この素晴らしい世界にフォースの導きを!   作:つむじヶ丘

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遅れてしまいました。すいません。

今回は少し長いです。冬の試練です。

ちょっとシリアスです。

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誤字脱字を修正し一部改訂しました。



第一話 凍える少女に凍える試練を!

 

目の前に白銀の世界が広がっていた。

辺り一面を雪で覆われたこの場所は、不思議と寒さもなく風もなく、しんしんと雪が降っていた。

どうやってここに来たのか記憶にない。いつの間にか立っていただけだ。

呆然として立ち尽くす様は端から見れば滑稽に映るだろう。

だが、呆然としても戸惑いはない。戸惑う余裕はなかった。

何故なら、足下には白い雪ではなく赤い水溜りとそこに倒れ伏す人の姿があったからだ。

その人が羽織っている緑色のマントも冒険者の服も、とても見覚えがあるものだった。

赤い液体で全身を濡らし、変わり果てたその人は。

 

私の―――。

 

 

 

 

「はっ……はぁ……っ」

 

 意識が覚醒し、飛び起きると同時に大きく息を吸う。

 早鐘のように鼓動する心臓を落ち着かせるために胸を抑える。

 暖炉が消えた宿屋の一室は冬らしく、とても寒い。

 なのに、私の身体は全身が汗に濡れていた。

 

「…………着替えなきゃ」

 

 服が肌に張り付いて気持ち悪いし、放っておいたら風邪をひいてしまう。

 誰もいないのに呟いた私は服を脱ぎ、ベッドの傍に置いてある革の鞄から服を取り出すと、緩慢な動きで身体を拭きながら先程の夢を振り返る。

 

 雪の地面に立つ私と、血に染まりながら倒れている人……あの人はカズマさんだ。

 私がこの世界で一番お世話になっている人。私の大切な仲間。そのカズマさんが声もなく倒れ伏している夢を見た。まさに悪夢、酷い悪夢だ。

 何故あんな夢を見たのか……理由をしばらく考えていると、ベルディアと戦った時の記憶と夢が重なった。

 ベルディアに一瞬で斬り伏せられた冒険者達、産まれて初めて人が死ぬ瞬間を見てしまったあの出来事。あの一件がトラウマになってしまったのだろうか。

 

「でも、なんでカズマさんなの……?」

 

 声に出して自分に問い掛ける。

 何故よりにもよってカズマさんなのか、それが分からない。

 倒れた冒険者が頭の中でカズマさんに刷り替わったのだろうか。何にせよ、録でもない事この上ない。

 

「はぁ……。こんな夢を見る私って……くしゅっ!」

 

 自己嫌悪に陥っていると、くしゃみが出たので慌てて着替える。

 着替え終わるとセーバーをぶら下げてローブを羽織った。

 外はまだ暗く静かだが、このままでは眠れそうにない。宿の中に居ても冷気で寒いので何処か温かい場所に向かう事にした。とはいってもそんな場所は限られている。

 

 私は夜空を仰ぎ、フードを被るとギルドへ急いだ。

 

 

 

 

 

 

「あっ、すいません!」

 

 寒さに震えながらギルドに入った途端、誰かとぶつかりそうになったので慌てて飛び退いた。

 

「いえ、こちらこそ……ってフーコか?」

 

 名前を呼ばれたので顔を上げると、カズマさんが立っていた。

 その肩には酔い潰れたアクア様が担がれており、そのお尻がこちらに向けられている。

 

「珍しいなこんな……」

 

 カズマさんはフードを取った私の顔を見るなり動きを止めた。

 そして、おもむろにアクア様を傍のテーブルの上に放り投げ、そのまま椅子に腰かけてメニュー表を私に差し出した。

 

「とりあえず、何か頼めよ」

 

「え? あ、はい」

 

 カズマさんの思わぬ行動に戸惑いながら私はカズマさんの隣に座った。

 

 

 

 

 カズマさんがシャワシャワする飲み物を注文すると、私は温かいスープを注文し、ギルド内を見渡した。大きな暖炉は炎が勢いよく燃え、ギルド中に暖かさを提供している。その側のテーブルには昼間にも見かける冒険者達が何事かを話しながらお酒を煽っている。この時間のギルドに来るのは初めてだが、昼間と変わらない賑やかさだ。

 

「ギルドってこの時間でも人が多いんですね」

 

「暖を取りに来た冒険者が大半だけどな。それで、こんな時間に何しに来たんだ?ただ暖まりに来たって訳じゃないんだろ?」

 

 私が向こうの冒険者達を眺めていると、シャワシャワが注がれたジョッキを持ったカズマさんがそう聞いてきた。何故だか暖を取りに来たとは思われていないようだ。

 どう答えたものだろう。カズマさんの悪夢を見て眠れなくなったからここに来た……なんて言えるわけがない。ここは適当に誤魔化すしかなさそうだ。

 

「いくらお前でも、怖い夢を見たからここに来た、なんて事は……おいマジかよ冗談だったのに」

 

 ピタリと動きが止まった私を見てカズマさんが何とも言えない表情を見せた。

 普段もそうだが、カズマさんは不意に確信を突いてくる事が多いので、焦ってしまう。

 

「いや、ちち違いますよ? あた暖まりに来ただけです」

 

「壊れたラジカセかお前は。叩いて直してやろうか?」

 

「あっごめんなさい! 怖い夢見て眠れなくなったんです!」

 

 カズマさんが拳を握ったので慌てて首を振る。

 以前にカズマさんの拳骨でアクア様が悶絶していたので、そんなのを受ける訳にはいかない。

 

「なんか顔色悪いし、この時間に来るから何事かと思ったんだが……本当にそんな理由かよ」

 

 私が正直に言うと、呆れ気味のカズマさんが拳を下ろしてジョッキを傾けた。

 というか、そんなに顔色が悪かったのだろうか。

 自覚がなかったので少し恥ずかしい。

 

「そんな理由です……」

 

「ん? いや待てよ、そんな理由でもないかもしれん」

 

 ちょうど運ばれて来た私のスープをカズマさんが寄越した。

 そんな理由でもないってどういう事だろう。

 

「詳しく話してみろよ。聞いてやるから」

 

「はい。あ、ありがとうございます」

 

 カズマさんからスープを受け取ると、一口飲んだ。

 冷えた身体に温かさが染み渡るのを感じながら考える。

 本人がいる手前どう話そうかと迷ったが、夢に出た人物はカズマさんではなく、知り合いだということにして話す事にした。いくら何でも本人に「あなたが死んだ夢を見ました」なんて言えるわけがない。

 

 私が数分間かけて言葉を選びながら話し終えると、それまで黙って聞いていたカズマさんがジョッキに口を付け、中身を飲み干した。

 

「やっぱりベルディアの件がトラウマになってたんでしょうか……」

 

「いや、トラウマというか……」

 

 私の問いにカズマさんは小さく呟き、腕を組んで私の目を見つめ、口を開く。

 

「なぁ、その知り合いってのは俺も知ってる人間か?」

 

「え? えっと……あの、は、はい」

 

「……その夢を見たのは今回が初めてか?」

 

「はい」

 

 頷いた私をカズマさんがじっと見つめるので私は落ち着かなくなる。

 やがてカズマさんが大きく息を吐いた。

 

「……おい。お前なんか嘘ついてないか?」

 

「えっ!?」

 

