この素晴らしい世界にフォースの導きを!   作:つむじヶ丘

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遅くなって申し訳ありません。

ワニとミツルギです。

誤字修正しました。


第十二話 特訓少女にソードマスターを!

 

 デュラハンの襲来から特に何事もなく、一週間が経った。

 

 クエストは相変わらず高難易度のものしかないので、クエスト以外の事をそれぞれが好きなようにして過ごしていた。

 ダクネスさんはトレーニングをすると言って数日だけ実家へ帰り、めぐみんはバイト帰りのアクア様を連れて平原へ爆裂魔法を撃ちに行くのが日課になっていた。

やけに帰りが遅いのが気になったが、理由を訊いても「フーコにはまだ早いのです」とよくわからない事を言われてはぐらかされた。

 

 私はというと、カズマさんと一緒にギルドの裏の広場で延々と訓練に励んでいた。

地面に小さな穴を掘り、遠くからフォースを使って小石を穴に投げ込んだり、頭にバケツを被って視覚と聴覚を遮断し、潜伏したカズマさんが投げる石を弾いたり、丸太をフォースで浮かせて一定時間耐えてみたり、カズマさんが作った経験値たっぷりのキャベツドリンクを一気飲みしてみたりと、訓練もバリエーションが増えた。

 

 ……そして、今現在。

 

「いいぞフーコ、その調子だぞ」

 

「うぅぅ……」

 

「あと少しで湖ですよ」

 

「うぐぐ……」

 

「フラフラしているな。やはり馬車に乗せた方がいいのでは?」

 

「大丈夫です……!」

 

 私は街から少し離れた場所にある大きな湖まで、フォースを使ってある物を運んでいた。アクア様がそんな私をチラリと見て呟く。

 

「ねえカズマ、ここまで来ておいて言うのもなんだけど、本当にやるの……?」

 

「おい、俺が考えた隙のない作戦の何が不満なんだ?」

 

「作戦に不満はないんだけど、今の私って、このまま売られていく希少モンスターみたいなんですけど。っていうか、すれ違う人の視線が辛かったんですけど……」

 

「なんで今更言うんだよ。宙に浮きたいとか言い出したのはお前だろうが。後、それ言うとここまで運んだフーコの頑張りが台無しだぞ」

 

「私の事はお気遣いなく……。降りたいならいつでも降りてくれていいですから、檻は私が運びますので……」

 

「いや流石に気遣うわ! させた俺が言うのも変な話だが、かなり無茶してるよな?」

 

 私がフォースで浮かせて運んでいるのは、大きな鉄製の檻と、そこに入れられているアクア様だった。

 檻とアクア様は地面から数センチ浮いた状態で道を進んでいる。

 

「大丈夫ですから……!」

 

 いったい何故、こんな事になっているのかというと、この湖に関するクエストの為である。今回のクエストはアクア様が選んだものなのだが、その内容が。

 

『―湖の浄化― 街の水源の一つの、湖の水質が悪くなり、ブルータルアリゲーターが住み着き始めたので水の浄化を依頼したい。水の浄化ができればモンスターは他に生息地を移すため、討伐はしなくてもいい。報酬は三十万エリス』

 

 というものだった。

 最初、お金に困ったアクア様が、湖の浄化は水の女神である自分にピッタリの依頼だ、と言って持って来たのだが、肝心のカズマさんが手伝いを渋ると、アクア様が必死に泣き付き、その結果、いつものように私達が手伝うことになった。

 

 そしてその後、カズマさんがギルドからモンスター用の檻を借り、その中にアクア様を入れ、モンスターから守りつつ湖の浄化をさせるという作戦を立て、ついでにアクア様が自分を運んで欲しいと言うので、運んでみたのだった。

 

 カズマさんが訓練がてら、やるだけやってみろと言ってくれたのもあり、ここまで運んだのだが正直、かなり無茶だったかもしれない。

 一応、帰りはダクネスさんが引いている馬車があるので、心配はいらない。

 

「まぁ、流石に帰りは馬車に乗せていくからな? ……よし着いたぞ!」

 

「フーコ! ゆっくりよ! そこで私ごと吹っ飛ばすなんてのは無しだからね!」

 

 私は何とか湖の岸まで檻を運び下ろすと、地面に倒れ込んだ。

 まるでフルマラソンを完走した気分だ。実際に走ったことはないけど……。

 

「お疲れ様ですよ、フーコ」

 

「そこの木陰でゆっくり休むといい」

 

 めぐみんとダクネスさんが私を抱え上げると、木陰に横たえてくれた。

 

「いいぞ、アクア!早速始めてくれ!」

 

 カズマさんが檻に付いた鎖を岸の岩に巻きつけて固定すると、アクア様に呼び掛ける。

 改めて湖の様子を見ると、湖と言うよりは沼と言った方がいいくらいに濁っている事に気が付いた。

 

 アクセルの街の水源の一つとされているその湖からは小さな川が流れており、それが街へと繋がっている。湖のすぐ傍には山があり、そこから絶えず湖へと水が流れ込んでいる。

 だが、今は街の水源となっているはずの湖は酷く濁りきり、淀んでしまっていた。

 

「……あとはこのまま浄化されるのを待つだけか」

 

「しかし、アークプリーストも凄い事が出来るものだな」

 

「スキルの応用を思い付くとは……アクアも侮れないですね」

 

 アクア様は檻の中で水に浸かりながら座っているのだが、魔法を使わなくても水に触れているだけで浄化できるので、そのままの状態で半日ほど待っていれば良いらしい。

 触れるだけで浄化してしまう水の女神の力は凄まじいが、めぐみんとダクネスさんはそんなアクア様の正体を知らないので、アークプリーストのスキルの応用という事で納得してもらっている。

 

「……私、ダシを取られてる紅茶のティーバッグの気分なんですけど……」

 

 そんな切ないアクア様の声が聞こえてくる中、私達は浄化完了まで待つ事にした。

 

 

 

 

 浄化開始から二時間が経過した頃、カズマさんがおもむろに立ち上がり、アクア様に呼び掛けた。

 

「おーい! アクア! 浄化の方はどうだ? あと、水に浸かりっぱなしだと冷えるだろ! トイレに行きたくなったら言えよ! 檻から出してやるから!」

 

