この素晴らしい世界にフォースの導きを!   作:つむじヶ丘

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修行とデュラハンです。

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特訓の部分にダクネスを追加しました。


第十一話 特訓少女に首無し騎士を!

 

「カズマ! 私達と一緒にクエストに行きましょう!」

「カズマさん、私達と一緒にクエストに行きませんか?」

 

 翌朝、ギルドで早々に朝食を済ませためぐみんと私がカズマさんをクエストに誘った。カウンターに座って泡の飲み物を飲んでいたカズマさんは、ピタリと動きを止めて振り返る。

 

「同時に言うなよ……何事かと思ったぞ。クエストに行きたいのは俺も山々なんだが、今受けられるクエストなんてないぞ」

 

「はい? どういう事ですか?」

 

「それがな……」

 

「はぁ!? あんたそれどういう事よ!!!」

 

 カズマさんが言いかけると、向こうからアクア様の叫び声が響いてきた。

 見ると、アクア様が職員のお姉さんの胸ぐらを掴んでいた。なんだか数日前にも見た光景だ。

 

「そ、それが数日前、魔王の幹部らしき者が近くの古城に現れまして……。その影響か、街の近辺のモンスターが隠れてしまい、仕事が激減してしまいまして……。来月には国の首都から討伐の為の騎士団が派遣されるので、それまでは、高難易度の依頼しか残ってないんですよ……」

 

「……なんで、なんでこのタイミングでそんなのが来るのよー!お金無いのにー!」

 

「わ、私に言われましてもー!」

 

 

「……と、言う訳だ」

 

「なるほど……」

 

 涙目のアクア様とお姉さんから目を離すと、私とめぐみんは顔を見合わせる。

 魔王の幹部が近くに来ている……?それは、非常にマズイんじゃないだろうか。

 

「ど、どうしよう。魔王の幹部が攻めて来るのかな?」

 

「いえ、攻めて来ることはないと思いますが」

 

「えっ?」

 

「んっ?」

 

 めぐみんが首を傾げるので私も首を傾げる。攻めて来ないってどういう事?

 私が困惑していると、隣のカズマさんが咳払いした。

 

「朝から何の漫才してんだよロリっ子共。……フーコ、魔王の幹部は攻めて来ないと思うぞ。考えてもみろ、ここは駈け出し冒険者の街だろ? そんな街に、何の用があって魔王の幹部が来るんだ?」

 

「え? で、でも……」

 

「まぁ、絶対に攻めて来ないという保証はないが、こっちから何かちょっかい掛けない限りは大丈夫だろ。そうじゃなかったら、数日前に現れた時点で攻められてる。……他の冒険者達もそう考えてるみたいだぞ」

 

「あっ……」

 

 カズマさんの言葉に周りを見渡すと、他の冒険者はこんな朝からお酒を飲んでいる。皆まるで、やってられるかと言わんばかりの表情をしているが、慌てた様子はない。

 カズマさんはそんな冒険者達から既に情報を集めていたようだ。

 

「けど、フーコの心配も最もかもな。一応準備だけはしておくか」

 

「じゃあ早く準備を……!」

 

「ああ、逃げる準備をな」

 

「ええ、攻め込む準備をですね」

 

「……はあ?」

 

「……はい?」

 

 カズマさんとめぐみんがほぼ同時に答え、そしてほぼ同時に見合った。

 どちらも頭がおかしい人を見るような目をしている。

 

「おい、ちょっと待てロリっ子。なんで攻め込むなんて答えが出てくるんだよ」

 

「カズマこそ、何故逃げるなんて答えが出てくるのですか?あとロリっ子はやめてください」

 

 そう言って、睨み合う二人。

 どうやら、正反対の意見を引き出してしまったようだ。

場がピリピリとした空気に変わるが、私は何も言えず、固唾を飲んで見守るしかない。下手に口を挟めない。怖い。

 

「あのな、相手は魔王の幹部だぞ? カエルやキャベツじゃないんだぞ? 攻め込んだ所で、おいそれと討伐出来るはずないだろ」

 

「やってみなくてはわからないではないですか。私の爆裂魔法があれば、幹部の一人や二人……」

 

「いくら強力でも一度撃ったらおしまいだろうが。それで倒せなかったらどうするんだよ」

 

「ふっ……我が爆裂魔法に限ってそれはありえません。一撃で仕留めてみせますよ」

 

「自信満々なとこ悪いがな、幹部が巨大キャベツみたいな耐熱性と、リッチーみたいな魔法防御を持った相手だったらどうするんだ? それに、ボスの前の雑魚は?お前一人で相手出来るのか? 言っとくが、俺は攻め込まずに逃げるからな」

 

「……一人じゃありません。その時はアクアとダクネスが手伝ってくれますよ。もちろんフーコも」

 

「えっ!? わ、私……?」

 

 どうしよう、まさかここで私に振ってくるなんて……。

 どう答えればいいんだろう……。えっと……あれ?何も出てこない。

 

「結局人任せじゃねえか。あと、アクアは役立たずだから数に入れない方がいいぞ」

 

「そう言いにくい事をはっきり言うとは……。カズマは鬼ですか」

 

「おい誰が鬼だロリっ子」

 

「おいまたロリっ子と言いましたね? 紅魔族は売られた喧嘩は買うのですよ!」

 

 ヒートアップしためぐみんが立ち上がる中、私は向こうの掲示板で泣きながら仕事を探すアクア様を見つめる。アクア様は決して役立たずじゃないと思う……回復魔法にはお世話になってるし。

 

「……聞いているのですかフーコ!」

 

「えっ? あ、何……?」

 

 目の前にめぐみんの顔が現れたので、私は思わず仰け反りながら応える。

 

「ですから、逃げるか攻めるか、フーコはどうするのかと聞いているのです!」

 

 どうするって……。逃げるか攻めるか……?

 うーん、逃げたら街を守れないし、攻めるのは危険が大きい。

 そうだ、ここは間を取って……

 

「……話し合うしか」

 

「論外です」

 

「論外だな」

 

「うぐっ」

 

 同時にバッサリと斬られてしまった。薄々駄目だとは思っていたけど……。

 

「む、なんだ? 言い争いか? それはよくないぞ。だが、どうしてもやるなら私が間に立って受け止めるぞ」

 

 その時、朝のトレーニングから帰って来たダクネスさんが、ひょっこりと顔を覗かせた。

 

「ところで、そこの通りで聞いたのだが、街の近くに魔王の幹部が来ているそうではないか。こ、これはもしや、遂に私の出番が来たのではないだろうかっ!?」

 

「ああ、いたよここに論外の極みが。あとダクネスって着痩せするタイプなんだな」

 

「いましたね、話にならないのが。あとそれは嫌味ですか?早く鎧着てくださいよ」

 

「んん……っ! 女騎士の出番だと思って言っただけなのに……っ風呂に入ってくる!」

 

