救える者になるために(仮題)   作:オールライト

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さてさて、まず最初に皆様にお詫びを。
まことに申し訳ありませんがこのたび耳郎ちゃんVS蛙吹ちゃん(そういえば衝也一回も梅雨ちゃんって呼んでないな)の試合はカットすることにしました。
理由としては単純に試合がおもっくそ短いからです。
試合が短いと私はそのほかの、例えば戦っている人間の心情やらなんやらを書いて文字数稼ぎをするのですが…それが普段の3倍くらいになっちゃって正直とんでもなくグダグダに…

というわけで申し訳ありませんがカットさせていただきます!!
ちくしょう!
耳ロインとケロインのコラボレーションが…!



第三十二話 叫べ心!燃えろ魂!これが切島(おとこ)の生き様だ!

 

飯田と切島の試合が終わったその後、

 

続く耳郎VS蛙吹の戦いは先の試合と似て接戦が繰り広げられた。

蛙吹の舌による攻撃を耳郎が紙一重でよけながら距離を詰めようと前に出る。

蛙吹の舌は耳郎のプラグよりも一回りほど間合いが大きい。

そのため、必然的に耳郎はプラグの届く位置まで距離を詰めなければいけない。

だが蛙吹とて彼女の狙いは把握済み。

彼女が前へ出れないように常に距離をとりながら舌を振るい続けた。

しかし、状況としては蛙吹に傾きつつあった流れを終盤で耳郎が強引に作り替えた。

なんと半ば強引に前へと飛び込んでいき、プラグをステージの床へとぶっさし自分の足場もろとも蛙吹の足場を崩したのだ。

突然足場が崩れたことに動揺して動きを止めてしまう蛙吹。

それを逃さずに耳郎は前に飛び出した勢いそのままに蛙吹に組み付き、無理やり彼女を押し倒してプラグを突き立てたのだ。

結果、蛙吹が降参をして耳郎が勝利し、二人の接戦に感動した観客たちからあふれんばかりの拍手を送られることとなった。

お互いのことをよく知る友人であり、互いに相手のことを認めているからこその大接戦の熱闘に多くのヒーローたちが魅了されたことだろう。

事実どっかの実況者は終始テンションMAXで実況しまくっていた。

 

そして、上りに上がりまっくた会場の熱気によって気分は最高調。

二回戦のオオトリを飾る上鳴VS爆豪の試合にも期待が高まったのだが…

その試合が終わった時の会場の熱気は急激に冷え込んでしまった。

試合時間はわずか数秒。

試合開始と同時にいきなり全力全開で電気をぶっ放した上鳴の放電を爆豪が空中へと逃げて避け、容量オーバーしてウェイウェイ状態になった上鳴に爆撃を叩き込んでそのまま彼をぶっ飛ばして終わってしまった。

まさしく『瞬殺』と呼ぶにふさわしい戦いの内容に観客たちは同情すらできずに興が冷めてしまったわけだ。

上鳴にとっては一回戦ではアホ面を全国に広めるわ、二回戦では瞬殺されるわとベスト8まで残ったというのにさんざんな結果の体育祭になっただろう。

彼のメンタルの強さいかんでは体育祭が軽いトラウマになりそうなほど凄惨な結果である。

 

そして、舞台はついに準決勝へと移っていく。

 

少年たちの夢をかけた死闘の終わりが、刻一刻と近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手は…切島か」

 

コキコキと、廊下をゆっくりと歩きながら軽く首を回し、次に対戦する相手の名前を口にする衝也。

 

切島鋭児郎

 

彼のことを一言で表すならほとんどの者は熱血野郎とでも答えるだろう。

口を開けば漢らしいだの熱いだの燃えるぜだの言ってくる彼は、実際時々うっとうしく思えるほど熱苦しい。

恐らくは明確な理想像があるからこその行動なのだろう、理想像があるのはもちろん悪いことではないが正直ちょっといい迷惑である。

もちろん、その想いは衝也も変わらない。

だが衝也はそんな切島をクラスの中でもヒーローに向いている方だと思っている。

 

誰にでも…それこそ爆豪のような性格がクソのような人間にも歩み寄ろうとすることができる懐の広さ、大切な友達を守ろうと前に出ることができる勇敢さ

何があってもあきらめない根性、正義感溢れるその心。

戦闘技術や個性云々ではなく、一緒にいて痛感する彼の裏表のないまっすぐさは、彼のその熱い心は、ヒーローになるうえできっと大切になってくる要素の一つだろう。

 

