「なんだ五十鈴、文句があるのか!?」
河嶋桃が威嚇するような大声を出す。
だが、おびえているようでもある。
「いえ、そうではなく。ももがーさんの眼帯を見つけたと思うのですけど……」
華は落ち着いた声。
だが、その声が、激しい反応を引き起こす。
「なに?!」
「なんですって?!」
「本当なりか!?」
河嶋桃、園みどり子、ももがーの三人が、いっせいに声をあげる。
ももがーが小走りで華に近づき、桃ちゃんが華に詰めよる。
「どこで見つけた!」
「自動車部のガレージで。戦車の下に落ちていたんです」
華がスカートのポケットから眼帯を取り出す。
目隠しの部分が桃のかたちになった、特徴的なデザイン。
「おお、これはまちがいなく、ももがー氏の眼帯!」
「よかったピヨ!」
ネトゲチームの面々がのぞき込む。
「なるほど。つまり、ももがーの眼帯を盗んだのと、窓を破って自動車部のガレージに侵入したのは、同一人物だったわけだ。どうだ、連続盗難であることが証明されたぞ?」
桃ちゃんが片眼鏡を自慢気に光らせながらふり返る。
歴女組が複雑な表情で身を寄せあう。
「これだけではないんです。眼帯の近くに、こんなものも落ちていました」
華がべつのなにかを手のひらに取り出す。
手のひらにおさまるほどの、動物の体毛がひと房。
長さは五~六センチほど。
色は白っぽい。
ふわふわしてやわらかそうだ。
「猫の毛でしょうか」
「どれどれ?」
近くにいたホシノが、華の手のひらに顔を近づける。
「違うな。これはたぶん、ウサギの毛だと思うよ」
「そんな!」
人垣をかきわけて近づいてきた梓が、毛の房を見て顔色を変える。
口では肯定も否定もしない。
だが、その表情が、なによりも雄弁に物語っている。
そど子が指摘する。
「丸山さんはウサギを連れていたんでしょう? この毛は、自転車部のガレージに丸山さんがいたという、なによりの証拠じゃないの?」
梓たちウサギさんチームが、それでも反論する。
「でも、紗希が盗みなんて!」
「紗希は運動得意じゃないし!」
「ガレージの窓になんて、絶対手が届かないよ~!」
桃ちゃんが、ごほんとせきばらい。
「そうなると、磯辺と丸山が協力していたという私の説が、がぜん説得力を増すと思うのだが……」
だが、バレー部の三人が捨て置かない。
「どうしてキャプテンが丸山さんと協力するんですか!」
「キャプテンなら、わたしたちに協力を求めるはずです!」
「そうです! 丸山さんよりわたしたちのほうが背が高いんですから!」
「いや、私は、ふたりが肩車などで協力すれば、足場を使わなくてもガレージの窓に手が届くという可能性を指摘したかっただけで……」
さっきから責められっぱなしなせいで、さすがの桃ちゃんも少々弱気である。
「問題はほかにもあります」
秋山優花里が横から指摘する。
「証拠はありませんが、ここはひとつ、すべての事件が関係したもので、丸山殿と磯辺殿が協力していたと仮定しましょう。ああ、落ち着いてください。あくまで仮説ですよ。でも、その結果はどうなります?
