あんこうチームの四人と一年の澤梓は、たがいに顔を見合わせる。
「戦車までなくなってしまいました……」
秋山優花里がぼう然とつぶやく。
「盗まれてしまったんでしょうか……」
五十鈴華が、おっとりと尋ねる。
「すくなくとも、風に乗って飛んでいったりはしないだろうな」
冷泉麻子が、まだ少し眠そうに答える。
「でも、戦車なんか盗んでどうするんでしょう」
梓が尋ねる。
「マニアに売りさばくつもりでは!?」と、優花里。
「あれだけ大きなものを学園艦の外に持ち出すのは不可能じゃないかな」
西住みほが思案顔で言う。
「買い取る側も艦内にいるのなら、話はわかるけど」
周囲の視線が自分に集中しているのに気がついて、優花里があわてる。
「なんですか?! みなさん、あんまりです! たしかに不肖秋山、マニアではあります! しかし、盗品に手を出したことは一度もありませんよ?! だいたい、自分のチームの戦車を、試合前の大事な時期に盗むはずがないじゃありませんか!!」
「そうだな」と、麻子。「やるなら卒業後だろう」
「なるほどそれなら…… って、冷泉殿!? 発想がこわいです!!」
「では、銀行を襲撃するとか……?」と、華。
「不祥事だな。盗まれた側の責任も問われかねない」と、麻子。
「載せてあるのは練習弾だけだったし、朝練でほとんど使っちゃったから、万が一そんなことになっても大丈夫だとは思うけど――」と、みほ。
「決勝戦の相手による妨害工作という可能性はありませんか!?」
「まさか。いくら黒森峰でも、そこまでは」
笑って流そうとしたみほの表情が、ふと真剣に変わる。
「でも、いつ…さんなら、もしかして――」
「え? なにか言われましたか、西住殿?」
「ううん、なんでもない。ただのひとり言」
みほがあわてて首を振る。
「えーと、澤さん、ウサギさんチームのみんなは? 格納庫に集まっているはずだったんじゃ?」
「あ、はい。変ですよね」
梓が携帯を取り出す。
メールをチェックして、苦い表情になる。
「すみません、西住せんぱい。みんな待ちくたびれて、先に飼育小屋に行っちゃったみたいで」
「じゃあ、さっきまでここにいたんだ。格納庫でⅣ号を見たか聞いてみてくれる?」
「わかりました。今メールします」
梓がはっとした表情になる。
携帯を両手で握り、画面とにらめっこしながらボタンを押し始める。
「ますますおかしなことになりましたねぇ」
優花里がみほを見ながら言う。
「すこし状況を整理した方がよろしいのでは?」
華が提案する。
「うん。そうだね。なくなったものをあげていこうか」
みほがうなずく。
「まず、レオポンさんチームでは、ドリンクバーのクーポンが一枚」と、優花里。「カバさんチームでは、エルヴィン殿の帽子が紛失しています」
「ウサギさんチームは、飼育小屋のウサギ一匹と、丸山さん」と、みほ。
「カモさんチームも、小物をひとつ紛失したそうだ」と、麻子。
「それにたぶん、アリクイさんチームでも」と、華。「バレー部でもなにか起きているのかもしれません。一年生があわてていましたから。調べてみる必要がありそうです」
「それに、戦車が一輛だね」と、みほ。
優花里が尋ねる。
「生徒会の用事は何だったんです? まさか、生徒会でも」
「ううん、これは――」みほはまばたきする。「これは関係ないかな」
「そうですか」
優花里がすこし残念そうに言う。
「あの、せんぱいがた」
梓が携帯を見ながら報告する。
「桂利奈たちが格納庫にいたとき、Ⅳ号はまだここにあったそうです」
「そっか。ありがとう。じゃあその後だね。いつごろ移動したのかな?」
「十分くらい前まではいたそうです」
「じゃあ、もう少し早く来ていれば、盗まれずにすんだかもしれないんですね」
優花里が悔しそうに言う。
「それは、今考えても仕方がないよ」
みほがなぐさめる。
「どこでなくなったかのかも重要だろう」と、麻子。
「そうですね。クーポンは自動車部のガレージから。ガレージには鍵がかかっていて、窓もすべて閉まっていたのに、明かり取りの窓を破って侵入しています」と、優花里。「制帽は、渡り廊下近くの水飲み場に置き忘れたものが持ち去られました」
「ウサギは校庭の隅の飼育小屋だね」
みほの言葉に、梓がうなずく。
「カモさんチームの小物は、どこかわからないが、今朝校門に立っていたときにはあったらしい。その後どこかで落としたのだろうな」と、麻子。
「で、戦車はこの格納庫から――」
みほがまとめ、みんながうなずく。
優花里が期待のまなざしでみほを見上げる。
「どうですか、西住殿。いままでの情報から、なにかわかりますか?」
「正直、なんにも」
みほはため息をつく。
