GIRLS und PANZER with Unbreakable Diamond 作:デクシトロポーパー
音石明戦がどうなるかを、みんなが予測しています。
康一くん視点でお届けします。
広瀬康一(ひろせ こういち)はイヤな予感をビンビン感じ取っていた。
「あ、あの! どーいう意味ですか。戦車道で、納得、って……」
記憶が正しければ、戦車道は女の子の競技であるはずだ。正直なところ、あんなものを使わせて女の子にガチンコ対決をやらせるのは理解に苦しむ気持ちがだいぶあるが、それとコレとは話が別だった。
「言葉の通りよ。あなた達にもやってもらうわ、戦車道」
「うぇぇぇーーッ チョット待ってよ蝶野さんッ!
ぼくは女の子じゃあないし、仗助くんや億泰くんはもっと違う!
あんまりにも無理がありすぎますッ」
「音石明はその無理を通してきた。
だったら、こちらも無理で対抗するまで。違う?」
康一は、自分の顔色がサーッと青くなっていくのを感じた。顔写真つきで戦車ジャック事件の容疑者として報道された音石明は、今やお茶の間で『サイテーの卑怯者』として、風呂ノゾキの常習犯みたいな扱いをされている。戦車道の戦車となれば、ある意味で女の子の部屋だ。そこに男が踏み込んでイジリ回すのなら、タンスの中身を引っ掻き回してパンツを盗むみたいなものだ!
以前、救急車代わりに乗り込んだ『38t』は別として、今度は競技として戦車に乗り込めと言うのか?
「そんなゲロ吐きそうな顔することないわよ、広瀬くん……
自衛隊では男性の隊員も普通に戦車戦の訓練をするわ。
『搭乗員の女の子がみんな死にました。もう戦車は動かせません。降参です』
なんてことにならないためにね」
「そッ……そうではなくて!
それ以前にですよ? ぼくらが戦車に乗ってどうするんですかッ
まさか、『チリ・ペッパー』と『戦車道』で
戦うっていうんじゃあないでしょうね?」
「イグザクトリィ! その通りよ」
「あ……ありえないッ!
そんなもの、付き合う義理がないッ!
音石明からしてみれば!」
思わず絶叫までしてあきれ返った康一である。戦車なんかに乗り込んで挑もうものなら、前回の優花里よろしく戦車ごと人質だ。この人は話を聞いていたのか? 電気を操る能力だと言ったのに!
だが蝶野亜美はそんな様子に対してかまいもせず、首だけをみほに向けて聞く。
「一応確認するけど。ウチの子たち……大洗女子学園戦車道の子たちだけど。
この一週間で、親族に不幸があった子が、一人でもいた?」
「いいえ。そんな話はありません。欠席した子だっていないです」
みほの即答を得て、周囲を見回し、この場の全員と一人ずつ目を合わせてから、蝶野亜美は話し出す。
「胸クソ悪いこと言うけど、ちょっと我慢して最後まで聞いてね」
いわく。電気を操る能力で、電気のあるところをどこでも攻撃できるというのなら、盗んだ河嶋桃のケータイを手がかりに、戦車道関係者の実家を次々に襲撃していくのが、単純に考えればもっとも効果的で効率的だ。それだけで連携はガタガタになるし、家に戻りたがる子が確実に出てくる。そうやって離れた子や、疑心暗鬼になった子を一人ずつ暗殺して回れば、誰がどんな対策をしようが防ぎようがない。大洗女子学園戦車道は、それでおしまいだ。かくいう蝶野亜美自身も、そんな攻撃をされたらイチコロであろう。防人の端くれとして、家族が狙われても、許可もなく持ち場を離れることはない。が、その場合、家族を見捨てた十字架を否応なく背負うことになるのだ。
「でも、現実として。音石明は、そんな手段を取っていない。
さっきの西住さんの答えがその証明……なぜだと思う?」
「スタンドの回復を待っているから……は、違う!
ぼく達スタンド使いを相手にするならともかく、
一般人相手だったらそんな必要すらもない。
なのに、手っとり早い手段をとらないのは、
あえてやらないワケがあるから!」
「そう。そしてそのワケは、多分とっても単純。プライドよ」
「プライド?」
オウム返しに聞き返すと、後ろで億泰が反応した。
「アッ、わかった! 蝶野さんが何言いたいのか、わかったぜぇ~」
「言ってみて」
「音石のヤロォは『大洗女子学園』の『戦車道』に
してやられちまったんだからよ。
チマチマ一人ずつ殺して回ったりしたらよぉー、
『勝てないんでズルく殺します』っつってるようなモンだよなぁーー
勝つにしてもそれじゃあ満足できねーぜぇ、
同じ土俵じゃあねーとよォォーーー」
そんな単純なことか、と思ったが、蝶野亜美は満足げに頷いている。どうやら彼女の答えもコレであるらしい。そこへさらに華が続いた。
「音石明は、力を蓄えたら招待状を送ると言っていた。『私達』に。
そうでしたよね、虹村さん」
「ん、おう。間違いねぇーぜぇ」
「つまり、音石明にとっては私達も倒すべき敵であり『試練』ッ!
