さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その11

「せんぱい!」

 

「武部せんぱい~!」

 

 うさぎチームの一年生たちが、わらわらと武部沙織のもとに駆け寄る。

 抱きつく。

 飛びつく。

 

「え? なに? どうしたのあんたたち??」

 

 混乱しながらも、沙織はされるがまま。

 両手両足に下級生をひとりずつくっつけて、ふらつく程度ですんでいるのが、さすがの貫禄である。

 

 さっきまで三式の車体で寝ていた冷泉麻子が、ふらふらと沙織に近づく。

 

「おおー、さおりー」

 

「麻子まで?!」

 

「帰ってきてくれたかー、妖精さんー」

 

「いや、なに言ってるのあんた」

 

 倒れるように体を預けてきた麻子を抱きとめながら、沙織が抗議の声をあげる。

 

 一年生が口々に叫ぶ。

 

「戻ってきてくれたんですね!」

 

「信じてました! せんぱいのこと!」

 

「せんぱいは私たちを見捨てないって!」

 

「悪い男にだまされたって、気づいてくれたんですね!」

 

「そりゃ戻ってくるよ。ていうか、なにその話!?」

 

 沙織がみほに助力と説明を求めるまなざしを送る。

 

「うん。あのね。たわいのない話だから聞き流してほしいんだけど、さおりさんが妻子ある男性とどろどろの関係になって、格納庫からⅣ号戦車を盗んで愛の逃避行に走ったっていううわさが流れていて……」

 

「容易には聞き捨てならないよ?!」

 

 澤梓が横から口をはさむ。

 

「じゃあ、せんぱいはどこにも行かないんですか」

 

「学校が終わったら家に帰るけど。そういうことじゃなくて?」

 

「戦車道もやめたりしない?」

 

「どうしてやめるの? 予定より早く帰ってこれたから、もしかしたら午後の練習に間に合うかなーって顔を出したのに」

 

 沙織の返事に、ウサギさんチームの下級生が、よかったーと一様に胸をなで下ろす。

 中には涙ぐんでいる子もいる。

 

「いや、え? なんなの、あんたたち」

 

 沙織は混乱するしかない。

 

「そもそも、なぜ休んだりした」

 

 一足先にショックから立ち直った河嶋桃が尋ねる。

 

「おまえが学校を休んだせいで大変な騒ぎだ」

 

「え?? わたしのせいなんですか? 親戚の結婚式だったから、ですけど」

 

 沙織がきょとんとする。

 

 無理もない。

 沙織の側に、責められるいわれはみじんもないのである。

 

「ちゃんと届けを出しましたけど……?」

 

 清楚なデザインの白の紙袋を持ちあげてみせる。

 中身は見えないが、風情からして、引き出物が入っているようだ。

 

「親しい間柄なのか?」

 

「ええ、まあ。それに、式場が、雑誌で紹介されるくらいステキなところだったから、ちょっと下見しておきたいなーって気持ちもあったし。あの、ほら、いざというときのため、っていうか? もー、やだー! なにを言わせるんですか、河嶋先輩!」

 

「お前が勝手に言ったんだろう」

 

 桃ちゃんの返答はすこぶる冷たい。

 

 ようやく衝撃から回復したほかの生徒たちが、いっせいに沙織に詰めよる。

 

「じゃあ、クーポン券をもっていったのは武部さんじゃないの?」

 

「キャプテンの行方をご存じありませんか!?」

 

「エルヴィンの帽子を見なかったか?」

 

「大変なんです! 紗希がいなくなっちゃって!」

 

「え、なに? ひとりずつ……」

 

「ドリンクバーが!」

 

「水飲み場に置き忘れて!」

 

「行方不明で!」

 

「窓が割られて!」

 

「飼育小屋の穴から!」

 

「追試がいやで逃げたみたいで!」

 

「いや、待って。ちょっと待って」

 

 沙織が周囲を見まわしながら一同をなだめる。

 

「とりあえず落ち着こう。ちゃんと全員の話聞くから」

 

#

 

「えーと、それで、なんだっけ?」

 

 沙織が、手足にしがみついたウサギさんチームの面々を引きはがしながら言う。

 

「自動車部のガレージの窓ガラスが割られて、ドリンクバーのクーポンが盗まれて、水飲み場に置き忘れた松本さんの帽子がなくなって、紗希が飼育小屋から逃げ出したウサギを連れたまま行方不明になって、磯辺さんが追試をいやがってどこかへ消えちゃった? なんなの、その騒ぎ」

 

「すごい。さっきのやり取り、全部聴いてたんですか」

 

 秋山優花里が驚く。

 

 沙織はこともなげな表情。

 

「まあね。だてに通信手はしてないよ」

 

「まるで厩戸皇子(うまやどのおうじ)のようだ……」

 

 左衛門佐がつぶやく。

 

 五十鈴華がひかえめにつけ加える。

 

「まだあります。格納庫から持ち出されたももがーさんの眼帯が、自動車部のガレージに落ちていて」

 

「Ⅳ号戦車もなくなっちゃったの」と、みほ。

 

「一大事じゃん!!」

 

「ほかにもあるぞ」

 

 抱かれたままの麻子が、沙織の耳元に口を寄せて、小声でささやく。

 

「ふむ。ふむふむ。ふむ?」

 

「ちょっと、冷泉さん!」

 

 園みどり子が抗議する。

 うなずく沙織の視線の向きから、話題が自分のことだと察したのだろう。

 

 麻子はそど子を見もしない。

 さっきえらそうにされた仕返しかもしれない。

 

「なんだかよくわからないけど、わかったよ」

 

 一同からひととおり話を聞き終えたのち。

 沙織が、大きくうなずく。

 

「とにかく大変なことになってるんだね」

 

「そうなんです!」

 

「どうしたらいいんでしょう、紗希が!」

 

「帽子が!」

 

「キャプテンが!」

 

 沙織は周囲をぐるりと見渡す。

 

 自分を見つめる下級生や同級生の瞳が語っている。

 この人なら、きっとなんとかしてくれる。

 大洗ナンバーワンのコミュ力保有者である彼女であれば、この混迷した状況を、快刀乱麻の名回答で裁ち切ってくれる――

 

 気持ちは痛いほど伝わってくる。

 それを理解したうえで、沙織は言う。

 

「みんな、お腹すいてない?」

 

 全員があっけにとられる。

 

 そういえば――

 校内がやけに静かだ。

 ほかの生徒の姿がない。

 時計を見れば、それも道理。

 昼休みの喧噪はとっくに終わった後。

 いつのまにか、午後の授業が始まってしまっている。

 

「探しもので忙しくて、お弁当を食べるのをすっかり忘れてました」

 

 優花里がお腹を押さえながら言う。

 

 周囲の生徒もそれぞれにざわめく。

 

「学食のランチタイム終わっちゃったよぉ」

 

「購買部は?」

 

「今ごろ行っても売り切れだろう」

 

 乱れたみんなの注意を集めるように、ぽん、と沙織が手をたたく。

 

「わたしもお腹すいちゃってさあ。どう、みんなでなにか作らない?」

 


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