最低不審者ドゥルーク   作:RYUZEN

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第XII話 ナイスだろ?

 ジュエルシードは扱いが難しいながら『願いを叶える』という単純にして夢のような機能をもつロストロギアだ。

 けれどフェイトは勿論、執務官であるクロノや大魔導師であるプレシアすら予想だにしなかった事態――――少女の妄想上の人物を現実に実体化させるという奇跡に、誰もが声を失う。

 

「暴走状態じゃない……完全な安定発動、ですって……空想を、現実に? なんて馬鹿馬鹿しい……万分の一に等しい奇跡が、目の前でっ!」

 

 喉から手が出るほど欲しい『奇跡』を、形は違えど見せつけられプレシアの顔が怒りに染まる。

 だがそこはプレシアも伊達に年齢を重ねたわけではない。理性を失うほど沸騰した頭を、直ぐに理性喪失一歩前までクールダウンさせた。

 

「けど関係ないわ。予定が少しばかり狂っただけよ」

 

 プレシアはなのはの持つジュエルシードを奪うつもりで攻撃を仕掛けた。それがジュエルシードを封印してから奪うという風になっただけ。

 そんなこと娘のフェイトだってやってきたこと。大魔導師と恐れられた自分に出来ないことではない、そうプレシアは己を鼓舞させると、なにもかもが詳細不明の敵を前に魔力を漲らせた。

 

「幾ら自我を持っていようと所詮はジュエルシード一個程度が生み出したネズミに過ぎない。九個のジュエルシードを統べる私は神にも等しい力をもつ。敵じゃないのよ」

 

「安い神だ」

 

 挑発するように鼻で笑いながら、どこからともなくガトリングガンを取り出すドゥルーク。

 ブチッとプレシアの中でなにかが切れる音がした。

 

「ふっ、あははは、あーあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 

「出た! 悪役名物三段笑い! 映画と違ってやり直せないってのによくやるよ。そんなデカい声出して喉は大丈夫かい? 肺だって丈夫じゃないんだろう、おばあさん」

 

「死になさい」

 

 なのはやフェイトに対してはあった『非殺傷設定』という温情すらない。

 ただひたすら相手を〝消す〟という漆黒の殺意によって放たれた雷は、一瞬でドゥルークを焼き払った。

 

「ドゥ、ドゥルーク?」

 

 焼き肉屋から漂うような、肉が良い塩梅に焼ける香ばしい匂い。なのははオロオロとドゥルークだったらしい『肉の塊』に近付く。

 治癒魔法をかける余地が微塵も残ってない無残な死体。誰もがドゥルークが一瞬にして死んだと確信する中、なのはだけは確信をもって肉の塊に問いかけた。

 

「ドゥルークはこんなことくらいじゃ死なないよね?」

 

「当たり前だぜ」

 

『!?』

 

 いきなり立ち上がった肉の塊に、プレシア含めた全員が絶句する。

 

「主人公がひたすら無双なんてラノベじゃばりばり現役でもヒーロー映画じゃ絶滅危惧種。主人公が一度敵にやられてピンチを演出すんのがお約束。ボカァそのへん分かってるんだぜぃ。

 ったくプレシアちゃんもいきなり電気ショックなんて酷いじゃない。焼かれた肉のメイクだって結構時間かかるんだぜ?」

 

 バケツ一杯に入った水を被り、メイクを剝し落とすドゥルーク。

 え? なんでこんなところにバケツがあるのかって? 知らん、そんなことは地の文の管轄外だ。少なくともそんな描写を入れたつもりは毛頭ない。

 

「小癪な真似を!」

 

「うわっと! これじゃ猛獣だ。おばあちゃん扱いにプッツンしちゃったかい? メイクじゃなくてキャラ設定が落ちてるぜ。ほらリラックスリラーックス。僕はおばあちゃんみたいな病あり皺ありでも全然OKだからさ。鞭打ちが好きなら任せておきなよ。僕は好きだぜ、やるのもやられるのも。犬プレイとか最高じゃない?」

 

「減らず口を閉ざしなさい! 死ねと言っているでしょう、大人しく死になさい!」

 

 再び放たれる電撃だが、今度はサーカスのアクロバティックのような動きで軽快に躱していくドゥルーク。

 

「悪いね、サービスの初撃(ファーストアタック)はおしまいだ。ここからは僕のターンだ。推奨BGM〝pray〟。僕等が奈々様最高だね」

 