さらにUSJの事件以来何か思うことがあったのか今まで以上に頻繁にトレーニングルームに通い、身体を鍛えるようになっていた。

衝也も体育祭前に何度か誘われて一緒にトレーニングを行っている。

今までの彼らしくない、色々と小難しい考えもし始めてもいる。

 

まだまだ動きも戦い方も発展途上で、粗削りな部分ばかりではあるが

 

不器用ながらに何かを想い、自分を見つめなおし、さらに前へと進もうとがむしゃらに努力している彼の姿は観ていて気持ちがいいし、素直に賞賛できる。

 

だからこそ、今から戦う彼に手加減はしたくないし負けたくない。

今の切島鋭児郎を知るものとして

 

そして何より、彼の友として

 

衝也は全力で彼を叩きのめすことだけを考える。

 

(加減は…しねぇぜ切島。お前が何を『知り』、何を想い、どんな選択を下したのか…

 

この試合で、俺に見せてくれ。)

 

「そのお前の全力を…正面から叩き潰す。」

 

それが、全力で向かってくる友に…自分が認めるべきともに対する一番の礼儀なのだから。

 

静かに、されど嬉しそうにゆっくりと唇の端を釣り上げる。

そして、長い廊下の終わりが見えてくる。

暗い廊下とは対照的にまばゆい光を放つその場所へと、衝也は足を進めてく。

 

『YEAH!!三回戦進出のベスト4がついに出揃ったぁぁ!!ここにいる奴らは全員メダル確定!あとはその色だけを決めるのみ!!金と同じだからって銅で満足すんじゃねぇぞ!ここまで来たなら、全員トップ目指して突っ走れ!!』

 

『金と銅は同じじゃねぇだろ。』

 

 

『なんだよイレイザー漢字知らねぇのかだっせぇな!『あぁ…?あー、そういう…。』というわけで、記念すべき準決初戦にさっそく映るぞエヴィバディ!!』

 

 

 

ステージの四隅で燃える炎が衝也の顔を照らす。

湧き上がる歓声、拍手。

空気を震わせて自分の鼓膜へ届いてくるその音が、頭の中へと響いてく。

それはすごく耳障りなはずなのに

 

今はその音すら気にならない。

 

目の前にいる『漢』の表情を見てから、衝也の目には彼の姿しか映らない。

 

その漢の表情は

 

学校でバカ騒ぎをしてる時とも、一緒に話をしている時とも、トレーニングをしている時とも…今まで見て来た彼のどの表情とも違う。

恐らく、彼とそこまで付き合いがないもの達からしてみればその表情は真剣な顔をしている程度にしか見えないだろう。

 

 

闘志

 

彼の心に燃える闘志が彼の身体を体現しているかのように感じるその姿。

一歩一歩こちらに近づいてくる彼の姿が、その姿以上に大きなものへと感じられる。

その姿を見て、衝也は今度こそ歯を見せて笑う。

 

「こいつはまた…ずいぶんと気合入ってんじゃねぇか、切島。」

 

「…ッたりめーだっての!何せ相手がお前なんだ、気合い入れなきゃこっちが負ける!」

 

「そいつぁ光栄。切島君にそこまで認められて俺ってば泣いちゃいそうだぜ。」

 

へらへらと、いつも通りの冗談を勝負の前でも平気でのたうち回る衝也。

だが、そんな彼の言葉に切島は呆れもしなければ反応もしない。

ただただ、目の前の衝也を見続ける。

 

「衝也」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「俺は…お前よりずっと弱ぇ」

 

「!…」

 

USJ事件(あの時)…俺は、傷だらけで戦うお前を…ただ見てることしかできなかった。俺はあの時…ダチのお前のその背中を…ただ見てることしかできなかった…。

俺は…俺が弱かったから俺は…お前を救けることもできなかった…!」

 

「…切島。」

 

ゆっくりと、目の前の衝也にだけ聞こえるようにそう呟いた切島は拳を強く握りしめる。

その瞳の奥に、(衝也)の姿を映しながら。

 

「だから…今度はお前の背中を見てるんじゃなくて、

 

お前の背中を追いかけたいんだ。お前の背中を追いかけて、お前の隣に立てるほど強くなって…今度こそ俺は、

 

お前の背中を守れるような(ヒーロー)になりてぇんだ…。

だから…お前の全力を見せてくれ。

俺が…俺が追い付かなきゃいけねぇヒーロー()の背中を!

