さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その12

「料理はいいアイディアでしたねえ」

 

 秋山優花里がピーラーでニンジンの皮をむきながら言う。

 

「うん。これはわたしの持論だけど――」

 

 三角巾をかぶって赤いアンダーリムの眼鏡をかけた武部沙織が、隣で包丁を使いながら言う。

 

「お腹がすいているときって、考えることも、つい暗くなったり、悲しくなったりしちゃうんだ。だからこういうときは、まずお腹を満足させること! 考えごとはその後でゆっくり、だよ!」

 

「とてもいい考えです!」

 

 そのまた隣で、五十鈴華が心から同意する。

 

「そんなだからハムになるのだ」

 

 冷泉麻子がつぶやいて、沙織にほっぺたをつねられる。

 

 優花里がふと思い出して尋ねる。

 

「そういえば、あのとき西住殿はどうして反対したんです?」

 

「べ、べつに、反対はしてないよ」

 

 西住みほが皮むき中だったジャガイモを落としかけながら答える。

 

 だが――

 

 沙織が提案したとき、みほの態度はあきらかにおかしかった。

 桃ちゃんがみほに同調したのも妙だった。

 

「ど、どうかな。どうだろう」

 

「そ、そうだな。もう少し相談してからのほうが」

 

 ふたりはまるで共同歩調をとっているかのように慌てふためいたのだ。

 

 そこへやって来たのが、生徒会副会長の小山柚子。

 

「うん。いいんじゃないかな、それで」

 

「柚子ちゃん!?」

 

 狼狽する桃ちゃんをよそに、そのひとことで話はまとまったのだ。

 

 だが、話がまとまったらまとまったで、くやしがる人物も出てくる。

 

「ああ、こんなことになるなら、野営セットをもってくるんでした!」

 

 秋山優花里。

 花もはじらう筋金入りの(ミリ)オタで、用もないのにふだんから飯ごうやバーナーや糧食を持ち歩いている彼女が、なにがあったか(たぶん親に叱られたのだが)、今日に限って、装備を家に置いてきてしまったのだ。

 くやしがり方は尋常ではなかった。

 

「だって、戦車道履修チームのみんなで食事なんて、これ以上の活躍の機会は、そうそうめぐってはきませんよ!」

 

「この人数を野営セットで?」

 

 沙織につっこまれて、優花里もさすがに口ごもった。

 

「それはそうなんですが、でも、野外炊飯以外にこの大所帯をまかなう方法が…… ああ、あのとき両親に頼みこんで、オークションに出品されていた炊具1号を三十年ローンで落札していれば!」

 

「いや、家庭科の実習室使えばいいじゃん」

 

 沙織の冷静な指摘の結果、現在、一同はこうして家庭科室で調理にいそしんでいるのである。

 

「でも、どう思います?」

 

 菜箸を片手に、華が尋ねる。

 もちろん、一連の事件についてである。

 

「うーん。そうだなあ」

 

 沙織が包丁を握ったまま、しばらく考える。

 

「たぶん、まちがいなく、恋だね!」

 

 たぶんと言いつつ、力強い断言。

 華はその点には反応しない。

 沙織と話すとき、いちいちその手の部分に反応していたら、いつまでたっても話が進まないことを知っているからだ。

 

 だから、ふつうに尋ねる。

 

「どうしてそう思うんです?」

 

「だって、人がふたりいたら始まるのが恋じゃない! 人間(にんげん)いたるところアムールありだよ!」

 

「えーと」と、優花里。「恋と言いましたけど、この場合は、誰と誰のことで」

 

「もちろん、丸山さんと磯辺さんだよ!」

 

 背中を向けて作業していたみほが、不意をつかれて大きくせき込む。

 

 優花里はみほの背中をさすりにいく。

 

 優花里にかわって、華が尋ねる。

 

「ふたりが恋仲だったと?」

 

「そう! 今回の事件はね、ふたりによる駆け落ちなんだよ!」

 

 広がる残念な空気。

 沙織の発想は、どうやら桃ちゃんと同レベルだったようである。

 

「窓を破って自動車部のガレージに押し入った理由は?」

 

「逃げるんだから、乗り物があったほうがいいに決まってるよ。自動車部のがいちばん大きいから、それを狙ったんじゃないかな。でも、まだ修理中だったから、次に大きなⅣ号に乗っていったんだよ」

 

「ドリンクバーのクーポンをもっていったのは?」

 

「そりゃあ、ささやかでも、結婚のお祝いをしたいじゃない? でも、学生カップルには、ファミレスのドリンクバーがせいいっぱいなんだよ」

 

「丸山さんは、飼育小屋からウサギを連れていったようですが?」

 

「あー、華は知らないかなー」

 

 沙織が鼻高々で説明する。

 

「ウサギの脚といえば、昔から幸運のお守りじゃない」

 

「え゛っ」

 

 近くで聞いていた坂口桂利奈が硬直する。

 

「それってつまり、脚を、その、切り……」

 