 顔を赤くしてお風呂に向かうダクネスさんを、ジト目で見送るカズマさんとめぐみん。やがて、めぐみんが溜息を吐く。

 

「フーコ、この後はどうしますか? 少々予定が狂いましたが、探求するには良い天気ですよ」

 

「おい、探求ってなんだよ」

 

 うん、そうだ、魔王の幹部の心配をするより、この後の事を考えよう。

 クエストを兼ねた練習が駄目なら、それ以外の方法を探すしかない。

 と、なると……。

 

「探求は探求ですよ。ですのでカズマ、ちょっと私達に付き合ってください」

 

めぐみんが不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。

 

 

 

 

「一応の確認なんですけど、首都から上級冒険者や騎士さんが来るまではまともにクエストが受けられないんですよね?」

 

「そうなるな。まぁ、それまでは暇だからお前らに付き合ってやるけどな」

 

 私とめぐみんはカズマさんを連れて街の外に出ていた。

 現在、街の近くにモンスターはいない。カエルの一匹さえも見ない。

 魔王の幹部の出現により、弱いモンスター達は怯えて隠れてしまっているからだ。

なので、私達は散歩気分で平原を歩いていた。

 

「ええ、お願いします。カズマがおぶってくれないと、私が帰れなくなりますからね」

 

「俺は運搬係かよ……ってかこの辺でよくないか? 早いとこ魔法ぶっ放して帰ろうぜ。これが済んだら、ギルドで他の冒険者にスキルでも教えて貰おうと思ってたんだが」

 

 カズマさんがめぐみんに促すと、めぐみんは首を横に振った。

 

「街の近くじゃ駄目です。また守衛さんに叱られます」

 

「おい今またって言ったか? もしかして、音がうるさいとか迷惑だって怒られたのか?」

 

 カズマさんが訊くと、めぐみんはコクリと頷いた。

 事前にめぐみんから訊いた話なのだが、めぐみんは一昨日の朝に、ダクネスさんを付き添いにして平原に魔法を撃ち、門の守衛さんに叱られてしまったそうだ。その時、何故かダクネスさんが守衛さんに叱り方が甘いと怒り、辟易した守衛さんに追い払われたらしい。

 

「守衛さんを困らせるなよな……」

 

「まぁ怒られたのもあるのですが、フーコのフォースと剣の練習もありますから、すぐに帰るつもりはありませんよ」

 

「後から言い出すみたいで申し訳ないんですが……。どうかお願いします」

 

 めぐみんの言葉に続いてお願いすると、カズマさんが頬をポリポリ掻いた。

 

「フーコは付き添いじゃなかったのか。……いや、まぁいいか。お前らだけじゃ危ないし、フーコの練習にも興味あるしな」

 

「何故でしょう。カズマはフーコが頼んだ時の方があっさり承諾するような気がするのですが?」

 

「気のせいだろ」

 

 それにしても、こうして誰かと一緒にのんびりと街の外を歩くのは初めてだ。

 今まではクエストでしか街の外を歩かなかったので、こうして見ると、景色がとても美しい事に気付く。丘の上から眺める夕日も綺麗かもしれない。

 

 私がそんな事を考えながら、遠くの方に視線を向けた時、異様な光景が目に飛び込んできた。

 

「……あれって、お城?」

 

「廃城でしょうか?」

 

 私とめぐみんがそう言うと、カズマさんも呟く。

 

「なんか薄気味悪いな……お化けとか出そうだ」

 

 遠く離れた崖の上にぽつんと佇む、朽ち果てた城。いくつかの塔の上には、カラスのような黒い鳥が飛んでいるのが見える。

 まるで、ホラー映画かファンタジー映画にでも出てきそうな廃城だった。

 

「よし、アレにしましょう! あれなら盛大に破壊しても誰も文句は言わないでしょう!」

 

「言わんとは思うが、一応、誰か居ないか調べた方がいいんじゃないのか?」

 

 カズマさんがそわそわし始めためぐみんを横目に、私に促す。

 

「フォースで探ってみます」

 

「出来れば手早くお願いします!」

 

「ぶっ放せる対象が見つかった途端にこれか。どんだけ撃ちたかったんだよ」

 

「杖を変えてから一度も撃ってないのですよ! もう我慢の限界ですっ!!」

 

「ち、ちょっと待っててね」

 

 私は城の方を見つめてスキルを発動する。

 

 ――――。

 

「うーん……ちょっと分かり辛いです」

 

 距離にして一キロメートルは離れているだろうか。

 こうも離れていては細かい部分を把握し辛い。

 

「まぁ、何もないんじゃないか? あんな薄気味悪い廃城になんて誰も寄り付かないだろ」

 

「……それもそうですね、ネズミくらいしか居なさそうです」

 

「よし! やっていいぞめぐみん」

 

 カズマさんのゴーサインが出ると、めぐみんは待ってましたと言わんばかりに杖を掲げる。

 杖の先に付いた赤い石が光り輝くと、周囲がビリビリと震えだす。丘の周辺の林から鳥達が異変を察知したのか、バサバサと空に飛び立つと、それに釣られたのか、廃城の鳥達も飛び立った。

 

『紅き刻印、挽回の王。』

 

『天地の法を布衍すれど、我は万象祥雲の理。』

 

『崩壊破壊の別名なり、永劫の鉄槌は我がもとに下れッ!』

 

『 エクスプロージョン!! 』

 

 廃城に閃光が走り、続けて爆音が響いた。

 塔の一角が崩れ、崖下に落ちていく。

 

「燃え尽きろ……紅蓮の中で……ハッ!最高……です」

 

 めぐみんは倒れると、満足そうに呟いて動かなくなった。

 カズマさんはめぐみんを抱えあげると、木陰に寝かせた。

 

「よし、次はフーコだな。まずはフォース・プッシュで石でも飛ばしてみたらいいんじゃないか?」

 

「やってみます」

 

 私は地面に転がっている手頃な小石をフォースで操作する。

 

 ――――。

 

 集中し、慎重に操作する事を意識すると、やがてふわりと小石が浮いた。

 

「………っ」

 

 自分の頭の高さまで浮き上がらせると、手を突き出し、そのまま一気に押し出して……!

 

 

 その場にポトリと落ちて転がった。

 

 

「……転がったな」

 

「……はい」

 

 あれ?今、ぽとって……ぽとって……。

 

「これ手で投げるほうが早……おい泣くな冗談だから! いきなり城までは無茶だよな! そうだよな!」

 

「……ぐすっ」

 

 なんでだろう……。いつも上手くいかない。今、飛ばすイメージは出来てたんだけどなあ……。

 

「でもまぁ、使っていけばそのうち飛ばせるようになるだろ……。そうだ、剣技は?第一の型を見せてくれよ。振りだけで良いからさ」

 

「はい……」

 

 私は何とか気を取り直すとセーバーを抜いて起動し、両手でグリップを持ち、身体の正面に構える。

 

「おお、正眼の構えか」

 

 カズマさんの声が聞こえるが、私は集中し、目を閉じて深呼吸する。

 頭に思い描き、浮かんでくるのは第一の型、シャイ=チョーの動き。あとは、その通りに身体を動かすだけ……!

