この素晴らしい世界にフォースの導きを!   作:つむじヶ丘

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遅れて申し訳ないです。ダンジョンです。




第三話 怖がり少女に迷宮を!

 

 アクセルの街から半日ほどかけて山へ歩き、その麓の険しい獣道を進むと一軒のログハウスが見えてくる。そのログハウスの表には『避難所』と書かれた看板が掲げられており、その先の山の岩肌には奥を窺い知れない洞窟がぽっかりと口を開けていた。

 

 その洞窟が今回の私達の目的である『キールのダンジョン』と呼ばれる場所だ。ダンジョンとはモンスターが強弱問わず住み着き、形作る場所で、ゲーム等でよくあるダンジョンとイメージはさほど変わらないらしい。

 

 おまけにこのダンジョンにはある伝説があった。キールという名の稀代のアークウィザードが貴族の令嬢に恋をし、その令嬢を攫ってこのダンジョンを作って立て籠ったという話だ。今となっては、このダンジョンの名前の由来になった伝説も殆ど忘れ去られ、初心者冒険者の良い練習場になっているらしいのだが……。

 

「いたっ! ちょっとカズマ! 足踏まないでよね!」

 

「俺じゃねえよ。というかお前らもう少し離れろよ」

 

「そうは言っても、しがみつかれてるから物理的に無理なんですけど」

 

「あっ待ってください。二人共離れないでください……!」

 

「フーコ、怖いのは分かるけど私のスカートを引っ張らないでくれないかしら」

 

「ついでに俺のマントからも手を放そうか。首が締まって苦しいんだが」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 現在、私達は囁き合いながら暗いダンジョンの中を歩いていた。

 特に私は半泣き状態でカズマさんとアクア様にしがみつくようにして歩いている。

 ちなみに、めぐみんは狭いダンジョン内では爆裂魔法が撃てないという理由で、ダクネスさんは修理した鎧が音を立ててしまうという理由で同行できず、外のログハウスで待機していた。

 

「……あの、カズマさん。せめてライトセーバーを取りに戻ってもいいですか?あれがないと不安で不安で……」

 

「駄目だ」

 

「そんな……! じゃ、じゃあせめてフォースの使用の許可を」

 

「感知以外は駄目だって言っただろ」

 

「そんなぁ……」

 

 おまけに今の私は相棒であるセーバーをぶら下げておらず、丸腰の上にフォースのスキルも感知以外は使用禁止にされているので、とても心細い。

 

 特にダンジョンに入る前にカズマさんがセーバーは置いていけと言うので、渋々めぐみんに預けたのだが、その時にめぐみんがやたらと瞳を輝かせていたので、起動して怪我でもしないかという二重の意味での不安もあった。

 

「あのな、こんな所でセーバーを起動したら音と明かりでモンスターに気付かれるだろ? あと、狭い場所だとセーバーよりナイフやショートソードの方が便利なんだよ。というか武器とスキルに頼り切っても精神修行にならないだろ」

 

「で、でもこういう修行をやるなら事前に言ってくれれば準備くらいはできたのに、何も言わずに連れて来るのはズルいですよ……」

 

 ――精神修行。

 私は最初、カズマさんが復帰のリハビリがてら一人でダンジョンを探索し、あわよくば一攫千金を狙うからダンジョンまでの道中を護衛して欲しい――と頼まれたのでついてきたのだが、ダンジョンに到着するなり『というのは半分嘘で、もう半分はお前の精神力を鍛えるための訓練だからお前も一緒に行くんだよ』というサプライズを受け、セーバーを取り上げられた上に襟首を掴まれ、半ば引き摺られるようにしてダンジョンに潜っていた。

 

「これも不意に起きる出来事への対応も含めての訓練だと思え。焦りと恐怖心を克服しないとフォースは使えないぞ。たとえ、恐怖心で使ってもろくな結果にならない事は、転生前の知識があるお前なら分かるだろ?」