 時代的にオーパーツなスマホを操作すると、時の庭園にリリカルなのはファンなら知らぬ者のいないあの名曲が響き渡る。

 テンションあがってきた、そうドゥルークが言うとメインウェポンであるガトリングガンを容赦なくぶっ放した。

 

「イイイィィィィィィィィィィィィィヒャッホォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 毎秒数百発――――否、毎秒数千発。もはやファンタジーな量の弾丸を吐きださせながら、ドゥルークは危ない薬を決めた薬中のような陶酔顔で叫び声をあげる。

 プレシア・テスタロッサの堅牢な魔力障壁は、ジュエルシードという魔力源の効果も合わさって、なのはすら凌駕する鉄壁さだ。

 ガトリングガンは愚か地球最先端の最大火力をぶつけようと、プレシアには傷一つとして与える事は出来ないだろう。しかしドゥルークのガトリングガンは全てが意味不明だった。

 

「なっ――――!?」

 

 プレシアが驚くのは無理もないことだろう。ミッド人にとっては石器時代の遺物にも等しいガトリングガンが、己の魔法障壁を削り取っていっているのだから。

 なのはが主観的現実で客観的現実を塗り替えた際のように、ガトリングガンに魔力が籠っているという訳ではない。少なくともプレシアの見る限りガトリングガンにも弾丸にも種も仕掛けも魔法もありはしなかった。

 だというのに現実にはプレシアの魔力障壁は削られていく。長年を研究者として生きたプレシアからすれば、匙を投げたくなるくらい意味不明で理解不能な事態だった。

 

「ジュエルシードの願望実現機能とでもいうの! この、小癪なのよ!」

 

 このままでは魔力障壁を破られる。そう直感したプレシアはジュエルシードの魔力を防御から攻撃へ回し始めた。

 

「おろ。これは次のターンで仕掛けてくるな。ならば僕のターン、リバースカードを一枚セット。ターンエンドだ!)

 

 ドゥルークも負けてはいない……というか頭おかしい。いきなり腕にデュエリスト御用達のディスクっぽいものを装着すると、カードを一枚伏せた。

 

(僕の伏せたカードはミラフォだ。これで次のターン、攻撃してきた瞬間――――ジ・エンドだ)

 

「小賢しい!」

 

 などと考えているとプレシアの電撃(サイクロン)が伏せてあったカードを破壊した。

 

「え、エンドサイクだとぉ!? 地の文この野郎! 主人公の逆転の一手になんてことするんだ!」

 

 あれだけ露骨にフラグをたてたら、展開的に破壊するしかないだろう。

 それにミラフォなんていうのは現実でも創作でも破壊されるのが仕事のようなものだ。

 

「フリーチェーンにしとけば良かったか。あ、でもどっちみち伏せたターンは使えないな、うん」

 

「ごちゃごちゃごちゃごちゃと余所見とは良い身分ね!」

 

 プレシアの周囲に出現した数百の魔力弾が、真っ直ぐドゥルーク目掛けて飛んでくる。

 

「身分? いいや僕は平民だぜ。桃髪ツンデレ公爵令嬢に召喚されたら周囲に平民扱いされてからファーストキスからの恋のヒストリーが始まっちゃうくらい平民だよ。もっともベッドの上なら王様にも豚にでもなるけどねボカァ」

 

「最低ね、死になさい!」

 

「本日三度目の死になさい入りました。作者ー、あんまりワンパターンな台詞言わせんなって。国語の勉強しろよ」

 

 ドゥルークが調子にのった言動をとっていると、天罰が当たったかのようにガトリングガンが魔力弾によって粉々に粉砕された。

 これでもうこの戦いの最中は絶対にガトリングガンは使えないだろう。そう、絶対に使えない。

 

「おい、作者ぁ! 今の腹いせで僕に不利な風に展開にしただろ? 態々二度言って念押ししちゃってさぁ! だけどいいもんねー、僕にはガトリングガンちゃんが殉職しちゃってもこっちがあるもんねー!」

 

 そう言ってドゥルークが取り出したのは、いつだったかサッカー少年の頭を殴りつけたハンマー。いや現実にはサッカー少年をKOしたのは、なのはの誘導弾だったわけだが。

 

「皆大好きハンマー。しかも本日は特別閉店セールのニ刀流だぜ」

 

 ドゥルークは二本のハンマーを風車のように回しながら、プレシアに殴りかかっていく。

 このハンマーもまたガトリングガンのように魔力反応らしいものは一切ない。しかしガトリングガンが意味不明な現象を発生させたことを見たプレシアは、このハンマーもまた意味不明な代物であると結論付けた。

