ベルディア戦です。
少し長いです。
私達が街の正門に駆けつけると、既に大勢の冒険者達が集まっていた。
カズマさんが冒険者の人垣を掻き分けながら前に進み、その後ろをアクア様とめぐみんと私が続く。ダクネスさんは鎧を脱いでいた途中で緊急放送を聞いていたので、少し出遅れていた。
正門の外から伝わってくる感覚に、痛む胸を抑えながら人垣の前に出ると、門から少し離れた場所にあの首無し騎士、デュラハンが佇んでいた。
デュラハンは首の無い馬に跨がり、紫色の炎のように揺らめく魔力を纏いながら自らの首を掲げている。その掲げられた首の兜から覗く眼が私達を捉えると、ギラリと赤く輝いた。
「何故だ……」
兜からくぐもった声が聞こえ、首の無い身体から魔力が噴き出した。
「何故、城に来ないのだ!! この人でなし共がああああああっ!!!」
その声に周りの空気がビリビリと震えた。
デュラハンの怒声に身体を震わせると、カズマさんが一歩前に出る。
「えっと……何故って言われてもな。それより、もう爆裂魔法を撃ちこんでもないのに、何でそんなに怒ってるんだ?」
カズマさんがそう言うと、デュラハンは自分の兜を地面に叩きつけ、跳ね返った兜をまたキャッチした。
「撃ちこんでいないだと!? 何を抜かすか白々しいっ! そこの頭のおかしい紅魔の娘が、毎日欠かさず撃ちこみに通っておるだろうが!!」
「えっ?」
紅魔の娘?爆裂魔法……?
カズマさんが振り返ってめぐみんを見ると、めぐみんはカズマさんから逃げるように顔を逸らし、私と目が合うとまた顔を逸らした。
「……あの、めぐみん?」
「……おい、お前行ったのか? 行くなって言ったのにまた行ったのか!?」
「ち、違うのです! 聞いてください! 今までならば荒野に魔法を放つだけで我慢出来ていたのですが、城への魔法攻撃を覚えて以来、大きくて固いものじゃないと我慢できない身体に……ひたたたたたっ!痛いです!」
言い訳をするめぐみんの頬をカズマさんが引っ張ると、めぐみんはジタバタと涙目になった。
「もじもじすんな!! 大体お前、魔法撃ったら動けなくなるだろうが! って事は共犯者がいるんだろ! 誰だっ!?」
カズマさんの言葉に私は周囲を伺う。
私とカズマさんは一日の大半を修行に費やし、お互いの行動を把握しているので違う。ここに居ないダクネスさんは数日間、実家に帰っていたので違う。……と、なると。
「……まさか」
「おい、そこの元なんとか。お前バイト帰りにめぐみんに付き添ってたよな?」
「……ふひゅー」
アクア様が顔を逸らして口笛を吹く。
「吹けてねえんだよ! わざとか! お前わざとかっ!?」
「いたたたたたっ!! だって!あのデュラハンのせいで碌なクエスト請けられないから、腹いせがしたかったんだもの! ちょっとした出来心だったのよ!頭掴まないでよおおおっ!!」
頭を鷲掴みにされたアクア様が抵抗していると、デュラハンからの威圧感が高まり、空気が震える。
「聞け!!! 愚か者共め……。我が名はベルディア! この俺が真に頭に来ている事は他にある !貴様らには、仲間の死に報いろうとする気概はないのか!?……このベルディア、生前はこれでも真っ当な騎士のつもりだった。その俺から言わせれば、仲間を庇って呪いを受けたあのクルセイダー! あの騎士の鑑のような者を見捨て、その死を無駄にするなど……っ!」
そう言いながらギロリとデュラハン、ベルディアの目が私を捉える。
その目を見た瞬間、怒りと失望――……そんな感情が私の胸を貫いた。
フォースが伝える感情と圧迫感に頭が痛くなり、思考が乱れていく。
私がたまらず地面に膝を突こうとした、その時……。
「や、やあ」
そう言って、人垣を割ってダクネスさんが前に出てきた。
何処か気まずそうな、そして照れくさそうな表情をしている。
「……あっ?」
それを見たベルディアから、一気に威圧感が消え失せた。
「遅れて来てみれば、騎士の鑑などと……」
「…………あ、あれえぇっ!?」
魔王の幹部のベルディアが、ひっくり返ったような声を上げた。
◇
「なになに?あのデュラハン、私達をずっと待ち続けてたの? 帰ったあと、あっさり呪い解かれちゃったのも知らずに? プークスクス! うけるんですけど! ちょーうけるんですけど! あははははっ!かわいそー!」
アクア様が唖然とするベルディアを指差しながら、心底可笑しそうにケタケタと笑った。
ベルディアの圧力から解放され、頭痛が収まってきた私は冷や汗を掻く。
今は呆然としているベルディアだけど、このままではまた怒らせてしまう。
私は慌ててアクア様に呼び掛ける。
「あ、あの、アクア様!」
「……そこのプリースト、あまり調子に乗るなよ?俺がその気になれば、こんな街の住人など皆殺しに出来るのだぞ……。雑魚だからといつまでも見逃して貰えると思うなよ!?」
再び膨れ上がる威圧感。
ああ、駄目だ、遅かった……。
「誰が雑魚ですって!? アンデッドの癖に生意気よ!!」
アクア様がデュラハンに手を突き出すと、白い光がその手のひらを包む。
今、魔法を撃ったりしたらますますマズイ事になるような気がする。
「あのアクア様、とりあえず落ち着いて……」
「フン! 魔王の幹部がプリースト対策も無しに、戦場に立っているとでも?俺の鎧には神聖魔法に対する――」
「黙りなさい! 『ターン・アンデッド』!」
「――魔王様の加護ぎゃあああああああっ!!?」
アクア様が放った白い光がベルディアを包み、乗っていた馬が消え、ベルディアが転落した。
「あ、あれ? 変よカズマ! 私の魔法が効いてないわ!」
すると、何故かアクア様がカズマさんを振り返り、焦った表情を浮かべた。
「いや、今アイツ悲鳴上げてたぞ。効いたんじゃないのか? ……なあ、悲鳴上げてたよな?」
「確かに、悲鳴上げてましたけど……」
「ええ、馬も消えていたのです」
「うむ、きちんと効いていたと思うぞ」
カズマさんの言葉に、私達が一斉に頷くとベルディアが立ち上がった。
その身体からは黒い煙がプスプスと立ち上ぼっている。
「き、効かぬわ!! こんな魔法は効かぬが……お前、本当に駆け出しか? 駆け出しが集まる所なのだろうこの街は?」
ベルディアが手に持った兜を左右に傾かせ……首を傾げる仕草をしているのだろうか。それを見たアクア様も動きに合わせるように、首を傾げている。
「……まぁ、いい。本来はこの街に魔力とは違う力の気配があるだの、強い光が落ちてきただのと、うちの占い師が騒ぐから調査に来たのだが……。もう面倒だ、いっそこの街ごと消し去ってしまえばいいか……」
そんな理不尽な事を言ってのけるベルディアに、私の胸がざわつくのを感じていると、ベルディアは首を高く掲げた。
「だが、わざわざ俺が相手をしてやるまでもない。出でよ! アンデッドナイト達よ! この街の連中に、地獄を見せてやれ!!」
そう宣言したベルディアを中心に、何体もの騎士達が出現する。
鎧の隙間から朽ちかけた肉体が見え、私は目を逸らした。
共同墓地では暗かったのでよく見えなかったアンデッドだが、今は夕方なのでもろに見えてしまう。
「……アイツ、アクアの魔法にビビったんだぜきっと。意外と魔法が効いたから、部下の後ろで様子見するつもりなんだろうな」
カズマさんがそう言うと、ベルディアが焦ったように首を震わせる。
「ち、違うわ! いきなりボスが戦ってどうする! まずは部下をけしかけて――」
「『セイクリッド・ターンアンデッド』ッ!!」
「ひぁあああああああっ!!?」
何かを言いかけているベルディアの足元に魔法陣が出現し、白い光が包みこんだ。
悲鳴を上げてゴロゴロと地面を転がるベルディア。
「ど、どうしようカズマ! やっぱりおかしいわ! 私の浄化魔法がちっとも効かないの!!」
「いや、ひあーって言ってたから凄く効いてる気がするが」
再びカズマさんを振り返るアクア様。
カズマさんの言うとおり、効いてると思うのだが、アクア様にとっては何かが違うのだろうか?