 

今はまだ無理かもしれねぇ…無理かもしれねぇが…それでもいつか必ず

 

必ず俺はお前に追いつく。お前に追いついて、俺は…お前の背中を護れるダチになって見せる!!」

 

強く、強く握りしめた拳を構え、まっすぐ衝也を見据えながらそう言い放つ切島。

そんな彼の目に宿されるその揺らめく意思の炎に、衝也は短く、深く息を吐く。

そして、切島と同じように、ゆっくりと握られた拳を構え始める。

 

「安心しろよ…言われるまでもねぇ…お互い、戦るからには全力だ!!

 

かかってこいよ、切島鋭児郎!!」

 

「ッ!ああ!!全力でいかせてもらうぜ衝也!!」

 

切島と衝也…お互いの瞳が揺れる。

構える拳に、熱と汗が染みわたる。

二人の意識が、目の前の漢にのみ向けられる。

 

二人の話を聞いて嬉しそうに体を震わすミッドナイト。

いつの間にか終わってしまったプレゼントマイクによる選手紹介。

 

全ての準備が整ったその瞬間

 

 

『そんじゃいくぜ!!レディィィィィ!!START!!!!』

 

雑音混じりの始まりのゴングが、会場中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「先手必勝ぉぉ!!」

 

合図と同時に勢いよく前へと飛び出す切島。

それなりに離れていた衝也との距離を一気に縮めて彼のもとへと突っ込んでいく。

 

「オラァァァ!!」

 

全身を硬化させながら衝也めがけて拳を振るう

が、それをいともたやすく身体を逸らして避ける衝也。

 

だが、それでも切島は硬化した拳を何度も振るい続ける。

息つく暇もなく放たれるその拳の嵐を衝也は、紙一重で避けていく。

 

『OH!切島が序盤からいきなりラッシュラッシュラァァァッシュ!!怒涛の拳の嵐で息つく暇も与えねぇ!!こいつにはさすがのクレイジーボーイも手が出せねぇか!?』

 

『五十嵐のやつが何かする前に先手必勝で畳みかける…あるいはラッシュで反撃の隙を与えないって作戦…かな?』

 

避けられても避けられても

 

何度避けられても絶え間なく拳を振るい続ける切島。

縦横無尽に放たれるその連撃を衝也は避けてばかりで中々手を出せていない。

 

 

だが、

 

突然、切島の猛攻が…彼の拳の動きが止まる。

ほかならぬ衝也の手によって。

 

「なッ…!?」

 

絶え間なく続いていた拳の嵐。

その拳が振るわれている中、衝也は

 

まるで何でもないことのように切島の両手首をつかんで彼の猛攻を止めて見せた。

縦横無尽に振るわれ続けていた拳を避けるのでもなく、防ぐのでもなく、

 

『掴んで』止めたのだ。

 

そのあまりに予想外の出来事に一瞬動きを止めた切島。

 

そして、切島の動きを止めた衝也は間髪入れずに

 

彼の股間を勢いよく蹴り上げた。

 

「—ッ」

 

恐らくは個性で勢いが増しているのだろう。

その勢いにたまらず切島の両足が浮き上がる、

 

その隙に衝也はすぐさま浮き上がった彼の顎めがけて飛び膝蹴りを叩き込む。

 

「っと!」

 

そして、大きく吹き飛んだ彼の背中に素早く入り込んで体操服の襟首をつかみそのまま切島を地面へとたたきつける。

まるで大岩が落とされたような轟音と共に顔面から地面にたたきつけられる切島。

 

さらに

 

「ッらぁ!!」

 

そのたたきつけられた切島の顔面におまけとばかりにサッカーボールキックを打ち込んだ。

 

たまらず吹き飛んでいく切島を、個性を使って追いかけていく。

 

「…ッそ!」

 

「!」

 

だが、吹き飛んでいった切島は拳を地面にたたきつけて強引に速度を落とし、何とか衝也が来る直前に態勢を立て直す。

 

態勢を立て直した切島の顔面に衝也の拳がめり込む。

 

さらに続けて気管、心臓、顎、すい臓etc…

ありとあらゆる箇所に衝也の拳が叩き込まれてく。

 

「ウ、ッグ…ッ!

