さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その16

「そうだ。思い出した」

 

 麻子が憮然とした様子で口をはさむ。

 

「校舎の廊下を歩いていたとき、走ってきた誰かとぶつかって気を失ってしまったのだが、あれは丸山さんか?」

 

「あんた、そんなことあったの」沙織があきれる。「気絶したとか言って、どうせ寝てたんでしょ」

 

「ち゛がう゛」

 

 紗希は無反応。

 

「記憶にないって言ってます」

 

 無口な同級生の顔色をしばらくうかがったあとで、桂利奈が通訳する。

 

「あ、わたし知ってます」

 

 もぐもぐ動く口もとを片手で隠しながら、バレー部の近藤妙子が手をあげる。

 

「ははぁ。さてはおまえたち、逃亡中に冷泉とぶつかったな?」

 

 桃ちゃんが流し目で決めつける。

 なにしろ追跡途中にさんざん持久走をやらされたのだ。

 怨みのこもった視線である。

 

 ところが、妙子の発言は、桃ちゃんの想定を軽々と裏切る。

 

「なに言ってるんです。冷泉先輩と衝突したのは河嶋先輩じゃないですか!」

 

「ぬぁにぃ?!」桃ちゃんが目をむく。「そんなはずがあるか! 濡れ衣だ! 身に覚えがない!!」

 

「でも、わたしも見ていました。河嶋先輩が、横から出てきた冷泉先輩を引っかけたところ」

 

 妙子といっしょに逃げていた佐々木あけびが、横から加勢する。

 

「河嶋先輩はわたしたちを追いかけるのに夢中だったし、おまけにへろへろだったから、たぶんあれ気づいてなかったよねって、妙子と話してたんです」

 

「ばかな! 生徒会広報ともあろう者が、ちょっと走ったくらいでへろへろになるものか! だいたい……」

 

「かーしま」

 

 大口を開いてどこかズレた弁解を続けようとする桃ちゃんを、角谷杏が制する。

 

 桃ちゃんがビッと背筋を立てて口を結ぶ。

 

「時間が合わないんじゃないかな」と、みほ。「冷泉さんが誰かとぶつかったのは、松本さんが帽子をなくした後だと思う」

 

「それもそうか」

 

 麻子が納得する。

 

 沙織がからかうように麻子の頰をつつく。

 

「それで、そのあとどうなったの」

 

 園みどり子が、地蔵と化した桃ちゃんの後を引きついで尋ねる。

 

「ガレージの電話で番号案内に電話をかけて、近くにある動物病院の電話番号と住所を教えてもらいました。それをメモするのに、近くのボードに留めてあった紙を使ったんです。てっきりただのレシートだと思って」

 

「ホントだ、裏にメモが書いてある」

 

 ツチヤが手元のクーポンを裏返し、ナカジマとスズキ、ホシノの三人がのぞき込む。

 

「これ、裏になにか書いてあっても使えますよね、先輩」

 

「そりゃ使えるだろ」

 

「じゃあいいっす。問題ないっす」

 

 ツチヤがにいっと笑う。

 

 先輩たちが周囲から手を伸ばして、ツチヤの髪をくしゃくしゃにする。

 

「動物病院に予約している間に丸山さんが戻ってきたので、窓から帽子を投げ入れてもらって、なんとか猫を帽子に誘導しました」

 

「きっとそのときに眼帯を落としたんですね」と、華。

 

「ウサギの毛も帽子についてたんですかね」と、優花里。

 

「上に乗ろうとしたときに服についたのかもしれん」と、麻子。

 

「そうかもしれません。その後、窓から外に出て、病院までわりと距離があったから、乗り物を使ったほうがいいねって話になったんです」

 

「話になったのね」そど子が無表情で繰り返す。

 

「格納庫に行ってみたところ、やはり誰もいなかったので、近くにあった戦車で出発したんです」

 

「でも、どうしてⅣ号を選んだんです?」優花里が口をはさむ。「乗っていくなら、八九式でもリーでもよかったのでは?」

 

「Ⅳ号がいちばんそばにあったので……」と、典子。

 

「そんな理由ですか?!」

 

「いや、それが、格納庫に入ったところで、誰かが近づいてくる物音がしたので。見つかったらまずいと思って急いで出発したので、選んでいるひまがなかったんです」

 

「ものおと」と、優花里。

 

「誰だったのかな?」みほが隣を見る。

 

「昼休み、わたしたちが格納庫に集まって、Ⅳ号の上で昼食をとろうとしていたところに、みなさんがいらっしゃって……」華がふり返る。

 

「全員ばらばらに別れたんだよね」と、みほ。

 

「格納庫は無人になった」と、麻子。

 

「でも、わたしたち、その後でまた格納庫に行きました」と、桂利奈。

 

「そうだったっけ~?」宇津木優季が首をかしげる。

 

「ほら、河嶋先輩を追い出し……じゃないや、別れたあとで」大野あやがささやく。

 

