三式中戦車が格納庫に入る寸前――
突然、なにかが目の前に飛び出す。
「あぶないなり!」
三式は間一髪で停車。
ももがーが抗議の声を上げる。
「飛び出し厳禁ぞなもし!」
「安全第一ルール厳守ぴよ!」
砲塔内から、ねこにゃーとぴよたんも同調する。
だが、相手はひるまない。
「だれに口をきいているつもり?!」
中央で仁王立ちしているのは、誰あろう、そど子こと園みどり子。
後藤モヨ子と金春希美、そしてなぜかバレー部一年の佐々木あけびが、左右にひかえている。
「学園の風紀は私たちが守る! スーパー風紀委員、華麗に復活よ!!」
そど子が妙なポーズをとりながら叫ぶ。
隣でいっしょにポーズを取りながら、ゴモヨとパゾ美がささやく。
「こういうの、やっぱりよくないよ、そど子」
「一歩間違えれば大事故だよ?」
「あなたたち、どっちの味方!? 角度とか速度とか、ちゃんと計算して立ち位置を決めたから大丈夫なの!」
三式の車体前部で寝ていた冷泉麻子ががばりと跳ね起きる。
「そど子! おまえ、見つかったのか!?」
たしかに。
そど子の腕には、なくしたはずの風紀委員の腕章がある。
だが、色が違う。
ゴモヨとバゾ美の腕章は黒だが、そど子のものだけ色が黄色い。
「備えあれば憂いなし! 生徒指導室に予備の腕章があったのを思いだしたのよ!」
そど子が腕章をひっぱりながら見得を切る。
秋山優花里が戦車の上から尋ねる。
「佐々木さんはなぜいっしょに?」
「えーと、なんだかよくわからないんですけど、つかまっちゃいまして」
あけびが頭をかく。
そど子がふたりのやりとりを無視して言う。
「それよりあなたたち、学園の危機を、どうして風紀委員に知らせないのかしら!?」
「学園の危機?」
「何のことずら?」
三式の内部で、ネトゲチームの面々が顔を見合わせる。
「とぼけてもムダよ。忘れ物に紛失物、盗難に不審物、ハンカチだろうが生徒手帳だろうが、消しゴムだろうが自家用車だろうが、校内でなにかしら物品に関する異常が発生すれば、それはすべからく風紀委員の知るところとなるの! 校内を騒がす連続盗難事件の情報が、われわれの耳に入らないはずがないでしょう!」
「れんぞく?」
「とうなん?」
ネトゲ組の反応は、のれんに腕押し、ぬかにくぎ。
盗難の事実自体を知らなかったのだから、反応のしようがない。
ぬるい反応にいらだったのか、そど子がだめ押しする。
「自動車部からはドリンクバーのクーポン、カバさんチームからは松本さんの制帽、ウサギさんチームからは飼育小屋のウサギ、そしてあんこうチームからはⅣ号戦車! アリクイさんチームも、ももがーさんがいつも付けている眼帯が紛失したことは、すでに調べがついているのよ!」
「いつのまに」優花里が驚く。
「えらそうに。どうせ調べたのはゴモヨやパゾ美だろう」
麻子のつぶやきを、そど子は聞き逃さない。
びっ!と麻子を指さして宣言する。
「冷泉さん、お口にチャック! 戦車という大切かつでっかいものを盗まれたあなたに、発言権はナッシングなの!」
麻子が、同情なんかするんじゃなかったと言いたげな、げんなりした表情になる。
「で、それがどうした」
麻子は冷めた口調。
そど子は気にする様子もない。
「戦車を盗んだ犯人の心当たりがあると言ったら満足するかしら、冷泉さん?」
「本当ですか?!」
優花里が身を乗り出す。
「ええ。風紀委員の情報網にかかれば、容疑者を割り出すのなんて朝飯前。お茶の子さいさいよ」
そど子が胸を張る。
ふん、と麻子が鼻を鳴らす。
「それなら、なにをぐずぐずしている。さっさと捕まえに行けばいい」
「ぐずぐずなんてしてない。あなたたちを待っていたの。とくにあなたをね、冷泉さん」
「わたしを?」
麻子が眉をしかめる。
「ええ。風紀委員に協力したあなたを、捕り物に立ち会わせてあげようとおもって」
麻子が、ありがた迷惑だと言いたげな、きわめてげんなりした表情になる。
そど子は、これにもひるまない。
ゴモヨとパゾ美、あけびを先導して三式の砲塔によじのぼり、はつらつと命令する。
「さあ、行くわよ!」
「い、行くって?」
「ぼくたちも……?」
戦車の内部で、アリクイさんチームの三人がとまどう。
「あなたたちだって当事者でしょう。どうせ行くなら早いほうがいいわ」
「でも、戦車にこんな乗り方していいの、そど子?」
「校則違反じゃない?」
「いまは緊急事態。超法規的措置が許されてしかるべきなの。ほら、発進!!」
仲間のとまどいさえ華麗に聞き流して、そど子が号令を発する。
麻子はもう、史上最高にげんなりした表情だ。
