転生したけど、手に入れたスキルが自由すぎて困ってます 作:低蓮
──オレは、負けられぬ。
魔王となったゲルドには、一種の矜持のようなそんな思いがあった。
──オレは、同胞を喰らった。様々なものと一緒に。だが、まだ満たされぬ。だから、まだ喰らうのだ。
常に飢える状況。ゲルドの支配下にあるオーク達もまた、似たように飢えている。
それは、弱肉強食のこの世界において何ら不思議なことではない。
弱いものは飢え、そして淘汰されていくのだ。
──認めぬ……ッ!
だが、弱きものにも弱きものなりの矜持が、意思がある。
大人しく淘汰されるのをよしとするほど、彼等は己を見失っていなかった。
だから、力の強い餌を前に狂喜した。
倒すべき敵を見て、己を鼓舞した。
倒せば、力が手に入る。その力でもって、更なる餌を喰らうのだと。
──なんなのだ、
だから、ゲルドは目の前の存在が理解できなかった。
さっきまでは、確かになんの力もなかったはずだ。
だから、敵を倒すべく己の糧としようとしたのだ。
多少なりとも、力が増えるだろうと思って。
だが此は……
──敵……いや、脅威……ッ!
そう、敵などという言葉は生ぬるい。
脅威という言葉ですら、何かが足りない。
仮にこの場にある餌を全て喰らったとしても、尚勝てる気すら起きぬほどの圧倒的な力の差。
何故、こんな少女が、などという考えは無駄でしかない。この世界において、姿とは力を表すものではないのだから。
ゲルドは絶望する。
勝てるはずがない、と。
こんな化け物相手に、戦えるはずが──
「──違ウ」
一瞬浮かびかけた思考を振り払うように、ゲルドは呟いた。
対面で、少女の皮を被った化け物が「えっ?」などと間抜けな声を漏らしていたが、ゲルドは気にもとめなかった。
そう、違う。
勝つか、勝たないかではないのだ。
同胞すら喰らい、他者を糧とした自分は。
罪深きオレは。
「──
そう、勝つために咆吼する。
途端、力が漲る。
勝て、そう言われた気がして、ゲルドは一層力強く吼え猛った。
「喰らい付け!
先程までとは違い、より濃く、より力強い魔力弾を放つ。
触れた瞬間になにものも溶かし喰らうほどの攻撃を前に、しかし目の前の脅威は逃げようとしない。
不思議に思ったが、手を緩めることはしなかった。
ならば、正面から堂々とたたきつぶしてやる!
そう意気込んで、より力を入れ。
不意に、脅威が動く。
それは、たった一瞬。体を揺らしただけのような、それだけの動作。
だというのに、その一瞬で目の前の脅威は、全ての魔力弾を切り捨ててみせたのだ。
まさか、とゲルドは己が目を疑った。
だが、同時にほくそ笑む。
これは、先程の焼き回し。腐食の効果を持った魔力弾を切ったのだ。ならば、奴の刀はなまくら同然。
「今度こそ、喰らってやる!」
奴が何処から代わりの武器を出したのか、それは分からない。
だが、今度は邪魔する奴は居ない。ならば、代わりの武器を出す前に片を付ける!
腐食の
脅威が刀を構え直すが、そんななまくらで何が出来る!
そうあざ笑ったゲルドは、ふと脅威が持つ刀の輝きに違和感を覚える。
それは、全く褪せずに輝いており、まるで打ち立てのような……
──腐食、していない……?!
驚愕するのと、腕の先の感覚がなくなるのはほぼ同時だった。
見ればいつ振るったのか、脅威のもつ刀が己の腕を切り飛ばしたところだった。
どういう仕掛けか分からない以上、近くに居るのは得策ではない。そう考えれば、ゲルドは一歩後ずさろうと身を引く。
「──ッ?!」
そして、
何が起きた……?! そう混乱し、己の足を確認したゲルドは顔を青ざめさせる。
そこにあるはずの足は、いつ切られたのか無残にも身体から切り離され、地面を転がっていた。
早業、どころの話しではない。腕を切られた感触はあった。だが、足は?
ゲルドは身体が震えるのを感じながらも、再生した腕で何とか後退る。
幸い、斬られても再生しないということはない。
ならば、何も恐れることはないのだ。
──本当に?