 

「……それは、そうですけど」

 

 カズマさんの言いたい事はわかる。

 以前に少し話していたフォースの暗黒面の事だろう。暗黒面はあらゆる負の感情……怒りだけでなく、不安や恐怖心も糧にする。

 私は自分が臆病な自覚はあるので、カズマさんはそこを鍛えるために私に修行をさせるのだろう。……と、そこまでは分かるのだが、いまいち納得出来ないのはこの場所だ。

 

「あの、でも何でこんなダンジョンでやるんですか?他に場所とかって……」

 

「……それについてだが、まずフーコの精神力を鍛えさせる事は前から考えてはいたんだ。けど肝心の修行場所が思い付かなくてな。それで悩んでた所にクリスに街でバッタリ会ったんだよ。俺が休養してる時にな」

 

「えっと……ダクネスさんの友達の?」

 

 私はクリスさんとはあまり面識がない。

 ギルドでは見掛けないので盗賊のアジトにでも居るのだろうか。いや、アジトがあるのかどうかも分からないけど……。

 

「ああ、そのクリスに俺が休養してるって話したら、ならリハビリにどうだってこのダンジョンを教えて貰ってな。そこから俺のリハビリも兼ねたフーコの訓練を思い付いたって訳だ。ほら、ダンジョンは丁度いい暗さと狭さで恐怖心を煽るだろ?それに初心者の練習場ならピッタリの場所だと思わないか?」

 

 そこまで考えてくれたカズマさんには申し訳ないけど、私にはハードルが高いような気がする。というか、ここ本当に初心者の練習場なんだろうか。

 

「でもこれ煽り過ぎですよ……。鍛えられるどころか心が折れそうです……」

 

「そんなにグズるなって。……この程度のダンジョンなら一人で入れるようになれば良いと思ったんだが、この分だと先が思いやられるな」

 

「一人なんて絶対に無理です!」

 

「じゃあ、もうこの際あれだ。ここは遊園地のお化け屋敷だと思えば良いんだよ」

 

「私お化け屋敷なんて一度も入ったことないですし、ここは現実のダンジョンじゃないですかー……」

 

「お前、今日は珍しく強情だな……。まあ、いざとなったらその時は考えるから、諦めてついて来いよ」

 

 私の泣き声にカズマさんが溜め息を漏らす中、後ろのアクア様が私の肩越しに身を乗り出し、クスクスと笑った。

 

「ねえねえ、でもこの程度のダンジョンとか言っちゃうカズマだって、階段をビクビクしながら降りてる姿が私には見えてるわよ? それに、怖さを紛らわそうとしてお喋りする事ないからね?何なら私が代わりに先頭を歩いてあげてもいいのよ?」

 

「そんな無駄な心配はよせよアクア。俺はお喋りじゃなくて必要な事を話してるだけだからな?あと、物音が聞こえる度に、情けなくフーコにしがみついてるお前にだけは言われたくないんだが」

 

 カズマさんが振り返って微笑みながらそう言うと、アクア様がふっと息を漏らす。

 

「私はアンデッドが出てきた時のためにフーコと場所を入れ替わる準備をしているだけよ?カズマこそ、どさくさに紛れて私のお尻を触ったりしないでよね」

 

「お前は馬鹿だな。先頭にいる俺がどうやって一番後ろのお前の尻を触ったりできるんだよ。そんなアホな事するくらいなら、お前をダンジョンの奥深くに残したまま帰る方法でも考えるぞ。いやもう既に考えてる」

 

 二人はピタリと立ち止まって顔を見合わせると、肩を震わせて笑いだした。

 

「やだもーカズマったら! そんな怖い冗談言っちゃって! クスクスッ!」

 

「はははっ! おいアクア、そろそろ付き合いが長くなるお前なら、俺が本気でやるって事くらいわかるだろ?謝るなら今のうちだぞ」

 

