この素晴らしい世界にフォースの導きを!   作:つむじヶ丘

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墓場とリッチーです。

前半にライトセーバーの型の説明が入ります。


第十話 休息少女に墓参りを!

 

「空は晴れてる……」

 

 買い物の翌日。私はギルドの窓から外を眺めていた。

 あの時に感じた胸のざわつきはすっかり収まり、向こうに見えた暗雲はどこかに飛んでいったのか、清々しい青空が広がっている。

 

「おい、フーコ。準備はいいか?」

 

「あ、はい!」

 

 ぼーっとしているとカズマさんに声をかけられ、私は慌てて振り向く。

 

 そこには、右手を突き出して精神統一をしているカズマさんと、それを固唾を飲んで見守るアクア様とめぐみんとダクネスさんの姿があった。カズマさんの右手の先にはテーブルの上に置かれた空のコップが置かれている。

 私はそのコップを挟んで反対側に立っていた。

 

 やがて、カズマさんが高らかにスキル名を叫んだ。

 

「いくぜ! 『クリエイト・ウォーター』!」

 

 右手を突き出したカズマさんの手のひらが青く光り、そこから勢い良く水が飛び出してコップに注がれていく。私はそれを見ながら、同じように右手を突き出した。

 

「フォース・プル!」

 

 水が注がれたコップが私の右手に吸い寄せられる。

 私はそれを掴むと、一気に飲み干した。

 

「ぷはっ……ごちそうさまでした」

 

「「「おー」」」

 

「さっき向こうのウィザードから教えて貰ったんだが、上手くいったみたいだな」

 

 見守っていた三人が感嘆の声を上げると、カズマさんが感触を確かめるように右手を閉じたり開いたりしながら言った。

 カズマさんは先程、クエスト帰りのウィザードの人にクリムゾンビアを奢り、スキルを教わっていた。そして、せっかくだからと皆の前で練習がてらにスキルを使って見せたのだった。

 

「水の初級魔法ですね。ほとんど使われないものなのですが、カズマが使っているのを見ていると、何だか便利そうに見えます」

 

「うむ。水がいつでも出せるというのは便利だな。だが、便利といえばフーコのスキルもなかなかだぞ」

 

 めぐみんに続いてダクネスさんがそう言うと、アクア様が空のコップを指で突つく。

 

「そうね。あれ使えば、わざわざ取りに行かなくても手元に引き寄せられるんじゃない? リモコンとかポテチとか」

 

「流石元なんとか……発想がもう残念だな」

 

「な、何よ! 誰だって考えそうな事でしょ! それに私はまだ現役よ!」

 

 詰め寄るアクア様の頭を掴んで押し戻すカズマさんから、視線を右手に移す。

 ダクネスさんとアクア様は便利だと言ってくれたフォース・プルだが、一昨日覚えたばかりのスキルなのでまだまだ練習がいる。キャベツの捕獲では練習も兼ねられたので、精度は上がったものの、映画の登場人物のように何かと並行しながら使ったり、戦いながら使う事はまだ無理そうだ。

 

 ちなみに、さっきはノリで言ってみたが、使う時にスキル名を言う必要はなかったりする。

 

「ああ、ところでフーコは新しいスキルは覚えてないのか?」

 

「え?」

 

 カズマさんの言葉に顔を上げると、首を傾げる。

 

「いや、だから新しいスキルだよ。諸々のキャベツで経験値貰っただろ?」

 

「………あっ」

 

「おいまさか」

 

「またですかフーコ」

 

 呆れたようなカズマさんとめぐみんの視線から逃れるように冒険者カードを引っ張りだすと、カードを確認する。えーと、レベルが8で、新しいスキルが……。

 

「あ、初期スキルの剣技が習得出来るようになってます」

 

「おお、やっとか。前から気になってたんだよな。やっぱりライトセーバーで剣技って言えばあれだろ? ライトセーバー・フォームだろ?」

 

 カズマさんが身を乗り出して私のカードを覗き込みながら言った。

 

「「「ライトセーバー・フォーム?」」」

 

 一斉にカズマさんに注目する。私もカズマさんを見つめる。

 

「おいちょっと待て、こいつらはまだしも何でフーコは首傾げてんだよ。……え、まさか知らないのか?」

 

「……すいません」

 

「………よーし分かった。いいか?よく聞けよ」

 

 俯いた私を見てカズマさんが盛大に溜め息を吐くと、ライトセーバー・フォームについて説明してくれた。

 

 

◇◆

 

 

 ライトセーバー・フォーム

 