 もしかしてカズマさんは人の考えを読むスキルでも習得しているのだろうか。

 さっきから私の考えが筒抜けてるような気がする。

 

「う、嘘なんてついてませんよ? そんな訳ないじゃないですか?」

 

「怒らないから正直に言え」

 

「本当に怒りませんか?」

 

「本当に怒らないから言え」

 

 怒らないからと言われた私は思わず身を乗り出していた。

 でもその行動でほぼ自白しているという事に気付いた私は慌てて身を引いて咳払いをする。

 

「その、あのですね……。その人、ただの知り合いじゃなくて、か、カズマさんなんです」

 

「……は?」

 

「血まみれで倒れてたのはカズマさんでいたたたたっ!! なんで! 怒らないって言ったのに!」

 

「怒ってねえよ。悲しいだけだ」

 

 一瞬で頭を掴まれた私が涙目でタップすると、カズマさんが手を離す。

 頭を掴まれる度に思うのだが、段々と動きに容赦がなくなってるような気がする。

 

「うぐ……ごめんなさい」

 

「日頃からお前らの様子を見て、作戦立てなきゃいけない俺の洞察力を舐めるなよ? というかフーコはわかり易すぎるんだよ。わざとかってくらい典型的な反応するし目が泳ぎまくるし」

 

 典型的……。今度、めぐみんの前でポーカーフェイスの練習でもしようかな。

 私が自分の頬をペタペタ触っていると、カズマさんが咳払いした。

 

「まあ、冗談はここまでにしてだ。今の話から分かったことがあるんだが、ちょっといいか?」

 

「はい……」

 

 私もカズマさんに向き直ると、姿勢を正す。

 今の話で何かを導き出したようだ。

 

「まず、フーコが普通の人間ならこんなのはただの夢で済む。けど、フォース使いの見る夢なら話は別だ。フォースを使う者にとって夢は重要な意味を持つ事が多い。例えば夢で警告を促したり、遠くの場所の出来事をリアルタイムで視たりな。フーコの場合は……たぶん予知夢の類だと思うんだが」

 

「予知夢、警告……ですか?」

 

 私は呟きながら夢の内容を思い返す。

 カズマさんの言う通りだとすれば、私はやがて来る未来を夢で見た事になる。

 フォースが夢を見せたのか、フォースで見たのかは分からないが、どちらにせよ私にとっては最悪の未来だ。私は一気に血の気が引いていくのを感じた。

 

「なんだよその顔。言っておくが、未来が絶対にそうなるって訳じゃないからな?」

 

「……え?」

 

「あのな、フーコが夢の事を俺に話しただろ? その時点で俺は自分の未来を知った訳だ。だからその未来を回避すればいいだけだろ。知らないならどうしようもないが、知っていれば対処のしようはある」

 

 まるで何でもない事のようにカズマさんが言う。

 確かに知ってるのと知らないのとでは、行動にも差が出そうだけど、でもどうやって対処するんだろう。えっと、私の夢では確か……。

 

「でも、私の夢は何かが起きる前やその最中じゃなくて、起きた後を見てるって感じでしたから、詳しい状況までは分かりませんよ? それにいつ起きるのかも分かりませんし……」

 

 私がそう言うと、カズマさんが少し考えるように顔を伏せ、少しの間を置いて顔を上げた。

 

「詳しい状況や時間は分からんが、何も推測出来ないって訳じゃない。例えば場所だ。辺り一面が雪に覆われてたんだろ? なら街中じゃなくて街の外って考えられないか? 雪原か雪山か……どちらにせよ、こんな季節にそんな所に行くのはクエスト以外に考えにくい。むしろ毎日のようにクエストしまくってる俺からしてみれば普通の事だ。だから……」

 

「だから……?」

 

「冬の間は危険なクエストを避ければいい。街に篭もってやり過ごすのが理想だ」

 

 カズマさんの言葉に私は唖然としてしまう。

 いくらなんでも、借金も返してないうちにクエストにも行かずに冬を越せるとは思えない。その辺はカズマさんも分かってる筈なのに。

 

「あの、お酒は程々にした方が……」

 

「おいこれは酒じゃねえし、別に酔っ払ってる訳でも、考えなしに言ってる訳でもないからな? ちゃんと策があるから言ってんだよ」

 

 憮然としたカズマさんが懐からクエスト依頼書を取り出すと、テーブルの上に置いた。私は置かれた依頼書のモンスター名を読む。

 

「『雪精』の討伐……? これが策ですか?」

 

「ああ。明日のクエスト用にアクアが見つけてきてな。アクアが言うには『雪精』は雪原に群れを作るモンスターで、剣で斬るだけで消えるような弱いヤツらしい」

 

「それは確かに弱そうですけど、でも……」

 

「最後まで聞けよ。重要なのはここだ。よく見てみろ」

 

 カズマさんの指が依頼書のある欄を示した。

 えっと、報酬が……。

 

「え? 一匹につき十万エリス!?」

 

 思わず大声を出してしまい、周りを見渡す。

 ああ、よかった。誰も気にしてないみたい……じゃなくて。

 

「十万エリスって……」

 

「おう。雪精一匹につき十万エリス。こいつらを全部狩ったら、冬を過ごすだけの金が手に入るって訳だ」

 

「なるほど……」

 

 一匹十万エリスの雪精を群れごと討伐出来れば、冬の間はクエストに行かず、街に籠もれるだけのお金が手に入るかもしれないけど……。

 

「その雪精の群れって何匹くらいいるんですかね? カズマさんは知ってますか?」

 

「確か、だいたい少なくて数百、多くて数千って数らしい」

 

 カズマさんがシャワシャワの追加で手を挙げながら応えた。

 群れは数百から数千……。それを全部討伐出来れば、借金返済分を抜かしても何とかなるかもしれない。むしろ借金自体も何とかなるのでは?

 

「これ、上手くいけば借金も完済できるんじゃないですかね……」

 

「ああ、実はそれを狙ってもいる。このくそ寒い中のクエスト三昧はもうこりごりだからな。いい加減借金を完済して楽になりたい。そして篭りたい」

 

 カズマさんが溜め息を漏らす。

 連日のクエストでレベルは上がるものの、借金のせいでお金が貯まらないのでカズマさんは参っているようだ。

 私はそんなカズマさんを心の中で労いつつも、クエスト依頼書を眺めた。

 改めて目を通すと、少し気になる点が出てきたので、俯いているカズマさんに尋ねてみる。

 

「あの、雪精は弱いモンスターなんですよね? でも、何でこんなに報酬も難易度も高いんでしょうか?」

 

 私がそう言うと、カズマさんも少し首を傾げてみせた。

 

「ああ、そこは俺も謎だったんだが、そもそもクエストは必ずしもモンスターの強弱で報酬額や難易度が決まる訳じゃないんだそうだ。それに、『雪精』はモンスターというよりは精霊の類らしい。だから報酬が高いんだと。……ただ」

 

 言葉を止めたカズマさんが眠っているアクア様を見やる。

 

「これ全部アクアからの情報なんだよな……」

 

「なるほど。アクア様なら間違いないですね」

 

 テーブルの上で酒瓶を抱きしめながら眠るアクア様を見る。

 アクア様は異世界の知識を持っているしモンスターの知識も豊富だからまず間違いはなさそうだ。

 つい、当たり前のようにクエストの事を質問してばかりだったが、カズマさんも確かな情報源があるから答えられたという事に今更になって気付いた。

 だが、そんな私にカズマさんは微妙な表情をしている。

 