 もしかしたら二人は冗談を言い合って和ませようとしているのかもしれないが、声が響くのでヒヤヒヤものだ。私は和やかに笑い合う二人に挟まれながらも、ダンジョンの入り口から発動していた感知の範囲を最大限に拡げた。

 

 アクア様は暗闇でも難なく見通す女神の目を持ち、カズマさんは感知スキルと併用して暗闇で暗視できる『千里眼』と、敵から身を隠す『潜伏』のスキルを持っているらしいが、私は隠れる事が出来ないのでいち早く感知して知らせることしか出来ない。

 

 ――と、早速何かの反応が。

 

「……階段を降りきった先の曲がり角に、何かが居ます」

 

 私の呟きに笑い声が止み、緊張が走る。

 

「お前ら、消臭ポーションは振りかけてるよな?」

 

「ええ、一応ね」

 

「大丈夫です」

 

 私達はダンジョンに入る前に鼻が利くモンスター用にカズマさんが持ってきた消臭ポーションを身体に振り撒いているので、匂いは大丈夫のはずだ。

 

「よし、後は音を立てずにゆっくり進むぞ。いいか?絶対に物音は立てるなよ」

 

「……それってそういう振り?」

 

「おいふざけんな」

 

 囁くカズマさんを先頭に、私達は慎重にゆっくりと近づいていく。

 やがて曲がり角に差し掛かり、壁に張り付いたカズマさんがショートソードを抜いてそろそろと覗き込んで……。

 

「ふわーっ!?」

 

 カズマさんの叫び声にビクッと身体と心臓が跳ねた。

 辛うじて悲鳴を上げるのは我慢したが、身体が固まってしまって動けない。

 私が立ち止まっていると、アクア様が私を追い抜いて曲がり角を覗き込んだ。

 

「……ああ、この人アンデッドに成りかけてるわね。ちょっと待っててね」

 

 アクア様はそう言うと、しゃがみこんで何やらブツブツと唱え始め、やがて曲がり角から淡い光が漏れて消えた。

 おそらくは冒険者か誰かの死体があったのだろう。……咄嗟に感知を切ってしまったので全貌は分からなかったが。

 

「これで浄化完了よ。………ところでカズマ」

 

「さっさといくぞ」

 

 私が緊張から解放されてホッとしていると、アクア様が先に進もうとするカズマさんを呼び止めた。

 

「ねえ、ふわーってなに? 今まで散々強がって物音は立てるなよとか言ってた人が、ふわーって! なにその悲鳴! プークスクスッ!! おかしー!」

 

「……っ」

 

 アクア様の笑い声に、思わず私もつられそうになるのを必死に我慢する。

 気が抜けた途端に笑いが込み上げてしまうのは一体何なんだろう。

 いや駄目だ、絶対に笑っちゃ駄目だ。カズマさんに失礼だ。笑ったら怒られる。

 

「……絶対に置き去りにしてやる」

 

 カズマさんのドスの効いた低い呟きが聞こえ、私は慌てて咳払いした。

 

 

 

 

「彷徨う哀れな魂よ。聖なる力で導かれ、安らかに眠りなさい。『ターンアンデッド』!!」

 

 今日のアクア様はいつにも増して気合いが入り、いつもより女神様然としていた。

 

 私とカズマさんが感知を告げる前に先頭に立ったアクア様がいち早くアンデッドに反応し、その度に浄化を繰り返し、先へと進んでいた。

 ダンジョンに入る前にアクア様が『アンデッドは生者に惹かれて寄ってくるから、隠れても無駄』と言っていたが、本当にその通りのようだ。

 奥へと進む毎にアンデッドの数は増え続けていたので、アクア様が居なかったらどうなっていたか分からない。

 

「ふぅ……。周囲にアンデッドの気配は無くなったわね。大方片付いたみたい」

 

「いや本当に助かったぞ。お前がついてくるって言い出した時はどうなるかと思ったけど、こんな時のためだったんだな……」

 

