さおりんのいない日   作:ばらむつ

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その10

「なんだ五十鈴、文句があるのか!?」

 

 河嶋桃が威嚇するような大声を出す。

 だが、おびえているようでもある。

 

「いえ、そうではなく。ももがーさんの眼帯を見つけたと思うのですけど……」

 

 華は落ち着いた声。

 

 だが、その声が、激しい反応を引き起こす。

 

「なに?!」

 

「なんですって?!」

 

「本当なりか!?」

 

 河嶋桃、園みどり子、ももがーの三人が、いっせいに声をあげる。

 ももがーが小走りで華に近づき、桃ちゃんが華に詰めよる。

 

「どこで見つけた!」

 

「自動車部のガレージで。戦車の下に落ちていたんです」

 

 華がスカートのポケットから眼帯を取り出す。

 目隠しの部分が桃のかたちになった、特徴的なデザイン。

 

「おお、これはまちがいなく、ももがー氏の眼帯!」

 

「よかったピヨ!」

 

 ネトゲチームの面々がのぞき込む。

 

「なるほど。つまり、ももがーの眼帯を盗んだのと、窓を破って自動車部のガレージに侵入したのは、同一人物だったわけだ。どうだ、連続盗難であることが証明されたぞ?」

 

 桃ちゃんが片眼鏡を自慢気に光らせながらふり返る。

 歴女組が複雑な表情で身を寄せあう。

 

「これだけではないんです。眼帯の近くに、こんなものも落ちていました」

 

 華がべつのなにかを手のひらに取り出す。

 

 手のひらにおさまるほどの、動物の体毛がひと房。

 長さは五~六センチほど。

 色は白っぽい。

 ふわふわしてやわらかそうだ。

 

「猫の毛でしょうか」

 

「どれどれ?」

 

 近くにいたホシノが、華の手のひらに顔を近づける。

 

「違うな。これはたぶん、ウサギの毛だと思うよ」

 

「そんな!」

 

 人垣をかきわけて近づいてきた梓が、毛の房を見て顔色を変える。

 口では肯定も否定もしない。

 だが、その表情が、なによりも雄弁に物語っている。

 

 そど子が指摘する。

 

「丸山さんはウサギを連れていたんでしょう? この毛は、自転車部のガレージに丸山さんがいたという、なによりの証拠じゃないの?」

 

 梓たちウサギさんチームが、それでも反論する。

 

「でも、紗希が盗みなんて!」

 

「紗希は運動得意じゃないし!」

 

「ガレージの窓になんて、絶対手が届かないよ~!」

 

 桃ちゃんが、ごほんとせきばらい。

 

「そうなると、磯辺と丸山が協力していたという私の説が、がぜん説得力を増すと思うのだが……」

 

 だが、バレー部の三人が捨て置かない。

 

「どうしてキャプテンが丸山さんと協力するんですか!」

 

「キャプテンなら、わたしたちに協力を求めるはずです!」

 

「そうです! 丸山さんよりわたしたちのほうが背が高いんですから!」

 

「いや、私は、ふたりが肩車などで協力すれば、足場を使わなくてもガレージの窓に手が届くという可能性を指摘したかっただけで……」

 

 さっきから責められっぱなしなせいで、さすがの桃ちゃんも少々弱気である。

 

「問題はほかにもあります」

 

 秋山優花里が横から指摘する。

 

「証拠はありませんが、ここはひとつ、すべての事件が関係したもので、丸山殿と磯辺殿が協力していたと仮定しましょう。ああ、落ち着いてください。あくまで仮説ですよ。でも、その結果はどうなります?

 

 お二方は、飼育小屋のウサギを一匹外に連れ出し、格納庫からももがー殿の眼帯を持ち出し、自動車部のガレージの窓ガラスを割って侵入して、ツチヤ殿のドリンクバーのクーポンを一枚だけいただき、眼帯を戦車の下に落としたことに気づかずその場をあとにして、その前か後かはわかりませんが、水飲み場からエルヴィン殿の制帽を拝借し、最後に格納庫にあったⅣ号戦車に乗って校外に出たことになります」

 

「いいまとめだ」

 

 バレー部とウサギさんチームの不満げな表情から目をそらしつつ、桃ちゃんが力強くうなずく。

 

「たぶん、そういうことだと思うわ」

 

 そど子も同意する。

 だが、桃ちゃんと違って、うなずきぶりに迷いがある。

 そど子が腕章をなくしたことは、みんなに内緒のままなのである。

 

 優花里が問いかける。

 

「でも、なんのために? お二方は、いったいなんのために、そんなことをする必要があったんです?」

 

 桃ちゃんとそど子の動きが止まる。

 

「い、磯辺は、追試をいやがっていたが」

 

「追試がいやなら、Ⅳ号戦車で逃げ出すだけでよかったのでは?」

 

 優花里の指摘に、桃ちゃんが言葉を失う。

 