再戦の機会もないままに私達を一人ずつ暗殺すれば、
敗北の屈辱を雪(すす)ぐ機会は永久に無くなるというわけですね。
私達ごときを恐れたという重荷を引きずり続けることになる……
充分に納得できるお話です」
冷静に聞いていると、言っていることは億泰とあまり変わっていない。なのに、思わずウンウンと頷きそうになるのは、彼女の雰囲気のなせる業か。クラスにいたら、学級委員とか引き受けてしまうタイプに思える。しかし、学級委員の発言に、ハミ出し者の優等生……麻子が噛み付いた。
「私はあまり納得できないな。
そんな殊勝な人間性を、アレにどうやって期待するんだ?」
「あの男のギターにです。素人にもわかるほどの妙技だった」
「……だから?」
「戦車の運転には、まるで思い入れが見られなかったのに。
かき鳴らしたギターは『自分こそが本物だ』と叫んでいた。
私とて、華道の境地を探す身です。上っ面だけの偽者はすぐにわかります。
『本物』の誇りを持つ人間が、『雪辱』を果たさないはずがありません。
だから私は納得します」
揺らぎもしない華の瞳を見て、麻子は、そういうもんか、とだけ残して下がる。今度は康一も納得できた。人間性はともかくとして、音石明のあの演奏。プロフェッショナルだった。康一も素人なので論評など出来ないが、少なくとも自分のテクに欠片ほどの疑いも持っていなかったし、実際、おそるべきパワーだった。彼だけのライブ会場を幻視させるほどだ。きっと仗助だって同じものを見ている。確かめるように彼の方へ視線をやると、ちょうど話を進めようと促す姿があった。
「話、戻すとよぉぉーーーー、蝶野さん。
音石明は、スタンド使い、プラス戦車道で挑んでくる……
そう言いたいってことでいいッスかね?
オレ達と西住達、両方にリベンジするためによォォーー」
「ええ。戦車道の方をどこでどう揃えてくるかはわからないけど。
多分、ここ以外の学園艦でしょうね……
乗り手も揃えなきゃ意味がないから、
かなりロクでもないことをやらかしそうね」
「そっちは承太郎さんにお願いするとして。オレ達は何をすればいいんスか?
そこをまずはっきりさせてくださいよ」
『承太郎?』とハテナマークを浮かべた蝶野亜美だったが、すぐ気にしないようにしたらしい。思いつきを楽しそうに開陳し始めた。
「あなた達には明日、戦車で模擬戦をしてもらうわ……おっと、心配は無用。
皆まで言うな、よ。言いたいことはよくわかる。
戦車を操縦しろとは言わないわ。
ただ、スタンド使いとして戦車に乗り込んでもらう。それだけよ」
「で、蝶野さんをどう納得させりゃあいいんスか?」
「ただ全力で戦って欲しいだけ。あなた達の本気が見たいの。
あなた達なら、セコイ戦車ドロごときには負けない。そう私に信じさせて」
「アバウトッスねぇーー、勝利条件がわかんねぇーぜ」
「そう言わない。あくまで大洗女子学園戦車道同士の模擬戦だから、
勝つのも大洗女子学園、負けるのも大洗女子学園。
勝った方だけ音石明と戦って、負けた方は補欠なんてワケにもいかないでしょ?」
「そりゃそうだよな。
オレ達が認められるか、認められないか。それだけってことか……」
「……って、やる気なの? 仗助くんッ!」
トントン拍子で話が進んでいくのに、康一が突っ込むのがやや遅れ気味になった。戦車道が必要なのはわかった。だが、やはり乗らなければいけないのか。仗助は、逆に諭すように言う。
「考えろよ康一。オレ達は戦車をよく知らねぇ……
どっかで勉強しとかねーとやばいぜ。
音石明が使ってくるっつーんならよぉー、身をもって知っとかなきゃあよ」
確かにそうだった。前回、『4号戦車』に乗り込んだ音石明に自分のエコーズは手も足も出なかったのだ。装甲の隙間を見出すこともできず、音石明に音を貼り付ける手段が最後までわからずじまいだった。このままでは、来たる決戦にて、自分ひとりが役立たずに成り下がってしまいかねない。
「グッド。その心構え、なかなかポイント高いわよ」
「で、どういう模擬戦ッスか?」
「まだ細かくは決めてないけど、
西住チームVS東方チームで戦ってもらうつもりよ」
「そいつは、大洗女子学園のスタンド使いVS杜王町のスタンド使い。
ってコトッスか」
「そう。西住チームは戦車道の経験で勝り、
東方チームはスタンドの経験で勝る。これでイーブンだと思わない?」
「今度はオレ達にも戦車がいる、か。
スタンドと戦車の連携なんて考えたこともねぇーが!