ゲルドは自身に問いかける。
本当に、この目の前の化け物に勝てるのか、と。
答えなど、とうに出ていた。しかし、ゲルドはそれを認めようとはせずに再生した足を踏みしめて立ち上がる。
まだだ、相手がいくら化け物だろうと、俺は負けられない。負けてはならない!
手を伸ばす。
瞬時に肩口から切断され、返す刀で右足を切断される。
咄嗟に、斬られていない方の腕でがら空きに見える胴を狙う。
当然のように、斬り飛ばされる。
再生した腕で身体を庇いつつ、押しつぶそうと突進する。
腕ごと身体を切られ、後ろへと弾かれる。
斬られ、再生し。
斬られ、突撃し。
斬られ、地面を転がる。
それを幾度となく繰り返し、いつ果てることなく続く。
永遠にすら思われるその戦いにも、しかし終わりというものが訪れる。
先に根を上げたのは、ゲルドの方。いや、正確にはゲルドの魔素の方だ。
再生するたびに消耗していたゲルドは、遂に満足に再生する余力すらなくなってしまっていた。
「ぐ……ぐあぁ……ッ」
「よ、漸く終わった……いくら何でもタフすぎない? 魔王って全員こんな感じなの?」
息も絶え絶え、と言ったゲルドの横で、言うほど疲れて居なさそうなミクが呆れたように言葉を発する。
それを見たゲルドが、悔しげにうなり声を上げる。
しかし、そんなことは意に介さないミクは、ゲルドに刀を突きつけた状態で考えるような仕草をする。
「どうしよう……勢いでここまで追い詰めたのは良いけど、オークロードってシロガネの仇なんだよね……このまま放置するのは格好悪いし、かと言って……」
当然、ゲルドには何を言っているのか理解できなかった。
だが、目の前の化け物に自分を殺すつもりがないと悟ると、悔しさに歯を食いしばる。
だが、同時にチャンスだとも思った。
最早自分は助からない。この騒ぎの責任を背負って死ねというのなら、従おう。
だが! 同胞達にそれを背負わせる事は出来ない。
背負うのは、俺一人で十分なんだ!
「……強き者よ。どうか、一つだけ約束してもらえないか」
「うん? 約束?」
「そう、約束だ。俺はこの騒ぎを収拾するために、大人しく命を差しだそう。だが、同胞達の命は救ってくれないか。奴らに、罪はない」
「他のオーク達って事かな? うーん、私の一存じゃなんとも言えないけど……私はオークロードを倒してとしか言われてないし、命を取る気はないよ?」
「……そう、か。感謝する」
「……? うん……」
ゲルドは、ほっと安堵の息を吐いた。
これで、同胞の命は救われた。
ならもう、高望みはすまい……
これで、良いのだ。これで……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シロガネは、無表情に男を見下ろしていた。
目の前の、今にも死にそうな深傷を負っている男のことをシロガネはよく知っていた。
かつて、同じ里にて共に研鑽し高めあった、無二の親友。
馬鹿だが、馬鹿故に真っ直ぐな気質で嘘などという器用なことは出来ず、その剣筋も只管愚直。
そんな男が、敵として出てきたときシロガネは深く失望した。
あれだけ真っ直ぐだったのに、何故。何故、醜く曲がってしまったのかと。
故に、シロガネは最後の一刀まで手を抜くなどということはしなかった。
全ての太刀を、全力で振り抜いた。
そして──
「──馬鹿は馬鹿だった、か……」
男が根本の所では何も変わっていなかったことを知って、何処か安堵する自分を感じていた。
最後の、一連の攻防。
本当なら、男はあれを避けられていたはずだった。
それを敢えて正面から受け止める者を……馬鹿以外になんと呼べばいい?