 ライトセーバーを使った戦闘技術のうち、主だった剣術の型の総称。

 主に七つの型に分かれており、それぞれの型には攻撃型、防御型、バランス型、はたまたアクロバットな動きで翻弄する型など、多様なものがある。

 

「その型について、もっと詳しく」

 

「お、おう、めぐみんか。えーと……」

 

 主な七つの型を挙げるとこうなる。

 

 第一の型・シャイ=チョー

 別名、サルラック戦法。決意の型。

 攻撃や防御などの基本技と、それらの練習法が全て集約された最もシンプルなフォーム。

 

 第二の型・マカシ(マカーシ)

 別名、イサラミリ戦法。競争の型。

 ライトセーバー対ライトセーバーの戦いのために編み出されたフォーム。剣術に重点を置き、剣捌きの精度は数ある型の中でも随一。

 

 第三の型・ソレス(ソーレス)

 別名、マイノック戦法。立ち直りの型。

 防御を最大限に重視し、相手の僅かな隙に反撃するフォーム。

 完璧に極めれば集団戦にも対応できる、堅実な型。

 

 第四の型・アタル(アタール、アタロ)

 別名、ホーク=バット戦法。積極の型。

 最もアクロバットなフォーム。

 変則、奇襲性、体術を重視し、全身の柔軟性とフォースの使用により、全方位から相手に攻撃を行う。相手との体格差を補うことができる他、威嚇と牽制の効果も高いが、それが通用しない相手には危険が伴う。

 

 第五の型・シエン(ドジェム・ソ)

 別名、クレイトドラゴン戦法。忍耐の型。

 ライトセーバーと力による攻撃を重視したフォーム。

 力強い剣撃と素早い剣速による激しい連続攻撃で相手を押し込み、相手の防御をも崩す。

 

 第六の型・ニマン(ニマーン)

 別名、ランコア戦法。中庸の型。

 複数のフォームを組み合わせ、バランス良く発展させたフォーム。

 修行による負担が他のフォームに比べて軽く、剣術以外の修行を並行させながらの習得が可能。しかし多くを取り込みすぎた側面があり、器用貧乏になりがちなフォーム。

 

 第七の型・ジュヨー

 別名、ヴォーンスクルー戦法。残忍の型。

 七つのフォームの中で最も難しく、複数のフォームを極めた者だけが習得し、制御しうる究極のフォーム。ウォーパットという派生の型がある。

 

 

◇◆

 

 

「よし!こんなもんだろ!!」

 

 説明し終わったカズマさんはクリエイト・ウォーターでコップに水を注ぐと、一気に飲み干した。

 そんなカズマさんに、めぐみんとダクネスさんとアクア様がパチパチと拍手を送った。すると、少し得意げな表情でカズマさんが尋ねる。

 

「な、なんだよ、お前らも興味あるのか?」

 

「爆裂道に通じる物があるかもしれないと思い、話を聞いていたのですが、正直、話の半分も分かりませんでした。ただ、様々な型があって特性がある事は理解しました」

 

「私もよく分からなかったな。何だかどれも難しそうだったぞ。……だが難しいのは燃えるな……」

 

「私はよく分かったわ! つまりアレでしょ? ほら、なんていうの? よく分かんないけどそういうアレよね?」

 

「よし、聞いた俺が馬鹿だった」

 

 めぐみんとダクネスさんにとっては異世界の知識。

 流石に仕方ないとはいえ、その反応に落ち込むカズマさん。

 頷いたり首を傾げたりするアクア様はどちらか分からないが、カズマさんは諦めたようだ。私は苦笑しながら書き取ったメモを読み返す。

 

「まぁ、お前らに覚えてもらわなくても良いしな……。で、フーコ、今の説明で分かったか?」

 

「はい、ありがとうございます。しっかり覚えます」

 

 私に直結する話なので、覚えない訳にはいかない。

 それにせっかくカズマさんが教えてくれたんだ、頭に叩き込まなければ。

 書き取ったメモと睨めっこしていると、カズマさんが私の頭に手を乗せた。

 

「いやー貴重だよな……。忘れっぽいところを除けば」

 

「カズマ? 何で私を見るのかしら? ちょっと何よその顔」

 

 遠い目をしてアクア様を見るカズマさん。貴重って何がだろう……ってそれよりも、早速スキルの習得だ。

 私は冒険者カードとメモを交互に読みながらカズマさんに尋ねる。

 

「えーと、カードには第一の型って書いてありますね。その上に第二の型も書いてあるんですけど、これはまだポイントが足りなくて習得出来ないです。これがシャイ=チョーとマカシ……ですかね?」

 