#
「なるほど。ドリンクバーのクーポン券が」
自動車部のガレージに向かって歩きながら、河嶋桃はうなずく。
隣で事情を説明しているのは、自動車部の中嶋悟子。
自動車部の三人とバレー部ふたり、歴女四人が、その後にぞろぞろと続く。
「しかし……」
カエサルが首をかしげる。
「クーポン券なんか盗むやつがいるものなのか?」
「にゃにぃ! なんかとはなんだぁ!」
「どう、ツチヤ、どう」
ツチヤが即ギレし、先輩たちからなだめられる。
「だが、窓ガラスが割られたのだろう。器物破損があったなら、それはやはり問題だし、ガレージに侵入した者がいたのなら、ますます問題だ」
桃ちゃんがめずらしく冷静に指摘する。
「クーポン券のために窓ガラスを割るなんて、どう考えても割りにあわないぜよ」
「木の葉を隠すなら森の中という。犯人は、本当に盗みたいものがほかにあって、こちらの捜査を攪乱するためにクーポン券をもっていったのではないか?」
おりょうともんざが推理する。
ナカジマが悩ましげに頭をかく。
「それが、ひととおり調べてみたけど、ほかになくなっているものはないようなんだ」
「窓は高いところにあったんだろう? どちらにせよ、運動が得意な者の犯行だな」
桃ちゃんが決めつける。
バレー部の一年ふたりが抗議する。
「そんな! まだキャプテンを疑っているんですか!?」
「キャプテンの身長じゃ届きません!」
「しかし、バレー部だろう。身長は足りなくてもジャンプ力があるはずだ」
「キャプテンはセッターです!」
「跳ぶほうじゃなくて、ボールをあげるほうです!!」
桃ちゃんは後ろをふり向いて、一年生ふたりとガチ口論。
そんな桃ちゃんを、横からナカジマがつつく。
うるさそうにはねのけても、まだつつく。
「どうした、ナカジマ」
桃ちゃんがようやく横を見ると、ナカジマは無言で前方を指ししめす。
「なんだ。いったいなにが……」
桃ちゃんが、うろんげに眉をしかめながら前を向く。
そして、言葉を失う。
うさぎチームの一年生五人。
全員が泣いている。
うつむいた少女たちが輪になって、さめざめと涙にくれている。
端的に言って異様な光景である。
輪の外側をめぐって下級生をなぐさめているのは、西住みほと五十鈴華のふたり。
声をかけたり、背中をさすっている様子である。
「どうした、西住。なにがあった」
桃ちゃんが呼びかける。
みほが安堵と怯えをないまぜにした表情でこちらを見る。
「あの、これは」
「こいつらはどうした。おまえが泣かせたのか」
「いえ、そういうわけでは」
一年生たちが、ふらふらとみほから離れ、三々五々に桃ちゃんの体にすがりつく。
「かーしませんぱいー」
「せんぱいが、せんぱいが……」
「なんだ、おい。どうした、おまえたち」
とまどいながらも、下級生から慕われてまんざらでもない桃ちゃんである。
「なんだ西住。おまえらしくもない。下級生を泣かせるなんて感心せんぞ」
「いえ、ですから」
「それともまさか、おまえたちのところでも、なにかなくなったのではあるまいな」
歴女組と自動車部の前例があったからではある。
だが、桃ちゃんの勘、三年に一度くらいのレベルでキレッキレである。
「ん、どうした? なにがなくなったんだ?」
桃ちゃんが、のぞき込むようにしながら猫なで声で尋ねる。
下級生たちが、ぽつりぽつりと言葉を返す。
「たけべせんぱい」
「武部先輩がいなくなっちゃったんです……」
「なに? 武部が紛失したのか??」
意味がわからず、桃ちゃんがあっけにとられる。
そこへ――
「いたわ! あの子たちよ!」
桃ちゃんの背後で、ぎいっと音を立てて戦車が停車する。
止まったのは、アリクイさんチームの三式中戦車。
園みどり子が、砲塔の上で指をさしている。
「ゆかりさん?」
「西住殿、それに五十鈴殿も」
「あら、冷泉さん。眠っているんですか?」
あんこうチームの面々が再会を喜びあう。
「あけび!」
「忍、妙子! キャプテン見つかった?!」
「それが、それどころじゃなくって」
「大変なことになってるんだよ!」
その背後では、こちらも合流をはたしたバレー部一年が情報交換中。
そど子が尋ねる。
「そこの一年生! 丸山さんはどこにいったの?!」
うさぎチームの五人が、おびえたように身を寄せあう。
河嶋桃が、下級生を守るように前に出る。
「なんだ、園。丸山に何か用か」
「いくつか質問したいことがあります。校内で発生した連続盗難事件について」
そど子が胸を張る。
「どういう意味ですか!」
「紗希が疑われてるってこと?!」
「なにかのまちがいだよ~!」