 

「はぁっ!」

 

 縦、横、袈裟、回転、薙ぎ、切り払い――

 

 ブォンッとセーバーが唸り、空気を切り裂く。一定の動きを、剣舞のように――……。

 

「あっ……!」

 

 ぐらりと視界が傾いた瞬間、身体に軽い衝撃を感じる。

 気が付くと、セーバーのグリップが目の前に転がっていた。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 あれ?私、倒れてる……?

 は、早く立たないと………痛ッ!?

 立ち上がろうとすると、右足首から痛みが走り、そのまま蹲るとカズマさんが駆け寄って来る。

 

「いっっ……!」

 

「無理すんな。転んだ時に足捻ってただろ……靴、自分で脱げるか?」

 

 痛みに耐えながら頷き、裸足になると、カズマさんが足首を観察する。

 

「これ完全に捻ってんな……。そのまま動かすなよ?」

 

 そう言うと、カズマさんが私の足首に手をかざす。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

 ひんやりとした魔法の水が足首を濡らすと、少しだけ痛みが引いた。

 

「よし、ハンカチ持ってるか?」

 

 私はポケットからハンカチを取り出すと、カズマさんに渡す。

 カズマさんはハンカチを水で濡らし、器用な手つきで足首に巻いていく。

 

「氷の魔法はまだ覚えてないからな。このくらいしか出来んが、街に帰ったらアクアの回復魔法で一発だ。それまで頑張れるか?」

 

「はい、大丈夫です……」

 

「しかし、見事に転んだな……。ブーツで足捻るって中々珍しいぞ」

 

 カズマさんが呆れたような、からかうような声色で言うと、セーバーを手渡してくれた。

 

「それは流石に自分でも驚いてます……」

 

「だろうな。ってかマズイな、めぐみんも動けないんじゃどうやって……」

 

 めぐみんの方を見ると、さっきと変わらず木陰でぐったりとしていた。

 傍らには杖が転がっている。

 

「……フーコ。めぐみんの杖を借りてそれで何とか歩けないか?」

 

 そう言うと、カズマさんは立ち上がった。

 

「俺はめぐみんをおぶるから、お前は杖で歩いてきてくれ」

 

「はい……」

 

 カズマさんはめぐみんを背負うと、そのままゆっくりと歩き出した。

 私はブーツの紐をベルトに引っ掻けると、めぐみんの杖を借りて、ひょこひょこと後ろを歩く。しばらく歩いていると、そよ風が頬を撫でた。

 心地良いはずの風が、今は冷たく感じる。

 

「……ごめんなさい」

 

 ポツリと零れた言葉。

 歩く度に足首の痛みが強くなり、同時に自分への悔しさと、カズマさんへの申し訳なさがこみ上げてくる。

 

「おい泣くなよ。アクア並に泣き虫だな……っていうか、これ練習だろ?最初からそう上手くできなくて当然じゃないのか?」

 

「でも……っ」

 

「何を泣いているのですか」

 

 前からの声に顔を上げると、めぐみんの赤い瞳がこちらを見つめていた。

 

「……めぐみん」

 

「フーコ、私達が何をしているのか忘れたのですか?」

 

「……え?」

 

「これは探求ですよフーコ。探求とは、何かを探し求めるという事です。私は爆裂道の極意を日々探し求めてはいますが、見つからない処か、失敗してばかりです。でも、だからこそ諦めずに追い求める価値があると、私は思うのです」

 

 語り掛けるめぐみんは目を閉じ、ただ静かに言葉を紡ぐ。

 そよ風が黒髪を揺らす。

 

「いや、お前の場合ただ爆裂魔法を撃ちたいだけだろ。適当にそれっぽいこと言うなよな」

 

「ちょっとカズマは黙っててください! ……こほんっ。フーコ、一度や二度の失敗で落ち込んでいても仕方ありませんよ。失敗を恐れずに、コツコツと自分なりのやり方を続けていけば自ずと道が見えてきますよ」

 

「道……?」

 

「……でもまあ、そうかもな。ほら、ジェダイだって最初からフォースやセーバーを使いこなせた訳じゃないだろ? 何年も修行して段々と自分の物にしていくんだから、フーコもじわじわと習得していけば良いと思うぞ。……俺は最初から物に出来るんだったら迷わずそっちを取るけどな」

 

「カズマはそうでしょうね……。ところで、その度々出てくるジェダイって何ですか?」

 

「銀河の平和を守る騎士だ」

 

「だから何でそう、ふわっとしてるんですか?何か誤魔化されているような気がするのですが……」

 

「気のせいだろ」

 

 そうだ、めぐみんとカズマさんの言うとおりだ。

 ここで落ち込んでいても仕方ない。嘆く暇があるなら、前に進む努力をしなきゃいけない。悔しいなら、悔しくなくなるように、頑張るしかない。そうだ、頑張れ私。

 

 よし、なんかちょっと元気出て――……ん?

 

「めぐみん、カズマさん、今何か聞こえませんでしたか?」

 

 私が前を歩くカズマさんと背負われているめぐみんに問いかけると、振り向きながら首を傾げる。

 

「いや、何も聞こえないぞ?」

 

「私も何も。風の音しか聞こえませんね」

 

 気のせい……?でも、今確かに……。

 

 

 グオォォォォォッ――!

 

 

「……カズマさん!」

 

「ああ、今のは俺も聞こえた!」

 

「……これはマズイ、非常にマズイです。カズマ! フーコ! 今すぐここから逃げてください!!」

 

 めぐみんが血相を変えて叫ぶ。

 後ろを振り向くと、遠く林の中から何か黒いモノが飛び出してくるのが見えた。

 

 ……何あれ!?

 

「おいフーコ! ……めぐみん! 背中に掴まってろよ!」

 

「わわっ! カズマ!?」

 

「え? ひゃっ」

 

 ふわりと身体が浮いて、ひっくり返ったような感覚を覚えた瞬間、頭の上にカズマさんの顔が現れた。私が驚いて身を捩ると。

 

「だああっ! 動くな! 嫌だろうけど大人しくしてろ!!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 カズマさんに怒鳴られてしまった。

 だって、まさか、カズマさんに抱え上げられるなんて思わなかったから……!