「おそらくな。まぁフーコのセーバーはマカシに適してるんだろうけど……ってかどっちもポイント高いな!? なんだこりゃ」

 

「そう、なんですよねぇ……」

 

 カードに記された必要ポイントを見て、カズマさんが呻いた。

 私も改めてそのポイントを確認すると、冗談ではない程の数字が目に入る。

 フォース・プルとプッシュがそれぞれ3ポイントなのに対し、剣技のスキルは第一の型が10ポイント、第二の型が15ポイントもかかる。まだ表示されてない他の型は一体どれ程のポイントになるのか、先を考えると少し憂鬱になる。

 

「専門職でこのポイントは流石にバランスおかしいだろ……。これ俺が覚えようとしたら、いくらかかるんだ?」

 

「フーコ、とりあえず習得できるものから習得してみては?」

 

「う、うん」

 

 憂鬱に沈んでいると、隣に座るめぐみんに促されたのでスキル欄に指を這わせる。

 

「―――」

 

 その瞬間、カチリと何かがはまる感覚がした。

 そしてその直後、次々と頭の中にイメージが浮かび上がってくる。

 それは、私が剣を振るうイメージだった。

 縦、横、斜め、回転、薙ぎ、払い、受け、捌き。

 身体の動き、足の運び、間合い。

 連続で繰り返されては、また延々と繰り返される。

 その中で、自分が何を見ているのか、何をしているのかを理解した。

 

 それは全ての基本の動き。全ての型の始まりだった。

 決意の型、シャイ=チョー。

 

「……っうう」

 

 膨大な量のイメージが流れ込んでくる感覚に、頭に鈍痛が走り、身体が強張り、汗が噴き出してくる。

 

「……フーコ?」

 

「どうした?」

 

「む、大丈夫か?」

 

 身体がよろけ、椅子から落ちそうになると、ダクネスさんとめぐみんが支えてくれた。やがて、イメージの流入が収まり、大きく息を吐く。

 

「だ、大丈夫です。スキルを習得したら、ちょっと眩暈がしただけなので……」

 

 私がそう言うと、カズマさんとめぐみんが顔を見合わせる。

 

「スキル習得で眩暈……?」

 

「いや、少なくとも俺はしないぞ」

 

「習得で眩暈がするのか……それもいいな」

 

「おい」

 

「な、なんでもない」

 

 私はカズマさんとダクネスさんのやり取りを聞きながら、テーブルに置いた冒険者カードを見る。そこには習得済みの文字が記されていた。

 

「習得する時に、頭の中に型のイメージが流れ込んで来たんです。そうしたら気分が悪くなってしまって……。今まではこんな事なかったんですけど……」

 

 私がそう言うと、皆が私を見つめて首を傾げる。

 

「スキル習得でイメージの流入? 聞いた事がないですね」

 

「私もだ。……職業のせいか?」

 

「イメージか。うーん……型のイメージに酔ったのか……。あるいは、脳に負荷が掛かったか……?」

 

 めぐみんとダクネスさんが困惑する中、カズマさんがコップに水を注ぎ、私の冒険者カードを見ながら呟く。脳に負荷……その不穏な響きに不安感を覚える。

 カズマさんがコップを差し出してきたので受け取ると、一口飲んだ。

 

「あの、負荷っていうのは、どういう……」

 

「ん、ああ。推測だが、ライトセーバーの型ってのは何年も掛けて習得するものだからな。それを一瞬で覚えさせようとするんだから、何かしらの負荷が掛かってもおかしくないんじゃないか……と、思ってな」

 

 カズマさんの言葉に、思わずカードを見つめる。

 ……思い出してみると確かに、映画の登場人物だって何年も修行を重ねて技術を習得していた。そんな技術を一気に詰め込んで覚えようとすると、頭が痛くなるのも分かる気がする。

 

「なるほど。年単位を一瞬で、ですか。……そうだとしたら、フーコもなかなか難儀ですね」

 

 そう言うめぐみんが何かを確かめるように私の頭を触る。

 少しくすぐったい。

 

「……あと、ほらあれだ。こっちに来る時にアクアに言われなかったか? こっちの言語を覚えさせる時に一瞬でやるから、脳に負荷が掛かって、運が悪いと頭がパーになるってな。たぶん、それに近い事が起きたのかもしれん」

 

 え?言語で頭がパー?いや、それは聞いてない。

 ……流石にそれは忘れないと思う。

 

「あの、その頭がパーっていうの、今初めて知ったんですけど……」

 

 そして、今更ながら言葉が通じてる理由も初めて知った。

 

「え? ………マジで?」

 