 

…シャァッ!!」

 

たまらずうめき声をあげる切島だが、それでも彼が攻撃した直後に拳を振るうが

 

「ッし!」

 

「—ッガ!」

 

即座に右斜めに体を動かして避け、そのついでに彼の鳩尾へと左拳を叩き込む。

攻撃はできず、反撃をしても逆に攻撃を返される。

 

最初の攻撃からわずか数十秒足らず

 

たったそれだけの時間で、切島と衝也の立場がガラリと逆転されてしまった。

 

その様子に思わず実況のマイクが息をのむ。

 

『な…!?こ、こいつはいったいどういう…』

 

『簡単な話だろ…

 

切島の攻撃は、何一つ五十嵐に通用していない。』

 

切島が放つ拳を避けて、逆に彼の首元を両腕でクラッチする衝也。

そして、即座に身体を近づけて彼の鳩尾に至近距離での膝蹴りを叩き込む。

何度も、何度も執拗に。

それに逃れようと必死に体を下に下げてから衝也の顔に向けて拳を放つ。

が、

 

その拳を即座につかみ、逆に一本背負いの要領で地面へとたたきつける。

 

『読まれてるんだよ、切島の攻撃は。』

 

『よ、読まれてる…?』

 

『…最初の切島の連撃。あれを五十嵐はどれも紙一重で避けているように見えただろう?』

 

『は?いや、そりゃまぁ、もちろん。』

 

『そこがそもそもの間違いだ。』

 

『WHY?』

 

『紙一重なんかじゃねぇんだよ、アイツはただ最小限の動きで避けてただけだ。

 

アイツはあの時、切島の攻撃を

 

あの場から一歩も動かずに凌いでいたんだ。』

 

攻撃を最小限の動きで避ける。

それは、格闘技や実践においては特に重要になってくる。

動きが大きければ避けても逆に隙ができる。

ましてや避けて逆に態勢を崩してしまえば一転して窮地に立たされてしまう可能性すらある。

だが、極わずかな動作で攻撃を避けられれば、そういったデメリットはないうえに避けて即反撃といった攻撃もやりやすい。

だからこそ、より実戦経験の多い近接戦闘タイプのヒーローは攻撃を受けるよりも最小限の動きで避ける事に重きを置くことが多かったりする。

 

だが、その場から一歩も動かずに攻撃を避けきるという芸当は、たとえ相手がヒーローの有精卵である子供であっても実践できるものは少ないだろう。

 

まさに『次元が違う』

 

解説という客観的視点から見ても、切島と衝也とでは技術においてそれほどの大きな差がついてしまっている。

 

(というか…正直あれははっきり言ってプロレベル…それもかなりの上位陣に食い込んでくるだろうな…)

 

『ったく…アイツを見ていてつくづく思うよ…人は見かけによらねぇってな』

 

『おいおいイレイザー!自分の担当生徒をそういう風に言っちゃいかんだろうよ!』

 

マイクのツッコミが響く会場。

だが、そんな彼のツッコミはすぐに会場の中へと溶け込んで消えていく。

皆がみな、実況も解説も、聞くのを忘れて目の前の戦いに目を奪われていた。

否、正確に言えば衝也の動きに、といったほうが正しいだろう。

未だ攻撃を当てられてすらいない切島に同情する者はいても、意識を送るものは、誰一人としていなかった。

 

そんな中、観客席で試合を見ていた恋が呟くようにして口を開いた。

 

「ふむ…緑谷君のように彼の攻撃の軌道を読むほどの分析力もなく、拳の速度を上げることもできない。現状切島君に衝君を打破できるだけの手札も策も残っていないだろうね。これは万事休すかな。」

 

「つーか、改めて見るとこう…凄すぎじゃねぇか衝也の野郎。」

 

「正直ぜんっぜん勝てる気がしないよね…うわ、切島また…!」

 

上鳴と芦戸がそのあまりの衝也の猛攻に少しだけ表情を唖然とさせる。

ほかのクラスメートたちも、おおよそ同じような表情を浮かべていた。

 