「……なあ、何でアクアの話をそこまで信用出来るんだ?」

 

「え? だって女神様じゃないですか」

 

「……いや、まぁいいか。とにかく俺としてもバッドエンドはご免だからな。今なら藁にでも縋りたい気分だ。正直、フォースの予知に何処まで対抗できるか分からん面もあるが、明日さえ乗り切って冬を越せるだけの金が手に入れば、俺の勝ちだ」

 

 カズマさんがそんな事を言いながら、首を傾げた私の頭に手を乗せる。

 手が頭に触れた瞬間、私の胸がチクチク痛みだした。

 

「まあ、何事もなくただの夢でしたってオチを期待してもいるんだけどな」

 

「あ、それが一番いいですね」

 

 カズマさんの手から伝わってくるもの、それが何なのか分かってしまった。

 いつもと変わらないように見えて、一番不安なのはカズマさん自身だ。

 そうだ、冷静に見えてカズマさんも不安なんだ……。

 

「あの、カズマさん」

 

「ん? どうし……」

 

「むにゃむにゃ。あー! もう一杯いくわよカズマしゃん!! ……すやぁ」

 

 アクア様の大きな寝言に言葉を遮られると、カズマさんがジト目でアクア様を見下ろした。幸せそうなアクア様の寝顔を見ていると、ふと思う。

 当たり前のように机の上に寝かされているアクア様だけど、これはかなり目立ってしまう筈だ。こんな形の目立ち方はアクア様も望んでいないと思うのだけど、どうなんだろう。

 私が周りの冒険者を伺うと、不思議な事に周りの冒険者は誰もこちらを見ていなかった。

 

「……藁にはすがるが、コイツに縋るのだけはごめんだな。ところで、フーコは何か言いかけてなかったか?」

 

「いえ、その……私、頑張りますから」

 

「お、おう。……ああ、そうだ。分かってるとは思うが、この事は誰にも言うなよ? コイツもだが、めぐみんとダクネスに知られると、無駄に騒ぐかもしれないからな」

 

「え? あ、はい。あの、わかりました」

 

「話すつもりだったのか?」

 

「ま、まさか……」

 

「お前、本当に分かりやすいな」

 

 私は慌てて首を振ると、フォースを使ってアクア様を床に下ろした。

 そっとアクア様を寝かせながら、心に決意を固める。

 私が見た最悪の未来……それを回避する為に、自分の全力を尽そう。

 

 

 

 

 翌日、私達は街から離れた平原に来ていた。

 街にはまだ積もるほどの雪は降っていないはずなのに、この一帯だけがとても寒く、雪に覆われた真っ白な雪原と化していた。

 その光景は夢に出たものとそっくりで、たちまち不安が募ってしまう。

 隣のカズマさんを見るが、いつも通りの顔色で、冷静そのものだ。

 

「大丈夫……。準備は万端なんだから。それに、今日起きるとは限らない」

 

 私は昨夜、カズマさんを見送った後にギルドに残って今日の為の準備をしてきていた。

 連日のクエストでレベルも上がり、習得可能スキルも増えていたので新しくスキルを覚え、一通りのシミュレーションを済ませた。

 私が新たに取得したスキル……素早く移動する『フォース・ダッシュ』、遠くへの跳躍を可能にする『フォース・ジャンプ』といった身体能力を高めるスキルを習得した。たとえ雪で足場が悪くても、これらを使えばスムーズに移動が出来るはずだ。

 

「……ところでアクア、お前のその格好はどうにかならんのか」

 

 私がセーバーを握りしめていると、隣からカズマさんの声が聞こえ視線を移した。

 そこには、アクア様が防寒着姿で手には虫取り網と腰にはいくつかのガラスの瓶をぶら下げた姿で立っていた。

 私も街を出る時から気にはなっていたのだが、誰も何も言わないのでそれに倣っていた。しかし、遂にカズマさんがアクア様に尋ねたようだ。

 

「ふふん、よくぞ聞いてくれたわね! これで雪精を捕まえて、この瓶の中に入れておくの! で、そのまま飲み物と一緒に箱にでも入れておけば、いつでもキンキンのお酒が飲めるって訳よ! どう? 頭いいでしょう!」

 

 得意気に言うアクア様をどこか諦めたような顔で見るカズマさん。

 冷蔵庫代わりのアイデアは良いと思うけど、雪精って飼えるのだろうか。

 

「で、ダクネスは何で鎧着てないんだ?」

 

「修理中だ」

 

「ん? ベルディアから今まで連戦だったから、鎧が限界だったか? でも、そんな格好で大丈夫か?流石に寒いだろ」

 

「大丈夫だ、問題ない。これもまた我慢大会だと思えばいい。それにせっかくの雪精討伐だからな、ここは自分が何処まで耐えられるのかを……ふふっ」

 

「雪精は攻撃して来ないんだろ? 何がそんなに楽しいのか知らんが、そこまで気合入れる必要あるのか?」

 

 ダクネスさんはいつもの鎧姿ではなく、何故か黒シャツと黒のタイトスカートというとても寒そうな格好をしていた。

 何だかいつも以上に頬が赤いし息も荒いけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 

「ダクネスさん、息が上がってるみたいですけど風邪とかじゃないですよね?」

 

「大丈夫だぞ。ってそんな心配そうな顔をされると……逆にクるものがあるな……!」

 

「こいつは、いつも通りの重症だな」

 

 カズマさんが何とも言えない表情を浮かべるも、ダクネスさんが大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。

 でもあんまり無理はしないで欲しい。どう見ても寒そうな格好だ。

 

「カズマ、私はどうですか? 別におかしくはないですよね?」

 

 私の隣に立っているめぐみんがカズマさんにそう聞くと、カズマさんは少しの間だけめぐみんを眺めた。

 

「ああ、なんて言うか、すげえモコモコだな」

 

「ええ、結構暖かいのですよ。これで寒い冬も凌げるのです!」

 

 防寒着で全身を固めたモコモコ姿のめぐみんが胸を張る。

 雪国の子供みたいで、とても可愛らしい。

 

「フーコはいつも通りみたいだが、寒くないのか?」

 

「実はちょっと寒いですけど、我慢できない程じゃないです」

 

「む? フーコも我慢大会か? いいぞ!勝負しようか」

 

「すいません、それはまた今度にしますね」

 

「はうっ……! わ、わかった。また今度だな」

 

 私はいつも通りの茶色のローブを着ているのだが、今回は違う物の方が良かったかもしれない。ローブはきちんと洗濯もして大事にしてはいるのだが、度重なるクエストのせいか擦り切れ、防寒には向かなくなっている事に、ここに立って初めて気が付いた。

 これでは街に雪が降り積もる頃には耐えられないかもしれない。確か、宿屋に置いてある荷物の中に厚手の黒いローブがあった筈だ。

 あれなら今の季節にはピッタリだ。ちょうどめぐみんのマントの色とお揃いにもなる。

 

「よし、そろそろ始めるか。お前ら、呑気に駄弁ってる場合じゃねーぞ。今日は雪精を狩って狩って狩りまくって、報酬をたんまり貰うからな!」

 

「「「おー!」」」

 

