ダンジョンから採取した薬草を磨り潰し、フラスコに入った液体へと混ぜる。
そのままゆっくりと加熱し、気泡が出てきたところで素早く火から外す。
このタイミングを誤ると一気に薬効が薄まるので注意。
あとはこれに、準備しておいた薬品を少量ずつ…
ガチャッ
「ナァーザよ、ギルドで割のいいクエストを見かけたのだが」
突如ドアを開いて一人の青年が入室してきた。
作業に集中していた私は、青年が帰宅した気配に気づかず、その入室音に驚いて手元を狂わせてしまう。
決して大きな音を立てて入室してきた訳ではないが、繊細な作業を行っていた為、タイミングが悪かったのだ。
慌ててももう手遅れである、大量の液体がフラスコの中に流れ込み、青く澄んでいたフラスコの中身が徐々に黒く変色し、ボンッ!という音と共に黒煙を吹き出した。
当然、それは私の顔を直撃する。すごく煙い…
「ミアハ様…」
「むっ、調合中だったか、すまぬナァーザよ…」
コントのように真っ黒になった私の顔を見て、謝罪と共に頭を下げる美青年。
私は はぁ… とため息をついてダメになった薬品を廃棄した。
幸いと言ってはなんだが、調合難易度は高いが素材そのものは比較的安価な物だったので、損害は軽微である。
「お帰りなさい、集中していてミアハ様の帰宅に気付かなかった私が悪い…気にしないで」
私は顔を逸らしながら、申し訳なさそうな顔の青年をフォローする。
この美青年の名はミアハ、私の所属するファミリアの主神である。
極めてお人よしで、誰にでも親切にしてその美男子っぷりで数多の女性を虜にしてしまう。
しかも無自覚でやっている上に、本人は見事な朴念仁で女性の好意に気付かない為、注意しても直らないのだ。
私の気も知らないで…!
ちなみにアプローチをしてくる女には、うちの主神に色目を使うなと、しっかり釘を刺す。
それでもあきらめない熱心な輩には、きっちり【お話】をすることになる。
内容についてはここでは触れない、女の
ちなみに私の名はナァーザ・エリスイス。
種族は
一応Lv3の上級冒険者で、このミアハ・ファミリアの団長を務めている。
なぜこの歳で団長なのか疑問に思うかもしれないけれど、それは現在ミアハ・ファミリアに所属している団員が私一人しかいないからである…
ミアハ・ファミリアは少し前まで中堅規模のファミリアだったの。
でも私は中層での探索中、迂闊にもモンスターの大群に遭遇してしまって、何とか撃退はしたけれど、右腕を失う大怪我をしてしまった。
そのまま力尽きた私は、あえなく新たに出現したモンスターのお腹の中に…
とはならず、その前に運よく通りかかった、探索帰りの親切なパーティーに救出され、地上へと生還することができたのでした。
めでたしめでたし
となるはずもなく、片腕を失った私は得意武器であった弓を使うこともできなくなり、冒険者廃業を覚悟した。
けれど、なんと我が主神は周りの反対を振り切って、商売敵であるディアンケヒト・ファミリアに頭を下げ、最高品質の義手の魔道具である
結果として私は、隻腕となることもなくなったのだが、代償としてミアハ・ファミリアはディアンケヒト・ファミリアに対して莫大な借金を負うこととなってしまった。
その額 なんと1億ヴァリス
利子は一切付けずにいてくれるとのことだが、それにしたって高すぎる、足元見過ぎだろうと思うが、
なんせこの義手、自前の腕と変わらず自由自在に動かせる上に、指先の触覚までも伝わってくるのだ。
細かいことではあるが、調合に限らずモノを作るうえで指先の感覚というのは極めて重要なファクターである。
匠の技となれば、指先の感覚だけでタイミングから分量まで判別してしまうほどだ。
だが、実際に使用した私はともかく、その他の団員達には、とても納得のいく金額ではないのも確かだった。
その額を聞いた団員は、自分たちの静止を振り切ってそんな借金を作ってしまった主神に愛想を尽かし、次々と離れて行ってしまったのだ。
結果として残ったのは私のみ、ミアハ様は「お前が気に病むことはない」と言って笑ってくれるが、そうはいかない、全財産をなげうって私を救ってくれたミアハ様への恩返しの為にも、借金は必ず私が返済し、もう一度ファミリアを盛り上げて見せる、と心に決めた。
その日から私とミアハ様、二人っきりの甘い生活…ではなく借金返済生活が始まったのだ。
では二人だけでどのように1億もの借金を返済するのか、利子はないとはいえ、月々の支払は100万ヴァリスである、団員の多いファミリアならば不可能な額ではないが、団員1人ではまともな方法では無理だろう、それこそ歓楽街に身を落としてしまう。
それは絶対にごめんである、私の相手はミアハ様以外にありえないのだ。
それはともかく、不幸中の幸いと言っていいのか、私が右腕を失うこととなった戦闘で、私はランクアップすることが出来たのだ。
