GIRLS und PANZER with Unbreakable Diamond 作:デクシトロポーパー
みぽりん視点からのお送りです。
西住みほ(にしずみ みほ)は、みるみるうちに失われていく自身の体温を自覚した。手首を切って海に飛び込んだ。現在進行形で血液が流れ出ている。全身が水につかった状態だ。陸上にいる時よりも、水圧のせいで流出がさらに加速する。
(私は死なない。あの子も助ける。
私が死なないための手は打ち尽くした……
今は、あの子のことだけを考える)
塩水の中だが、目を開けている。痛くてたまらないが、おかげで意識が遠のかずにすむ。赤黒い色がついていく右手首の周りを、スタンドでかき集めて放つ。海の中なのだ。無尽蔵の水、水、水だ。四方八方に拡散させてしまってはほとんど透明になってしまう。一点集中で血を集め、ショットガンのように撃ち出して探すしかない。
(ハズレ。あそこにはいない。じゃあ、右!)
二度、三度、四度。繰り返す。発見できない。海底まではせいぜい4~5mほどだ。透明な場所ができれば違和感がはっきりとわかるはず。さらに言えば、投げられてから落着した場所までほぼ検討がついている。見ていたのだから。だが発見できない。赤ちゃんがあがいていて、移動しているというのか。可能性はある。
(苦しいよね。死にそうだよね。私が見つける!
ここから陸に引き上げる!)
意志は決して揺らがない。五度目の血を絞り出して撃ち出そうとした。が、そこで意識の暗転が始まるのを自覚した。見れば、自分のスタンドも姿がかすんできている。スタンドのルールだ。知っている。スタンドがダメージを受ければ本体に跳ね返るように、本体のダメージはそのままスタンドへのダメージ。本体自身が死に近づいていけば、スタンドも死んでいく。当然の理屈だった。
(何もできないっていうの?
あの子を、こんな冷たいところで、
息ができないまま死なせるっていうの?)
五度目の血を放つ。放った先に目をこらす。見えるのは赤黒い空間だけだ。不自然な脱色は起こらない。動いているものが見えるが、あれはただのカニだ。小さなカニ。『見えている』ならその時点で無関係。
(待って。本当にそうかな?)
自身に問いただす。
『見えている』から無関係であるのなら、『見えない』のなら?
赤ちゃんは、近くにあるものを無差別に透明にした。なら、赤ちゃんの方から来た生物は、みんな透明になっているということに……
(ダメだッ、そんなものを探している時間の方がムダだよ!)
五度目も無駄弾で終わったことを確信したみほは、六度目を搾り出す。意識が一気に消えていくのを、頬の内側を噛みちぎって耐える。もう、見ている景色が夢なのか現実なのかもあやふやになってきた。海の中であるはずなのに、川の中にいるような気がする。昼下がりの快晴であるはずなのに、土砂降りの中にいるようだ。この風景をみほは知っている。去年の、あの日だ。私が居場所を失ったあの日。信じてきた戦車道がわからなくなったあの日。水底を見下ろすと、ほの暗い中に浮かび上がる、戦車のハッチ。助けようと思ったことが過ちだったのか。飛び込んだことが過ちだったのか。みほは、自分の顔面をスタンドで殴った。こんな状況で自身を哀れむ自分が許せなかった。前歯が折れて水の中にこぼれ落ちていったが、今はどうでもいい。ハッチに手をかけ、あの時のように助けた、などという幻だけは見るわけにはいかない。
(私が欲しいのは、あの子を『助けた』現実ッ、それだけのはず)
手元にかき集めた六度目を見下ろす。これが最後の一発だろう。これを外せば、そこから先は死の覚悟が必要になる。自分が死ねば、戦車道隊長を引き継げる人間はいない。大洗女子学園の戦車道全国大会は、始まる前に終わってしまう。だが、今ここで失われようとしている生命とそれを天秤にかけるなど、やはり、できない。
(なんでもいい。あの子に『色』さえついてくれれば)
冷たくて、苦しくて、今もあの子は透明になっている。でも、透明では助けの手を伸ばそうにも助けられない。だから伝えたかった。怖がらなくてもいいのだと。怖いのなら怖いと伝えてくれれば、私が助けに行くのだから。みほは、思考と視界が澄んでいくのを感じた。自分の気持ちの在り処がわかった。
(……私、あの子に自分を重ねちゃってたんだ)
思えば自分もそうだった。大洗女子学園に転入して、戦車道を避け、忘れようとした。今までの自分を『消し去って』、『見えないように』仕向けた。だから絶望した。戦車道の履修を強要されたことに。実家にケンカを売るようなことをしたくなかった。それもあるが、何よりも。逃げ出したぶざまな自分が、戦車道から逃げ出した自分が、戦車道の選手として皆の目に晒されるのが嫌だった。今も、あの話は誰にもしていない。生徒会長と優花里は多分知っているのだろうが。知ってしまえば手の平を返されるかも。そんな不安も抱えたままだ。でも、沙織と華は、ただ私のために、戦車道を強要する生徒会長に立ち向かおうとしてくれた。そして、戦車道で戦う決意を固めるなり、その場でついてきてくれた。みほの晒した傷跡を見て、全力で守ってくれたのだ。あの二人に、そんなつもりはなかっただろうが。今も信じてくれている。ついてきてくれる。自分自身をついに隠しきれなかった私を。私に。だから今、あの子の味方になりたい。透明になんかならなくていいと、身をもって伝えたい!
