では、今話もどうぞよろしくお願いします!
気がつけば、いつかの居場所に自分がいた。
隣を見れば、楽しそうに今日あった出来事を話す由比ヶ浜と、それに微笑をたたえながら相槌を打つ雪ノ下がいる。
「でねー」「そうね。それは違うと思うのだけれど」
そして由比ヶ浜が俺に返事を求める。
「ねえヒッキー?」
俺が心の拠り所にしていた、日常。
ぬるま湯のように生暖かくて、抜けるのを躊躇ってしまうような場所。
「ああ、そうだな」
手元にある文庫本に目を落としながら俺も相槌を打つ。
文字の羅列を目で追っても、内容は一向に頭に入らず、スルスルと俺の隙間から抜け落ちていく。
そんな無意味な行為に嫌気が差して、窓に映る空を見れば、空は朱に染まりつつも、夜の闇に少しずつ侵されている。昏く、暗く。
段々と空が闇へ。
何故か異様に空が暗くなるのが早く見えて俺は何の気もなしに二人に尋ねる。
「なあ、最近てこんなに暗くなるの早かったか?」
誰も答えない。
いくら呼びかけても誰も答えず、それどころか2人はさらに話に花を咲かせていた。
大きな音を立てて、椅子から立ち上がってみせると、ようやく2人はこちらを向いた。
そして答える。
「誰?」
誰と聞かれても、俺は俺で。
比企谷八幡であるとしか答えられない。証拠なんて言われても外見で判断できるはずだ。
それなのに。2人は俺に問う。
「本当にヒッキー?」
「本当に比企谷君?」
何かがおかしい。
そう考えるのが遅かったことに俺は気づく。
空が昏く、深い、夜の闇なんてものでなく、延々と終わりの見えない闇が空を覆い尽くしていた。
時計を見ても時刻は5時で。
再び二人の顔を見ると、顔がいつのまにかまるでクレヨンで塗りつぶされたかのように、輪郭しか分からなくなっていた。
「由比ヶ浜?雪ノ下?」
名前を呼んでも返事がない。
ただ同じ問を繰り返す。
「本当にヒッキー?」
「本当に比企谷君?」
俺は恐怖した。
いくら答えても俺の答えは二人を満足させる答えには至らずに、何度も同じ答えを繰り返した。
叫びながら、俺は答える。俺である証明を。
それでも2人は満足せず、俺の胸にどす黒い負の感情が段々と膨らみながら、渦巻いていく。
答えても。答えても。答えても。
間違い続けて。
感情が爆発した。
「じゃあ!誰が比企谷八幡なんだよ!」
その叫びは、果たして二人に対してだったのか。それは今の俺にはわからなかった。
少しの間があって、二人が声を出した。
「人の気持ちを考えるのがヒッキーだよ」
「あらゆる問題を解決してしまうことかしら」
2人は、俺では無い誰かを俺と言っていたらしい。
俺には、そんな普通の人のように、気持ちなんて考えられないし、物語の主人公のように問題の解決もしていない。
心理を読み取り、解消に励むだけの俺にそんな大層な事は出来ない。
俺ができるのはただの逃げ。現状からの逃避だ。
どうにか最悪だけは免れて誰も損をしない。
それが俺であるのに。
いつから比企谷八幡はそんなご大層な、まるで何でも救ってしまうヒーローへ移り変わったのだろうか。
結局彼女達は理解出来なかったのだ。この比企谷八幡の存在を。
理解足り得ないのなら、俺は切り捨てる。そもそも理解してもらえるかもなんて曖昧な幻想ははじめから切り捨てるべきだったのだ。
俺は自分を指さす。
そして答える。
「俺が比企谷八幡だ。そんなヒーロー俺は知らない。俺の中から消えろ」
努めて冷たい声で突き放すように言い放つ。
二人の塗りつぶされた顔から次第に涙らしきものが溢れ始める。
けれど俺の知ったことではない。
誰も俺の世界に入れさせない。
俺は俺にだけ意識を向ける。
その結果がこの惨状でも関係ない。これは他人の出来事。俺には関係ないのだから。
聞こえる嗚咽から逃げるようにかぶりを振る。
そして涙を流すふたりに背を向けて俺は最後の言葉を口にする。
「じゃあな。俺の求めたものはここには無かったらしい」
俺の言葉に耳を傾けずに泣き続ける勝手さにうんざりして、部室を出る際にありったけの力を込めて、扉を後手で閉めた。
廊下にはまたも顔の塗りつぶされた見知った人型がいた。
オレはその人型に、「来るな」とだけ告げると、果ての見えない 廊下を歩き出した。
人型は消え失せ、何も無い道だけが残る。
様々な逡巡が頭をめぐるが、それを押さえつけて俺は歩いた。
受けた依頼も、受けた思いも、霧のように消え失せていく。
どれくらい歩いたか忘れた後俺は何故歩いているのか分からなくなっていた。
目を覚ます。
俺を起こしに来る小町の声は聞こえなくて、時計を見れば9時半頃。
「遅刻した…」
俺の心は波すら立てずに、目の前の出来事を受け止める。
のそのそと起き上がり、掛けてある制服に身を包み、リビングへと下りた。
当然の様に小町は出ていて、机の上には俺の分の朝食が置いてあった。
温め直して、噛み締めるように咀嚼して食べ終える。
出るための用意を終え、玄関へ。
「いってきます」
そんな俺の言葉が誰もいない家の中に虚しく響き渡るのを確かめて、玄関の扉を開けた。
空は昨日と変わらず雲一つなく、やはり俺の心情をまるで気にせず暴力的なまでの青さを俺の目にまざまざと見せつける。
そんな空を睨みつけて、小さく舌打ちをして、俺は学校への道をゆっくりと気だるげに歩き出した。
この話を書くのはストップしていたのですが、恐れずに感想を見て再びこの話を書こうと思いました。感想がすごい励みになるので今後の活力にぜひお願いします!