 カズマさんが腰からショートソードを抜き、掲げる。

 それを合図に私達は雪精討伐を開始した。

 

 

 

 

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 宙を舞う小さな雪精を追ってセーバーを振るう。

 意外と雪精は素早いが、私はシミュレーション通りにスキルを駆使して跳び、回りみ、遠くにいる雪精はフォースで引き寄せて斬る。

 だが、どうしてか雪精は他のモンスターに比べて引き寄せ辛い。

 

「お願いだから……こっちに来て!」

 

 遅いスピードで引き寄せられる雪精をセーバーで四散させると、私は一旦動きを止めて周囲を見渡す。

 この方法でもう20匹以上は退治しただろうか。しかし、雪精はまだまだ沢山いるので、これは苦労するかもしれない。今日は出来るだけ早くクエストを完了させて街に戻りたいのだけど……。

 

「今日のフーコはいつになく気合が入ってますね……。このまま一人で狩り尽くすくらいの勢いですよ」

 

「うむ、私なんて一匹も当たらないのに……」

 

「いやダクネスは元々当たらないだろ。よし、いいぞフーコ! そのままの勢いで全部斬っちまえ!」

 

「はい!」

 

 カズマさんの声に頷き返すと、私は背後の雪精を振り向きざまに切り裂いて討伐を再開する。

 

「四匹目の雪精捕ったー! ほらほら見て! 雪精がこんなに捕れたわよ!」

 

 アクア様は網で捕まえた雪精を瓶の中に詰め込むと、ぴょんぴょん跳ねながら瓶を掲げて見せた。

 

 子供のようにはしゃぐアクア様はとても愛らしいが、おそらくその瓶は後で取り上げられてしまうかもしれない。何分カズマさんの命が掛かっているので、ここは堪えてもらうことになりそうだ。

 

 そういえば、めぐみんは魔法を撃たないのだろうか。

強力な爆裂魔法はクエストの進行具合を一気に変えてくれるので、ここぞと言う時に撃ってもらえると非常に助かる。

 私がめぐみんの方を見ると、ほぼ同時にめぐみんがカズマさんの方を振り向いた所だった。

 

「カズマ、ここら一帯を爆裂魔法で消し飛ばしてもいいですか? 私も皆に負けていられないのですよ!」

 

「いいぞめぐみん。思いっきりやってくれ!」

 

「めぐみん! 私が雪精を集めるから、そこを狙って!」

 

「ええ、お願いします!」

 

 奮起しためぐみんが杖を頭上に掲げると私は両手を広げ、フォースで雪精を集めて固定しようと集中する。だが、なかなか集まらない。

 何故か雪精の固定はとてもやり難い。まるでサラサラとした粉雪を掴んでいるような感覚に焦ってしまう。

 

「フーコ? どうしたのですか、私はいつでも撃てますよ?」

 

「ごめん、もう少しだけ!」

 

 めぐみんの強力な一撃……ここは出来るだけ多く集めたいところだ。

 しかし、討伐中に他のモンスターが現れないとも限らないので、感知の範囲も最大限に拡げながら並行して行う必要があった。

 感知と雪精の慣れない感覚に悪戦苦闘していると、一気に疲労が押し寄せてくるが、ここは無視して集める事だけに集中する。

 

「ぐっ……」

 

 スキルの酷使に鈍い頭痛に襲われる。

 歯を食い縛りながら続けると、30メートルは離れた地点の雪の地面に、小さな穴のようなものが現れた。

 だがそれはほんの一瞬の事で、その周囲を漂っていた雪精が磁石に吸い寄せられるように集まり、一箇所に固まった。

 

「おっ? 結構な数が固まったな」

 

「すごいのですよ! あれなら!」

 

「め、めぐみん、出来ればはやく……」

 

「わかりました!白き世界を焔で溶かせ!『エクスプロージョン』ッッ!!!」

 

 一日に一度きりの必殺魔法が雪原に放たれる。

 空気の震えとともに閃光と爆音が奔り、身体が揺さぶられる。

 爆風に耐え、目を開けると雪原の真ん中に土の地面が剥き出しのクレーターが創られていた。煙を上げるそれは、まるで火山の噴火口のようだ。

 

 頭痛から解放された私はほっと息を吐くと、倒れためぐみんに近付いた。

 魔力を使い果たしためぐみんは、雪の中に埋もれながら、自分の冒険者カードを自慢気に見せてきた。

 

「カズマ! フーコ!見てください! 20匹も仕留めてレベルが二つも上がりました!」

 

「やったね、めぐみん。ナイス爆裂」

 

「ナイス爆裂!」

 

「よし。これでフーコが23匹、めぐみんが20匹、俺が3匹でアクアが4匹。合計50匹でちょうど500万エリスか。すげえな、一時間でこれだぞ? ボロ儲けじゃねーか!」

 

 カズマさんが驚きの声を上げる。

 確かに、この短時間でこの金額は凄まじい。

 まさしく美味しいクエストだが……。

 

「でも、何でこのクエストを誰もやらないんでしょうか? 他の冒険者も飛び付きそうなものですけど……」

 

「それなんだよな。ベルディアの報酬が残ってるとしても、アクセルの連中なら真っ先に請けそうなもんだが」

 

「実はアクセルには出不精の人が多いとか……?」

 

「それは流石に……いや、全く無いとは言い切れんのが哀しい所だな」

 

 私とカズマさんが首を傾げる。

 ギルドから出発する際の事なのだが、他の冒険者は誰ひとりとしてクエスト掲示板に立つこともなく、ただ暖かいギルドの中でゆっくりと過ごしているだけだった。

 これは今に始まった事ではないのだが、雪精討伐のクエストが貼られた今日に限って、一人もいないというのが少し引っ掛かった。

 

 何だろう……上手く言えないけど、この違和感というか。

 

「そういえば、出発の時にダクネスが何か言いかけてたような気がする。おいダクネス、ちょっと聞きたい事があるんだが」

 

「ん? なんだ?」

 

「朝、俺達がクエストを請ける時に……」

 

 ――――!!

 

「むっ!? やっと出たか……!」

 

 それは私達の目の前に、音もなく現れた。

 フォースの反応とほぼ同時、空間から湧き出るように出現したそれは、私達を静かに見下ろしていた。

 

「……………はふっ」

 

 さっきまで誇らしげに冒険者カードを見せていためぐみんは、冒険者カードを握ったまま動かなくなった。

 

「……カズマ、フーコ。なぜ冬になると、冒険者達がクエストを請けなくなるのか。その理由を教えてあげるわ」

 

 今まで黙々と雪精を瓶に詰めていたアクア様が虫取り網を地面に置き、一歩だけ後ずさる。

 私達を見下ろすその存在は、ズシャリと重たい音を立て、一歩進んだ。

 

「あなた達は日本に住んでいたんだし、昔からこの時季になると、ニュースや天気予報で名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう?」

 

 全身を白い鎧姿に固めたそれは、無言の圧力をかけ続けている。

 

「そう。あれこそが雪精の主にして、冬の風物詩……」

 

 日本式の白く重厚な鎧兜に白雪の陣羽織。白い総面から覗く眼が怪しく光る。

手には真っ白な日本刀。その鎧武者は氷のような冷たい殺気を膨らませ、手に持つ刀を構えた。

 

「――冬将軍よ」

 

「なあ、アクア、ダクネス。もしかしてこいつが来るって知ってたのか?」

 