 浄化を終えて一息ついたアクア様にカズマさんが感心したように言うと、アクア様がふふっと笑った。

 

「ふふん、ようやく私の凄さが分かった? ……それにしても、お宝の気配が欠片もないわね。まあ長い間荒らされ放題だから無理もないけど」

 

「でもなあ、ここまで来たらお宝の一つでも見つけて帰りたい所だけどな」

 

「今のところは何もないですね」

 

 私達は今、ダンジョンのかなり深くまで潜っていた。とは言っても、このダンジョンはかなり広いようで、ここが最奥なのかは分からない。そのため、迷って同じ所をぐるぐる回らないようにカズマさんとアクア様が曲がり角の一つ一つにチョークで印を付けながら歩いている。

 

「お? 何か部屋があるみたいだな」

 

 カズマさんが壁沿いに進みながら、前方の扉が朽ち果てた部屋を覗き込む。

 

「よし、罠はないな」

 

「敵の気配もないです」

 

 カズマさんが罠を、私が敵の有無を確認するとカズマさんがそろりと部屋の中に入った。そして後に続いた私達を横目に床を眺めた。

 

「ちっ……。ろくな物が転がってないな」

 

「ねえカズマ。その台詞といい探索方法といい、私コソ泥になった気分なんですけど……」

 

「言うなよ。俺もちょっと思ってたところだ」

 

 カズマさんとアクア様が床に転がっている土器の欠片や木片を漁る中、私は部屋のある一点が気になっていた。

 

「カズマさん、アクア様。あれって宝箱じゃないですか?」

 

「あっ! 宝よ宝! 宝箱じゃないの! やったわね!」

 

 部屋の一角にポツンと置かれた典型的な宝箱。今まで本物の宝箱を見たことがなかった私は、近くでよく見ようと歩き出して――。

 

「ちょっと待て!!」

 

「あうっ!」

 

 カズマさんに背後からローブを引っ張られ、よろけた所を受け止められてしまった。その私の頭の上でカズマさんがほっとしたように息を吐く。

 

「いいか? 集中してもう一度感知してみろ」

 

「は、はい。……あれ?」

 

 その言葉に従って集中すると、宝箱とその周辺の壁と床から何かの反応があった。

 

「あのな、何度も荒らされまくったダンジョンにあんな宝箱が置かれてるほうが不自然だろ? たぶんだけどあれは……」

 

 カズマさんは石ころを拾って宝箱に投げると、その石は放物線を描きながら宝箱に当たって床に転がった。

 

 その直後……。

 

「……ッ!?」

 

 ぐにゃぐにゃと宝箱とその周囲の床と壁が蠢き、石を飲み込んでしまった。

 

「……あー、あれは『ダンジョンもどき』ね。その名の通りのモンスターで、宝箱やアイテムに擬態して、近づいて来た生き物を捕食する質の悪いヤツよ」

 

「ゲームではお馴染みのモンスターだが、実際に見ると本気で気持ち悪いな……。もう、さっさとここから出るぞ」

 

「はい……」

 

 頭と背中からカズマさんの感触が消えると、うねうね動いているダンジョンもどきから目を逸らした。カズマさんが止めてくれなかったら今頃あれに……。

 

 私は身震いしながら部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 このダンジョンに潜ってからもう何時間過ぎたのだろうか。

 

「行き止まり……ですかね」

 

「みたいだが、ここが最奥か?」

 

 私達は遂に行き止まりにぶつかってしまった。

 

「分かりませんけど、少し疲れました……」

 

「だな、そこかしこがアンデッドだらけで俺も疲れた。おいアクア、ちょっと休憩……アクア?」

 

 私とカズマさんが壁に寄りかかって一息入れていると、アクア様が宙に向かってくんくんと匂いを嗅ぎだした。

 

「何してんだ?」

 

「……匂うのよ」

 

「匂う?」

 

