GIRLS und PANZER with Unbreakable Diamond   作:デクシトロポーパー

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大変おまたせしました。
戦闘結果の総括で、今回の戦車戦の話は終了です。
時間がかかった分というわけでもないですが、ほぼ二話分の文量ですね。

今回は、秋山どの視点で。


戦車戦にチャレンジしよう!(10)

秋山優花里(あきやま ゆかり)のムーンライダーズを以てしても、河嶋桃を発見することは叶わなかった。3号突撃砲を撃破した直後に気づきはしたのだ。『矢』は一体どこにあるのか、と。戦闘開始前にどこかに隠すような、勝負の成立を脅かすマネをしても誰も得をしない以上、戦場に現れたうちの誰かが必ず持っているはず。だが全員で探し回っても発見できない。38tも、3号突撃砲も、『死体』まで含めて探した。なのに無い。

 

「……河嶋さん」

 

みほが思い出したようにつぶやいた名前から、全員がすべてを悟った。生徒会長の『死体』はニヤリと笑った。残存戦力を総動員しての捜索が始まるも、手がかりなどあろうはずもなく。探し始めてから二十分経過したあたりで、ついにタイムリミットと相成った。学園艦の横幅をフルにカバーして探索できるムーンライダーズでも、たった7騎で方向性すら絞れないではどうしようもない。最初に木や枝が不自然に折れていたり、踏み荒らされた草の後などを探しはしたが、そんな痕跡もついに見つからずじまいだった。今は、試合時に使われる監視塔前に、4号戦車ともども到着している。エンジンを止めて全員が降りたところへ、後ろから誰かが猛ダッシュしてやってきた。振り向くなり、必死の形相で両肩をガシッと掴まれた。億泰だ。

 

「オォイ! 秋山ァァーーーッ

 生きてっかァー、大丈夫なのかよぉーーーッ」

「アイタッ! イタタタタッ!

 ユスんないで下さい虹村どの、キズが、キズが開くんですよぅ」

「仗助ェェーーーッ 早く治してやってくれよぉぉ~~、

 血ィ出てんじゃあねーかよぉぉ~」

「傷が開くと言ってるだろ、アホかお前は」

 

麻子が割って入り、押しのける。

 

「アッ、すまねぇ! でもよぉーー」

「何も考えずライダーズをツブしたな?

 そして、ツブした後で気づいたな、お前」

「ウグッ。お、おうよ。

 兄貴のバッド・カンパニーと同じ感覚でやっちまったァ~~」

「お前の兄貴のスタンドか。歩兵60人だったか?」

「おう、兄貴のバッド・カンパニーは一人、二人ツブれても

 ダメージにゃあならなかったからよ。だが考えてみりゃあ、

 秋山のムーンライダーズは7人っきゃあいねーじゃあねーか。

 単純に計算すりゃあよ、身体の七分の一がフッ飛んじまうと思ってよぉー」

 

ばつが悪そうに、しどろもどろに説明する億泰に、麻子は小さくため息をついた。

 

「考えた方か。お前にしては」

「どーいう意味だよ、コラ」

「気にしないでいい。東方は……ン?」

 

先ほど億泰が呼びかけた方向を麻子が向く。思い切り怪訝な表情をしたので、つられてそちらを見てみると。クシで髪をイジりながら、半分泣きが入っている男が一人いた。前髪の長い部分がハネ上がって、トサカのようになっている。誰だかわからず、数瞬、目をこらす。あの背丈。ちょっとトボけたタレ目、碧眼。濃い眉……

 

「あっ、そうだった。東方どのですねコノ人」

「くっそぉぉーーー、何をどうやったって戻りゃあしねぇ……

 ヤラレちまったんだよ西住にッ! スーパーハードの粘着がブッ壊れちまった!

 クレイジー・ダイヤモンドで直ってくれたらよぉぉーーー、ウウウッ」

 

出っぱなしのクレイジー・ダイヤモンドがものすごく困った顔をしている。ここまで、ずっとこの調子で歩いてきたのだろうか。

 

「何このリーゼント中毒。

 正直、今のアンタの方がカッコイイと思うんだけど。ワタシ的には」

「でもリーゼントあってこその東方どのですよぉー武部どの。

 エレファントからアハトアハトを取られたら、私だってカナシーです」

「そーなんだよ秋山ァァァーーーー、油くれよ油ァァー」

 

必死の形相で両肩をガシッと掴まれた。またもや。

 

「せ、戦車用のグリースしかありませんよぅ」

「それでいいッ よこせ!