しかも超希少な発展アビリティの《神秘》と新たな《魔法》及び《スキル》を覚えるというオマケつきだ。
死にかけたのは無駄じゃなかった…と喜んだら、ミアハ様に怒られた、反省…。
ちなみに《神秘》はオラリオでも数人しか持っていないと言われる希少なアビリティだ。
その効果は道具を作成する際に、様々な効果を付与することが出来ると言われている。
おそらく、この
有名所では、ヘルメス・ファミリアの団長で
秘匿されているため、どのような道具を作っているのかは不明だが、さぞ強力な道具を作っているのだろう。
姿消したりできるんだろうか…ペルセウスだし。
話が逸れた。
つまり私は《調合》と《神秘》のアビリティを駆使して、貴重な道具を作成して荒稼ぎしようと考えているわけだ。
とはいえ、いきなりすごい道具が作れるわけもないし、現時点では知名度もない為、最初はギルドのクエストをこなしたり、一般的なポーション類を作成してファミリアの経営するお店、《青の薬舗》で販売して少しずつ稼いでいく予定。
「それで、ミアハ様が見つけてきたクエストというのは?」
「うむ、これだ」
そういってミアハ様が取り出した用紙には
【ブルーパピリオの翅10枚急募!報酬50000ヴァリス】と書かれていた。
ブルーパピリオとは、7階層に出現するパープルモスの亜種のような姿をしたレアモンスターである。
透き通るような綺麗な翅をした蝶のモンスターで、その翅は治癒効果を持つとされる。
しかも相場としては1枚2000ヴァリス程度、高くても3000ヴァリスなところを10枚で50000ヴァリスとは破格である、急募というだけあって金に糸目を付けないほどなのだろう。
ギルドを経由しての依頼であるため、報酬を踏み倒される危険もない。
「ブルーパピリオの翅10枚…手間はかかるけど、難易度は低い、これなら私一人でもやれる…」
「そうだろう、それにうまくいけば余った分を私達で使うこともできる、一石二鳥だ」
「このクエスト受けてきます…急がないと」
このクエスト、急募!と書いてあるだけあって、期限がかなり短く区切られている。
ブルーパピリオは上層で出現するモンスターである為、倒すことは容易だが、レアモンスターというだけあってその出現率は低い、最悪の場合は出会うこともできずに期限切れという可能性もあるのだ。
ちゃちゃっと40秒…は無理だったけど5分ほどで準備を終える、いくらなんでも7階層程度なら大層な準備は必要ない、武器とポーションをいくつか持っていけば十分だろう。
「それじゃ…行ってきます」
「うむ、店番は任せろ、気を付けていくのだぞ」
私は、ミアハ様に見送られながら、まずクエストを受領する為、ギルドへ向かい走りだした。
さて到着しました、ダンジョン7階層。
Lv3になった私にとって、この辺りのモンスターなど敵ではない。
「問題はどうやってブルーパピリオを探すかだけど…」
闇雲に探し回っていては期限に間に合わない可能性が高い。
とはいえ、出現箇所を特定することなどできないわけで…
と、そこで閃いた。
探すのが難しいなら、向こうから来てもらえばいいじゃない。
「というわけで
絶えず樹液のようなものが湧き出しているその場所には、常に大量のモンスターが食料を求めてひしめき合っているのだ。
「残念、まだいないみたい…」
通路の影から
けれどその中にお目当てのブルーパピリオの姿は見えない。
残念だが想定内、あとは
私はバックパックに取り付けてあった弓を取り外し、モンスターの群れに向かって構える。
矢は装填していない、傍から見たら矢のない弓を構えるという滑稽な姿に見えることだろう。
「穿て、七色の矢…」
弓を構えたまま、超短文詠唱の魔法を唱える。
「レイ・ボウ」
瞬間、何も装填されていなかったはずの弓に、炎の矢が装填される。
私はそれをモンスターへ向かって撃ち出した。
高速で飛来する矢は、モンスターが反応する間もなく、着弾。
盛大な爆炎が巻き起こり、付近にいたモンスターをもまとめて吹き飛ばした。
「穿て、七色の矢…」
私は、奇襲によりモンスターが混乱している間に、さらに追撃すべく、もう一度詠唱を始める。
「レイ・ボウ」
再度、構えた弓に魔法の矢が装填された。
ただし今度は先ほど違い、青く輝く氷の矢だ。
放たれた青い矢は、瞬く間に別のモンスターの群れへと着弾し、その周辺を凍結させた。
これが私の新たな魔法「レイ・ボウ」だ。
超短文詠唱で発動でき、私の意思で火氷雷風土光闇の7種類から効果を選択できる。
ここだけならば凄まじく便利な魔法だが、弓を用意しなくては発動できないという縛りもある。
私は弓を背中にしまい、短剣を両手に構えて、2発の魔法で半壊したモンスターの群れへ突進する。
