一章のエピローグです。
誤字脱字修正しました。
デュラハン討伐の翌日。
私はギルドに向かって歩きながら、昨日の事を思い返していた。
ベルディアが口にした『調査対象』という言葉がずっと引っ掛かっており、昨夜はあまり寝つけないでいた。おかげで、今も頭がぼーっとしている状態だ。
ベルディアの言葉の節々から察するに、彼は私が目的でこの地にやって来たらしい。でも、どうして私なんだろう?駆け出し冒険者の私の何を調べに……。
そんな疑問を、頭の中で何度も繰り返していた。
「……うーん、駄目。さっぱり分からない」
「お前がフォースの使い手だからじゃないのか?」
「あわっ!? ってカズマさん。いつの間に……ビックリしました」
いつの間にかカズマさんが隣を歩いていたので、驚いて飛び上がってしまった。
「そんな驚くなよ。朝っぱらからフラフラして独り言喋ってたから、声掛けただけなんだが」
「そうでしたか……。って独り言って?」
「独り言は独り言だろ。さっきから眺めてたんだが、誰と話してるんだってくらいにはっきり喋ってたぞ」
それは恥ずかしい……。無意識に色々と漏れてしまっていたようだ。もしかして、最初から最後まで聞かれていたのだろうか。
あ、だからカズマさんは私の心の疑問に答えるような事を……。ん?そういえば。
「そういえば、私がフォースの使い手だからってどういう事ですか?」
私がカズマさんが言った事を聞き返すと、カズマさんは少し困惑したような顔をする。
「どうもこうも、思い返してみろよ。ベルディア自身がこの街に来た目的を少しだけ漏らしてただろ? 魔力とは違う力を感じたとか、強い光が落ちて来たとかな。後者は何の事か分からんが、前者は間違いなくフォースの事じゃないのか?」
「あー……」
なるほど。
私が頷くと、カズマさんは話を続ける。
「そもそも、あいつがお前を狙ったのは、お前があいつの前で職業とフォースの事を喋ったり、使ったりしたからだろ? そんな事したら誰でも怪しんで目星を付けると思うんだが」
ベルディアが一度目に街に来た時は目的の目星が付かなかったのだろうけど、昨日来た時は一度目に私が話した事を踏まえて私を狙ったのかもしれない。と、なると……?
「じゃあ、爆裂魔法の件で来たのはただの口実だったんですかね?」
「……あれは完全に別件だと思うぞ」
「あ、そうですよね……」
「いやお前な……。まさかまだ疲れてるのか?めぐみんに聞いたぞ」
カズマさんの呆れ声に俯く。
いつの間にか、めぐみんがカズマさんに話してしまったのか。
でも、悪いのは私だ。素直に謝ろう。
「ごめんなさい」
「見抜けなかった俺も俺だが、あんまり無理すんな」
「はい……」
そこで会話が途切れた私達は、ギルドに向かって歩く。
やがて、ギルドの建物が見えてきた時、カズマさんが歩調を緩めた。
私は何事かとカズマさんを見上げると、何やら神妙な表情で私を見下ろしていた。
「……そういや、なんであの時最後に俺を止めてベルディアと話したんだ?言っておくが、俺は魔王軍がフォースの事を何処まで知ってるのか、どうやってこの街の情報を掴んだのか、フーコをどうするつもりか、諸々の詳しい事をベルディアから聞き出すつもりでいたんだからな?」
「う、私余計な事しちゃいましたね……。でも……」
「でも?なんだよ」
あの時、ベルディアのフォースが消えかけているのが分かった私は、咄嗟にカズマさんを引き止めベルディアの言葉に耳を傾けていた。
