話さないと。

 

「……め、めぐみん、よく聞いて。私が合図したらドアまで走って。そしてそのままアクア様の部屋まで全力で走るの。いい?」

 

 私の言葉にめぐみんはコクコクと頷くと、ドアの方をチラリと見る。

 大丈夫、落ち着いて。やれば出来る。大丈夫……。

 

「走って!!」

 

 合図と共にめぐみんがドアに向かって走ると、私はフォースでドアを破り、続けてベッドの傍に置かれた椅子をフォースで背後に放り投げた。直後に何かが砕けるような音を聞きながら、廊下に飛び出す。

 

「フーコ! 早く! 後ろからたくさん追ってきます!!」

 

「ま、待って! めぐみん速いよ!」

 

『 アハハハハッ 』

 

 背後に迫る何かの笑い声を聴きながら、長い廊下をバタバタと走る。

 おかしい。フォースを使って走っているはずなのに、めぐみんに追いつけない。

 こんな事がありえるのだろうか。

 

『 キャハハハッ 』

 

 ……怖い怖い怖い!

 考えられるとすればめぐみんが速すぎるのか、フォースを使っても補えない程に私の足が遅いのか。

 一番の可能性は恐怖のあまり上手くスキルが発動してないか……どちらにせよ、トレーニングは急務だ。そうだ、明日から徹底的に底上げしよう。

 

「着きましたよフーコ! こっちです! さあ早く!!」

 

「お邪魔しますアクア様!!」

 

 アクア様の部屋の前で止まっためぐみんがドアを開けながら叫ぶと同時、私は廊下に置かれていた花瓶を後ろに放り投げ、そのままめぐみんと一緒に部屋に飛び込んだ。そして、急いでドアを閉めて鍵を掛けて振り向い―――

 

「なああああああああああっ!!?」

 

「「きゃああああああああっ!?」」

 

 薄暗い部屋の中に浮かぶ人影と絶叫に、私も思わず悲鳴を上げてしまった。

 ってあれ?この声は……。

 

「「カ、カズマ(さん)ですか?」」

 

「……ってお前らかよ!! 驚かすなよな。アクアにしては小さいし二人いるしで誰かと思ったぞ……」

 

 声と人影の正体はカズマさんだった。

 カズマさんは心底ほっとしたような表情で私達を見下ろしている。

 

「それはこっちの台詞ですよ。てっきりアクアが居るものとばかり思っていたので……。ああ、アクアは居ないのですね」

 

「ああ、たぶんアクアならダクネスと一緒に屋敷内の除霊に行ってると思うぞ。……で、お前らは何でここに来たんだよ?」

 

「私とフーコが一緒に寝てたらいつの間にか動く人形が部屋に侵入していたのですよ。なのでその……アクアに保護してもらおうかと思いまして……」

 

「お前らもか……」

 

 めぐみんの言葉に私が頷くと、カズマさんが溜め息を漏らしてアクア様のベッドに座り込む。「お前らも」という事はカズマさんもその、追われて来たのだろうか。私は後ろを見てないので分からないけど……ドアの外がガタガタうるさいのはきっとドアの建て付けが悪いせいだ。

 

こうなったらドアは見ないでおこう、部屋の奥と月明かりを見よう。甲冑が置いてある……怖い。

 

「……しかし、どうするか。ここでアクアを待つか?外には人形がウロウロしてるし」

 

「それがいいでしょう。人形が彷徨いてますし」

 

「そ、それがいいですね」

 

 めぐみんと私がカズマさんの提案に頷いていると、ふと、カズマさんがドアの方を見る。それにつられて私も見ると。

 

「静かになったな……」

 

「そういえば……」

 

 騒がしかった部屋の外が、いつの間にか静かになっていた。

 私達は顔を見合わせると、カズマさんがゆっくりと立ちあがる。

 

「お前ら武器とか持ってるか? 今から俺がちょっとだけドアを開けて様子を見るから、万が一何かが入って来た時のために用心しててくれ」

 

「いえ、杖は部屋に置いてきたのですよ……」

 

「あ、私もセーバーを置いてきちゃいました……」

 

 腰にいつもの感触がない事に、言われて初めて気が付いた。流石に寝る時は外しているのたが、手元にないと急に心細くなってしまう。

 

「じゃあ、他に武器になりそうな……。おっ?」

 

 部屋を見渡したカズマさんの視線がある一点に注がれる。

 部屋の奥に置かれた甲冑、それが持つ剣だ。抜き身の剣はギラリと月明かりを反射している。

 

「剣ですか。本物ですかね?」

 

「たとえ模造品でも、ないよりマシだろ」

 

 めぐみんの問い掛けにカズマさんが部屋の奥へと歩みを進め、甲冑に手を伸ばした。

 

 ――――!