それでも透明でい続けて、そのせいで助けられないというのなら。
(私が取り戻すッ、あなたの本当の『色』を!)
そして途端に理解した。手首なんか切る必要はなかった。あの子を助けるための力は、もともとこのスタンドが持っていたのだ。両拳にセットされた、『RGBK』のカプセルは、そのためのもの。スタンドが、はっきりと形をとったのはついさっきのこと。だとすれば、スタンド能力にはきっと、『願い』が乗っている。そしてその『願い』の名が、たった今わかった。
「トゥルー・カラーズッ!」
『R』のカプセルがはじけた。水中の何もかもが赤く染まっていく。ただし、見えなくなるような色ではない。半透明だ。視界は塞がれずにすむ。『色を塗る能力』。この能力で使える色については変幻自在であるようだ。透明度も、濃度も思いのまま。破壊力も何も無い能力だが、今この場では最高の能力だ。目をこらす。今度は見えるはずだ。ここいら一体の海全てが半透明の赤で染め上げられているのだから。こうなってしまえば、発見できない方が難しかった。少し離れた位置に、透明になっていく一点が浮かび上がる。トゥルー・カラーズの7mの射程距離で無事に回収。回収と同時に浮上する。スタンドで赤ちゃんを持ち上げてやると、ゲッと水を吐き、その後、オギャアオギャアと泣き始めた。これも奇跡と言うべきかもしれない。水を飲み込んで気を失い、そのまま死ぬ可能性だってあったのだ。
「ごめんね、苦しかったよね。
大丈夫。もう怖い人もいないし、苦しくも冷たくもならないよ」
赤ちゃんをあやしながら、今度は陸地に戻らなければいけないことを思い出す。崖から飛び降りたので、元いた場所には戻れないが、陸に上がれそうな場所までは、50mも泳げばたどり着く。それだけの体力は正直言って残っていないが、無理をしてでも戻らなければ死ぬだけだ。ふと、自分の飛び降りてきた崖に目をやる。誰かいる気配がした。向こうも同じように感じたらしく、顔を出して崖下を覗き込んできた。見間違えるはずのない顔だった。秋山優花里である。
「に、西住どのぉぉーーーッ! 大丈夫ですかぁーッ!」
直後、これまた見間違えるはずのない頭がヌッと現れた。東方仗助だ。
「西住よぉぉー、まず確認するぜ。赤んぼは一緒かよ?」
「うん、一緒だよ」
「シッカリ抱えて放すんじゃあねぇーぞ……
クレイジー・ダイヤモンド!」
確認を最初にするなり、まったく期待通りのことを東方仗助はやってくれた。飛び降りる前に残しておいた、後ろ髪の束をクレイジー・ダイヤモンドでなおせば、あの音石明が乗り込んだ『4号戦車』の砲弾と同じように『直りに戻る』と考えて、みほは髪を残していった。東方仗助にもその意図はしっかり伝わっていて、みほの身体は崖上に引き寄せられて浮かび上がった。引き寄せが止まったところで、東方仗助と優花里の二人がかりで抱き止められる。
「ヨッ、と! あの『海』が赤くなったのは……って、冷てえ!
なんだこりゃあ! 体温がねえし、顔色も真っ青じゃあねぇーかッ!」
「キズ! 手首に傷ッ! 崖に落ちてた血はコレだったんですかぁッ?
それに足! 足のこの『穴』。これってまさか銃創?」
抱き止められるなり、二人にペタペタ触られまくった。東方仗助にはほっぺたとか額とか首の後ろを。優花里にはそれこそ全身を。
「コイツがどういうことかは直接聞くぜ、西住よぉー。
まずは全身治っちまえ!」
クレイジー・ダイヤモンドのなおす波動に包まれると、海から血がたくさん飛んできて、手首の傷と一緒に体内へ吸い込まれて消える。改めて量として見せられるとゾッとした。確実に1リットル以上はあった。ついでのように、折れた前歯もくっつく。口を開くたびに悩むことはなさそうだ。
「あ、ありがと……」
「大体、今ので何があったのかわかっちまったけどよ。
おめー、血で『色』をつけようとしたな?