お二方は、飼育小屋のウサギを一匹外に連れ出し、格納庫からももがー殿の眼帯を持ち出し、自動車部のガレージの窓ガラスを割って侵入して、ツチヤ殿のドリンクバーのクーポンを一枚だけいただき、眼帯を戦車の下に落としたことに気づかずその場をあとにして、その前か後かはわかりませんが、水飲み場からエルヴィン殿の制帽を拝借し、最後に格納庫にあったⅣ号戦車に乗って校外に出たことになります」
「いいまとめだ」
バレー部とウサギさんチームの不満げな表情から目をそらしつつ、桃ちゃんが力強くうなずく。
「たぶん、そういうことだと思うわ」
そど子も同意する。
だが、桃ちゃんと違って、うなずきぶりに迷いがある。
そど子が腕章をなくしたことは、みんなに内緒のままなのである。
優花里が問いかける。
「でも、なんのために? お二方は、いったいなんのために、そんなことをする必要があったんです?」
桃ちゃんとそど子の動きが止まる。
「い、磯辺は、追試をいやがっていたが」
「追試がいやなら、Ⅳ号戦車で逃げ出すだけでよかったのでは?」
優花里の指摘に、桃ちゃんが言葉を失う。
「たぶん、そこだね」
みほがうなずく。
「優花里さんの言うとおりだと思う。仮に、一連の事件に磯辺さんと丸山さんが関係していたとしても、大切な質問は、どうやって、じゃないんだよ。なぜか、なんだ」
「あの。ひとつ、いいですか」
眼鏡の大野あやが手をあげる。
「もうひとり、いない人がいると思うんですけど」
「誰のことだ?」
桃ちゃんがきょとんとする。
「武部先輩です。武部先輩のこと、どうしてみんな気にしないんですか」
そど子が、ゴモヨやパゾ美と顔を見合わせる。
「武部さんがきょう欠席していることなら、届けが出てるけど」
桃ちゃんがけげんそうに眉をしかめる。
「登校後にいなくなった磯辺や丸山とは、話が違うだろう」
これ以上我慢できなくなって、梓が叫ぶ。
「じゃあ、みなさんはご存じないんですか。武部先輩が妻子ある男性と駆け落ちしたこと! 武部先輩、もう二度と学園に来ないんですよ!」
「なにぃ!?」
「駆け落ちですって!?」
桃ちゃんは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情。
そど子はもう少しで、三式の砲塔からすべり落ちそうになる。
青天の霹靂のごとき激震が、全員に走る。
「略奪愛!!」
「武部さんが?!」
「イメージないなあ」
「な、なにかの間違いじゃ……」
「だよね。そんな大それたことする子とは思えないよ」
こういうときにものを言うのは、ふだんの行いである。
武部沙織、さすがの人徳というべきか。
ムードはどちらかといえば否定的である。
しかし――
「でも、恋愛の話になるとさあ」
ひとりの発言に、ああー、と全員がうなずく。
「たしかに、恋愛関係の話題には、異様に食いつきがよかった」
「それにさあ、恋バナになると、なんていうの?」
「たまにだけど、内に秘めた狂気がかいま見えるっていうか」
「わかる」
「いつかとんでもないことをやらかしそうな気はしてたんだよね……」
そう。
こういうときにものを言うのは、ふだんの行いなのである。
近藤妙子が手をあげる。
「あんこうチームのⅣ号戦車ですけど、武部先輩が乗っていった可能性はありませんか?」
ねこにゃーがおずおずと尋ねる。
「で、でも、なんのため……?」
ナカジマが腕組みしながらうなずく。
「そりゃあ、追っ手のことを考えたんだよ。元の奥さんが追ってきたら、戦わなきゃいけないじゃん」
カエサルと左衛門佐が感心する。
「さすが戦車道は乙女のたしなみ!」
「
桃ちゃんがみほに迫る。
「おい西住、本当か? 武部が逐電したというのは!?」
桃ちゃんだけではない。
「答えてください、西住先輩!」
「キャプテンは武部先輩の逃避行に巻き込まれたんですか?!」
「で、出会いはどこで……? ネットだとしたら危険だよ。経歴をいつわったり、いい人のふりだって、簡単にできちゃうんだから……」
「前もって言ってくれれば、Ⅳ号の後ろに空き缶を結びつけておくくらいはしておいたのに!」
「世間がなんと言おうと、われわれは武部さんの味方ぜよ!」
「ああ、恋のために王冠を捨てたエドワード8世の例もある!」
「いいえ、いけないことだわ! どうして止めなかったの、西住さん。たとえ憎まれようとも引きとどめるのが、学友としての責務だとは思わないの?!」
ウサギさんチームにバレー部、ネトゲチーム、自動車部に歴女、風紀委員、その場にいた全員が、みほを取り囲んで、四方八方から言葉の洪水をわっと浴びせかける。
みほは困り顔。
周囲をなだめるように両方の手のひらを前に出して訴える。
「あの、みなさん。落ち着いてください。武部さんのことは、なにがどうしてこういう話になっているのか、わたしにもさっぱりわからなくて――」
そのとき。
「あれ。なにしてるの、みんな」
一同の背後から、声がする。
「どうしたの、集まって。なにかあった?」
ふり返った全員が動きを止め、声を失う。
毛先が甘くウェーブを描いた栗色の髪。
ちょっと太めの眉毛。
ゆるぎなく身体を支えるしっかりした太もも。
締め付け効果ばっちりのサイハイソックスが、境目に段差を作っている。
立っていたのは、そこに絶対にいるはずのない人物――
両手に紙袋を提げた、制服姿の武部沙織だった。