 固まった私とめぐみんを抱えたまま、カズマさんは走りだす。

 

「か、カズマも無茶しますね……。私達二人を抱えて走るなんて」

 

「す、凄いです……」

 

「壁工事でお前らより重い丸太を担いでたからな! ってそれよりあの黒いの何だ!? なんか追ってきてるけど、あんなの見たことないぞ!!」

 

 叫ぶカズマさんの肩越しから後ろを覗くと、黒くて大きい……まるで熊のような生き物が、猛烈な勢いで追いかけて来ていた。

 

「あれ、熊……?」

 

「あれはブラックファングと呼ばれる大熊のモンスターです。まさか高難易度のモンスターが出てくるとは……」

 

「おい! その名前ならクエスト掲示板で見たぞ! 何でこんな時に出てくるんだ!?」

 

「ヤツは魔王の幹部を恐れないようですね」

 

「な、なんでそんなモンスターが私達を襲うの? お腹空いてるの? ただ凶暴なだけ?」

 

「凶暴なのもあるんですが、本来は夜行性なの、昼間は寝ているはずなのです。おそらく、寝ている所を叩き起こされてご立腹なのでしょう」

 

 寝ている所を叩き起こされた?でも、私達はそんな事をした覚えはない。

 めぐみんが爆裂魔法を撃って、私が転んで………。

 

 ………あっ。

 

 私がめぐみんを見ると、すっと目を逸らされた。

 カズマさんが走りながら、チラリと振り返る。

 

「おいまさかお前!」

 

「……はいそうですね、空腹の可能性が」

 

「違えよ!! どう考えても爆裂魔法のせいだろうがっ!!!」

 

「わ、私だってこんな事になるとは思わなかったのですよ! 不可抗力です! っていうかこのままじゃ追いつかれますよ!? もっと速く走れないんですか!」

 

「無茶言うな!! っていうかっ、いくらなんでも! 流石に! キツくなってきた……っ!」

 

 走るカズマさんの息が上がっている。

 無理もない、無理もないけど……。

 

「どこかに隠れる場所は!」

 

 隠れる場所……。周りを見渡して見るものの、ここは丘の頂上までの一本道、隠れる場所が無い。頂上の林以外に木が一本も生えてないのが理不尽に思えてくる。

 

「ああマズイ! 追いつかれますよカズマ……!」

 

「はぁっ! はぁっ! くっそっ!」

 

 こうなったら迎え討つしか………けれど、カズマさんは私を抱えているせいで、両手が塞がっている。めぐみんはもう魔法が撃てない。

 

 ――腰のセーバーに触れる。そうだ、足が痛い程度で動かなくてどうするんだ。

 

「カズマさん! 私を降ろしてください! 足止めします!」

 

「お前まで何言ってんだ!?」

 

「無茶です! ヤツは上級者でも苦戦するモンスターですよ!?」

 

「でも! このままじゃ!」

 

 

『 グオオォォォォォ―――ッ! 』

 

 

 振り返ったその時、咆哮と共に巨体が跳んだ。

 ブラックファングの鋭い爪と牙が、一気に距離を詰め、突っ込んで来る。

 カズマさんが叫び、めぐみんが顔を伏せた。

 

 ブラックファングが大きく口を開けた瞬間、心臓が大きく鼓動する。

 

 周りの全てがスローモーションになったような錯覚に陥る。

 

「だめ……っ」

 

 死を意識した瞬間、強烈なフォースの感覚に襲われ――

 

「だめええええええええっ!!!!」

 

 ズンッと響く衝撃に、空気がビリビリと震える。

 

『 グオォッ!? 』

 

 跳び込んだブラックファングの巨体が吹き飛び、凄まじい速さで丘の向こうへと消えた。

 

 私は突き出した両手を、ゆっくりと下ろす。

 

「……っ! ……あれ? 生きてる……?」

 

 そっと目を開けためぐみんが、キョロキョロと周囲を伺いながら呟いた。

 

「ブラックファングは……?」

 

「丘の向こうに、吹っ飛んじゃった……」

 

「吹っ飛ぶって……フーコがやったのですか?」

 

「……そうみたい、自分でも信じられないけど」

 

「す、凄いですね、フォースの力は……。まぁ爆裂魔法の力はもっと凄いですが」

 

「必死だったから自分でもどうやったのか……。でも、そんなことより、助かって良かった……! なんか、心臓が、破裂しそう……っ」

 

 さっきからドクドクと鼓動がうるさい。

 落ち着かせる為に深呼吸すると、めぐみんもほっとしたように息を吐いた。

 

「私も、もう本当に駄目かと思いました……。ところで、そろそろ放さないとカズマが窒息しますよ?」

 

「え? ……ん? あれ!?」

 

 めぐみんの言葉に下を向くと、私は立ち止まっているカズマさんの顔に、自分のお腹をくっつけた状態で身を乗り出していた事に気付く。

 私に乗られたカズマさんは、プルプル震えている。っていつの間に……!

 

「す、すいませんカズマさんっ!! すぐ離れますからっ!」

 

「ちょっおま……っ! 今動かれたらバランスがっ……! だあああああっっ!!!」

 

「ごめんなさ、あ、あ、きゃああああっ!!」

 

「ちょっと待ってくださいこれって私が下敷きに……っ!!?」

 

 カズマさんが後ろにグラリと傾き、私達は盛大に倒れ込んだ。

 

 

 

 

「それで、あなた達はそんなにボロボロな訳ね」

 

「はい……あ、痛みが取れました。ありがとうございます」

 

 街に戻った私達はアクア様に回復魔法を掛けて貰いながら、先程までの出来事を話した。

 

「首が折れるかと思ったぞ……」

 

「私なんて二人に潰されたのですよ……」

 

「ごめんなさい」

 

 腰と腕と首の具合を確かめながら、カズマさんとめぐみんがじっと睨んでくるので目を逸らして俯く。

 

「いつの間にか居なくなってたから、どこに行ったのかと思ってたけど……プークスクス! 熊に追いかけられて転ぶなんて! ツイてなかったわねカズマ!」

 

「そうだな。今度遭遇したらお前を囮にしてから逃げる事にするわ」

 

「ちょっ! 冗談よね? そんな本気の目をされても、私は絶対に行かないからね……?」

 

「うーむ。ブラックファングに追いかけられるとは、なんと貴重な……いや、危険な目に遭ったのか。そそ、そんな事ならば私も行きたかったぞ!そうだ、私も明日から」

 

「断る!」

 

「はうっ! まだ最後まで言ってないのに……!」

 

 頬を紅潮させたダクネスさんがよろめいた。

 そ、そんなに行きたかったんだ……。ああ、でも、また行くにしても、何かしらの対策を練っていた方が良いのでは……。

 

 そう考えながら、めぐみんをチラリと見ると、めぐみんも私を見て頷いた。

 

「でもカズマ、また遭遇したらどうするのですか? 今回はフーコのおかげで助かりましたけど、次も上手くいくとは限らないのです」

 

 めぐみんの言葉に、私は頷いて続く。

 

「あの、さっきのはまぐれというか、自分でもどうやったのかがわからないので、次も同じような事が出来るかは……」

 

