「ふんふふ~、ふふふ~ん」
鼻歌交じりに
様々な植物が、葉から水を滴らせて、キラキラと輝いていた。
私は今、ホームの裏手にある、小さな畑に来ている。
ここでは、野菜の他、調合の素材となる薬草やハーブなど、比較的簡単に栽培できるものを育てているのだ。
理由は簡単、少しでも食費と原材料費を抑えるためである、まぁミアハ様の趣味という点もあるのだけど。
「むっ…」
気分よく水を撒いていた私の視界に、1本の薬草が映った。
周りにも沢山生えているごく普通の薬草ではあるが、何が気になったかと言えば、青虫がくっついていたのである。
植物としては健康な証拠なのだろうが、虫に食われてしまっては元も子もない。
私は青虫を潰さないように抓むと、少し離れた場所に生えていた雑草に乗せてやった。
焼石に水かもしれないけど、放っておくよりはマシだろう。
え、虫が嫌じゃないのかって?
こんな小さな虫を怖がってたら冒険者なんてやってられないんですよ、こちとら人間大の蛾やら蜂やら相手にしてるんです。
だが黒くてテカってカサカサ動いて『じょうじ…』って鳴くアイツ、お前はダメだ、絶対に許さない。
サーチアンドデストロイ…サーチアンドデストロイだ!
話が逸れた。
そういえば今年は妙に虫が虫食いの被害が多いような…。
例年も多少は虫に食われたりもしたけれど、今年はなんだか数が多い気がする…?
うちだけなのか、オラリオ全体的なことなのか、若干疑問を覚えつつも、水やりを終え、雑草を取り終えたあと、いくつかの薬草を採取して、ホームへと戻るのだった。
「ふむ…そうか、今年はそんなに酷いのか」
「そうなの、こんなに酷いのは久しぶりよ、困っちゃうわ」
ホームの扉を開けて中に入ると、ミアハ様と女性と何か話し込んでいた。
お客さんだろうか、ものすごい巨乳の美人…まさか、またミアハ様がどこかで誑かして…
「あら、ナァーザちゃんお帰りなさい」
「あ、デメテル様…いらっしゃいませ」
と思ったら、デメテル様だった、彼女であればミアハ様がやらかしたということではなさそうだ、一安心である。
デメテル様は、農業系ファミリアである、デメテル・ファミリアの主神だ。
彼女のファミリアが作る野菜は、おいしいとオラリオでも有名である、都市外から、わざわざ輸入しにくる商人もいるくらいだ。
デメテル様自身も、巨乳の美人で神格も親切で大らかと、非の打ちどころがない神物である。
自分と見比べるととても悲しくなる、胸囲の格差社会的な意味で。
ミアハ様とも仲が良く、よく収穫した野菜を分けてくれたりもする、大変助かっております。
「おぉナァーザよ、先ほどデメテルから少々相談を受けてな」
「相談…?」
デメテル様が相談とは珍しい、ダンジョン探索系ファミリアならともかく、農業系のファミリアは、うちとは内容的にあまり関連がないような?