だがとりあえず、効く効かないの他に、分かっている事が一つある。この一連の攻撃でベルディアを完全に怒らせてしまったという事だ。
先程から、ベルディアの強い怒りを感じて胸がざわついている。
弱まる所か強くなっていく不快感にしゃがみこんでしまいたい衝動を抑え、耐えていた。
やがて、ベルディアはゆっくりと立ち上がると身体から煙を上げながら右手を挙げた。
「どこまでも話を聞かないヤツめ……っ! もういい! 我が配下のアンデッドナイト達よ! 街へ攻めこむのだ!この街の全てを蹂躙せよっ!!」
魔王幹部のデュラハン、ベルディアの右手が振り下ろされた。
◇
「プリースト! プリーストを呼べ!!」
「誰か教会に行って、聖水をありったけ貰ってきて!」
「防御態勢を取れ! 絶対に街に入れるな!!」
冒険者達が慌てふためきながら口々に叫ぶ。
私もぼっーと見ている訳にはいかない。鎧が擦れる音を響かせながら向かって来ているアンデッドナイト達に腕を突き出す。ミツルギさんの時の反省を活かし、わざわざ接近しなくても、フォースで何体かまとめて吹き飛ばせば……っ!
――――。
だが、アンデッドナイトは吹き飛ぶ所かよろめく様子もない。
失敗した?でも何で……。
「クハハハハッ!! さぁ恐れ慄くが良い!お前たちの絶望の叫びを俺に…………ん?」
「え? ………わ、わああああっ!! なんで!? 何で私ばっかり狙われるの!? 私、女神なのに! 日頃の行いは良い筈なのに!!」
「ああっ! ずるい! 私の方が日頃の行いは良い筈なのに、何でアクアばかりっ!?」
私が困惑する中、アンデッドナイト達が一斉にアクア様目掛けて走りだし、狙われたアクア様が必死に逃げ惑い、ダクネスさんがそれを眺めながら地団駄を踏んだ。
「お前達! プリースト一人を追いかけてないで冒険者と街の住人を……! おい! 言う事を聞け!!」
ベルディアが首を掲げながら命令するが、アンデッドナイトの群れは誰一人止まることなく、半泣きのアクア様を追いかけて平原へと走って行ってしまった。
「……アンデッドだから、女神に救いを求めてるのかもな」
ポツリとカズマさんの呟きが聞こえる。
アクア様だけを追いかけていたのは、救われたいから?という事は、あのアンデッド達は……。
「だが、今がチャンスだ。めぐみん! あのアンデッドの群れに爆裂魔法を撃ち込めないか?」
「ええっ? ああも数が多くておまけに動いていると、撃ち漏らすかもしれませんよ」
めぐみんがそう言うと、カズマさんが私に振り向く。
「ならフーコ! アンデッドの群れをフォースで足止め出来ないか? 群れの先頭の何体かを突き飛ばせば、連鎖して転ぶはずだ」
「え? ……あ、はい! わかりました!」
カズマさんからの指示でアンデッドナイトの群れに腕を突き出す。
さっきのはちょっと失敗しただけだ。落ち着いてやれば、いつものように……。
「めぐみん、フーコが群れの速度を落としたら爆裂魔法を叩きこめ!」
「そういう事ですか! 了解です!」
「カズマ! 私にも何か出来ることはないだろうか!?」
「ない」
「はうっ……!」
カズマさんの指示通り、群れの前の何体かをフォースで……。
――――……。
「っ……!」
目が霞み視界が歪むが、頭を振って気を取り直す。
深呼吸して、集中しなきゃ。
「おい、どうした? 修業の通りにやればいいんだぞ」
「……すいません、今やりますから!」
「フーコ、大丈夫ですか?」
めぐみんが覗き込んでくるが、正直ちっとも大丈夫じゃない。
この先程から続くふらつきに、眩暈。……フォースの使い過ぎによる精神的な疲労だ。キャベツの時に経験済なので、嫌でも理解してしまった。
でも、ここで大丈夫じゃないなんて言えるわけがない。
「……大丈夫、何でもないよ」
めぐみんの声に頷くと、アクア様を追いかけているアンデッドナイトの群れに腕を伸ばし、群れの先頭を走っているアンデッドナイトの一体を宙に浮き上がらせた。
浮き上がった瞬間、後続のアンデッドナイトと衝突し絡まるように倒れ、玉突きのように次々と巻き込まれていく。
成功に密かに安堵する。
「……よし! めぐみん! 今だ!!」
カズマさんの号令でめぐみんが天高く杖を掲げ、その瞳が紅く輝く。
「この距離、この位置、このタイミング……! 良い! 良いですね! では、いきますよっ!!」
「……ダクネスさん!アクア様をお願いします!」
「私か!? よし任せろっ!!」
「ちょ! なんか浮いて……わああああああっ!?」
めぐみんが名乗りを上げた直後、私は涙目で走るアクア様をフォースで引き寄せ、そのままダクネスさんに受け止めさせた。
少し荒っぽいが、アクア様が爆裂魔法に巻き込まれたりしたら大変だ。
「我が名はめぐみん!! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、最強の爆裂魔法を操りし者!魔王の幹部、ベルディアよ! 我が力をその目に焼き付けるが良い! ――『 エクスプロージョン 』――ッ!!! 」
