最低不審者ドゥルーク   作:RYUZEN

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第XI話 友達さ

 真実とは抜き身の刃物のようなもの。正しいが故に反論を許さず、心を傷つける。

 空から風は消え、暗雲が天より星を覆い隠し、腕は光を喪失し、少女の胸にある不屈の心は砕けた。

 フェイト・テスタロッサが母からの拒絶により折れたように、高町なのはもまた現実に屈した。

 

「なのは!」

 

 崩れ落ちるなのはを間一髪で抱きとめるフェイト。しかし未来を真っ直ぐ見据えていた輝いた瞳は、明かりが消えたように暗くなっていた。

 

「フフフフフ。才能は一級でも精神は三級ね。魔導師の先達として忠告するなら、夢が見たいのなら遊園地へでも行っていれば良かったのよ。尤もその様子じゃ私の声なんて聞こえてはいないだろうけど」

 

 プレシアは見下しきった目でなのはを嘲笑するが、それは少しばかり厳し過ぎるというものだろう。

 なのはの心は決して弱くはない。ドゥルークという妄想の『友達』を作り出し依存したが、それは当時なのはの心が最も弱い時期に孤独を経験した故のこと。

 小学生に上がりアリサとすずかという現実の掛け替えのない友達を得てからは、ドゥルークが現れる頻度もかなり減っていた。プレシアが現実を突きつけずとも、恐らく中学生へ進級する前には、ドゥルークという非現実はなのはの中から自然消滅していただろう。

 他者の不幸を自分の事のように共感できる責任感、土壇場での度胸、敗北しても即座に立ち上がる気力。九歳という年齢から考えれば、高町なのはの精神力は寧ろ高過ぎる程だ。

 だが現実という劇薬は、そんな精神を砕くに十分な毒性を秘めていた。これはそれだけのことである。

 

「けど好都合だわ。終わらせましょうか」

 

 プレシアの杖の先端に集まっていく魔力。アースラへの次元跳躍魔法とは異なり、非殺傷設定なのは眠るアリシアの前で人を殺したくないという親心か。或はなのはのような子供を殺すほどに外道に堕ちきってはいない証左か。

 どちらにせよ雷は放たれた。空間を焼き払いながら雷はなのはへ魔手を伸ばしていく。

 

『Photon Lancer』

 

 雷を薙ぎ払ったのは同じ雷。なのはを守る様に前へ出たフェイトが、バルディッシュの一閃で母の悪意を切り裂いた。

 

「退きなさいフェイト。邪魔よ」

 

 鬼の視線がフェイトを射貫く。もしなのはと出会う前のフェイトであれば、母がそう命じれば申し訳なさそうに俯きながら従っただろう。

 しかし母と本当に向き合う覚悟を決めたフェイトは、もはや盲目ではなかった。

 

「ごめんなさい。でも例え母さんの言うことでも、傷つけるわけにはいかないから」

 

「……そう。なら纏めて消えるといいわ!」

 

 重病人のプレシアは魔法を発動させる事に、リンカーコアが刺激され地獄の苦痛を味わう。常人なら念話ですら使うことは厳しいだろう。

 だがプレシアのアリシアへの愛情は痛みすら捻じ伏せていた。プレシアの背後に無数の雷槍が生成され、それらが猟犬のようにフェイトへ殺到していく。

 

「――――くっ!」

 

 母の攻撃に対して、フェイトがとったのは防御。ありったけの魔力で障壁を展開して、雷槍を受け止める。

 雷槍が障壁にぶつかる度に衝撃がフェイトへと伝わり、痛みに耐える様に歯を食いしばった。

 

「愚かね、馬鹿正直に防ぐだなんて。躱せばいいものを」

 

 なのはの武器が鬼のような防御力と圧倒的砲撃にあるならば、フェイトの最大の武器は雷に匹敵する鋭い速度だ。プレシアの言う通り真正面からバリアで防ぐなんて、愚策もいいところである。

 けれどフェイトの背中にはなのはがいた。そのため回避という選択肢は、最初からフェイトにありはしなかったのである。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 気魄でプレシアの雷撃を耐えきったフェイトは、痺れの残る右手をゆっくりと下ろす。

 プレシアの攻撃を防いだ代償は大きかった。この右手の痺れは当分の間は回復しないだろう。長くとも今日一日、早くともこの戦いの最中には。

 

「フェイト、ちゃん……?」

 

 だがフェイトの行為は決して無駄ではなかった。命懸けのフェイトの行動は、暗闇の世界にいるなのはにも届いたのである。

 フェイトを見上げるなのはの瞳には、ほんの微かな明かりがあった。

 

「今度は私が……戦う、番だから。だからそこで見てて……」

 

 こんな自分でも母と向き合う為にもう一度立ち上がることが出来たのだ。

 なら彼女ならきっと同じように立ち上がれるはずだ。しゃんとして冷たい現実とも、向き合える。

 

「しつこいわよ! いい加減に退きなさい、退けと言っているでしょうフェイト! 私は取り戻す。私とアリシアの……過去と未来を! 取り戻すの…こんな筈じゃなかった・・・世界の全てを――ッ!