「……貴様、手を抜いたな」
「っは、ばか……言うなよ。俺は、いつ……でも、全力だった、ぜ……」
息も絶え絶えながら、男はそう不敵に笑う。
結局、歪んでしまったのは性格と望のみ。
根本の、深いところでは。男は何処までも真っ直ぐな馬鹿だったのだ。
それに気が付いたシロガネは、ため息を吐きながら男のそばへとしゃがみ込む。
そして、たった一つだけ。男に質問をした。
「……貴様、名は?」
「……ガルムド、と。そう名を、頂い……た」
「ガルムド、か。覚えておこう」
「……お前は、なんて……貰ったんだ……?」
「これから死ぬお前に、教える意味があるのか?」
「おい……堅いこと、言うなよ……めい、どの土産……くらい、いいだ、ろ……?」
「……シロガネ、だ」
「……は、シンプルだな……覚えて、おく……」
「必要ない。忘れてしまえ」
男が苦笑する気配を無視し、シロガネは只そこにしゃがみ続けた。
やがて。
男の呼吸が止まる。そして、だんだんと熱が逃げていく。
暫く、シロガネはそんな男の顔を見続け、やがて腰を持ち上げる。
最早、別れは済ませた。なら、もう居座る理由はないだろう。
男は──ガルムドは、逝った。仇など、存在しなくなった。
ならば、もう向かう場所は一カ所しかなかった。
シロガネは、己が主のもとへ向けて歩みを進めた。
ミクがゲルドを討伐してから、十数分。
未だ奇妙な緊張が残るその場に、シロガネがゆっくりと姿を現す。
ミクの姿を認め、次いでゲルドを見ると、状況を察したように一つ頷いてからミクに近付いた。
「流石主様。オークロードなど、ものの数でもありませんでしたか」
「うーん、かなり苦戦はしたけどね? 斬っても再生するから、大変だったよ……」
どの口が。
その場にいる全員がそう思ったが、それを声に出していった者は居なかった。
「あ、そうだ。シロガネ、オークロードが仇だって言ってたよね。煮るなり焼くなり好きにして良いみたいだよ」
「いえ、私の仇討ちは終わりました。ですから、どうぞ主様のお好きなように」
「あれ? 終わったの? えーっと、なら……リ、リムルさん。どうしよう……」
困ったように、漸く土から這い出してきたリムルにそう問いかけるミク。
一瞬虚を突かれたような顔をしたリムルだったが、すぐに表情を戻すと呆れたような口調で返す。
「いや、そこは俺に聞くところじゃないだろ? 魔王を倒したのは君なんだ、君の好きなようにすれば良い」
「えぇ……好きなようにって言われても。まぁ、いいや……それじゃ、流石に倒してって言われてるのに許すことは出来ないから。覚悟は良い?」
「……あぁ。俺の命一つで済むなら、覚悟などとうに出来ている」
「……そっか。うん、わかった」
静かに目を閉じるゲルドに、ミクは一つ頷くと刀を構える。
心の臓に切っ先を押し当てられる感触を感じながら、ゲルドは己の成したことを思いやり、苦笑する。
我ながら、大それた事を考えたものだ、と。
全ての罪を喰う。そのつもりだったのに、結局何一つとして喰うことは出来なかった。
その身に余る
そんな益体もない事を考えながら、静かに沈められてくる刃の冷たさをじっと受け入れた。
あぁ、冷たい。
俺はきっと、地獄の業火で焼かれるものだと思っていたが、実際はこんなに寒いんだな。
同胞達よ、俺は謝ることはしない。
俺は只、己の成したいことを成そうとしたまでだ。だから、許しを請おうとも思わない。
たが、俺は何も成すことなく果ててしまった。
願わくば、お前達の未来に障害がないよう。
ふ、寒さも大概、悪いものではないかも知れないな……
ゆっくりと身体を包み込んでいく冷たさに、ゲルドはそう強がって笑う。
あぁ、もうすぐだ。もうすぐ迎えが来る。
感覚でそう悟ったゲルドは、いよいよだと身体をこわばらせた。
しかし、ふと有ることに気が付く。
それは……声。
寒さを吹き飛ばしてしまうような、全身を暖かく包み込んでくれる声。
呼んでいるのは、知らない名前で。
しかし、自分が呼ばれているような気がして。
「──俺は」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新しい武器を手に魔王ゲルドと対峙する私に、あちらさんは開幕早々面制圧を仕掛けてきた。
目の前を覆い尽くすのは、威力速度共に向上している先程の魔力弾。
明らかに押しつぶす気が見え見えの攻撃に、内心やるせない気持ちになる。
というか、これどうやって躱せば良いのだろうか。全然避けられる気がしないんだけど。
《残念! ミクの冒険は、ここで終わってしまった!》
縁起でもないこと言わないでくれるかな、「
《冗談だよ。まぁでも、ちょっと危ない状況ではあるね。見た感じ避けられそうにないし》
だ、だよね……。ねぇ、これどうしたら良いかな? 刀振り回したら消せたりしないかな。
《まぁまぁ、落ち着きなよ。折角腐食しない武器を手に入れたんだから、斬って防いでみれば良いんじゃないかな?》
すっごい無茶言われた! ……うん、無理。あれきるとか絶対無理?!