 私とカズマさんは咄嗟に自分の匂いを確認するが、特に匂いはしない。

 そういえば、ダンジョンに入ってから三人でくっついて歩いていたけど、何の匂いもしなかったのは消臭ポーションの効果があるからだろうか。もしそうなら普段用とトレーニング用に持っていてもいいかもしれない。

 

「うーん……壁の方から何かの匂いがするわね。この向こうに何かあるみたいだけど」

 

「ダンジョンで行き止まりと言ったら……隠し通路か?」

 

 アクア様が行き止まりになっている壁を指差すと、カズマさんが壁に触れた。

 私も前方の壁に精神を集中させ、壁の向こう側を調べる。

 

「……何か空間がありますね」

 

「これはもしかして、この向こうに宝が隠されてるって可能性もあるな。よし、何処かに入り口がないか探すぞ」

 

「いいえカズマ。宝と言うか、この匂いは……」

 

 アクア様が言いかけたその時、壁の一部がくるりとどんでん返しのように回転した。そして、その奥から何かの物音と、くぐもった声が聞こえてきた。

 

「……もしや、そこにいるのはプリーストかな?」

 

 

 

 

 壁の向こう側には部屋があった。

 薄暗いので辛うじて周りが見えるその部屋は、ベッドとタンスに小さなテーブルと椅子が置いてあるだけの質素な部屋だった。

 

「やあ、はじめましてこんにちは。いや、こんばんはかな」

 

 この部屋の主は小さな椅子に座ってそう言った。

 

「……あの、灯りを点けても?」

 

「ああ、構わないよ」

 

 カズマさんがその人に断りを入れると、テーブルの上に置かれた蝋燭に『ティンダー』の魔法で火を点けた。

 蝋燭に照らされて浮かび上がった部屋の主は……目深にローブを被った骸骨の姿をしていた。

 

「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢を攫った悪い魔法使いさ」

 

 

 ――その昔、稀代の天才と謳われたアークウィザードがいた。その名をキールという。

 

 彼はある一人の貴族の令嬢に恋をした。一目惚れだった。

 だが、この恋が実るはずがなかった。一介のアークウィザードと貴族の令嬢では、絶対的な身分の差があったからだ。

 彼は一心不乱に魔法の研究に打ち込み国に貢献し続け、いつしか国一番のアークウィザードとなった。

 そしてある時、ついに彼は王城に招かれた。

 

 王は言った。『その貢献に報いたい。どんな望みでも一つ、叶えよう。』

 彼は言った。『この世にたった一つ、叶わなかった望みがあります。』

 

 ――その時、キールが何を望んだのかは伝わってはいない。ある言い伝えによると、キールは貴族の令嬢を攫ってダンジョンに立て籠もったという。

 その後の話は伝わってはおらず、キールと令嬢がどうなったのか、わかってはいない。

 

「……世間に伝わっている話はここまでのようだが、王に望みを聞かれた私はこう答えたんだ」

 

「『その望みとは、虐げられている愛する人が、幸せになってくれる事です』とね。その後、私は貴族の令嬢を攫ったのだよ」

 

 骸骨……キールさんがどこか自慢気にそう言うと、今まで黙って聞いていたカズマさんが。

 

「……つまり、なんだ。あんたは実は良い魔法使いだったって事か?その貴族の令嬢はご機嫌取りのために王様に妾として差し出され、でも王様には可愛がってもらえず、正室や他の妾とも上手くいかなかった。で、その人が虐げられている事を知って、要らないならくれと言って攫って行ったと?」

 

 キールはカズマさんの言葉に大きく頷いてカタカタと笑った。

 

「概ねそう言う事だ。そして攫ったお嬢様にプロポーズしたら二つ返事で了承してくれてな。私はお嬢様と愛の逃避行しながら王の軍隊とドンパチやったって訳だ。いやはや、あれは楽しい時間だった。ああ、ちなみにあそこにいるお方がその攫ったお嬢様だよ。どうだ?鎖骨のラインが美しかろう」

