最低不審者ドゥルーク   作:RYUZEN

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第1話 それは最低の不審者なの?

 高町なのはが人生最初の〝友達〟と出会ったのは、まだ小学校に入学する前のことだった。

 小学千年生になった今になっても忘れられない。あの頃の自分を占めていた感情はひたすらの孤独感だった。

 切っ掛けは父・高町士郎がボディーガードの仕事中に重傷を負い生死の境を彷徨う大怪我を負ったことである。といっても別に父親が入院したことが孤独感に苛まれた直接の原因だった訳ではない。父が大怪我を負ったのは勿論悲しかったが、自分には母と年の離れた兄姉(きょうだい)がいた。父が入院によって家からいなくなっても、もし母や兄姉が近くにいれば寂しさは感じても孤独感はなかっただろう。

 ここまで言えばもう察しがつくかもしれないが、要するに高町なのはが孤独感を味わったのは、父ばかりでなく母と兄姉も近くからいなくなってしまったからなのだ。

 父親が意識不明で重態というのは、精神的のみならず経済的にも大打撃である。

 幸いにして高町家は喫茶店『翠屋』を営んでいたため、いきなり収入が途絶えるというような事は起きなかった。

 それでも父親の収入がなくなることによるダメージは大きい。父・士郎の入院費用に三人の子供の養育費。金は幾らあっても足らないのだ。

 母が仕事で家を留守にする時間が長くなり、兄と姉もそんな母を支えるため懸命に頑張っていた。今思えばこの時の母は『想像もしたくない万が一の事態』すら覚悟していたのかもしれない。

 だが嬉しい事に母の心配は杞憂で終わった。重態だった父が意識を取り戻し、程なく退院したのである。

 後遺症でボディーガードの仕事を続ける事は難しくなったが、そんなことは父が助かったという事実と比べればとるにたらない些事である。

 父・士郎はボディーガードを引退して喫茶店経営に専念。収入は減ったが家族と過ごす時間は増えて、命の危険もなくなった。突然の試練が襲い掛かったものの家族が一致団結して乗り越えて、幸せな日常を取り戻すことが出来ました。めでたしめでたし…………と、終えられただろう。もしも高町家が四人家族だったならば、だが。

 父が入院して、母と兄姉(きょうだい)もいない家で、高町なのはは孤独だった。

 誰が悪いという訳でもないだろう。あの時は家族全員が必死だったのである。まだ幼い子供に必要最低限しか構えなくなるのも仕方のないことだ。

 だから寂しくても我儘は言えなかった。母も兄姉も父が入院して大変なのに、何もできない自分が『構って欲しい』だなんて言うのは迷惑だろう。

 もし小学生ならば同級生の家に電話するなりして孤独を紛らわす事が出来たのかもしれないが、生憎と幼稚園児ではそうはいかない。

 友達の代わりに孤独を紛らわしてくれたのは読書やPCだった。特に読めば終わりの本と違って、無限大の情報が飛び交うネットの海へ繋げるPCは恰好のアイテムだったといえるだろう。

 だが気を紛らわすにも限界がある。どうしても孤独感に耐え切れなくなった時、決まってするのは近所の公園に行く事だった。

 理由は分からない。きっと特に意味なんてなかったのだろう。

 だからその日もいつもと同じように公園で黄昏れて、夕暮れ時に帰る……筈だったのだ。

 

「やぁ、お嬢ちゃん。リストラ喰らって意気消沈中のサラリーマンみたいな顔して何やってるんだい?」

 

 高町なのはの孤独を埋めてくれる人は、本当に突然に――――まるで別世界からやって来たようなタイミングで現れた。

 趣味の悪い青いスーツに、これまた趣味の悪い髑髏柄のネクタイ。覗き込むようなグリーンの瞳は猫のように爛々と光っている。年齢は……良く分からない。十代のようにも見えるし、二十代のようでもあるし、三十代のようにも思える。もし口を真一文字に閉じてさえいれば二枚目と断言できた悪魔的美貌の持ち主だが、おどけたように緩んだ口元と軽そうな雰囲気が外見的魅力を完全に相殺していた。

 

「貴方は――――」

 