「………マジです」

 

「忘れてたとかじゃなく?」

 

「流石にそんな怖いこと言われたら忘れません」

 

 場に流れる沈黙。

 めぐみんとダクネスさんは話について行けずにきょとんとした顔をしている。

 

「……おいアクア、っていねえ! あいつどこ行った!?」

 

 いつの間にかアクア様の姿がない事に気付く。

 何処に行ったんだろう……。

 すると、めぐみんが向こうを指差した。

 

「アクアなら掲示板の方に行きましたよ。クエストの確認じゃないですかね。あっ戻ってきました」

 

 めぐみんが指差した方から、ちょうどアクア様が帰ってきた。

 何やら今にも走り出しそうな勢いだ。

 

「おいアク――!」

 

「見て見てカズマ! ほらこれ!!」

 

 椅子から立ち上がったカズマさんの目の前に、アクア様が一枚の紙を勢い良く突き出した。出鼻をくじかれたカズマさんは少し仰け反りながら、その紙を見つめる。

 

 どうやらクエストの依頼書のようだ。掲示板から剥がして来たのだろうか。

 

「……なんだそれ」

 

「見てわからない? クエストよクエスト! クエスト行きましょう!!」

 

「……何でまた急に」

 

 カズマさんの言葉に、紙を突き出しながら胸を張るアクア様。

 

「いやー私も考えたのよね! 仲間も増えて、装備も揃えて、ツケも返した。なら、後はクエストよね? 今ちょうど私が活躍出来るクエストを探してたのよ。そしたらこれ! 共同墓地のアンデッドモンスターの討伐を見つけたのよ!」

 

「アンデッド?」

 

 アンデッド……っていうと、ゾンビとか、そういう系統の?

 するとダクネスさんが依頼書を見ながら、なるほど……と呟いてポンと手を叩く。

 

「アクアはアークプリーストだから、アンデッドの相手には持って来いだな。なにせアンデッドは不死という神の理に反した存在だ。それ故、彼らには神の力が全て逆に働く。回復魔法をアンデッドに掛けると、その身体が崩れてしまうのだ。攻撃手段が少ないプリースト系の職が、前衛で活躍できる貴重なクエストという訳だな」

 

「そう! そうよ! ダクネスの言う通りよ! ほら、私って強力なアークプリーストじゃない? だからこんな初心者の街だとそうそう苦戦することもないから、今まで力を持て余してたというか、相応しい場が無かったというか、カズマみたいな最弱職と一緒だと、色々苦労するじゃない?」

 

「ほーう……」

 

 なんだろう。

 俯き加減に話を聞いているカズマさんから、ひんやりとした冷気のようなものが流れている……ような錯覚を覚える。

 

「でも、この私が見つけて来たこのクエストなら、私がバンバン前に出て敵を倒せるでしょ? まぁカズマや他の皆に譲ってあげてもいいけど、報酬の話は色々デリケートだから、それは追々――」

 

 アクア様の話を聞いていると、ちょいちょいと袖を引っ張られるので振り向く。

 すると、めぐみんが無言で私を立ち上がらせ、有無を言わさず引っ張っていき、離れた席に座った。

 

「め、めぐみん? どうしたの?」

 

 めぐみんの行動についていけずにいると、めぐみんは頬杖を突きながら、そっと溜め息を吐いた。

 

「……おそらく、今からカズマの口撃が始まるので避難しました。フーコはキャベツの後は眠っていたので知らないと思いますけど、酔って調子に乗ったアクアに怒ったカズマがそれはもう、遠慮なくエゲつない罵倒、もとい口撃で責めに責めた結果、大泣きさせたのですよ」

 

「そ、そうなんだ。口撃……」

 

 そんな事もあったんだ……。さっきのひんやりとした空気は前触れだったのか。

 カズマさん、ストレスでも溜まってるのかな?

 

「あの、ダクネスさんは残してていいの?」

 

「ダクネスなら大丈夫ですよ、クルセイダーですから。しかしアクアも懲りないですね」

 

 めぐみんの言葉を聞いてしばらくすると、向こうの方からアクア様の泣き声が響いてきた。そして『役立たずじゃないもん!穀潰しじゃないもん!』という涙ながらの言葉も聞こえた。

 

 何を言われたんだろう……。

 

 

 

 

 町外れの丘の上。

 そこには、アクセルの街の共同墓地がある。

 そろそろ真夜中に差し掛かろうとしている時刻。私達はクエストの為に、その墓地の中を歩いていた。

 