 そして迂闊に接近させるのは不味いと判断し、ここで勝負に出てきた。

 ジュエルシードの魔力をリンカーコアへと流し込む。骨が溶けていくような苦痛と共に、プレシアは残り少ない寿命が更に減っていくことを感じたが、アルハザードへ到達するまで保てば良いと強行する。

 

「終わらせて、あげる」

 

 なのは達三人に放ったものより更に巨大な――――SSSランクを通り越して計測不能なまでの魔力。もはや天災にも等しい、解き放たれれば星さえ砕くであろう一撃だ。

 こんなものが解き放たれてはドゥルークは兎も角、余波だけでなのは達の命はこの世界から消滅するだろう。

 しかしである。ヴィラン扱いすら他の悪役に失礼な最低不審者だろうと友達(なのは)が望むならヒーローになるのがドゥルーク(なのはの最初の友達)だ。

 そのドゥルークがこのラストバトルにおいて、高町なのはが死ぬ可能性を見逃がすはずがない。

 

「バック頂き」

 

 プレシアの背後へ瞬間移動したドゥルークは、その鉄壁な障壁にハンマーを叩きつけた。

 意味不明なハンマーの一撃が、ただの一撃で鉄壁の魔力障壁を粉々にするという意味不明な現実を紡ぎ出す。そしてもう一本のハンマーがプレシアの脳天目掛けて振り下ろされた。

 

「あり?」

 

 プレシアの脳天に命中したハンマーが何故だか空振り、とぼけたような声をあげるドゥルーク。

 無論プレシアの魔法(マジック)に種も仕掛けもないなんて事は有り得ない。プレシアの姿が霞のように消えるのを見て、戦いを見ていたクロノがはっとした顔で叫ぶ。

 

「フェイクシルエット……っ! 不味い、後ろだ!」

 

 クロノの警告は一歩遅かった。幻影(フェイクシルエット)を餌にして、潜んでいたプレシアが背後からドゥルークの首根っこを掴んだのだ。

 

「やぁ、ミセス・テスタロッサ。ドッキリかい?」

 

「貴方はSSSランク魔法をぶつけたとしても生還しそうな意味不明さがある。だから確実に…………この手で、念入りに殺す」

 

「良い手じゃないか。褒美にオプーナを買う権利をやろう」

 

「要らないわ」

 

 プレシアがギュッと握る力を強めた瞬間、100億Vの電流がドゥルークの全身を蹂躙した。

 ゼロ距離から直接の電撃。重病人でフェイトのような高速移動が厳しいプレシアにとっては実用的ではない技だが、大技に上手く小技を混ぜてやればこうも嵌めることができる。

 

「これで……死んだ、かしら?」

 

 黒焦げになって倒れたドゥルークを踏みつけながら、プレシアは落ちていたハンマーを虚数空間に捨てる。

 それでもこれまでの意味不明さのせいで安心できなかったプレシアは、魔法で黒焦げの死体をバラバラに引き裂いてから、ハンマーと同じように虚数空間へと捨てた。

 虚数空間に落ちれば二度とは戻れない。プレシアは苦い勝利の美酒に微笑んだ。

 

「これで本当に……終わったわね」

 

「ああ、お宅がね」

 

「っ!」

 

 プレシアが振り返る。するとそこには左手に『ドッキリ成功』と書かれたパネルをもち、右手に銃を構えたドゥルークの姿があった。

 ギョッとしてプレシアが視線を虚数空間へ落とせば、さっきまで死体だったものが『ハズレ』という紙が貼られた丸太に変わっていた。

 日本人は愚か日本好きな外国人でも知っている最も有名な忍法の一つ、即ち変わり身の術である。

 

「ナイスだろ?」

 

「まっ――――」

 

「BANG!」

 

 ふざけたような擬音と一緒に、生々しい本物の銃声が響く。

 銃から放たれたものが命中したのはプレシアの腹部。だがそれだけでは終わらない。

 

「BANG! BANG! BANG! BANG!」

 

 左足から左手、右足から右手。体に両手両足に命中させた後、最後にドゥルークはプレシアの額に銃口を向けた。

 

「もうやめて!」

 

 ドゥルークが最後のトリガーを引く刹那、割って入ったのはフェイト。

 