一年生が口々に抗議する。
だが、そど子はうろたえない。
「容疑者とは言っていません。でも、校外に逃亡したⅣ号戦車に、丸山さんが乗っているのを見たっていう人がいるの」
「確かだろうな」桃ちゃんが眉をしかめる。
「確実です。目撃者は風紀委員ですから」
風紀委員をひとり見かけたら百人はいると思え――
大洗の一般生徒の間に古来より伝わる格言である。
校内に大量に生息している、黒髪おかっぱの量産型風紀委員。
その一名が、校門から走り去るⅣ号戦車を、偶然目撃していたというのだ。
桃ちゃんも、さすがに反論できない。
そど子が下界を見渡す。
「とりあえず、丸山さんはどこにいるの?」
澤梓がチームを代表して答える。
「それが、ずっと見あたらなくて。わたしたちも探しているんです」
「つまり、証言は裏づけられたってこと」
「でも、紗希はそんなことする子じゃありません!」
「たしかに。丸山がそんなことをするとは想像もつかんぞ」
桃ちゃんが加勢する。
「それは、私もそう思いますけど。でも、目撃者があったのは事実なの」
そど子が食い下がる。
だが、迷いは見てとれる。
無理もない。
丸山紗希はつかみどころのない子だ。
趣味は遠くを見ながら物思いにふけること。
なにかをしないことはあっても、積極的になにかをする姿など、頭の中で想像することすらむずかしい子なのである。
「それにもうひとつ。証言に、見過ごせない内容が含まれていたんです」
そど子がつけ加える。
「遠目だったから確証があるわけじゃないけど、目撃者によると、丸山さんの制服に、血のように見える赤い染みがついていたというの」
不穏当な発言に、一年生たちが青ざめる。
「そんな!」
「絶対になにかの間違いです!!」
桃ちゃんは、眉をしかめてむずかしい表情。
一生そのまま固まっているのかと思いきや――
ふと、なにかを思いついたように眉を動かす。
「待て。丸山はなぜ目撃されたんだ?」
「どういう意味ですか?」そど子が警戒する。
「つまり、目撃されたということは、外から姿が見える状態だったわけだ。今のおまえたちのように、戦車の上に乗っていたのか? それともハッチから顔を出していたのか?」
「それは……」
「ハッチだって言ってたよ、そど子」
ゴモヨが横からささやく。
「どのハッチだ?」と、桃ちゃん。
「横から顔を出してたって言っていたから、砲塔側面のハッチだと思います」
パゾ美が反対側から証言する。
「砲塔内にいた者が、戦車を操縦できたはずがない。つまり、丸山以外の何者かが、戦車に同乗していたことになる」
「冴えてる、河嶋先輩!」
「きっと犯人に人質にされたんだよ!」
ウサギさんチームが、桃ちゃんの名推理に拍手喝采を送る。
だが――
「つまり、操縦していたのはバレー部の磯辺だ!」
桃ちゃんの次の一言が、いったん上がった株を底値まで押し下げる。
「冴えてません! ちっとも冴えてませんよ、河嶋先輩!!」
「どうしてそうなるんです!」
「キャプテンばっかり疑うのやめてください!」
バレー部の三人が売りを浴びせかける。
「見損ないました! 河嶋先輩!」
「それじゃまるで、紗希と磯辺先輩が共謀しているみたいじゃないですか!」
ウサギさんチームも便乗する。
「そもそも、なぜいつのまに連続盗難ということになっているぜよ?」
「考えてみれば、盗難かどうかもよくわからない気がするのだが」
歴女組が後ろで正論を唱える。
「共謀とは言っていない。ふたりが一緒にいた可能性が高いと言っているんだ」
桃ちゃんがしどろもどろで弁解する。
「Ⅳ号を乗り逃げしたことから考えて、犯人は戦車の操縦を知っているやつだ。大洗では長いこと戦車道が廃れていたのだから、操縦法を知っているのはわれわれだけだ。そして、この場にいないのは、磯辺と丸山だけじゃないか」
「でも、キャプテンの受け持ちは車長と装填手です!」
「操縦手じゃありません!」
「根性が磯辺の口癖じゃないか。きっと操縦だって、根性でなんとかしたんだろう」
「それなら、いつも小山先輩の操縦を隣で見ている河嶋先輩にだって、38(t)の操縦ができるはずですよね!?」
「決勝戦では河嶋先輩が操縦手をやればいいと思います!!」
下級生からやいのやいのと責めたてられて、桃ちゃんがキレる。
「う、うるさい! 今は私のことは関係ないだろう! とにかく、Ⅳ号戦車に乗っていたのは、戦車の知識があるやつだ! それにすら文句があるというやつは前に出ろ!」
「あのう」
静かな声に、桃ちゃんがおそるおそるふり返る。
そっと手をあげていたのは、あんこうチームの五十鈴華だった。