それも当然と言えば当然かもしれない。

USJの事件の際、彼の傍でともに戦っていた者たちはもうすでに彼の強さも、覚悟と信念の強さも本当の意味で理解している。

だが、ほかの者たちは違う。

ただ言伝で『オールマイト並にやばい奴と戦ってギリギリぶっ飛ばした』としか伝えられていない。

そもそもオールマイトという次元の違すぎる相手と同格と言われても正直ピンとこないのだ。

物凄く強いということもわかる。

それに勝つことがどれだけ凄いことなのかも。

だが、オールマイトという規格外の強さは自分たちにとっては非日常に等しいもので、

それを想像するなど、空想上の生き物(ドラゴンなど)の強さを想像してみろと言われてるのと同然なのだ。

だからこそ、その敵の恐ろしさも、本当の強さも、衝也の覚悟も…彼のその背中も

 

その場にいた者にしかわからないものが存在する。

その場にいた者しか『知らない』ことが存在する。

だから彼らは知らなかったのだ。

衝也がどこまで強いのかということを。

 

彼と自分たちに、どれほどの『差』があるのかを。

 

「これほどまでに、強かったのですね…五十嵐さんは。ここまで差があれば…切島さんはもう…」

 

「ああ、轟の試合でもわかってたことだが、衝也は俺達とはレベルが違いすぎる…。

切島には悪いが、アイツにもう勝ち目はないかもしれない…」

 

八百万と障子が少しだけ気まずそうにつぶやきを漏らす。

恐らくはこの場にいる

 

いや、会場中の全員が思っているであろうその言葉。

いくら必死に食らいつこうと、いくら必死に反撃しようと

 

攻撃を読まれ、反撃すら攻撃の起点にされてしまっている切島の勝機は

 

正直に言ってほとんどない。

当たらない攻撃など起動しているだけで風を当ててくれない扇風機と一緒のようなもの。

当たらなければ、攻撃は攻撃として成り立たないのだから。

 

だが、少なくともクラスメートたちはバカバカしいとも、早くあきらめろとも思うことができない。

 

なぜなら、おそらく自分たちがあの場に立てば、例え手も足も出なくても衝也に向かっていくはずなのだから。

皆、相手が強いからと言って諦められるほど小さな夢を目指しているわけではないのだから。

 

「…わからないよ」

 

だが、緑谷の誰に言うでもなく呟かれた一言に、クラスメートたちの視線が一斉に注がれる。

皆の視線の先にある緑谷の顔は冗談を言っている様子はなく、真剣そのもの。

そして、その視線をステージから外すことなくゆっくりと口を開いた。

 

「確かに、切島君の勝機は限りなく薄いかもしれないけど…けど0じゃない。

どれだけ可能性が0に近くても、どれだけ不可能に近くても、切島君があきらめなければ、可能性は0にはならない。」

 

「いや、緑谷…それはわかるけどよ…」

 

緑谷の言葉に峰田が気まずそうに言葉を挟む。

だが、それでも緑谷の言葉は止まらない。

 

「切島君の個性の硬化は強いよ。生半可な攻撃じゃ彼にダメージを与えられないだろうし、攻撃に利用すれば与えるダメージだってバカにできない。」

 

オールマイト並みのパワーを誇る怪人の攻撃を、峰田のもぎもぎによるクッションを挟んだとは言え一度耐えられるほどの防御力。

加えて、硬化によって硬くなったその拳はまさに凶器と言っていい。

 

「確かに、緑谷君の言う通りかもしれない。彼の打撃はバカにはできないだろうね。

 

何せ拳を硬化しているということは人を殴る痛みを感じないということだからね…

 

あ、ちなみに良心の呵責云々じゃなくて物理的な痛みという意味でね。」

 

緑谷に続くように言葉を発した恋はゆっくりと拳の形を作って自分の額にコツンとたたきつけた。

 

「人の骨というものはものすごく硬い。それはもちろん君たちも知ってるだろう?そんな骨の塊ともいえる人間に拳を全力でたたきつけるという行為はかなりの痛みを伴うんだよ。この中に格闘技経験が少しでもある人がいるなら、少しはわかるんじゃないかな?」

 

人体はその筋肉と骨によって守られたまさに要塞とも呼べる盾。

その盾に全力で拳を打ち付けるというのは決して生半可な気持ちでできる行為ではない。

打撃の威力が強ければ強いほど、その痛みは比例する。

 