面白ぇ、やるッスよ蝶野さん!」
「そう来なくっちゃ。って、アイタタタタタタタタッ!」
仗助の快諾に、親指をグッと立てて応えようとした蝶野亜美は、右手から血をボタボタ垂らして悶えている。今頃、さっき壁を殴った痛みを認識したらしい。
「あっ、オレも忘れてた。さっきハデにブッ叩いてたッスね……
せっかくだから経験してってくださいッス。『クレイジー・ダイヤモンド』」
仗助が手を伸ばせば、あとはお馴染みの光景である。壁に染みてほとんど固まってしまった血は戻らなかったが、今しがた散った血が蝶野亜美の右手の甲に戻っていき、次いで痛々しい腫れが引き、破れた皮膚も元通りとなる。
「これは……確かに超能力ね。生徒会室をなおしたのもコレというわけね」
「あんまり相手がデカすぎたり、遠くに散らばりすぎたりすると
なおすのに苦労することもあるッスけどね。アテにしてくれていいッスよ」
「頼らせてもらうわ。その分、私も助けを惜しまない。
困ったら来てね。音石明以外のことでも相談に乗るわよ」
楽しそうに、または興味深そうに自分の右手をグー、パーしていた蝶野亜美は、今日はここまで、とばかりに止められていた歩みを再開する。立ち塞がっていた康一達も、全員どく。左右に割れた八人の人垣の間を通り抜けてから、蝶野亜美がまた立ち止まって振り向いた。
「あ、言い忘れてたけど」
「はい? 何スか?」
「模擬戦で私を納得させられなかったら、
あなた達三人、大洗女子学園に転入ね」
「…………は?」
蝶野亜美以外、全員の声がそろった。今までで一番わけのわからない発言だった。あなた達三人。仗助、億泰、そして康一しか、いやしない。
「神出鬼没の殺人者から、『戦う力のない』子供達を守るためだもの。
角谷さんもイヤとは言わないでしょう」
フフフ、と不気味な含み笑いを残して蝶野亜美は去っていく。全員、ただ、ただ見送った。何を言われたのか、必死で咀嚼した。反すうした。どう考えても、他の意味で受け取りようがない。康一の顔から、またも血の気が抜けていき、そしてまたも絶叫した。
「何言ってるんだあの女ぁぁぁーーーーーッ 正気の沙汰じゃあないぞッ!
男たった三人を女子高に? いやだ……イヤだぁぁぁぁぁーーーーッ
針のムシロなんてもんじゃあない! 『生き地獄』だッ!」
「ど、どうしたよ康一ィ。ソコまでビビることかよォ~、
むしろモテるチャンスかも知れねーぜぇ」
後ろから気づかうように声をかけてきた億泰だったが、全然なぐさめになっていない。ヤレヤレと軽く首を左右に振った仗助が、さらに後ろから億泰の肩を叩いた。
「てめーノーテンキだよなぁー億泰、オレだってゴメンこうむるぜッ!
『クラスの中に男が自分たったひとりポツン』
の生活を毎日するのはよぉぉーーー。最悪そうなるだろーがよ」
「ん……ウッ! 言われてみると、そりゃーキツイ! しかしよぉ仗助」
「つーか、こん中で一番ダメージでけぇのはてめーだぜ億泰。
おめー親父さんの面倒どうすんだよ。コッチに連れて来られたとしてもよ、
今みたく『象皮病』でごまかしきれるか考えてみろよ」
仗助のややきつい指摘に、億泰のまん丸の瞳に影が差し、目つきが変わる。
「そーだな……おめーの言う通りだよ。親父が外に出られんのもよぉー、
ご近所サンの『理解』のおかげだもんなぁー
出来ねぇーぜ、引越しなんかよぉー」
「ま! 本気見せりゃいいんだからよ、マジにやるぜ。勝ちに行く」
どうやら腹をくくるしかないらしい。仕方が無い。どのみち音石明との戦いは命がけ。その覚悟を見せろというなら、見せてやろう。なめるんじゃあないぞ、蝶野亜美。康一はグッと拳をにぎった。
「チョット……突然、すぎますけど。
皆さんもやるってことですね、戦車道ッ」
場が少し落ち着いたところに声をかけてきたのは、秋山優花里。最初にスタンド使いになっただけあって接点が多く、すでに杜王町スタンド使いのメンバーになじみつつある感がある。
「音石明対策、としてだぜ。秋山よぉー。モノホンの戦場ならともかく、
『戦車道』で男が戦車に乗り込むのはやっぱりマズイぜ」
「あ、ソレですよソレ。
前から気になってたんですけど、どうして名字呼びなんです?