 オレをチョットでもアワレに思うならよぉぉーー」

「東方くん、それはやめよう。ハゲたりするかもよ?」

 

見かねて、みほが割り込んできた。少しでも冷静になれば仗助にだってわかるはずなのだ。工業用のオイルを人間に塗り込むとか、ありえない。

 

「ンなこと言うならよ、オメーどうにかしろよ西住ッ」

「うん、考えがあるんだ。

 まず、クシで整えてから手で押さえて、固めるところを教えて」

「ンッ? お、おう」

「あっ、しゃがんで。 見えないとツライから」

 

そう言って、みほはおもむろにトゥルー・カラーズを出し、拳を仗助の頭に当てる。アイロンをかけるように拳を前後させ、その後を指先で軽くこすっている。

 

「こいつは……トゥルー・カラーズのペンキか?」

「うん、透明にしたペンキを塗りこんでみたよ。

 私のスタンドなんだし、身体に悪いとか、そういうのは無いと思うな」

「なるほど、乾けば固まる。速乾性!

 グレート! ナカナカ具合よしだぜ」

 

手鏡で元通りのリーゼントに戻ったことを確認し、ご満悦でポーズをとっている仗助。その袖を、麻子が引いた。少しイラついた顔をしている。

 

「髪が直ったのなら、こいつも治してくれ。頭をケガしている」

「あ。悪かったッスよ、すぐなおすぜ……」

「鏡持ってまでメンテ欠かさないとか、オンナのコじみてるわねアンタ」

「死にたくなるぜ! 崩れたリーゼントで外歩くとかよぉ~、絶対にできねぇ!」

 

仗助は沙織と雑談しながらも、クレイジー・ダイヤモンドだけはしっかり優花里の方によこしてきたので、近くに寄って治してもらう。痛みが消えていく。傷が水にでも溶けていくような感触に目を細めていると、少し困ったように仗助が言ってくる。

 

「思うんだがよぉー秋山。

 やっぱし直接戦うのは危ねぇーぜ、おめーのムーンライダーズ」

「はい、防御力ゼロですからねぇ~。

 東方どのがいないと、このダメージだってどれだけ引きずるか」

「だがよ、他のスタンド使いと連携して『偵察』だとか『牽制』に

 専念されると厄介な能力でもあるな……これからはよ、

 その辺メインで訓練してくのもいいんじゃあねーかと思うのよ。

 どうよ、西住?」

「東方くんの言う通りだと思うよ。でも、賛成できない。

 こんなこと言いたくないけど、もし!

 もし、音石明の気が変わっちゃったら……

 もし、一人ずつコソコソ暗殺する方針に切り替えたなら。

 優花里さんは何もできずにやられる。今のままじゃあ、そうなる」

「共闘前提も、それはそれで危険ってわけか。

 最低一度は逃げ切れる策を用意しとかねえとな」

 

自分の身体から、こげくさい臭いが漂ってきた気がした。高圧電流でバチバチ焼かれた記憶が、鼻の奥にフラッシュバックしている。思わず、自身の身体を抱きしめた。スタンド使いになったところで、恐怖が消えるわけではないのだ。両肩に、また手が置かれた。本日三度目だが、今度は優しかった。

 

「させないよ、優花里さん」

「西住どの……」

「そんなことには私がさせないし、優花里さんも、そんな風には終わらない。

 そのためには、練習だよね。それと、作戦」

「不良の悪知恵で良けりゃあよぉぉー、貸してやるぜ! 秋山」

「ありがとうございますッ! 西住どのッ、東方どのッ」

 

二人がいてくれるなら、この恐怖とも戦えるだろう。いや、二人どころではない。この場の全員が味方だ。深く頭を下げる優花里に、仗助とみほが顔を見合わせて苦笑したところで、6両目の戦車が背後から姿を現した。90式戦車だ。蝶野教官が空挺降下で持ち込んできた、自衛隊の最新鋭戦車である。最高速度は、4号戦車とは段違い。時速70km。戦車道の戦車とは、最初から比べるべきではない代物だ。優花里たちの真横を通り過ぎてから脇に避け、ピタリと止まると、蝶野教官がキューポラから身を乗り出し、天蓋に直立する。続いて、承太郎がやや窮屈そうに這い出してきて、最後に、河嶋桃が出てきた。これまた、何か変だと思ったら、承太郎がコートを着ていない。代わりに、河嶋桃がそれを羽織っている。よく見ると、汗みどろだった。ヘクシュン! 思いきりクシャミをした河嶋桃が、それでも見栄を張るように足を踏み鳴らすと、すでに集合を終えていた一同が、全員整列する。生徒会一同ことカメさんチームは、当然のように前に出て90式戦車の傍に立った。仗助達は、とりあえずカバさんチームに合流したようだ。