《スペック的には出来るんだけどなぁ……それじゃ、指示するからそれに従って無心で振り抜いてみて。そうすれば感覚で覚えると思うから》
それもかなり無理難題なんだけど! というか、もう前みたいに私の代わりに……
《ぐだぐだ言わない。ほら、構えて!》
うぅ、失敗したら許さないから!
「
初めは半信半疑だったけど、状況に即した的確な指示を聞いているうちに、私もだんだんと何かをつかめてきた。
相手の視線。身体の傾け方。筋肉の膨らみ具合。
目に入る情報を読み取って、相手が次に何をしてくるかを予想する。
気が付いたら、「
《上がったって言うか、元々素質があったのを引き出しただけなんだけどね。いくら何でも、一からやってこんなに早くは上達しないよ》
そうなんだ。でも、私的には強くなった気がするからよしとしよう。
なんとなく嬉しくて、何度も起き上がってくるゲルドを相手に更に鍛えようと、次々と剣撃を繰り出す。
どれくらい経ったか、段々永遠にこれを続けなくちゃいけないのかなとか思い始めてきた頃に、ゲルドの再生のスピードが落ちてきているのに気が付いた。
もう一押し、と斬り飛ばした腕が再生せずにそのままになっているのを見て、私は漸くかとため息を吐いて攻撃の手を止めた。
そのままとどめを刺すことも出来たんだけど、シロガネの事を考えて待つことにした。
別れたときに仇を討ってこい、なんて言ったのに、それを私が邪魔しちゃ悪いもんね。
そんな風にしてシロガネが来るのを待っていたら、ゲルドが苦々しい顔をしながらも私に一つの約束を求めてきた。
他のオークの命は助けてほしいって、自分の命を引き替えに。
元々、他のオークをどうこうするつもりもなかったから、頷いて約束する。
それにしても、仲間の命の救いをこうなんて。魔王ってもっと卑劣なものだと思ってたけど……
シロガネが合流してきたから、ゲルドの処遇をシロガネに一任しようとした。
だけど、シロガネは何かを振り切った表情でそれを辞退すると、私に丸投げしてきた。
困ってリムルさんに聞いても、答えは同じ。
私になんとかしろって言われてもなぁ……
……そうだ。「
《上書き? それは、新しい名前を与えるって事?》
うん。ちょっと思うところがあって。
《ふーん……? まぁ、名付け親が既に死んでいるか、力関係で優位に立ってれば出来るんじゃないかな? 試した事例を知らないから、なんとも言えないけど》
よし、それだけ聞ければ十分。
私はゲルドに向き直ると、心臓に金剛を押し当てる。
それを静かに受け入れるゲルドを見守りつつ、その切っ先を沈めていく。
いくら再生能力が高くても、既に力が尽きかけているのに加え、破壊するのは心の臓。
金剛に刺し貫かれたゲルドは、血を吐き出してゆっくりと倒れ込む。
傷が癒えないことを確認してから、私は少し待ってゲルドの耳元に口を寄せる。
「────」
呟くのは、新たな生を生み出す魔法の言葉。
正直言って、成功するかどうかは半々といったところだ。
死の淵から、対象を呼び戻すことが出来るのかどうか。そもそも成功するのかどうか。
じっと見守る中で、徐々に胸の傷がふさがっていくのが分かった。
うん、よし。なんとか成功したみたいだね。
見る見るうちに傷は癒え、やがて完全にふさがる。
それと同時に、目の前の
「──俺は」
戸惑いと共にこぼれ落ちたその言葉を聞いて、私は静かに言葉を紡いだ。
「お帰り。そして……初めまして?」
あとがきに転生する?
〉Yes
No
ゴ「結局出番なかったっす……」
ガ「であるな。そろそろ読者も我が輩の勇姿を見たい頃合いであろうに」
ゴ「そうっすね。自分の勇姿も見せつけてやりたいっすよ!」
ガ「……」
ゴ「……」
ゴ・ガ「「出番、まだかなぁ……」」
君たちの出番はもうすぐだよ!