GIRLS und PANZER with Unbreakable Diamond 作:デクシトロポーパー
量が膨れ上がってしまい、エピソードの中間的な話になってしまいました。
秋山どの視点でお送りします。
秋山優花里(あきやま ゆかり)は、病院で老婦人に出会った。空条ホリィに連れられているその人の名は、スージー・Q・ジョースターと言った。
「あのッ! ジョースター、婦人……どのっ」
「シャチホコばらなくていいわよ。優花里さん。
気軽にスージーQって呼んで」
ホリィには今まで言う機会を逸していた。だが、ジョセフの娘のみならず、妻まで現れた今、謝らないわけにはいかない。東方仗助には気に病むなと言われていたが、謝りたくて仕方なかったのだ。
「スージー、Q! さんッ! ホリィさんッ……
ごめんなさいッ、ジョースターさんが昏睡したのは、私のせいでッ」
だが、言い切ることができなかった。言葉の最中に、スージーQがいきなり優花里の手をとったのだ。
「話は聞いています。我が孫、空条承太郎から。
あの人から生命をもらったそうね。
練り上げた波紋のありったけを、あなたに捧げたそうね」
「わっ、私が……自殺なんかしなければッ。
『私だけの生命で済む』って思ったんです。
私だけで済むんなら、それでいいって……
それが、こんなことになるんならッ!」
優花里は気づくと泣いていた。今日に至るまで、優花里を責める人間はついに誰もいなかった。それだけに、優花里の罪の意識が納得する機会もなかった。罰を与えられてでも楽になりたかったのだ。ジョセフ・ジョースターを死の淵に追いやった事実から。涙が床に二、三滴落ちる。スージーQが、優花里のクセッ毛を撫でた。
「あなたは良くわかっているようね。
その思い上がりに気づけたのなら、私から言うことは何もありません。
そして……」
撫でた手がそのまま背中に回った。キュッと抱きしめられたことに、少しして気づいた。
「あの人がそこまでするわけだわ。
怖さに勝って、友達のために生命を賭けられる子だもの。
あなたはやさしい、勇気のある子。正しいことを信じて行える子。
ウチの子に欲しいくらいよ」
「……こっ、困りますよぅ。お父さんも、お母さんも、いるんですよぅ」
「それなら、あなたは親御さんの誇りね。
もう気に病むのはおやめなさい。
私も、あの人が生命を賭けたあなたを誇りに思うのだから」
「ふぁ……ふぇッ……」
そこまで言われては、優花里ももう何も言うことがなかった。いや、違う! 『言葉にならない』これが正しい!
言うこと全てが涙に変わり、老婦人の懐に染み込んでしまったのだから。
「コラコラッ、鼻水はヨシなさい鼻水は!
ローゼス! ポケットティッシュあったわよね、ポケットティッシュ。
さっきもらってきたヤツ!」
「はい、奥様。こちらに」
「ずッ、ずビばぜェん」
「ホラホラ、鼻カミなさい、チーン!」
「グスッ、チーン!」
少し時間が経って振り返ってみると、まるで孫娘のような有様だった。使用人のローゼスが持ってきた鼻紙を、直接スージーQの手で顔に当てられていた始末。相当ハズかしい。優花里は赤面しながら、さっきとは別の意味で謝る。
「すみません、ご迷惑をおかけしましたッ」
「いいのよ、フフフ。思う存分泣いた後に、笑顔を忘れなければね。
ローゼス! ソーダのボトルを持ってきなさい、人数分!