「母を庇うのかい? あれだけのことをされておいて。言っておくけど僕…………わりと冷酷だから、相手が女の子でも容赦なく撃っちゃうよ?」

 

「そうよ退きなさいフェイト。貴女に……人形に命を庇われるなんて御免よ……」

 

「ほら、ママもこう言ってるぜ?」

 

「……それでも、この人は私の母さんだから」

 

「感動的だな」

 

「だけど無意味じゃないよ」

 

 フェイトに並ぶように、ふらふらの足取りでなのはがドゥルークの前に立ち塞がる。

 

「やれやれ。執務官が民間人を盾にしておいちゃ失格だな。でも僕も目の前で無意味な殺生が起こるのを見過ごすわけにはいかない。例えそれが……犯罪者だろうと」

 

 なのはとフェイトを庇うように両手を広げたのはクロノ・ハラオウン。

 三人の少年少女はドゥルークという不審者を真っ直ぐ見据えながら、不退転の決意を露わにした。

 

「おいおい。これじゃ僕が悪役みたいじゃないか。酷いなぁ~」

 

「だったら銃を下ろしてくれ。君には色々聞きたいこともあるんだ。そして出来れば取り調べ室じゃなくて、お茶を交えながら平和的に話をしたい」

 

「あらやだクロノきゅんったら、たかだか麻酔銃に大袈裟な対応しちゃってさ」

 

「え……? ま、麻酔銃だって!?」

 

「ほら。良く見ろよ、プレシアの生足とか生乳」

 

 生乳の部分はスルーして、両手両足を見れば確かに銃痕は残っていないし血も流れていない。代わりに刺さっていたのは麻酔針だった。

 ドゥルークはなのはへ顔を向けると、悪童のようにニヤリと笑った。

 

「言っただろう? 猛獣相手には実弾じゃなくて麻酔銃ってね。動物愛護団体対策はバッチリだぜボカァ」

 

 くるくると本物そっくりの麻酔銃を弄びながらドゥルークは言った。

 これにて全て決着。全ての元凶であるプレシア・テスタロッサは倒れ、ヒーローは勝利した。ならば後はお約束に従い、大脱走(エスケープ)の時間である。

 異変に最初に気付いたのはクロノだった。

 

「不味いぞ! 時の庭園が崩れる、早く逃げないと虚数空間に巻き込まれる!」

 

「はいきました。何故かバトルが終わって決着がついた途端に崩れ始める時の庭園。一種のご都合主義だよね、これ。それとも時の庭園に実はAIがあって、空気読んで根性で持ち堪えてたの?」

 

「なにを意味の分からない事を言ってるんだ! 急いで脱出するぞ!」

 

「脱出? どうやって?」

 

「そんなの魔法に決まって――――ハッ!」

 

 そこでクロノは絶望的現状に気が付いてしまった。クロノ含めなのはとフェイトは魔力を枯渇して、とてもではないが飛行魔法や身体強化など使えなくなっている。しかも戦闘のダメージのせいで走ることすら儘ならない。

 こんな状況で麻酔銃で動けないプレシアも一緒に、時の庭園から脱出できるか否か――――そんなものは計算するまでもなく、可能性は限りなく0%である。

 脱出するよりも早く、刻一刻と崩れ落ちていく時の庭園諸共に虚数空間に呑まれてしまうだろう。

 

「くっ! 一体どうすれば……」

 

「ま、落ち着きなって。急いでる時は徒歩よりタクシーだぜ」

 

「タクシー!? ここにどうやってタクシーが来るんだ! 屋内をタクシーが走れるはずないだろう!」

 

「あるさ。ほら、丁度二台タクシーが迎えにきた」

 

「なのはーっ!」

 

「フェイト、無事かい!」

 

「ユーノくん!」

 

「アルフ!」

 

 ドゥルークのいうタクシーとはユーノとアルフのことだった。

 庭園の支配者であるプレシアが倒れたことで、傀儡兵も停止したのだろう。それと同時に庭園が崩壊していくのを感じ、慌てて駆け付けたというところか。

 ともあれ二人が来てくれたことは、なのは達三人にとって地獄に仏だった。

 魔法がなければ絶望的だった時間も、魔法の使える二人がいるのならば十分間に合う時間である。

 ユーノがクロノとプレシアの二人を抱え、アルフがフェイトとなのはの二人を乗せ―――――さぁ、脱出というところで、なのはは気付いた。

 

「ドゥルーク! なにしてるの? 早く脱出しないと――――」

 