「そうなの、ナァーザちゃんも少し相談に乗ってほしいのだけど」
「力になれるかはわからないけど…わかりました、どんな内容ですか?」
いつもお世話になっている神物からの相談とあらば、無下にすることはできない。
役に立てるかはわからないけれど…『三人寄れば文殊の知恵』というくらいだし、知恵くらいは貸せるかもしれない。
「最近ね、うちの畑の作物がよく虫に食べられちゃってね、色々対策はしてみたんだけど、どれも効果はいまひとつで…」
「ははぁ、害虫被害ですか」
「そうなのよ、これまでも多少はあったんだけど、ある程度は仕方ないと思ってたんだけどね、さすがに最近は売り物にならないくらいのが増えてきちゃって…」
そういって横に置いてあった手提げ袋の中から、キャベツを一玉取り出した。
「うわぁ~…これは酷い」
そのキャベツは虫食い穴だらけで、一目で売り物にならないとわかる有様であった。
少なくとも、私は
「これは特に酷いやつなんだけどね、でもこのままじゃ今年の収穫量は激減よ」
デメテル様が頬に手を当てて、はぁ~とため息をつく。
本人にそんな気はないだろうが、実に色っぽい仕草である、並の男ならコロっと行くこと間違いない。
「それでお願いというのは…?」
「そうそう、つまりこの害虫被害をなんとかできないかと思ったの、最近はなんだかポーション以外も作り始めたそうじゃない?」
私の質問に、デメテル様がパンッと手を叩きながら言ってきた。
ポーション以外って…この間の激辛香辛料のことだろうか…?それ以外ないか…
「基本的にポーション以外は専門外ですが…」
害虫退治なら専門家のフラワーナイトに頼んではいかがでしょう、いや…なんとなく思い浮かんだだけで、そんな存在がいるのかどうかは知らないけれど。
「それでもいいから、お願い~、あなた以外に頼れる人がいないの」
『あなた以外に頼れる人がいないの』…男が美人に言われたい台詞No1とかどこかで見たような気がする。
もしかしてこの人、わざとやってるんだろうか、いや女の私にやっても仕方ないんだけど…ミアハ様にはその手のは効かないし。
なんで知ってるかって?似たようなアプローチをやってスルーされたことが何度かあるからだ…
そりゃ私はデメテル様みたいな美人じゃないけど…やめよう、悲しくなってきた。
「わかりました、やれるだけはやってみます…」
「ありがとう~、ナァーザちゃんはいい子ねー、さすがミアハの子だわ」
「私もできる限り力になろう」
「二人とも恩に着るわ~」
「とりあえず…現場を見てみないと対策も練れない…畑を見せてもらってもいいですか?」
「もちろんいいわよ、これからいく?」
「できれば…ミアハ様、いってきていい?」
「もちろんだ、こちらは任せておけ」
私が行くとなると、その間はミアハ様に店番をしてもらうことになる。
念の為確認をすると、ミアハ様は快く引き受けてくれた。
「それじゃ行きましょ、うちの畑を見たら驚くかもしれないわね」
デメテル様が、さっそくとばかりに立ち上がり出口へと向かって行く。
私も慌てて準備をして、そのあとを追うのだった。
デメテル・ファミリアのホームは都市の中にあるが、それとは別に、都市外に広大な農地を持っているという話は聞いたことがあった。
「この農地を見て、これをどう思う?」
「すごく…大きいです」
初めてその農地を見た私の感想である。。
「すごいでしょ、オラリオで一番おっきな農地なんだから」
誇らしげなデメテル様、さすがは農業系ファミリアというだけはある、これだけの広さの畑は都市の中には作れないだろう。
私は近くに植えられている野菜の状態を確認する。
「やっぱり…大なり小なり虫食いあとがある…」
「酷いでしょう?このままじゃ出荷できる野菜の量が大幅に減っちゃうわ」
そうなれば野菜が高騰してしまい、絶賛節約生活中なうちのファミリアの財布にダイレクトアタックが決まってしまう、それは阻止しなくてはならないだろう。
「なんとかしてみます…ところで虫よけの薬品は使ってないのですか?」
「あれってやっぱり野菜の味や、人体への影響もあるじゃない?うちはこれまで使わずにやってきたのよね、でも最後の手段としては考えてるわ」
「つまり…薬以外の方法でなんとかしてほしいと?」
「えぇ、できればそうしてほしいところだけれど」
薬師に対して薬以外でなんとかしてほしいと依頼するとは、なかなか難しいことをおっしゃる。
【
・依頼人:デメテル・ファミリア
・報酬:生産した野菜の定期納品
・内容:害虫被害の防止
・備考:できれば薬以外でお願いね
私はギルドが運営している、公営図書館へとやってきた。
