さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その9

 三式中戦車が格納庫に入る寸前――

 突然、なにかが目の前に飛び出す。

 

「あぶないなり!」

 

 三式は間一髪で停車。

 ももがーが抗議の声を上げる。

 

「飛び出し厳禁ぞなもし!」

 

「安全第一ルール厳守ぴよ!」

 

 砲塔内から、ねこにゃーとぴよたんも同調する。

 

 だが、相手はひるまない。

 

「だれに口をきいているつもり?!」

 

 中央で仁王立ちしているのは、誰あろう、そど子こと園みどり子。

 後藤モヨ子と金春希美、そしてなぜかバレー部一年の佐々木あけびが、左右にひかえている。

 

「学園の風紀は私たちが守る! スーパー風紀委員、華麗に復活よ!!」

 

 そど子が妙なポーズをとりながら叫ぶ。

 隣でいっしょにポーズを取りながら、ゴモヨとパゾ美がささやく。

 

「こういうの、やっぱりよくないよ、そど子」

 

「一歩間違えれば大事故だよ?」

 

「あなたたち、どっちの味方!? 角度とか速度とか、ちゃんと計算して立ち位置を決めたから大丈夫なの!」

 

 三式の車体前部で寝ていた冷泉麻子ががばりと跳ね起きる。

 

「そど子! おまえ、見つかったのか!?」

 

 たしかに。

 そど子の腕には、なくしたはずの風紀委員の腕章がある。

 

 だが、色が違う。

 ゴモヨとバゾ美の腕章は黒だが、そど子のものだけ色が黄色い。

 

「備えあれば憂いなし! 生徒指導室に予備の腕章があったのを思いだしたのよ!」

 

 そど子が腕章をひっぱりながら見得を切る。

 

 秋山優花里が戦車の上から尋ねる。

 

「佐々木さんはなぜいっしょに?」

 

「えーと、なんだかよくわからないんですけど、つかまっちゃいまして」

 

 あけびが頭をかく。

 

 そど子がふたりのやりとりを無視して言う。

 

「それよりあなたたち、学園の危機を、どうして風紀委員に知らせないのかしら!?」

 

「学園の危機?」

 

「何のことずら?」

 

 三式の内部で、ネトゲチームの面々が顔を見合わせる。

 

「とぼけてもムダよ。忘れ物に紛失物、盗難に不審物、ハンカチだろうが生徒手帳だろうが、消しゴムだろうが自家用車だろうが、校内でなにかしら物品に関する異常が発生すれば、それはすべからく風紀委員の知るところとなるの! 校内を騒がす連続盗難事件の情報が、われわれの耳に入らないはずがないでしょう!」

 

「れんぞく?」

 

「とうなん?」

 

 ネトゲ組の反応は、のれんに腕押し、ぬかにくぎ。

 盗難の事実自体を知らなかったのだから、反応のしようがない。

 

 ぬるい反応にいらだったのか、そど子がだめ押しする。

 

「自動車部からはドリンクバーのクーポン、カバさんチームからは松本さんの制帽、ウサギさんチームからは飼育小屋のウサギ、そしてあんこうチームからはⅣ号戦車! アリクイさんチームも、ももがーさんがいつも付けている眼帯が紛失したことは、すでに調べがついているのよ!」

 

「いつのまに」優花里が驚く。

 

「えらそうに。どうせ調べたのはゴモヨやパゾ美だろう」

 

 麻子のつぶやきを、そど子は聞き逃さない。

 びっ!と麻子を指さして宣言する。

 

「冷泉さん、お口にチャック! 戦車という大切かつでっかいものを盗まれたあなたに、発言権はナッシングなの!」

 

 麻子が、同情なんかするんじゃなかったと言いたげな、げんなりした表情になる。

 

「で、それがどうした」

 

 麻子は冷めた口調。

 

 そど子は気にする様子もない。

 

「戦車を盗んだ犯人の心当たりがあると言ったら満足するかしら、冷泉さん?」

 

「本当ですか?!」

 

 優花里が身を乗り出す。

 