「浄化の方は順調よ! あと、トイレはいいから! アークプリーストはトイレなんて行かないし!!」

 

 アクア様が顔を赤くしながらこちらを振り返った。

 

「何だか大丈夫そうですね。あと、紅魔族もトイレなんて行きませんから」

 

「いや聞いてねえよ。お前らは昔のアイドルか」

 

「私もクルセイダーだから、トイレは……トイレは……。うぅ……」

 

「ダクネスも対抗すんな。トイレに行かないって言い張るめぐみんとアクアには今度、日帰りじゃ終わらないクエスト請けて、本当にトイレに行かないか確認してやる」

 

「や、やめてください! 紅魔族はトイレなんて行きませんよ? でも謝るのでやめてください」

 

「……あっ」

 

 その時、座りながらぼんやりと皆の会話を聞いていた私の脳裏に、ある事がよぎった。

 

「……どうした? まさか、お前までトイレ行かないなんて言わないよな?」

 

 思わず声を上げた私を、カズマさんがジト目で見るも、私は構わず懐から冒険者カードを引っ張り出して見つめる。

 

「やっぱり! スキル増えてる……あ、でもこれ」

 

「おい、なんでこのタイミングでそれ出したんだよ」

 

「え? いやその、訓練とキャベツドリンクの効果はどうかなーって……」

 

 はっと気付いた私は、そんな事を言って誤魔化そうとするも。

 

「キャベツドリンクにそこまでの効果は………。ちょっと討伐履歴見せてみろ」

 

 カズマさんが私の手からカードをもぎ取ると、私の頭に手を乗せた。

 

「おい、ブラックファングの討伐から二週間も経ってるのに達成記録がないぞ。まさか、まだ報告に行ってないのか?」

 

「その……忘れてました」

 

「ああ、そうだろうな」

 

 私の頭をむぎゅっと押しこむカズマさん。

 ああっやめて!縮んじゃう!

 

「カズマ、今回は当事者の私達も気付かなかったので、その辺で放してあげてください。このままでは、ただでさえ低いフーコの身長がもっと低くなりますよ?」

 

「うぅ……めぐみんもそんなに変わらないのに」

 

「ふっ……喧嘩なら買いますよ!私のほうが高いのですからね!」

 

「ああっ! 謝るから乗らないで!」

 

「のしかかられる程度なら、どうという事はないこの身が恨めしい……」

 

 私にのしかかって来るめぐみんとそわそわするダクネスさん。

 カズマさんはそんな私達を気にする事もなく、カードを読んでいる。

 

「……レベルが結構上がってるんだな、もう15か。じゃあ、さっそく新しいスキルを習得してみたらどうだ?」

 

「は、はい。ですがその、このスキルは……」

 

「どうした?」

 

 めぐみんのマントの隙間からカードを返して貰った私は、スキル欄に現れたスキルを読む。

 

「この『フォース・ヒール』なんですけど、覚えるかどうか迷ってしまって……」

 

 ブラックファング討伐と一連の特訓のおかげで習得可能になった新しいスキル。

 

 それは『フォース・ヒール』だ。

 フォースを使って疲労を回復し、精神を落ち着かせ、自身や相手の疾病や怪我をも癒すフォースのスキル。

 

「なんで迷ってるんだ? 便利そうだし、回復スキルは貴重だから覚えておけよ」

 

 そう言うカズマさんの顔を見上げるも、私はすぐに俯いてしまう。

 便利とか、貴重とかじゃなくて……その。

 

「……もしかして、アクアを気にしているのですか?」

 

 私の頭に顎を乗せているめぐみんが、私の視線の先に気付いてそう言った。

 めぐみんの言葉に頷く。

 

「回復役はアクア様がいるので、これ以上は必要ないかなって……」

 

そんな私をカズマさんが呆れたような目で見る。

 

「……そんな事気にしてたのかよ。確かに回復魔法はアクアってイメージだが、パーティーの回復役が一人で良いなんてルールはないだろ? っていうかパーティーの戦略が広がるし、ここは取るべきだと思うんだが」

 

 カズマさんの言葉に、めぐみんも頷く。

 

「こう言ってはなんですが、アクアはどちらかと言うと敵に突っ込んで行くタイプですからね。回復役がもう一人いれば、こちらとしては助かるのですよ」

 

「私からすれば、自分でも回復しながら何度でも戦えるのは凄く羨ましいのだが……」

 

「いっその事、本人に聞いてみるか? ……おーいアクア!!」

 

 皆の意見を訊いても尚、もじもじしている私を見兼ねたのか、カズマさんがアクア様に呼びかけた。

 

「何よ! 浄化ならまだ終わらないわよ!あとトイレは絶対に行かないからね!?」

 

「いや、そっちじゃなく! フーコが新しく回復スキルを覚えそうなんだが、覚えさせても文句ないよな!」

 

「回復? よくわかんないけど良いんじゃないの? そんな事より、誰かこっちに来て話し相手になってくれないかしら!鉄格子を数えるの飽きちゃったんですけどー!」

 

「……だってよ」

 

 そんなあっさり……。

 てっきりアクア様が泣くか怒って反対するだろうと思っていた私は、拍子抜けしてしまう。何となくもやもやした物を抱えながら、冒険者カードに指を這わせた。

 

――――ッ!

 

 その瞬間、違和感を覚えた私は、湖の方を見つめる。

 

「フーコ? どうしました?」

 

「……何かが湖の中から上がってくる気配がしたような」

 

「もしかして、何か感知したのか?」

 

 私が口を開く前に、湖の水面に小波が走る。

 それも複数。

 

「カ、カズマー!! なんか来た! なんかいっぱい来たっ! カズマッ! カズマさあぁぁんっ!!」

 

 檻の中のアクア様が悲鳴を上げる。

 水中から現れたのは、巨大なワニの群れだった。

 ざっと見ても十数匹はいる群れが、あっという間に檻を取り囲んでしまった。

 

「ねえっ! これもしかしてブルータルアリゲーター!? なんか囲まれちゃったんですけどっ!!」

 

「今助けに行きます!」

 

「いやちょっと待て!」

 

 アクア様の悲鳴に焦り、咄嗟に飛び出そうとした私をカズマさんが留めた。

 

「よく見ろ、何のための檻だ?こんな時のための檻だろ?」

 

「でも!」

 

