「失礼します。」
そう告げて、職員室の扉を閉める。扉を閉めるときに平塚先生の悲しげな微笑が目に入った。
しかし俺は、それを直視することができない。もうきっと、関わることはないのだから。今あの微笑を見てしまえば、決意が揺らいでしまう。そんな気がした。
だから目を背けた。
リノリウムの床を鳴らしながら一人玄関へと向かう。前までであれば、もう少し遅い時間に、もう少しにぎやかに玄関を目指していた。
だが、それももうないだろう。なんせ、今日この日をもって、俺は奉仕部を退部したからだ。
一人帰路につく。空を見上げれば、どこまでもきれいな夕焼けの空が広がっている。まるで俺の門出を祝しているようだ。そんな祝されるべき門出ではないのに。もしかしたら、再び元の孤独に戻ることへの餞別かもしれない。そんな優しいような、それでいて残酷な空を見上げて、
「これでよかったんだ。」
そうひとりごちる自分の顔が、ひどく悲しげに歪んでいたことに俺が気付くことはなかった。
頭の中には幾度となく繰り返してきた、これでよかったのかという問い。
今でもよくないと思う自分がいる。
だが、今更俺はあの二人にどんな顔をしてあの空間にいればいいのだろう。
わからない。
何故否定されたのか。
あれが最も効率が良かったのに。俺だけが傷ついて完結する、そうすることで、誰も傷つくことのない世界が完成する。皆が救われる、それを達成するための方法があの方法であっただけで、今までと同じようにやっただけなのに。
どうして否定されるのか。独りだった俺には自己完結でしか解決方法を見出せない。だから、失うものも、関係もない俺が傷つけられればいいだけであって。
だから、俺には由比ヶ浜の問いにも、雪ノ下の否定にも答えることができなかった。否、何を答えればいいかすら分からなかったのだ。常に独りであったから。犠牲を自分以外で収める方法を知らないから。
それに、あの海老名さんの真意に気付けたのも俺しかいなかった。あの往々にして正しい雪ノ下ですら、あの優しい由比ヶ浜ですら。ついぞ俺しか気づくことがなかったから。気付けた俺が問題を解消しただけであったのに。
気持ちを考えろ?無理だ。考える相手すらいなかったのに。どうしろというんだ。嫌い?俺はこの方法以外知らないんだ。
そう結論付ける自分がいた。
しかし、それを許さない自分がいる。あの関係を気に入ってしまった自分がいる。探し求めていたものが存在しているのかもと思う自分がいる。
いつまでもあのぬるま湯のような関係の温かさに浸かっていたいと、知ってしまった温かさから逃れることのできない自分がいる。
それでも俺は、あの二人を傷つけてしまった。癒し方を知らない俺は、どうすることもできない。
だから、俺は決めたのだ。大きさや期間は関係なしに、少しであっても大切に思ったのであれば。俺がとるべき行動は。
家につく。頭の中では、いまだに繰り返される問いがふわふわと漂っている。この問いが頭に浮かんでいるときの俺は目がいつも以上に腐っている(小町談)ので、頭から消し去るついでに、二度と浮かんでこないよう強く頭を振る。ぶんぶん。ぶんぶん。そうして顔をあげると、天使(小町)がまるで異物(俺)を見るかのような目で見ていた。どうも肉親からも変な目で見られている今日の俺です。
ただいまと言うと、小町はお帰りとは言わずに、ただ、
「なにしてんの」
とだけ言い、中に戻っていった。
って、お帰りもないのかよ。ここでも俺のヒエラルキーの低さが窺えますね。やったね!ていうか、低くないとこなんてあるのか、、、あ、なかったね☆俺ぼっちだし。あれ、目から汗が、、、
そんな益体のないことを考えつつ帰宅。やっぱ家が一番だよね!ずっと家にいたい。なんなら俺が家になるまである。いや?家になると、雨風からの攻撃で休めないのか、なら却下ですね。ええそうしましょう。やはり一番の夢の専業主婦だよね!なりたいなあ。ほんと、誰か養ってくれねえかな、、、。
そうやってなるべく違うことを考える。それも空っぽなことを。そうして俺は逃げるのだ。そうして、また自己の中で完結させるのだ。それが俺だから。
甘えることを知らないから。たとえ甘んじることはあっても、甘えることだけは決してしないのが俺だから。
夕食を終え、風呂から上がり、自室へ。
ベッドに倒れこむ。ふと時計を見ると、時刻はまだ10時前。それなのに、体は睡眠を欲している。きっとやっとのことで解放されたから、安堵したのだろう。思えば、奉仕部をやめるまで、ずいぶんと時間がかかった。
修学旅行を終え、半月が経とうとしていた。その時間で、俺はひたすら考えた。何がダメだったのか。どうすれば違う方法でより良い形に導けたのか。いつもそのことを考えていた。だがしかし、その問いが解けることは結局なかった。この半月ただひたすら同じところを回り続けた。
だが今日は。今日くらいは。同じところで、ぐるぐる回っていた以前よりも、前か後ろかはわからないが、この思考の沼から動くことのできた自分を労ってやろう。
たとえそれが、世間一般でいう「逃げ」であっても。多くの人間は逃げてはいけないという。だが俺に多数派の意見は通用しない。何せ生まれこの方、少数派なのだから、反対派の意見など聞くまでもない。そんな数任せの暴論は通じないのだ。だから、俺のこれは悪いことでないのだ。だから恥じることはない。堂々と逃げようじゃないか。逃げることのなかった人生ではないし、今回もその多くの逃げの一つなのだ。
そう俺はまた自己完結させた。薄っぺらい理由を重ねて。
少しの回顧があってから、俺は意識を手放し、いつもより少し早く夢の世界へと飛び立っていった。
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