「ええ。風紀委員の情報網にかかれば、容疑者を割り出すのなんて朝飯前。お茶の子さいさいよ」

 

 そど子が胸を張る。

 

 ふん、と麻子が鼻を鳴らす。

 

「それなら、なにをぐずぐずしている。さっさと捕まえに行けばいい」

 

「ぐずぐずなんてしてない。あなたたちを待っていたの。とくにあなたをね、冷泉さん」

 

「わたしを?」

 

 麻子が眉をしかめる。

 

「ええ。風紀委員に協力したあなたを、捕り物に立ち会わせてあげようとおもって」

 

 麻子が、ありがた迷惑だと言いたげな、きわめてげんなりした表情になる。

 

 そど子は、これにもひるまない。

 ゴモヨとパゾ美、あけびを先導して三式の砲塔によじのぼり、はつらつと命令する。

 

「さあ、行くわよ!」

 

「い、行くって?」

 

「ぼくたちも……?」

 

 戦車の内部で、アリクイさんチームの三人がとまどう。

 

「あなたたちだって当事者でしょう。どうせ行くなら早いほうがいいわ」

 

「でも、戦車にこんな乗り方していいの、そど子?」

 

「校則違反じゃない?」

 

「いまは緊急事態。超法規的措置が許されてしかるべきなの。ほら、発進!!」

 

 仲間のとまどいさえ華麗に聞き流して、そど子が号令を発する。

 

 麻子はもう、史上最高にげんなりした表情だ。

 

#

 

「なるほど。ドリンクバーのクーポン券が」

 

 自動車部のガレージに向かって歩きながら、河嶋桃はうなずく。

 

 隣で事情を説明しているのは、自動車部の中嶋悟子。

 自動車部の三人とバレー部ふたり、歴女四人が、その後にぞろぞろと続く。

 

「しかし……」

 

 カエサルが首をかしげる。

 

「クーポン券なんか盗むやつがいるものなのか?」

 

「にゃにぃ! なんかとはなんだぁ!」

 

「どう、ツチヤ、どう」

 

 ツチヤが即ギレし、先輩たちからなだめられる。

 

「だが、窓ガラスが割られたのだろう。器物破損があったなら、それはやはり問題だし、ガレージに侵入した者がいたのなら、ますます問題だ」

 

 桃ちゃんがめずらしく冷静に指摘する。

 

「クーポン券のために窓ガラスを割るなんて、どう考えても割りにあわないぜよ」

 

「木の葉を隠すなら森の中という。犯人は、本当に盗みたいものがほかにあって、こちらの捜査を攪乱するためにクーポン券をもっていったのではないか?」

 

 おりょうともんざが推理する。

 

 ナカジマが悩ましげに頭をかく。

 

「それが、ひととおり調べてみたけど、ほかになくなっているものはないようなんだ」

 

「窓は高いところにあったんだろう? どちらにせよ、運動が得意な者の犯行だな」

 

 桃ちゃんが決めつける。

 

 バレー部の一年ふたりが抗議する。

 

「そんな! まだキャプテンを疑っているんですか!?」

 

「キャプテンの身長じゃ届きません!」

 

「しかし、バレー部だろう。身長は足りなくてもジャンプ力があるはずだ」

 

「キャプテンはセッターです!」

 

「跳ぶほうじゃなくて、ボールをあげるほうです!!」

 

 桃ちゃんは後ろをふり向いて、一年生ふたりとガチ口論。

 

 そんな桃ちゃんを、横からナカジマがつつく。

 うるさそうにはねのけても、まだつつく。

 

「どうした、ナカジマ」

 

 桃ちゃんがようやく横を見ると、ナカジマは無言で前方を指ししめす。

 

「なんだ。いったいなにが……」

 

 桃ちゃんが、うろんげに眉をしかめながら前を向く。

 そして、言葉を失う。

 

 うさぎチームの一年生五人。

 

 全員が泣いている。

 うつむいた少女たちが輪になって、さめざめと涙にくれている。

 

 端的に言って異様な光景である。

 泣き女(バンシー)に出くわしたかのような不吉さがある。

 

