もう、自然と足はそこに向かっていた。
最初に会ったときに抱いた感情は正直、恐怖と似たような感情だった。
あの仮面の威容なまでの完成度、そして自分の感情を押し殺す精神力
毒舌で人が殺せるのではないかと思うほどの殺傷力などなど。
年齢に対しての差がないのに、こんな人がこの世にいるのかと驚いた。
そういえば葉山が言ってたっけ?
「あの人は興味のないものには何もせず、好きなものを構いすぎて殺すか、嫌いなものを徹底的に潰すことしかしない」
そして、誰もが見たことがないその素顔はきっとすべて腹黒いものだと予想していた。
でも、それはただの偏見で。
仮面を外せば、1人の女の子であり、ほかの子との差なんて存在しない。
確かに腹黒はないわけではないが、少なくとも全部ではない。
あの仮面は敵を排除するためではなく、自分の大事な部分を守るためにつけたものなのだ。
だからこそ、俺は彼女にとって、仮面を外し、素顔で話せる唯一の人になりたい。
そのためには、普通の告白では意味がない。
彼女を全部出す必要がある。
着いたのは、俺が2年次の総武高校文化祭で使われていた会議室。
あの人と総武で思い入れのありそうな場所ってあんまりない。
話すのは基本、外がメインが多いからな。
扉を開けると、彼女は窓の外を見ながら立っていた。
「雪ノ下さん」
「あら、比企谷君、ひゃはっろー」
声をかけるとこちらに気づいたのか、手を振ってくる。
「結構あてずっぽうだったんですが、正解でよかったです。」
「あのバカなスローガンはすごく面白かったな。別に他の場所でもよかったんだけどさ、主要な場所はあの子たちが取るからね、なんとなくここにしてみたの。比企谷君とはよく外で話すことの方が多かったし。」
彼女もおんなじことを考えていたらしい。
「あれは結構センスよく作ったつもりなんですけどね。普通に却下されましたね。」
「でも、それで文化祭実行委員会はどうにかなったんだからよかったよね。」
「いやどうにもなってませんよ、あの後さらに悪役したんですから。」
あれをやらなくてはならない状況だったとはいえ、今、思い返すとあまりほめられた手段ではない。というかもっといい方法はあった気がしなくもない。
だがまぁ、相模にはあれくらいのお灸は据えて当然ではあったが。
有言実行は基本だぞ、俺は言葉は発さないから実行しないけど。
「あの時は雪乃ちゃんにようやく合う子が現れたとか思ってたけど、それがこんなことになるとはね。」
「まぁ、俺も最初に会ったときにこれを予想しろと言われたらそれは無理ですね。」
この人に自分の想いを告げて、恋人関係になると前の自分に言ったら……たぶん、「寝言は寝てから言うのが世界の常識」とか言われそう。
「それで夏休みに聞いた質問の答えは出たの?」
「ずいぶんと懐かしい話をだしますね。さぁ、どんな内容だったか覚えてないんで分からないです。」
「ごまかさないの、お姉さんにあんまり恥かかせないでよね。」
「まぁ、でも結論が出ていないなら、こんなとこ来ないで逃げてます。」
「それもそっか。」
そう答えると、雪ノ下さんは俺に多分だが、チョコの入った箱を渡してきた。
「私の人生で最初で、最後の告白が聞けて良かったね、比企谷君だけだよ、聞けるの。さらにチョコも付いてる。お得だねぇ。」
そう言うと、息を吸い込んで俺の目をまっすぐ見た。
「比企谷君、す……ちゅき……です!」
「は……はい」
流れる沈黙、目の前の雪ノ下さんは頭を抱えて落ち込んでいる。
多分、噛んでしまったことを死ぬほど後悔しているのではないだろうか。
最初で最後と前置きなんてするから……。
「て……」
「て?」
「テイク2!」
………最初で最後とは何だったのか……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「大事な場面で噛むとか……一体私はどうやって世渡りしていたんだっけ? はぁ……もう死にたい。」
人生をやり直したいレベルのやらかしをしたらしく、相当へこんでいる。
ちなみにテイク2はOKでした。チョコももらったよ。
「あの普通にいつも通りやればよかったのでは?」
「それじゃダメだと思ったの。君には仮面を着けてると見抜かれてるし、それに素顔の私で告白したいって思ったの。それがこの恋愛に対する私の向き合い方だから。たとえそれでフラれることになってもね。まぁ、でもやっぱり柄じゃないわ。こういうのお姉さんには合ってない。」
「いえ、似合ってる、似合ってないではなく、俺に対してそういう態度で接してくれるのはうれしいですよ。雪ノ下さんの素顔が知れてよかったです。」
そう答えると、雪ノ下さんは意地の悪そうな笑顔を向けてきた。
「別にまだ、全部の素顔見せてないし。」
「別にこれから全部知っていくつもりですから。時間はありますし。」
「え?」
「だから、素顔のままでいてくれるのは素直に嬉しいですよ。」
すると、雪ノ下さんは俺の言葉を聞いてから急に黙り込んだ。
あれ、何か間違えた?