「ん、そうなのか? てっきり、出来ると思ったからあの時足止めするなんて言い出したのかと思ってたんだが」

 

 カズマさんの言葉に、私は首を振る。

 どうやら、誤解されていたようだ。

 

「いいえ。なのでその、人数は多い方が何かあった時も安心なので、もし良ければクルセイダーであるダクネスさんも一緒に……」

 

「い、いいのか!?」

 

 ダクネスさんが目を輝かせて私とカズマさんとめぐみんを交互に見る。

 カズマさんは何やら考え込むような仕草を見せ、やがて大きく溜息を吐くと。

 

「……ああ、まぁ、そういう事なら仕方ないか。俺達だけじゃ色々不安なのも事実だ。それに、フーコの基礎体力を底上げする為のトレーナーも必要だしな。よし! そういう訳でダクネス、ついてきていいぞ」

 

その言葉に、ダクネスさんが力強く胸を叩く。

 

「任せろ!! むしろ積極的に餌にしてくれていいからな!」

 

「話聞いてたか? 餌になりに行くんじゃないからな?」

 

 なるほど、クルセイダーのダクネスさんなら、トレーニングの事は色々知ってそう。それにしても、カズマさんと違って道中の事しか考えてなかった私って……。

 

 何となく落ち込んでいると、カズマさんがくるりと後ろを振り返り、お酒を飲んでるアクア様に。

 

「という訳でアクア、俺達は少しの間あの丘で特訓してくるから、お前の回復魔法を教えてくれないか?」

 

 と言うと、アクア様の動きがピタリと止まった。

 

「は? い、嫌よ? 回復魔法だけは嫌だからね?」

 

「いや教えろよ便利だし」

 

「嫌よ! 回復役は私がいるんだからいいじゃない! 私の存在意義を奪わないでよ!!」

 

「お前がバイトでついて来れないから言ってんだろうが! いいから教えろ!!」

 

「絶対嫌――っ!!」

 

 そういえば、アクア様はお金が無いという理由で、バイトをしているそうだ。

 そんなアクア様を責め立てるカズマさんを止めようとすると、めぐみんが私の肩に手を置いて首を横に振ったので、やめておいた。めぐみん曰く、ああいう時はそっとしておいた方が良いらしい。

 

 ……そうして、私達の慌ただしい一日は終わりを告げ、特訓と言う名の日々が始まった。

 

 

 

 ――それは、寒い氷雨が降る夕方。

 

「まずは基礎体力だな。はい!いーち!」

 

「にー!」

 

「さん!」

 

「エクスプロージョン!!」

 

 ――それは、穏やかな食後の昼下がり。

 

「はぁ……はぁ……ここまで、走ると、疲れ、ますね……」

 

「よし! 続けて腕立てと体幹3セットだな!」

 

「は、はい……」

 

「ダクネスって結構スパルタだよな」

 

「エクスプロージョンッ!!!」

 

 ――それは、早朝のささやかな散歩のついでに。

 

「ふーんふんふん、ふふふー、ふふふ~ん」

 

「その曲はやめろ」

 

「え? あ、はい……」

 

「む? なかなか良い調べだと思うが」

 

「エクスプロージョン!」

 

 ――それは、夜の帳が降りた星空の下で。

 

「何も見えません!」

 

「見るのではない。感じるのだ……」

 

「真っ暗な中の鍛練も、な、なかなか良いものだな!」

 

「闇夜を照らせ! エクスプロージョン!!」

 

 こうして、めぐみんが日々、廃城に向かってエクスプロージョンを撃ち続ける一方、私は石を飛ばすうちにピンポン球からキャベツサイズの石へと、その大きさと飛距離を伸ばし、肉体の鍛練としてダクネスさんにしごかれ、カズマさんは爆裂魔法とフォースの観察者としてそれを見守り続けた。

 

『 エクスプロージョン!! 』

 

「おっ、今日のは良い感じだな。爆裂の衝撃波が、ズンと骨身に浸透するかの如く響き、それでいて肌を撫でるかのように空気の振動が遅れてくる。相変わらず、不思議とあの廃城は無事なようだが、それでも、ナイス爆裂!」

 

「ナイス爆裂! さて、次はフーコの番ですよ」

 

「……うん」

 

 起動したセーバーを構え、全神経を集中させる。

 フォースを読み、頭の中にあるイメージを形にする為に、セーバーを振るう。

 

 一連の基本の動き。

 セーバーを剣舞のように振るい続ける。

 

 何度か繰り返した後、地面に落ちている石に手をかざし、フォースの流れを掴み、浮き上がらせる。

 

「っ……!」

 

 ふらつく石を抑え、そのまま一気に押し出す―――。

 

 石は城の一番大きな塔の天辺目掛けて飛び、吸い込まれていった。

 一斉に飛び立っていく鳥の様子から、おそらくは命中したようだ。

 

「おー、当たりましたね」

 

 めぐみんが地面に寝転びながら小さく笑う。

 しかし、カズマさんは厳しい表情をして腕を組んでいた。

 

「うーん。型からの一連の流れは良かったんだが、石を飛ばす時に少しもたついてたのが気になったな」

 

「えっと……。トレーニングのおかげか、セーバーを振る時の身体のふらつきは無くなったんですけど、フォースで浮かせる時に、まだどうしても安定しないんですよね」

 

 私がそう言うと、ダクネスさんが腕を組んで頷いた。

 

「こればかりは、身体を鍛えるだけではどうにもならないようだな」

 

「熊をぶっ飛ばした時みたいな、とは言わんが……もう少し速くならないのか?」

 

「が、頑張ります!」

 

「カズマ、ここ一週間の成果にしては十分だと思いますよ? 少し厳し過ぎやしませんか?」

 

「ふっ……甘いなめぐみん。本当のジェダイの修行はこの何千倍も厳しいんだぞ……」

 

「な、何ですかその謎の気迫は。あなた達の故郷の修行はそんなにも厳しいのですか?」

 

「う、うん。そうなんだ」

 

 めぐみんの言葉に頷く。数日前、めぐみんにジェダイとは、私とカズマさんの故郷に伝わる騎士達の総称という事にして話していた。

 

 話す前、度々ジェダイについて熱心に聞かれたので焦っていたのだが、カズマさんが適当に対応し、めぐみんを説き伏せた。

どうやらめぐみんは、私とカズマさんの日本人的な雰囲気と、自分の知らない共通の知識について、ずっと引っ掛かっていたらしい。誤魔化すのは、めぐみんには通用しなかったようだ。

 

「何千倍とは……ど、どんな激しい修行なんだ!?」

 

「さて、一休みしたらまたフォースの訓練だな。次はどれだけ石を浮かせていられるか、挑戦してみるか?」

 

「フーコの今までの最長時間は何分でしたっけ」

 

「……40秒だな」

 

「……フーコ、頑張ってください」

 

「……うん」

 

「くぅっ! 放置されてる……っ!」

 

 

 

 

 日課の爆裂魔法と訓練を続け、モンスターと遭遇する事もなく、無事に一週間が経った日の朝。私が朝のトレーニングとお風呂を終え、ギルドに入ったその時。

 

 

 ――――ッ!