「なんだよ、俺の作戦が信用できないのか?」

 

「そ、そういう訳じゃなくて……」

 

「だったら見守ろうぜ。あの檻は高難度モンスター用の檻だから頑丈だし、アクアが本気でギブアップする時は、そう伝えるように言ってあるしな」

 

 そう言って草の上に座り込むカズマさん。

 

「そうするしかありませんよ。流石にあの数を相手するのは無謀です。幸い、私達には気付いていないようですし、今は様子を見ましょう」

 

「ワニが岸に近いな……。今行けば相手のフィールドに入る事になる。下手をすると、水中に引き摺り込まれるかもしれないぞ。……よしやっぱり行ってみるか」

 

「いや、行くなよ?」

 

 三人の言葉、特にダクネスさんの言葉を訊いて、私は一気に血の気が引くのを感じた。水中に引き摺られるのは非常にマズイ………うん、悔しいけど、ここは見守るしかなさそうだ。

 

 ごめんなさいアクア様、本当にごめんなさい……。

 

 私、泳げないんでした……。

 

 

 

 

 浄化開始から四時間が経過した。

 

 涙を飲んで見ている私の視線の先には、一心不乱に浄化魔法を放つアクア様の姿があった。

 

「『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケーション』ッ!!」

 

 アクア様が入った檻を岸から離したワニの群れは、ガジガジとオリに齧り付いている。

 

「『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケーション』! ちょっと! 檻が! 檻が変な音たててるんですけどっ!!」

 

「アクア―! ギブアップならそう言えよー! 鎖引っ張って、檻を引き摺って逃げるからー!!」

 

「い、嫌よっ!! ここで諦めたら報酬が貰えないじゃないのよ! 『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』ッ! わぁぁぁっ! 今メキッていった! 檻から鳴っちゃいけない音が鳴ったっ!!」

 

 先程から、カズマさんが助け舟を出そうとしているのだが、アクア様はそれを頑なに拒んでいた。……でも、流石にこれは助けてもいいんじゃないだろうか。

 

「アクア様ー! ここからフォースで引っ張り出しますから! ギブアップしてください!」

 

「『ピュリフィケーション』ッ! 駄目よ!! それだけは駄目だからねっ!? ワニごと引っ張るオチが見えるわよ!! ひぃぃぃ!鉄格子曲がった!曲がっちゃったあああっ!!」

 

「そんな事しませんよ!?」

 

「しょうがない、こうなったらトコトン付き合うか。アクア―!俺達はここで待機してるからなー!」

 

「あの檻の中、何だか楽しそうだな……」

 

「ダクネス?行かないでくださいね?」

 

 

 

 

 浄化開始から七時間が経過した。

 

 綺麗になった湖の岸には、ボロボロになった檻が置かれている。

 近くにワニの姿はない。湖が浄化されたので、何処かに行ってしまったようだ。

 

「……おいアクア、無事か? どうやらワニは、もう全部どこかに行ったみたいだぞ」

 

「……ええ、一匹も感知できないので、もう安全ですよ」

 

 檻の中で座り込んでいるアクア様におずおずと話しかけると、やがて、膝を抱えて泣き出してしまった。

 

「……ぐすっ……ひっく……うぅ……っ」

 

「アクア様……」

 

 すすり泣くアクア様を見ていると、胸が痛くなる。

 もっと、他に何か出来る事はなかったんだろうか……。

 

「ほら、もう帰るぞ。……話し合ったんだが、今回の報酬は俺達いらないから」

 

 カズマさんがそう言うと、私達に目配せする。

 意図を理解した私達は、一斉に頷く。

 

「そうだぞアクア、三十万エリスは全部アクアのものだ」

 

「そうですね、今回の働きは全てアクアの働きですから」

 

「湖がこんなに綺麗になったのは、全部アクア様のおかげですよ」

 

 口々にそう言うと、アクア様の肩がピクリと動く。

 だが、檻から出る気配はない。

 

「お、おい、アクア。もうそろそろオリから出て――」

 

「………このまま連れてって」

 

「なんだって……?」

 

 アクア様がぼそりと呟いた声に耳を傾ける。

 

「……外の世界、こわい。このまま街まで連れてって……」

 

「お、おう」

 

 どうやら、今回のクエストでアクア様に強烈なトラウマを植え付けてしまったようだ……。

 

 

 

 

「でーがーらーし女神が~運ばれてーくーよ~」

 

「……おいアクア、もう街中なんだからその歌はやめてくれ。ボロボロの檻に入って膝抱えた女を運んでる時点で、ただでさえ注目を浴びてるんだからな?というか、もう安全な街の中なんだから、いい加減出てこいよ」

 

「……嫌よ。この中こそが私の聖域だもん。お外こわいもん。もう出ないもん……」

 

「ア、アクアがすっかり引き篭もりになってしまいましたね……」

 

「まさか、あのアクアがな」

 

「以前の俺みたいだな……、いや、なんでもない」

 

 無事に街へと帰ってきた私達は、街の住人の何とも言えない視線を感じながら、檻を乗せた馬車と共に歩いていた。

 物悲しい歌を唄うアクア様は、頑なに檻から出ようとしない。でも、何時間もワニに囲まれる恐怖に晒され続ければ、こうなっても無理はない。

 

「きっと~こ~のまま~売られていくよ~」

 

 歌を唄い続けるアクア様の表情は虚ろで、いつもの快活な面影はない。

 もし、このままアクア様がトラウマで再起不能になったりでもしたら……。

 そんな嫌な想像ばかりが、脳裏をよぎる。

 

 ……その時。

 

「女神様! 女神様じゃないですかっ!? どうしてこんな所に!!」

 

 いつの間に近付いたのか、私の目の前に、檻の鉄格子を掴んで叫ぶ男の人がいた。

 あろうことか、その男の人は鉄格子をいとも簡単にぐにゃりと曲げると、中にいるアクア様に手を伸ばす。

 

「おい、私の仲間に軽々しく触れないで貰おうか。貴様、何者だ?」

 

 ダクネスさんが男の人の腕を掴むと、そう言って睨みつけた。

 しかし、男の人はダクネスさんを無視して、腕を振り払うと、アクア様に呼び掛ける。

 

「何故檻の中に……っ! いったい何があったんですか!?」

 