「あのさ、その言葉の真意ってさ……」
あぁ、そういえば言葉にしてなかったっけ。
「はい、俺も雪ノ下陽乃さんのことが好きです。」
すると、雪ノ下さんが慌て始めた。
多分、素顔を見せてるつもりでも、まだ仮面が付いていると思う。
俺が見ている仮面は素顔に近いものではあるが、素顔ではない。
人間、素顔なんてそう見せられるもんじゃない。けど、ここで彼女の素顔をたたいて、本音を聞かないと俺たちは未来に向かえない。
この人はまだ自分の本心を言えていない。
「そのね、私、マジ迷惑かけるよ」
「いや、迷惑をかけないで生きることなんてどんな人間でもできないですよ」
「年上だし、やりづらいんじゃない?」
「そこまで離れてるわけでもないでしょ」
「ひねくれて、腹黒いよ」
「ひねくれ具合なら五十歩百歩もいいとこですよ。」
「えーと……あとは……」
指で何かを数えている。
ふむ、仕掛けるならここか。
「俺のこと嫌いですか? 一応、告白を受けたから返事をしただけなんですけどね。フラれちゃうならほかのとこ行くしかないですね。」
それを聞いた雪ノ下さんは、青ざめた顔になって
「待って! 違うの!!」
と叫んだ。
「私は比企谷君のことが一人の女性として純粋に好き! 選ばれたのはすごくうれしい。けど自分でいいのか不安で、これからのことも考えると比企谷君に相当の無理を強いるはめになるって自分で理解してる。独占欲も強いし、自分がどれだけ面倒な女なのかってことはわかってる。だから選ばれたいけど選ばない方が君の幸せだと思ってた。でも……でも……」
雪ノ下さんの本音がようやく出てきた。
俺の返事はもう決まっている。
「俺の幸せは俺が決めます。俺は雪ノ下さんと一緒にいたいと思ったからここにいるんです。後のことなんて後に考えればいいんですよ。問題なんて先送りにしていいんです。重要なのは今、どういう選択をするかじゃないんですか?」
「わ……私は……」
雪ノ下さんの顔にはたくさんの涙が流れていた。
「はい」
「私も……比企谷君と一緒にいたい。これからもずっと、その先も……」
「はい、俺もです。」
それを聞くと雪ノ下さんは涙を拭いて、笑って見せた。
仮面の下の笑顔はそれはもう綺麗の一言だった。
俺の青春ラブコメは高校生活を飛び越え、大学でも続いていき、間違いだらけだった。
けど、この選択に、この決断に、後悔はない。
俺は雪ノ下陽乃と未来を歩んでいく。
これが俺の本物だと信じて。
【after】
「比企谷さん、お電話です」
「おう、繋いでくれ」
現在、比企谷八幡は社会人で必死こいてます。
問題は先送りにしたとこで、結局後で返ってくるのはわかってたとはいえ、辛い。
共働きで陽乃も働いているが、彼女の方が仕事できるキャリアウーマンで夫として辛い。
「はい、比企谷です。え……陽乃が……今から向かいます!」
俺が顔色を変えて、電話を切ると部下が話しかけてきた。
「比企谷さん、どうしましたか?」
「いや、なんでもない。今日は俺もう帰るから。」
「え、どうしたんですか、無遅刻無欠勤無早退の比企谷さんが、早退なんて珍しい。」
「別にそんな肩書き、不名誉すぎていらねーから。有休とか腐るほど余ってんだから、午後休みくらいできるだろ。」
「まぁ、差し迫った仕事ないんで、大丈夫だとは思いますけど。」
「じゃあ、行くわ」
部下との会話をすませ、帰る準備をして、会社を出る。
タクシーを捕まえて、行先を告げる。
「千葉病院まで」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「陽乃!」
病室のドアを開けると、陽乃はベットの上にいた。
「あ、八幡」
「お前、どうしたんだよ。会社で倒れたって聞いて顔青ざめたぞ。」
「いやぁ……なんか調子悪いなぁって思ってたんだけどさ、まさか、倒れるとは……あはは」
「お前なぁ、笑いごとじゃないからな。俺の気持ち考えてくれよ。」
「ごめんって……だってさこんなことになってるとは知らなくてさ……はは……グスッ……」
「え、何故泣いてるんだ? そんなでかい病気なのか?」
俺も完全に混乱している。
この反応、かなり大変なんじゃないか?
「実はね……八幡」
「おう」
「私……」
「あぁ」
「3ヵ月だって……」
………………………え?
「えーと、うん……そ、そっか」
ちょっと唐突過ぎて言葉が出ない。
マジですか。俺パパデビューですか、そうですか。
「ね…ねぇ、八幡は男の子と女の子どっちがいい?」
「そ、そうだな。俺は女の子がいいな。きっとかわいいと思うし」
俺の返答、ベターすぎるわ。
「私は双子がいいなぁ」
そのカテゴリーは質問の内容に含まれていましたか?
「なんで双子なんだ?」
「いや、八幡をからかっただけ。子供が出来たからって驚きすぎだよ。」
と笑われてしまい、少しイラっときた。
ほぉ……
「は、お前嬉しくて泣いてただろ。涙の後残ってるぞ。」
「嘘! さっき拭いたのに………」
「嘘」
沈黙
「むむ、まぁ男の子でも女の子でも双子でも三つ子でもいいよ。」
「そうなのか? 完全に男の子がいいとか言い出すと思ったわ。」
「うーん、まぁ希望はないわけではないよ。でもね……今はこの幸せが嬉しくてたまらないの。どんな子が生まれてきたってきっとかわいくて大切な子には変わりないからさ。」
「あぁ、俺も嬉しい。」
「ありがとう、八幡。私は今すごく幸せだよ。」
仕事でも、家庭でも一緒にいられたら幸せ
けど、この素顔の君を見れた瞬間が俺にとって一番の幸せだ。
これが、あの時、あの場所の青春物語の終着点から続く俺たちの未来
俺の幸せはここにある。
~fin~