 

「危ない!!」

 

「うおっ!?」

 

 反射的にカズマさんをフォースで引き寄せてベッドに突っ込ませる。

 その次の瞬間、カズマさんが立っていた床の上に何かが叩き付けられた。

 

「おい、なんだあれ……」

 

「……人形の次はこれですか」

 

「カズマさん、めぐみん、下がってください」

 

 カズマさんが起き上がりながら視線を送る先。

 私が二人の前に出て警戒する目の前の存在。その存在は窓から差し込む月明かりを全身で反射している。

 

 部屋の奥の甲冑が、床に剣を振り下ろしていた。

 

 

 

 

 私は目の前で剣を振り下ろしたままフルフェイスの兜をこちらに向ける甲冑に、セーバーを……あれ?セーバーは?

 

「おい、今腰から抜く動作したけど、ライトセーバー持ってないだろ」

 

「動きが癖になっているのですかね……」

 

 背後からカズマさんとめぐみんの声が聴こえて私は焦るが、何とか気を取り直す。

 大丈夫、まだ私には強力な武器がある。

 

「セーバーがなくても……!」

 

 私は手を突き出すと、甲冑をフォースで押し飛ばす。

 甲冑は棚を破壊しながら壁に叩き付けられた。

 

 ガシャガシャとけたたましい音を立てて崩れる甲冑。案の定、その甲冑の中身は空っぽだった。

 

「……やっぱりこいつの正体はただの甲冑か。悪霊が乗り移ったのか?」

 

「人形といい、甲冑といい、たちが悪すぎませんかね……」

 

 カズマさんが遠巻きに言うと、めぐみんが疲れたように呟いた。

 それは私も同じだ。もう勘弁して欲しい。こんな――

 

 ―――!

 

「うぐっ!?」

 

「フーコッ!!」

 

 咄嗟に椅子を掴んで突き出すと、椅子が壊れて散乱する。

 勢い余って後ろに倒れかけるが、カズマさんに受け止められて事なきを得る。

 

「な、何が……」

 

 見ると、目の前に甲冑の腕と剣だけがゆらゆらと浮かんでいた。

 

「……おい嘘だろ」

 

「逃げましょう! 撤退です!」

 

 私がカズマさんとめぐみんに引き摺られながら部屋を出ると、浮き上がった腕と剣に引き寄せられるように甲冑が組み合わさっていくのが見えた。

 その様子を呆然と見ていると、元に戻った甲冑はガシャガシャとこちらに向かって走り出した。

 

「いや走るのかよ!? そこはゆっくり歩いてくるんじゃないのか!!」

 

「なんですかアレ! しかも何か速くないですか!?」

 

「あの甲冑、まるで怨念の塊です!」

 

 甲冑に乗り移っている霊は相当な恨みを抱いているのか、敵意と殺意を滲ませながら私達を猛然と追いかけてきていた。私は背筋に冷たいものを感じながらも手を引かれて走る。

 

 ガシャガシャと後ろから迫る足音が遠ざかったり近付いたりを繰り返し、廊下を駆け抜け、階段を上がり、廊下を駆け抜け、階段を下る。

 

「ってかアクアとダクネスはどこだ!? あいつらどこ行ったんだよ!!」

 

「ま、まさか悪霊にやられてしまったのでは……!」

 

「それはありえないだろ! だってアクアだぞ?あのアクアだぞ!?」

 

 そういえば、こんなに騒いでるのに肝心のアクア様とダクネスさんの姿がないのはどうしてなのか。聞きつけて駆けつけてもおかしくないのに……広い屋敷だから、行き違いになってしまったのだろうか。

 

「おーい! アクア―ッ! ダク……ッ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

「きゃっ!!」

 

 急にカズマさんが立ち止まり、私とめぐみんはカズマさんに衝突して尻餅を付いてしまう。

 

「カ、カズマ! 何を突然……ひっ」

 

 めぐみんが青ざめながら身体を強張らせる。私はそんなめぐみんからゆるゆると視線を移すと……さっと血の気が引いていく。

 

 前方の曲がり角に大量の西洋人形が浮かんでいた。

 

『 アハハハッ 』

 

 ゆらゆらふわふわと揺れる人形からは、女の子の笑い声が聴こえる。

 だが、この状況では笑い声は恐怖を駆り立てる要素にしかならない。

 

 ――カシャン。

 