私の得意武器は弓ではあるが、ダンジョンを探索するに辺り、常に距離を保てるわけもないので、当然ながら近接武器だってある程度使えるのだ。
いくら数が多くとも、上層のモンスターなど恐るるに足らず。
程なく
さて、あとはブルーパピリオがやってくるのを待つだけである。
私は周りに散乱している小粒の魔石をせこせこ拾い集めつつ、標的がやってくるのを待つ。
魔石の放置はマナー違反、それに今は小銭だって無駄には出来ないのだ。
続々と
しかも大群だ、10匹近い群れでやってきたのである。
待ってましたとばかりに短剣を持って襲いかかる私、なんだかどちらがモンスターか分からなくなってきた気がする。
あっさりと殲滅した後には、ドロップアイテムとしてブルーパピリオの翅が4枚落ちていた。
「4枚…」
私はドロップした枚数を見て肩を落とした。
クエストに必要な枚数は10枚、つまりまだまだ足りないということだ。
いや、10匹倒して4枚ドロップなら十分と言えなくはないが、また長時間待ちぼうけをすることになると思うと、ちょっとげんなりする。
私はため息をついて先ほどの位置まで戻った、先は長そうである…
結局、ブルーパピリオの翅が必要数揃ったのはそれから4時間も後だった。
あのあと3枚、2枚と手に入れて計9枚になったときは、あと1枚多くドロップしてよ!と嘆いたものだが、最後の群れで6枚ドロップしたときは喜べばいいのか、泣けばいいのかわからなかった。
何はともあれ依頼は達成である。
ギルドへ持っていき報酬の50000ヴァリスを受け取り、気分よくホームへと帰ってきた。
「ただいま戻りました…」
「おぉ、よくぞ戻ったナァーザよ、怪我は…ないようだな、無事で何よりだ」
ホーム兼店舗の扉を開けると、カウンターの中で店番をしていたミアハ様が迎えてくれる。
「私はもうLv3…7階層くらいじゃ何が起こっても危険はない」
「う、うむ…そうだな、わかってはいるのだが」
おそらく先日の大怪我のことを引きずっているのだろう。
不謹慎ではあるが、ミアハ様が私のことを気遣ってくれるのがとても嬉しかった。
まぁ、あくまで子供としてしか見られていないのはわかっているけれど…
「これ、ギルドから貰ってきたクエスト報酬…あとブルーパピリオの翅も5枚余分に採れた、この翅と、報酬のお金で材料を買ってポーションを作れば…結構な儲けになるはず」
「うむ、御苦労であった、あとは私に任せてゆっくり休むがよい」
「大丈夫、全然疲れてない…ポーションの調合は私がやる…ミアハ様は店番をお願い」
「そ、そうか…いやならば、せめて足りない素材の買い出しをしてこよう、その間だけ店番を頼むぞ」
「…わかった、それじゃ店番しながら調合の準備をする」
どうあっても私を休ませたいらしい、その厚意を無下にするのも気が引けるので、了承することにした。
接客をしつつ、調合の準備をしている間に、ミアハ様が様々な素材を買ってきてくれた。
私はミアハ様と店番を交代し、さっそく調合を開始した。
ブルーパピリオの翅の他、様々な素材を調合しポーション、マジックポーション、解毒剤等色々な物を作りだす。
素材を放り込んで、グルグルかき混ぜたらアイテムが完成するような便利な釜は存在しないので、全て手作りである。
神秘のアビリティも発現したことだし、いつかそんな便利な釜の作成に挑戦してみるのもいいかもしれない。
あと、ダンジョン内で素材放り込んだら、ここの保管庫の中に転送されるようなバックパックとか…
そんな妄想をしつつ最終的に完成したのは
ポーション120個
ハイポーション8個
マジックポーション5個
解毒薬23個
である。
結構な量が作れたので、全て売れればそこそこの売上になるだろう。
ミアハ様に作った商品を検品して貰い、腕が上がったなと頭を撫でられて、不覚にも尻尾を全力で振ってしまった。
その後、私とミアハ様はなんとか作った商品の大半を売り上げた。
まだまだ借金返済には程遠いが、こうしていつか必ず完済してやるのだ。
本日の売上 41万ヴァリス
借金残額 1億ヴァリス
ナァーザ・エリスイス Lv3
力 I0→I0
耐久 I0→I0
器用 I0→I1
敏捷 I0→I0
魔力 I0→I0
調合 H
神秘 I
魔法
《ダルヴ・ダオル》
《レイ・ボウ》
【穿て、七色の矢】
・術者のイメージで属性が火水風雷土光闇のいずれかに変化
・弓を使用しなければ発動不可
スキル
《
・弓使用時、ステイタスに+補正
《
・道具生成
・錬成する量と質に比例してマインドの消費量が増加
濃厚なアトリエシリーズネタを期待されていたらすみません。
ナァーザさんはどっちかというと鋼の錬ry
原作でナァーザさんが持ってる魔法《ダルヴ・ダオル》の詳細がわからないので扱いに困ります。