「私を無視するか……。知ってる人間に無視されるのは構わないが、知らない人間に無視されると腹が立つな」

 

 ダクネスさんが珍しく苛ついた表情をすると、空気がピリピリしたものに変わった。

 

「おいアクア、あれお前の知り合いなんだろ?明らかに女神様とか言ってたし、お前が何とかしろよ」

 

「……え?」

 

「いやだから、お前を女神って知ってるヤツがいて、なんかダクネスがキレかかってるから何とかしろって言ってんだよ!」

 

「――……女神? あ、そうよっ! 女神よね私は! そう、それで、女神の私にこの状況を何とかしてほしいわけね!?」

 

 カズマさんの囁きに、少し間を置いて反応するアクア様。

 ショックで記憶が混乱していたのか、自分が女神だということを忘れてしまっていたようだ。

 そんなアクア様の表情には、もう虚ろなものは無く、いつも通りの快活なものに戻っていた。アクア様はゆっくりと檻から出ると、馬車の上から男の人を見下ろした。

 

「さあ! この女神の私に何の用かしら!! …………って、あなた誰?」

 

 アクア様は男の人を見るなり、首を傾げた。

 どうやら、知り合いじゃなかったようだ。

 

「いやいや僕ですよ! 御剣響夜です! あなたから魔剣グラムを頂いた、御剣響夜ですよ!」

 

 男の人……ミツルギキョウヤさんがショックを受けたように叫ぶ。

 名前と顔立ちからして、日本人だろうか?アクア様を女神様だと知っている事から察するに、私とカズマさんと同じような転生者なのかな?

 

「……フーコ、あいつ転生者みたいだな」

 

「……あ、やっぱりそうなんですかね」

 

 私とカズマさんが囁き合う。

 カズマさんも同じ結論に達したようだ。

 

 改めてミツルギさんを見る。

 青色の綺麗な鎧と、腰には黒い鞘に入った大きな剣を下げ、茶色の髪と涼し気な目をしたお兄さんだ。後ろには、槍を持った女の子とダガーを下げた女の子が立っている。パーティーの仲間だろうか。

 

「あ、ああー! いたわねそんな人も! ごめんね、すっかり忘れてたわ! だって結構な数の人を送ったから、覚えてなくても仕方ないわよね?」

 

 そんなアクア様の言葉に、顔を引きつらせるミツルギさん。

 忘れてたんだ……。

 

「ええっと、お久しぶりですアクア様。あなたに選ばれた勇者として、日々頑張ってますよ。職業はソードマスター。レベルは37になりました。……ところで、アクア様は何故、檻の中に閉じ込められていたんですか?」

 

 私達がアクア様を閉じ込めた訳ではないのだが、そう見えてしまったのだろうか。

 ミツルギさんはアクア様とカズマさんとその隣の私を見て……また私を見た。

 私が首を傾げていると、何やらミツルギさんが私に近づいて来る。

 一体何だろうか……。

 

「……君、ちょっといいかな?」

 

「は、はい。何でしょう」

 

「君は、もしかして僕と同じような転生者かな?」

 

「え? それは、その……」

 

 私は後ろのめぐみんを気にしながら、小声で言う。

 こんな、堂々と転生者とか言っちゃっても良いのだろうか。

 

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。何処かでその衣装と似たようなものを見たことがあってね」

 

 そう言うと、ミツルギさんは私のローブに手を伸ばし、しげしげと眺め始めた。

 

「あ、あの」

 

「ん?これは……?」

 

 私の腰のライトセーバーに気が付いたようで、セーバーに手が伸びる。

 

「おい、檻とアクアの事を聞きたいんじゃないのか? 理由なら俺が話すから、そいつに構うな」

 

 突然、カズマさんが私とミツルギさんの間に割って入ると、そう言った。

 私はカズマさんに押されるようにして、後ろに下がる。

 

「あ、ああ。そうだ! アクア様が何故ここにいるのか、そして何故、檻なんかに入れられているのか、聞かせて貰おうか?」

 

 睨みつけるミツルギさんに、カズマさんは今までの経緯を話し始めた。

 この世界に来た時から、今までの事を全て。

 

 ――数分後。

 

「馬鹿な! なんて事を考えているんだ!? 女神様をこの世界に連れてきて!? その女神様を檻に閉じ込めて湖に浸けるなんて、君はアクア様を何だと思ってるんだっ!!」

 

 ミツルギさんはカズマさんの胸ぐらを掴み上げた。

 突然の事に反応できずにいると、アクア様が間に入って引き離した。

 

「ちょっと待ちなさい! 別に、私はここに来てからそれなりに楽しい日々を送ってるし、ここに連れられてきた事もほとんど気にしてないわよ? それに、魔王を倒せば帰れるらしいし、今回のクエストなんて、三十万も貰えるのよ! それも全部私一人が! それはまぁ、カズマの作戦で怖い思いをしたけど、結果として怪我一つしてない訳だから、結果オーライってやつよ」

 

 アクア様の言葉に、ミツルギさんは憐憫の眼差しを向ける。

 

「アクア様、この男にどう唆されたのかは知りませんが、今のあなたの扱いは明らかに不当ですよ。そんな目に合って、たったの三十万……? 貴方は女神なのにそれっぽっちの金額なんて……。ちなみに今は何処に寝泊りしているのですか?」

 

 聞き間違えだろうか?三十万をそれっぽっちって言ってたような……。

 今回はアクア様の働きだけど、普段は私達がどんな苦労をしてその金額を手に入れているのかを知らないのだろうか。同じ冒険者なら、その苦労を知っていてもおかしくないはずでは……。

 

「えーと、普段は馬小屋で寝てるけど……」

 

「はぁ!?」

 

 カズマさんが再び胸ぐらを掴まれる。

 

「おい、いい加減にしろ。先程から聞いていれば何なのだ? 貴様はカズマとは初対面のようだが、その振る舞いは無礼にも程があるだろう」

 

 普段は温和なダクネスさんが怒りを滲ませる。

 周りからピリピリしたものを感じたので、そっと感知スキルを発動すると、普段は場に規則正しく流れているフォースの流れが、不規則なものに変わっていた。

 