さっき3ダース買ったガラスのヤツね……何って言ったっけ」
「はっ、奥様。ラムネのことでございますね。かしこまりました」
人数分というのは、七人分。スージーQとホリィ、それと、優花里を含めたあんこうチーム五人のことだ。戦車というのは一人でも欠けると戦闘にかなりの苦労を強いられるので、放課後の練習開始を二時間遅って、みんなでここにやってきていた。他のチームには迷惑な話だが、ジョセフ・ジョースターのことであれば、と皆が納得した。むろん、生徒会も含めてだ。
「車にシャンパングラスがあったわね。アレで飲みましょう」
「念のタメ言っとくケドね、お母さん。
ビンのコーラみたいなモンよ、アレ!」
「あら、そうなの?」
「でも、シャンパングラスで飲むのもオイシそーッ!」
「そうよね、ホリィ! 私もそう思ってたのよォーッ」
きゃいきゃいと母子で盛り上がっているのを尻目に、優花里はあんこうチーム側に合流する。今まで、少し離れて立っていたのだ。みほが、まず迎えてくれた。
「よかったね、優花里さん」
「はいっ、許してもらえましたッ」
「元々、誰もお前を責めてない。気は済んだか?」
「済みました、冷泉どのッ」
「なら、私からも言っとく。あんなマネはもう二度とするな。
私もキモが冷えた……忘れるなよ」
「忘れません、冷泉どの」
どうでもいい人間には無関心かつ辛らつな麻子が、ここまで言ってくれる。それが、たまらなく暖かい。この人を裏切りたくない。そう思う。
「あーッ 麻子がデレたーッ ゆかりんにデレたーッ」
「やかましい、病院だぞ」
これもちょっとした変化だった。透明な赤ちゃんの一件で沙織に泣きついてからだろうか。いつの間にか沙織からの呼び方が、優花里ちゃん、から、ゆかりん、に変わっていた。思えば、出会った当初には拒否感があったのだ。この人には。今まではそれを感じ取られていたのだろう。
「瞳の曇りが晴れましたね、優花里さん」
「ありがとうございます。五十鈴どの。
今日から装填がもっと早くなりますよぉッ」
「うふふっ、楽しみです。私ももっと技に磨きをかけないと」
華も、一歩引いたところから常に見守ってくれている。実家から勘当されて、自分自身の悩み事も多いだろうのに、そんなことをおくびにも出さないこの人は強い。そして、それを言ったら、みほもまた事情は同じで……
こんなにも私を気にかけてくれる人たちを前に、たとえ『最適解』だとしても、あれは『愚か』な選択だったのだろう。また瞼が熱くなってきた。これはいけない。笑顔でなくては。もう充分に泣いたのだから。
「私も行く。いい機会だ」
「えっ、何の話? どしたの麻子」
今度は麻子が、優花里と入れ替わりになるように歩いていった。病院の中ではマズイと思ったのだろう、さわぐのをやめていたジョースター母子は、かしこまった様子の麻子に居住まいを正した。
「さっき、優花里が謝ったが。
ジョースターさんが昏睡するように仕向けたのはむしろ私だ……です。
『お前のせいで仲間が死ぬんだ』と、ジョースターさんをなじったのは私です。
あの人は何も悪くなかった。生命を狙ってきた悪党だけが悪かったのに、
私は理不尽な文句をぶつけた……ごめんなさい」
深々と頭を下げて、麻子は顔を上げない。ホリィか、スージーQのどちらかが何か言うまで、ずっとそうしているつもりなのだろう。呆気に取られたようにしていたスージーQが、やがて感心したように手を叩いた。
「あら……あら、まぁ!
クールですましたように見えて、スゴク熱い子なのねぇッ!
ねぇホリィ、承太郎の学生時代みたいじゃあない?」
「ウン、お母さんの言いたいことはわかるわよ。
でも承太郎は反抗期のマッタダ中だったじゃないのー、
コンナに落ち着いてないわよー」
麻子はじっと、顔を上げずにそのまんま。回答らしい回答が、まったく返ってきていない。多分、かなりイラッとした顔をしているだろう。少しして、イケナイイケナイ、とばかりに麻子の前に立ったスージーQが、顔を上げるように促す。
「謝罪は受け取りました。でも、それこそ気にする必要のないことだわ。
あなたがそう言わなくとも、あの人は優花里さんを助けに行ったでしょうもの。
ですから、理不尽を言った謝罪のみを受け取ります。あとは無用です」
「そう……ですか。すみませんでした」
「麻子ちゃん、カタイ、カタイ! 素でイイのよ?
