さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その13

「Ⅳ号ですよ!」と、優花里。

 

「紗希が乗ってます!」と、梓。

 

「キャプテンも!!」と、あけび。

 

「なに、Ⅳ号!? 丸山と磯辺だと!?」

 

 下級生の発言を聞いて、桃ちゃんも驚く。

 演技ではない。

 どうみても本心である。

 

「会長! どういうことですか、会長?!」

 

 桃ちゃんを先頭に、一同がわっと校庭に駆け出す。

 

 かたかたと履帯を鳴らし、並足で校庭を進むのは、赤褐色のⅣ号戦車。

 長砲身を載せた砲塔を、シュルツェンがぐるりと囲む。

 その側面には、見間違えようがない、特徴的なパーソナルマーク。

 唇の厚いちょうちんあんこうが、ぼんやりした表情で泳いでいる。

 

「やあやあ、出迎えご苦労」

 

 大洗女子の制服を着た小柄な少女が、車体後部で手をあげる。

 

 雀色の瞳。同じ色をしたツインテールの髪。

 角谷杏。

 小学生と見まごう華奢な身体に絶大な権力を秘めた、この学園の生徒会長である。

 

 だが――

 

 まともに会長を出迎えたのは、桃ちゃんと柚子くらい。

 大多数のお目当ては、Ⅳ号のハッチから顔をのぞかせたふたりのほうだ。

 

「キャプテン!」

 

「どこに行ってたんですか!」

 

「学校中を捜しまわったんですよ!」

 

 バレー部の三人が、車体前部の操縦手用ハッチに駆け寄る。

 

 四角いハッチからのぞいているのは、丸い頭と短い黒髪だけ。

 だが、三人がバレー部キャプテン磯部典子を認識するには、それだけで十分なのだ。

 

「いた! 紗希ーー!」

 

「よかったよ~!」

 

「心配したんだからねー!」

 

 ウサギさんチームの五人は、転輪を守る側面シュルツェンに寄り添う。

 

 彼女たちが見上げるのは、砲塔側面のハッチ。

 より正確には、そこから上半身を出している、淡い髪色をしたM3リーの装填手。

 丸山紗希は、片腕でウサギを抱いたまま、仲間たちを見おろしている。

 

 そんな中――

 

「ああ、Ⅳ号! 帰ってきてくれたんですね!」

 

 秋山優花里は感激のあまり、戦車にほおずりでもしそうな勢いだ。

 

 様子を上から眺めながら、杏が尋ねる。

 

「首尾は万端かな?」

 

 桃ちゃんが直立不動で下から返事をする。

 

「は! いくつか不測の事態がありましたが、だいたい滞りなく進展しております!」

 

「会長、いったいどういうことぜよ」

 

「いいかげん説明してもらおうか」

 

 歴女組は、戦車の下で腕組みして徹底包囲の構え。

 

「あれ。かーしま、言ってなかったんだ」

 

 気にするでもなく、杏は戦車から飛び降りる。

 

「サプライズにしろとの指示でしたので!」

 

「そー言えばそうだった」

 

 頭をかいた杏が、白い歯を見せてにいっと笑う。

 

「ほら、もうすぐ決勝戦じゃん? チームのみんなに英気を養ってもらおうと思ってさー。壮行会をかねて、食事会を開こうと思ったんだよね」

 

「食事会!?」

 

「そんで、かーしまや西住ちゃんに準備を頼んで、わたしは食材を受け取りに行ってたんだけど」

 

「なんと!」

 

「おかしいと思った! 西住さんまで陰謀に荷担していたとは!」

 

 歴女組がくやしがる。

 

「それで、食材というのは」

 

「Ⅳ号の中に積んであるのか?」

 

 カエサルや左衛門佐が不思議がるのも、無理はない。

 Ⅳ号の車体に、それらしいものは一切積まれていないのだ。

 

「いやいや。さすがにそれは。ほら、今来るとこ」

 

 杏が腕を左右にふって否定する。

 

 指さしたのは、校門の方角。

 保冷用の小型トラックが一台、ちょうど入ってきたところ。

 Ⅳ号の履帯の跡をなぞるように走って、杏の前で止まる。

 

 杏がひとつうなずく。

 

 桃ちゃんがバンのリアパネルをばこんと開く。

 両開きの扉の隙間から、重い冷気が流れ出す。

 

 ウサギさんチームの面々が、ある者は興味津々で、ある者はおそるおそるのぞき込む。

 

 暗い冷蔵室の天井から吊されているのは、大型の深海魚が一匹。

 グロテスクな下あごに、ずぶりとフックを通されている。

 

「ひゃああっ!!」

 

「なにあれぇ!?」

 

「あんこうだよ、あんこう」

 

「これが本物なの?!」

 

「……」

 

「でっかい!」

 

「口おっきい!」

 

「歯がいっぱい生えてるよ~!」

 

「ヘンな顔ーっ!」

 

「だめだよ桂利奈、個性的な顔立ちって言わなきゃ」

 

「でこぼこしてる!」

 

「ぬるぬるしてる!」

 

「びらびらしてる!」

 

「……」

 

 いつの間にかⅣ号から下りてきた約一名を除いて、きゃあきゃあ、きゃらきゃらと、騒がしいことこのうえない。

 

 一年生の背後で、歴女チームが不安げに顔を突き合わせる。

 