奔る閃光と響く轟音。
めぐみんの爆裂魔法が、アンデッドナイトの群れに直撃した。
「うっ……!」
それを見届けた瞬間、頭痛と眩暈に襲われ、身体がよろめく。
後ろに倒れそうになる所を、誰かに支えられた。
「おい大丈夫か? ……顔色が悪いぜ」
「へ、平気です。ありがとうございます」
戦士風の冒険者だった。
支えてくれたその人にお礼を言うと、平原を眺めた。
そこにはカエルの時以上の大きさのクレーターが出来ており、アンデッドナイトは一人残らず消え去っていた。
その光景に、誰もが声もなく静まり返る中。
「クックックッ……。我が爆裂魔法の威力を目の当たりにし、誰も声が出せないようですね……。ふああ……口上といい、凄く気持ち良かったです……。はふっ」
めぐみんは空を仰ぐと、地面にうつ伏せに倒れこんだ。
「おーい、おんぶいるか?」
「お願いしまーす……」
倒れためぐみんをカズマさんが背負いに走った。
「鎧で鼻ぶつけたんですけど……」
「す、すまない」
ダクネスさんの腕から下りたアクア様が涙目で鼻をさする。
もうもうと爆炎が昇る中、そんな私達を見て、冒険者の皆が沸いた。
「うおおおおおっ!! やるじゃねーか! 頭のおかしい子!」
「頭のおかしい紅魔の娘と仲間がやりやがった!」
「名前と頭がおかしいだけで、やる時はちゃんとやるんだな!見直したぜ!」
「いいぞー! おかしい子と仲間達!!」
冒険者達からの歓声に、めぐみんが苛つくのを感じた。
「……すいませんカズマ、あの冒険者達の顔を良く覚えておいてください。後で消し飛ばします」
「いや消し飛ばすなよ? けど、今は休んでろ。……ご苦労さん」
カズマさんに背負われてこちらに戻ってくるめぐみんを労おうとした時、強烈な視線を感じた。
……ベルディアだ。
ベルディアは肩を震わせながら、首を掲げて私達を見渡している。
部下を全滅させられ、怒っているのだろうか?
いや、何故か怒るどころか、怒りが弱まっているような……。
「クハハハハハッ! 面白い! 面白いぞ!! まさか、駆け出し冒険者の街で配下を全滅させられるとは思わなかった。だが、それは些細な事だ。……こんな所に調査対象がいたとはな」
調査対象……。ベルディアの思いもよらない言葉に首を傾げる。やがて、ベルディアは頭を左脇に抱えると、自らの剣を抜いて切っ先をこちらへ向けた。
「……俺の配下を浮かせ、転ばせた者よ。騎士見習いの娘!こっちに来い!!」
その切っ先は、私を指していた。
◇◆
「……フーコ?」
「どういう事だ?」
カズマさんとダクネスさんが私を見つめる中、私は焦りに焦っていた。
ベルディアの切っ先と視線、そしてあの呼び方。
明らかに私の事だ。でも、何故私が?調査対象って何?
それに、こっちに来いってどういう……。
「……来ないか。ならば、俺自らが行くだけだ」
困惑する私の心中などお構い無しに、ベルディアが剣を下げると、こちらにゆっくりと歩き出した。
だが、ベルディアがこちらに着くよりも早く。
「行かせるかよ!」
「頭のおかしい子の仲間に手出しはさせねえぞ!」
多数の冒険者が武器を構えてベルディアを遠巻きに取り囲んだ。
その中には、先ほど私を支えてくれた戦士風の冒険者もいた。
取り囲まれたベルディアは、片手に頭を、片手に剣を持ち、肩を震わせる。
「ククク……。俺の狙いはそこにいる連中、特にあの小娘なのだが……。万が一にもこの俺を討ち取ることが出来れば、さぞかし大層な報酬が貰えるだろうな。それも億単位の金が……さぁ、一攫千金を夢見る冒険者達よ。まとめてかかってくるがいい!!」
ベルディアの何処か挑発的な言葉に、殺気立つと同時に色めき立つ冒険者達。
その中の戦士風の冒険者が、取り囲んでいる冒険者達に叫ぶ。
「おい、どんなに強い奴でも後ろに目は付いちゃいねえ! 囲んで一気に叩いちまうぞ!」
「おう!!」
勇ましく応え、一斉に武器を突き付ける冒険者達。
「おい! 相手は魔王の幹部だぞ! そんな単純な手で倒せるわけねーだろ!」
めぐみんを背負ったカズマさんが冒険者に警告する。
だが、戦士風の冒険者はニヤリと笑ってカズマさんを振り返る。
「なあに! すぐにこの街の切り札がやって来る! アイツが来れば、魔王の幹部だろうが何だろうが関係ねえ!」
「切り札……?」
その言葉にカズマさんと顔を見合わせると、カズマさんも解せないようだ。
切り札、アイツって、誰の事だろう。
私が他の冒険者に尋ねようとしたその時……。
「ビビる必要なんてねえさ! やっちまえ!!」
そう叫んだ冒険者達が、一斉に襲いかかると同時に、ベルディアが自らの首を空高く放り投げた。
ちょうど顔の正面を地面に向けるように、下の様子をじっと観察するように向けられた首を見た、その時。
―――ッ!!