 今回のクエストは、ゾンビメーカーというモンスターの討伐だ。

 ゾンビメーカーは死体を操る悪霊の一種で、自らは状態の良い死体に乗り移り、数体の死体を操って徘徊するというモンスターらしい。

 

 墓場を徘徊するだけのモンスターなので初心者向けのクエストだが、親兄弟や親戚の死体を掘り起こされたらたまったものではないので、確認されたら即日で討伐依頼が来るのだという。こんなモンスターまで存在するのだから、異世界は色々と大変である。

 

「うぅ……冷えてきたわね。ねぇカズマ、これってゾンビメーカーのクエストよね? なんかこの雰囲気、それ以上の大物が出てきそうなんですけど」

 

アクア様が先頭を歩くカズマさんのマントの端を摘みながらポツリと言った。

 

「……そういう事言うなよな。フラグになったらどうすんだ。っていうか、お前が引き受けたんだからな?お前が前に出ろよ」

 

「何言ってんのよ! アークプリーストが前に出てどうすんのよ!」

 

「昼間にお前が言ってた事と違うんだが……。役立たずじゃないって所を皆に見せるんだろ?」

 

「そ、それはそうだけど……うぅ……フーコ」

 

 アクア様は隣を歩く私のローブを引っ張ると、縋るような目で私を見る。

 

「大丈夫ですよアクア様」

 

「フーコ……!」

 

 そんなアクア様の手を、私は掴んで握る。

 

「新しいスキルも覚えたので、きっと大丈夫です。ゾンビ苦手ですけど…………大丈夫です」

 

「カズマさぁぁん! 泣きそうになってる! この子泣きそうになってる! 握った手も震えてるんですけど!!」

 

「お前もか……」

 

 振り返って私を見るカズマさんの目が呆れている。

 だって苦手なんだもんこういうの!肝試しとかホラー映画とか駄目なんです!死体なんて見たくない今すぐ帰りたい……。

 

「なに、アンデッドは私が全部まとめて引き受けてやる……ふふ、楽しみだ」

 

「まぁ、いざとなったら爆裂魔法で消し飛ばしますから。墓場ごと」

 

「それはやめてやれ。街の人が泣くから……ってかお前ら集中しろよ。フーコ、敵感知に反応はないか?」

 

 カズマさんの言葉に気を取り直し、発動済みのフォースで周囲を探るが、特に異常はなく平穏そのものだ。

 

「いいえ何も。カズマさんはどうですか?」

 

「いや、俺も特に引っ掛かるものはないな」

 

 カズマさんも敵感知スキルで周囲を探っているが、異常はないようだ。

 

「今日はきっと出ないのよ。ねぇカズマ、ここはやっぱり日を改めてって事にしない?」

 

「はぁ……じゃあもう少し探って何も出ないなら……」

 

 ――――!

 

「カズマさん」

 

「ん? どうし……お、何か引っかかったな。一、ニ、三、四、五……あれ? 多いな」

 

 私の感覚にも、その数は引っかかっている。

 だが、数はどんどんと増えている。

 

「……十体、いますね」

 

「いや待ておかしいだろ……ゾンビメーカーの取り巻きって、せいぜいニ、三体程度って聞いてたんだが」

 

 囁き合いながら、私達は墓地の中央に近付いていく。

 すると、そこから青白い光が走った。

 

「―――ッ」

 

 私はセーバーを抜いて起動する。

 目の前には、青白く、大きな魔法陣。

 

「お、おいどうした」

 

 セーバーを構えた私に声を掛けるカズマさん。

 だが、応える余裕はない。

 

「カズマ……あれは、ゾンビメーカーではないような気がするのですが……」

 

 私とめぐみんが見つめる先に居るもの。

 ゆらゆら揺れる人影と、それに囲まれるフードを被った人物。

 

「……なんだあれ」

 

 青白い光を見た時からフォースが伝えてくるその気配。周囲の人影とは比べ物にならない程の濃密な……重苦しい気配。

 昨日、壁の向こうから感じたものと、よく似ている。嫌な胸のざわめきが甦ってくる。

 

「どうする? ゾンビメーカーでないにせよ、この時間にあの状況だ。アンデッドの類に違いないだろう」

 

「何かは分からんが、あれはヤバイ匂いがする……。今日は引き上げるか」

 

 ダクネスさんが囁くと、異常な気配を察したのか、カズマさんが首を振った。

 私はセーバーの刃を消し、グリップを腰に収める。

 

「そうですね……あれは退いた方が良いと思います……」

 

「……よし、じゃあ皆今すぐここから――っておいアクア!!」

 

「アクア様!?」

 