武部どのや五十鈴どの、冷泉どのは名前で呼んでるのに」
「どうしてっつーと、流れってやつかな……深い意味はねぇーぜ」
「なら優花里って呼んでください。水クサイですよぉ~」
なんというか、彼女は仗助にやたらとなついているように見える。飼い主に尻尾を振って飛びつく子犬のようなのだ。恋愛感情うんぬんではなく、単純に心を許した相手に100%の愛情を示しているだけなのだろうが、それだけに、なんだか非常に心配だった。悪い奴にダマされたりしないだろうか?
「ンッ? ゆかりん、一歩リードを試みてる?
フトコロに入って名前で呼ばせる。これはなかなか……」
こういうのをイの一番に止めるべきであろう女友達はこの有様であるし。などと思った瞬間、その脇にいた麻子が思い切り心外そうな目をした。
「おい、広瀬。ソコのソレと一緒にするな」
「だったら止めようよ。危なっかしいよ、秋山さん」
「……アイツにとって、『戦車道』での理解者は私達だ。
だが『スタンド』の理解者にはなりきれない。
そこにピタリとハマッたのが東方だったんだろうな。
前回の赤ちゃん騒動でスタンドの制御を身につける
きっかけにもなったようだし……ある意味、『心酔』かもしれん」
「そう思うんだったらさぁー」
「でも、今、どうこうする必要はないな。
みほもスタンドに目覚めたのなら、東方に頼る状況も変わるだろ。
私達も、模擬戦を通してもっと勉強することになるようだしな……」
それ以上、とくに言うことはないようで、麻子は格納庫の入り口に歩いていく。つまり、今のコレは一時的なものだから、何の心配もしていない、ということだろうか。釈然としないが、冷徹な麻子がそう言うのなら正しいのかもしれない。視線を仗助の方に戻すと、億泰が話に割り込んできていた。
「仗助ェ~。思うによぉ、
由花子(ゆかこ)のヤツとダブるから名字で呼んでたんじゃあねぇーか?」
「そういや、そうだな……由花子に、優花里か。ちょいとややこしいぜ」
「ハイ? 由花子さん? どなたですかぁ?」
由花子と優花里。漢字で書けばだいぶ違うが、読みでは確かに一文字違いでややこしい。とはいえ、音石明の騒動にあの由花子を関わらせる必要もないし、助けを求める気もさらさらないから、ややこしかろうが無関係。名前呼びにしても、その意味では何も問題はないだろうな。康一はその程度に思い、次にいよいよ戦車道での戦い方を考えようとして。本日三度目の絶叫を響かせた。
「ぎゃあああああああーーーーーー由花子さんッ! 由花子さんッ!
女子高に転入! 冗談じゃあない!
死人が出る! 死人が出るぞぉぉぉーーーーッ!」
「ナンだよ康……げぇぇッ! 由花子! 由花子がヤベェ!
今度は学園艦が髪の毛マミレになっちまうぜぇ~ッ」
「グッ、グレート! 何が何でも合格しなきゃあヤバイ!
マジに人が死ぬぜこいつはァ!
西住、てめーヤッツケてやる!
平和のために何も言わずオレ達にヤラレろ!」
「え、えぇーーーッ? 何? 話がサッパリ見えないよぉーッ!」
山岸由花子(やまぎし ゆかこ)!
広瀬康一に想いを寄せる、トッテモ一途な女の子ッ!
彼女の恋路を邪魔するヤツは、戦車だって粉ミジンになるだろう!
……結局、戦車道の作戦会議は翌日持ち越し。ぶっつけ本番になった。もともと詳しいルールも決まっていなかったのだから、そうなるしかなかったのだが。
To Be Continued ⇒
次回こそ、次回こそ戦車戦の始まりにたどりつけるはず。
ちなみに、当然ながら音石明はすでに動いています。
来たるべき対決に備えてます。