「……へえ、クルセイダーに、アークウィザードに、後は……まぁいい。随分と可憐で綺麗な子たちに囲まれているようだね。君はパーティーメンバーに恵まれているのに、アクア様とこの子達を粗暴な輩が集まる馬小屋なんかに寝泊りさせて、恥ずかしくないのかい?職業も先ほど聞いた話では最弱職の冒険者らしいじゃないか」

 

 やれやれといった様子のミツルギさん。

 私は馬小屋じゃなくて格安宿に泊まっているのだが、この際それはどうでもいい。

 それより、何だろう……さっきから感じるこの……。

 

「なあ、この世界の冒険者って馬小屋を借りて寝泊りするのが基本だろ? なんでこいつはこんなに怒ってるんだ?」

 

「きっと、彼には転生特典に魔剣をあげたから、そのおかげで最初から高い難易度の報酬のいいクエストを受けまくったのよ。だからこの世界に来てから大した苦労もせず、お金を儲けまくったんじゃないかしら。まあ、特典に装備や能力を貰った人間なんて、大体はそんな感じよ」

 

 カズマさんとアクア様の囁き声が耳に入ってくる。

 ……なるほど、だから三十万をそれっぽっちなんて言ったり、駈け出し冒険者の苦労を知らないような言動を取ってたのか。

 

 そんなミツルギさんは私達に同情の視線を向けて、見渡した。

 

「君達、今まで苦労してきたみたいだね。これからは、僕と一緒に来るといい。もちろん、馬小屋なんかで寝かせないし、高級な装備品も買い揃えてあげよう。というか、パーティーの構成的にもバランスが取れていて良いじゃないか。ソードマスターの僕に、僕の仲間の戦士と、クルセイダーのあなた。僕の仲間の盗賊に、アークウィザードのその子にアクア様。あと、そこの君の職業は……?」

 

「……アプレンティスです」

 

 一瞬だけ答えるのを躊躇したが、嘘を言っても仕方ないので答えた。

 すると、ミツルギさんは少し考えた後、ぱっと表情を明るいものに変えた。

 

「そうか、君が噂の新職業か!! それなら尚更、僕のパーティーに来ないか? 同じ転生者として、女神様に与えられた君の力を僕のパーティーで役立ててみないか? どんな力を与えられたにせよ、こんな男の下に居ても宝の持ち腐れだろう」

 

 ああ、マズイ、スキルを切らないと。さっきから感じるこの胸のざわつきのせいで集中できない。皆の怒気とフォースに当てられてるせいだろうか。落ち着いて、スキルを切って……。

 

 私が俯いて息を整えていると、アクア様が私を引っ張ってミツルギさんから離した。

 

「ちょっとヤバイんですけど。あの人、本気で引くほどヤバイんですけど。勝手に話を進めるしナルシストも入ってる系で怖いんですけど。正直もうこれ以上関わりたくないんですけど!」

 

「どうしよう。あの男は何故か受け付けない。攻めるより攻められる方が好きな私だが、あの男だけは無性に殴り飛ばしたい」

 

「……もう撃ってもいいですか? あのスカした顔を爆裂魔法でぶっ飛ばしてもいいですか? フーコに気安く触った挙句にカズマを馬鹿にするあの男に全力でぶっ放してもいいですか?」

 

「どうやら、俺の仲間達はあなたと一緒には行きたくないみたいです。クエストの報告があるので、俺達はこれで……」

 

 先に進もうとしたカズマさんの行く手を、無言で遮るミツルギさん。

 

「……どいてくれませんかね?」

 

 流石のカズマさんも苛ついたように呟く。

 

「君には悪いが、僕に魔剣を与えてくれたアクア様を、こんな境遇の中に放って置くわけにはいかないんだよ。君に世界は救えない。魔王を倒すのはこの僕だからね。アクア様はこの僕と一緒に来たほうが絶対に良い。……君はこの世界に来る際に持ってこれる『モノ』としてアクア様を選んだんだよね?」

 

「……ああ、そうだよ」

 

「なら、この僕と勝負しないか? アクア様を持ってこられる『モノ』として指定したんだろ? 僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。僕が負けたら何でも――」

 

「何でも言うことを聞いてください」

 

 一瞬だけ場に流れる沈黙。

 

「……フーコ?」

 

 カズマさんが信じられないものを見るような目をして私を見ている。

 私だって自分が信じられない。

 

 だけど、ちょっと、もう………そろそろ限界だ。

 胸のざわつき……いや、これは苛立ちだ。

 

「あなたに勝ったら、何でも言うことを聞いてください」

 

 私だって、人には超えちゃいけない一線がある事を知っているし、私にもその一線はある。だが、私の目の前に立っているこの人は、それを易々と超えてしまった。超えた挙句、土足で踏み込んできた。

 

 私はローブを脱ぎ捨てると、ライトセーバーを手に持つ。

 

「い、いいだろう。だけど、君のような女の子に僕が倒せると思ってるのかい?」

 

 正直、倒せる自信はない。

 だけど、もう黙って見ている訳にはいかない。

 カズマさんを、私の大切な仲間を散々馬鹿にして、アクア様を物扱いしたこの人が……。

 

 私は許せない。

 

「……ん? その格好。そうか、ピンと来たよ! 何処かで見たことがあると思ったんだ! 君はフォースを使うジェダイ――」

 

 セーバーを起動させる。

 鋭い起動音と共に現れる赤い光の刃。

 

「なん……だと……」

 

 それを見たミツルギさんが、唖然とする。

 

「君は………ジェダイではなく、シスの暗黒卿だったのか!?」

 

 

◇◆

 

 

「シスの……?カズマ、あの男は今何と言ったのですか?」

 

「めぐみん、後で説明するからちょっと静かにしててくれ」

 

「それより、フーコが何だか怒ってるように見えるのだが……む、武者震いが」

 

「お前もちょっと黙ろうか! あまりの予想外の出来事で頭が混乱してるんだよ!静かにしろ!」

 

後ろからカズマさん達の声が聞こえてくる。

 

「くっ……! まさか君のような可憐な女の子が暗黒面に堕ちていたとはね! 何という悲劇だ!!」

 

 前からは私を睨みつけて大仰に動くミツルギさん。

 私は可憐でもないし、ジェダイでもなければシスでもない。……たぶん、言っても信じてくれないだろう。今までの話の流れからして、この人は思い込んだら他人の話を聞かないタイプだ。

 

「これは、ますますアクア様を君達から取り返さなければならなくなったようだね……!」

 

 そう言うと、腰から魔剣グラムを抜いて構える。

 

「……そんなふうに、カズマさんはアクア様を物扱いする人なんかじゃありませんよ」

 

 私もセーバーを正面に構える。狙うは魔剣グラム。

 あれを叩き斬れば……!