冒険者達を斬り捨て、ダクネスさんを痛めつけた相手だと分かってはいたが、その言葉をどうしても聞きたかったのだ。
そして、私も問い掛けたかった。どうして怒りに駆られた私を諭すような事を言ったのかを。結局、それは敵わなかったのだけど。
私がその事をカズマさんに話すと、カズマさんが少し考えるように立ち止まり私の頭に手を乗せた。
「そういう事か。まぁ、デュラハンは元は騎士だったから、見習いのフーコに感じるものがあったんじゃないか? 死んでモンスターになっても生前の記憶はあるみたいだしな」
と言うと、何故かカズマさんが乗せた手に力を込め、ガシっと私の頭を掴んだ。
「……ところで、ちょっとばかり確認したい事があるんだが、お前、ベルディアに一人で挑んでたよな? 何であんな事したんだ?」
「え? 何でって、冒険者が斬られて頭にカッと血が昇っちゃって……あのあの、なんでそんな」
突然、頭を掴まれた事に困惑しながら言うと、カズマさんは眉を潜めた。
「頭に血が昇った? ……それどういう意味か分かって言ってるのか?」
「あの……何か不味かったですかね?」
私がそう言うと、ピシリと音をたて私とカズマさんの周りの空気が凍ったような気がした。
「……よし、ちょっと反省会でもするか」
カズマさんから感じた怒気にマズイと思う間もなく……。
「あっ……いたたたたっ!! 痛いっ! 痛いです! 離してください!」
「お前、本気で言ってるのか!?」
「何がですか! あっ痛い! すごく痛いです!」
「何がですかじゃねーよ!」
むぎゅっと頭を鷲掴みにされた私はジタバタと抵抗するも、カズマさんはテコでも動かない。こんな所でステータスの差を思い知った私にカズマさんは尚もギリギリと締めながら。
「お前が暗黒面に突入する前に俺が突入しそうなんだがっ!?」
「だだだダークサイドなんてそんなっ………あっ」
暗黒面、ダークサイド。フォースの暗黒面。
怒り、執着、野心、欲望……あらゆる負の感情により、力を増すフォースの一面。
光明面、ライトサイドから堕ちた者が行き着く先。
ジェダイの騎士の敵であるシスの暗黒卿が属するフォースの闇の部分。
フォースを扱う者にとっては一番重要と言っても過言ではない存在。
「あっ……てなんだ、忘れてたのか? まさか忘れてたのか? フォース使いにとって一番重要な部分じゃねえかっ!!」
「忘れてません! 忘れてませんけど……まさか自分がって思うじゃないですか!」
「知るかっ!! お前もう今から怒るのなしだからな! 泣くのもなしだからな!?」
「そんな無茶な!」
「うるせえっ! 俺はもう危ない事はこりごりなんだよ! お前もしばらく大人しくしてろ!!」
「そんな無茶な!!」
結局、私とカズマさんの反省会は、私が泣くまで続いた。
◇
ギルドの前に到着すると、中から騒ぎ声や誰かの歌声が聞こえた。
「なんか、中がえらく騒がしいな」
「何かあったんでしょうか……?」
「とりあえず入ってみようぜ。……うわ」
私が涙目でギルドの扉を開けると、その瞬間にむせ返るような熱気とお酒の臭いが鼻を突いた。どうやら、魔王の幹部を討ち取った記念に、朝から宴会が行われているようだ。
「ああっ! カズマ! フーコ! 遅かったじゃないの! もう皆出来上がってるわよ!!」
アクア様が私達を見つけ、上機嫌で声を掛けてきた。
「二人共、さっさとお金受け取って来なさいよ! 私達は既に、魔王幹部の討伐報奨金、貰ったわよ! ほら、私もうこんなに飲んじゃって、あはははっ!楽しいんですけどー!!」