「ああ~!」

 

「そのときはまだ、Ⅳ号は格納庫にありました」山郷あゆみが証言する。

 

「Ⅳ号がなくなった後、最初に格納庫に来たのは……」と、華。

 

「わたしたちだ」と、みほ。

 

「ほんとに間一髪だったんじゃないですか!」優花里が天をあおぐ。

 

「べつに見られてもよかったんじゃ? 悪いことしたわけじゃないんだから」

 

 沙織が指摘すると、典子はきまり悪そうに頭をかく。

 

「いや、その前にガレージの窓ガラスを割っちゃったので。その件で探しに来た人だったら困るなあって思ったんだよね」

 

 優花里が尋ねる。

 

「Ⅳ号に乗るのは初めてだったのでは? よく操縦方法がよくわかりましたね」

 

「そこは根性です!」

 

 典子がぐっと拳を固める。

 

 妙子、あけび、忍、バレー部一年の三人は、周囲で拍手せんばかりの喜びよう。

 

 優花里はげんなりした表情である。

 

 そど子が尋ねる。

 

「でも、どうやって、誰にも見られずに戦車で病院までたどり着けたの?」

 

「見られましたよ」

 

 典子がこともなげに答える。

 

「誰も不思議に思わなかったの? 授業時間中なのに校外で何をしてるんだって尋ねられたりは??」

 

「尋ねられました」

 

 典子がまたしてもこともなげに答える。

 

 そど子が動揺する。

 

「じゃ、じゃあ、どうやって切り抜けたの」

 

 歴女組が顔を見合わせる。

 

「まさか実力行使を……?」

 

「検問突破は乙女のロマンだからな……」

 

 優花里まで横でうなずく。

 

「たしかにそういう用途なら、八九式よりⅣ号のほうが適役かもしれません」

 

「そんなことしません」

 

 典子は落ち着いた様子でスパッツに手を突っ込むと、なにかを取り出す。

 

「これを使いました」

 

 小柄なバレー部主将がテーブルに置いたのは、黒い小さな布きれ。

 白糸で「風紀」の二文字が刺繍されている。

 

 一目見て、そど子があわてる。

 

「なっ、あっ、そっ、どっ」

 

 なにあなた、それをどこでの意であろう。

 

 取り乱すのも当然。

 そど子がなくした風紀委員の腕章である。

 

「あっ、あなたが犯人だったの?!」

 

「犯人とは?」典子がきょとんとする。

 

「い、言い訳無用! 校外に出るという目的のために、風紀委員にとって命よりも大切な腕章を窃盗したんでしょう!」

 

「ちがいます」

 

「じゃあ、なんなの!」

 

「これは校門のそばで見つけたんです」

 

 典子が淡々と説明する。

 

「落とし物だということはすぐにわかったんですけど、校外で呼び止められたとき、風紀委員の仕事だって言い訳できたら便利だなーと思って、ちょっと借りちゃいました。これ、園さんのですか? 返しときますね」

 

 典子から腕章を手渡されて、そど子は閉口。

 

「はっ、いっ、ぬっ、たっ」

 

 金魚のように口をぱくぱくと動かす。

 反省の色がない、盗っ人たけだけしい、の意であろう。

 

 ウサギさんチームが顔を見合わせる。

 

「え? あの腕章、園せんぱいのなの?」

 

「ちがうでしょ。せんぱい、ちゃんと腕章してるじゃん」

 

「ひとりだけ色が違うよ?」

 

「でも、ふつう、自分が落とし物をしてたら、あんな風にふるまえないよ」

 

「だよね~」

 

「もおーーーーっっ!!」

 

 そど子がテーブルに突っ伏すように頭を抱える。

 

 ゴモヨとパゾ美は、後ろでおろおろ顔。

 

「大変だな、そど子」

 

 ここぞとばかりに、麻子が冷やかす。

 

「それで、その先は?」

 

 黙ってしまった桃ちゃんとそど子にかわって、みほが尋ねる。

 

「腕章のおかげで、病院にたどり着くのは楽でした。外に戦車を止めて、ウサギの治療をしてもらって、学校に戻ろうとしていたところに、会長がさっきのトラックでやってきたので、わけを話して、いっしょに帰ってきたんです」

 

 優花里が首をかしげる。

 

「あれ、猫は診てもらわなかったんです?」

 

 典子が頭をかく。

 

「それが、猫のほうは、戦車で走っている間にお産が始まっちゃって」

 

「おやまあ」

 

「てっきり病気だと思ってたから、すごくびっくりしてさあ。いちおう動物病院の先生を戦車のところまで引っぱってきて、ハッチから様子を見てもらったんだけど、母子ともに問題はなさそうって判断だったから、そのまま戻ってきたんだ」

 

 めずらしく疲れた表情を見せた典子が、ため息をつきながら、背後のあけびに身体をあずける。

 


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