 

「物?……いや、僕は別に」

 

「はぁっ!!」

 

「ちょっ!?」

 

 私は即座に飛び出すと、魔剣目掛けてセーバーを―――。

 

 

「なっ……!」

「……っ!?」

 

 だが、振り下ろしたセーバーは、魔剣グラムの刃に受け止められてしまった。

 まるで、普通の剣と剣のぶつかり合いのように。

 

「はっ!」

「くっ……!」

 

 動きの止まった私に蹴りが飛んでくるが、スレスレで躱すと、距離を取る。

 

 何故?何故、鋼鉄をも切り裂くセーバーの刃を受け止める事できたのだろう。

 

「ははは……っ! 流石はアクア様の授けてくださった魔剣グラム! ライトセーバーと言えど、切り裂くのは敵わなかったようだね!」

 

「おいアクア! どういう事だ? なんでセーバーが剣に受け止められてるんだよ? あの剣、エレクトロスタッフか何かか?」

 

「エレなんたらはよく分からないけど、たぶん、どっちも神器だからじゃないかしら」

 

「詳しく説明しろ」

 

「何でも切り裂く『魔剣グラム』と物体の殆どを切断する『ライトセーバー』は、あくまで、神々が造った転生特典である神器なの。神器という枠に嵌まっている以上は、お互いを破壊出来ないのよ。神々が転生者の特典に、気持ち程度の公平さを与えた結果ってわけね」

 

「なんだそりゃ。元の性能差とかは関係ないのか? っていうか、武器以外の特典はどうなるんだよ?」

 

「そこまでは知らないわよ! 私が作ったんじゃないもの!」

 

 なるほど……。武器を破壊して無力化するのは無理という事。

 ならば―――。

 

 私はセーバーを構え直すと、一気に前に出る。

 

「く、くそっ!!速い!」

 

 フォースの流れを読み、動きを読み、縦横無尽にセーバーを振るう。

 だが、狙うのは身体ではなく、あくまで魔剣グラム。

 相手が振るおうとすれば合わせ、相手が振るえば捌き、押せば引き、引けば押す。

 

 何度も、何度も、何度も―――。

 

「フーコが……押してる……」

 

「剣技スキルが十分に発揮されてるのか? いや、修行の成果だけじゃないな。なんだこれ……」

 

「うむ……。フーコの剣の上達もあるが、あれはおそらく、あのミツルギとかいう男に問題があるようだな」

 

「問題? でもあいつソードマスターなんだろ?」

 

「……ああ。だが、あの何処か思い切りに欠ける動き、剣捌き。おそらく今までまともな対人戦闘をした事がないのだろう。フーコを傷付けまいとして庇うあまり、攻めあぐね、防戦一方になっているように見える」

 

「……なるほど、今までチートで楽してた弊害か。おまけに相手が年下の女の子にしか見えないから、傷付けたくないってやつか? あの野郎、典型的なハーレム主人公タイプじゃねえか」

 

「しかしダクネス、あれを見ただけでよくそんな事までわかりますね。クルセイダーだからですか?」

 

「防ぎ、受ける者の気持ちはよく分かるのだ」

 

「な、なるほど。ところでカズマ、シスと言うのは……」

 

「む? フーコが距離を取ったな」

 

 

 

 

 

「……私に手加減してませんか?」

 

鍔迫り合いになり、即座に距離を取ると、ミツルギさんに尋ねる。

 

「な、何を言って……っ! 僕は本気で! そう言う君だって、さっきから僕のグラムばかり狙ってくるじゃないか! 言っておくけど、これじゃ、いつまで経っても武器は壊れないし、僕はこのグラムを手にしている限り、超人的な力を発揮出来るんだからな!」

 

「疲れるのを待ってたんですけど、無駄って事ですか?」

 

「その通りだ!!」

 

 この状況、どうするべきか。

 訓練のおかげか、すぐにスタミナが切れる事はなくなったけど、このまま続けても、いずれ私の方が先にジリ貧になるだろう。やはり、あの魔剣をどうにかして……。

 

「仕方ない……。不本意だが、少しだけ痛い思いをしてもらうよ」

 

 そう言うと、ミツルギさんは腰を低く落としてグラムを腰の横に付けるように構える。

 

 ……居合いの構え?スキル?

 

 分からないが、何かが来る。

 迎え撃つために、セーバーを握りしめる。

 

「……いくぞ!!」

 

 

「はい『スティール』ッッ!!!」

 

 

 カズマさんの声が聞こえた瞬間、ミツルギさんの手から、魔剣グラムが消えた。

 

「えっ」

 

 その声は誰の物だったのだろうか。

 私か、それともミツルギさんか、それ以外の誰かか。

 

「……この勝負、俺の勝ちな」

 

「はっ?」

 

魔剣グラムを掲げたカズマさんの宣言により、勝負は唐突に終わりを迎えた。

 

 

◇◆

 

 

「卑怯者! 卑怯者卑怯者卑怯者っっ!!!」

 

「あんた達、人として最低よ! この卑怯者! 正々堂々と勝負しなさいよっ!!」

 

 ミツルギさんの仲間の女の子達に責められている私とカズマさん。

 そのミツルギさんはというと、地面にガックリと跪いたまま動かない。

 

「卑怯って……初心者相手に絡んだ奴の言う事かよ」

 

「はあぁぁぁ!?」

 

 私はいきり立つ女の子にビクビクしながらカズマさんを伺うと、カズマさんは魔剣グラムを日に照らしてしげしげと眺めていた。

 

「あ、あの……カズマさん、どういう事ですか? なんで途中で……」

 

「ん? どうしたも何も、これは最初から俺とその男との戦いだっただろ?」

 

「はい?」

 

「だから、俺とアイツとの戦いにお前が勝手に割り込んで来たんだろうが。なのに、何か長引きそうだったから、さくっと終わらせただけだ」

 

 どうしよう。

 カズマさんが何を言ってるのかわからない……。

 私が困惑していると、めぐみんが気まずそうな表情で。

 