「カズマには言いそびれたけどね」

 

「なんだ? カズマは知らなかったのか?」

 

「ははは……バカだッ!! このクソッタレな世界の連中は、人も野菜もモンスターも、何もかもが大バカ揃いだっ!!!」

 

 カズマさんの叫びと共に、鎧武者……冬将軍が襲いかかってきた。

 

 

 

 

 抜身の白い刀、遠目からでも切れ味の鋭さが分かるようなその刀を冬将軍が構える。八相の構えだっただろうか。時代劇でよく見る構えだ。

 冬将軍はその白刃を煌めかせ、一脚で距離を縮めた。

 

「さぁ来いっ!!」

 

 私達の前に出たダクネスさんが、その大剣で迎え討とうとするが――。

 キンッと軽い音を立ててダクネスさんの剣が真っ二つに折れた。

 

「ああっ!? 私の剣が……!」

 

「ダクネスさん!」

 

「わぷっ!? わわっ! 冷たい!!」

 

 気を取られたダクネスさんを咄嗟にフォースで引き倒すと、冬将軍の追い討ちの刃が空振った。美しい金髪が数本、宙を舞う。

 私はそのままズルズルとダクネスさんを引き寄せて一歩前に出た。

 そして、間髪入れずにフォース・プッシュで―――。

 

「えっ……?」

 

 冬将軍はビクともしなかった。

 予想外の事に困惑していると、後ろからアクア様の声が聞こえた。

 

「冬将軍……。国から高額賞金をかけられている特別指定のモンスターよ。冬将軍は冬の精霊。純粋な精霊は、元々実体を持たないのだけど、出会った人達の思念を受けて初めて実体化するの。火の精霊は凶暴な火トカゲ、水の精霊は清らかで美しい乙女の姿って感じにね」

 

 冬の精霊。

 私は話を聞きながら、前方で仁王立ちしている冬将軍を見つめる。

 フォースの感知を冬将軍に集中させ、探る。

 

「……でも、冬の精霊はちょっと特殊なの。本来なら危険なモンスターだらけの冬は、街の人間も冒険者すらも出歩かないのよ。だから誰も冬の精霊に出会ったことはなかったの。一部の例外を除いてね」

 

「おい、まさかその一部の例外って……」

 

「そう。日本から来たチート持ちの連中よ」

 

「つまり、アホのチート共が冬に彷徨いて連想したのが冬将軍だから、精霊がああなったって事か? 迷惑すぎんだろ! どうすんだこれ、冬の精霊なんてどう戦えばいいんだよ!」

 

 冬将軍は冬の精霊が実体化したもの……。

 説明を聞きながら慎重に冬将軍を探ってみると、めぐみんが魔法を放つ時の魔力に似たものを感じた。それが冬将軍の身体全体を覆い尽くしている事に気付く。

 まるで、凝縮された魔力の塊のようだった。

 

 もしかしたら、雪精にフォースが効き辛いのも、冬将軍がフォースにビクともしなかったのも、これが根底にあるのかもしれない。

 でも実体化しているのなら、何かしらの弱点がありそうだけど……。

 

「皆、聞きなさい! まず戦おうとは思わないで! 冬将軍は寛大よ! きちんと礼を尽くして謝れば、見逃してくれるわ!」

 

 アクア様を振り返ると、せっかく捕まえた雪精を放ち、空の瓶を捨て、綺麗な所作で雪の地面にひれ伏した。

 

「必殺の土下座よ! ドゲザするの! ほら皆も武器を捨てて早くして !謝って! カズマもフーコも早く、謝って!」

 

 アクア様は平伏しながら半ば囁くような声でそう言った。

 冬将軍はそんなアクア様と動かないめぐみんを一瞥すると、興味をなくしたように顔を背け、視線をこちらに寄越した。冬将軍の眼がギラリと光る。

 

「ほらカズマ! 頭を下げれば何もしてこないから早く!」

 

「そ、そうだな。フーコ、俺達もやるぞ!」

 

「は、はい!」

 

 カズマさんの言葉に私も慌ててセーバーを収めると地面に置き、そのままひれ伏した。

 一度動きを止めて身体を縮こませると、自分の体温が暑いほど高まっていた事を感じる。

 ずっと緊張状態にあったせいか、心臓の鼓動がバクバクと煩い。

 ズシャリ、と冬将軍の重たい足音が聴こえる。

 

「……っ」

 

 一歩、また一歩と近付いて来る足音を聞いていると、凄まじい後悔が襲ってくる。

 冬将軍の到来……上手くいくと思った矢先にこれだ。

 

 いや、そもそもこんな美味しいクエストには何かしらの裏があると疑うべきだった。違和感を覚えた時点で、他の冒険者やギルド職員に情報を聞いておくべきだった。

 大切な仲間の命が掛かっている時に、なんて詰めの甘さ……。

 

「って何やってんだ!? お前も早く頭を下げろ!」

 

 カズマさんの焦った声に身体の隙間から後ろを伺うと、誰かの……ダクネスさんの足が見えた。

 どうやら、私に引き倒された後に起き上がってしまったようだ。

 

「くっ……! 私にだって聖騎士としてのプライドがあるのだ! 誰も見てないからと言って、騎士たる私がモンスターに頭を下げるなどと……!」

 

 そう言ったダクネスさんの足の傍に新たな足が見えた。

 それがカズマさんの足だと分かった瞬間、ドサッと音を立ててダクネスさんがカズマさんに押さえつけられて雪に顔を埋めていた。

 

「こんな時に面倒くさいこと言ってんじゃねえよ! 変態のくせに変な意地張るな!」

 

「やめろぉ!こんな……一度ならず二度までも! 下げたくもない頭を無理やり下げられ、冷たい地面に顔を擦られて罵られるとか、どんなご褒美だ! フーコといい、カズマといい、私をどうするつもりだ!?」

 

「どうもしねーよ!」

 

「どうもしませんから大人しく頭を下げてください! お願いします!」

 

「くはっ……!」

 

 私が思わず声をあげると、ダクネスさんが呻いて動かなくなった。

 何はともあれ、これで……。

 

 ―――!

 

 突き刺すような怒気を感じ、恐る恐る様子を伺うと、私達のすぐ傍に立っている冬将軍が眼をギラつかせ、こちらを凝視していた。

 なんで睨んでるの?頭を下げれば何もしてこないはずじゃ……。

 

 その時、顔を伏せた私の視界に入ったものがあった。

 それは、頭を下げているカズマさんの右手に握られているもの……剣だった。

 剣、ショートソード。最近のクエストでは、カズマさんが握っている方が珍しくなった剣。

 

 今日に限って、その手に握られた武器。

 

「……か、カズマさん! 武器です! 剣を手から放してください!!」

 

「え? なん――」

 

 私の叫びに、カズマさんが反応し……反応してしまい、僅かに顔を上げてしまった。

 

 その瞬間。

 

 キンッと音を立て、冬将軍の刀が鞘に納められた。

 

「……え?」

 

 それは誰の声だったのだろう。

 いや、それはどうでもいい。そんな事より。

 

手を伸ばした私の目の前で、何が起きてるんだろう?