 

「これより、蝶野教官に今回の模擬戦を総括していただく。

 一同、謹んで聞くように……ックシュン!」

 

しまらない空気に全員が和んだ。それをキッとにらんでから、河嶋桃は後ろに下がり、蝶野教官に最前列をゆずる。数秒間の溜めを作ってから、蝶野教官は満面の笑顔で親指を立てた。

 

「ファンタスティック! 素晴らしい戦いだったわ。

 超能力を持ち込んだオカルトバトルだったけど、

 それに頼り切ることもなく、持て余すこともなく!

 挟撃、各個撃破、奇襲、囮作戦……

 目まぐるしい全力の攻防、見せてもらったわよ」

 

表情からは、お世辞などの雰囲気は感じ取れなかった。もっとも、おそらくこの人は本心でしかものを言うまい。90式戦車で学園長のフェラーリを引きつぶしておきながら『ガハハ』と笑って済ます人なのだ。

 

「西住さん」

「はい」

「作戦の最重要目標である『矢』の行方に配慮できなかったのは、

 あなたらしくない失敗だったわね……いえ、訂正しましょうか。

 そんなことを考えていられないほどに追い詰められた。

 大将首を直接狙われたせいで、『矢』の行方をもっとも気にするべき

 タイミングで、司令部の機能が停止していた。

 そしてその失敗は、敵を全滅させても償えなかったというわけね」

「はい。明確な敗因です」

「よろしい。課題が見えたわね」

 

ウンウンと二度ほど頷き、蝶野教官は別の方向に視線を向ける。

 

「東方くん」

「……ハイッス」

「あの作戦、あなたが考えたの?」

「違います。いや、ちっとは考えましたッスけど……

 オレは川を盾にして守ることを考えて、億泰のヤツが全戦力で

 ノッケから突撃することを考えたンスよ。

 ドッチも穴だらけの作戦だったけどよぉ~、

 そこのエルヴィンがまとめ直してくれてでスね、今回の作戦になりました」

「ミョルニル作戦、っつーんだぜぇー、カッケーよなぁー。

 イミわかんねーケド」

「カッコイイよねぇー」

 

億泰が入れた茶々に生徒会長が同調してニンマリ笑っている。注目されたエルヴィンは、ポッと顔を赤くしてソッポを向いた。多分、億泰には冷やかす意図はまったくない。普通に褒めているのだろうが。

 

「なるほど。3号突撃砲が積極的に動かなかった理由がそれね。

 東方くんはスタンドで直接殴り合うから指揮なんか取れない。

 だから3号突撃砲を司令部とし、挟撃作戦の指揮に専念させた。

 そういうことね」

「はい。オレ達の『アタマ』は最初から最後までエルヴィンです」

「西住さん」

「はい」

「あなた以外で戦闘指揮の出来る子が、ついに現れたわね。

 今後の模擬戦にも力が入ってくると思わない?」

「はい。他の人にも機会が欲しいです。時間さえあれば」

 

そうなのだ。みほ以外が戦闘指揮をするなど、今まで考えたことすらもない。みほを除いた全員が戦車のド素人のため、誰もがそれ以前の問題だったからだ。指揮の通りに動き回れる地盤作りのため、今までを費やしてきたと言ってもいい。だが今回、模擬戦の形でチームを二つに割り、片方を誰かが受け持たざるを得なくなり。そして受け持ったエルヴィンは、最後までやってのけた。あまつさえ、勝った。この意味は大きい。たとえ、それがスタンドなどという異物を混ぜた邪道な戦車戦であろうとも。当のエルヴィンはこわばっている。えらいことになった。そう思っているようだ。

 

「ま、待ってください。得意になんか、とてもなれない!

 勝てたのは皆が奮闘してくれたからで! 作戦も皆の折衷案で!