「まあ、その……思い返してみると、フーコは『あなたに勝ったら』とは言いましたけど、『私が勝ったら』とは言ってませんからね……」

 

 めぐみんの言葉に私も思い返してみる。

 

 …………いや、確かに言ってない。誰が誰にとか言ってないけども。

 

「そういう事だ。だからこの勝負、俺の勝ちって訳だ。こいつ、俺が勝ったらなんでも言うことを聞くって言ってたよな? それじゃ、この魔剣を貰っていきますかね」

 

「ふざけないで! そんなの詭弁よっ! グラムを返しなさいよ! そのグラムはキョウヤにしか使えないんだからねっ!!」

 

「え? マジで?」

 

 女の子の言葉に、カズマさんがアクア様を振り向く。

 

「マジよ。魔剣グラムはあの痛い人専用よ。装備すれば人の限界を超えた膂力が手に入り、鉄だろうが石だろうがサックリ斬れる魔剣だけれど、カズマが装備してもちょっと良く斬れる剣程度でしかないわよ」

 

「ふーん。まぁでも一応貰っておくか。ソイツが再起動したらヨロシク言っといてくれ。じゃあお前ら、ギルドに報告に行くぞ」

 

 カズマさんが魔剣を担いで歩こうとすると。

 

「ちょっと待ちなさいよっ!」

 

「キョウヤの魔剣を返してもらうわよ! こんな勝負、私達は認めないんだからっ!!」

 

 武器を取り出し、女の子達が構える。

 私も思わず身構えた。

 

「……いいのか? 武器なんか出して。言っておくが、真の男女平等主義者な俺は、誰だろうが容赦なくドロップキックを食らわせられる男だ。手加減して貰えると思うなよ? この公衆の面前で、俺のスティールが炸裂するぞ……?」

 

 手をワキワキくねくねさせながら、カズマさんが女の子達に振り返る。

 

「「ひっ……!」」

 

 身の危険を感じたのか、小さく悲鳴を上げて震える女の子達。

 私も初スティールの時を思い出して、思わず震えてしまう。

 

「さぁ……どうする? ほれ、ほれほれほれほれ」

 

 指をウネウネさせながら、ゆっくりと近付くカズマさん。

 

「「いやああああああっっ!!!」」

 

 やがて、女の子達は悲鳴を上げると、一目散に何処かへ逃げていった。

 カズマさんは満足そうな顔をすると、魔剣を担いで歩き出した。

 

「あの、本当に……すいませんでした」

 

 私は脱ぎ捨てたローブを拾い上げると、残されてブツブツと何かを呟くミツルギさんの傍に、そっとハンカチを置いた。

 

 

 

 

 

 

 ギルドに帰った私達は馬車と檻を返却した後、テーブルに座って料理を食べながら、アクア様がクエストの報告から帰ってくるのを待っていた。

 

「最初からフォース・プッシュで押し倒すか、フォース・プルで剣を奪えば楽勝だったんじゃないか?」

 

「そういえば、そうですよね……」

 

 私はカズマさんと一緒に先程の反省をしていた。

 最近は一日の終わりにこうやって反省会をするのが日課になっていた。

 

「それが思い付かないようじゃ、まだまだだな。というか、なんでアイツに挑んだりしたんだよ? 流石に予想外すぎるぞ」

 

 カズマさんが呆れたような、少し責めるような口調でそう言うと、私はコップに注がれた水をじっと見つめる。だって……。

 

「どうしても我慢できなくなっちゃって……」

 

「俺もあれにはイラッとはしたけどな、だが――」

 

「なんでよおおおおおっ!!」

 

「だから私に言われましてもー!!」

 

 急に声が聞こえた方を向くとそこには、ギルド職員のお姉さんの胸ぐらを掴むアクア様がいた。なんだろう、もう見慣れてしまった光景だ。

 

「またアクアが揉めているようですね」

 

「うむ。いつもの事だな」

 

「はぁ……アイツは何か騒ぎを起こさないと気が済まないのかよ」

 

 やがて、アクア様とお姉さんが同時に半泣きになると、アクア様はお姉さんを放し、こちらに肩を落としながら戻ってきた。

 

「今回の報酬……壊した檻の修理代を引いて、十万エリスだって。檻の修理代が二十万エリス……。人為的な破損が認められるからって! 私が壊したんじゃないのに……っ!」

 

 アクア様はテーブルに突っ伏すと、しくしく泣き出してしまった。

 その背中をダクネスさんが優しくさする。

 とばっちりで弁償させられるなんて……。あんなに頑張ってたのに、それは流石にやりきれない。

 

「あの男、次に会ったらゴットブローを食らわせてやるわ! そして檻の弁償代を払わせてやるんだから!」

 

 アクア様が拳を握りしめて決意していた時だった。

 

「ここにいたのかっ! 探したぞ佐藤和真!!」

 

 突然の大声にビクッとしながら振り向くと、ギルドの入り口にミツルギさんが仲間の女の子を引き連れて立っていた。

 こちらにツカツカと歩み寄ると、仁王立ちになる。

 

「佐藤和真! 君の事はある盗賊の少女が教えてくれたよ。ぱんつ脱がせ魔だってね。他にも、女の子を粘液まみれにするのが趣味だとか、後、幼い女の子に挟まれるのが好きだって、色々な人の噂になっていたよ。鬼畜のカズマだってね!」

 

「ちょっとそれ誰が広めてるのか詳しくっ!!」

 

 カズマさんがガタッと立ち上がる。

 その噂は流石に尾ヒレが付きすぎではないだろうか。

 カズマさんは面倒見の良いお兄さんなのに……。確かにぱん……アレを脱がされた事はあるけど。

 

「そして星野風子!!」

 

「は、はい」

 

 なんで私のフルネームを……誰かに訊いたのかな?