 その時、一番後ろにいた筈のアクア様が私達の前に飛び出し、墓石を飛び越えると――。

 

「ゴッドキーック!!! 相手は死ぬ!」

 

 フードの人物に飛び蹴りをかました。

 

「「「アクアッ!?」」」

 

 突然の暴挙に全員が驚いていると、華麗に着地したアクア様は地面に倒れたフードの人物をビシっと指差した。

 

「リッチーがこんな所にノコノコ現れるとは不届きなっ! 成敗してくれるわ!!」

 

 アクア様はそう言い放つと、固まる私達を尻目に青白く光る魔法陣に土をかけ、踏み躙り始めた。すると、フードの人物が悲鳴をあげる。

 

「やめ、やめてえええっ!! 誰、誰なの!? 何故いきなり現れて、私を蹴り飛ばして魔法陣を壊そうとするの!? あ、あ、やめて!やめてください!!」

 

「お黙りアンデッド! どうせこの魔方陣で碌でも無い事企んでるんでしょ! このアクア様には全部お見通しなんだから! この! こんな物こうしてやる! こうしてやる!!」 

 

 アクア様が物凄い勢いで魔法陣をげしげし踏むと、フードの人物は必死な様子でアクア様の腰にしがみつく。聞こえてくるフードの人の声がやけに高い。

 もしかして、女性なのかな……?

 

「あ、アクアもなかなか容赦ないな……」

 

 息が荒いダクネスさんが身体を震わせる中、この状況に困惑した私はカズマさんを振り返る。あの重苦しい気配は消え失せ、緊張感もすっかりなくなっている。

 

「……あの、カズマさん、これはどうすれば」

 

「いや、どうすると言われてもな……ってかあれリッチーなのかよ……」

 

「リッチー? アクア様も言ってましたけど、そのリッチーって? お金持ち?」

 

「それリッチな」

 

「魔道を極めた魔法使いが、魔道の奥義によって人の身体と寿命を捨て去った存在、それがリッチーです。アンデッドの王とも呼ばれています」

 

 めぐみんが説明するとカズマさんが頷く。

 

「ゲームだと割とメジャーな……というかボスクラスでもおかしくない強敵なんだが、なんでこんな所にいるんだ?」

 

 え、そんな凄い相手なの?いや、フォースの気配から只者じゃない予感はしてたけど……。

 

「やめてー!! この魔方陣は未だに成仏出来ない魂を成仏させる為のものなんです! 沢山の魂が天に昇っていくのがあなたにも見えるでしょう!?」

 

 見ると、リッチーの言葉通り、魔法陣からふよふよした光が空に昇っていく。

 ……あれが魂なんだ。

 

「はぁ!? そんな善行はこの私がやるからあんたは黙って見てなさい! ついでに浄化されなさい!」

 

「な、何を……あっやめ」

 

「『ターン・アンデッド』!」

 

 手を広げたアクア様を中心に墓地全体が白い光に包まれると、その光に触れた死者と魂が消えていく。

 

「いやーーっ! やめて! 身体が消えちゃう! このままだと浄化されちゃう!!」

 

 その光の効果はリッチーにも及んでいるようで、悲鳴を挙げるリッチーの脚の先が徐々に透けていく。

 

「あーっはははははっ!! 自然の摂理に反した存在よ! 神の意に背いた愚か者よ! この私の力で塵も残さず消え失せるがいいわ!!!」

 

 地面に蹲るリッチーに対して、高笑いするアクア様を見ているとこう……凄くやるせない気持ちになる。リッチーしくしく泣いてるし、どうにかならないのだろうか。

 

「あの、アクア様」

 

「おいやめてやれ」

 

「いった!!?」

 

 カズマさんがアクア様の頭に剣の柄を振り下ろすと、アクア様が蹲って悶絶する。

やけに痛そうな音が響いたので、強めにやったのかもしれない。

 フッと白い光が消え、辺りは再び魔法陣の青白い光に包まれた。

 

「おい、リッチー……でいいんだよな?大丈夫か?」

 

 カズマさんが蹲るリッチーに声を掛けると、リッチーは身体を震わせながら立ち上がり、頷く。

 

「は、はい大丈夫です……。危ないところを助けて頂き、ありがとうございます。えっと、仰るとおり、私はリッチーです。リッチーのウィズと申します」

 

 そう言って頭を下げた後に目深に被っていたフードを上げると、現れたのは声の通りの女性……豊かな茶色の髪を持つ美女だった。

 ダクネスさんと同じか、少し上くらいの年齡か、落ち着いた雰囲気だ。とてもじゃないが、あの気配と同一人物には見えない。

 