「たぶん、そこだね」

 

 みほがうなずく。

 

「優花里さんの言うとおりだと思う。仮に、一連の事件に磯辺さんと丸山さんが関係していたとしても、大切な質問は、どうやって、じゃないんだよ。なぜか、なんだ」

 

「あの。ひとつ、いいですか」

 

 眼鏡の大野あやが手をあげる。

 

「もうひとり、いない人がいると思うんですけど」

 

「誰のことだ?」

 

 桃ちゃんがきょとんとする。

 

「武部先輩です。武部先輩のこと、どうしてみんな気にしないんですか」

 

 そど子が、ゴモヨやパゾ美と顔を見合わせる。

 

「武部さんがきょう欠席していることなら、届けが出てるけど」

 

 桃ちゃんがけげんそうに眉をしかめる。

 

「登校後にいなくなった磯辺や丸山とは、話が違うだろう」

 

 これ以上我慢できなくなって、梓が叫ぶ。

 

「じゃあ、みなさんはご存じないんですか。武部先輩が妻子ある男性と駆け落ちしたこと! 武部先輩、もう二度と学園に来ないんですよ!」

 

「なにぃ!?」

 

「駆け落ちですって!?」

 

 桃ちゃんは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情。

 

 そど子はもう少しで、三式の砲塔からすべり落ちそうになる。

 

 青天の霹靂のごとき激震が、全員に走る。

 

「略奪愛!!」

 

「武部さんが?!」

 

「イメージないなあ」

 

「な、なにかの間違いじゃ……」

 

「だよね。そんな大それたことする子とは思えないよ」

 

 こういうときにものを言うのは、ふだんの行いである。

 武部沙織、さすがの人徳というべきか。

 ムードはどちらかといえば否定的である。

 

 しかし――

 

「でも、恋愛の話になるとさあ」

 

 ひとりの発言に、ああー、と全員がうなずく。

 

「たしかに、恋愛関係の話題には、異様に食いつきがよかった」

 

「それにさあ、恋バナになると、なんていうの?」

 

「たまにだけど、内に秘めた狂気がかいま見えるっていうか」

 

「わかる」

 

「いつかとんでもないことをやらかしそうな気はしてたんだよね……」

 

 そう。

 こういうときにものを言うのは、ふだんの行いなのである。

 

 近藤妙子が手をあげる。

 

「あんこうチームのⅣ号戦車ですけど、武部先輩が乗っていった可能性はありませんか?」

 

 ねこにゃーがおずおずと尋ねる。

 

「で、でも、なんのため……?」

 

 ナカジマが腕組みしながらうなずく。

 

「そりゃあ、追っ手のことを考えたんだよ。元の奥さんが追ってきたら、戦わなきゃいけないじゃん」

 

 カエサルと左衛門佐が感心する。

 

「さすが戦車道は乙女のたしなみ!」

 

後妻(うわなり)打ちにも対応できるとはな!」

 

 桃ちゃんがみほに迫る。

 

「おい西住、本当か? 武部が逐電したというのは!?」

 

 桃ちゃんだけではない。

 

「答えてください、西住先輩!」

 

「キャプテンは武部先輩の逃避行に巻き込まれたんですか?!」

 

「で、出会いはどこで……? ネットだとしたら危険だよ。経歴をいつわったり、いい人のふりだって、簡単にできちゃうんだから……」

 

「前もって言ってくれれば、Ⅳ号の後ろに空き缶を結びつけておくくらいはしておいたのに!」

 

「世間がなんと言おうと、われわれは武部さんの味方ぜよ!」

 

「ああ、恋のために王冠を捨てたエドワード8世の例もある!」

 

「いいえ、いけないことだわ! どうして止めなかったの、西住さん。たとえ憎まれようとも引きとどめるのが、学友としての責務だとは思わないの?!」

 

 ウサギさんチームにバレー部、ネトゲチーム、自動車部に歴女、風紀委員、その場にいた全員が、みほを取り囲んで、四方八方から言葉の洪水をわっと浴びせかける。

 

 みほは困り顔。

 周囲をなだめるように両方の手のひらを前に出して訴える。

 

「あの、みなさん。落ち着いてください。武部さんのことは、なにがどうしてこういう話になっているのか、わたしにもさっぱりわからなくて――」

 

 そのとき。

 

「あれ。なにしてるの、みんな」

 

 一同の背後から、声がする。

 

「どうしたの、集まって。なにかあった?」

 

 ふり返った全員が動きを止め、声を失う。

 

 毛先が甘くウェーブを描いた栗色の髪。

 ちょっと太めの眉毛。

 ゆるぎなく身体を支えるしっかりした太もも。

 締め付け効果ばっちりのサイハイソックスが、境目に段差を作っている。

 

 立っていたのは、そこに絶対にいるはずのない人物――

 両手に紙袋を提げた、制服姿の武部沙織だった。

 


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