 そこにフェイト、貴女の居場所なんてないわ。さっさと私の前から消えなさい、目障りよ!」

 

 このままでは埒が明かないと痺れをきらしたプレシアは、自分の肉体にかかる負荷を度外視して、AAAランク級の雷撃魔法を放った。

 普段のフェイトならまだしも消耗しきったフェイトでは防ぐことも躱すことも不可能な魔法。なまじ娘であるだけ自分が逃れようのない袋小路にいることを悟ったフェイトはしかし、尚も諦めずに再び障壁を展開した。

 拮抗はほんの数秒。プレシアの紫電は数秒でフェイトの盾を喰らい尽くした。―――――しかしその数秒が明暗を分ける。

 

『Blaze Cannon』

 

 庭園の壁を突き破ってきた青い魔力光が雷を相殺する。

 純粋な破壊力ではなく、病状の身であるが故に構成が甘くなった部分を的確に穿つことで、術式そのものを乱す正確無比な砲撃。これほどの神業をやってのけるのは、この庭園に一人しかいなかった。

 頭から血を流しながらも、瓦礫を踏み越え現れたのはクロノ・ハラオウン。自分の役目たる駆動炉の停止をやり終え、この場に駆け付けたのだ。

 

「世界は、いつだって………こんなはずじゃないことばっかりだよ!!」

 

「ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ! こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ!!

 だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい権利はどこの誰にもありはしない!!」

 

 なのはもフェイトも知らぬことだが、クロノもプレシアと同じように運命の理不尽によって大切な人を失っている。謂わば同じ痛みを知る者だ。

 それ故の悲痛な叫びは刃となってプレシアに突き刺さるも、娘への愛情で魂を鋼鉄と化したプレシアにはビクともしなかった。

 

「次から次へと……蛆は沸くものね。死になさい」

 

 見下しながらもプレシアは、クロノがなのはやフェイトとは格が違う実力者であると一目で見抜いたのだろう。

 そして残り時間も少ないことを悟っていたプレシアは、初手より盤上の一切合財を捻じ伏せる最大出力の魔法を実行する。

 

「光が四方から!? なんて馬鹿げた量の魔力を……っ! フェイト、なのはを連れて逃げろ! 僕が、どうにか!」

 

 プレシアの命すら燃料とした大魔法はランクにしてSS、下手すれば前人未到のSSSランクに迫るほどだった。ここまで規模が大きいともはや術式云々の工夫でどうこう出来る次元ではない。圧倒的パワーにはパワーで対抗するしか方法がなかった。

 クロノは自分自身の魔力を根こそぎデバイスに注ぎ込んで、砲撃魔法たるブレイズカノンをぶっ放す。

 

「終わりよ、これで」

 

 だがそれでもプレシアの大魔法には到底届かない。物質を消滅させながら突き進む巨大なプラズマ砲には、クロノの全身全霊の一撃すら僅かな時間、進行を押しとどめるのが精一杯だった。

 それでもその間にフェイトがなのはを連れて逃げてくれればそれでいい。そう思い振り返ったクロノは仰天した。

 

「フェイト、聞いてなかったのか! どうして逃げてない!」

 

「ごめんね。でも向き合うって決めたから……っ!」

 

 クロノの砲撃に加勢するように、フェイトも残る全魔力を注ぎ込んでの砲撃魔法をぶっ放した。青い魔力光に黄色い魔力光が重なって、それが破滅の巨光を更に押し留めた。

 しかし二人掛かりの砲撃でも、まだ後一歩プレシアには届かない。この劣勢を覆すにはもう一手が、とっておきのエースカードが必要だ。

 

「ありがとね。フェイトちゃん、クロノ君。もう、大丈夫だから」

 

 だから白い少女の声は、クロノとフェイトにとって福音にも等しかった。

 フェイトが振り返れば、そこには嘗てのように『不屈の心』を瞳に宿した少女が立っている。残酷な現実を直視しながらも、目を逸らさずに。

 高町なのはにとってドゥルークは『人生最初の友達』だった。人からはただの妄想だろうと笑われるかもしれないが、それでも掛け替えのない友達だったのだ。

 その友達はもういない。夢の住人であるドゥルークは、なのはが夢から覚まされたことで消えてしまった。

 けれど夢の中の都合の良い友達がいなくなってしまっても、高町なのははこの〝現実〟で得た掛け替えのない友達がいる。

 アリサやすずか、それにまだ友達になりきれていないけれどフェイトだって。

 だったらいつまでも終わった夢を引きずっていないで、現実と向き合わなければ。

 