 輪の外側をめぐって下級生をなぐさめているのは、西住みほと五十鈴華のふたり。

 声をかけたり、背中をさすっている様子である。

 

「どうした、西住。なにがあった」

 

 桃ちゃんが呼びかける。

 

 みほが安堵と怯えをないまぜにした表情でこちらを見る。

 

「あの、これは」

 

「こいつらはどうした。おまえが泣かせたのか」

 

「いえ、そういうわけでは」

 

 一年生たちが、ふらふらとみほから離れ、三々五々に桃ちゃんの体にすがりつく。

 

「かーしませんぱいー」

 

「せんぱいが、せんぱいが……」

 

「なんだ、おい。どうした、おまえたち」

 

 とまどいながらも、下級生から慕われてまんざらでもない桃ちゃんである。

 

「なんだ西住。おまえらしくもない。下級生を泣かせるなんて感心せんぞ」

 

「いえ、ですから」

 

「それともまさか、おまえたちのところでも、なにかなくなったのではあるまいな」

 

 歴女組と自動車部の前例があったからではある。

 だが、桃ちゃんの勘、三年に一度くらいのレベルでキレッキレである。

 

「ん、どうした? なにがなくなったんだ?」

 

 桃ちゃんが、のぞき込むようにしながら猫なで声で尋ねる。

 

 下級生たちが、ぽつりぽつりと言葉を返す。

 

「たけべせんぱい」

 

「武部先輩がいなくなっちゃったんです……」

 

「なに? 武部が紛失したのか??」

 

 意味がわからず、桃ちゃんがあっけにとられる。

 

 そこへ――

 

「いたわ! あの子たちよ!」

 

 桃ちゃんの背後で、ぎいっと音を立てて戦車が停車する。

 

 止まったのは、アリクイさんチームの三式中戦車。

 園みどり子が、砲塔の上で指をさしている。

 

「ゆかりさん?」

 

「西住殿、それに五十鈴殿も」

 

「あら、冷泉さん。眠っているんですか?」

 

 あんこうチームの面々が再会を喜びあう。

 

「あけび!」

 

「忍、妙子! キャプテン見つかった?!」

 

「それが、それどころじゃなくって」

 

「大変なことになってるんだよ!」

 

 その背後では、こちらも合流をはたしたバレー部一年が情報交換中。

 

 そど子が尋ねる。

 

「そこの一年生! 丸山さんはどこにいったの?!」

 

 うさぎチームの五人が、おびえたように身を寄せあう。

 

 河嶋桃が、下級生を守るように前に出る。

 

「なんだ、園。丸山に何か用か」

 

「いくつか質問したいことがあります。校内で発生した連続盗難事件について」

 

 そど子が胸を張る。

 

「どういう意味ですか!」

 

「紗希が疑われてるってこと?!」

 

「なにかのまちがいだよ~!」

 

 一年生が口々に抗議する。

 

 だが、そど子はうろたえない。

 

「容疑者とは言っていません。でも、校外に逃亡したⅣ号戦車に、丸山さんが乗っているのを見たっていう人がいるの」

 

「確かだろうな」桃ちゃんが眉をしかめる。

 

「確実です。目撃者は風紀委員ですから」

 

 風紀委員をひとり見かけたら百人はいると思え――

 大洗の一般生徒の間に古来より伝わる格言である。

 

 校内に大量に生息している、黒髪おかっぱの量産型風紀委員。

 その一名が、校門から走り去るⅣ号戦車を、偶然目撃していたというのだ。

 

 桃ちゃんも、さすがに反論できない。

 

 そど子が下界を見渡す。

 

「とりあえず、丸山さんはどこにいるの?」

 

 澤梓がチームを代表して答える。

 

「それが、ずっと見あたらなくて。わたしたちも探しているんです」

 

「つまり、証言は裏づけられたってこと」

 

「でも、紗希はそんなことする子じゃありません!」

 

「たしかに。丸山がそんなことをするとは想像もつかんぞ」

 

 桃ちゃんが加勢する。

 

「それは、私もそう思いますけど。でも、目撃者があったのは事実なの」

 