水に落ちた透明な赤んぼ助けるためによぉー」
今更隠すようなことでもないので頷くと、東方仗助はグレート、とうめいて天を仰いだ。
「ムチャクチャだぜ……あのよぉー、『海』だぜ?
人間一人の血でまかないきれるワケがねぇーだろ!」
「で、でも。他に見つける方法がなくって。時間もなかったし」
「たはーーッ
康一を助けに機銃の前に飛び出してくれた時も思ったけどよぉー
とんでもねえ向こう見ズだぜ、このお方はよぉーーッ」
この物言いには、みほも少しムッとする。というより、悲しくなった。さっきようやく取り戻した、腕の中のこの子を助けに行ったこと。それそのものがバカげたことだと言われたように感じたから。それを感じ取られてか、優花里が表情を少し変えて、東方仗助に抗議しようとした。
「お言葉ですが、東方どのッ」
「チョット静かにしといてくれよ秋山。悪いけどよぉぉー
……ボチボチ立てるかい? 西住」
全身が治り、感覚も復活してきている。優花里と東方仗助の腕から離れて自分で立つ。まだ少しフラフラするが。
「オレからは、もう特に何も言わねーことにする。
きっと『他にどうしようもなかった』だろうからよ。
ならそれでいいぜ。納得する……
だけどよ、こいつだけは聞かせろ」
口調は穏やかだったが、東方仗助の表情には有無を言わせないものがあった。
「見ず知らずの誰かのガキ一人のために!
厄介な能力があって、ドコに持っていきゃあいいかもわからない
ガキのためによ。どうしてそこまでしてやるんだ。おめーはよ」
その答えは、すでに得ている。たとえわからなくともそうしただろうが、今ははっきりと言葉にできる。
「伝えたかったの。この子に。
『怖くないよ』、『一人じゃないよ』って。
……多分、私自身が救われたかったんだと思う。そうすることで」
蓋を開ければ、自分のため、なのだろう。他人を利用して、自分の傷をナメているだけなのかもしれない。だとしても『助けに行くことが間違いだ』なんて、絶対に思わない。自分はきっと、この道を曲げられない。その行く先が『戦車道』であろうと、なかろうと。
「そうかよ……」
表情を変えずに聞いていた東方仗助は、しばらく黙った。優花里が不安そうな顔になって、こちらと東方仗助の顔を交互にキョロキョロ見始める。そんなに考え込むような大したことじゃあない、と、みほが言い出そうとする直前、東方仗助は、羽織っている学ランをバサッと脱いだ。それを、みほの背に被せてきた。
「えっ、何?」
「塩水でズブ濡れだろーがよ、ンなカッコで連れ回したらよォォーー
オレが悪者になっちまう……着とけ、ってことッスよ」
「よ、ヨゴレちゃうよ? 自慢の学ランなんだよね?
塩まみれになって、洗うの大変だよ?」
「だから何だってんだよ。着替えるまではよぉー、貸しとくぜ……」
それだけ言って東方仗助は背を向けた。少し向こうに止めてあるバイクに向かっていく。みほは、学ランの袖に腕を通してみる。わかってはいたが、ブカブカだ。着ている最中、オシャレでついているアクセサリーがカチャリ、カチャリと音をたてる。丸の中に飛行機が書いてあるみたいなヤツとか、ハートマークとか。改めて見ると、恐ろしいまでの改造制服だった。
(東方くん以外には絶対に似合わないよね、コレ)
よくわからない。男の子って。ただ、彼なりに苦労をねぎらってくれたことは伝わった。バカにされたわけでもない。むしろ褒めてくれているようだ。ならば、感じる思いはさっきの逆。少し嬉しくなった。
「あ、車ですね。武部どのが手を振ってます!」
「来たか『タクシー組』……これで一件落着だよな。
多分、西住がブチのめしたチンピラどももよぉー、
承太郎さんに任せようぜ」
優花里の視線の先に目をやると、確かに車が一台、走ってきている。中から沙織が手を振っていて、他にも華、麻子。広瀬康一と虹村億泰。そして空条承太郎がいた。あんこうチームと杜王町スタンド使いチーム、勢ぞろいだった。
…………………………
二日後、透明な赤ちゃんの引き取り手が学園艦にやってきた。正確に言うなら、赤ちゃんの親が見つかるまでの間、面倒を見てくれる人が来てくれた。あの子のことなら他人事ではありえないので、みほも当然、その人に会いに行く。とくに誰に言ったわけでもないのに、あんこうチームが全員ついてきた。聞くところによると、その人は空条承太郎の母親で、『レッド・ホット・チリ・ペッパー』に狙われる可能性があるため、どのみち学園艦には一時的に引っ越してくる予定だったという。ともあれ、空条承太郎の母親なのだ。それなりに高齢であるはず。任せきりというのは避けて、手伝いには行った方がいいか。そう思っていたら、とんでもないものを目にした。
「アラ~、あなたがみほちゃんね。ナイストゥーミーチュー!」
「は、はい……よろしくお願いします。空条ホリィ、さん」
「ホリィでいいわよン、ホリィで。
今日から私があの子のお母さん代わりなんだモノ。
あなたがあの子のお姉ちゃんみたくカワイがってたのなら、
家族みたいなものでしょ?」
「は、はぁ」
とても陽気な、美人のお母さんである。態度も物腰も柔らかなのだが、その実、モノスゴク強引だ。引っ張りまわされ、引きずり込まれる。空条承太郎とは丸っきり正反対と言ってもいい、このネアカぶり。承太郎は、どこでどういう影響を受けてああいう性格になったのか?