アクア様はお金が入って膨らんだ袋をカズマさんに見せながらケラケラ笑った。
相当飲んでいるようだ。でも、楽しそうだから何よりだと思う。
「ったく、出来上がりすぎだろ……。朝っぱらこいつらは……」
心底呆れたような表情をするカズマさんだが、カズマさんもキャベツの時にお酒を飲んでいたというのは、黙っていた方がいいのだろうか。
「あっ! ねえフーコ、昨日回復魔法で回復してあげたじゃない? だからお礼として少しだけお金を」
「酔っぱらいは無視して受付に行くぞ」
カズマさんがアクア様を押しのけて進んだので私も後を追うと、受付カウンターの前にめぐみんとダクネスさんが立っていた。
ジョッキを持つダクネスさんのすぐ近くには、ダクネスさんが祈っていた三人の冒険者がジョッキを持って立っている。
「ああ、やっと来たか。ほら、報奨を受け取って来るといい」
「聞いてください二人共!! ダクネスが私にお酒は早いと、ドケチな事を言うのですよ!キャベツの時もですよ!?」
「いや待て、ドケチとはなんだ? 私はただ、あまりお薦めはしないと言っているだけで……」
私達を見るなりめぐみんがそう言って、ダクネスさんが慌てる。
でも、めぐみんの見た目ではダクネスさんが戸惑うのも無理はない。
「めぐみん、お酒はまだ早いよ」
「フーコまでそんな事を言うのですか!?」
「あ、カズマさんが」
そう言っている間にカズマさんは受付の前に立ち、いつものお姉さんがカズマさんを見て、何故か微妙な表情を浮かべた。
「ああ……サトウカズマさんですね? お待ちしておりました」
どうしてか、受付のお姉さんの様子がおかしいような気がする。
「まずは、そちらのお三方に報酬です」
お姉さんが袋を差し出すと、ダクネスさんがそれを受け取って私とめぐみんに手渡し……あれ?
「あの、すいません、カズマさんには……?」
私がお姉さんに訊くと、お姉さんは目を泳がせた。
「あのですね……。実は、カズマさんのパーティーには、特別報酬が出ていまして」
「えっ? なんで俺達だけが?」
カズマさんの疑問に、私も首を傾げていると。
「まさか、魔王軍の幹部を倒すなんてな……」
柱に寄りかかっている逞しいおじさんが、カズマさんにフッと笑いかける。
このおじさんは確か、いつもギルドの出入り口付近のテーブルを陣取り、新規の冒険者に地獄の入り口にようこそ、と言って歓迎していた人だ。私の時は居なかったみたいだけど……。
「俺は初めからお前の中の輝きを信じていたぜ」
おじさんがそう言ってサムズアップすると、他の冒険者も続いて。
「そうだぜ! カズマが居なけりゃデュラハンなんて倒せなかったんだからよ!」
「カズマもだが、アプレンティスのお嬢ちゃんも健闘してたぜ!」
「お前死んでて見てねえだろ!」
あの戦士風の冒険者が叫ぶと、それを茶化す声が入り、笑い声が響く。……ああ、元気そうで良かった。
ワイワイと騒いで笑う皆を見て、私が守りたいと思ったものがこの場所に、この街にあるのだと改めて実感する。
「カズマカズマ、早く受け取りなさいよ!」
「お、おう」
私が胸を熱くしていると、カズマさんがアクア様に背中を押された。
それを見た受付のお姉さんが大きく咳払いし、ギルドの喧騒を鎮めた。
「えー、サトウカズマさんのパーティーには、魔王幹部ベルディアを見事討ち取った功績を称え……三億エリスを与えます!」
「「「「さ、三億っ!?」」」」
思わず絶句する私達。私なんてビックリし過ぎて声も出せなかった。
だって三億……三億って、あの三億?
