Girls und Panzer Re.大洗の奇跡 作:ROGOSS
ある流派の話をしよう。
なに、そうかしこまることはないさ。
この話は、たった一話で完結してしまうような軽いものではない。だから、聞き手だけじゃなくて話者もそれなりに疲れてしまうんだ。
それでも、いつか話さなくてはいけない大切な話だ。
これを知っていてこそ服部流の一員であり、これを語り継いでこそ、真の門下生と言えるだろう。
素質があると思うなら、一族以外にも話してもかまわない。
もっとも、そんな奴が今まで出てきたことはなかったし、話したところで信じてもらえるわけがないと思うけどな。
お前が知っている服部流の起源は何だ?
そうだな。服部流のルーツは第二次世界大戦の満州にまで遡る。
耳にタコが出来るほど聞かされているかもしれないが、改めて話をさせて欲しい。
第二次世界大戦中、日本は中国満州地方に満州国という巨大な国を建国した。だが、もともと末期になるにつれ防衛のための戦いを迫られるようになった日本に、自国とは海を隔てて存在する満州国を守るだけの余力が残されているわけもなく、ソ連の侵攻により満州国はその短い歴史に幕を閉じることとなった。
満州国を支配していた関東軍に一人の女戦車乗りがいた。彼女にとって、戦の勝ち負けなどどうでも良かった。満州に渡った理由も、決してお国のためなどという崇高な理念からではない。ではなぜ、彼女は異国の地へ鉄の馬と共に足を運んだのか……?
それはひとえに、戦うためだった。彼女は生まれたその瞬間から飢えていた。戦いという血みどろのクソのような、人間の汚点としか言えないその出来事に飢え続けていた。関東軍残党となった彼女は、その後6年間に渡って、たった5輌の戦車を率いてソ連と闘い続けた。
一時は、ソ連の前線基地まで破壊せんと侵攻した彼女をソ連兵は畏怖の念を込めこう呼んだ。
『首狩りの死神』と。その戦術は今の服部流にも継承されている。つまるところ、偽装や隠蔽といったものや一撃必殺の強襲戦法だ。その技術や戦法に対しては、どこの流派にも追随を許しておらず、服部流の極意を学ばんとする門下生は今でもあとを絶たない。
そして鉄の掟がもう一つ……。
戦後、帰国した彼女たちに冷たい目を向けた他の流派とは手を組んではいけないという絶対原則。
そんなことは知っている? だから言っただろう? 知っていると思うが話させてほしい。
なるほどね、確かに満州の地を駆ける女兵士。
これほど軍神として崇めやすいようにキャスティングされたものはないだろうね。
話の真相はこうさ。
満州国がソ連の侵攻によって滅ぼされたことを、最前線で聞いた戦車部隊があった。
部隊は帰るべき国を失ったことで混乱を極めた。
その時、たまたま一番階級が高かったのが服部流の創設者のその人だった。
前日の戦車戦で部隊長を失い、さらに国すら失う。
戦争という大きな渦に放り込まれたまま、助けられる可能性がないことだけを突き付けられるのは、さぞ絶望的だったであろうな。
彼女は決断するしかなかったのだよ。
前に進むと。
後ろに下がれば、むざむざ殺されに行くようなものだ。
ならば、少しでも前へ進み、敵前哨基地が手薄になっている可能性にかけたんだ。
進軍していくにつれ、仲間は死んでいった。
ソ連の庭で戦っているんだ。
警備が手薄になっているとはいえ、対戦車地雷に対戦車砲。いくらでも脅威はある。
とうとう、残りが五両となったところで彼女はついにソ連の前線基地の一つを占拠することに成功した。
しかし、うかうかと居座れるようなことは出来ない。
ありったけの砲弾と食糧を戦車へと積み込むと彼女達は再び満州の荒野へと旅立っていった。
今日はここまでにしよう。
やぱり、疲れてしまったよ。
必ず続きは話すさ。
今はおやすみ、絵音。いい夢を見るんだよ。