「ダメ!! やめてっ!!!」
「やめろ! 行くな!!」
私とカズマさんが同時に叫ぶが、ベルディアは冒険者の攻撃を悉く避け、大剣を握り直した。
どこでもいい、誰でもいい、フォースで弾き飛ばそうと、咄嗟に腕を伸ばして。
大きく高鳴る心臓の鼓動を感じた瞬間。
ベルディアが、冒険者達を一太刀で斬り捨てた。
目の前で起きた出来事が信じられない。
崩れ落ちる冒険者達の身体が、その身体から飛び散る何かが、私には非現実のように映る。
私を気遣ってくれた人が、私達を庇って前に出た人達が、地面に倒れ伏す光景を私は信じたくなかった。
だが、私の心と身体の動きは相反するようで、気が付くと私は倒れ伏した戦士の人の傍まで駆け寄っていた。
地面に流れ出る赤色に膝を浸し、ローブが染まるのも構わず、私はその身体に触れる。……まだ、まだ生きてる。
「……まさか即死を免れるとは。小娘、これもお前の仕業か?」
頭の上から声が聴こえるが、無視して傷付いた身体に触れる。
ズキズキと痛む頭を必死に働かせ、重たくなったローブを脱ぎ捨て、フォースを流し込む。
弱まっていくフォースの感覚を否定するように、上書きするようにフォースを重ねていく。
「聞きなれぬ妙な力と職業。熊といい、俺の配下といい、そして今といい、小娘……貴様、やはり普通の冒険者ではないな。何者だ?」
流れ出る命と共に、消えていくフォースの感覚。
温かさを失っていく身体と共に、私の心も急激に冷めていく。
………ああ、こんな、どうして。
いや、私が迷ったり躊躇せずに、すぐに前に出ていればこんな事にはならなかったんだ。
「必死に手を当ててはいるが、回復魔法でも使うつもりか? 運が良ければ助かるかもしれぬが……この俺の前で、それが出来ると思うなよ?」
頭の上に響く声を聞いていると、冷めた心が熱を取り込み始めた。
取り込んだ熱から感じるのはベルディアから感じていたモノと同じ……いや、それ以上の激しい感覚と……激情。
頭の隅で警鈴が鳴る。
――落ち着け、駄目だ、ソレに身を委ねてはいけない。
だが、目の前に横たわる人の、人達の姿と、地面を濡らす赤色に、頭の上の耳障りな音が……。
腰のライトセーバーを握りしめる。
――早まるな。浅はかな行動はやめろ。
「それより質問に答えろ。お前は一体……チッ!!!」
閃く赤い刃。
両手に握りしめるライトセーバー。
「不意打ちとはな……騎士見習い失格だぞ、小娘!!」
私は立ち上がると、叫ぶベルディア目掛けてセーバーを振り下ろした。
◇◆
sideカズマ
俺は目の前に広がる光景に、ただ立ち尽くしていた。
ベルディアが冒険者達を瞬く間に斬り捨てた直後、倒れた中の一人、戦士風の男のもとにフーコが駆け寄った。
俺が止める間もなく、ベルディアのほぼ足元まで近付いたフーコが、手で男の身体を抑え、ベルディアが何事かを呟いた瞬間、フーコが目にも止まらぬ速さでベルディアに斬りつけた。
流石に致命傷は免れたベルディアだが、重厚な鎧の胸に溶断したような傷跡が刻まれる。フーコは続けざまに大きくセーバーを振りかぶり、斬りかかると、ベルディアが大剣で応戦し、切り結んでいく。
ベルディアの剣も特別仕様か何かなのか、セーバーとまともに斬り合ってはいるが、やがて、猛然と攻めるフーコの剣を避け、ジリジリと後退していく。
しかしこれ、何処かで見たことがある光景だ。これと似たような構図に覚えがある。俺がデジャヴに駆られ、思い出そうとしている時だった。
「ミツルギさんは? ミツルギさんはまだなの?あの人がいれば、デュラハンなんて一撃で斬っちゃうのに!」
……えっ?
女の子の声に、思わず固まってしまう。
ミツルギ?ミツルギって、俺が魔剣を取り上げて売り払った……。
「ああ、俺達の切り札! 魔剣使いの兄ちゃんが来ればあんな奴一瞬で……!」
「けど、あのお嬢ちゃんもデュラハンとまともにやり合ってるぜ? 魔剣の兄ちゃんがいなくても何とかなるんじゃないか?」
あっヤバイ。マジでヤバイ。二重の意味でヤバイ。
ミツルギもそうだが、俺がたった今思い出した事でさっと血の気が引いていく。
フーコのあの動き、覚えた型を無視し、ライトセーバーを大振りに力任せに振っているような動き。
何の偶然なのか、以前に見たあの映画の主役……激怒した時のジェダイの動きにそっくりだ。
「まさか……」
今のフーコは……。
……フォースの暗黒面に引き寄せられてるのか?
なぜ?いや、今思い返せば兆候のような物はあった筈だ。
たとえば、カエルの時の動きや熊をぶっ飛ばした時、そしてミツルギ相手に押し込んでいた時。
特に前二つは修行もしてないのにやってのけている当たり、かなり怪しい。
才能……の可能性もなくはないが、だとしたら修行に明け暮れるほど苦労はしないし、他のチート転生者のように最初から無双していてもおかしくはない。
あの人畜無害というか、ドジで泣き虫なロリっ子の雰囲気で決めつけていた。
そんな事ありえないだろうと。十分にありえたのに。
フォースを使っている以上、暗黒面の危険性は付き纏っていた筈だ。
元々フォースには二つの側面がある。
善を信じる心や慈しむ心、正義を司る
暗黒面は強大な力を与える代わりに人の攻撃性や欲望を高め、身の破滅へと繋げてしまう劇薬のような物だ。
暗黒面は元々短気で攻撃的な性格の人間もだが、単純で純朴な性格の人間も傾きやすい。その点で言えば、フーコはその要素を十分に兼ね備えている。
「……けど、キレるより座り込むか泣き出す方がまだお前らしいだろ!」
俺が思わずそんな事を呟きフーコを睨みつける。
だが、ふと、同時に剣を振るフーコの動きに違和感を覚えた。
さっきよりフーコの動きが鈍くなっているような……。
「おい、なんかお嬢ちゃんの動きが変じゃないか?」
「そうか? ガンガン攻めてるようにしか見えないぜ」
「いや、なんかさっきより遅くなったような……」
どうやら、俺以外にも気付いた冒険者がいるようだ。
ベルディアとフーコの戦いは、今はフーコが一方的に攻めているように見える。
だが、このままではいずれフーコの体力が先に尽きるだろう。
段々と体力が付いてきたとはいえ、あの激しい動きはまだ未熟で子供のフーコには負担が大きいように思える。
たとえ、怒りで肉体にブーストが掛かっていたとしても、相手はデュラハン。
人外の首無し騎士と人間の子供では、そもそもの地力が違い過ぎる。
どうする……どう援護すれば……。どうにかして目を覚まさせるか?