 背後から金属音が聴こえ、そろそろと振り返ると案の定、廊下の先にあの甲冑が立っていた。

 逃げ道は……廊下の左右の端に扉が見える。でもその前を人形と甲冑が塞いでいる。

 

「……おいマジかよ。なんだよこれ」

 

 長い廊下のちょうど中央。ここに来て私達は、完全に逃げ道を失ってしまった。

 

「く、黒より黒く、闇より暗き漆黒に、わが真紅の混交に望み給もう……」

 

「お前何唱えてんだ!? 屋敷ごと消し飛ばす気か!」

 

 座り込み、瞳を赤く輝かせながら詠唱し始めためぐみんの口をカズマさんが慌てて塞ぐ。

 私も正直、もう正直、このまま気絶してしまえばどんなに楽かと思うのだが、残念な事に気絶する気配もなく……ああ、いっその事フォースを全力で使って天井でも落とせば全部解決する気がする。

 

「お前も手なんか上げて何するつもりだ!?」

 

「はっ……すいません、天井を落とそうとしてました」

 

「さらっと恐ろしい事言うんじゃねえよ!」

 

 カズマさんに腕を掴まれて我に還った私は、頭を振って馬鹿な考えを追い払う。

 前方に人形、後方に甲冑。これどうすればいいんだろう……。

 

 思案する中でもカタカタと人形が近付き、カシャンカシャンと甲冑が歩いてくる。

 

「……カズマさん、私が頑張って人形と甲冑の両方を吹き飛ばすか固まらせるかするので、その隙にめぐみんを連れて逃げてください」

 

「おい馬鹿言うな。流石に置いていくなんて出来ないぞ」

 

「私なら大丈夫です。スキルを駆使して逃げますから。この場合はスキルを使っても良いですよね……」

 

「……ああ、思う存分使え。でも逃がすのはまずめぐみんからだ。こうなったら俺も覚えたての『ドレインタッチ』でこいつらから魔力の一つや二つは吸ってから逃げてやる」

 

 カズマさんがそう言って、私を見据える。

 覚悟を決めたようなその表情に、私の胸に安心感が広がっていく。

 

「めぐみん、今の話は聞いたと思うけど、私が合図したら走ってどこかに隠れて」

 

「出来ればアクア達を探して欲しいが……。そこはめぐみんに任せるからな」

 

 私とカズマさんがそう言うと、めぐみんはコクコクと頷く。

 カズマさんはそんなめぐみんの口から手を離すと、ゆっくりと立ち上がって前方の人形を見据える。

 

 私も続いて立ち―――……あれ?足が動かない。もしかして、尻餅を付いた時に痛めた?いや違う、別にどこも痛くはない。これは、まさか……。

 

「あ、あの、カズマさん……」

 

「なんだ? ああ心配すんな。俺が人形をやるからフーコは」

 

「……私、腰が抜けちゃったみたいです……」

 

「は?」

 

 カタカタと人形が近付き、カシャンカシャンと甲冑が歩く。

 そんな極限状態の中で、私は腰を抜かしてしまっていた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「……よーし分かった、もう分かった。作戦変更だ。めぐみんはフーコを引き摺って逃げろ。俺はここに残って意地でも暴れてやる。もうこうなりゃヤケだ。暴れまくって悪霊共をドン引きさせてやるっ!」

 

 泣きそうな私とめぐみんの前に立つと、カズマさんは手を広げて大きく息を吸って……。

 

「かかってこいやあああああっ!! あとでうちの狂犬女神けしかけてやんよおおおおおっ!!!」

 

 カズマさんが屋敷中に響き渡るような絶叫を上げた。……その時だった。

 

 

『ゴッドブロ――ッ!!! 相手は死ぬ!!』

 

 

 けたたましい音をたてて後方の甲冑がバラバラになると、その甲冑を飛び越えてアクア様が私達の前に躍り出た。

 

「アクア、アクアか!?」

 

「待ってましたよアクア!!」

 

「アクア様!」

 

「私もいるぞ!! 忘れないで欲しい!」

 

「ダクネスさん!」

 

 少し遅れてアクア様の隣に飛び出したダクネスさんが箒を剣のように構える。

 よく見ると二人とも寝巻き姿だ。この姿のまま除霊していたのだろうか。

 

「ちょっとカズマ! さっきのは何よ!? 誰が狂犬女神よ!!」

 

「ははっ誰だっていいだろうが! おいアクア! まとめてやっちまえ!!」

 

「言われなくてもそのつもりよ!」

 

 アクア様が両手を広げた直後。

 カシャンと後方から音が鳴り、振り向くと、復活した甲冑がヨロヨロと立ち上がっていた。

 