 

「君の噂は……よく川に落ちるとかドジだとか泣き虫だとか。その、シスと決めつけた事は謝ろう。ライトセーバーが赤いのも、何か理由があるんだろう?それに、君の噂を訊けば聞くほど悪人には程遠い。悪人らしいと言うなら、佐藤和真の方が余程それっぽい。むしろ、君はソイツに騙されているんじゃないか?だから、ここは是非僕のパーティーで保護されるべきだと思う。あと、ハンカチありがとう。上等なハンカチだね」

 

「おい喧嘩売りに来たのか?」

 

「フーコは渡しませんよ?」

 

 カズマさんとめぐみんが詰め寄るが、ミツルギさんは構わず。

 

「……それに、アクア様! 僕はこの男から魔剣を取り返し、必ず魔王を倒すと誓います! ですから、この僕と同じパーティーで――」

 

「ゴッドブロ――ッ!!! 相手は死ぬっ!!」

 

「ぐっへ!!!」

 

「「キョウヤあああああああ!!?」」

 

 突然、ミツルギさんがアクア様に殴り飛ばされ、床に転がった。

 女の子達が悲鳴を上げるが、アクア様はそのままミツルギさんに歩み寄ると、胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっとあんた! 檻壊したお金払いなさいよ!! 私が弁償する羽目になったんだからね!? 三十万よ三十万! ほら、とっとと払いなさいよ!! あんたにとっては端した金なんでしょ!?」

 

 ミツルギさんをぐわんぐわん揺らすアクア様。

 あれ?弁償代が増えてるような……。

 ミツルギさんはコクコクと頷いた後、財布を取り出して、アクア様に渡した。

 

「すいませーん! カエル定食と、シャワシャワ一つくださいな!」

 

 席に戻ったアクア様は、満面の笑みで注文する。

 立ち上がったミツルギさんは、悔しそうに俯くと、カズマさんを見る。

 

「……あんなやり方だが僕の負けだ。何でも言う事を聞くと言っておきながら、虫のいい話だというのはわかっている。でもあの魔剣を返してくれないか?あの剣は君達が持っても何も役立つ事はないはずだ。……どうだろう、剣が欲しいなら、店で一番良い剣を買ってあげるから、どうか返してくれないか?」

 

 それは、確かに虫が良い話かもしれない。

 でも、私もあの勝負に納得出来ない部分があるし、罪悪感を覚えてもいる。

 仲間を侮辱されたとはいえ……いや、やめよう。こういう事を考えても仕方ない……。

 

 私は思わず盛大な溜め息を吐いてしまう。

 

「はあ……。私を勝手に景品扱いしておいて、負けたら良い剣を買ってあげるから魔剣を返せって本当に虫が良いわね。それとも、私の価値は店で一番高い剣と同等って言いたいの?この無礼者!! 仮にも女神を賭けの対象にするって何を考えてるの?フーコすら呆れて溜め息吐いてるじゃない! もう帰って! 早く帰って!!」

 

 しっしっと手を振るアクア様の言葉に、ミツルギさんが青ざめる。

 というか、今あらぬ誤解をされていたような。

 

「あの、私は呆れて溜め息を吐いた訳じゃ」

 

「ままま、待ってくださいアクア様! 別に、あなたを安く見ていた訳では……!」

 

 慌てるミツルギさんに、めぐみんがちょいちょいと袖を引っ張った。

 

「……えっと、何かなお嬢さん」

 

「……まず、この男が既に魔剣を持っていない件について」

 

「んんっ!?」

 

 ミツルギさんがカズマさんを凝視する。

 本当だ。いつの間にか魔剣が無くなってる……。

 

「佐藤和真!! 魔剣は!? ぼぼぼ僕の、まま魔剣は何処かな!?」

 

「売った」

 

 ぱんぱんに膨らんだ財布を掲げるカズマさん。

 売っちゃったんだ……。

 

「ちっくしょおおおおおおおっっ!!! 覚えてろよ! アクア様と星野風子も諦めないからなあああ!!!!」

 

「「キョウヤ!待ってええええええ!!」」

 

 ミツルギさんは、そう叫びながら女の子達と一緒にギルドを飛び出して行った。

 

 なんで私を誘うんだろう……?

 

 

 

 

「……しかし、本当に何だったのだアイツは。喧嘩を売りに来たのか?」

 

「どうでもいいのですよ。ところで、先ほどからアクアが女神とか呼ばれていましたが、一体何の話ですか?」

 

 テーブルの席に座り直して落ち着いた頃、めぐみんがカズマさんに言った。

今日だけでも、散々アクア様を女神様だと騒いでいたのだから、気になるのも無理はない。すると、何かを決意した表情をしたカズマさんが、アクア様と私に目配せをしてきたので頷いた。いよいよ、その時が来たのかもしれない。

 

 めぐみんとダクネスさんが、アクア様の正体を知る時が。

 

 アクア様が静かに立ち上がると、私達に向き直り、目を閉じて、ゆっくりと開いた。そこには、真剣な眼差しがあった。

 

 その表情に思わず私達も座り直し、ゴクリと唾を飲んだ。

 

「今まで黙っていたけれど、あなた達には言っておくわね。……私はアクア。アクシズ教団が崇拝する、水を司る女神。……そう、私こそが、あの女神アクアよ!」

 

「「っていう、夢を見たのか」」

 

「違うわよっ!! なんでハモってんのよ!」

 

「まぁ……こうなるよな」

 

「ちょっと! どういう意味よカズマ!」

 

 涙目になるアクア様。

 おかしい……。今の真剣な雰囲気なら、絶対に信じると思ったんだけど。

 

 私が首を傾げた、その時だった。

 

 ―――――ッ!!

 

「……あうっ!」

 

 突然、強烈なフォースの流れを感じ、声を上げてしまった。

 

「フーコ?」

 

 ああ、まただ。この感覚。

 激しい怒りの感覚が、私の胸を突き刺し、汗がドッと流れる。

 

 間違いない。これは………。

 

「どうした? ……まさか、何か感知したのか?」

 

 カズマさんの呟きに、コクコクと頷く。

 

『 緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘体勢で正門に集まってくださいっ! 』

 

 緊急アナウンスが街中に響き渡った。

 

「……もう嫌な予感しかしないんだが」

 

「一体なんでしょうか。フーコ、立てますか?」

 

『 緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘体勢で正門に集まってください! 特に、冒険者サトウカズマさんとその一行は、大至急でお願いします!!! 』

 

 

 ――再び、魔王の幹部が、この街に現れた。

 




・湖の浄化クエストを請けました。
・フォース・ヒールを習得しました。(未使用)
・クエストを達成しました。
・ミツルギに出会いました。
・ミツルギと戦いました。

次はデュラハンとの戦いです。
次で第一章が終了します。

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