 

「……えっと」

 

 キールさんが指差す先には、小さなベッドに白骨化した骨が横たわっていた。

私は思わず声に出してしまう。

 

「その、とても色白ですね……」

 

「色白か、なかなか面白い事を言うお嬢さんだ。確かに美しいだけでなく色白でね。生前もとても美しいお方だったよ」

 

 キールさんはカタカタと喉の骨を震わせながら、ぽっかりと空いた眼孔で私を見つめた。骸骨の人に見つめられる経験はないので、急に落ち着かなくなる。

 

「……で、だ。君達を招いたのは他でもない、そこのプリーストの女性にちょっと頼みがあってね」

 

「何かしら!?」

 

 何故かアクア様が瞳を爛々と輝かせて一歩前に出ると、キールさんはコクリと頷き。

 

「どうか、私を浄化してはくれないか。貴女はそれができる程の力を持ったプリーストだろう?」

 

 

 

 

 

 アクア様が浄化のための詠唱を唱えている間、キールさんはベッドに横たわるお嬢様の腕に自分の手を置いた。

 アクア様によると、お嬢様は悔いを残さず安らかに旅立っているらしい。

 キールさんはそんなお嬢様の手をそっと撫でながら、じっと見つめているようだった。

 

 私はその光景を眺めながら、いつの間にか怯えも恐怖心も消え去っている事に気が付いた。

 

 それはキールさんに一切の敵意がなく、まるで客人をもてなすように私達に接してくれた影響なのか。

 それともキールさんがお嬢様を守りながら戦い、瀕死の重傷を負っても尚、お嬢様を守るためにリッチーになった事を知ったからだろうか。

 はたまた、自由の身となったお嬢様が国を相手取り、世界を飛び回る逃走劇の中であっても幸せそうに笑い、やがて最期を迎えたと聞いたから……。

 

 何にせよ、私の胸は切ないような温かいような、そんな不思議な感覚で満たされていた。

 

「……いや、本当に助かるよ。アンデッドが自殺するなんて真似は流石に出来なかったのでね。ここでじっと朽ち果てるのを待っていたら、とてつもない神聖な力を感じたのだよ。これには思わず私も長い眠りから目覚めたというものさ。……それに」

 

 キールさんは一度言葉を切ると、その眼孔で私をじっと見た。

 

「最後に、どこか懐かしい気配のするお嬢さんにも会えたからね」

 

「え? それって……」

 

 私がその言葉の意味を聞こうとすると、アクア様の詠唱が終わった。

 そして私は自然に、アクア様の方に視線が吸い寄せられていった。

 

「神の理を捨て、自らリッチーとなったアークウィザードのキール。水の女神アクアの名において、あなたの罪を許します。……目が覚めると、そこにはエリスと言う名のパッ……女神がいるでしょう。たとえ年が離れていても、それが男女の仲ではなく、どんな形でも良いと言うのなら……。彼女に頼みなさい。お嬢様に会いたいという願いを、彼女はきっと叶えてくれるでしょう」

 

 白い光に浮かぶ、とても優しげな微笑み。……女神様の微笑み。

 私は普段のお茶目な笑みとは全く違う、その微笑みに見惚れてしまっていた。

 

「これは、なんとありがたい……」

 

 キールさんは微笑むアクア様の言葉を聞くと、深く頭を垂れて一礼し、白い光に包まれた。

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!!」

 

 やがて、部屋を満たしていた白い光が消えるとキールさんとお嬢様の姿は消えてなくなっていた。

 私達はしばらく黙っていたが、やがてカズマさんが部屋の出口へと歩き出して振り向いた。

 

「……さて、帰るか」

 

 

 

 

「なあ、キールはお嬢様に会えるのか?」

 

「エリスは頭は固いけど優しい子だから、何とかしてくれるわよ」

 