「情報が足りてないと思う。ものがなくなった場所も、実際に見てみたいし――」
「もちろん! お手伝いしますよ!」と、優花里。
「わたしもだ」と、麻子。
「わたくしも」と、華。「それにまだ、アドバイスを求めているチームもあるのでは?」
「ああ、それもあるんだった」
みほがしまったという表情になる。
「じゃあ、担当を決めて、手分けして探そうか。まずは――」
#
「なんでわかったモモ!?」
ももがーが驚く。
「さすが天才……」
ねこにゃーが砲塔からぼそぼそとつぶやく。
「わたしじゃない。気づいたのは五十鈴さんだ」
両手でレバーを握り、前に挟んだ教本をのぞき込みながら、冷泉麻子が言う。
一同は三式中戦車の中。
校庭の一角で、麻子が操縦法を指南しているところだ。
「そのレバー、硬すぎないなりか?」
「ああ、硬いな」
「やっぱり! 整備が足りてないのかモ?」
「いや、多かれ少なかれ、戦車のレバーとはこうしたものだ。必要なのは、むしろ慣れだな」
麻子の言葉に、ねこにゃーとぴよたんが顔を見合わせる。
「やっぱり、ちょっとくらいは体鍛えたほうがいいのかな、ボクたち……」
「今さら遅いっちゃ。一週間かそこらでバーベルを放り投げられるくらいムキムキになれる人間がこの世に存在したら、だれも苦労しないピヨ」
「そ、そうだよね……」
「それで――」
麻子が話を戻す。
「眼帯はいつなくなったんだ?」
ももがーがふだん付けている、桃型の眼帯のことだ。
ももがーはいま、眼帯をつけていない。
先ほど華が訪れたときも、つけていなかった。
麻子は、アリクイさんチームにこのことを尋ねるよう、華から言づかっていたのだ。
「よくわからないモモ」
「あ、朝練のときはつけてたよ」と、ねこにゃー。
「そう。だから、格納庫に忘れたと思ってたナリが、昼休みに調べてみても見つからなかったんだモ」
うーむ、と麻子はうなる。
「でもどうして、ただ外したんじゃなく、なくしたってわかったナリ?」
「勘だ」麻子がはぐらかす。「それより、おまえたち、ずっと校庭にいたのか?」
「いたピヨ」と、ぴよたん。
「ずっと練習していたぞなもし」と、ねこにゃー。
「何か変わったものを見かけなかったか?」
「あれ? そういえば…… Ⅳ号が走って行くのを見たよ。あのときはなんとも思わなかったけど、考えてみたら変だよね……」
「なにが変ズラ?」
「だって、操縦手の冷泉さんが、ここに……」
「ああ」ぴよたんが声を出す。「そういえばそうだっちゃ」
「どこへ行ったか見ていたか?」と、麻子。
「たしか、校門のほうへ走っていったような……」
「あんまり見てなかったからおぼえてないっちゃ」
「地面に履帯の跡が残っているんじゃないモモ?」
「それだ」
麻子がギアを入れる。
だが、三式の操縦手席にあるのは、
Ⅳ号のように、ハッチから頭を出して外を見ることができない。
「悪いが、上から見てくれるか」
「お安いご用だっちゃ」
ぴよたんが砲塔側面のハッチから身を乗り出す。
三式がかたかたと校内を駆ける。
校庭を抜け、校舎の横をかすめ、緑の葉を茂らせた桜並木をくぐって。
「ストップ!」
ぴよたんの号令。
ぎぎぃ、と灰色の中戦車は止まる。
止まったのは、学校の正門前。
先は煉瓦の舗道。
しばらくは履帯から落ちた土の跡が続いているが、そこから先はもう追えない。
「ここまでか」と、麻子。
「それもあるけど……」ぴよたんが言いよどむ。
「ま、まだ授業時間中だから……」ねこにゃーが後を続ける。
「生徒会の役員でもないのに勝手に外に出たりしたら、問題になっちゃうモモ」ももがーが結論づける。
「あんがい真面目だな、おまえたち」
遅刻と欠席の常習犯である麻子がため息をつく。
「だって……」
「ねえ……」
ネトゲチームが顔を見合わせてうなずきあう。
自室では退廃的なくせに、いったん外に出ると真面目で小心者な三人なのである。
#
「し…… 少々、お待ちを……」
息を切らしながら、秋山優花里は前方に呼びかける。
優花里だって、重い砲弾を毎日持ち上げている装填手。
体力にはそこそこ自信があるつもりだった。
が、さすがに運動部はレベルが違う。
前方の廊下を走っているのは、バレー部の河西忍。
髪を後ろでひとつに結んだ、アヒルさんチームの操縦手である。
優花里の声が聞こえていないのか、いないのか。
さきほどから足どりが変わらない。
距離が縮まらない。
それどころか、ますます遠ざかってゆく。
「あの! 川西殿!!」
優花里は声を張る。
ほうぼうを歩きまわった末に、ようやく遭遇したバレー部員だ。
ここで逃がすわけにはいかない。
「もし! バレー部一年の河西忍殿!!」
「……あれ、秋山先輩?」