「えーと、ウィズ……はこんな所で何してたんだ?魂を天に還すって言ってたけど、それはリッチーのあんたがやることじゃないんじゃないか?」

 

「ちょっとカズマ! そんな奴に話しかけるとあんたまでアンデッドになるわよ! そうなる前に、私がこいつを……!」

 

 起き上がったアクア様がそう言って掴みかかろうとするのを、カズマさんが遮る。

 

「ちょっとくらい話を聞いてやれ」

 

 カズマさんと私の背後に後ずさったウィズさんは、睨みつけるアクア様にビクビクしながら話す。

 

「そ、その、私は見ての通りのリッチーです。リッチーは迷える魂の話を聞けるんですけど、この共同墓地の多くの死者はお金がない為に葬式すらして貰えず、そのせいで天に還る事なくこの墓地を彷徨っているんです。それでその、一応はアンデッドの王な私が、ここを定期的に訪れて、彷徨う魂を天に還しているんです」

 

 ウィズさん凄く良い人だった。でも、それならどうして……?

 

「なあ、なんで街のプリーストの人達に任せないんだ?こんな、わざわざウィズがやらなくても」

 

「そうですよ、供養は街のプリーストがやってくれるのではないのですか?」

 

 カズマさんとめぐみんがそう言うと、ウィズさんは悲しそうに、でもどこか言いづらそうな様子でチラリとアクア様を伺う。

 

「……あの、この街のプリーストさん達は何と言いますか。拝金主義……じゃなくてその、お金が無い人達は後回しと言いますか、なのでその……」

 

「……この街のプリーストの連中は金儲け優先だから、こんな貧乏人が埋葬される墓場には寄り付かないって事か」

 

「えと……そ、そうです」

 

 カズマさんが続けると、ウィズさんがおずおずと頷く。

 

「嘆かわしい。仮にも聖職者だろうに」

 

「み、皆がそんな人って訳じゃないから……」

 

 ダクネスさんが憤慨した様子で言うと、アクア様が呟く。

 見ると、アクア様は気まずそうな表情で目を泳がせていた。

 私もそう思いたい。いつかのプリーストのおじさんは、そうじゃないと信じてる。

 

「でも、まぁそういう理由なら仕方ないな。だが、ゾンビを呼び起こすのはどうにかならないか? 俺達がここに来たのだって、ゾンビメーカーを討伐してくれって依頼を受けたからなんだが」

 

 カズマさんがそう言うと、ウィズさんは困ったような表情を浮かべる。

 

「あ、そうだったんですね。その……私は呼び起こしているつもりはないのですが、私がここに来ると、形が残ってる遺体が私の魔力に反応して目覚めちゃうんですよ。なので、その、私としてはここに埋葬される人達の魂が迷わず天に昇ってくれれば、私がここに来る理由もなくなるのですが……。でもそんなに都合良くは行きませんし、今まで通り私が……」

 

「けど、そうなればまた俺達みたいなのを相手にしなきゃいけなくなるぞ」

 

「でも、これは誰かがやらなきゃいけない事なので……」

 

 茶色の髪が俯き、流れるのを見ながら、私は考える。ウィズさんがここに来なくて済むような理由を。

 たとえば、ウィズさんのように死者を導く力を持つ別の、それも人間の誰かが、定期的にここに来て供養さえすれば、死者は安らかに成仏でき、ウィズさんはここに来る必要はなくなり、したがって今日のように誰かに討伐されかける危険もなくなるのではないか。

 

街のプリースト……は、さっきの話だと頼んでみても微妙かもしれない。

うーん……プリースト以外で死者を導き、成仏させる力を持った存在。でも、そんな………。

 

「あっアクア様」

 

「ん、なによ?」

 

 一斉にアクア様を見る。どうやら、皆が同じ考えに至ったようだ。

 

「な、なによ? 皆して見つめて………ってまさか! 流石にありえないから。そんなの私は絶対」

 

「嫌とは言わないよな?」

 

 カズマさんが牽制の一言を放つと、アクア様の動きがピタリと止まる。

 

「まさかな? あんな話を聞いた後で、日頃から街一番のアークプリーストを名乗るアクアが、嫌なんて言うはずないよな? まさか他のプリーストみたいな事言うはずないよな?」

 

「うっ……」

 

「そうですね。この件に関わった私達も流石に知らん顔はできません。ですが、残念ながら私も、カズマも、フーコも、ダクネスも死者の浄化なんて出来ません。先程、墓地ごと浄化しようとしたアクアを除いては」

 

「うぅ……」

 