俺が打開策を考えている時だった。
「もう体力切れか? ……動きが鈍いぞ小娘!!」
「うあっ!!」
ついにフーコの動きが止まり、ライトセーバーが弾かれ、地面に転がった。
フーコが引き寄せようと手を伸ばす。
だが、ベルディアがフーコとセーバーの間の地面に剣を突き刺してセーバーを弾き、フーコの首根っこを掴んで宙吊りにした。
「おい放せ!!」
焦った俺が叫ぶが、ベルディアはそれを無視してフーコの首を締め上げると、フーコが呻き声を上げた。
「ぁぁあっ……!」
「フンッ……つまらん。怒りに囚われて剣を振っても盲目になるだけだ。怒りは力など与えない。与えるのは………破滅だけだ!!」
「フーコッ!」
ベルディアがフーコを思い切り放り投げた。
小柄な身体が宙を舞い、冒険者達から悲鳴が上がる。
俺は咄嗟にめぐみんを背負ったまま駆け出すが、どう見ても間に合わない。
そのまま重力に従い、地面に落下していき……。
「はあああっ!!」
ダクネスが猛スピードで飛び出し、地面スレスレでフーコを受けとめた。
「ダクネス! フーコは!?」
「……どうやら、気絶しているようだ。すまない、もっと早く飛び出して、助太刀していれば……」
ぐったりとしたフーコを地面にそっと寝かせたダクネスは、悔しそうに呟く。
いや、飛び出せなかった理由はよくわかる。
セーバーを持ったフーコとベルディアの剣戟の間に割り込むなんて、いくらダクネスでも無茶だ。
「誰か! この子を見ていてくれ!!」
「は、はい!」
冒険者達にダクネスが呼びかけると、数人のプリースト達が駆け寄ってくる。
そして数人がかりで離れた場所までフーコを運んでいった。
それを見送った俺は夕日に照らされた白銀の鎧、ダクネスの輝く鎧を見ながら声を掛ける。
「おいダクネス。お前がいくら頑丈だからって、アイツの剣はセーバーに対抗出来るような代物だぞ?そんな鎧で……」
「安心しろカズマ。私は頑丈さでは誰にも負けない。それに、ベルディアの剣をよく見てくれ」
「……え?」
ダクネスの言葉に、ベルディアが担いでいる大剣を凝視すると、刃が所々欠け、ボロボロになっていた。
「どんな業物だろうと、流石に光の剣を捌ききる事は出来なかったようだ。ヤツは限界まで避け続け、直撃しそうになるとスキルを使って捌いていた。おそらく、事前に対抗する為のスキルを既に持っていたか、用意していたのだろう」
「えっと、ライトセーバーの存在を知っていて、対抗策を持ってたって事か?」
「いや、光の剣は剣でも『ライト・オブ・セイバー』の方だろう。ヤツは魔王の幹部だから、上級魔法に対抗するスキルを持っていてもおかしくはない筈だ。これも推測だが、めぐみんが城に来た時の対抗策の一つだったのだろう」
「めぐみん……?」
何故そこでめぐみんの名前が……あっ。
「そうか! アイツはめぐみんの素性を知らないから……!」
普通のアークウィザードなら習得してもおかしくはない様々なスキル。
だが、残念な事にめぐみんは普通のアークウィザードではなく、爆裂魔法しか撃てない異端児だ。
めぐみんがそんな魔法使いとは知らないで、城で待ち構えていたベルディアが普通のアークウィザードと戦う為のスキル、対魔法スキルか何かを既に持っているか、用意していてもおかしくはない。
フーコとの戦いではそれを応用していたのかもしれない。
「おまけにフーコの剣は特別な物なのだろう? だが、それもベルディアは知らない。それもベルディアの誤算だ。まあ、ただの偶然かもしれないが……」
ただの偶然……。その偶然が重なって生まれた結果。
ベルディアの剣と横たわるフーコを交互に見る。
「……と、色々言ってはみたが、なによりも私には聖騎士として……守ることを生業とする者として、どうしても譲れない物があるのだ。どうか、やらせて欲しい」
そう言ってダクネスが剣を抜き、構える。
それを見たベルディアが、やれやれと言うように肩をすくめ、座っていた切り株から立ち上がった。
「……作戦会議は終わったか? こうして待つのも昔からの伝統というものだが、なかなか退屈だな」
「抜かせ! よくも皆を……お前だけは、絶対に許さない!!」
ダクネスはそう叫び、ベルディアに向かって駆けていく。
その背中は、まさに聖騎士そのものだ。
「ククッ……ようやく来るか! 首無し騎士として、聖騎士が相手とは是非も無い!!」
ベルディアは嬉々として剣を構え、迎撃体勢をとる。
ダクネスは剣を上段に振り、身体ごと叩きつけるように……。
空振り、地面に叩きつけた。
「…………んっ?」
ベルディアが、気の抜けたような声を出し、空振ったダクネスが羞恥に顔を赤く染めた。
そして、それを誤魔化すようにダクネスが剣を二度、三度振るう。
ベルディアの傍にある岩と切り株が砕けるが、ベルディアに当たった様子はない。
ダクネスの当たらなさは、不器用とか、そういうレベルを通り越しているような気がする。
……っていうかこんな時にまで外すなよ!?
ダクネスが更に剣を振るい、デュラハンがひょいと躱すと、尚も斬りかかるダクネスに。
「情けない……。なんたる期待外れ! もうよいわっ!!」
ベルディアがダクネスの剣を弾き、ガラ空きになったダクネスの身体へ大剣を振り下ろし――
「ダクネスッ!!!」
――ガキンッ!
甲高い音が響き、ダクネスの鎧がベルディアの剣撃を弾き返した。
一瞬だけ、ベルディアの動きが止まる。
「……なに!?」
「はぁああっ!!」
ダクネスの横薙ぎの剣を避け、ベルディアが距離をとる。
「チッ……あの小娘め。魔王様の加護を受けた鎧に傷を付けるのみならず、俺の剣までも!お前達は揃いも揃って一体……」
心底恨めしそうに呟くと、大剣を翳すベルディア。
切れ味が悪くなった大剣に、ダクネスの耐久力も加わってベルディアの攻撃力が大幅にダウンしたようだ。
これならいけるか……!
「ダクネス !防御は任せた! 俺が援護するから、しばらく耐えてくれ!!」
「わかった! だが、耐えるだけでなく、一撃でも当てて見せる!」
そう言うと、ダクネスは意気揚々と剣を構える。だが……。
「クククッ……クハハハハハッ!!! まさか、この程度で俺の剣を封じたとでも? この程度で勝機を見出したつもりか?」
ベルディアが高笑いし、やれやれと肩をすくめて見せた。
「なにを言っているのだ?どう見てもその剣は使い物に……」
ダクネスがそう言うが、何故だろう。
物凄く嫌な予感がする。
「このベルディアを……魔王軍の幹部を、舐めないでもらおうかっ!!」
ベルディアが叫ぶと大剣を一振りする。
すると、地面が抉れ、深い傷跡が刻まれた。
「「なっ……!」」
俺とダクネスが驚愕すると、ベルディアが剣を構えた。
「この俺の本気を見せてやる! いざ、聖騎士!!」
……嘘だろ、まだ本気じゃなかったのか!?