「しぶといわね。ここには悪霊の居場所なんてないのよ! ターンアンデッ……」

 

「ア、アクア様!」

 

 全員が甲冑に気を取られた一瞬の隙を縫い、人形の集団がアクア様とダクネスさんに飛びかかる……事はなく素通りすると、一斉に甲冑に群がり激突した。

 人形にぶつかられ、凄まじい音を立てて倒れる甲冑。

 

「これはいったい……」

 

「何が起きてるんだ? 仲間割れか?」

 

 金属がぶつかり軋む音が響く中、私達が困惑していると、アクア様が前に進み出る。

 

「あの人形にはこの屋敷に住んでいた貴族の隠し子の霊が憑いてるのよ。そしてああやって屋敷に住み着いた悪霊を追い払ってるみたい。悪さをするならこの家と遊び場から出ていけってね。あの甲冑は何処からか流れ着いた騎士の怨霊が入ってるみたいだけど、屋敷の主には敵わないようね」

 

「隠し子って、門でアクアが言ってたやつか?」

 

「ええ、そして私達は久々にやって来た遊び相手って訳よ。放っておいてもいいんだけど、女神としては見逃せないし、浄化してやるのが情けってものよ」

 

 倒されてもがく甲冑に人形が群がる光景と、アクア様の話を聞いた私は思い返してみる。

 そういえば、あの甲冑と違って人形からは敵意を感じなかった気がする。……うん、今は少なくとも私達には向けられてない。

 

「とりあえず、供養は後でやってあげるからまとめて浄化されなさい。『ターンアンデッド』ッ!!」

 

 アクア様が両手を広げると、廊下が眩い光に包まれた。

 

 

 

 

 太陽が昇り、小鳥が囀る朝。

 一晩かけて屋敷内の除霊を完了させると、カズマさんとアクア様は悪霊退治の報酬が貰えるかもしれないと言ってギルドに向かった。

 

 屋敷には私とめぐみんとダクネスさんが残り、除霊で散らかった屋敷内を掃除して回っていた。

 特に、アクア様の部屋は私のせいで酷い有様になっていたので、原因である私が責任を持って念入りに綺麗にしていた。

 

 私が部屋から出た酒瓶やゴミを屋敷の外へ運び出している時だった。

 

「ごめんください」

 

「はい。あなたは……」

 

 庭先に一昨日の不動産屋の男性が立っていた。

 

「あの、すいません! 大事な屋敷をこんなにしてしまって……」

 

 屋敷の有様を見た不動産屋さんが何かを言う前に私が頭を下げると、不動産屋さんはいえいえと笑って話をし始めた。

 

 

「――では、お仲間の皆様にもお伝え下さい」

 

「はい!ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

 

 話を聞いた私は、不動産屋さんを見送ると頼まれた言伝を思い返す。

 

 まずは除霊した事に感謝しているという事、そして迷惑に思うどころかこの屋敷にこのまま住んでもいいという事。これは予想外の話だった。

 

 そして、これが一番重要なので忘れずに伝えて欲しいと言われたのだが、屋敷に住むにはある二つの条件があるという。

 一つは冒険が終わった後に、夕食の時にでも、その話題で花を咲かせて欲しい。

 もう一つは屋敷の敷地内にある墓を定期的に掃除して欲しいというものなのだが……。

 

 お墓の掃除は当然だが、一つ目がよくわからない。でもこれらが条件なので皆にきちんと話しておこう。ああ、そうだ、ウィズさんにも報告しておこうかな。

 

「おーい帰ったぞー」

 

「ただいまー……」

 

 と、カズマさんとアクア様がタイミングよく帰ってきた。

 何だかアクア様が涙目になってるけど、何かあったのだろうか。いや、今はとりあえず不動産屋さんの言伝を伝えなければ。

 

「おかえりなさい。さっき不動産屋さんが来て……うわっ」

 

 私が伝えようとすると強風が吹いてよろけてしまい、言葉が切れてしまった。

 

「寒っ!! あー、フーコ。話は中で暖まりながらしようぜ」

 

「早く暖炉で暖まりたいんですけど……」

 

 カズマさんとアクア様が寒い寒いと屋敷に入る中、私は庭の木の下にぽつんとある小さなお墓を見つめる。風が吹いた時、一瞬だが女の子の笑い声が聴こえたような気がしたのだが。

 

「うん、気のせいだよね……」

 

 私は呟きながら、屋敷の扉を開いた。

 




・ウィズと再会しました。
・幽霊屋敷の除霊に成功しました。
・屋敷を入手しました。


次は紳士のお店です。

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