 

「カズマさん……?」

 

 パシャッと水音が聞こえ、私の顔に温かいものが掛かった。

 顔を手で拭うと、その手が赤く染まった。

 その手の先に視線を移すと、白い雪の中にぼんやりと赤色の水溜まりが見えた。

 そして、その水溜まりに浮かぶ、見慣れた人の顔。

 

「カズ…………」

 

 夢の中の光景と、目の前の光景が重なる。

 重なった部分に差異はあれど、結果は変わらない。

 変えられなかった。

 

 視界が歪んでいく。

 

 

 ああ、どうして…………。

 

 

 

 

 

 

sideカズマ

 

 

「ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。残念ですが、この世界でのあなたの人生は終わったのです」

 

 その声に薄っすらと目を開けると、ローマ時代の神殿の中のような場所にいた。

 目を開けた俺の前には、美しい少女が立っていた。

 白い羽衣に身を包み、白銀の長い髪と白い肌の儚げな雰囲気の美少女だ。

 

 その子の言った言葉を思い返すと、俺が以前にアクアと出会った時に言われた言葉とそっくりだった。

 

 確か、確か俺は自分の死の回避のため、冬籠りの準備をしようと雪精の討伐の依頼を請けて、雪原と化した平原に行って、雪精を狩って、冬将軍に遭遇して……。

 

 そして死んだ。

 

 ああ、そうか。俺は結局、予知された通りの結果を迎えたのか。

 そりゃそうか、フォースの予知を普通の人間が避けられる訳がない。

 それに、俺はあいつの言ったことを完全には信じずに、半信半疑な所もあった。

 フォース使いの夢だと言っても、あのドジなフーコの事だ。どうせただの夢だろうと油断した。

 

 昨日は死にそうな顔色のフーコを宥めるために、一応の作戦を立てたが、全て無駄に終わったらしい。

 

「はぁ……。俺が人に気遣うとか、似合わない事するもんじゃなかったな……」

 

「己を卑下する事などありませんよ」

 

 俺が零した言葉に、目の前の女の子……女神エリスは哀しそうな表情でそう言った。

 

 とりあえず、俺が死んだという事は間違いなさそうだ。

 おそらく、この流れだとアクアの時のように選択肢を選ぶ事になりそうだが、その前に一つだけ聞いておかなくちゃいけない。

 

「あの、すいません。一つだけ聞いてもいいですか?」

 

「はい。私に答えられることなら」

 

「俺を殺したあのモンスター……。冬将軍はどうなったんですか?」

 

「大丈夫ですよ。冬将軍は、あなたを斬った後すぐに消えてしまったようです」

 

 それを聞いて俺は安堵のため息を漏らした。

 あいつらがあのモンスターを相手にしないか心配したのだが、要らん心配だったらしい。あいつらが無事ならそれでいい。……いや、もう一つあった。

 

「すいません。もう一ついいですか?」

 

「はい、構いませんよ」

 

「えっと、俺の仲間に見た目が小学生くらいの小柄な女の子が居るんですけど、そいつはどんな様子ですかね? ちなみに魔法使いじゃない方です」

 

 心配といえば、フーコの事だ。

 自分で言うのも難だが、俺とアイツはそれなりに上手くやっていたと思う。

 最初はフォースを使うチート転生者のくせに、予想外のポンコツっぷりを見兼ねて訓練に付き合ったのだが、叩けば叩くだけ伸びる成長が思いの外面白く、今まで続けてきた。

 ゆくゆくは問題だらけのパーティーの中で貴重なオールラウンダーに育ててやろうとも考えていた。だが、あいつも例に漏れず、フォース使いの宿命……暗黒面という厄介な問題を抱えて―――

 

 ん?暗黒面……?

 

 ちょっと待て、これはマズイんじゃないか?

 回想とかしてる場合じゃなく、この状況は本気でマズイんじゃないか!?

 

 以前、ベルディアに冒険者が斬られた時に、フーコはブチ切れて自制が効かなくなっていた。

 そんなあいつの目の前で俺が死んだら、ただでさえメンタルが弱いあいつは一体どうなるのか。

 

 俺が焦りを覚えていると、少しの間目を閉じていたエリスが小さく頷いた。

 

「その子なら大丈夫です。ショックを受けて呆然としているようですが……。でも仲間の方々の支えがあれば」

 

「あ、駄目だそれ。すいませんが、今すぐ俺を生き返らせて貰えませんか?」

 

「……はい?」

 

 思わず口を突いて出た言葉がエリスの言葉を遮ると、エリスはきょとんとした表情を浮かべた。

 

「何か心残りがあるのですか? いえ、大なり小なり心残りはあるのでしょうけど……。でも、どうしてそんな事を?」

 

 心残りと言えばそうかもしれない。というか心残りでしかない。

 

「さっき話に出した女の子。そいつも転生者なんですけど、持ってきた能力がそれはもう厄介でして。それを制御するためには鋼のメンタルが必要なんですけど、そいつの未熟で紙みたいなメンタルじゃ、不安しかなくてですね。それをどうにかしないと俺は死んでも死にきれないんですよ」

 

「……仲間のため、ですか。あなたの想いはとても素晴らしいと思います。しかし、残念ながらあなたを生き返らせる事は出来ません。天界規定により、一度生き返っている者はそれ以上の蘇生は出来ない定めなのです」

 

 顔を伏せ、申し訳なさそうに話すエリスの言葉に、俺は落胆してしまう。

 天界の規定……。俺みたいな何の変哲もない一個人の頼みじゃどうしようもないのは分かる。

 だが、今フーコを放っておくと本当に厄介な事になりかねない。下手するとフーコ自身もだが、周りがヤバイ事になる。

 こうなったらエリスにフォースの危険性を説くか?女神だし、転生特典の事は知っていてもおかしくはないはずだ。

 

 今、目の前に立っているエリスはどこぞの駄女神とは違ってまともそうなので、話せば聞いてはくれそうだが……。

 

「あの――」

 

『カズマ! 死ぬにはまだ早いわよ!!』

 

「……ん?」

 

 俺が言いかけると同時、突如として声が響き渡った。

 頭上から大音量で響くそれは、すっかり聞き慣れてしまったアクアの声だった。

 

『カズマ聞こえてる!? 今あんたの身体に『リザレクション』って言う蘇生の魔法をかけてあげたわ! そこにいる女神にこっちへの扉を開けてもらいなさい! こんな所で死ぬなんて許さないんだからね!!』

 

 蘇生魔法……。そういえば、アクアはベルディアの時に冒険者を生き返らせてたっけ。

 もしかして、これは俺も生き返る事が出来るって事か?

 虚空から響くアクアの言葉を聞いた俺は、エリスを見る。

 

「……こ、この声はアクア先輩? 随分と先輩に似たアークプリーストが居るとは思ってたけど、え? まさか本物!?」

 

 そう言ったエリスも物凄く驚いた表情で頭上を仰いでいる。

 アクア先輩?って事は、エリスはアクアの知り合い……後輩なのか?