◇
sideフーコ
遠くから、誰かの声が聴こえた。
叫ぶ声が聴こえた。
朦朧とした意識が、段々とはっきりとしてくる。
それと同時に痛みと寒さが全身を駆け巡っていく。
どうして私は……。
いや、断片的にだが覚えている。
激しい衝動に従った挙句、デュラハンに挑み負けた。
そうだ……だからこうなっているんだ。
こんな風に力もなく、地べたに倒れこんで、ただじっとしているだけ。
仕方ない。未熟な私じゃ絶対に勝てない。
無理、無理だ。どうあがいても勝ち目なんてない。
だからいっそこのまま、目を閉じたまま………。
『――……!』
私じゃ……皆も街も、守れない。
『――……!!』
「ちょっと!起きなさいよフーコ!!」
「…………え?」
聞き慣れた声に目を開けると、綺麗な水色の髪と瞳が私を覗き込んでいた。
そして、数人の冒険者の顔もあった。
「もう、やっと起きたわね!」
「ねえ、大丈夫……?」
プリーストの女の子に声を掛けられ、私はゆっくりと起き上がると、頬を膨らませたアクア様に尋ねる。
「えっと、あれ? アクア様? ……と、皆も何してるんですか?」
「何って、皆であなたに『ヒール』をかけてたのよ。まあ私一人で十分なんだけど、この子達がどうしてもっていうから仕方なくね」
アクア様の周囲に集まっている数人のプリースト達を見回す。
皆、とても心配そうな表情で私を見つめている。
黙ったままの私に、アクア様がぐっと顔を近付けた。
「あなたね、何か地面に倒れてブツブツ言ってるし、おまけに血まみれだから何事かと思ったんだからね? 私ビックリしたんだからね? ねぇ、謝って。ビックリさせた事、謝って!」
「………ごめんなさい」
「分かれば……ちょっ! 何で泣くのよっ! も、もしかして、まだ痛かったの? でもその血はあなたのじゃなくて……」
「どうしたの? 何処か痛むの?」
「ち、違うんです……。そうじゃなくて……ごめんなさい」
私はアクア様と他の皆の顔を見て、声を聞いた途端、諦めていた自分への情けなさと皆への罪悪感、それと同時に安堵感が込み上げ、ボロボロと泣いてしまった。
「まったく、本当に泣き虫なんだから」
涙を拭いながら呆れ顔のアクア様を見る。
どんな時でも、どんな状況でもマイペースで変わらない性質は、女神様だからだろうか。くるくると表情が変わるアクア様を見ていると、不思議と凍えていた身体と心が温かくなっていくのを感じた。
「ありがとうございます。助けてくれて……」
「まぁ、いいんだけれどね。あと、何か悩みがあるなら聞くわよ? ほら、私って女神じゃない?だから悩みを聞くのも仕事というか、役目というか?あ、でも今はちょっとやることがあるから、また今度ね」
アクア様はそう言って私の頭を撫でた後、何処かにトテトテと走って行ってしまった。私がそれを見送って涙を拭うと、プリースト達が私の傍にしゃがみこんだ。
「あの! あなたみたいな女の子にこんな事を頼むのは間違ってるけど、でもお願い! ダクネスさんを助けてあげて!」
「本当に情けない話だけど、私達じゃ為す術がなくて……」
その言葉に周囲を見渡すと、ここからそう遠くない場所で、ダクネスさんとベルディアが戦っていた。
ベルディアの動きは更に速く、苛烈になり、何度も何度もダクネスさんに斬り込んでいる。
ダクネスさんは何とか防いではいるものの、押されて後退し続けていた。
あそこに行かないと……!
私は立ち上がると、周囲を見渡し……離れた地面にライトセーバーが落ちているのが見えた。
フォースでセーバーを引き寄せると、しっかり握り締める。落としてばかりで、何だか申し訳ない。
でも、アクア様と皆の回復魔法のお陰か、すんなりと引き寄せる事に成功した。
連日の修行と檻の件で疲労が溜まっていたが、随分と減っているみたい。
しかし、このままがむしゃらに突っ込むのは駄目だ。私の未熟な剣の腕じゃ勝ち目はない。何か、何か良い手は……。
「……あの、デュラハンの弱点を知ってる人はいませんか?」
私は振り返ると、プリーストの女の子達にそう尋ねる。
すると、その中の一人がおずおずと口を開いた。
「えっと、デュラハンに効くかはわからないんだけど、というか全く効かないかもしれないけど……」
「教えて下さい!!」
◇
sideカズマ
金属と金属がぶつかり合う激しい音が響き渡る。
ダクネスの剣と鎧が欠け、ひび割れ、剥がれていく。
剥き出しの頭だけは防ぐダクネスだが、デュラハンはそれ以外の場所を容赦なく斬りつけ、叩き、削り取っていく。
何度も、何度も、何度も……。
ダクネスは声一つ出さず、歯を食いしばってそれに耐え続けている。
前に進もうとするベルディアを阻むように、立ち続けている。
「そろそろ倒れろ! 聖騎士!!」
「……くっ! ……!!」
くそ、何か、何かないのか……!気を逸らすだけでいい!
俺は正面に手を突き出し。
「『クリエイト・ウォーター』ッ!!!」
俺の叫びと共に、ベルディアとダクネスの頭上に水が現れた。
バケツを引っくり返したような勢いで、大量の水が二人にぶち撒けられる。
ダクネスは盛大に水を被り、ベルディアは大慌てで飛び退いた。
……ん?今、なんでベルディアは。
「カズマ、これでも私は真面目にやっているので、今はその……水責めは……」
「いや違えよ!!」
慌てて叫ぶ俺に、ベルディアの頭の目がギラリと俺を見た。
「貴様、何のつもりだ……?」
「……こうするんだよ! 『フリーズ』!!」
水を凍らせるだけの初級魔法。またフーコが捻挫した時にでも使うか、氷で飲み物を冷やそうかと考えて習得していた魔法。
フリーズを受け、ベルディアの足場の水が凍りついた。
「ほう、俺の強みが回避と読んだか。だが、こんなものでは……」
「回避し辛くなれば十分だ! 武器は頂くぞ! 『スティール』ッ!!」
動きを鈍くしてダクネスから気を逸し、武器を頂く。
咄嗟に思いついた方法だが、これで………。
「……悪くはない手だったが、俺はこれでも魔王軍の幹部。絶対的なレベルの差があるのだ」
足下の氷が砕ける。
どうやら、初心者の俺の魔法じゃ足止めも出来ないらしい。
「さて、俺の邪魔をするとどうなるか、分かっているのだろうな?」
ベルディアがこちらにゆっくりと歩いてくる。
「小僧……覚悟はいいな?」
急に背負っためぐみんの重さと、その後ろの冒険者と門を意識してしまう。
このままじゃ……。
「カズマッ!!」
「遅い!」
ダクネスが俺の正面に飛び込み、剣を振り下ろす。
だが、ベルディアはいとも簡単に避けると大剣をダクネスに叩きつける。
ついにダクネスの剣が折れ、がら空きになった所をベルディアが更に追い打ちをかけた。
「ぐあああっ!!!」
「ダクネスッ!!」
このままじゃマズイ!!……こんな時、どうすればいい?
よく考えろ、相手はデュラハンだ。ロールプレイングゲームでは、何が弱点だった?
よく観察しろ。思い出せ。何でアイツは俺の出した水を大袈裟に避けた?
デュラハンの、アンデッドの弱点は………。
「元騎士として、貴公と手合わせ出来た事に、魔王様と邪神に感謝を捧げよう。さらばだ、勇敢で愚かな聖騎士よ!!」
倒れ込んだダクネスに、大剣が振り下ろされ――――
「ぬうっ!?」
パリンと何かが砕ける音が響き、ベルディアが動きを止める。
見ると、ベルディアの鎧からポタポタと雫が垂れていた。
「カズマさん!!!」
声がした方を見ると、少し離れた場所にフーコと数人のプリーストが立っていた。
その周囲には小さな壺のようなものが置いてある。
フーコはその一つをフォースで浮かせ……
「くそっ!!」
ベルディアに投げつけると、ベルディアが慌てたように剣で弾いた。
割れた壺から飛び出す液体。……水?