「いやいやいや、そこまでは言ってないよ。お守りとして連れてったってだけ」

 

 沙織が、両手をふって否定しようとする。

 そして、包丁を握ったままであることに気がついて、あわてて下に置く。

 

「エルヴィンさんの帽子は?」

 

「結婚式には、サムシング・フォーっていうのがあってね」

 

 沙織が真面目な表情で言う。

 

「結婚式でこの四つを身につけた花嫁は、幸せになるって言われてるの。古いもの(サムシング・オールド)新しいもの(サムシング・ニュー)青いもの(サムシング・ブルー)、そして借りたもの(サムシング・ボロー)。帽子はつまり、借りたものだよ」

 

「借り物が多すぎるように思うのですが……」

 

 優花里の正当なつっこみを、沙織はナチュラルに聞き流す。

 

「帽子がサムシング・ボローだとすると、ほかの三つはどうなります。サムシング・ブルーは? 失せ物のなかに、青いものはありましたっけ」

 

「か、改装前のⅣ号は、どことなく青っぽい色合いと言えなくもなかったし」

 

「では、サムシング・ニューは?」

 

「こ、こないだ改装したんだから、Ⅳ号は新品でしょ!」

 

「サムシング・オールドは?」

 

「戦車道の戦車はぜんぶ昔のだもん!」

 

「ももがーさんの眼帯は、なぜ格納庫から持ち出されて、ガレージに放置されたんです?」

 

「それは……」

 

 沙織が詰まりかけたところを、澤梓と河西忍が追撃する。

 

「だいたい、紗希と磯辺せんぱいが親しくしているところなんて見たことないです!」

 

「そうです! キャプテンがわたしたちを差し置いて、ほかの一年となんて!」

 

「え、でも」

 

 沙織がぱちぱちとまばたきする。

 

「わたし、見たよ。丸山さんと磯辺さんが町でいっしょにいるところ」

 

「うそです!」

 

「いつですか!!」

 

「今日。学校に戻ってくる途中だけど……」

 

 おなべを手にした桃ちゃんと、おたまを握ったそど子が、会話に横入りする。

 

「なに。では、丸山と磯辺のふたりを、校外で目撃したというのか!」

 

「場所はどこなの!」

 

「バスに乗って、ぼんやり外を見ているときだったから、よくは覚えてないけど……」

 

 ほかの生徒たちが、いっせいに沙織に詰めよる。

 

「帽子はかぶっていたか?」

 

「ウサギ連れてましたか!?」

 

「ファミレスの近くだった?」

 

「戦車は? 戦車に乗っていましたか?!」

 

「何の根拠があって、ふたりがつきあってたなんて!」

 

「キャプテン見守り隊のわたしたちですら知らない情報を、どうして武部先輩が知ってるんですか! 許せません! もっとくわしく教えてください!」

 

 沙織がほっぺたを盛大にふくらませる。

 

「そんなにやいやい言われたってわからないもん! どうしてわたしばっかり! みんなだってあることないこと、わたしの噂をしてたくせに!」

 

「それは申し訳なかったと思ってます!」梓が頭を下げる。

 

「ひどいよ! みんなして人を婚活モンスターみたいに!」

 

「それはけっこう正確なんじゃないでしょうか……」と、華。

 

 ともかく。

 

 荒れまくる沙織を見て、家庭科室にいた全員が深く納得したのである。

 なるほど、人間お腹がすいていると、本当にろくなことを考えないのだな――と。

 

#

 

「ええと、それはそれとして」

 

 みほがぎこちなさ満点の態度で話題を転じる。

 

「ごはんとおみそ汁だけだと、ちょっと寂しいかも。あと一品くらい、なにかあるといいんだけど――」

 

「そっ、そうだな!」

 

 桃ちゃんがあからさまに同調する。

 

「肉がいいかな、魚かな。大洗を母校とするわれわれとしては、やはり魚だろうか」

 

 一同が顔を見合わせる。

 

「でも、そんなもの、どこにあるんですか?」と、大野あや。

 

「野菜とお米とお味噌が人数分あっただけでも奇跡的なのに」と、山郷あゆみ。

 

「あれ、そうなの? 学食からもらってきたのかと思ってた」と、桂利奈。

 

「いくら学食だって、こんな大量の食材、いきなりは用意できないよ」と、梓。

 

「へぇ~。じゃあ幸運だったんだね、わたしたち」と、宇津木優季。

 

「幸運というか」

 

 カエサルが腕組みする。

 

「明確に作為が働いている気がするのだが」

 

 左衛門佐が、開いた片目で桃ちゃんを見つめる。

 

「はて。なんのことかな」

 

 桃ちゃんが、視線を泳がせて窓の外を見る。

 

「おお、噂をすれば影というが、偶然にも誰かやって来たようだぞ」

 

 濃厚に漂う茶番のにおい。

 それをかぎ取りつつも、一同は桃ちゃんにならって校庭に目を向ける。

 

 そして、驚く。


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