さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その17(最終話)

 

「さすがキャプテン!」

 

「みごとな状況判断です!」

 

 バレー部一年はすかさず称賛のかまえ。

 

 さすがに黙っていられなくなったのか、桃ちゃんが口をはさむ。

 

「待て待て。磯辺は校内を騒がせた事件の、いわば発端だぞ。処罰が必要だ。褒めたたえるなどもってのほかだぞ!」

 

 すかさず、バレー部とウサギさんチームの一年生組が反論する。

 

「キャプテンには事情があったんです!」

 

「いま説明したばかりじゃないですか!」

 

「紗希はけがをしたウサギを助けただけです!」

 

「生徒会は人助けをした人を責めるんですか!」

 

「そ、そうは言っていない。だが、自動車部のガレージの窓ガラスを割り、ももがーの眼帯と松本の帽子、Ⅳ号、そして風紀委員の腕章を盗んで、授業時間中に校外に逃げ出したんだぞ。不問にするわけにはいかない。おい園! 風紀委員の見解はどうなんだ!」

 

「ええ、まあ、そうなんですけど」

 

 気の進まなそうな表情で、そど子がうなずく。

 

「自動車部!」

 

 中嶋が頭をかく。

 

「まあ、窓ガラスは直してもらいたいけど、わけがあってのことだからなあ」

 

「わたしは不問でいいですよ。クーポン戻ってきたし」と、ツチヤ。

 

「ももがー! 眼帯のゴムが伸びて困っていただろう!」

 

「ゴムは付け直せばいいナリから……」

 

「松本、おまえの大事な帽子が猫の寝床にされたぞ! おまえはあの帽子がないと死んでしまうんだろう!」

 

「そういえば、まだその件が残っていた」と、左衛門佐。

 

「あの帽子がないと、エルヴィン復活はならぬぜよ」と、おりょう。

 

「しかし、いたいけな母子から奪うというのもな」カエサルが腕組みする。

 

「あの、それなら」

 

 エルヴィンがおずおずと手をあげる。

 

「家に帰れば、同じ帽子がもうひとつあるから……」

 

「なんと! 予備があったのか!」

 

「知らなかったぞ!」

 

「エルヴィン、さすがの深謀遠慮ぜよ!」

 

「いや、ふだんかぶっているのが予備で、大事なときだけかぶるのが……」

 

 エルヴィンがまだ話しているのに、業を煮やした様子で桃ちゃんがさえぎる。

 

「ええい、西住! 西住ィィ!! 隊長であるおまえなら、規律の重要性をわかっているはずだな!」

 

 あんこうチームの面々が顔を見合わせる。

 

「ええと、責任を問うほどじゃないかなって」と、みほ。

 

「Ⅳ号も無傷で戻ってきましたし」と、優花里。

 

「緊急事態だったわけですから」と、華。

 

「かわいそうだよね」と、沙織。

 

「問題ない」と、麻子。

 

「ええい貴様ら、それでいいのか! 会長、ビシッと言ってやってください!」

 

 桃ちゃんが、熱い期待のこもった瞳で杏を見つめる。

 

 だが――

 

「いーんじゃない、べつに。けが人が出たわけでもないし」

 

 生徒会長角谷杏の返事は、鷹揚きわまりない。

 

 桃ちゃんががっくりと肩を落とす。

 

 柚子は隣で苦笑い。

 

 杏がつけ加える。

 

「でも、罰というほどじゃないけど、いちおう埋め合わせはしてもらおうかなー」

 

 うなだれていた桃ちゃんが、さすが会長と言いたげに、ぱっと表情を輝かす。

 

「そーだなー。磯辺はまず、追試をちゃんと受けること。補習とかになったら、バレー部復活だって遠のいちゃうぞ」

 

「了解しました!」

 

 磯部典子が、椅子から立ちあがって敬礼する。

 

「そんでもって、丸山は――」

 

「待ってください、会長」

 

 うさぎチーム全員と目線をかわしてうなずきあったあとで、澤梓が手をあげる。

 

「飼育小屋からウサギが逃げ出したのは、紗希のせいじゃありません」

 

「わたしたち全員の責任です」と、あゆみ。

 

「わたしたち、お世話しているつもりで、ウサギが外に通じる穴を掘っていることに、ぜんぜん気づいてませんでした」と、梓。

 

「紗希はたまたま居あわせただけなんです」と、あや。

 

「捕まえたんだから、むしろヒーローなんです~」と、優季。

 

「罰を命じるなら、紗希だけじゃなくて、わたしたち全員にしてください!」と、桂利奈。

 

「そんじゃ、そうしてもらおっかなー」

 

 梓たちがそう言うのを見越していたみたいに、杏がうなずく。

 

「ウサギが逃げ出さないように、飼育小屋の床まわりをブロックで修繕してもらうから。けっこうキツいと思うけど、でっきるかなー?」

 

「あぃっ!」

 

「やります!」

 

「やってみせます!」

 

 ウサギさんチーム一同が声を合わせる。

 

 その様子を眺めながら、優花里が言う。

 

「これでめでたしめでたし、ですかね」

 

「丸く収まったようでよかったです」

 

 華が両手を合わせる。

 

「妖精さんも戻ってきたしな」

 

 そう言いながら、麻子が沙織にもたれかかる。

 

「もー。あんたもいつまでもそんなこと言ってないで。ちょっとは自分のこと、自分でできるようになりなさいよ」

 

 沙織が麻子のつむじに軽くチョップを入れる。

 

 みほがくすくす笑う。

 

「それにしても」

 

 沙織が太い眉を悩ましげに寄せる。

 

「みんなまだ徹底が足りてなかったみたいだね。チームで行動するには、ほう・れん・そうが大切だって、いつも言ってるのに」

 

「あれは嫌いだ。苦いから」と、麻子。

 

「そっちじゃなくて。報告・連絡・相談のこと。今回の一件だって、おたがい行動する前に連絡を取りあっていたら、ここまでの大ごとにはならなかったはずだよ」

 

 コミュニケーションの大切さを熟知する通信手武部沙織ならではのお小言である。

 みほですら耳が痛そうだ。

 

「まあ、思い込みで暴走しちゃったところはありましたからねえ」と、優花里。

 

「ほんとだよ。わたしなんて、いつの間にか駆け落ちしたことにされちゃってるし」

 

 すみませんでしたー、と一同が唱和する。

 

「それから、おなかが空いているときに考えごとはしないこと。いい考えなんか浮かんでこないんだから!」

 

 はーい、と一同がふたたび唱和する。

 

「じゃあみんな、食べよう! お鍋、まだまだいっぱいあるから、じゃんじゃんおかわりしちゃって!」

 

 そのように、通信手の重要性をすこしだけ知らしめるかたちで、この一件は終息したのだった。

 

#

 

 その後の話を少しだけしておくと、ウサギ小屋の改修は、ほかのチームがこっそり手を貸したせいで、予定より早めに終了した。

 

 磯部典子の追試の結果については、彼女の名誉のために言及しないでおく。

 

 エルヴィンはほどなく予備の帽子を回収した。

 母親が仔猫を連れて別の場所へ移動したせいである。

 

 だが、猫たちはあいかわらず格納庫周辺を徘徊しつづけたし、仔猫たちは成長すると、母猫同様戦車に乗るのを好むようになった。

 

 とくに、武部沙織が熱弁をふるっている最中に上から頭に飛びのることで、恋愛講座に新たな彩りを加えるようになったというが、これは別の物語、いつかまた、別のときに語ることにしよう。


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