「…五十嵐君は個性を使っているからといって手加減して拳を打つような真似は絶対にしないはずだよ。むしろ、個性を強くしすぎたら相手も自分も傷つけることになるだろうから拳の強さに重きを置くはず。でも…切島君はその身体を硬化によってさらに固くしてる。そんな身体に拳を全力で叩き込んで、拳が無事であるはずがない。たぶん、いつか限界が来るはずなんだ。

痛みによって、ほんの一瞬だけ生まれる隙が…できるはず。

そこを突けば…切島君にも勝機はある。」

 

「ふむ、なるほど…つまりは我慢比べというわけだね…それはちょっと考え付かなかったな…。」

 

緑谷の言葉に感心したように大きくうなずいた後、恋は再び視線をステージに戻す。

それにつられて、緑谷と恋の解説に聞き入っていたクラスメートたちも視線をそちらに移す。

 

衝也と切島、互いが互いに死力を尽くして何度も、何度もぶつかり合う。

 

試合を開始してからもう4分が過ぎている。

熱を帯びるその試合は、徐々に徐々に状況を加速させる。

 

そして、この試合の最終局面も、少しずつ近づき始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「っらぁぁ!!」

 

半ばやけくそのように吠えながらこちらの顔めがけて拳を振るう切島。

それを軌道を左手で逸らしながら前へと一歩踏み出しそのまま勢いよく右ストレートを切島の顔面へと叩き込む。

たまらず身体をのけぞらせる切島だが、

 

「ッ…あぁ!」

 

すぐさま態勢を立て直し、再び衝也へと殴りかかる。

その拳の軌道を逸らして避けながら、衝也は意識だけを自身の両手に向ける。

ズキズキと拳を岩に打ち付けたかのような痛みが拳から感じられる。

握っている指からも少しだけ痛みを感じる。

どちらも試合を続行するにはなんの問題のない痛みだ。

これ以上に痛い想いなど腐るほどしている。

指が骨折したとしても相手を殴り続ける自負ができるほどには鍛錬を続けている。

 

(とはいえ、このままというのもよくはねぇか。)

 

切島の拳を受け止めた瞬間に拳を彼の顔面へと叩き込む。

だが、

 

「っグ…あぁ!!」

 

止まらない。

顔を殴られてもひるむことなくその手を払いのけてこちらへと向かってくる切島。

そんな彼の攻撃を避けながら衝也は思考を巡らせる。

 

彼の中で予想外だったのはただ一つ

 

それは切島の耐久性。

 

彼の攻撃は良くも悪くも見切りやすい。

何せ軌道が馬鹿正直で直進的すぎる。

元来の性格のせいか小細工を入れたり、攻撃の規則を乱したりといったことをせずただひたすらにまっすぐ拳を振ってくる。

彼のまっすぐとした姿勢を表してるようで見てる分には面白いが、正直戦闘ではあまり好ましくない。

今のように、簡単によけられたり反撃をされたりすることがほとんどだからだ。

 

だが、あまたの攻撃やカウンターを食らってもなお切島は倒れなかった。

必死に衝也に食らいつき、その拳を振るい続ける。

恐らくはこの耐久性があるからこそ彼はそういった小細工を入れずに戦ってくることができたのだろう。

 

衝也はもちろん手加減はしていない。

拳の一つ一つを個性で強化して打ち込んでいる。

その強さは大人一人を軽々昏倒させる威力なのはとうの昔に検討ずみだ。

 

その拳を数十発以上たたきつけられてもいまだ倒れないほどの耐久力が、衝也の唯一の誤算だった。

 

(距離を離して衝撃波での攻撃に切り替えるか?いや、ダメだ。これだけの至近距離の攻撃でも倒れないなら波で広がる衝撃波を距離をとって叩き込んでも効果は薄い。そもそも相手の硬化の制限時間も再使用までにかかる時間もわからないのに距離をとって攻撃したら攻撃の機会を逃しかねない。とはいえ、このまま硬化が解けるのを待つのも分が悪い。)

 

切島の拳を避けて叩き込んだ右リバーブロー。

その叩き込んだ右拳の方から

 

ミシリと少しだけ嫌な音がする。

 