……そうか!
「『クリエイト・ウォーター』ッ!!!」
俺はスキル名を叫び、ベルディアに水を放つ。
「ぐっ!! ……何のつもりだ小僧! 小娘!!」
「カズマさん! アンデッドの弱点は聖水――」
放った水は避けられたが、それで確信を得た俺は後ろの冒険者達へ振り向き、思い切り叫んだ。
「水だぁあああああっっ!! ヤツの弱点は水だあぁぁああああ!!!!」
◇
「『クリエイト・ウォーター』!『クリエイト・ウォーター』!『クリエイト・ウォーター』ッッ!!」
「くっ! ぐぬぬ! くそ!!」
「はぁぁぁ!!」
「ぬうっ!! くそっ! 小賢しい真似を!!」
俺と周りに集まった魔法使い達は一心不乱にベルディアに水を放っている。
背後からはフーコの壺とプリースト達の水も飛んできている。
だが、ベルディアも必死にそれらを躱し続けていた。
なんて回避力だ……。このままでは水を当てる前にこっちの魔力が尽きてしまう。
「ぬっ……っぐぬぬぬ!!?」
すると、突然デュラハンの動きが鈍くなった。
見えない何かに引っ張られるように身体が動いている。
「……反省を活かしてみました!」
壺を全て使い切ったフーコが、顔を引きつらせながら両手を突き出していた。
「いや遅えよっ!! ……けど、ナイスだ!」
フーコがフォースで足止めしてる間に、ベルディアに水を……。
すると、いつの間に居たのか、アクアがひょっこりと俺の隣に立ち。
「ねえ、一体何の騒ぎなの? 私が働いている間に、カズマは何を遊んでいるの? バカなの?」
こいつ!なんてタイミングで……本気で引っ叩いてやろうか!?
必死な俺を他所に今まで何処に行っていたのか、アクアがそんな事を抜かした。
俺は苛つきながら、アクアに叫ぶ。
「水だ、水! アイツは水が弱点なんだよ! なんちゃって女神でも、水の一つくらい出せるだろ!?」
「あんた! そろそろ罰の一つでも当てるわよ無礼者! この私にかかれば、洪水クラスの水でも出せますから!!」
「出せるのかよ!!」
「謝って! 水の女神様をなんちゃって女神って言ったこと、謝って!」
「後でいくらでも謝ってやるから、さっさと出しやがれこの駄女神!!」
「い、今駄女神って」
「いいからやれっ!!!!」
俺の怒鳴り声にアクアは涙目になって膨れると、両手を掲げて、一歩前に出た。
アクアの足元と周りに水色の巨大な魔法陣と霧のような細かい水が現れ、ピリピリとした何かが肌を刺す。
……あれ?なんだこの、めぐみんが爆裂魔法を撃つ時と同じような気配は。
「雑魚共め!! 貴様らの出す水など、この俺には……?」
ベルディアも何やら不穏な気配を感じたのか、言葉を言いかけて止めた。
『この世にある全ての我が眷属達よ。水の女神アクアが命ず。』
アクアの詠唱が始まると、周囲の冒険者達も動きを止め、不安げな様子で佇む。
次第に空気がビリビリと震え、明らかにヤバイ雰囲気が伝わってくる。
『我が求め、我が願いに応え、その力を世界に示せ。』
ベルディアもアクアの周囲に流れる異常な力の流れを感じたのか、どうにかして身体を動かそうとして……。
「くっ、くそっ!! か、身体が……動かんっ!?」
アクアの隣に立ち、両手を突き出したフーコによって完全に逃げ場を失っていた。
『 セイクリッド・クリエイトウォーター!! 』
「お、おのれえぇぇえええええっ!!!!」
アクアの詠唱が終わった瞬間、絶叫したベルディアの頭上から、大洪水クラスの水が降ってきた。
「おいアクア! ちょっと待て! 待てって!!!」
「うわあああ!! 水があああああっ!?」
「どこかに掴まれええええ!!」
「あ、カズマ……。私、溺れてしまうかもしれません……」
「めぐみん! しっかり掴まってろよ!!」
「カズマさん、私、泳げないんです……」
「お前もかっ!? よし、掴まれ!!」
「こ、こんな水責めは……そうそうないぞカズマ!」
「あってたまるかああああ!!!」
ベルディアを飲み込み、こちらに押し寄せる大量の水を前に、俺は叫んだ。
だが、その叫びも虚しく。
俺とめぐみんとアクアとフーコとダクネスと、周囲の冒険者の全てを水が飲み込んだ。
水が引いた後の地面には、ぐったりと倒れる冒険者達と、そして……。
「な、何を考えているのだ、馬鹿なのか? 大馬鹿なのか、貴様……ッ!!」
ベルディアがヨロヨロと立ち上がると、同時に立ち上がったアクアに向かってそう叫んでいた。
「チャンスよカズマ! 弱ってる今がチャンスよっ!!」
アクアがビシッとベルディアを指差すと、俺はフーコとめぐみんを地面に下ろし。
「今度こそ……武器を奪ってやる!」
「いくら弱体化したとはいえ、駆け出し冒険者如きのスティールで、俺の武器を盗らせはせぬわ!!」
そう宣言して対峙した俺に、ベルディアが大剣の切っ先を向けながら、自らの首を空高く投げた。
まだそんな力が残ってるのか。だが、これでお終いだ!
俺の全魔力と全身全霊を掛けて……。
「『スティール』ッ!!!」
俺が大声で叫ぶと、ベルディアの手から剣が消え、ズシリとした重さが両手に伝わった。
周囲の冒険者のざわつく声が聴こえ、スティールが成功した事が分かった。
「よし!! 武器はこれで――……」
ふと、横を見ると、俺のすぐ隣でベルディアの大剣がふわふわと宙に浮いていた。
誰の仕業か、すぐに分かった。
「……フーコ?」
「また反省を活かしてみました……」
そんな事を言って目を逸らすフーコに、俺は盛大に溜め息を吐く。
まぁ、確かにフーコの働きでさっきも助かった。助かったが、もう少し空気を読んで欲しかった。
今、完全に俺の見せ場だっただろ。
いや、待て。フーコが剣を奪ったとしたら、俺は何を奪ったんだ?