 

「あっ……!?」

 

 突然、激しいフォースの流れを感じ、立っていられなくなった私はその場にしゃがみ込んでしまった。

 

「ど、どうしたのだフーコ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「……立ち眩みか?」

 

 一緒に走っていたダクネスさんと、ギルドで寛いでいためぐみんとカズマさんに声を掛けられるが、応える余裕がない。

 

「うっ……!」

 

 フォースが伝えるのは今まで感じた事のない圧迫感と、まるで燃え盛るような激しい感覚。それは、街のすぐ外から伝わってくる。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、正門の前に集まってくださいっ!!』

 

 街中に、緊急アナウンスが響き渡った。

 

「む? なんだ?」

 

「わからんが、行ってみるしかないだろ。フーコ、立てるか?」

 

「……ありがとうございます」

 

「何かしらね? 緊急みたいだけど」

 

「さっさと門に行きましょう」

 

 カズマさんに起こされた私は、皆と一緒に門へ向かう。

 だが、門が近付くにつれ、胸騒ぎと嫌な予感が大きくなっていく。

 

 ……この感覚は、買い物の時に感じたものと同じものだ。

 

 街の正門前に多くの冒険者が集まる中、そこに着いた私達は、凄まじい威圧感を放つその存在の前に、呆然と立ち尽くした。あれが、この激しい感覚の源……。

 

「デュラハンだ……」

 

「死の宣告の首無し騎士だろ?何でそんなヤツがこの街に……」

 

 周りの冒険者達の囁く声が聞こえる。

 デュラハン……首無し騎士。

 私でも聞いたことがあるモンスターだ。

 

 首の無い馬に乗り、漆黒の鎧を纏った騎士は、左脇にフルフェイスの兜で覆われた首を抱え、冒険者達が見守る中、その首を私達に向けるように掲げた。

 

 首からくぐもった声が放たれる。

 

「……俺は、つい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが……」

 

 やがて、首がプルプルと小刻みに震えだし…………

 

「まままま、毎日毎日毎日毎日っ!! おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法を撃ちこんで! おまけに石まで投げてくる頭のおかしい大馬鹿者は、誰だあああああああっっ!!!?」

 

 魔王の幹部の騎士は、周りの空気が震えるほど激怒していた。

 その叫び声に冒険者達がざわつく。

 

「やっちまった………」

 

 私のすぐ後ろにいるカズマさんが、酷く後悔したように呟いた。

 振り向いてカズマさんに尋ねようとした時……

 

「……爆裂魔法って言ったよな?」

 

「爆裂魔法っていったら」

 

「この街で爆裂魔法を使える者といったら……」

 

 冒険者達の視線が、私の隣に立つめぐみんに注がれた。

 すると、視線を寄せられためぐみんは、フイっと隣の魔法使いの女の子の方を見る。それにつられるように、みんなの視線も女の子に集中する。

 

「……え? あ、あたし!? な、なんであたしが見られてるの? ば、爆裂魔法なんてつかえないよっ!? ち、違っあたしじゃ……まだ小さい弟と妹がいるの……し、死にたくないよぉ!」

 

 慌てた女の子が半泣きになり、必死に首を振って否定する。

 爆裂魔法を撃ち、石を投げてくる……とあのデュラハンは言っていた。

 

 …………うん、もしかしなくても、これは私達の事だ。

 あの廃城が、魔王の幹部の根城だったんだ。

 ああ、なんで、なんで、今まで気付かなかったんだろう……。

 

「……めぐみん、いこう」

 

 私がめぐみんの手を引くと、めぐみんは諦めたように溜め息を吐いた。

 私達は前に出て、デュラハンの前まで歩みを進める。そんな私達の後ろには、カズマさんとアクア様とダクネスさんが続く。

 デュラハンからの凄まじいプレッシャーに押し潰されそうになりながら、私とめぐみんはデュラハンから十メートル程の手前で止まった。

 

「お前がっ……! お前らが、毎日毎日俺の城に爆裂魔法と石を打ち込んでいく大馬鹿者かっ!? この俺が魔王軍幹部だと知っていて喧嘩を売っているのなら、堂々と正面から攻めてくるがいい! その気がないなら、街で震えて隠れているがいい!」

 

 デュラハンはそこで言葉を切り、掲げた首を左右に傾かせた。

 

「ねえ、なんであんな陰湿な嫌がらせするの? ねえ、なんで俺の寝室に熊なんて投げ込むの? あとちょこちょこ石が飛んでくるのは完全に嫌がらせだよな? この、こんな、低レベルの雑魚しか居ない街だと思って放置しておれば、毎日毎日飽きもせず、ポンポンポンポンと……っ! 本気で頭おかしいんじゃないのか貴様らぁ!!!!」

 

 激しい怒りのせいか、途中で口調がおかしくなったデュラハンの首がカタカタと震えた。私は気圧されて後ずさるが、めぐみんは颯爽とマントをひるがえし……

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者ッ!」

 

 堂々とめぐみんが名乗ると、デュラハンの動きが止まり、少しだけ威圧感が薄まる。

 

「……めぐみんってなんだ? 馬鹿にしてんのか?」

 

「違わいっ!」

 

 馬鹿にするなんてとんでもない……!そんなの命がいくつあっても足りない。

 ビクビクする私とは対称的に、めぐみんは更に近付くと、杖をデュラハンに突きつけた。

 

「我は紅魔族の者にして、この街随一の魔法使い! 我が爆裂魔法を放ち続けていたのは、魔王軍幹部のあなたをおびき出す為の作戦……! こうしてこの街に、まんまと一人でやって来たのが運の尽きです!」

 

「え? そ、そうなのめぐみん……?」

 

「そうです!」

 

 思わず尋ねると、力強く頷くめぐみん。

 そうだったんだ……。いつの間にそんな作戦を考えたんだろう。

 もしかして、カズマさんが……?

 

「……おい、あいつあんな事言ってるぞ。探求と訓練の為だって言うから連れ出したんだが、いつの間に作戦になったんだ?っていうか、あんな事言ったらフーコ辺りが信じるぞ」

 

「……うむ。しかもさらっとこの街随一の魔法使いとか言い張っているな」

 

「しーっ! そこは黙っておいてあげなさいよ! 今日はまだ爆裂魔法使ってないし、後ろにたくさんの冒険者と、隣にフーコがいるからちょっと強気なのよ。今良いところなんだから、このまま見守るのよ!」

 

 後ろからカズマさん達の囁き声が聞こえてくる。

 その内容から察するに、つまり、作戦なんてないってこと……?

