さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その8

「ようやくしっぽをつかんだぞ!」

 

 河嶋桃が、地面を引きずられながら叫ぶ。

 

「離してください! それどころじゃないんです!」

 

 叫んだのは、赤いはちまきをしめた近藤妙子。

 

 桃ちゃんは、ユニフォーム姿の妙子の脚にしがみついている。

 苦節数十年、雌伏のかいあって、河嶋桃はついにバレー部一年をとらまえたのである。

 

 ……というのは、真っ赤な偽り。

 単に角を曲がったところで偶然出くわしただけである。

 

 前方では、河西忍が、足踏みしたままふり返って、ことの推移を見守っている。

 

「おい! 手を貸せ! こいつらをつかまえろ!」

 

 桃ちゃんが後方に呼びかける。

 離れた場所でおっかなびっくり眺めていた歴女組が、あわてて駆け寄る。

 

「なにをするんですか! こっちには用が!」

 

「ほほう。用か。その用というのを、くわしく聞かせてもらおうじゃないか」

 

 亡霊のようにすがりついた桃ちゃんが、下級生を()めあげながら尋問する。

 

 だが、キャプテンのことは、生徒会には秘密。

 妙子は言葉を濁すしかない。

 

「それは……」

 

「やはりにらんだとおりだ! 松本、おまえの帽子はこいつらがもっているぞ!!」

 

「なんと?!」

 

「本当でござるか河嶋先輩!!」

 

「ああ、こいつらの行動はさっきから妙だった! 私がしっかりがっちり確保している今のうちだ! 全身くまなく身体検査してしまえ! きっとどこかに隠しているぞ!」

 

「帽子なんか知りません~! どこに隠せる場所があるんですか~!」

 

 妙子が身もだえしながら抗議する。

 

 妙子はボディラインがくっきり出たユニフォーム姿。

 桃ちゃんの主張より、バレー部の抗議のほうが正論に聞こえる。

 おっさんメンタルの歴女組とて、さすがに直接タッチははばかられる。

 

 妙子の胸におずおずと手を伸ばそうとしたおりょうが、周囲の視線に負けて、せきばらいしながら手を引っこめた程度である。

 

「じゃあ、もうひとりのほうだ! こら川西、逃げるな! 逃げるとひどいぞ! 生徒会権限で近藤にすごいことをするぞ!!」

 

「あんこう踊りよりひどいことですかー?!」

 

 遠くから忍が叫ぶ。

 

「当然だ! 生徒会広報の名にかけて、あれよりもっとすごいはずかしめを、全校生徒の前で披露してやる! 校内新聞にも載せてやるからな!」

 

「では、逃げません」

 

 忍は足踏みをやめて、桃ちゃんたちに近づいてくる。

 

「……しかし、どちらにせよ、隠しもっているようには見えないが」

 

 カエサルが、忍の様子を観察しながらつぶやく。

 

 カエサルの言うとおり、忍が着ているのもバレーのユニフォームだ。

 制帽を隠せるスペースは、どこにもない。

 

「どこかに隠し場所があるんだ! 尋問だ! 家捜しだ! 部室を強制捜査だ!!」

 

「だから、帽子なんて知りませんってば~!」

 

 興奮した桃ちゃんにまとわりつかれながら、妙子が抗議する。

 

「ではなぜ逃げる! やましいことがあるからじゃないのか?!」

 

「それは……」

 

「いいよ、妙子。言ってしまおう」

 

 妙子が口ごもる。

 その声に、忍の声が凜と重なる。

 

「何かあったらわたしが責任をもつ。妙子ひとりのせいにしたりしないから」

 

「見ろ! やはり後ろめたいことがあるぞ! 私の言ったとおりだ!!」

 

 桃ちゃんが勝ちほこる。

 バレー部は、そろそろ観念の頃合いである。

 

#

 

「冷泉殿ではありませんか」

 

 すぐそばで停車した戦車を見上げて、秋山優花里は声をかける。

 

「秋山さんか」

 

 答えたのは、眠そうに半分目を閉じた冷泉麻子。

 三式中戦車の車体前部で砲塔にもたれている。

 

 車内から、ももがーのくぐもった声が響く。

 

「今のタイミングでよかったモ?」

 

「ああ。ずいぶんよくなった」

 

 麻子がけだるげに答える。

 優花里はその様子を、おもしろそうに見守っている。

 

「アリクイさんチームのみなさんに、操縦を指南していたんですね。これからどちらへ?」

 

「格納庫へ戻るところだ。乗っていくか?」

 

「ぜひ」

 

 よいしょと、優花里が車体に飛び乗る。

 

 麻子が、鋼板を数回叩いて合図する。

 三式がぶるるんとエンジンを鳴らして走り始める。

 

 車体の上に立って砲塔に片ひじを乗せた優花里が、周囲を見まわしながら言う。

 

「三式にタンクデサントというのも、おつなものですねえ」

 

「それより」

 

 座ったままの麻子が下から尋ねる。

 

「そっちはどうなった」

 

「それが、なんだか妙なことになりまして」

 

「妙とは?」

 

 バレー部キャプテン磯辺典子が行方不明になったのだと、優花里は説明する。

 

「探しものがまた増えたか」

 

「またというか…… まあ、またなんですが」

 

 かたかたと、三式が走る。

 

「いまさらなんですが」と、優花里。「関連があるんでしょうか、この失せ物は」

 

「どうかな」

 

 麻子の返事は、いつも通りぶっきらぼうだ。

 

 だが、優花里は気にしない。

 ひとりごとのように話し続ける。

 