 明らかな不審者だ。きっと十人に聞けば十人がそう断言するだろう。

 世の子供達と同じく自分もまた親から『知らない人に声をかけられたら気をつけなさい』というような注意はされていた。なので両親が望む『良い子』として行動するなら、ここは謝るなりなんなりしてその場を退散するべきなのだろう。

 だが何故か当時の自分はそうはしなかった。これはもう理屈では説明できないだろうし共感も得られないだろうが、何故か自分はこの初対面の不審者に対して安心感すら抱いていたのである。

 

「誰……ですか?」

 

 何て応えようか。そう十秒ほど迷った挙句に口から出てきたのは、そんな当り障りのない問いかけだった。

 彼は暫し頭を捻ると、

 

「ニートさ!」

 

「!?」

 

「中学生の時から不登校になり、高校も行かなければ定職にもつかずバイトもせず、生活保護と親の年金で生活しながら、ほぼ一日中ネットサーフィンして過ごしているよ! 将来の夢はラノベ作家かな!」

 

 爽やかな顔して、とんでもないことを言い放った。

 

「な……い、幾らなんでもそれはちょっと酷すぎるの!」

 

「じゃあこういうのはどうだい? 僕は大企業の社長の息子で、なんやかんやで有り余るほどの遺産を相続した高等遊民。これなら同じニートでも上等そうだ」

 

「…………お金はあっても、やっぱり仕事はしていた方がいいと思います」

 

「なら神様転生して最強能力貰ったオリ主とか?」

 

「真面目に答えて下さい」

 

「んー、そんなに僕のオリジンが知りたいって?」

 

「そういうわけじゃ、ないですけど」

 

「オーケーオーケー。なら音楽家志望のフリーターということで手をうとう。これなら文句はないだろう?」

 

「あの。結局なにがなんだか分からないの」

 

「頭がこんがらがったんならば、大人の癖に自由時間がたっぷりある暇人程度に認識してくれればOKだよ。別に僕が仕事をしているとかいないとか重要でもなければ伏線でもない。

 君だって背景に映ってるようなモブキャラの好きな食べ物とか知ったって面白くもなんともないだろう。ストーリーの流れにまったく関与しない情報なんて態々設定しなくてもなんとかなるものさ。

 だからPCの画面でこのssを見ているお前等も気にしないでスルーしてノープロブレム! 男にプライバシー詮索されて興奮する変態じゃないから僕。

 例外は女の子! 特に爆乳でパツキンな女の子いたら連絡してチョーダイ! これ僕の電話番号ね」

 

「読者……?」

 

 まったく訳の分からない事を、何もない方向に向かって一方的に喋りながら、男は素早くメモ帳に電話番号を書いて貼り付ける。

 どうでもいいが何もない空中に紙を『貼り付ける』なんて地味にマリックもびっくりな超魔術だ。

 

「ごめんなさい。なにを言ってるのか分からないんですけど」

 

「そのまんまだぜぃ、リトルデビルン。読者っていったら読者。この二次創作を見ている読者のことさ。

 ボカァね。凄い魔力でコズミックとか根源とか太極とか集合無意識的なアレとどうたらこーたらしてあーたらこーたらな設定になってるんだぜぃ。

 見えてる以上、僕としては作者の前作は超えたいわけで。ここは一つこの二次創作の主人公として読者にアピールしておかないといけないじゃん。ついでに僕好みのおにゃのこ釣れたら大勝利ってね」

 

(もしかして、この人は危ない人なの?)

 

 正体不明の安心感で緩和されていたが、ここまで支離滅裂な言動を間近で見ると、流石に危機感を覚え始めた。だが、

 

「ノーノーノーノー。ボカァ確かにデンジャラスでクールなハンサムだけど、君に対してだけはいつでも良い人さ」

 

「!?」

 

 自分が心の中で思ったことを見透かされ戦慄する。

 

「どうして私が思ったことを?」

 

「だって書いてあったじゃん。()の中に」

 

「………………」

 

 おどけたように言う不審者に、聞いてもまともな回答は得られないとなのはは幼いながらに悟った。考えても仕方のないことだし、この不審者の言動については話半分で聞き流した方が良いだろう。