シーンと静まり返るギルド。そして……。
「おいマジかよ!!! 三億って何だよ! 奢れよ!!」
「きゃー! カズマ様ー! おごってー!」
「奢れ! 奢れ!」
私が三億と言う数字とギルド内に響き渡る奢れコールに固まっていると。
「はい集合」
カズマさんが右手を挙げたので、私達は即座に円になる。
すると、カズマさんが腕を組みながら目を閉じて、カッと見開いた。
「……お前らに一つ言っておきたい事がある」
今までになく真剣な顔をするカズマさんに、思わず唾を飲み込む。
「大金が入った以上、俺はのんびりと、意地でも安全に暮らしていくからな。もう金輪際、危険な討伐クエストは無しだ」
思わぬカズマさんの言葉に私を含め、皆が唖然としていると、ダクネスさんが口火を切った。
「ちょ、ちょっと待ってほしい! 強敵と戦えなくなるのは、とても困る!」
「私も困りますよ! 私はカズマに付いていき、魔王を倒して最強の魔法使いの称号を得るのですから!」
「ちょっとカズマ! 私が帰れないじゃない! 私の事はどうするのよ!?」
「どうもしねえよ。強敵とは戦わないし魔王も倒さん」
「はぁっ!?」
皆がヒートアップする中、私はぐるぐると回る頭の中を何とか整理していた。
私も何か言わないと……何か、何か。そうだ!
「あの! カズマさん!」
「なんだよ、フーコ」
「……私の修行はどうなるんですか?」
私の言葉に、皆の動きが止まり、私を見つめた。
その直後、一斉にカズマさんの方を向き。
「そ、そうですよ! フーコはどうなるのですか?同郷の仲間なのでしょう? 見捨てるのですか!?」
「そうだぞカズマ! 途中で投げ出すのはよくないぞ! ん? もしかして、そういう修行なのか? 放置するアレか!?」
「そうよカズマ! 私は直接関わってないけど、でもそうよカズマ!」
ワイワイとカズマさんに詰め寄るも、カズマさんは特に顔色を変える事もなく、私を見つめて口を開いた。
あ、何か嫌な予感がする。
「その事なんだがな……」
言いかけたところで横から大きな咳払いが聞こえ、受付カウンターから出てきたお姉さんが、困ったような表情で立っていた。お姉さんはその手に小切手のような物を持ち、カズマさんに差し出している。
「話はこれで終わりではなく、ですね……。実は、今回アクアさんが召喚した大量の水により、門と外壁と一部の家屋に大きな被害が出てまして……。まぁ魔王幹部を倒した功績もありますし、全額弁償とは言わないから、一部だけでも払ってくれと。そして……」
お姉さんがチラリと私を見て。
「教会から持ってきた聖水代が追加されまして、あの、厳密に言うと聖水が入った壺代がですね……。何故わざわざ割ったのか、と……」
「えっ!?」
アンデッドナイトに使う為にプリースト達が教会から運んだ聖水。
結局、運んでいる途中で爆裂魔法で倒し、使わずに置かれていた物をベルディアに使ったのだけど……。
というか壺代って何?ベルディアに全部投げちゃったけど駄目だったの?
「支払いは出来るだけ早くという事でしたので、その、以上です」
「逃げるな駄女神」
「いたっ!?」
私が固まっている間にお姉さんの話が終わり、同時にこそっと逃げ出そうとしたアクア様の髪を、カズマさんが掴んで引き止めた。
その話のあまりの内容に、ギルド内も静まり返る中、私が恐る恐る小切手を覗き込むと、そこには……。
「えっ」
「うむ……報酬三億エリス。そして外壁と門の弁償代が三億と四千万。壺代が五百万で、三億四千五百万エリスか。カズマ、明日は高報酬のクエストに行こう」
「私の魔道と爆裂道の探求の旅は、まだ終わらないようですね」
「とりあえず、私は帰れるって事ね!」
「……フーコ」
カズマさんは何処かほっとしたように笑う皆を見て肩を震わせた後、小切手を握りしめながら私を呼んだ。
「は、はい」
「………修行、やるか」
「はい……」
目を閉じて俯くカズマさんに私はコクコクと頷いた。
私達には魔王幹部を討伐した功績と莫大な借金と、そして、果てしない冒険の予感だけが残った。
・パーティーで三億エリスを入手しました。
・諸々の弁償代で三億四千五百万エリスを請求されました。
一章が終了しました。