 奇跡的に生き残った河嶋先輩がメロスみたいに走ってくれたからなんだ!」

「奮闘できるように指示を出せたってことだよね。

 みんなが作戦通りに動いて、誰も混乱してなかった……

 スゴイよ。初めてだとは思えないくらい」

「あ、う」

 

軍帽を深く被ってうつむいたエルヴィンは、そのまま何も言えなくなる。

 

「観念するんだな、名将!」

「イヨッ、砂漠の狐!」

「カバさんチームの夜明けだぜよ」

 

カエサル、左衛門佐、おりょうに代わる代わる冷やかされ、エルヴィンはカタカタ震え、しまいにキレた。

 

「お前らーッ 人の気も知らないで!」

「ハイハイ、そこまで!

 せっかくだから、空条先生にも一言お願いしたいのよ」

 

パンパン手を打ち鳴らして騒ぎを沈めた蝶野教官は、今度は承太郎に話をふった。事前の打ち合わせもなかったのだろう。一瞬、面食らった表情をした承太郎は、やれやれだぜ、と小さくつぶやいてから前に出てくる。

 

「戦車道については門外漢だがな。

 一応の予習として、聖グロリアーナとの練習試合は見させてもらった」

 

全員に気まずい雰囲気がただよった。あの時は、無様をさらしたチームがほとんどであったから。敵待ち伏せ時に遊んでいたところも映像に残ってしまっており、そんなものを見られてどういう印象を持たれるか、今となってはわかりきっていることだった。

 

「ウサギチーム。前回の君たちは『戦車を捨てて逃げた』。

 何ひとつ貢献しない、最低の戦いだったな」

 

奥歯を噛みしめ、ギリッと鳴らしたのは確か、澤梓(さわ あずさ)と言う子だったか。1年生チームであるウサギさんチームのリーダーだ。

 

「だが今回、君たちは『戦車を捨てて戦った』。

 敵を討ち取る手段として、あえて戦車を捨てることを選んだ。

 砲塔を回すことで億泰の注意を引き付け、密かに戦車を降り、

 ザ・ハンドの引き寄せを逆に利用した。

 戦いを放棄せず、観察し、敵の強みにすらも弱点を見出す。

 その冷静さを忘れるな……それが、君たちを強くするだろう」

 

悔しそうな顔から、花が咲くように笑顔になっていったのは、確か桂利奈という子。他の1年生達ともども、澤梓の方を見ては笑っている。驚いた。ザ・ハンドを倒したのは彼女か。今回の戦い、色々な才能が見出されているようだ。

 

「次に、アヒルチーム。君たちのアシストは特筆するべきものだと思う。

 君たちの立ち回りが無ければ、西住チームは仗助と億泰の挟撃を

 防ぎきれなかっただろう。 攻撃だけが戦いではない。

 君たちは、それを証明し続けるのがいいだろうな」

「はいっ、スパイクを打つだけがバレーではありませんッ

 チームワークなくして勝利なし、ですよね?」

「…………ああ」

 

今は亡きバレー部の元主将、磯部典子(いそべ のりこ)なりの会心の返答だったのだろうが、承太郎は『大丈夫かなコイツ』的な微妙な表情をして、気を取り直してから、今度はこっちを見た。正確に言うと、華の方を見ている。

 

「五十鈴華。西住みほの代理で指揮を託されたのは君だと見たが、間違いないか」

「はい」

「4号戦車とムーンライダーズで、億泰と仗助を別々に相手取ったのは失策だな。

 動きから見て、億泰を狙撃で確実に仕留めるつもりだったのだろうが……

 腕前への自負が、結果として敗北につながった。そう見える」

 

承太郎の言っていることは結果論である。と言ってしまえばそれまでだが。もし、あの場面で億泰ではなく仗助を狙い、動きをさらに制限していれば、3号突撃砲が混戦に乱入してくる前に仗助を倒せていたかもしれない。倒せてさえいれば、『矢』を追いかけるのも間に合った可能性が高い。生身の人間が走っていただけなのだから。その勝負の分かれ目に、華は居合わせていたのだ。そして、今回は誤った。華自身も重々承知だったようで、落ち込んだ顔こそしているが、不快を感じている雰囲気はない。

 