地上への帰り道、カズマさんがポツリと零した言葉にアクア様がそう答えた。

 

「そういや、キールはリッチーだけど良い奴だったな。タンスの中にあった全財産をくれたし。どれほどの価値かはまだ分からんが、街に帰ったら山分けだな」

 

「そうね、彼らの分まで大事に使ってあげましょう」

 

 キールさんはもう必要ないからと私達に全財産をくれたのだが、私はその中にあった手のひらに収まる程度の綺麗な鉱石を貰っただけだった。今はお金を山分けだとか、そんな気分にはなれなかった。

 

 キールさんは愛するお嬢様のために人の身を捨てリッチーに成ったと言っていたが、もし私が同じ立場ならそこまでの事が出来るのだろうか……そんなどうしようもない事を考えてしまっていた。そして、キールさんが最後に私に言った言葉が気になってもいた。懐かしい気配ってどういう意味だったんだろう……。

 

「……っ!」

 

 考えていると突然、頭に鈍い痛みが走るが、それもほんの一瞬の事だったので私はブンブンと頭を振る。キールさんの部屋を除けば、ここまで緊張の連続だったので疲れてしまったのだろうか。

 

「なあアクア、そういえば少し気になる事があるんだが」

 

「なによ?」

 

 カズマさんの言葉に、何処か少し元気の無いアクア様が応える。

 

「キールがとてつもない神聖な力を感じて目覚めたって言ってたけどさ、あれどういう意味だろうな」

 

「どうって?」

 

 ピタリと二人が同時に立ち止まったので、私も立ち止まった。

 

「……少し遡って思い出してたんだが、デュラハンの時にお前だけがやたらとアンデッドに群がられてたよな?」

 

「……そ、それがどうしたのよ?」

 

「まさか、このダンジョンでやたらとアンデッドに遭遇するのって女神のお前が一緒にいるせいだから、じゃないよな?」

 

「ななな、何を言ってるのかしらカズマったら! そんな事はない……わよ?」

 

「……フーコ」

 

「はい? ……わっ!!」

 

 ふいに名前を呼ばれたかと思った瞬間、カズマさんに腕を掴まれて引き寄せられてしまった。突然の事に私が反応できずにいると。

 

「……ねえ、カズマ。なんでフーコを捕まえて私から距離を取るの? いつモンスターが襲って来てもいいように私達、特にいち早く感知できるフーコとは一緒にいるべきじゃないかしら? ねえ分かってる? チョークで付けた目印はカズマ如きの暗視じゃ確認する事すら難しいわよ?」

 

 ――――。

 

「あ、あの、カズマさん」

 

「……なんだ?」

 

「ふふふっそれにカズマ!! 帰り道にアンデッドに遭遇したらどうするのかしら! というか私が居なかったらここまで来れなかったし、お宝も手に入らなかったわよね? だから街に帰ったら今日の私の女神的な活躍を皆に伝えて、今後は私の事はアクア様と……」

 

「向こうの曲がり角から、何か大きいのがこっちに近づいてきます」

 

「よし、逃げるぞ」

 

「え、あっ……!」

 

 私が何かを感知した事を告げた途端、カズマさんは私を抱え上げ、まだ何事かを話しているアクア様を置いて走り出した。

 

「……あれ? カズマ? 何でフーコを抱えて逃げるのかしら? ね、ねえ、待ってよ!!」

 

 

「アクア様ー! 今すぐそこから逃げてください!」

 

 

「な、なに? 何か来るの? ……あれ、何か唸り声が聞こえるわ! あの、何かがこっちに向かって来てるんですけど!? ま、待って!! 置いて行かないで! カズマー!! カズマさぁぁああああんっ!!!」

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい。……ええ、何があったか大体は想像がつきますけど、聞きますよ」

 

「なんだか随分とボロボロだが、何があったんだ?」

 

 私達がめぐみんとダクネスさんが待つログハウスに着いた頃にはすっかり日が落ち、おまけに私達はボロボロにくたびれ、アクア様が泣きじゃくっているという何とも言えない状態になっていた。