 これは、ひょっとしたらひょっとするのかもしれない。

 

『ちょっと! 聞こえてないの!? もう生き返れるって言ってるんですけどー!』

 

「……ってアクアが言ってるんですけど、どうなるんですかね?」

 

 俺は期待を込めてエリスに問いかけると、エリスは慌てたように勢い良く首を横に振った。

 

「だ、駄目です! 先程も言いましたが、天界規定により、これ以上の蘇生はできません! すいませんがアクア先輩と繋がっているあなたでないと、向こうの世界に声が届かないので、そう伝えては頂けませんか?」

 

 俺はそう言うエリスから視線を外すと、飛び跳ねて虚空に叫んだ。

 

「アクアー! 聞こえてるか! 目の前の女神様が言うには、天界規定とやらで俺はもう生き返る事ができないんだそうだ!!」

 

 虚空に向かって大声を上げると、静寂がこの空間に訪れ――。

 

『はぁぁ!? 誰よそんなアホなこと言ってる女神は!? ちょっとあんた名乗りなさいよ!! 日本担当のエリートなこの私に、こんな辺境担当の女神がどんな生意気な口利いてんのよっ!!』

 

「へ、辺境……」

 

 おいやめろ自称エリート。

 その辺境呼ばわりされた女神様が、凄く引きつった顔してるから。

 俺はエリスへの容赦ない物言いに同情しながらも、叫ぶ。

 

「エリスっていう名前の女神様なんだが!」

 

『はぁー?』

 

 俺の声を聞いたアクアは素っ頓狂な声を上げて言葉を返してきた。

 

『エリスって、この世界でちょっと国教として崇拝されてるからって、調子こいてお金の単位にまでなった、上げ底エリス!? カズマ、それ以上エリスがゴチャゴチャ言うのならその胸パッド』

 

「わ、分かりました! 特例、特例で認めますから! 今すぐ門を開けますからっ!!」

 

 アクアの声を遮るようにエリスは大声を上げると、涙目になりながら指を鳴らした。すると、俺の目の前に光の扉が出現した。

 

「も、もう……。相変わらずアクア先輩は理不尽なんですから……」

 

「パッド? あの、パッドって」

 

「さぁ、これで現世と繋がりました。ここを通れば、あなたは生き返る事が出来ますよ」

 

 俺の純粋な問いかけは無視されてしまったが、この扉を通れば戻ることが出来るらしい。

 

「……本来はどんな人でも魔法による蘇生は一回限りなんです。今回は特例で認めますが、こんな事はもう二度とないんですからね? カズマさんと言いましたね」

 

「え? は、はい」

 

 突然、エリスに名前を呼ばれ、おまけに近付かれて声が上擦ってしまった。

 どこぞのなんちゃって女神とは違い、とびきりの美少女が近距離に居るので緊張してしまう。

 そのエリスは少し困ったような表情を見せ、右手の人差し指を自らの唇に当て、片目を瞑り、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「いいですか? この事は、内緒ですよ」

 

 俺はその綺麗な微笑を見ながら、光の扉を通った。

 

 

 

 

 

 

 ――声が聴こえる。

 

「……ズマ! カズマ!! 起きてください! カズマー!!」

 

 めぐみんだろうか。

 その声にゆっくりと目を開けると、アクアとめぐみんとダクネスがこちらを覗き込んでいた。

 

「あ、やっと戻ってきた! まったく、相変わらずあの子は頭が固いんだから」

 

 アクアがそう言いながら笑顔を見せる。

 俺はそんなアクアを見上げながら、ふと後頭部に温かく柔らかいものが触れている感触に気付く。どうやら、アクアが膝枕をしてくれているらしい。

 

「「か、カズマー!!!」」

 

 俺が起き上がろうとすると、めぐみんとダクネスに抱きしめられてしまった。

 生き返った事を喜んでくれるのは嬉しいのだが、何だか無性に照れくさい。

 

「カズマ、具合は大丈夫ですか? 何処か痛んだりはしませんか?」

 

「異変を感じたらすぐに言うんだぞ?」

 

 やがて、顔を上げためぐみんとダクネスが心底心配そうな表情で見つめてくる。

 俺は上体を起こしながら、自分の身体をあちこち触って確かめた。

 

「一応は大丈夫そうだ。そういえば、俺ってどうやって殺されたんだ?」

 

「あんた、冬将軍に首ちょんぱされたのよ」

 

「首ちょ……!?」

 

 アクアが指差した方を見ると、雪原の一部が赤く染まり、まるで小さな水溜りのようになっていた。

 

「それはもう見事な切り口だったのよ? でも、おかげでピタリとくっついたし、治療も簡単だったわ。言っておくけれど、まだ血が足りないから激しい運動は厳禁だからね?」

 

 俺は思わず首筋を確かめるが、いつも通りの肌の感触にホッとする。

 死因がまさかの斬首……こんなのフーコが見たら……。

 ん?いや、待てよ。その肝心のフーコがいないような。

 

「あいつは? フーコはどこ行ったんだ?」

 

 俺がこの世界に戻る事になった元凶がいないことに気付き、周囲を見渡す。

 まさか、こいつらを置いて冬将軍を追いかけて行ったんじゃ……。

 

「ああ、フーコならここよ」

 

 アクアが座っている位置から少しズレると、その背後にフーコが寝かされていた。

 フーコはアクアとめぐみんの防寒着の一部を下に敷き、自分のローブで身体を覆っている。

 俺が何があったのかを聞く前に、めぐみんが小さく息を吐いた。

 

「さっき突然倒れたのですよ。もうどうしようかと……」

 

「あの子、今は落ち着いて眠っているけど、酷い熱があったのよ。まあ、私の回復魔法でちょちょいと治したけど、いつまでもこんな場所に寝かせてるのは良くないかもね」

 

「かなりのショックを受けたのだろう。その、目の前でカズマが死に、血が顔に掛かり、傍に首が転がってきていたからな。血が付いた顔は私が綺麗にしたが……」

 

「エグいな……」

 

 我ながら何というか……。

 そんなショッキングなものを見せられたら誰でも倒れる。

 何故かこの三人は例外みたいだが。

 

「でも、大丈夫そう……なのか?」

 

 フーコの穏やかな寝顔を見ていると、少し心配し過ぎだったのかと思う。

 いや、目覚めるまでは何とも言えないか。

 

「よし、お前ら撤収だ。めぐみん、俺の背中に掴まれ。ダクネスはフーコを頼む」

 

「任せろ」

 

 もう、さっさと街に帰ろう。

 いつまでも自分が死んだ場所になんて留まりたくはない。

 早く帰って報酬を貰って、服を着替えて暖まろう。

 

 

 

◇◆

 

 

 

 大切なものを失くしてしまった。

 手を伸ばせば届く距離にいたのに、手から零れ落ちてしまった。

 何も出来ず、ただ見ていることしかできなかった。

 

 いつも傍に感じていた存在が消えた瞬間、どうしようもない喪失感に襲われた。

 心に穴が空いたような感覚に、何かが軋む音が聴こえた。

 

 足下が崩れ去るような思いというのはこういう事なのかと理解した。

 こんなもの、理解したくなかった。知りたくなんてなかった。

 

 もう嫌だ。こんな思いは二度としたくない。

 

 どうすれば良かったんだろう。

 何をすれば良かったんだろう。

 

 情報を集める?スキルを増やす?誰かに話す?

 

 違う。どれも違う。もっと単純で純粋で絶対のものが必要だったんだ。

 

 そうだ。それさえあれば。

 

 私は………。

 

 

 

◆◇

 

 

 

 sideフーコ

 

 

 目が醒めると、見知らぬ天井が目に入った。

 今まで何か酷い夢を見ていたような気がするが、朧気にしか思い出せない。

 駄目だ、頭がぼんやりとしていて、変な感じだ。

 考えた事がそのまま頭から抜けていってしまうようで、集中できない。

 

 夢?夢といえば、予知夢……クエストはどうなったのだろう。確か、雪原で雪精を狩って、冬将軍に遭遇して、そして。

 

 そして……?