(……ああ、だから反発したのかも)
他人事のように、丸っきりの他人事を考えていると、沙織がハイ、ハーイと手を挙げて、かなり失礼な質問を繰り出した。
「ホリィさん! スッゴクお若く見えますけど!
お歳はおいくつなんですかッ?
承太郎さんのお母さんなんですよねグフッ」
麻子に鳩尾を思い切りどつかれた沙織は、言葉の最後で崩れ落ちた。ワナワナと膝を震わせて立ち上がる。
「な、何するのよぉ~~」
「いくらなんでもそれはない。ドン引きだぞ」
「仕方ないじゃないのッ!
若き恋のアバンチュールのニオイがするのよぉ~」
「日本語で話せ。ここは日本だ」
失礼な質問を受けたホリィであるが、そんなやり取りを見てクスッと笑い。とくに気分を害した風もなく答えた。
「恋バナがお好き? なら後でお茶しながらお話しましょっか!
それで、歳だったわね。55歳でェェ~~っす!」
「……えっ」
「若い? 若いでしょお~ッ
ご近所でも評判なのォーーッ、『聖子さんお若い』って!
アッ、『聖子』っていうのはね、
ホリィを和訳して、みんなそう呼んでくれるのよ……
って、どうしたの? ハトが豆デッポーくらったよーな顔して」
全員、絶句した。ありえない。みほの目から見ても、三十台後半にさしかかったあたりにしか見えない。それが、55歳。あまりにも無理がある。冗談ならそうだと言ってほしい。
「おふくろの言っていることは事実だ。
強いて理由をつけるなら、ジジイのやっていた
『仙道』の影響かもな……」
今まで、黙ってただそこにいた承太郎が、事実であると保障した。保障してしまった。この男がくだらないウソを言うはずがない。みんな知っている。ワナワナと膝を震わせていた沙織が、今度は全身をガタガタ言わせ始め、そして叫んだ。
「ロボだぁぁぁぁーーーーーーーーッ!
ロボだコレぇぇぇーーーーーーーーーーッ!」
「アイル・ビー・バック。
って、ロボ違うわよ。シツレーねぇ」
「人のおふくろをロボット呼ばわりか。やれやれだぜ」
赤ちゃんの心配は、いらなさそうだった。今言えそうなのは、それだけである。
To Be Continued ⇒
ジョセフが寝込んでいるので、引き取り手は当然彼以外。
アチコチを透明にする赤ちゃんに対応して面倒を見られるのは、
実際、ハーミット・パープルを使える彼くらいなのですが……
スタンド名:トゥルー・カラーズ
本体:西住みほ
破壊力:C
スピード:A
射程距離:C(7メートル)
持続力:A
精密動作性:B
成長性:B
(A―超スゴイ B―スゴイ C―人間並 D―ニガテ E―超ニガテ)
スタンド像の拳からペンキを発して色を塗りつけるスタンド。
ペンキはどんな色でも即座に調合され、透明度も彩度も明度も思いのまま。
塗りつけたペンキはスタンドが解除されない限り決して落ちない。
通常は、殴った場所にペンキを塗りつけるが、
拳のカプセルを割ることでペンキをブチ撒けることも可能。
スタンド像の射程距離は7メートルだが、
ブチ撒けたペンキの有効射程はおよそ20メートル。