 めぐみんを見ると、杖を突きつけたポーズのまま、ほんのりと顔が赤くなっていた。どうやら、めぐみんにも聞こえていたようだ。

 

「……めぐみん」

 

 私の呟きに更に赤くなるめぐみん。

 

「……ほう、紅魔族の者か。なるほど、なるほど。そのイカれた名前は、別に俺を馬鹿にした訳ではなかったのだな」

 

「おい! 両親から貰った私の名に文句があるなら聞こうじゃないか!」

 

 めぐみんは羞恥と怒りで涙目になりながらデュラハンを睨み付けるが、当のデュラハンはどこ吹く風で、余裕といった様子だ。

 これだけの数の冒険者を前に動じないのは、流石は魔王の幹部といったところだろうか。改めて、とんでもない相手を怒らせてしまった事を思い知り、後悔の念が押し寄せてくる。

 

「……フン、まぁいい。俺はお前ら雑魚にちょっかいをかけにこの地に来た訳ではない。この地には、ある調査の為に来たのだ。しばらくは、あの城に滞在する事になるだろうが、もうこれからは爆裂魔法は使うな。そして、何も投げ込むな。それさえやめれば、もう用はない」

 

「爆裂魔法を使うなとは私に死ねと言っているもがっ」

 

 私はめぐみんに素早く近寄り、その口を塞ぐと、デュラハンが言った言葉をよく考える。

 

 私達があの城に攻撃さえしなければ、手は出さない……と言われた様な気がする。

 もし、そうなら魔王の幹部なのに、随分と優しいというか、穏便に済ませようとしてくれているような……。

 そういえば、威圧感はあるものの、先程までのフォースの感覚も収まって、怒りも薄くなっている。

 

 ……これってもしかして、チャンス?

 

「おい、黙ってないで何か――」

 

「わ、わかりました! 今後一切手を出しません! 何かをするにしても別の場所でやりますから! なので、その、お許しください!!」

 

 デュラハンの言葉を遮り、私は必死に頭を下げた。

 考えたけど、もうこれしかない……!

 どうか、どうかこのまま怒りを鎮めて帰ってください!

 

「ほう……殊勝な者もいるようだな。おい小娘、名は何という?」

 

 あれ?逆に興味を持たれた!?

 し、しまった……!でも、ここは答えるしか……。

 

「わ、私は星野風子……フーコって言います! あの、この度は本当に申し訳ない事を……!」

 

「ほう……名前からして、お前は紅魔族ではないようだな。……む?ならば一週間前、俺の寝室に熊を投げ込んだのは……まさか、お前か?」

 

「え? 熊って……」

 

「ブラックファングだ。それ以来、爆裂魔法の後に石が飛んでくるのだが、それもお前の仕業か?」

 

「は、はい、熊と石は私だと思います……。あの熊そんなところまで飛んで……あ、いえ、ごめんなさい」

 

「……何かの魔法か? それとも、相当な怪力の持ち主か? どちらにせよ、とてもそうは見えんが……」

 

「それは……フォースで吹き飛ばしたので……」

 

「フォース? ……小娘、職業は何だ?」

 

「アプレンティスです……」

 

「アプレンティス……。聞いたことがないが、どういうものだ?」

 

「えっと、銀河の平和を守る騎士……の見習いです」

 

「騎士見習い、だと……?」

 

「は、はい……」

 

 私が度重なる質問に、何とか言葉を選んで絞り出すと、何故かデュラハンはプルプルと頭を震わせる。

 

「クッ……クッ、ククク……クハハハハハハハッ!!!」

 

 え?あれ?笑ってる……?

 予想外の事に戸惑う私を他所に、デュラハンは笑い続ける。

 

「騎士見習い……! そうか!見習いか!! つまり、お前のような小娘がっいずれは騎士になると……っこれは傑作だな! クハハハハハハハッ!!」

 

「むーむむむ! むがー!!」

 

 口を塞がれためぐみんがジタバタするが、私は放さない。

 ごめん、めぐみん。でも今はおとなしくしててほしい。

 

「ククク……ん? あ、いや……た、たとえ今は小娘でも、将来は立派な女騎士になるやもしれんな。俺も魔に身を落とした者ではあるが、元は騎士だ。騎士を志す覚悟と苦労は身に沁みて分かっている。だから、なんだ、その……笑った事は謝るからそんな顔で泣くのはやめろっ!! 調子が狂うだろうが!」

 

「え……?」

 

 その言葉で、私はいつの間にかボロボロと涙を流していた事に気付く。

 自分で思うより、笑われた事がショックだったのかもしれない。

 

「す、すいません、こんなつもりじゃ……」

 

 ゴシゴシと涙を拭って前を見据えると、何故かデュラハンは目を泳がせ咳払いをする。

 

「ご、ごほんっ! ………なんだか興が削がれてしまったな。俺は今このまま帰りたい衝動に駆られているのだが、このまま帰れば魔王軍と俺の名にあらぬ汚名が付きかねん。なので、ここは一つ、魔王軍の幹部らしくケジメとして……そこの紅魔の娘を苦しませてから帰るとしよう!!」

 

 そう言うとデュラハンは、左手の人差し指を勢い良くめぐみんへと突き出した。

 

『汝に死の宣告を! お前は一週間後に死ぬであろう!!』

 

 そうデュラハンが宣言すると、デュラハンの指が紫色に輝く。

 

 しまっ……!

 

 咄嗟にめぐみんの手を引っ張ったその時……。

 

「こっちだ!!」

 

 ダクネスさんが私達の頭上を飛び越えて、前に出た。

 

「ダクネス!!」

 

「ダクネスさん!?」

 

 めぐみんと私が叫ぶと、ダクネスさんの身体が一瞬だけ仄かに黒く輝いた。

 

「くそっ! 死の宣告か!! おいダクネス! どこか痛い所はないか!?」

 

 カズマさんがダクネスさんに駆け寄ると、ダクネスさんは自分の身体をペタペタと触った。

 

「……ふむ? なんとも無いのだが」

 

 そう言ってダクネスさんが首を傾げる。

 そんなダクネスさんの身体をアクア様もペタペタと触ってはいるけど、本当に大丈夫なのかな……?

 

「ククク……その呪いは今はなんとも無い。若干予定が狂ったが、仲間同士の結束が固いお前ら冒険者には、むしろこちらの方が応えそうだな。……よいか? 紅魔族の娘と騎士見習いの娘よ。このままでは、その女は一週間後に必ず死ぬ! 必ずだ! ククッ、お前の大切な仲間は、それまで死の恐怖に怯え、苦しむ事になるのだ……。そう、貴様らの行いのせいでな! ……仲間の苦しむ姿を見ながら、自らの行いを悔いるがいい! クハハハッ!」

 

 デュラハンの言葉に血の気が引いていく。

 ダクネスさんが、死ぬ……?