ブッキラボウなのはウチの子で慣れてるモノ。私もお母さんもッ」
「ホラホラ、ローゼスがラムネ持ってきたわよ。
飲みましょ一緒に! 皆さんもいらっしゃい! コッチコッチ!」
「お、おぉう……」
ホリィとスージーQに引きずられてテーブルのある席に持っていかれる麻子の姿が、まるで『ロズウェル事件の宇宙人』のようだと優花里は思った。
…………………………
「やかましいッ! うっおとしいぞこのアマッ!」
「アハハハハ、ソックリ、ソックリよホリィ! グーよ、グー」
シャンパングラスに注がれたラムネを傾けながら、今は承太郎の学生時代の話題に花が咲いている。麻子が承太郎の学生時代みたいだ、という発言をキッチリ耳に留めていた沙織が、『興味がありますッ!』と、かなり強硬に聞き出そうとして、ジョースター母子はイヤがるどころかむしろノリノリでそれに応じたのだ。聞くところ、確かに似ていなくもない。酒もタバコもやりたい放題の大変な不良で、普通なら放校まっしぐらであるのに学業面ではトップを入学から卒業まで突っ走り続けており、誰も文句が言えなかったらしい。むしろツマラナイことで文句をつけた教師の方が二度と学校に来なかったという。不良の方向性こそ全然違うが、教師を歯牙にもかけない点では同じと言えようか。
「わ、私はそんなこと言わない。おばあを困らせたりはしないぞ……」
冷や汗をかきながら、なんだか少し切ない目をしていた麻子は、直後、沙織に遅刻日数を暴露され、その額を無言で引っぱたいた。それを見てホリィとスージーQはもっとアハハと笑う。
「安心してネ。あの子の心の底にはいつだって優しさがあるもの。
……スタンドのことがわかるなら、話しちゃってもいっか」
そう前置きしてから話されたのは、空条承太郎がスタンドに目覚めた当時のこと。自分の背後にいて、暴力事件や窃盗を繰り返すそれを見た承太郎は、『悪霊に取り憑かれたのだ!』と考え、自ら留置場に引きこもったのだという。
「『俺の後ろに誰かいる。だから俺を檻から出すな』
人をキズつけたくなかったのね」
「悪霊。それが、承太郎さんのスター・プラチナ……ですかぁ」
「承太郎さんには、スタンドを教えてくれる人もいなかったんだね」
「正直、あの承太郎さんが悪霊くらいでまいってしまうとは思えませんが」
「逆に除霊しそう……って、しようとしたのか。もしかしなくても」
「当時はみんなと同じ年頃よ。忘れないであげてね。
で! コレよコレ。校舎半壊事件!」
その後、ジョセフ・ジョースターが連れてきた先生によってスタンドを教えられた承太郎は、留置場を出て学校に行くが、そこに突如として、転校生がスタンド使いとして現れた。悪い人にだまされて承太郎の生命を狙いに来た彼は、保健室で承太郎に襲い掛かり、激しい戦いの結果、校舎の一角が使い物にならないレベルで半壊してしまった。らしい。
「アレはホントに退学の危機だったわねぇー」
「ひっ、ヒトゴトみたいにオッシャッてますけどッ!
何そのジャンプマンガ!」
「ちなみにコレが件(くだん)のカレね♪」
ツッコミの仕草をしながら騒ぎ立てる沙織だったが、手荷物の中から写真立てを取り出して指差すホリィにアッサリ態度を変えた。ものすごい勢いでそれをブン取る。
「びっ、美形! イケメン! スッゴイ耽美ッ!
女のコみたいに細い腰ッ! こんな美男、いていいの?」
「落ち着け」
「はぐッ!」
沙織をまた引っぱたいて写真立てを取り上げた麻子は、それを丁寧に机に置いた。砂漠に写る五人の男に一匹の犬。一人はジョセフ・ジョースター。一人は承太郎。十年前だけあって、承太郎にはまだ少年の面影が感じられる。ホリィが指差していたのは、承太郎の隣に立っている……確かに耽美な美男だった。触れたら砕けてしまうような繊細さを、優花里も感じた気がした。
「確かに綺麗な殿方ですね。
華美ではなく、内に秘めた気品が見える気がします」
「そうだけど、この髪型スゴイね。
華さんの、いつも飛び出してるクセッ毛を数十倍にして、
真ん中からヘシ折ったみたいな……」
「モノスゴイ表現をしますねぇ西住どの。
ま、それ以外に言いようがないですケド」
承太郎とジョセフ以外は、モノスゴイ髪型の見本市だった。犬は除く。これに比べれば、リーゼントなんかありふれているだろう。
「で! このヒト、今どちらで何をなさってるんですか?
多分、承太郎さんの友達になってるんでしょうけど!」
復活してきた沙織は、身を乗り出してホリィに聞く。どうも好みのド真ん中に直撃したようだ。それを見たホリィは、やさしく微笑みながらもわずかに俯いた。
「ええ、友達よ。承太郎の大の親友。
今も毎年、お墓参りを欠かさないくらいのね」
「お墓……」
『整理券16番でお待ちの方、受付までお越しください。整理券16番でお待ちの方……』
「奥様、お嬢様」
「あら、残念。私から話せるのはココまでね。
あとは承太郎か、お父さんに聞いてね」
「皆さん、残りは飲んでいってちょうだい。
後片付けはローゼスに言えばいいからね」
席を立って奥に向かおうとするホリィとスージーQ。優花里としては、置いていかれるわけにはいかない。
「ちょ、チョット待ってくださいッ
私達も、ジョースターさんが昏睡から醒めたって聞いて来たんですよぉッ
お願いです、一緒にお見舞いしたいんですッ!」
だから、練習開始を二時間も遅ってここに来たのだ。優花里自身、当の本人にも謝るつもりでここに来た。ここで帰れでは納得できない。が、ソレに対するスージーQの返事は、優花里の想像を超えた。いや、考えてみれば材料はすでに揃っていたのだが。
「オホン……何を勘違いしているのでしょうね。
私があの人のお見舞いに来たと、そう思っていたの?」
「えっ、違うんですかぁ? じゃあ、何……」
「私は、浮気をしたフラチ者をトッチメに来たのです。
いえ、元はタダのお見舞いのつもりで来たのですけれど……
浮気相手の顔をタマタマ見かけてしまったら、
ムカッ腹が収まらなくなりました。血の復讐(ヴェンデッタ)です」
言われて優花里も思い出した。あんこうチーム全員が思い出したことだろう。東方仗助はジョセフ・ジョースターの息子。そして、ここにいる空条ホリィもジョセフ・ジョースターの娘。空条ホリィの母親は、目の前のスージーQ。東方仗助の母親は、この杜王町にいるまったくの別人。そして、東方仗助は、生まれてこの方ジョセフに放っておかれ続けた。なぜか?