何度も呼びかけた末――
ようやく、忍がふり返る。
「すみません。てっきり生徒会の誰かかと」
忍は、申し訳なさそうな表情で、とっとっと優花里のそばに戻ってくる。
まるで息が乱れていない。
「ということは、みなさんは生徒会から逃げているんですか……?」
さんざん振りまわされた後である。
優花里の口調にも、多少うらめしげなトーンが混じる。
「ええと、それは」
忍が視線をそらす。
「ちょっと正確じゃないっていうか。逃げているんじゃなくて、探しているんです」
「誰をです?」
「もちろん、キャプテンです!」
そういえば、今日はずっと見ていない。
キャプテンこと磯辺典子は、優花里と同じ二年生。
いつも体操服とスパッツを着た、黒髪の少女。
小さな身体からは想像もできないほどの、あふれ出さんばかりの根性とスポーツマンシップの持ち主である。
「しかし、どうして磯辺さんを?」
「ええと、それが」
忍がまた言いよどむ。
かと思いきや、いきなり話題を変えてきた。
「ときに秋山先輩、期末試験の結果はいかがでした?」
「は!? なななんですか、いきなり!?」
三度の飯より
大洗に戦車道が復活して以来、戦車知識に潜入工作、野営等々で八面六臂の大活躍を見せてきた秋山優花里の最大の泣き所――
それが学力である。
なにしろ、あんこうチームのほかのメンバーが全員普通一科であるなか、優花里だけが普通二科。これ以上不振が続いたら戦車グッズを没収すると親からおどされるほどの成績の持ち主なのだ。
「えー、その。機密事項とさせていただきたいのですが」
優花里は返事をしぶる。
忍が大きな胸をなで下ろす。
「ああ、よかった」
「どういうことです!?」
「秋山先輩は、キャプテンの成績をご存じでしょうか」
「磯辺さんの?」優花里が目を丸くする。「よくは知りませんが、その話しぶりからすると、もしかして」
「そうなんです!」
忍が優花里に顔を近づける。
「キャプテン、期末試験で赤点を取っちゃったんです! それで、追試がもうすぐなんですけど、キャプテンは勉強する気がないみたいで。でも、追試でもひどい点を取ったら、決勝戦に出られなくなっちゃうかもしれないし、そうしたら、バレー部復活だって」
典子と下級生三人は、正確にはバレー部ではない。
廃部になってしまったからだ。
彼女たちは、大会で好成績をおさめたらバレー部を復活してもよいという約束で、戦車道に参加しているのだ。
「こうなったら誰かにつきっきりで指導してもらおうって、三人で相談して。あんこうチームのみなさんは同じ二年生だし、冷泉先輩がいるし、西住先輩や武部先輩なら教えるのも上手そうだからって、わたしがキャプテンを引き止めておいて、妙子とあけびが頼みに行ったんですけど」
「ははぁ」
それで呼びに来たとき、自分の名前だけあがらなかったのか……と、優花里はいまさら納得する。
「でも、ちょっと目を離した隙に、キャプテンがいなくなってしまって!」
「それは、つまり」
勉強嫌さのあまり逃げ出してしまった、ということだろうか。
気持ちはわからないでもない。
だが、忍は首をふる。
「いいえ! キャプテンはそんな人じゃありません!」
「しかし」
「だって、いやなことがあったから逃げ出すなんて、キャプテンらしくありません! そういうことはしない人です! きっとなにか理由があるんです!」
たしかに、そう言われればそういう気もする。
優花里が黙っているのをよいことに、忍はさらに気炎を上げる。
「どうしましょう秋山先輩! キャプテンが事件に巻き込まれていたりしたら!」
「さすがに考えすぎでは」
「甘いです! だってキャプテンって、背の高い人が二~三人で協力したら、ひょいって持ち上げて自由になんでもできちゃいそうなくらい、ちっちゃかわいいじゃないですか! わたしいつも、気が気じゃなくて!」
「……え?」
「それか、キャプテンって元気すぎるから、走り回っているうちに隙間に挟まって出られなくなっちゃったのかも! 秋山先輩、そこのロッカーの裏を見てもらえますか?!」
「落ち着いてください、川西殿」
優花里が忍をなだめる。
「じつはわたし、これから校内のあちこちに行かなければならないので。ついでというのもなんですが、磯辺殿の捜索にも協力しますですよ」
「本当ですか? 助かります」
忍が表情をやわらげる。
「ところで、一年のみなさんは大丈夫だったんですか、試験のほうは?」
優花里が話題を変えようとして尋ねると、忍は拳を握りしめて力強く断言する。
「はい! つねにライン際ぎりぎりを狙うのがバレー部の心意気です!」
あんまり大丈夫じゃなかったんだな……と考える優花里であった。