 この数分間足らずの会話でこの不審者(仮名)が如何に常識の通用しない男かを理解したなのはは結論した。

 

「話を最初に戻すけど――――」

 

 不審者は緩んだ空気を引き締めるように固い口調で、

 

「君はなにをしてるんだい?」

 

 最初の疑問を口にした。

 もし同じ事を聞いてきたのが普通の大人であれば、自分はきっと『良い子』らしい返答をしただろう。ただ相手が漫画のコメディリリーフのような不審者だったせいで、変な反抗心からなのはは挑戦するように。

 

「……さっき私の心を読んだみたいに、なんでも分かるんじゃないんですか?」

 

 もしかしたら父が事故に合ってから子供を我慢し続けてきた高町なのはにとって、それは本当に久しぶりの子供らしい反応かもしれなかった。

 

「そりゃアニメは無印からstsまで見たし知ってるに決まってるじゃん。だけど台本的に僕がこう聞かないと展開が進まないんだよねぇ。って、さっきから僕が第四の壁ブレイクしまくった台詞フリーダムにくっちゃべってるからプロット滅茶苦茶なんだけどね。

 というわけで先を続けよう。ちなみにこの二次創作の正しい流れは俺の問いかけに対して、なのはちゃんが『おとーさんが……』から長々と現在の境遇を喋るって具合だ」

 

 ツッコミたい。どうして自己紹介もしていないのに自分の名前を知っているのだとか、アニメやら無印やらstsやら数々のツッコミ所が気になって仕方がない。

 だがこの不審者に理屈だとか常識なんてものを求めるのは無駄だと理解したばかり。なのはは不屈の心でツッコミ欲を抑え込んだ。

 

「うーん、けどハーメルンの読者層的にそんな原作主人公の分かり切った身の上話とか退屈だろうし、僕も他人の不幸話とか白けて寝るだけだしカットしよう」

 

 自分勝手な理論で定まっていった展開を平然と踏み躙る不審者。

 しかしカットするのは百歩譲っていいとしても、それだとカットした分の余った尺がどうするのかという問題が発生するのではないだろうか。

 

「ハーメルンの一話の最低文字数推奨は2500字だからいいのさ。足りなくなってもちゃ~んと2500字以上になるよう調整しとくから。テキトーな話で!」

 

 物語の本編と関係ない無駄話を長々とされても、読者だって困るだろう。ガンダムの話をしている所にマクロスをぶちこまれるようなものだ。

 本筋に関わる話とはいかないまでも、ちゃんと本編に連なる話で空白は埋めるべきではないだろうか。

 

「五月蠅いぞアホ。この二次創作ssの主人公は僕なんだぜぃ。僕の好きなようにやるさ」

 

「……あの。さっきから誰と話してるんですか?」

 

「地の文だよ。挿絵すらない二次創作ssにおいて僕が如何にセクシーなのかを唯一表現してくれるナイスガイだ。なのはも適当に媚び売っといたほうがいい。そうすれば『天使のような可愛さ』とか表現してくれるかも」

 

「結構です」

 

 不審者の悪魔の誘いを、なのははばっさり切り捨てる。そも然り。未来の魔王にたかだか一介の悪魔風情の甘言が通じる筈がないのだ。

 そもそも媚びを売るまでもなく、なのはの可愛さは天使である。

 

「しゃあないね。じゃあテキトーにジョジョで最強のスタンドについて議論して穴埋めを――――」

 

「待ってください!」

 

「ん?」

 

「それよりも……その……名前を、」

 

「名前?」

 

「名前を、教えてください。なのはの名前だけ知ってて、私は知らないのはずるい……と、思います」

 

「尤もな意見だ。では改めて」

 

 少女とはいえ女性の名前を一方的に知っておきながら、自らの名前は伏せるなど紳士のすることではない。

 この不審者は別に紳士ではないが、少なくとも高町なのはに対しては〝真摯〟であろうと心掛けていた。

 故に男は名乗る。己を証明する名前を。

 

「ドゥルーク。僕の名前はドゥルーク。末短くお忘れを。君の――――〝友達〟になる男だ」

 

 そう言って男は悪魔のように微笑んだ。




主人公が最低過ぎるので更新は5日に一回になると思います。

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