「その通りです。自戒いたします」

「人間大の相手を的にしても外さない技量は得難いものだろう。

 だが、その『誇り』が時として隙になること、覚えておくといい。

 撃つその瞬間、自分自身を決して疑わない。そのためにもな……」

「驕り。のことではありませんね……強い武器を持ったがために、判断を誤ると?」

「そうだ。武器はただ武器でしかない。目的のためにある、ただの手段だ」

「目的を預かっておきながら、知らず知らず手段に固執して、

 挽回の機会を失った……

 ありがとうございます。正すべき部分が見えました」

 

ぺこりと頭を下げる華に、承太郎の方も、上から目線ですまなかった、と謝って、後ろに下がる。話はこれで終わりだと、行動で示していた。

 

「期待以上のお話だったわね。

 私の仕事の半分以上が持っていかれた気分になるくらい。

 良ければ今後も手伝っていただけませんか、空条先生」

「スタンドに関することならな……

 それはそうと、康一くんがずっとソワソワしているようだが」

 

さっきから、ずっと何かを言いたそうにしていた康一は、今もやはり不安そうに承太郎と蝶野教官を見ている。由花子というのが何者なのかは結局わからないままだが、よほど恐ろしいらしい。学園艦が髪の毛マミレになる、とか億泰が言っていたから、どうやらスタンド使いではあるらしいのだが。

 

「あ、そうだったわね。コングラッチュレーション!

 合格よ、文句なしに!

 というか、生徒会長に怒られました。

 『勝手に男を突っ込まれちゃあ困る』って」

「どーしてもって言うんならヤブサカじゃあないけどねぇ~。どうよ、康一くん」

「え、エンリョします。どーぞお気ヅカいなく!」

 

目をひん?いてワタワタ両手を振り回す康一に、生徒会長はニヤーッとイヤラシイ笑みを浮かべた。

 

「まー、それとは別に、ちょっとばかりお礼もしたいからさ。

 後で服の採寸させてね」

「服ゥ? なんの話ですか一体」

「さぁー、何だと思うね? 康一くゥーン

 怖がることないよー、天井のシミを数えてる間に終わるからさぁー」

「ひぃぃぃぃッ」

 

両手をワキワキさせている生徒会長に震え上がる康一。傍から見るに、オモチャとして目をつけられたとしか思えない。

 

「やかましいッ、解散してからにしろ!」

「アハハー、ゴメンナサイ」

 

承太郎に怒鳴られた生徒会長だったが、明らかに全然懲りていなかった。戦車格納庫まで引き返してから、改めて解散を言い渡されると、仗助と億泰も生徒会長に呼び止められる。服の採寸うんぬんは、わりとマジメな話であったらしい。

 

「ぶっちゃけるとねぇー、キミたちに死なれちゃ困るんだよねー私ら。

 だから頑丈なインナー用意して、ちょっとでも防御力上げようって話」

「そういうことなら願ってもねー話だがよ、いいんスか?

 そんなことしてもよぉー。学費とかの横領にならねーの?」

「前の『音石明事件』を受けてさぁー、風紀委員に

 防刃繊維のインナーを配布する予算はもう通ってるんだよねぇー。

 材料だけ買って、作るのはウチの被服科なんだけど……

 慣れない材料だろうし、失敗作が出来るって見積もってるんだよねー。

 3着くらい」

「グレート。オレは何も聞かなかったぜ」

「ま、できることはさせてよ。仲間だろー?」

 

(調子のいいこと言ってますよね、このヒト)

 

生徒会長に対し、わずかにだが腹が立ってくるのを自覚する優花里だった。みほがこの人物によって戦車道の履修を強要されたことは、沙織と華から、すでに聞いて知っている。あの戦車道の名門、黒森峰から転校するに至った事情を、まず確実に知っていただろう。知りながらそんなマネをした人物に好意を抱くなど、正直なところ無理だし必要も感じない。だが、音石明の襲撃に対応して意図的な停電を起こしたのもこの人だし、風紀委員を通じて仗助達の侵入を手引きし、共闘体制を整えようとしているのもこの人だ。もう少し、人物を見極めるべき。この人を知ったつもりになるのは、まだ早い。そう思ってはいるのだが、やはり隔意が先に立ってしまう。

 

「ところでさぁー、東方くん……聞いてこないね。西住ちゃんのこと」

「西住の? ああ、さっきの。聞かねぇーッスよ」

「どして?」

「思い出したくもない過去をホジクリ返されてウレシイ奴なんかいねーぜ。

 本人がグチりてぇならともかくよぉー。そうじゃねぇなら、オレは知らねぇ」

 

聞き耳を立てているだけだったが、これには思わず振り向いた。どういう経緯かは知らないが、仗助は、みほの過去に何か感づいている。どうやら生徒会長がそのきっかけを作ったようだが。

 

(西住どのを利用して、東方どのを縛りつけようとしている?)