「大丈夫なのか?」

 

「あんこうはこの時期禁漁だったような……」

 

「うん。まあ、そうなんだけど」

 

 杏が意味ありげにほくそ笑む。

 

「まさか、このために漁師さんを動員したのか?!」

 

「あなおそろしや、生徒会の強権!」

 

 歴女組が戦慄する。

 

「いやー。漁協の知り合いに、冬にとったのを冷凍保存してた人がいてさ。頼みこんで特別にわけてもらったんだよねー」

 

 なあんだ、と歴女組がようやく安心する。

 

「それにしても、会長は人が悪い」

 

「まったく。サプライズのためとはいえ、少々やりすぎぜよ」

 

 カエサルとおりょうのクレームも、当然と言えるだろう。

 

「なにが?」

 

 だが、杏は、不思議そうにふたりを見る。

 

「え??」

 

「なにが、と言われても」

 

 ふたりも、不思議そうに杏を見返す。

 

「一連の騒動は、会長の仕込みではないのですか?」

 

「帽子! わたしの帽子、返してください!」

 

 おりょうの背後から半分顔を出して、エルヴィンが叫ぶ。

 

「騒動? 帽子? なんのことだ?」

 

 杏が横に控える桃ちゃんに視線を向ける。

 

 桃ちゃんが頭を下げる。

 

「お恥ずかしい話ですが、会長が留守の間、校内で連続盗難事件が発生してしまいまして」

 

「れんぞくとーなん」杏がおうむ返す。

 

「会長と同行していた磯辺と丸山の二名が、関係をうたがわれているのです」

 

「ほうほう」

 

「そこでお尋ねしたいのですが、会長は最初からふたりと一緒だったのですか?」

 

「いや。帰り道で偶然会って、戦車に乗って登場するのもおもしろいかなーと思って、乗せてもらったんだけど」

 

「やっぱりそうだったのね!」

 

 聞き耳を立てていたそど子が、がぜん意気込む。

 

「ゴモヨ、パゾ美、磯辺さんと丸山さんを緊急確保! 重要参考人として話を聞かせてもらいます!」

 

 だが、バレー部とウサギさんチームの一年生が、それを許さない。

 

「そうはさせません!」

 

「キャプテンを逮捕したければ、わたしたちを倒してからにしてください!」

 

 妙子、あけび、忍の三人が、リーチの長さを生かしてゴモヨを通せんぼする。

 

「紗希を守れーっ!」

 

「風紀委員の横暴を許すなー!」

 

「今のうちだよ、紗希、逃げて!」

 

 桂利奈とあや、梓とあゆみ、優季の五人が、逆に押し倒さんとする勢いでパゾ美に殺到する。

 

 いっぽう――

 

「クーポン! クーポンかえしてー!」

 

「落ち着けツチヤ、その武装では歯が立たないぞ!」

 

「そんなことないもん! グリースを塗った靴下で戦車と戦う映画だってあるもん!」

 

 Ⅳ号戦車に菜箸一本で吶喊(とっかん)しようとするツチヤを、ナカジマ、スズキ、ホシノ三人の先輩が必死に押しとどめる。

 

「丸山さん、頼む。エルヴィンの帽子について知っていることがあるなら教えてくれないか!」

 

「このとおりでござる!」

 

 カエサルと左衛門佐、おりょうの歴女三人が、丸山の前で深々と頭を下げる。

 

 あっちでも小競り合い。

 こっちでも小競り合い。

 結果としては大混乱である。

 

 そど子がⅣ号戦車によじ登って、上からゴモヨとパゾ美を鼓舞する。

 

 杏は、柚子から受け取った干しいもの袋をごそごそ探りながら、ちょっとだけ真面目な視線で、事態の推移を見守っている。

 

 桃ちゃんは会長の横で、命令を待って直立不動。

 

 みほは騒動を収めようとして、わたわたするばかり。

 

#

 

 そのとき。

 

「こらーーっ! みんな、だめでしょ!!」

 

 誰かが、大声で叫ぶ。

 

 全員が動きを止めたのは、声が大きかったからではない。

 自分たちがよく知る人物が出したとは思えないほど、怒りがこもっていたからだ。

 

 声は全員の背後から聞こえた。

 

 ウサギさんチームの一年生たちが、おびえた表情でふり返る。

 

 騒動などどこ吹く風で、優花里にもたれてうとうとしていた麻子が、ぱちりと目を開く。

 

 立っていたのは、武部沙織。

 たいした距離を走ったわけでもないのに、前かがみになって膝に手をつき、ぜいぜいと息を切らしている。

 

「もー! みんな走って行っちゃうんだもん。コンロの火は消してからじゃないと危ないんだからね!!」

 

「えっ。さおりさん、それに怒ってたの?」みほが驚く。

 

「大事なことでしょ! 火事になっちゃうよ!?」

 

「そっ、そうだね。大切なことだよね」

 

 すごい剣幕。

 みほはなだめるしかない。

 

 世にもめずらしい沙織のマジ怒りである。

 気をそがれた一同は、顔を見合わせて黙りこむ。

 

「あのう」

 

 Ⅳ号戦車の操縦ハッチから頭だけ出した磯辺典子が、ゆっくりと手をあげる。

 そして、言う。

 

「すみません。松本さんの帽子を借りたのは、たしかにわたしです」

 


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