だが、それをおくびにも出さずに今度は左手を彼の顔面へと叩き込んで彼を後方へと下がらせた。

だが、それでもすぐに距離を詰めてこちらへと攻撃を仕掛けてくる。

恐らくは距離を離さないつもりだろう。

 

(タイミングずらしてうまくやってはいたが、右手がちょっとまずいかもな…くそったれ、やっぱ体育祭までにデメリットの調整を終わらせとくんだった。)

 

左手よりも明らかに痛みがひどい右手に意識を向けながら切島の横っ腹へと右回し蹴りを叩き込む。

態勢が崩れることはないものの、一瞬だけ攻撃の手が止まる。

その瞬間を逃さず衝也は身体を回転させ、勢いをつけた蹴りを叩き込む。

 

「ウ、グッ…!?」

 

その威力にたまらず身体が後方へと吹き飛ぶ切島。

だが、それでもすぐに体を起こしてこちらへと突っ込んでくる。

その様子を見た衝也は、少しだけ息を吐く。

 

(仕方がねぇ…な。硬化によって外の攻撃が効かねぇなら…)

 

そして、切島が攻撃を繰り出そうとしたその瞬間

 

彼の顔に、何度目かもわからない衝也の拳が突き刺さる。

 

今までと変わらないように見えるその攻撃。

だが、

 

その攻撃に、今までどんな攻撃を受けても止まることがなかった切島の足が

 

初めて止まった。

 

「—ッ…!?」

 

「さすがに『中』は硬化できねぇよな?」

 

そうつぶやき、今度は彼のこめかみへと拳を打ち付ける。

だが、その形は今まで打ってきた拳とは少しだけ形が異なる。

 

(打つ箇所によって拳の形を変え、より衝撃を中へ…脳へと浸透させる!)

 

顎、こめかみ、人中…打つ場所によって拳の形を変え、絶え間なく小刻みに連撃を続けていく衝也。

 

衝也の狙いは、彼の中…つまりは脳。

絶え間なく、小刻みに…そして正確に撃ち込まれる彼の打撃によって彼の脳は少しずつ少しずつ揺れを大きくしていく。

脳を揺らし続けることで、彼の意識を刈り取ろうとしているのだ。

 

(外への攻撃が利かないのなら、仕方ない。

 

別の有効手段で倒すのが一番合理的だ…

 

ちと苦しいかもしれねぇが…それでも勝たせてもらうぜ切島!)

 

 

 

 

決して途切れることなく続く衝也の連撃。

それにより脳が揺れ始めたのか、切島の視界がだんだんと揺れていく。

目の奥がじんじんするような感覚が彼を襲い、言いようのない吐き気が彼の意識を乱れさせる。

最早攻撃することはおろか防ぐこともままならない。

 

(目ぇ、回る…ッ!気持ち、悪ぃッ…!)

 

グラグラと視界に映る世界が揺れる。

それに伴って吐き気もさらに強くなり、まるで高速のダイシャリンを受けたような感覚に襲われる。

 

(身体が…動かせねェ…?)

 

目の奥のじんじんとした感覚が強くなり、鼻から硬化をしているというのにぬめりとした暖かい感触が伝わってくる。

どうやら本格的に脳が揺れ始めているのだろう。

揺れる視界の端の黒がじわじわと広がり始めている。

 

(だ、めだ…は、んげき…はん、撃しねぇと…!)

 

だが、それでも半ば途切れかける意識を集中させて、身体を突き動かす。

そして、揺れる視界の中で必死に拳を振ろうとしたその瞬間

 

彼の顎に、衝也の拳が叩き込まれた。

 

(…っ!?!)

 

瞬間、勢いよく鼻と口から血が飛び出る。

強い衝撃によって揺らされた顎のダメージは、そのまま脳へと浸透していく。

 

今まで揺れ続けていた脳が、ひときわ大きく揺らされる。

 

その瞬間、じわじわと広がっていた視界の黒が、急激に速度を増していく。

切島の身体を支えていた脚の力が、ゆっくりと抜けていく。

脚だけではない。

身体全体に張り巡らせていた力みが、急速に解けていく。

そして、身体がゆっくりと倒れていく感覚が伝わってくる。

 

「…悪いな切島。今回は…俺の勝ちだ。」

 