 

頭をブンブン振った。いくらなんでも悪意に取りすぎだし、こんなやり方では戦車道を強要したことがバレた瞬間に全てが失われることになる。だが、仗助があのことを知るというのは、決して悪くない気がする。むしろ知っていてほしい。あの人の信じた道を、この人ならわかってくれるはず。

 

(……これこそ、迷惑な発想ですね)

 

期待に沿わなかった瞬間、みほを戦犯扱いにした自称戦車道マニアどもと、これでは何も変わらない。自分も、頭を冷やすべき時が来ているようだ。勝手な願望を押し付けて、勝手に心酔してはいないか?

それではダメだ。あげく、勝手に裏切られ、勝手に怒りを投げつける奴らの同類に成り下がりたくはない。足元を確かめることを覚えなければ。

 

「ヘイ、ソコの彼女! そう、そこでコッチ見てる秋山ちゃぁーん」

「いいッ?」

「一緒にオトコのコ達の採寸しなーい? 一人じゃ手に余るんだよねー」

 

思いがけず、生徒会長に呼び止められてしまった。気づかれているとは思わなかったが、考えてみれば好都合。信用できるか灰色の人なのだから、そばで監視した方が安心もできる。

 

「い、いいでしょう。お供しますよッ」

「アンタも好きねぇー、ニヒヒヒヒ」

「オヤジかテメーは! ノコノコついてっていいのか不安になるぜぇ~」

「音石に備えるってーなら、ありがてぇ話だろ。億泰……

 さっさとすませて帰ろうぜ。

 もう2時回ってんじゃあねーか、ハラ減ったぜ」

「ウチの学食で食べてくー? オゴるよ? イモ煮オススメ」

「ウレシーけどチョット遠慮するッス。視線集めたくねえ」

「視線ねぇー、確かにそのリーゼン……ボフッ!」

 

先導して歩き始めていた生徒会長が、振り向くなり吹き出し、その場にうずくまった。肩をふるわせて、プロレス技をかけられてギブアップするように地面を片手でバンバン叩いている。深刻なダメージを受けているようだ。主に腹筋のあたりに。つられて仗助を見た優花里は、その瞬間に理解した。

 

「な、どうしたよ会長さん」

「……あ、あーーーッ 仗助くん、頭、頭が!」

「ああん? オレの頭が……ン? アレ?」

「ひっ、東方どの……リーゼントが、ほどけて……そ、その。『スネ夫』に」

 

手鏡を取り出した仗助もまた、同じように理解した。中途半端に残ったスーパーハードが悪さしかしていない。ほつれてしまったリーゼントの大部分が、まだ固まっている部分の先端からシダレヤナギと化している。その姿、ヒイキ目に見たとしても、やっぱり『スネ夫』!

 

「お、思い出したんだけどよォォーーーッ

 トゥルー・カラーズの『ペンキ』の射程距離ってよぉ~、確か」

「ハイ、20mですねぇ。それより遠ざかると」

「え~~っと、ポロポロ崩れて勝手に消えていくから……ああ」

 

仗助は、手鏡をポロンと取り落とした。そして、さっきまでみほがいた場所に向かってダッシュ。

 

「西住ィィィィ~~~ッ 行くんじゃあねェェーーーーーッ

 オレのそばから離れるなぁぁぁぁーーーーーーーーーッ」

 

生徒会長は転げまわってケイレンし、ムセてピクピクし続けていた。その後、優花里がパシリを引き受けてスーパーハードを買ってくるまで、みほが少し離れるたび、仗助は『捨てられた子犬』みたいな顔をしたことを銘記しておく。

 

(……あ。89式を『チハ車』と勘違いしてましたねぇ東方どの達。

 後でちょっとおセッキョーしましょーね)

 

 

 

 

To Be Continued ⇒




何に苦労したかって言うと、年長者からのアドバイス部分に苦労した……
そろそろ、戦車道全国大会の足音が聞こえてきます。

ちなみに、1999年当時、10式戦車は試作すらされていないようです。
よって蝶野さんの愛車は90式。

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