 

「そんな、そんな事って……!」

 

 ダクネスさんを見ると、黙って俯いている。何か言わなきゃ。でも、何を言えば……。

 

「な、なんて事だ……」

 

 私が躊躇していると、ダクネスさんがポツリと呟いた。その消え入りそうな声に胸が締め付けられる。

 

「ダクネスさん……」

 

「ダクネス……」

 

私とカズマさんが俯いたままのダクネスさんに呼び掛けると、ダクネスさんは勢い良く顔を上げた。

 

「なんて事だ!!!つまり貴様は、この私に死の呪いを掛け、呪いを解いて欲しくば俺の言うことを何でも聞けと、つまりはそういう事だな!?」

 

「えっ」

 

 突然のダクネスさんの叫びに、デュラハンの動きが止まる。

 あれ?今、ダクネスさんは何を言ったんだろう?

 

「くっ……! 呪いくらいでは私は屈しないぞっ……!屈しないが……っ! どど、どうしようカズマッ! ほら見ろ! あのデュラハンの兜の下のいやらしい目を! あれは私を城へと連れ帰り、呪いを解いて欲しくば黙って言うことを聞けと、それはもう凄まじくアレな事を要求する変質者の目だ! そうに違いない!!」

 

「えっと、ダクネス」

 

「確かに、私は彼女達の鍛練に付き合った責任がある! だが、この私の身体は好きにできても、心までは好きにできると思うなよ!? 城に囚われ、魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士か! ああ、どうしよう……予想外に燃えるシチュエーションじゃないか!? 行きたくはない、行きたくはないが、ギリギリまで持ちこたえてみせるから邪魔はするなよ! では、責任とって行ってくりゅ!!!」

 

「はっ……ちょっま」

 

「おいダクネス待て! デュラハンの人が困ってるから!! 止まれ!!」

 

「ええい放せ! 放してくれカズマ!!」

 

 デュラハンのもとへ歩き出したダクネスさんをカズマさんが羽交い締めにする。

 

 ああ、ダクネスさん。ダクネスさんが責任を感じる必要なんてないのに……。

 きっと、私達を庇う為にあんな事を……。

 

「とと、とにかく! これに懲りたら爆裂魔法と石を俺の城に放つのをやめろ! そして、紅魔族の娘と騎士見習いの娘よ! そこのクルセイダーの呪いを解いて欲しくば、俺の城に来るがいい! 城の最上階の俺の部屋まで来ることができたなら、その呪いを解いてやろう! だが、簡単に辿り着けると思うなよ? 俺の部下のアンデッドナイトたちが、お前たちを手厚く歓迎してくれるのだからな! クハハハハハッ……ではな!」

 

 デュラハンはそう言って高笑いすると、首の無い馬と共に去っていった。

 その去り際の一瞬、デュラハンが私を見たような気がした。

 

 

 

 

 まるで、嵐が過ぎ去ったような、そのあまりの出来事に私達や他の冒険者達は沈黙する。めぐみんをチラリと見ると、めぐみんは青白い顔でカタカタと身体を震わせていた。

 

「めぐみん……」

 

 そんなめぐみんの手を掴むと、めぐみんは目を見開きながら私を見た。私が頷くと、やがて、めぐみんも頷き返す。

 

 ……やるべきことは分かっている。

 

「おい、お前らどこ行く気だ。何しようってんだよ」

 

 歩き出そうとした私達を、カズマさんが呼び止める。

 めぐみんは振り返らずに、平原の向こうを見つめながら口を開く。

 

「今回の事は私の責任です。今からあの城まで行って、あのデュラハンに直接、爆裂魔法を撃ちこんでダクネスの呪いを解かせてきます」

 

「私も行きます。そもそも、私が最初にフォースで気付いていれば、こんな事にはならなかったんです。そしてなによりも、ダクネスさんが危ないのに黙って見ている訳にはいきません」

 

 あの時、私が初めてあの城を見た時に、もっと近づいて調べればこんな事にはならなかったはずだ。修行中だって調べるチャンスはあったはずだ。

 もっと早く気付いていれば、めぐみんが毎日爆裂魔法を撃つこともなく、ダクネスさんが呪われることもなかったはずだ。だから、今回の事は全部私のせいだ。

 

 私が振り返ってカズマさんを見つめていると、カズマさんは小さく息を吐いた。

 

「……なら俺も行くに決まってるだろうが。お前らだけじゃ、雑魚相手に全力出して、本命の前にへばっちゃうだろ? そもそも、俺も毎回一緒に行きながら、幹部の城だって気付かなかったマヌケだしな」

 

 カズマさんがそう言うと、めぐみんが小さく笑う。

 

「じゃあ……一緒に行きますか? でも、城にはアンデッドナイトが待ち構えているらしいです。となると、通常の武器は効きにくいですね。私の魔法の方が効果的なはずです。……なので、こんな時こそ、私を頼りにしてください」

 

「私も、どこまで通用するかわからないけど、フォースと自分とこれまでの特訓の成果を信じます」

 

 めぐみんが胸を張り、私が頷くと、カズマさんがニッと笑った。

 

「やめろ。やめるんだ三人とも……私の為にそんな危険な目に遭う必要は……!」

 

「おいダクネス! 呪いは絶対になんとかしてやるから、だから安心して――」

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!!」

 

涙ぐんでいるダクネスさんを、カズマさんが元気付けようとした時だった。

アクア様が杖を掲げて魔法を放つと、ダクネスさんの身体が白く輝き、その身体から出てきた黒い煙のようなものがふわりと空に昇って消えた。

 

 その光景に唖然としていると、杖を掲げたアクア様が

 

「よし! この私にかかれば、デュラハンの呪いの解除なんて楽勝よ!どう?私もたまにはプリーストっぽいでしょ?」

 

 と言ってにっこりと笑った。

 

「「ええー……」」

 

「う、うむ。助かったぞ」

 

 めぐみんとカズマさんが何故かガックリと肩を落とし、ダクネスさんがほっとしたような、でも何処か残念そうな表情を浮かべ、それを見たアクア様が困惑する。

 

「え? な、なによその反応……なんか期待してたのと違うんですけど! もっとこう、感謝したり褒め称えたりしないの!?」

 

 そんな仲間達を眺めながら、そっと息を吐く。………本当に、本当に良かった。

 自分の浅はかな行動のせいで、誰かが苦しむなんて、そんなの絶対嫌だ。

 今度からは、もっと慎重に行動しよう。

 

 私は自分を戒めながら平原を眺め、ふと、思い返す。

 あのデュラハンの兜の下の目が、去り際に私を見ていたような気がしたけど、何だったのだろう……?




・修行を開始しました。
・ブラックファングを討伐しました。
・デュラハンが街にやって来ました。
・ダクネスさんが死の宣告を受けました。
・デュラハンが帰りました。
・死の宣告が解除されました。

遅くなって申し訳ありません。やっと投稿できました。

次回はワニとミツルギです。

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