「お、おい……」
俺の足元、いや、手元から小さく、くぐもった声が聞こえた。
「おい……あの、首、返してもらえませんかね……?」
俺の両手の間で、ベルディアの頭がそう囁いた。
…………コイツ、どうしてやろうか。
今日はコイツのせいで散々な目に遭わされた。
元はめぐみんとアクアがやらかしたせいだが、それでもコイツはフーコとダクネスを散々痛めつけてくれた。正直、ボールにして蹴りまくりたい所だが……よし、そうしよう。
俺はニヤリと笑うと、ベルディアの首を掲げて……。
「待ってください!」
蹴ろうとした直前に、フーコに呼び止められてしまった。
こいつはまた何を言い出すつもりだろう。
振り返ると、フーコが目に涙を浮かべながら俺を見上げていた。
「ちょっとだけその人……じゃなくて、デュラハンと話をさせてください」
消え入りそうな声でフーコがそう言うと、ベルディアは鼻を鳴らした。
「……小娘、情けのつもりか?」
「いいえ、あの人達の命を奪ったあなたに情けは……。それに、あなたはもう瀕死です。フォースが、もう……」
フーコがそう言うと、ベルディアが押し黙った。
おそらく、フーコはベルディアに流れるフォースを感じ取ったのだろう。
だが、フーコがそんな事まで分かるようになっているとは驚きだ。
「その不思議な力には完敗か……。ああそうだ、アークプリーストが喚び出した水に飲まれ、あの水が神聖なものだったせいか、貴様の剣から受けた傷から水が入り込み俺自身の存在が希薄になっている。魔力が抜ければ、ただの首無しの死体と化すだろう」
ついに観念したのか、潔いまでに話すベルディア。
だが、その声に悲壮感はなく、むしろ自虐的な響きがあった。
「……一つ聞こう。騎士見習いの娘よ。お前は何故、騎士を志す。その力を何のために使う」
ベルディアが少しの間を置いて、フーコに問いかけた。
フーコも少しの間を置いて、応える。
「私に立派な志はないし、騎士になれる自信もありません。でも、私はこの力で大切な仲間を、私を救ってくれた街の人達を、守りたいんです。そして、恩を少しでも返したい」
はっきりと聞こえたフーコの想い。
そういえば、俺はフーコのこんな気持ちを初めて知ったような気がする。
「ただ、恩に報いるためか……」
ベルディアの言葉に、フーコが頷く。
俯いたその表情は、俺からは見えない。
「……なぜ敵に涙を見せる」
ベルディアがそう言うと、フーコは小さく頭を振って袖で目元を擦った。
「敵に情けをかけ、涙を流す娘よ。今一度、その名を訊こう」
「星野風子。アプレンティスの、フーコです」
「アプレンティスのフーコよ。最後に忠告だ。怒りに囚われて剣を振るな。怒りは身の破滅へと繋がるぞ」
静かに話すベルディアに、俺も大事なことを聞くだけ聞いておく事にした。
たぶん、無駄かもしれないが。
「おいデュラハン、この街に来たお前の目的を詳しく教えろ。調査対象って何の事だ?」
「それだけは教えられぬ。さあ、ひと思いにやれ。敗れた魔の者に、情けなど不要だ」
ベルディアはそう言うと、カタカタと首を震わせた。
分かってはいたが、やはり何も言わないつもりのようだ。
「そうかよ。じゃあ、遠慮なく……アクア!」
「やっとね! 待ってたわ!」
「……さらばだ。アプレンティス。そして聖騎士よ」
「ああ、さらばだ首無し騎士」
ダクネスがそう言って頷いた後、一言も喋らなくなったベルディアは、アクアの浄化魔法で浄化されていった。
こうして、魔王幹部のデュラハン……首無し騎士のベルディアは、この地に来た詳しい目的を語らず、この世界から跡形もなく消え去った。
◇
sideフーコ
全てが終わり、夕日も落ちかけた平原で勝利に沸く冒険者達。
その片隅で、ダクネスさんが祈りを捧げていた。
「……ダクネス、何をしているのですか?」
私に支えられためぐみんが問いかけると、ダクネスさんは目を閉じたまま、静かに口を開いた。
「……デュラハンは不条理な処刑で首を落とされた騎士が、怨念によってアンデッド化した姿だ。ヤツとて、なりたくてなった訳ではないだろうから、せめて祈ろうと思ってな」
ダクネスさんの言葉に、私も目を閉じる。
元は騎士だったというデュラハン。元々は高潔な人物だったのかもしれない。
魔に堕ちた後は、魔王の幹部になるほど、非道な事をして来たのかもしれない。
でも、死んでしまったらそれまでだ。だから、せめて祈るくらいはしても、許されるはず……。
「そして、犠牲になった冒険者達……。セドル、ヘインズ、ガリル……変な噂を流したり、私をからかったり、モンスターに突っ込む私を泣きながら止めたりした彼ら。皆、あのデュラハンに斬られた者達だ。もし、もう一度会えるならば、一緒に酒でも飲みたかったな……」
あの名前も知らない戦士の人。あの人のためにも祈ろう……。
「「「お、おう……」」」
「……えっ?」
戸惑うような声が聴こえて、ダクネスさんと私が後ろを振り返ると、斬られた人達が全員怪我もなく、元気に立っていた。
「えっ?」
あれ?何で……?幽霊?でも脚があるし、あれ?なんで!?
「剣が当たらないって事を、実は気にしてたのか……。その、変な噂流したり、からかったりして悪かったな。今度、奢るからよ……」
「い、生きてるのか……?」
「この通りな」
冒険者が頷くと、ダクネスさんは夕日より真っ赤になって俯いた。
すると、笑顔のアクア様がダクネスさんを覗き込んで。
「驚いた? この私くらいになると、致命傷でも、死にたてホヤホヤの死体でも、ちょちょいと回復したり蘇生するなんて楽勝なのよ!」
「……えっ」
す、凄い……。アクア様ってそんな事まで出来るんだ……凄い。……女神様って凄い。
「これで一緒に飲めるわね」
「……恥ずかしい。死にたい」
「これで話のネタが出来たな。皆から一週間は弄ってもらえるんじゃないか?なあ、ダクネス」
カズマさんが含み笑いをしながらそう言うと、ダクネスさんはわなわなと肩を震わせる。
「ち、違う! こんな辱めは……私が望んだものとは違うかりゃ!!」
噛んで更に真っ赤になった顔を、手で覆ったダクネスさん。
それを皆が暖かく見守る中。
「ところでフーコ、やはり無理をしていましたね? 隠そうとしていたようですが、私の目は誤魔化せませんよ?」
「……ごめんね」
隣に立つめぐみんの唐突な言葉に、私は謝るしかなかった。
どうやら、めぐみんには疲労がバレていたようだ。
「分かったのならいいのですよ。今日はお互いゆっくりと休みましょう」
「うん……」
「……こうして見ると、なかなか綺麗な夕日ですね」
めぐみんの呟きに頷いた私は、平原の向こうに沈みかける夕日を眺めた。
私が異世界に転生してから数週間。
今まで見た中で、一番美しい夕日だった。
・魔王幹部のベルディアを討伐しました。
終わりませんでした。
次は第一章のエピローグです。近いうちに投稿できそうです。