Girls und Panzer  Re.大洗の奇跡   作:ROGOSS

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決闘を望みます!

 西日の差す生徒会室には、角谷、小山、河嶋、熊野、絵音の5人が集まっていた。1人だけ一年生だというのに、絵音はまったく戸惑いの色を見せない。それどころか、どこか不機嫌そうな表情を浮かべている。その姿に河嶋は、先輩に対して敬意が感じられないと声を荒げたばかりだった。

 

「まぁまぁ、河嶋。そう声を荒げることはないよ」

 

「ですが、会長……」

 

「曲がりなりにも、こっちからお願いしている立場なんだからね」

 

 今のところはね、と小さく呟く。

 絵音はため息をひとつ付くとハッキリと言う。

 

「私は、戦車道を受講するつもりはありません」

 

「どうして? 戦車道を受講すれば、自腹で戦車の整備をする必要はなくなる。それに、特典だってたくさんついているはずだけど?」

 

「そういう問題じゃ無いんです」

 

 苦笑いを浮かべながら、角谷は熊野を見る。

 だから言ったじゃない。私には決定権なんか無いんだって、そう言いたげな表情を浮かべながら熊野は角谷の視線から目を逸らした。

 

「何がそんなに気に食わないのか教えてくれるっていうのはどうだろう?」

 

「何を言っても良いんですか?」

 

「言うのは無料(タダ)だしね」

 

「だったら……」

 

 深呼吸をしながら絵音は目を閉じる。

 数秒だか数十秒の沈黙の後、目をカッと開くと絵音は、その小さな体のどこから声を出しているのか疑いたくなるほど低い声で鋭く告げた。

 

「我ら服部流がほかの流派と手を組むなど言語道断! 我ら精鋭の戦いに生温い情や規則などいらず! 勝って勝って勝って連戦連勝! 勝利以外のものなど必要いらず求めず! それがすべてなり!」

 

「なぁ……」

 

「す、すごいですね……」

 

 河島と小山はポカンとしたまま固まった。角谷もポーカーフェイスに努めているものの、内心では驚きを隠せていなかった。実際、3年以上付き合いのある熊野も、その獣じみた文句を聞いたことはあったが、ここまでの迫力があるものを聞くのは初めてだった。

 ただ一人、絵音だけが満足げな顔で立っている。

 そういえば……。

 角谷は、絵音の身辺調査をしていた際に見た服部流の原点ともいえるソレを思い出す。

 第二次世界大戦中、日本は中国満州地方に満州国という巨大な国を建国した。だが、もともと末期になるにつれ防衛のための戦いを迫られるようになった日本に、自国とは海を隔てて存在する満州国を守るだけの力は残されているわけもなく、ソ連の侵攻により満州国はその短い歴史に幕を閉じることとなった。満州国を支配していた関東軍に一人の女戦車乗りがいた。彼女にとって、戦の勝ち負けなどどうでも良かった。満州に渡った理由も、決してお国のためなどという崇高な理念からではない。ではなぜ、彼女は異国の地へ鉄の馬と共に足を運んだのか……?

 それはひとえに、戦うためだった。彼女は生まれたその瞬間から飢えていた。戦いという血みどろのクソのような、人間の汚点としか言えないその出来事に飢え続けていた。関東軍残党となった彼女は、その後6年間に渡って、たった5輌の戦車を率いてソ連と闘い続けた。 

 一時は、ソ連の前線基地まで破壊せんと侵攻した彼女をソ連兵は畏怖の念を込めこう呼んだ。

 『首狩りの死神』と。その戦術は今の服部流にも継承されている。つまるところ、偽装や隠蔽といったものだ。その技術に対しては、どこの流派にも追随を許しておらず、服部流の極意を学ばんとする門下生があとを絶たない。

 そして鉄の掟がもう一つ……。

 戦後、帰国した彼女たちに冷たい目を向けた他の流派とは手を組んではいけないという絶対原則。家出している身とはいえ、絵音は腐っても服部流の本家の娘である。その掟を進んで破ろうとは考えていない。

 角谷は頭を抱えると打開策を考え始めた。

 服部流が他の流派を恨んでいる理由。日本戦車道創設の際の冷遇。

 数十年も前のこととは言え、他人が人の恨み言にどうこう言える立場ではないことを角谷はよく理解している。

 ならば、どうすれば良いのか……恨みがあるというならば、いっそ……。

 

「よし、わかった! だったら、こうしよう!」

 

「会長! 何かいい案が浮かんだんですね!」

 

 河島が希望の眼差しを角谷へ向けた。

 これから自分が言うことに、一番驚くのは彼女だろうと考えながらも、角谷は無言でピースサインを向けると河島を安心させた。

 

「こうしよう! 西住ちゃんと勝負だ! もし西住ちゃんが負けたら私達は諦めるよ。だけど、もし……」

 

「私達が負けたら戦車道を受講しろと……」

 

 クツクツと喉を鳴らす絵音は、誰がどう言おうとも弱者の首へ鎌を向け余裕の笑みを浮かべる死神そのものだった。

 

「良いんですか? 西住流如きが私に勝てると?」

 

「やってみなきゃわからないよ? それに、過去のわだかまりが捨てられないなら力勝負が一番効率的でしょ?」

 

「確かに……わかりました。では、後日詳しい日時を教えてください。こちらは、逃げも隠れもしません。もっとも、戦いとなったら知りませんが……」

 

 相も変わらず笑みを堪え切れないとばかりに声を漏らしながら、絵音は生徒会室を後にした。

 後にも先にも、絵音のそのような姿を見たのはこれ一回きりだった。




キャラ紹介
熊野

趣味 庭いじり、貯金
好きな物 可愛い女の子
嫌いな物 角谷杏

チーム中の唯一の三年生。角谷とは3年間同じクラスでありながらも、犬猿の仲。かといって、目に見るほど仲が悪いわけではなくクラス内では友達としての付き合いもしている。大柄な見た目からは想像できないほど神経質であり、守銭奴。チームのマネージャー的存在。

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