目の前から聞こえてくるその言葉に、切島はおもわず笑みを浮かべてしまう。

 

(ああ…ちく、しょう…おれ、まけ、たのか…

 

やっぱ、つえぇな…しょう、やは、よぉ…

 

て…も、あしも…まったくでなかった…)

 

走馬灯のように思い出される今までの長いようで短い攻防。

衝也の背中に追いついて見せると、ほかならぬ本人の前で宣言したというのに、蓋を開けてみれば、自分のカウンター戦法も何もかも通じず、ただただ終始圧倒されただけ。

その情けなさすぎる結果に、もう苦笑しか浮かべることができない。

 

(けっ…きょく、おれ、は…

 

しょう、やに、かつこと…なんて…)

 

コンクリートの地面が、徐々に徐々に暗転していく。

そして、切島の目の前の世界が完全に黒く染まっていく

 

 

 

その刹那

 

『身体くらい…くれてやるよ!それで、何も失わずに済むのなら!!』

 

(…ッ!!)

 

切島の世界が、思い出されたとある少年の背中と叫びによって再び光を戻していく。

 

(…あきら、めるなよ…あきらめるなよ…諦めるなよ…

 

 

諦めるなよ切島鋭児郎!!)

 

目の前の世界が、まるで逆再生したかのように急速にもとへと戻っていく。

意識も、揺れる視界も、手も、脚も

 

再びもとに戻っていく。

 

(あいつが、一度でも諦めてたか!?あいつが!一度でも相手に勝つことを諦めてたか!?あいつが!一度でも!

 

俺達を救けることを!!諦めてたのかよ!!?)

 

だらりとしていた手に再び力を込めていく。

崩れかけていた脚に、必死に力を込めていく。

 

自分(てめぇ)のなりてぇもんが…一度だって諦めたことがねぇんなら…

 

 

自分(てめぇ)も…勝手に限界決めて、諦めてねぇで…)

 

 

 

「ぅ、ぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

「ッ!?」

 

(拳握って…前に進め!!)

 

崩れかけていた脚を一歩、大きく前へと進ませる。

だらりと伸びていた右拳を強く、硬く握りしめ、大きく、大きく振りかぶる。

 

そして、全神経を集中させ、意識をその右拳『のみ』へと集中させる。

 

普段の彼の硬化は、彼が全身へと意識を集中し、気張った状態で行われる。

その分、意識の集中が難しいため、硬化の硬度は若干落ちるし、攻撃を受け続ければ集中が切れてほころびてしまうこともなくはない。

第一、全身を一瞬も気を緩めずに気張り続けるだけでも相当に神経をすり減らす行為だ。

それこそ全身硬化を今みたく息をするようにできるようになるのにはかなりの期間を要した。

 

 

だが、その意識の集中を、ある一点のみに集中させたらどうなるか?

全身に巡らせていた意識のすべてを右腕のその一点のみに集中させればどうなるのか?

そんなものは、答えなくてもわかるはずだ。

 

ビキビキと

 

音を立てて変化していく切島の右腕。

普段の岩を切り出したような模様が浮かび上がる

 

どころではない。

まるで岩肌のように変化していくその右腕はまるでガントレットをまとったかのようになる。

だが、それだけでは止まらない。

さらに歪に、そして、さらに大きくなっていく右腕は

 

気づけば普段の切島の右腕よりも一回り大きくなっていた。

 

それは、二回戦の時、飯田を一撃で打ちのめした拳。

 

とある少年の背中を追い求めた切島が編み出した

 

どんな防御も打ち砕く最強の(ホコ)

 

烈怒…(レッド…)

 

 

威无派駆屠(インパクト)ォォォォォォォ!!」

 

自身が憧れた二人の(ヒーロー)にちなんで名づけられたその(ホコ)

 

寸分たがわず衝也の方へと向かっていく。

 

その瞬間

 

鈍く、重い轟音が

 

会場中に響き渡った。

 

 

 





あれ?これってどっちが主人公?


前話ちょっと短めですが、切島君の戦いに早く移りたかったので。
…て思ったんですけどむしろテンポよくなってグダグダじゃなくなってる気が…



気のせいか、相変わらずの駄文ですし。

ていうかスマッシュタップの図鑑の空白が星4の切島君だけなんですよね…
なんで出てくれねぇんだよ切島ぁ…

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