「うむ。アクアは墓地を丸ごと浄化できる貴重なアークプリーストだ。誰かがやらなくてはならないならば、この大役は誰よりも相応しいのではないだろうか」

 

「うー……」

 

 皆に囲まれ、退路を塞がれたアクア様が縋るような瞳で私を見る。

 私は最大限の敬意を込めて、頭を下げた。適任かつ安心できる人が、アクア様以外に思い付かない。

 

「……アクア様、どうかお願いします」

 

「私からもお願いします!」

 

 ウィズさんからも頭を下げられたアクア様をチラリと見ると、アクア様は涙目でわなわなと身体を震わせて、やがて勢い良く天を仰いだ。

 

「ああっ!! わかったわよ!やればいいんでしょやれば!こうなったらやってやるわよも――ッ!!」

 

 深夜の共同墓地に、アクア様の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 墓地からの帰り道。

 私達は月明かりの照らす夜道を歩いていた。

 

「しかし、リッチーがアクセルで生活してて、おまけに店まで開いてたなんてな。この街の警備はどうなってんだ」

 

 カズマさんが手に持った一枚の名刺を見ながら言う。

 あの後、死者の見送りを済ませたウィズさんに貰った名刺なのだが、そこにはウィズさんが住んでいる場所の住所と『ウィズ魔道具店』というマジックアイテムの店の名前が書いてあった。立ち寄った時にはお茶を御馳走してくれるらしい。更に、カズマさんにはお礼にスキルを教えるとも約束していた。

 

「でも、穏便に済んで良かったです。いくらアクアとダクネスが居るとはいえ、相手はリッチー。もし戦闘になったら私とカズマとフーコは間違いなく無事では済みませんでしたよ」

 

 めぐみんの言葉にぎょっとして、めぐみんを見つめる。

 

「え? リッチーってそんなに危険な相手だったの?」

 

「危険なんてものじゃないです。リッチーは強力な魔法防御、そして魔法効果が付いた武器以外の攻撃の無効化に様々な状態異常、生者の魔力と生命力を吸収する伝説のモンスターですよ。なんであんな大物に、ターンアンデッドが効いたのかが、解せませんが」

 

「俺達は命拾いしたって事か……」

 

 そんな恐ろしい相手だったんだ……。

 ウィズさんが温厚なリッチーで本当に良かった。もし凶暴なリッチーだったら、今頃……。

 

「カズマ! その名刺こっちに寄越しなさいよ。あいつを先回りして、家の周りに女神級の神聖な結界張って泣かせてくるから」

 

「それはやめてやれマジで。あと、いい加減へそ曲げるのもやめろ」

 

「だってだって!」

 

「流石に家に入れないのは……いや、家が目の前にあるのに入れない状況も一度は味わってみたいものだな……」

 

「おい」

 

 膨れるアクア様ともじもじするダクネスさんをジト目で睨むカズマさん。

 それを眺めていると、肩をちょいちょいと突付かれる。

 

「めぐみん?」

 

「フーコ。これはまだカズマには言っていないのですが、私は杖を新調してから碌に爆裂魔法を撃ちこんでいません。なので、明日にでも少し遠出して爆裂道を探求したいと思うのですが、フーコも付き合ってくれませんか?」

 

 めぐみんからの突然の提案に首を傾げる。爆裂道の探求ってなんだろう……。

 私がそれを聞く前に、めぐみんが言葉を続ける。

 

「それに、フーコは習得した剣のスキルをまだ見せていませんよね?そこで少し思ったのですが、ただ爆裂道の探求に付き合うだけではなく、フーコも剣術とフォースを探求してみるのはどうでしょうか」

 

 そういえば、今回は覚えた第一の型を使う機会がなかった。

 いや、使う機会があったとしても、いきなり本番で鈍い私に使えるのかは少し不安がある。そして、キャベツの時以外まともにフォースの練習をしていない。

 

 ここは一度、じっくりと練習する必要があるかもしれない。

 

「でも何か用事があるのなら……」

 

「うん、わかった。私で良いなら」

 

「……決まりですね」

 

 ふっと笑うめぐみんを見て私は頷いた。

 腰にぶら下げたセーバーの感触を確かめながら、夜道を歩く。

 月明かりと星の光に照らされた夜道は、とても綺麗だった。

 

 あれ?そういえば。

 

「そういえば、この場合のクエストってどうなるんですかね?」

 

「…………あっ」

 




・第一の型を習得しました。
・ゾンビメーカーの討伐クエストを請けました。
・共同墓地でリッチーのウィズと出会いました。
・クエストに失敗しました。

次回は修行とデュラハンです。

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