「いくよ! レイジングハート!」

 

『All right, my master』

 

「ディバイン……バスター!!」

 

 青と黄に交わる桃色の巨光。三つの色が重なり合った輝きは、プレシアの滅びの光を押し留め……否、押し返していった。

 なのはも、フェイトも、クロノも。三人全員が『いける』と勝利を確信した時。

 プレシアの背後のジュエルシードが鈍く輝いた。

 

「……え?」

 

 瞬間。均衡は一気に崩れ去る

 爆発的に威力を跳ね上げた滅びの巨光は、束ねられた三つの輝きを駆逐すると、三人の若き魔導師を吹っ飛ばした。

 

「まさ…か……ジュエルシードの魔力を、加えた……のか……そんな、馬鹿な……こんなのことが、」

 

「出来る筈ないと? 侮ったわね、執務官。私がアリシアのために、どれだけジュエルシードについて研究を重ねたと思っているの。ジュエルシードが持つ人知を超えた魔力を制御する術式くらいちゃんと構築済みよ」

 

「っ!」

 

 ジュエルシードはたった一個の思念体すら並みの魔導師を上回るパワーを持っている。

 そんなジュエルシードが九個あって、しかも並外れた精神力をもつ高ランク魔導師に完全に制御されたとしたら、その力は人間を超えて神の領域にすら届くだろう。

 なのは、フェイト、クロノの三人の砲撃は人間としての極限域ではあったが、神には届かなかった。であれば敗北は必定というものである。

 

「うぅ……」

 

 砲撃に文字通り全魔力を注ぎ込んでいたなのはは、もはやバリアジャケットを維持するだけの余力すら失い、時の庭園に無防備な体を横たわらせる。

 魔導師としての経験値が長いフェイトとクロノはバリアジャケットこそ解除されていないものの、もはや戦闘継続は不可能だった。

 

「……これで、もう本当におしまいね」

 

 倒れるなのはの下へプレシアがゆっくりと近づいてくる。

 逃げたくてももはや立ち上がる体力すら残っておらず、足は棒のように動かない。それでも藁をも掴む思いで、なんとか動く手を動かし、なにか武器になるものはないかと探る。

 が、そんなものが都合よく見つかるはずもない。なのはが手にとったのはウェストポーチに入っていたガムだった。

 

(あぁ、このガム)

 

 見覚えがあるガムだと思ったら、いつだったか映画館のお土産としてドゥルークが買ってきたガムだった。なのはも一枚だけ分けて貰ったのでよく覚えている。

 といってもドゥルークはなのはの妄想が生み出した存在。このガムもなのはが自分で購入したのを、ドゥルークが買ってきたものと都合よく記憶を改竄したに過ぎない。ドゥルークがポケットにいれたはずのガムがこうして自分のウェストポーチに入っているのが良い証拠だ。

 

(あれ……? ちょっと待って、それって……?)

 

 繋がる。プレシアがどうしてアルハザードへの旅立ちを遅らせてまで、高町なのはへ攻撃を仕掛けたのかが。

 ドゥルークがポケットの中にしまったと記憶改竄したものは、実際には高町なのはのウェストポーチへしまわれていた。

 ということは、である。一縷の望みをかけてウェストポーチの中を探ると――――果たして、願いを叶える青石(ジュエルシード)は、運命のように高町なのはを待っていた。

 

〝友達が欲しい〟

 

 幼い頃の高町なのはが願った細やかな、けれど切実な願い。

 真理を突き抜けるほどの、切なる祈りは受諾された。此処に少女の夢想は、現実世界へと流れ出す。

 

「やぁ、お嬢ちゃん。十年来の親友に絶交告げられたニートみたいな顔して何やってるんだい?」

 

 趣味の悪い青いスーツに、これまた趣味の悪い髑髏柄のネクタイ。覗き込むようなグリーンの瞳は猫のように爛々と光っている。年齢は……良く分からない。十代のようにも見えるし、二十代のようでもあるし、三十代のようにも思える。もし口を真一文字に閉じてさえいれば二枚目と断言できた悪魔的美貌の持ち主だが、おどけたように緩んだ口元と軽そうな雰囲気が外見的魅力を完全に相殺していた。

 フェイトもクロノもプレシアも、初めて見るその男に困惑を隠せない。だが高町なのはだけは知っていた。その男の正体を。

 

「延長12回裏、3点差、ツーアウト満塁。一打サヨナラのチャンスで打席には主人公(エース)に代わり代打(ジョーカー)

 

「何なの、貴方……? ジュエルシードの思念体? それともそこの白い魔導師の仲間?」

 

「どっちも不正解だよ。ボカァそんなもんじゃあないね」

 

「なら、なんだというの……?」

 

 男は高町なのはを守る様に前に立つと、おどけたように言った。

 

友達(ドゥルーク)さ」

 


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