 脱出するなのは達を後目に、ドゥルークは呑気にスマホなどを操作している。

 この瞬間にも庭園の崩壊は進んでおり、ドゥルークの足元は今にも消滅してしまいそうだったが、そんなことはお構いなしだ

 

「ん? 僕はちょっと次話分の編集で忙しいんだよ。このssの作者は性格捻くれてるから、放っておくとエグい展開挟むからこっそり内容弄ってるのさ。

 だから僕のことは放って脱出してな。僕はここに残るから。具体的に言うとサヨナラってことさ」

 

「ふざけないでよ! 友達を置いて逃げるなんて出来るはずないの!」

 

「分かってるだろう? なのは、君はもう僕と決別したんだぜ」

 

「――――!」

 

 フェイトとの決戦直前、なのはははっきりとドゥルークから差し出された都合の良い手を拒絶して、自分一人で厳しい戦いへと挑んだ。

 真っ直ぐに現在を生きる、小さな……けれど大切な勇気。

 なのはは意識してはいなかっただろう。けれどあの時に高町なのははドゥルークという補助輪を自ら断ち切り、一人の力で現実へ漕ぎ出したのだ。

 そしてプレシアに現実を突き付けられたなのはは、今度は確固たる意志の下で独り立ちを果たしたのである。

 であればもはやドゥルークなんて都合の良い友達は、高町なのはに必要はないだろう。

 

「アリサとすずかの二人組と出会い、フェイト・テスタロッサと戦い――――高町なのはは強くなった。でも僕といれば、高町なのはは弱くなる。

 子供のようにただ都合の良い現実を求めるだけじゃ、大切な友達を失うだけだぜ。友達は大事にしろよ。僕みたいな妄想男子と仲良く喋っちゃうような電波少女と向き合ってくれる友達なんて滅多にいないんだから」

 

「そんなこと関係ないよ! 必要とか不必要だとか!」

 

 孤独という不安で膝を抱えていた時に『始まり』をくれたのはドゥルークだ。

 妄想だろうと何だろうとドゥルークは高町なのはにとって最初の友達で、掛け替えのない大切な人だ。

 それを折角こうして現実に現れてくれたのに、置き去りにするなんて出来ない。

 ありのままの気持ちを伝えたなのはに、ドゥルークは微笑む。

 

「思い出せよ。最初に出逢った時、僕はなんて言った?」

 

「え? えーと……」

 

「〝末短くお忘れを〟」

 

「っ!」

 

 それは高町なのはとドゥルークとの間に結ばれた、二人だけの約束。

 契約は履行された。約束は達成された。ならば営業悪魔(メフィストフェレス)は、地獄へ帰るが道理であろう。

 

「僕の生き方に水差さないでくれよ、友達(なのは)

 

 高町なのはにとって都合の良い友達(ドゥルーク)は、高町なのはの意思に逆らって虚数空間へ向かって歩いていく。

 なのはは思わず手を伸ばして、途中で止めた。引き留めてはいけない、そう思った。

 

「お別れ、なんだね」

 

「ああ」

 

「もう二度と会えないんだね」

 

「ああ、もう僕は君の人生に関わらない」

 

「なら謝らせて、ごめん。ドゥルークのことを忘れることは出来ないよ。ドゥルークが忘れてもずっと覚えてる、ずっとずっとお母さんになってもお婆ちゃんになっても覚えてる。だから最後にこれだけ言わせて」

 

 これが最後だというのならば、高町なのはは万感の思いを込めて。

 

「ありがとう、ドゥルーク」

 

 初めて出会った時の友達(ドゥルーク)のように笑って、高町なのはは感謝の言葉を告げ、友達の名前を呼んだ。

 庭園が強く揺れ、なのはが一瞬だけ視線を逸らしてしまう。

 

「まったく契約違反とは酷い友達だ」

 

 だがそれも悪くない。だって本当の友達は〝契約〟ではなく〝友情〟によってこそ繋がるべきものであるから。

 抱き止める様に両腕を広げ、ベッドで寝入るように虚数空間へと身を投げ出す。

 

「ドゥルーク!!」

 

 心が決壊したなのはが溜まらず駆けだすのを、現実で得た彼女の友達が必死に押し留める。なのは達の側には自分達がいるから心配するな、ドゥルークには彼等がそう言っているように思えた。

 もう思い残した事は何もない。ドゥルークは妄想の体に宿った確かな本物の温かさを感じながら、虚数空間の果てへと消えていった。


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