「バラバラすぎますからねえ。校内のあちこちでいろんなものがなくなって、磯辺さんや丸山さんがいなくなって、これがすべて関係あるとは、とても」

 

「別の考え方もある」

 

「というと?」

 

「磯辺か丸山がもっていったのかもしれない」

 

 優花里は遠くの空を見る。

 

「そういうのは、あんまり考えたくないですかねえ」

 

「盗んだとは言っていない。理由があってもっていったのかもしれない」

 

「どんな理由です?」

 

「見当もつかん」

 

 麻子がごろりと寝返りを打って、優花里に背を向ける。

 さっきから眠そうに見えたが、本格的に寝るつもりだろうか。

 

「それとも」

 

 優花里に背を向けたまま、麻子が言う。

 

「まったく関係ない紛失事件が、たまたま重なったのかもしれない」

 

「そっちのほうがいいです、わたしは」

 

「だが――」

 

「それにしては重なりすぎている、ですか」

 

 優花里が先取りすると、麻子は短く声を発する。

 不服のうめきにも聞こえるし、同意しただけにも聞こえる。

 

「風紀委員さんの無くし物はどうなりました?」

 

「まだだ。だが、Ⅳ号の履帯のあとは追いかけた」

 

「どうでした?」

 

「校門まで続いていたが、そこから先は追えなかった」

 

「ああ。そういえば、授業中ですからねえ」

 

 優花里がおやおやと言うように、くるりと瞳をめぐらせる。

 

 秋山優花里は、他校の情報をスパイするためなら、無断で学校を休み、コンビニの補給船にひそんで学園艦にもぐりこむくらい朝飯前の人物。

 どちらかといえばアウトロー側なのである。

 

「まずは外出許可ですか」

 

「さっき西住さんに聞いた話では、会長はいま留守らしい」

 

「おや」

 

 ぎいっと機体をきしませて、三式が方向を転じる。

 

 初夏のほどよい日差し。

 風がふたりの髪を揺らす。

 麻子はまだ、うっすらと目を開けている。

 が、吐息はすうすうと深い。

 胸は大きくゆっくりと上下している。

 

 優花里は砲塔に両肘をついて、前方に近づく格納庫を見やる。

 

「戻ったら元の場所にあったりしないですかね。だったら楽なんですが」

 

「妖精さんの領分だな、それは」

 

「え、なんです?」

 

 優花里は麻子をのぞき込む。

 

 麻子は目を閉じている。

 

 寝言だろうかと考えながら、視線を戻したとき。

 優花里は、格納庫の扉に人影を見る。

 

#

 

「よし! わかった!」

 

 河嶋桃が手を打つ。

 

「帽子を盗んだ犯人は、バレー部の磯辺典子だ!」

 

 バレー部一年の近藤妙子と川西忍が猛抗議する。

 

「そんな!」

 

「キャプテンはそんなことしません!」

 

 桃ちゃんは下級生の言葉を聞き流す。

 

「だが、追試程度でそこまで必死になって逃げるものか?」

 

「それは人によります!」

 

「どうして河嶋先輩に断言できるんですか!」

 

 桃ちゃんが胸を張る。

 

「私が逃げなかったからだ」

 

 ああ、そういえば……

 

 生徒会の要職にありながら、桃ちゃんも成績のほうはお察しなのであった。

 残念な空気が、周囲に広がる。

 

 その空気に気づかないのか、それとも気にしないのか。

 桃ちゃんひとりが、自信たっぷりに続ける。

 

「逃げたのは、もっと後ろめたいことがあるからに決まっている!」

 

「ありえません!」

 

「だいたい、キャプテンがどうして帽子を盗むんですか!」

 

「そ、それはだな。きっと松本の帽子がうらやましかったに違いない! 自分がかぶってみたくて、つい失敬してしまったのだ!」

 

「キャプテンは帽子なんかほしがりません!」

 

「かぶってみたければ、松本さんに直接お願いしてます!」

 

 バレー部ふたりからすごい勢いで詰め寄られて、さすがの桃ちゃんも後ずさる。

 

 そこへ――

 

「何やってるの、これ?」

 

「盗むとかなんとか聞こえたけど」

 

 黄色いつなぎを着た一団が通りがかる。

 

 中嶋、スズキ、ホシノ、ツチヤ――

 自動車部の面々である。

 

「おまえたちには関係な……」

 

 桃ちゃんが、苦虫をかみつぶしたような表情で、四人を追い払おうとする。

 

 だが、それよりも早く、ツチヤが桃ちゃんに詰め寄る。

 

「犯人がつかまったんですか!」

 

「なんのことだ?!」

 

「泥棒をつかまえたんでしょ?! 違うんですか!」

 

「おい、なぜこいつが事件のことを知っている。話したのか?」

 

 桃ちゃんが後ろをふり返る。

 

 歴女組が困惑した表情で首を振る。

 

「なに? 待て。では、ほかにも盗難事件があったのか?!」

 

 桃ちゃんが目をむく。

 

「そうですよ! ものすごく大切なものが盗まれたんです! それなのに、生徒会は何をしてたんですか!」

 

「まあ待て、ツチヤ。落ち着け」

 

「生徒会に伝えなかったのはわれわれだぞ」

 

「だって、だって!!」

 

 ホシノに後ろからはがいじめにされて、ツチヤがばたばたと手脚を動かす。

 

 さっきまで怒っていたバレー部ふたりが、どうしようと言いたげに顔を見合わせる。

 

 歴女組が、背後でおろおろ混乱する。

 

 事態はますますこんがらがってゆく。

 


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