 そど子が食い下がる。

 だが、迷いは見てとれる。

 

 無理もない。

 

 丸山紗希はつかみどころのない子だ。

 趣味は遠くを見ながら物思いにふけること。

 なにかをしないことはあっても、積極的になにかをする姿など、頭の中で想像することすらむずかしい子なのである。

 

「それにもうひとつ。証言に、見過ごせない内容が含まれていたんです」

 

 そど子がつけ加える。

 

「遠目だったから確証があるわけじゃないけど、目撃者によると、丸山さんの制服に、血のように見える赤い染みがついていたというの」

 

 不穏当な発言に、一年生たちが青ざめる。

 

「そんな!」

 

「絶対になにかの間違いです!!」

 

 桃ちゃんは、眉をしかめてむずかしい表情。

 

 一生そのまま固まっているのかと思いきや――

 ふと、なにかを思いついたように眉を動かす。

 

「待て。丸山はなぜ目撃されたんだ?」

 

「どういう意味ですか?」そど子が警戒する。

 

「つまり、目撃されたということは、外から姿が見える状態だったわけだ。今のおまえたちのように、戦車の上に乗っていたのか? それともハッチから顔を出していたのか?」

 

「それは……」

 

「ハッチだって言ってたよ、そど子」

 

 ゴモヨが横からささやく。

 

「どのハッチだ?」と、桃ちゃん。

 

「横から顔を出してたって言っていたから、砲塔側面のハッチだと思います」

 

 パゾ美が反対側から証言する。

 

「砲塔内にいた者が、戦車を操縦できたはずがない。つまり、丸山以外の何者かが、戦車に同乗していたことになる」

 

「冴えてる、河嶋先輩!」

 

「きっと犯人に人質にされたんだよ!」

 

 ウサギさんチームが、桃ちゃんの名推理に拍手喝采を送る。

 

 だが――

 

「つまり、操縦していたのはバレー部の磯辺だ!」

 

 桃ちゃんの次の一言が、いったん上がった株を底値まで押し下げる。

 

「冴えてません! ちっとも冴えてませんよ、河嶋先輩!!」

 

「どうしてそうなるんです!」

 

「キャプテンばっかり疑うのやめてください!」

 

 バレー部の三人が売りを浴びせかける。

 

「見損ないました! 河嶋先輩!」

 

「それじゃまるで、紗希と磯辺先輩が共謀しているみたいじゃないですか!」

 

 ウサギさんチームも便乗する。

 

「そもそも、なぜいつのまに連続盗難ということになっているぜよ?」

 

「考えてみれば、盗難かどうかもよくわからない気がするのだが」

 

 歴女組が後ろで正論を唱える。

 

「共謀とは言っていない。ふたりが一緒にいた可能性が高いと言っているんだ」

 

 桃ちゃんがしどろもどろで弁解する。

 

「Ⅳ号を乗り逃げしたことから考えて、犯人は戦車の操縦を知っているやつだ。大洗では長いこと戦車道が廃れていたのだから、操縦法を知っているのはわれわれだけだ。そして、この場にいないのは、磯辺と丸山だけじゃないか」

 

「でも、キャプテンの受け持ちは車長と装填手です!」

 

「操縦手じゃありません!」

 

「根性が磯辺の口癖じゃないか。きっと操縦だって、根性でなんとかしたんだろう」

 

「それなら、いつも小山先輩の操縦を隣で見ている河嶋先輩にだって、38(t)の操縦ができるはずですよね!?」

 

「決勝戦では河嶋先輩が操縦手をやればいいと思います!!」

 

 下級生からやいのやいのと責めたてられて、桃ちゃんがキレる。

 

「う、うるさい! 今は私のことは関係ないだろう! とにかく、Ⅳ号戦車に乗っていたのは、戦車の知識があるやつだ! それにすら文句があるというやつは前に出ろ!」

 

「あのう」

 

 静かな声に、桃ちゃんがおそるおそるふり返る。

 

 そっと手をあげていたのは、あんこうチームの五十鈴華だった。

 


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