小才子アルフ~悪魔のようなあいつの一生~   作:菊池信輝

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お待たせしました本編第十三話です。
トーナメント編もそろそろ最後、仕上げの段階に差し掛かってきました。
ブルーノがますますアルフを傀儡化している気がしてきたのは気のせいかなー気のせいかなー。


第十三話 燃える戦士の魂

「やあ、ブルーノ、それにアルフレットも」

 「おう、石屋と酒屋の倅たちか。お前たち、いい友人を持ったな」

 貴賓席でルーカスとオフレッサー大将に声をかけられてからトーナメントが終わるまでの数時間、俺は幸福だった。 

 斧が振るわれ、槌が唸りを上げ、剣が風を切る。コンバットナイフが閃き、拳が振るわれ、格闘技の技が炸裂する血沸き肉踊るトーナメントの激戦を観戦することに集中しているオイゲン公子は『私はもう十分皇帝陛下のお役に立つことができる』との口癖を口にすることもなく、顔を紅潮させて試合に見入っていた。隣に父親の元上官で彼にとっての英雄オフレッサー大将が座っていることもあるのだろう。子供らしく目を輝かせて声援を送り、不機嫌さのかけらも見せる気配はない。

 『もしかするとこのまま学校に出てくる気になってくれるかもしれないな』

 トーナメントが予選から本戦に進み、一回戦から二回線、三回戦、準々決勝と進むにつれ上機嫌になっていく公子に、俺はかすかな期待さえ抱きはじめていた。準々決勝の最後の試合に体操選手のような筋肉質のビットマン大尉が大男のシュレーダー少佐を倒して勝ちあがり、準決勝に進む選手が出揃うころには、ともすれば仕事は終わった気分にもなりかねないほどに期待は膨らんでいた。

 このまま終わってくれれば、楽に手柄を稼げる。功績を分けてやる必要もない…。

 疲れで押さえが利かなくなってきたせいか、臆病さゆえの卑しい考えがゆっくりと頭をもたげはじめる。

 「どうした、疲れたか、グリルパルツァー生徒」

 『油断は禁物だよ、アルフ』

 オフレッサー大将に気遣わしげな声をかけられ、その横からブルーノの絶対零度の冷気を帯びた視線に射抜かれて、俺は飛び上がりそうになった。邪心を受け入れかけた心の弱さを見抜かれたのではないことは羆もかくやという巨人と親友の表情を見ればすぐに分かったが、怖い顔と恐ろしい顔が並んでいる状況は心にやましいことがなくても回れ右して逃げ出したくなるほどの恐怖だ。

 それに微妙な空気の変化と失敗の予感──上機嫌になっていた公子は準決勝の第一試合の試合時間が十分を超えたころからだろうか、退屈と侮りの表情が目元にちらつき始めていた──が加われば恐怖は倍増する。

 『心配するなって言ったのはどこのどいつだよ!』

 俺は視線だけで警告してきたブルーノに視線で返事を返すのにたっぷり五秒も時間を要したばかりか、思わず子供っぽい怒りを視線に込めてしまうほどに動揺した。

 『燃え尽きて落ち着いたらおしまいだよ!公子を飽きさせないように盛り上げて!』

 『分かったよ!』

 『ばう、ばう』『がう、がう』

 試合会場にいつの間にすり替わったのか審判に取りついたのか、まじめくさった表情で審判を務めている悪魔と試合中の選手の足元に肉や金貨の袋、漫画のような爆弾を投げているゆかいなしもべたちの姿を発見したのは今回に限っては幸運だった。

 『呼ばれて飛び出てホクスポクスってなあ、あ、そうれ』

 まじめにやっていると思ったのも束の間、いつもの調子に戻ってふざける悪魔を無視することで一緒に動揺をも無視し、平静を取り戻すことができたのだから。

 「構えに隙がない。なんて効率のいい防御だ。これなら叛徒の薔薇の騎士が何をしても崩れないぞ!」

 俺だけに見える体力ゲージや獲得点数、怒りの度合いを表示させ、これまた俺だけに聞こえる旧世紀のロックンロール風の音楽まで流して真剣勝負を茶化し続ける悪魔への苛立ちを演技に上乗せして、俺は思いきり大きな、興奮した声を出した。才覚自慢の本能は冷静かつ知的に行動することを要求していたが、こんな失敗の可能性が出てきた状況でそんなことを言ってはいられない。

 半分以上自棄だった。

 だが、自棄の行動は却っていい方向に転がった。

 勇者を大神オーディンが嘉したのか、悪魔のおふざけ、グリルパルツァーの肉体の、遺伝子の本能、そしてオイゲン公子の機嫌、三者を相手取った俺の孤独な戦いは俺の勝利で幕を閉じることになったのである。

 『その調子。心を試合に引きつけて』

 「……そうなのか、アルフレット」

 格好つけの俺らしからぬ興奮に紅潮した横顔を覗き込んでいる顔が四つ。

 視線で指示を送ってくるブルーノと頷くオフレッサー大将に加えて、ルーカスとオイゲン公子が驚きの表情を浮かべた顔をこっちに向けていた。

 ブルーノの視線の温度がさっきよりは上昇しているところを見ると、どうやらすんでのところで間に合ったらしい。

 俺は再び試合への興味を取り戻したオイゲン公子に興奮してまくし立てる風で畳みかけた。

 「ビットマン大尉の足元を見てください。バウアー少尉が踏み出そうとするとすかさずフェイントをかけて足を封じています。足の戦いだけでも一見の価値ありですよ!」

 期待感に溢れた笑顔を作り、興奮した叫びを上げる俺の三つ隣で、オイゲン公子は岩を刻んで作ったかのような大男、動く石像働く石像とでも形容すべきバウアー少尉と対照的に小柄なビットマン大尉の足の動きを録画装置のスイッチが入ったかのように見つめ始めた。

 『達人ビットマン、巨漢バウアーを古代剣術の秘奥義居合のごとき刹那の攻防で撃沈!決勝に駒を進めた~~~!!!』

 いつの間にか審判から離れ、解説席を作って解説ごっこに興じる悪魔が俺にしか聞こえない声でフェザーンや叛徒の都市で興行されるプロレスリングの解説者のような叫びをあげ、息を詰まらせてゆかいなしもべに介抱されている間も、オイゲン公子の目は試合場から離れなかった。

 「アルフレット、さっきから見ていると二人とも視線の先に着地しているな。一度も外していない。まるで精密機械のようだ」

 「はい。キルドルフ大尉もキスリング少尉も相手に対して有利な位置を計算しながら動いています。精密機械でもかなわないでしょう」

 準決勝第二試合、キルドルフ大尉とキスリング少尉と制限時間を五分近くも超えて戦い、戦斧の扱いで一日の長があるところを見せて勝利するころには、もう一つ別のスイッチが入ったのか公子は俺にしきりに話しかけたり質問してくるようになった。幼年学校の訓練を馬鹿にしていただけあって聞いてくる内容は素人同然だったが、角ばった顔の中で青い目は別人のように輝きを増していた。

 『いい感じだ。詰めを誤るなよ、アルフ』

 『命令するなよ』

 ブルーノに言われるまでもなかった。あとはオフレッサー大将に挑戦の名乗りを上げるオイゲン公子に待ったをかけて勝負を挑むだけだ。

 『挑戦者あり』の表示とどこから連れてきたのかオーケストラを用意させている悪魔どもに余計なことをするな、と視線の矢を射こみながら、俺は高揚する精神と心臓の鼓動に計画の成功を確信していた。

 




戦士の魂ってサブタイトルはサムライスピリッツごっこをしたからじゃないぞ!

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