 

「ぐすっ……! あぐぅ……カズマがカズマがね、私を置き去りにし、してね、カズ、カズマがあああああ!!!」

 

「人のせいにすんな! 大体お前がアンデッドを引き寄せまくるのが悪いんだろうが! っていうかなんで帰り道の方がアンデッドの数が多いんだよ!?」

 

「だ、だってしょうがないじゃないの! この私が神聖すぎるから嫌でも引き寄せちゃうんだもの!!」

 

「どこが神聖なんだよ! あれ大半は絶対お前の叫び声のせいだっただろ!!」

 

「私が追いかけてるのにカズマが止まってくれないからじゃないのよ!!」

 

「止まれるわけ無いだろ!! お前の後ろを大量のアンデッドとでかい何かが追いかけて来てたんだからな!?」

 

「まあまあ二人共落ち着け。随分と楽し……大変だったようだが、一旦座って話でもしようじゃないか」

 

 ダクネスさんがヒートアップするアクア様とカズマさんの間に割り込んで宥めると、二人はログハウス内の椅子に座り直した。

 

 めぐみんはそんな私達を何とも言えない表情で眺めると、椅子に座った私の前に立ち、懐からセーバーを取り出した。

 

「フーコ。これ、預かっていたので返しますね」

 

「ありがとうめぐみん」

 

 私はめぐみんからセーバーを受け取ると、ぎゅっと握りしめる。

 うん、やっぱりこれがあると落ち着く。

 

「このライトセーバーは中々難儀な……いえ、何でもありませんよ」

 

「……ん?」

 

 何故か目を泳がせるめぐみんの背後の壁に、焼け焦げた爪痕のようなものが刻まれているのを発見してしまった。

 

「めぐみん……?」

 

「と、ところでカズマ、その袋は何ですか?」

 

「ん? ああ、財宝だよ。街に戻ったら山分けだ」

 

 カズマさんが腰から宝が入った袋を外すと、テーブルの上に置いた。

 

「おおー、何だか高価そうなものばかりではないですか! ダンジョンの奥で見つけたのですか?」

 

「いや、リッチーに貰った」

 

 袋を覗き込んだめぐみんにカズマさんが答えると、ダクネスさんが首を傾げた。

 

「リッチー? カズマ、ダンジョンにリッチーがいたのか?」

 

「ああ、このダンジョンの伝説は知ってるだろ? その登場人物が居たんだよ」

 

「ほう? 詳しく聞かせて貰えないだろうか」

 

「なかなか興味深そうな話ですね」

 

 興味津々と言った様子のダクネスさんとめぐみんに、カズマさんはキールさんとお嬢様の事を話して聞かせた。

 その間の二人、特にダクネスさんは静かに聞き入り、何度も頷いていた。

 

「――って事があったんだ。アクアの話だとそのお嬢様に未練はなかったそうだが……逃亡生活はどうだったんだろうな? キールは楽しんだらしいが、お嬢様は幸せだったんだろうか」

 

「私は貴族ではないので何とも言えませんが、最後まで笑っていたのなら幸せだったのではないですかね。ダクネスはどう思いますか?」

 

 天井を見上げながら呟いたカズマさんにめぐみんが応え、ダクネスさんに尋ねた。

 すると、窓の外を眺めていたダクネスさんはこちらを振り返り。

 

「……ああ、幸せだったさ。断言できる。きっとそのお嬢様の逃亡生活は、人生で一番幸せな時だったに違いない」

 

 ダクネスさんはそんな事を言いながら、少しだけ寂しげな笑顔を見せた。




・ダンジョンに潜りました。
・精神修行(初級)をしました。
・リッチーのキールに遭遇しました。
・リッチーのキールを浄化しました。
・ダンジョンから脱出しました。

次は貧乏店主とお化け屋敷です。

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