今回の依頼は、薬以外での解決が必要となる為、初めて【神秘】のアビリティを活用してみようと思ったのだ。
ここでは通常の書籍の他、長年に渡って蓄積されてきた、各種発展アビリティの考察などが書かれた物もある。
それを見て【神秘】がどういったものなのかを知ろうと思ったのだ。
「……製作者の魔力の触媒となるモノを素材と掛け合わせることで、様々な特殊効果を発揮する…か」
【神秘】は発展アビリティの中でも特に希少な物である為、それについて記載されている物は、思った以上に少なかった。
おかげで調べるのはすぐに終わったわけだけど…
分かったことは、【神秘】で作ったモノには、必ず製作者の魔力が込められた触媒が必要ということ。
武器や防具であればはめ込む宝石や、
薬品であれば自らの血や
その他、何を作るにしても、必ず魔力を込めた触媒が必要となるのだそうだ。
「さて…何を作るべきか…」
私は、制作するアイテムを考え込みながら、ホームへ向かって歩き始めた。
「……できた」
私は目の前にある、《神秘》を使用した初の作品を感慨深く見つめた。
素材となる、とある鉱石を入手し、マジックショップで守りの恩恵が込められた宝石を購入。
その二つを組み合わせることで、新しいアイテムを作成したのだ。
「デメテル様に報告に行こう…」
徹夜明けと、作品完成でテンションの上がった私は、さっそくとばかりにホームを飛び出したのだった。
ミアハ様を置いてきてしまったことに気付いたのは、デメテル・ファミリアのホームに着いた時だった。
「この石が害虫防止のアイテム?」
デメテル様が、私の作成したアイテムを物珍しそうに見つめる。
得意気になった私は、尻尾をぶんぶんと振り回しながら解説した。
「そうです、名前は《結界石》と名づけました…これを畑を囲うように四つ配置して…私が起動用の魔力を込めれば…」
4つ石を配置したあと、そのうちの一つに指先で軽く魔力を送る。
すると、石からうっすらとした光が立ち上り、石で囲った空間を包むように薄い膜が形成された。
「これは…結界?」
「そのとおりです、しかし普通に魔法で発生させる防御結界とは大分違います」
私は畑を覆う、薄い膜に手を伸ばす、すると膜に手が触れた途端、僅かな抵抗と共に、手は膜を突き抜けた。
「この通り、一般的な防御力というものは…ありません、人間であればほとんど力を入れずとも突き破れます」
「ほんと、
私に続いて膜に手を伸ばしたデメテル様が、感心したように呟く。
おおよそ私の狙いがわかったのだろう。
「人間ならば、簡単に破れる結界でも…小さな害虫ではそうもいきません、これで害虫の侵入は大半が防げると思います」
「この結界は、どれくらい持続時間があるのかしら?」
「この結界石は、触媒に
「なるほど…それで石に込められた魔力をチャージするということね」
「はい、一度起動すれば、石が壊れるまでは半永久的に稼働すると思います」
心底関心したように呟くデメテル様。
私はもう尻尾がすごい勢いで振られて、かつ自分でもわかってしまうくらいドヤ顔をしてしまっていた。
正直ミアハ様を置いてきてしまってよかったと思っている、さすがに見られたら恥ずかしい。
「凄いわね、予想以上のものを作ってくれたわ!」
「ゎっぷ…!」
デメテル様が感極まったのか、私を思いっきり抱きしめてくれる、私はその豊満な谷間に思いっきり顔を埋めることとなってしまった。
付き添いにきていた男の団員がすごく羨ましそうな顔をしているが、女の私にはまったく嬉しくない、というか若干凹む。
主に胸囲の格差社会的な意味で。
「これで次の収穫分からは、害虫被害に悩まされずに済むわ~!」
「満足してもらえたようで何よりです、それでその、報酬の方を…」
報酬をもらうまでがクエストです、と誰かが言っていた、ギルドを通さないクエストは報酬関連で揉めることが多いからだ。
まぁデメテル様が踏み倒すなんて心配はしていないけれど。
「そうね、一度ホームに戻りましょう、こんな素敵なモノを作ってくれたんだから、ちょっとオマケしてあげるわね」
ご機嫌なデメテル様はそういって、ホームへ向かって歩き出した。
なんとデメテル様は、元々の報酬に加えて、追加で10万ヴァリスも支払ってくれた。
さらに結界石の追加発注も頂き、ミアハ・ファミリアの懐は大変潤ったのだった。
ミアハ様もとても喜んでくれたし、《神秘》の扱い方も多少覚えられた。
色々な意味で得た物が多いクエストだったと思う。
《神秘》関連の道具は、今後積極的に何かを作っていきたいなーと思うのだった。
《結界石》
素材
護りのアミュレット