 

「あれ……?」

 

 何があったんだろう?

 冬将軍に遭遇した事までは覚えているのに、その後の記憶が無い。

 でも、気が付いたら寝かされていたこの状況。

 おそらく、また私はクエスト中に倒れたに違いない。

 雪精相手に無理してフォースを使ったら頭が痛くなったので、そのせいだろうか。

 

「ここ、どこだろう……」

 

 部屋の中を見渡しても、誰もいない。

 ここは街の宿屋だろうか?

 暖炉には小さな火が灯ってはいるが、それが余計に寂しさを感じさせる。

 私が暖炉の火をぼんやりと眺めていると……。

 

『なんで誰もフーコの傍にいないのですか! 目が覚めたら泣きますよ?』

 

『私はてっきりめぐみんが傍にいるものとばかり』

 

『私は飲み物を貰っていただけです! というかダクネスはここまで運んで来たのでしょう?』

 

『それはそうだが、寒いところから暖かい場所に移ると、その……くるだろう?』

 

『え?ああ、なるほど……。気が付きませんでした』

 

『ああ、トイレね?』

 

『そんなはっきりと言わないでほしい! なんだ? アクアまで私を辱めるのか? 意外な伏兵だな……っ!』

 

『伏兵? 私は女神よ?』

 

『また夢の話ですか?』

 

『だから違うわよ!』

 

『おいドアの前で駄弁ってんじゃねえよ。入るならさっさと入れ』

 

『カズマ、今まで何処へ行ってたのですか?』

 

『着替えに戻ってただけだ』

 

 部屋の外から聞き慣れた声が聴こえた。

 扉を見つめていると、ゆっくりと扉が開いて誰かが入って来た。

 

「ん、目が覚めたか。具合はどうだ?」

 

「はい、もう大丈夫です。また倒れちゃいましたね……」

 

 カズマさんが部屋の中に入ってくると、続いてアクア様とダクネスさんとめぐみんが入って来た。めぐみんは手にコップを持っている。

 

「フーコ、大丈夫ですか? ただの水ですけど、飲んでください」

 

「……ありがとう」

 

 ベッドに腰掛けためぐみんから、水を受け取ると一口飲む。

 思ったより身体が渇いていたのか水分が足りていなかったのか、染み渡っていく感覚に少し驚きながらも、そのまま一気に飲み干してしまった。

 

「やっぱり喉が渇いてたようですね」

 

「まあ、熱出してたからな」

 

「熱……? あ、そういえばクエストは? 雪精は? 冬将軍はどうなったんですか?」

 

 水を飲んで一息吐くと、私はカズマさんに聞いた。

 クエストはどうなったのか、知っておきたい。

 まさか私のせいで失敗なんて事は……。

 

「…………。」

 

 すると、何故かピタリと皆の動きが止まり、一斉に顔を見合わせた。

 その只ならぬ様子に困惑すると、カズマさんがいつになく真剣な顔をして私を見つめた。

 

「……覚えてないのか?」

 

「え? えっと……。冬将軍に遭遇したまでは覚えてるんですけど……」

 

「その後は?」

 

「お、覚えてないです。ごめんなさい……」

 

 その迫力に気圧されながらおずおずと答える。

 まさか、本当にクエストに失敗してしまったのだろうか。

 だから変な空気なのかも……。

 

「嘘は言ってないみたいだな……」

 

「本当にごめんなさい! 私のせいでクエストに失敗して……」

 

「いえ、クエストは完了したのですよ。でも……」

 

「覚えてないなら……」

 

「無理に思い出す必要は……」

 

「ないわね。首ちょんぱ」

 

 皆が再び顔を見合わせてそう言うと、一斉に頷いた。

 失敗してないなら安心だけど、でも、何だろうこの雰囲気。

 やっぱり気になる……。

 

「あの……」

 

 私が口を開くと、カズマさんが咳払いした。

 

「とにかく、お前が気絶した以外は何事もなく、無事に戻って来れたんだよ。借金返済とまではいかなかったが、この通り金も手に入ったぞ。ほら、お前の取り分と冒険者カードだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「さて、面子が揃った事だし、飯でも食いに行くか?」

 

「賛成です。ちょうどギルドがこの宿屋の目の前ですし。魔法も撃ってお腹も空いたのですよ」

 

「あ! それならカズマ! 私、ちょっと試したい事があるのよ!」

 

 カズマさんからお金の入った袋と冒険者カードを手渡され、私が懐へ仕舞っていると、アクア様が勢い良く手を挙げた。何事かと見ていると、アクア様は小さなガラス瓶を取り出した。

 

「それって……雪精ですか?」

 

 瓶の中には雪精が入っていた。

 小さな雪精はふよふよと瓶の中に浮かんでいる。

 

「一匹だけ残しておいたの! これでネロイドをキンキンに冷やして飲むのよ!」

 

「よくやったぞアクア。寄越せ、そいつを討伐してやる」

 

「ちょっ! 駄目よっ! この子は持って帰ってうちの冷蔵庫にするんだから! もう名前だって付けてるのに! 渡すもんですかっ!!」

 

「いいから寄越せ!」

 

「やだ! やめてよっ!!」

 

「チッ……アクアのやつ、予想外の抵抗しやがって」

 

 カズマさんが瓶を奪おうとすると、アクア様は部屋を飛び出してしまった。

 ドタバタと足音が遠ざかるのを聞いていると、頭に重みを感じた。

 

「カズマさん?」

 

「……お前、本当に大丈夫だよな?」

 

 チクチクとする感覚が伝わってくる。昨夜と同じ、不安な気持ちだろうか?

 そうだ……今日を乗り切ったとはいえ、まだ冬は続く。用心するに越したことはない。

 

「大丈夫ですよ? それより、カズマさんも気を付けてください。少なくとも冬の間は……」

 

「ん? ……ああ、それならもう大丈夫だろ。ほら、ギルドに行くぞ」

 

 カズマさんはそう言うと、私の頭をくしゃくしゃにして部屋を出ていってしまった。

 

「冬? フーコ、何の話ですか?」

 

「カズマが妙に心配していたが、何かあったのか?」

 

「……ううん、何でもないよ」

 

 何でもない。今日は私が倒れた事以外は何もなかった。

 そのはずなのに、どうして?どうして、妙な引っ掛かりを感じてしまうのだろう。

 

「……っ!」

 

 頭に微かな痛みが走り、頭を抑える。

 倒れた影響が残っているのだろうか。

 

「フーコ、行きますよ?」

 

「うん、すぐ行くから」

 

 宿屋を出て、ギルドに向かう皆を追いかけて。

 ふいに胸に過ぎった感覚に、足が止まる。

 フォースではない、何かが通り過ぎるような不思議な感覚。

 

 これは一体なんだろう?

 その感覚と共に、私の脳裏に何かが浮かんだ。

 

 だが、それは言葉なのか、イメージなのかも分からなかった。

 不鮮明に浮かんだ何かは、すぐに消えてしまった。




・予知夢を見ました。
・新しいスキルを習得しました。
・雪精を討伐しました。
・カズマさんが死んで生き返りました。
・フーコは途中からの記憶がありません。

次回はトレードです。

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