その答えが、今の返事にすべて詰まっていた。
「……や、ヤリスギは私が止めるからネー。バーイ♪」
スージーQの後を追って、逃げるように去っていったホリィの後には、
あんこうチームと使用人ローゼスだけが残された。
「つまり。ただの不貞だったのですね。深い事情があるのかと思っていましたが」
「モノスゴく見損なったぞ、帰ろう」
「さすがの私も擁護不能ですねぇーコレは」
「浮気だけは無いわ。ウン……
東方くんにはチョット優しくしてあげよっと」
「やめた方がいいと思うな沙織さん。多分、スゴく嫌がるよ。東方くん」
ローゼスがすごく何か言いたそうにしている。長いこと仕えているのだろうから、無理もないだろうが。だが優花里も含めて、あまり気をつかう義理を感じない一行だった。
「飲みかけのやつ、片付けて帰ろっか」
みほが、ラムネのビンをまとめ始める。片付けは自分が請け負うのだと制止してきたローゼスにはシャンパングラスの片付けだけを素早くお願いし、他はあんこうチームに割り振っていた。優花里は未開封のビンを任されたので、少しぬるくなり始めたビンを手づかみし、結露の冷気を感じて一息つく。なんだか色々ありすぎたが、まだ戦車戦の練習と、加えてスタンド戦闘の練習まで控えているのだ。目を閉じてもう一呼吸。これで気合を入れよう。
――ラムネが吹き上がった。
何を言っているのか、これでは何もわからないだろうが、優花里にも何が起きたのかわからなかった。ただひとつ理解できたのは、ジェットのように噴射されたラムネが霧になってそこら中に飛び散っている。それだけだ。ワインのコルクを抜いたみたいに、ポンと巨大な音が立っていた。
「ゆ、ゆかりん。何それ?」
「……うううっ、ナンでしょうかぁ?
誰かフリまくったんでしょうかねぇ?
開けてもいないのに飛び散るなんて、ヒドいです」
「それもそうだけど、天井! 天井見てよ!」
言われるがままに上を見ると、天井に銃創のような穴とヒビがあった。同時に、穴から落っこちてくる何か。目で追うと、ビー玉だ。ラムネのフタの。
「あぁーーッ これはッ! これはまさかッ!」
「し、知ってるんですか? ローゼスさんッ」
この異常事態を前に、知っているような反応を示したローゼスに、みほが聞く。
「旦那さまの、ジョセフさまの一発芸です。
ホームパーティーで、コーラのフタを飛ばしたのを見たことがあるッ!
今のは、それと同じものかと……」
「つまりは何なんですか?」
「『波紋』です。『仙道』の奥義……
旦那さまは生まれつき、『波紋』を生み出す呼吸ができたといいますが」
周りが騒がしくなってきた。これを一体、どうしよう。ありのままに言うしかないだろう。飲もうとしたラムネが吹き出した、と。目撃者が多すぎる。隠しおおせることは不可能だ。
「聞くことができたな、ジョセフ・ジョースター」
嘆息しながら、麻子がつぶやいた。どのみち今日はダメだろうが、また日を選んで、聞きに来なければならないだろう……
(というか、どうなってしまうんでしょうか私?
スタンドだけでもイッパイイッパイなんですが。
イイカゲン戦車さわらせてくださーいッ)
To Be Continued ⇒
波紋については、少なくとも一回、活きる場面がある予定です。
『飛び越える』べき『大人じみた予防線』ですが、あしからず。
そして、1999年当時。
「デレる」などという単語は、語源である「ツンデレ」すら存在しない。
さおりんは未来に生きています。